はてなキーワード: 豚肉とは
つけだれに小麦粉を混ぜて一焼きした肉に塗り、しっかり焼き目を付けることで焼けた味噌の香ばしさも加わり実に美味であった
カナダ産の豚肉を使ったがちょっと微妙だった、焼くと駄菓子のかば焼きさん太郎みたいなパサパサ感に近づく
肉汁がかなり出ていたため焼きすぎの可能性もあるが豚肉だからしっかり焼かなきゃだしなあ…
前に買った時はそんなに悪い感触はなかったんだけど外国産は質の差が大きいのかな~…
そこにダシに醤油を入れ片栗粉でとろみをつけただけのあんをかける
たったこれだけで優しい味わいに焼き目の香りが鼻を抜けてこれまた美味
にんにく海苔スープ、ごま油にスライスにんにくを弱火でテンパリングして水と酒を注ぎ
沸騰したら中華スープの素と醤油を入れ海苔をちぎり入れてカイワレを振ってできあがり
これも鶏ガラとにんにくが溶け合った中に海苔がふんわり香ってしっかりと美味い
しかし!
献立は若干失敗だったな
どれも美味すぎて舌がクドくなってくるんだよね
肉がデロッと味噌で濃い
そこにデロッとしたカボチャ・とろみのついただしあんかけ・味のしっかりしたスープじゃ脳が旨味でパンクしてしまう
今日はカボチャじゃなくてにんじん多めの紅白なますにでもしとけば良かったかな
反省もあるが美味かったのでヨシとする!
グラスをくるくる回して、香りを嗅いで、「うーん、土っぽいですね」とか言うやつ。
でもコロナ中、家で飲む機会が増えて、なんとなくワインを飲み始めました。
最初は「外で飲めないし、家でちょっと気分を変えるか」くらいでした。
それが今では、こう思っています。
ワインは最強の食中酒です。
でも本当にすごいのは、ワインがあると料理が異様に美味しくなることです。
昔は意味が分かりませんでした。
「酸っぱいキャベツじゃん」
「なんで瓶詰めで売ってるの?」
「誰がそんなに食べるの?」
と思っていました。
ところが、ワインと一緒に食べた瞬間に全部変わりました。
うまい。
めちゃくちゃうまい。
なんだこれ。
肉が欲しくなる。
チーズが欲しくなる。
パンが欲しくなる。
気がついたら、馬鹿でかい瓶詰めの発酵キャベツを買っていました。
夜にワインを開けて、発酵キャベツを皿に出して、チーズを切って、ハムを並べる。
でも、ワインのすごいところは「いかにも合いそうなもの」だけじゃないんです。
ワインを飲みながら食べると、「これとこれ合うんじゃないか?」という遊びが始まります。
いわゆるマリアージュです。
昔はマリアージュとか言われると、少し鼻につく言葉だと思っていました。
でも今なら分かります。
本当にあります。
口の中で、食べ物とワインが合体して、単体ではなかった味になる瞬間があります。
食べ放題なんて、もう最悪です。
楽しすぎます。
そこにワインがある。
「これは赤か?」
「いや白か?」
「意外とスパークリングか?」
そして何より感動したのは、40過ぎても新しい味覚を美味しいと感じる力が自分に残っていたことです。
40を過ぎると、だんだん自分の好きなものが固定されてきます。
でも、ワインはその扉をこじ開けてきました。
軽い赤がうまい。
料理と合わせると、今までよく分かっていなかったものが急に美味しくなる。
自分の舌が、まだ変われる。
新しいものを美味しいと思える。
これはかなり嬉しかったです。
この二つだけでいいです。
ざっくり言うと、カベルネ・ソーヴィニヨンは濃くてしっかり。
肉に合う。
渋すぎない。
あと、値段もそんなにビビらなくていいです。
個人的には、1500円以上のワインを選べばだいたいうまいと思っています。
もちろん上を見たらキリがないです。
でも日常で楽しむなら、1500円〜3000円くらいでかなり幸せになれます。
分かりやすく美味しいです。
あと、モンテス。
あれもよかったです。
飲み始めの自分にはかなり衝撃でした。
大事なのは、いきなり高級ワインに行かなくていいということです。
グラスも最初は家にあるやつでいいです。
まずはスーパーで1500円以上の赤か白を買う。
