はてなキーワード: 子供とは
素直に考えると「子供に教えてあげたい」というのは分かるんだけど、一方で自分自身は親から箸の持ち方レベルより先は何も教わらず、ひたすら失敗を繰り返して屈辱にまみれながら地力で何もかもを獲得してきたので、それを惜しみなく当たり前のものとして与えられてスクスク育つガキを想像するとぶっちゃけムカつくという気持ちもある。
この場合の「キッズ」は「子供みたいな」という揶揄の意味も含んでいると思うので
子供に限らないのでは?
子供の頃、夕方になるとランドセルを放り投げてテレビの前に座った。あの感覚を、今の子供たちは知らない。
子供の頃を思い返してみると、アニメのクオリティなど気にしたことは一度もなかった。作画が崩れていようと、展開が強引だろうと、そんなことはどうでもよかった。ただ、来週も見られるという事実だけが、純粋に嬉しかった。
夕方5時や6時、ゴールデンタイムには必ずアニメが放送されていた。毎週同じ時間に、同じキャラクターたちに会いに行く。それは一種のルーティンであり、生活の一部だった。たとえ原作とはかけ離れた展開や、キャラ崩壊のあるオリジナル回であっても、それを見ること自体に意味があった。
クオリティよりも、毎週そこにあることの方が、子供の頃ははるかに重要だった。
いつの間にか、夕方やゴールデンタイムからアニメが姿を消した。今やそのほとんどは深夜枠に移り、放送されるとしても多くが1クールか、長くて2クールで終わってしまう。続編があったとしても、次のシーズンまで半年、1年と間が空くことも珍しくない。
昔のアニメは夕方やゴールデンタイムに放送され、年単位で続く長期シリーズが当たり前だった。毎週同じキャラクターに会い続けることで、作品は子供の日常に自然と溶け込んでいた。一方、今のアニメは放送は深夜帯で視聴は配信が中心、1〜2クールで完結するものがほとんどだ。続きがあるとしても、次のシーズンまでに長い空白期間が生まれる。クオリティは上がったが、継続性という点では大きく後退してしまった。
現代のアニメのクオリティは、間違いなく向上している。作画は緻密になり、音楽も映像表現も洗練された。世界的に評価される作品も増えた。それ自体は素晴らしいことだ。
しかし、子供目線で考えてみると、どうだろう。続きは半年後と言われたとき、大人はSNSで話題を追いながら待つことができる。だが子供には、その半年はあまりに長すぎる。好きなキャラクターへの熱量は、空白期間のうちに静かに冷めてしまう。そして次のシーズンが始まる頃には、もう別の何かに夢中になっているかもしれない。
毎週会えるから、好きになる。毎週会えるから、語れる。毎週会えるから、友達と盛り上がれる。アニメが子供の文化として機能していたのは、その継続性があってこそだったのではないか。
アニメは高品質なコンテンツになった。だがその過程で、子供のものではなくなってしまったのかもしれない。
夕方のテレビの前で、ランドセルを床に投げたまま画面に釘付けになっていたあの子供たちに、今の子供たちはなれているだろうか。そう思うと、少し寂しい気持ちになる。
ここから、地域を限定し、遺伝的に都合のいい組み合わせやある程度ランダム性を持たせつつ人工出産される
その数や頻度はコントロールされている
子は3歳くらいまで専門乳母に育てられたあと地域の子どもセンターに集められる
子どもセンターに子が30人親60人となる、保育士と親と各種専門家で3歳から中学卒業or高校卒業まで育つことになる
逆に親は常識的範囲内でいつでもセンターに遊びに行き、ご飯を一緒に食べたり会話することもできる
親は独身であったり既婚であったりする、複数人で暮らしてる人もいる
親は例えば20歳〜35歳で1センター、35歳〜50歳で1センター、50歳〜65歳で1センターと言うふうにあまり被らないように担当が変わっていく
教育方針は親グループで決めるが、1人も取りこぼさないことが重要である
既婚者で自然子供がいる場合でもセンター親になるケースはあるが、第二子までいる場合は成長し切るまでセンター親にはならないように取り計らわれる
センター親の出身センターの親は祖父母として、センターに遊びにいくことができる
当然だが孫候補は爆発的に多くなる
中学生の時に帰り道に寄り道して買い食いしながら歩いてたら
当時携帯なんて持ってなかったから近所にインターホン押して救急車呼んでもらった。
救急隊員に名前聞かれたから答えて以降はお任せして家に帰ったんだけどさ
後日学校経由で連絡があって御礼がしたいと。
先生も褒めてくれたしやったぜー高校入試に良い影響あるかなとか思って家に帰ったら
おじいさんから御礼したいって何度もお願いされたけど結局断った。
ほんと納得いかなくて高校卒業するまで親と口きかなくなって大人になっても疎遠になってる。
結婚して地元と全然違う地方に住んで子供も出来たけど親には何年も会ってない。
なんか子供に悪影響になりそうな気がしてる。
自分がされて嫌だったことは子供にしないんだって決めて試行錯誤しながら頑張ってる。
ふとこんな季節だったなって思い出したのでチラ裏。
常々思ってるんだが、子供の数しか需要がない斜陽産業あるじゃん。
需要がわかりきってるから生産管理しやすい反面、そうはいっても売上が右肩下がりでしょ?
