はてなキーワード: 付喪神とは
淡々と事実だけを書いている。「なんでそうなるの?」と言う箇所が多いが、なぜそうなるのかは作中で一切説明はなく私に聞かれても答えられない。自分で見て考えてとしか言えない。
ルビッチ自身が「待つっていうのは、何もしないってことじゃない。相手を信じぬくってことだ!」と語る。
原案は2019年発売の絵本『チックタック 約束の時計台』であり、本来はプペルと関係がない。
本作はそれを『えんとつ町のプペル』の続編とするため、ルビッチを異世界に登場させているが最初と最後以外ほとんど見せ場はない。
物語の舞台は、時計の町。主人公・ルビッチ(前作『えんとつ町のプペル』の主人公)は、冒頭と最後に2019年の近畿大学卒業式で西野亮廣が行った「時計の長針と秒針が重なる瞬間」を人生に例えたスピーチをモノローグで語る。しかし本編の中心は、時計師の宗家である青年・ガスと、植物の精霊・ナギの2人による物語。
ガスが酔ってナギの肩に腕を回す。ナギがそれを拒否してガスを殴り、店内が大混乱になる。ナギと同居する子供たちは「謝る必要はない」とフォローする。
その後、ガスがナギの顔に急接近して「絶対に許さないです!」と冗談めかして恫喝するシーンや宴会の場でナギに踊りを強要する場面を経て、2人は恋仲になっていく。
ナギはガスに「植物の精霊と人間は結ばれない」という事実を明かさず、町を襲った炎をまとった巨人「スルト」の攻撃による火事を利用して、自分の死を偽装する。
(ちなみにスルトはこの後特にまともな出番がないので忘れてもらっても構わない。)
ガスは時計師の仕事を完全に放棄し、100年間引きこもり続け、ナギの帰りを待ち続ける。
この間、町の時計は止まったままになり、時間を知らせる手段は大砲とニワトリが「たぶん7時」と告げる程度の雑なものになった。
前作の主人公・ルビッチがこの世界に迷い込む。ガスが止めていた時計には「プペル」という名前が付けられていた。その時計が動き出すと、ルビッチは元の世界に戻る。
ルビッチはナギの元へ行き、100年待ち続けたガスのもとへ2人を再び引き合わせる。
「植物の精霊と人間は結ばれない」という障害があったが、100年経ったあと特に理由もなく消えていた。
最後は年老いたガスと若い姿のままのナギが結ばれるハッピーエンド
ルビッチの親友(実は父親)であるゴミ人間・プペルが、時計が動き出したことにより「物に霊が宿る」という付喪神の力で蘇る。
前作でプペルの死を受け入れていたルビッチは、ガスの「待つ」姿勢に影響を受け、プペルの復活を受け入れる。
https://x.com/hattorixxx/status/1471818336900358152
この映画は西野さん自身のサクセスストーリーを西野さんが自分で感動の物語化した
いわばえんとつ町の西野!!