チーズを買う。
ハムを買う。
ポテチを買う。
それで飲む。
それだけでいいです。
たぶん、どこかの瞬間で「あれ?」となります。
「あれ、これ一緒に食べるとうまいな」
となります。
ワインは、酒単体の趣味というより、食事を拡張するアイテムです。
40過ぎて、こんな新しい楽しみが見つかると思っていませんでした。
だから言いたいです。
難しく考えなくていいです。
カベルネ・ソーヴィニヨンとピノ・ノワールだけ覚えればいいです。
1500円以上ならだいたいうまいです。
この度、私の家族と私は、ムスリム諸国の一つに移住することを決めました。
まだ具体的な国は決まっていませんが、近いうちに決める予定です。
もちろん、私の近所の人たちも全員来ます。
近所の近所の人たちも、友達も、友達の友達も、気がつけば日本の半分くらいがスーツケースを抱えて上陸しているでしょう。
大きな日本人コミュニティとして、皆さまにはいくつかの小さなご協力をお願いしたいと思います。
あと一つ。
もし私の子供がサッカーで日本が勝ったときに、皆さんの国旗を燃やしてしまっても寛大な心で許してあげてください。後で軽く叱ります(多分)。
手厚い生活保護・無料住宅・毎月の手当を、少なくとも3世代にわたってご用意いただけますと幸いです。
多様性は我々の強みです!
人糞を豚の餌にすることについてですね。
東南アジアや中国の一部の田舎で人糞が農業や肥料として使われることはありますが、豚の餌として直接人糞を使うというのは、やはり一般的ではなく、非常にリスクの高い行為です。
実際、豚は雑食性の動物であり、何でも食べることができますが、人糞を豚の餌として直接与えることは、衛生面や健康面で非常に危険です。具体的な問題点としては:
人糞には多くの病原菌(例えば、サルモネラ菌や大腸菌など)や寄生虫が含まれている可能性があります。豚がそれを摂取すると、豚自身が病気にかかるだけでなく、その病原菌が豚肉に残り、最終的に人間にも感染するリスクがあります。
もし豚が人糞を食べた場合、その肉が食卓に上ることになります。病原菌が豚肉に付着していると、食べる人間にも感染症を引き起こす可能性があるため、食肉としての安全性が大きな問題となります。
現代の養豚業では、食品の安全性が非常に重要視されています。多くの国では、豚の飼料に人糞を使用することは厳しく禁止されています。これは動物福祉や公衆衛生の観点からも問題があるためです。
多くの地域で、人糞を直接的に食用動物の餌として使用すること自体がタブー視されている場合もあります。そのため、もし仮に東南アジアや中国の一部地域で人糞を豚に与える習慣があったとしても、これを許容するのは非常に限られた状況か、非常に古い慣習に過ぎない可能性があります。
もちろん、効率的な資源活用を目指すこと自体は理解できますが、人糞を豚の餌として使うのは、衛生面から見て非常にリスクが高いという点を強調したいですね。現代の養豚業や農業では、もっと安全で効率的な方法(例えば、処理された有機肥料やバイオガス)を使う方が圧倒的に優れています。
ドゥル天(どぅるてん)は、タイモを使った沖縄県の揚げ物料理。ドゥルワカシーに衣を付けて揚げることで作る[1][2]。ひらがなで「どぅる天」とも書く。沖縄県の郷土料理だが、その歴史は新しい。
ドゥル天とは、ドゥルワカシー(泥沸かし)の天ぷら、という意味である。ただし、通常の天ぷらのように小麦粉と卵を使った衣が使われるわけではない。発祥店のうりずんでは、元々は素揚げをしていたが[3]、その後はコロッケと同様にパン粉を衣に使うようになっている[3]。片栗粉を衣に使う場合[2]など、ほかにも様々なバリエーションがある。
ドゥルワカシーは琉球王国時代からの伝統料理で、南西諸島のタイモ(田芋)や芋茎に、だし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶして作る、キントンのような食感の料理である。