そりゃ、減価償却終わった工場稼働させるだけならいいけど、老朽化して新工場建てますか?ってタイミングがきたら、新工場建てようなんて経営者いないでしょ。
メーカーが子供用品から撤退するほど、子育てが大変になるわけで、ここは一つ子供用品メーカーに稼がせてやりたい。
で、パッケージの白黒化ですよ。
子供いなくても記念に買いそうだろ?
あるかなと思って探してみたけど思ったより子供向けの体裁はあった
両取りみたいな
絵本作家のインタビューで「子供がわからないモノは出さない」って言っててもったいないなーと思った
あれ要はアートじゃん?振り切れるよなあって思った
そんなに大騒ぎするようなことかなーと思う
値上げが発表される直前までは普通に買えてたみたいだから欲しい人にはもう行き渡ってるはずだし
つか子供の頃を思い出すとわかることだけど、日本全国どの家庭にもゲーム機があった時代なんてここ最近の僅かな期間だけだろ?
俺が子供の頃はファミコンやスーファミやゲームボーイを持ってない家なんていくらでもあった
一〜二万円くらいのゲーム機ですらその程度の普及率だったわけだよ
それが元が五万、値上げして六万円となればもはや贅沢品の域でしょ
嫁とか子供と行けば良いのでは
オチとか真相とかはうっすらと知ってるけどちゃんと読んでなかったので読み始めたんだけど
きつい……
鉄郎とメーテルが999の停車駅で降りて珍しい体験をしたりトラブルに巻き込まれたり
その星に生きる人々と触れ合ったりする
子供の頃最初のほうを読んだ時はむちゃくちゃ面白かったんだけどなぁ……
今やっと13巻。残りは飛ばして最終巻に行くことにする。
数年前まで夫婦関係はかなりボロボロでお互い辛い日々を送っていたが、悔しいというか複雑なことに
妻がスピリチュアルにハマったことによりすべてがうまくいくようになってしまった
・激務のストレスで死にかけ、帰ったら妻に年収や家事について文句を言われ寝るまでヒスられる俺
・激務なのは知っていたがさすがにここまでとは思わなかったという妻
お互いにお互いを思う気持ちはあったのにすれ違っていたしお互いもううんざりしていた
しかしある日の夜突然、妻が「おかえり!」と笑顔で迎えてくれた
いつもはリビングのソファに座ったままで俺が飯をチンしようとするとワット数や秒数に関してキレ散らかしてきたのに
俺は当たり前に戸惑ったし奇妙だと思ったし嬉しさより怖さが勝った
そんな俺をよそに妻はそれからずっとそんな感じだった
そのうち俺も慣れてきて、自分のランチ代を削って妻に渡すお金の量を増やしたり金曜日にはお土産を買っていったりした
家庭のストレスが消えたからか、資格勉強をする体力もできて転職できた
定時に上がれるようになり給料も上がった
ある日子供が妻の部屋を散らかして色んなものを引っ張りだしていた
それを片付けていると1冊のノートが見つかった
そのノートには何度も何度も繰り返し同じようなことが全ページびっしり書かれていた
「夫と夜ゆっくりできるようになりました。ありがとうございます。」
「夫が私に笑顔を見せてくれるようになりました。ありがとうございます。」
「夫が転職してお金に余裕ができるようになりました。家族みんな幸せです。ありがとうございます。」
恐怖を感じてすぐに閉じて収納したが、気になってその夜にAIに聞いてみたら
「それは引き寄せの法則ですね」と言われた
望んだことは引き寄せることができるという感じらしい
その手段(?)として何度も何度もノート等に書くというのがあるらしい
そしてAIは「スピリチュアルには『もうなっている』という概念がある。奥様はあなたを「もうそうなっている」という設定の元、笑顔で迎えてくれたりしていたのでしょう」みたいなことを言っていた
スピリチュアルに頼るまで追い詰めてしまっていたことへの申し訳なさと