いい脚本を作ることはいいアニメーションを作ることよりもはるかに難しい。52点。
団地で主人公男子コウスケは主人公女子ナツメと家族同然に暮らしていたがコウスケの祖父の死を境に疎遠に。団地の取り壊しもありそれぞれ別の家に越していきナツメは最近はサッカークラブにも顔を出さずすれ違いが続いている。夏休みに入り友人2名に団地への潜入に半ば強引に誘われたコウスケはそこでナツメと出会い、さらにコウスケに思いを寄せるお嬢様とその連れも侵入。その時、突如大雨が降り、気が付くと団地は海の上を漂流していた。団地に棲息するノッポ君と男子3名女子3名のサバイバル生活が幕を開ける。
みたいな話。
アニメーションはちゃんと金かけて作られてるなって感じで登場キャラは表情豊かで可愛いし、風景はきれいだし、後半、崩壊する団地を観覧車で引っ張るシーンはCGの使い方もうまくその迫力は特筆すべきものがある。劇場版(Netflixだけど)アニメ映画として見るべきクオリティはある。
あらすじを読んでもわかるように、登場人物は3対3マッチング+1となっているが語るべき物語がある人物はそのうちの2名+1しか存在しない。主人公のナツメとコウスケである。この2名は本来家族でない2人が団地という場所で出会い家族になり、コウスケの祖父が欠けたことで関係が壊れてしまっている。そしてその団地も取り壊されかけている。ちなみに+1のノッポ君は団地の擬人化、精霊、付喪神的なサムシングである。
親の不仲を見て育ち家庭に居場所がないと感じていたナツメにとっては団地がコウスケ家が初めての「居場所」であったことから今もその不在を受け入れられない。また当然続くものと思われていた日常を自分の些細な一言で壊し、自身とナツメに深い傷を負わせてしまったコウスケもそのことを背負いきれずに苦しんでいる。
作中で描かれる旅はある意味で言えば2人が、記憶の"海"をたゆたう団地の中でそれぞれの傷と向き合い乗り越えてあの日々と後悔に別れを告げる旅であると言える。
そしてこの部分はまぁいい。映画という大きな作品で語るべき話だとも思う。
ただ、2時間ある映画で語られるドラマがこの一点しかない。なので、常にナツメの団地とコウスケとその祖父への思いと迷い、コウスケのナツメへの思いという話が進んだり戻ったりし続け、ナツメは常に後ろ向きにイジイジし続ける。そしてそれに対して勝手についてきたお嬢様が「こんなことになったのはお前のせいや!」とナツメを責め立てそのツレの善性メガネがそれを諫める、という展開が何度も何度も続く。
もうわーったよ、その話はと思うし、お嬢様はこの作品における客観性という名の残酷さを一手に引き受けさせられすぎていてかわいそうになってくるし、善性メガネはこの世の善性を一手に引き受けた女神のようでまぶしすぎる。こいつこの極限状態でナツメのこともお嬢様のことも責めずどちらにも寄り添い、最終的にお嬢様に「私はれいなちゃんの後ろをついていくばっかりだったから主体性を持ってちゃんとした友達になりたい」と語りだす。善性の擬人化だろこいつ。あと見た目もかわいい。
そして男2名は、まぁ、なんかうろちょろしてる。
そして彼女ら、彼らは特に何らかのバックグラウンドがあるわけではないためこの旅で何の成長も用意されていない。
2人のドラマの脇で「この旅を盛り上げるためのパーツ」としてしか機能していない。善性メガネが崩れるアパートで屋上から落っこちそうになって大けがをする、とか。かわいそう。そして2人のドラマ自体は2時間という尺を完全に持て余している。
彼らにも小さな成長要素を持たせてそれを絡めて2人の大きな成長を導くか、2人のドラマと割り切って30分くらい尺を削るかどっちかにした方がいいと思う。とにかく現状はあまりにアンバランスすぎる。
そう思ったのか最後に同じく記憶の海を漂う観覧車がやってきたところで急に観覧車の精がやってきて手を貸してくれる展開になり、お嬢様が「私が最初来た遊園地や!」ってなって2人で話して感傷的になる展開が唐突に現れるが、別にお嬢様は単にノンデリなだけで恋の悩み以外に何もなさそうなので、これ何の話なんやとなる。
う~ん、そうじゃねぇんだよな。
まぁそんな感じかな。
アニメーションとしては劇場版として十二分のクオリティがあったと思うけど脚本面が少なくとも2時間の尺に見合う中身がなかったかなって感じ。まぁ、かわいい小学生がたくさん見られるのでロリコン、ショタコンの皆には文句なしにオススメだし、2人のドラマ部分に関してはちゃんとやってはいたのでギリでオススメかな。
山岳信仰とか巨岩・巨木信仰なんかの自然崇拝はあっても、別にすべての石ころを崇めてるわけじゃないし。
自然現象を擬人化した神とか、自然現象を司っている神みたいなのはいても、人間が作ったもの一つ一つに神が宿るなんて聞かんでしょ。
付喪神?