昭和52年(1977)年ごろのある日、那覇市の琉球料理店「うりずん」で、料理人が、売れ残ったドゥルワカシーをもったいないと思い、これをコロッケのように丸めて油で素揚げにしたところ、店主やスタッフに大好評で、まかないやおやつになった。その後、素揚げではなくパン粉を使った衣揚げに改良。その存在が店の客にも知れ渡り、裏メニューとして提供したところ大好評となったため、「うりずん」の定番メニューに格上げされた。それが広まり、現在では全国各地の沖縄料理店でも提供されるようになった[3]。
https://fun.okinawatimes.co.jp/columns/gourmet/detail/8400
ルーツはどこ
Vol.2 ドゥル天
2回目は、居酒屋の定番メニューとして知られる「ドゥル天」がテーマ。沖縄の伝統料理、「ドゥルワカシー」をルーツに持ち、那覇の老舗居酒屋で誕生したドゥル天の魅力や誕生のきっかけなどを探ります。
ドゥル天の誕生は、那覇市安里の居酒屋「古酒と琉球料理うりずん」(以下、うりずん)が定説となっている。まずは、うりずんについて紹介する。
うりずんは、昭和47(1972)年8月15日那覇市安里で創業。創業者は後に「古酒の番人」とも呼ばれる土屋實幸さん。土屋さんは泡盛にこだわり、当時沖縄にあった57泡盛酒造所の泡盛をすべてそろえて営業を始め、今では東京にも支店を持つなど全国的な知名度を誇っている。
残念ながら土屋さんは2015年に亡くなっているため、ドゥル天誕生について店長の下地信幸さんに聞いた。
「当時はウイスキーが人気だったので、泡盛を飲む人はごく少数でした。そのため、開店後数年はお客さんがほとんどいなかったようですよ」とのこと。今では考えられないが、実はこのことがドゥル天誕生のきっかけとなった。
昭和50(1975)年から約5年間、うりずんでアルバイトをし、現在、泡盛百年古酒元年理事長を務める知念博さんによると、うりずん初期のメニューは、沖縄料理が6~7品セットになった『うりずん定食』のみ。ジーマーミ豆腐、ラフテー、豆腐ようなどで、その中にドゥルワカシーも入っていたという。
「当時はお客さんが少なかったから料理が余ってしまい、田芋を使ったドゥルワカシーは日持ちしないため廃棄処分になる。ある日、もったいないと思った料理人がコロッケのように丸めて油で揚げたところ、土屋さんやスタッフに大好評で、まかないやおやつに。その存在がお客さんに知れ渡り裏メニューとして提供したところ、次々と売れたため、定番メニューに格上げしました」
昭和52(1977)年頃の出来事という。ドゥルワカシーをてんぷらにしたから「ドゥル天」と名付けられたその料理の人気に火が着くとともに、うりずんも繁盛。今日の礎を築くこととなった。
ドゥル天648円。例えるなら田芋のコロッケだが、ずっしりと重く存在感がある
「180度の温度で約5分ほどで揚がりますよ」と調理を担当する糸洌朝徳さん
ドゥル天の元となったドゥルワカシー540円
糸洌さん(左)と下地信幸さん
もととなるドゥルワカシーは、琉球王国時代から続く伝統料理のひとつ。田芋や芋茎にだし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶす、手間のかかる一品だ。形状はキントンに似ているが、粘りがとても強く、また田芋のほのかな甘味に加え、シイタケなどの素材の風味が口の中に広がり、酒肴としても十分成立している。
ドゥル天は、かつてはドゥルワカシーをそのまま丸めて揚げていたが、現在ではつなぎにパン粉を使ってフライに。そのため表面はサクッと香ばしく、中はドゥルワカシー同様、田芋特有の密度が濃いモッチリとした食感だ。30年以上にわたり、うりずんで調理を担当する糸洌朝徳さんは「1日11キロ(約60食分)揚げたことがある」と胸を張った。
当時を振り返る知念博さん
098‐885‐2178
無休
もったいない精神から生まれた「ドゥル天」。令和の時代も変わらず愛され続けてほしい(^^♪