あれは「長年使った道具に宿る妖怪」じゃん。
祟られないようにちゃんと供養しようという話であって、道具を大事にしろということではない。
しかも付喪神って近世以降はかなりのマイナー概念になってたらしいし。
日本人の心にずっと根ざしてきた大切な教え…みたいなものでは全然ないよな。
他にはなんだ、お米に七人の神様が宿ってるとか?
あれってめちゃくちゃ新しい概念でしょ。
何の神なのかも曖昧だし、少なくとも明確に出典があるような話じゃないよ。
付喪神といって、道具も長年つかっていると神が宿るとされとるんだよ
15年では付喪神にはなれませんね
キミら本好きって設定でしょうよ。ベストセラーになったぞ
★AIちゃんによる要約★
実力も運のうち 能力主義は正義か?(The Tyranny of Merit)は、マイケル・サンデル教授が著したノンフィクションの本です。この本では、アメリカをはじめとする先進国で広まっている能力主義(meritocracy)という考え方が、どのようにして社会の分断や不平等を招き、共通善(common good)を損なっているかを分析しています。
能力主義とは、個人の才能や努力に応じて報酬や地位を与えるべきだという考え方です。能力主義は、公平で正義に基づいた社会を実現するための理想として、多くの人々に支持されています。しかし、サンデル教授は、能力主義が実際には、以下のような問題を引き起こしていると指摘しています。
- 能力主義は、成功者が自分の成功を自分の実力だけのおかげだと思い込み、失敗者が自分の失敗を自分の無能さだけのせいだと自己責任するようになる。これによって、成功者は傲慢になり、失敗者は屈辱に耐えることになる。
- 能力主義は、教育を公平な競争の場として捉え、高等教育を受けることを社会的な昇進の手段として見る。これによって、教育の本来の目的である知的な探求や道徳的な育成が失われ、教育の質が低下する。
- 能力主義は、高等教育を受けたエリート層が政治や経済の主導権を握り、自分たちの利益や価値観を押し付ける。これによって、高等教育を受けられなかった多くの人々が政治的に無視されたり、経済的に犠牲にされたりする。
サンデル教授は、能力主義の問題を具体的に示すために、2019年に発覚したアメリカの不正入試事件(college admission scandal)を取り上げています。この事件では、ハリウッドの有名女優や富裕層の親たちが、大学入試の試験を不正に受けたり、スポーツの推薦枠を買収したりして、子供たちを名門大学に入学させていました。この事件は、能力主義がもたらすエリートの傲慢さや不正行為、教育の不公平さや劣化、社会の不信感や不満を象徴するものだと、サンデル教授は述べています。
サンデル教授は、能力主義に代わる新しい社会のあり方を提案しています。それは、共通善の観点から、人々の才能や努力だけでなく、運や環境にも目を向けることです。サンデル教授は、人々が自分の成功や失敗に対して謙虚で寛容になり、教育が知的な喜びや道徳的な目的を取り戻し、政治が多様な声や利害を反映するようになることを期待しています。
長文読むのがなんらかの理由で困難な人なら、Amazonのオーディオブックのサブスクに『実力も運のうち 能力主義は正義か?(原題:The Tyranny of Merit)』があって
確か無料だったような気がするのでそれを聴こう
共通善というものを扱う性質上、キリスト教というか神学から入るが、興味がなければそこは斜め読みしても問題ない
でも、共通善は、『おかげさまで』、『いただきます』、『生かされている』、『八百万の神/付喪神』の宗教価値観を持つ日本人にとって馴染みやすいものだと思うぞ
共通善と能力主義の功罪(競争が生むもの)については後ほど書くけどとりあえずサンデル貼っておくね
キミら本好きって設定でしょうよ。ベストセラーになったぞ
★AIちゃんによる要約★
実力も運のうち 能力主義は正義か?(The Tyranny of Merit)は、マイケル・サンデル教授が著したノンフィクションの本です。この本では、アメリカをはじめとする先進国で広まっている能力主義(meritocracy)という考え方が、どのようにして社会の分断や不平等を招き、共通善(common good)を損なっているかを分析しています。
能力主義とは、個人の才能や努力に応じて報酬や地位を与えるべきだという考え方です。能力主義は、公平で正義に基づいた社会を実現するための理想として、多くの人々に支持されています。しかし、サンデル教授は、能力主義が実際には、以下のような問題を引き起こしていると指摘しています。
- 能力主義は、成功者が自分の成功を自分の実力だけのおかげだと思い込み、失敗者が自分の失敗を自分の無能さだけのせいだと自己責任するようになる。これによって、成功者は傲慢になり、失敗者は屈辱に耐えることになる。
- 能力主義は、教育を公平な競争の場として捉え、高等教育を受けることを社会的な昇進の手段として見る。これによって、教育の本来の目的である知的な探求や道徳的な育成が失われ、教育の質が低下する。
- 能力主義は、高等教育を受けたエリート層が政治や経済の主導権を握り、自分たちの利益や価値観を押し付ける。これによって、高等教育を受けられなかった多くの人々が政治的に無視されたり、経済的に犠牲にされたりする。
サンデル教授は、能力主義の問題を具体的に示すために、2019年に発覚したアメリカの不正入試事件(college admission scandal)を取り上げています。この事件では、ハリウッドの有名女優や富裕層の親たちが、大学入試の試験を不正に受けたり、スポーツの推薦枠を買収したりして、子供たちを名門大学に入学させていました。この事件は、能力主義がもたらすエリートの傲慢さや不正行為、教育の不公平さや劣化、社会の不信感や不満を象徴するものだと、サンデル教授は述べています。
サンデル教授は、能力主義に代わる新しい社会のあり方を提案しています。それは、共通善の観点から、人々の才能や努力だけでなく、運や環境にも目を向けることです。サンデル教授は、人々が自分の成功や失敗に対して謙虚で寛容になり、教育が知的な喜びや道徳的な目的を取り戻し、政治が多様な声や利害を反映するようになることを期待しています。
長文読むのがなんらかの理由で困難な人なら、Amazonのオーディオブックのサブスクに『実力も運のうち 能力主義は正義か?(原題:The Tyranny of Merit)』があって
確か無料だったような気がするのでそれを聴こう
共通善というものを扱う性質上、キリスト教というか神学から入るが、興味がなければそこは斜め読みしても問題ない
でも、共通善は、『おかげさまで』、『いただきます』、『生かされている』、『八百万の神/付喪神』の宗教価値観を持つ日本人にとって馴染みやすいものだと思うぞ
単なる事実だし平均な共感性と知能を持っていればそこそこお金稼いでいても行き着く答え
キミら本好きって設定でしょうよ。ベストセラーになったぞ
★AIちゃんによる要約★
実力も運のうち 能力主義は正義か?(The Tyranny of Merit)は、マイケル・サンデル教授が著したノンフィクションの本です。この本では、アメリカをはじめとする先進国で広まっている能力主義(meritocracy)という考え方が、どのようにして社会の分断や不平等を招き、共通善(common good)を損なっているかを分析しています。
能力主義とは、個人の才能や努力に応じて報酬や地位を与えるべきだという考え方です。能力主義は、公平で正義に基づいた社会を実現するための理想として、多くの人々に支持されています。しかし、サンデル教授は、能力主義が実際には、以下のような問題を引き起こしていると指摘しています。
- 能力主義は、成功者が自分の成功を自分の実力だけのおかげだと思い込み、失敗者が自分の失敗を自分の無能さだけのせいだと自己責任するようになる。これによって、成功者は傲慢になり、失敗者は屈辱に耐えることになる。
- 能力主義は、教育を公平な競争の場として捉え、高等教育を受けることを社会的な昇進の手段として見る。これによって、教育の本来の目的である知的な探求や道徳的な育成が失われ、教育の質が低下する。
- 能力主義は、高等教育を受けたエリート層が政治や経済の主導権を握り、自分たちの利益や価値観を押し付ける。これによって、高等教育を受けられなかった多くの人々が政治的に無視されたり、経済的に犠牲にされたりする。
サンデル教授は、能力主義の問題を具体的に示すために、2019年に発覚したアメリカの不正入試事件(college admission scandal)を取り上げています。この事件では、ハリウッドの有名女優や富裕層の親たちが、大学入試の試験を不正に受けたり、スポーツの推薦枠を買収したりして、子供たちを名門大学に入学させていました。この事件は、能力主義がもたらすエリートの傲慢さや不正行為、教育の不公平さや劣化、社会の不信感や不満を象徴するものだと、サンデル教授は述べています。
サンデル教授は、能力主義に代わる新しい社会のあり方を提案しています。それは、共通善の観点から、人々の才能や努力だけでなく、運や環境にも目を向けることです。サンデル教授は、人々が自分の成功や失敗に対して謙虚で寛容になり、教育が知的な喜びや道徳的な目的を取り戻し、政治が多様な声や利害を反映するようになることを期待しています。
長文読むのがなんらかの理由で困難な人なら、Amazonのオーディオブックのサブスクに『実力も運のうち 能力主義は正義か?(原題:The Tyranny of Merit)』があって
確か無料だったような気がするのでそれを聴こう
共通善というものを扱う性質上、キリスト教というか神学から入るが、興味がなければそこは斜め読みしても問題ない
でも、共通善は、『おかげさまで』、『いただきます』、『生かされている』、『八百万の神/付喪神』の宗教価値観を持つ日本人にとって馴染みやすいものだと思うぞ
トロッコ問題きゃっきゃじゃなくてこれ読みなさいよ、キミら本好きって設定でしょうよ。ベストセラーになったぞ
★AIちゃんによる要約★
実力も運のうち 能力主義は正義か?(The Tyranny of Merit)は、マイケル・サンデル教授が著したノンフィクションの本です。この本では、アメリカをはじめとする先進国で広まっている能力主義(meritocracy)という考え方が、どのようにして社会の分断や不平等を招き、共通善(common good)を損なっているかを分析しています。
能力主義とは、個人の才能や努力に応じて報酬や地位を与えるべきだという考え方です。能力主義は、公平で正義に基づいた社会を実現するための理想として、多くの人々に支持されています。しかし、サンデル教授は、能力主義が実際には、以下のような問題を引き起こしていると指摘しています。
- 能力主義は、成功者が自分の成功を自分の実力だけのおかげだと思い込み、失敗者が自分の失敗を自分の無能さだけのせいだと自己責任するようになる。これによって、成功者は傲慢になり、失敗者は屈辱に耐えることになる。
- 能力主義は、教育を公平な競争の場として捉え、高等教育を受けることを社会的な昇進の手段として見る。これによって、教育の本来の目的である知的な探求や道徳的な育成が失われ、教育の質が低下する。
- 能力主義は、高等教育を受けたエリート層が政治や経済の主導権を握り、自分たちの利益や価値観を押し付ける。これによって、高等教育を受けられなかった多くの人々が政治的に無視されたり、経済的に犠牲にされたりする。
サンデル教授は、能力主義の問題を具体的に示すために、2019年に発覚したアメリカの不正入試事件(college admission scandal)を取り上げています。この事件では、ハリウッドの有名女優や富裕層の親たちが、大学入試の試験を不正に受けたり、スポーツの推薦枠を買収したりして、子供たちを名門大学に入学させていました。この事件は、能力主義がもたらすエリートの傲慢さや不正行為、教育の不公平さや劣化、社会の不信感や不満を象徴するものだと、サンデル教授は述べています。
サンデル教授は、能力主義に代わる新しい社会のあり方を提案しています。それは、共通善の観点から、人々の才能や努力だけでなく、運や環境にも目を向けることです。サンデル教授は、人々が自分の成功や失敗に対して謙虚で寛容になり、教育が知的な喜びや道徳的な目的を取り戻し、政治が多様な声や利害を反映するようになることを期待しています。
長文読むのがなんらかの理由で困難な人なら、Amazonのオーディオブックのサブスクに『実力も運のうち 能力主義は正義か?(原題:The Tyranny of Merit)』があって
確か無料だったような気がするのでそれを聴こう
共通善というものを扱う性質上、キリスト教というか神学から入るが、興味がなければそこは斜め読みしても問題ない
でも、共通善は、『おかげさまで』、『いただきます』、『生かされている』、『八百万の神/付喪神』の宗教価値観を持つ日本人にとって馴染みやすいものだと思うぞ
安物の方が頑丈は絶対に無いが
庶民が買える価格帯(高くても100万位内)のブランド物に比べて
あとさっきも書いたし去年も書いた(https://anond.hatelabo.jp/20211210011937#)が
『サスティナブルな生活を信条としている』、『付喪神的なスピリチュアル信仰があり物を極力捨てない』人は大昔からいて、
マイノリティーだが数万・数十万出して安物直す・無理くり使う人はいるぞ
衣類小物だけじゃなくて電化製品に対してもそういう心情(信条)持っている人はいて、
買った方が安いですよって言っても直すと引き下がらない人いるし、
破棄してねっていうとキレる人いる
宗教人口1名。創造主と付喪神が同居しているような雑な宗教で、しかし戒律だけはやたら厳しく私は日々その戒律に従い行動している。
戒律を破りたければ、戒律を破る前に教祖と相談して色々な理由を付け戒律を変更する。
私の考えが知りたいと私に絡んでくる人は、私が私の宗教と戒律に基づいて下した結論に対し、なぜそんな風に考えるのか、どうしてそう思ったのか、とかめちゃめちゃしつこく食い下がって尋ねてくるので、私は仕方なく普段秘密にしている宗教の話をしてあげる。
育ってきた環境も信じている神も言葉を使う文脈も全部違う人間の考えをなぜさらっと理解できると思い込んでいるのか甚だ疑問だが、理解したいならまず宗教の話から聞いてもらう。
ほら、少数民族の文化とか紹介する系のあれも結局信仰の話から入るじゃん?
世のことわりに対する認識が違うんだよお前とは。
でもそうやって宗教の話をして差し上げると、あんなに熱烈にあなたの考えを理解したいと言ってた人々はドン引きしていなくなってしまう。
とっても寂しい。
見る!メチャクチャ見る。しかもキャラデザなんかを似せないといけないからかなりわかりやすい。
これもかなりよくある印象。
わりとどうでもいい…
だから何?感強し
ミステリはまあ全部そうといえばそうなんだけど、特にレギュラーキャラとか探偵・助手ポジの人の場合。すげえよくある、というか仕方ないかこれは…
ありますねえ…発覚からSFに持っていくとET的な感じになり、歴史とかを絡めると伝奇ホラーになる印象ある
○ッ○○○○○以来の定番!逆にあんまり見ないような気すらする…いや、やっぱ見るかなあ。感動モノと絡めてくること多いけど「またこれか…」でその感動が消えること多し
タイムトラベルものなんかでよくあるパターン。うまくやるとかなりカッコいい!でもよく見る
これはあんまり見ないな。まあでもあなただった!って言われてもいや違うし…としか言えないというのはある
何?
あるねえ…これもまあ仕方ない感はある。そういうイメージの職だし
これは別カテゴリか?
これもタイムトラベルものなんかでよくみる気がする。トレードマーク的なアイテムが目に入ったり呼び名でわかったりするやつ
格闘漫画の登場シーンなんかですげえよくみる印象。読者はすでに強いと知ってるキャラであえてこの演出をやるパターンも頻出?
これ忘れてた。クソ多くてイヤになってくる。キングダムお前のことだぞ
こっちも多いし男女平等か?
地味によく見る。ホッコリエピソードになりがち
これもわりとあるな。唯一神というよりは多神教の土地神のことが多いけど、そういえば聖書で神がハトになってるのってこれなのか?
美女が魔法が解けてシワシワのババアになったりするやつ!男版もまあまあある印象。老人だったと分かった後も引き続き登場するパターンは少ない(その場で死ぬなりしてフェードアウトしがち)が、年齢だけ高くて見た目が若いパターンだとそうでもない。
そんなに見ないけどなくはない。ハウルの序盤なんかにもあるな。