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2025-12-17

飯田一史の批判三宅香帆の反論は、それぞれどこが間違っているのか

表題のとおりです。

事の発端は、12月12日飯田一史さんは記事「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか(抄)」 https://ichiiida.theletter.jp/posts/0aa160a0-d70f-11f0-aa07-8582de6095b5 (以下、飯田批判)において、三宅香帆さんの著作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1212-b/ (以下、三宅本)の誤りを指摘したことでした。

これに対し、翌日の13日に三宅香帆さんは記事「「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか」https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5 (以下、三宅反論)を投稿し、飯田批判に対する反論を試みました。

このエントリでは、両者の主張に対する見通しを良くすることを目的に、飯田批判三宅反論論点を整理したのち、それぞれの問題点を指摘していきます

まとめたのは人文系の話には疎い人間のですので、誤りも多いかと思いますので、まあ話半分で読んでもらえればと思います

なお、飯田批判は、飯田一史さんの新著『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』(星海社新書https://ji-sedai.jp/book/publication/konojidaini.html から抜粋であることを念の為補足しておきます

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📰 0. 三行要約(問題点

飯田批判は、特に三宅本は(出版流通における)「書籍」と「雑誌」を分けていないかダメだ」という主張に相当問題があると思う。

三宅反論は、そもそも反論」できてない。言い換えると、飯田論理展開をあまり追えておらず、誤読を基に論理を展開するため実のある話があまりない。

三宅反論は、三宅本の議論の前提に基づく問題を、あたか飯田データ処理の問題すり替えていて、個人的にあまり心象が良くない。

以下、飯田批判三宅反論についてより詳細に検討していきます

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📚 1. 飯田批判論点

飯田批判の主張とその根拠、主張を正当化する論証について整理を行います

理屈が明晰な箇所もある一方、煙に巻くような箇所もあって、議論を追うのはすこし大変だったような印象です。

まあ私の読解力の問題のような気もします。

読みやすくするため、飯田批判の主張のうち、

三宅本への指摘に該当するものには「◎」

・直接的には指摘ではないものには「◯」

という記号を付けておきます

また、論拠を準備していない主張には大括弧[]で囲っておきます

--------------------

(「・働き始める前から読書量は減り、働き始めた後も日本人読書量は減らない」の節)

◎主張1-1. 三宅本は、労働により読書量が減少することを前提にする。

しかし、これは誤りであり, 読書量は労働が始まってから変化してはいない。

<主張1-1の論証>

根拠1-1-1. データ書籍の月間平均読書冊数

根拠1-1-2. データ:1ヶ月に読む本の冊数の割合

根拠1-1-1および1-1-2は, 読書量の低下は, 労働が始まる前の現象で、それ以降では起きていないということを示す。

これは、三宅本の前提を棄却するデータであり、ゆえに主張1-1が示される。

<論証おわり>

--------------------

◯主張1-2. 書籍における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白ではない。

<主張1-2の論証>

根拠1-2-1. 「積ん読」という言葉存在

根拠1-2-2. データ: 紙の書籍推定販売金額と月の平均読書冊数

根拠1-2-3. アメリカイギリスでの調査.

根拠1-2-1, 1-2-2, 1-2-3のいずれも、書籍に関しては、「買う」の増減から「読む」の増減を帰結することやその逆を主張することは難しいことを表している。

<論証おわり>

--------------------

(「・「雑誌」と「書籍」も別の話」の節)

◯主張2-1. 雑誌における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白である

<主張2-1の論証>

根拠2-1-1. データ: 紙の雑誌推定販売金額と月の平均読書冊数

根拠2-1-1は、雑誌に関しては、「買う」と「読む」の間に相関があることを示している。

<論証おわり>

---------------------

◎主張2-2. 三宅本では、書籍雑誌区別ができていない。

<主張2-2の論証>

根拠2-2-1. 三宅本のp.38の記述

根拠2-2-1は、三宅本において雑誌書籍区別できていないことを示している。

<論証おわり>

--------------------

[◎仮設2-3. 三宅本は、「読書離れ」を論ずる際には雑誌書籍区別するべきである。]

(これは明示的に飯田批判にあらわれていないが、以下の主張2-4の論証において機能する暗黙の前提である、と私は思う。)

---------------------

◎主張2-4 三宅本は、『読書世論調査』における「読書時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張する。しかし、これは不適切である

<主張2-4の論証>

根拠2-4-1. 「読書時間」は「書籍+雑誌との接触時間である。主張2-1から雑誌接触時間は減少傾向であると推察されるので、

読書時間」の減少は(書籍ではなく)雑誌との接触時間の減少と解釈するのが自然である

根拠2-4-2. そもそも読書時間」もそれほど減っていない。

根拠2-4-3. 『読書世論調査』の総括では, 読書率はあまり変化がない.

根拠2-4-1, 2-4-3から、 「読書時間」の減少は書籍との接触時間の減少を導くのは難しい。

[仮設2-3]から, 「読書離れ」は特に書籍読書時間減少を意味すると解釈するべきであり、

三宅本のやり方では書籍読書時間減少を導くことはできない。

また, 根拠2-4-2の存在は、特に読書時間の減少が生じていないことを示唆する。

<論証おわり>

--------------------

(「・労働時間は減り、自己啓発時間も減っている」の節)

◎主張3-1. 三宅本は、日本人現在長時間労働であることを前提にしている。

しかし、労働時間を「全産業平均」の観点で見たとき、この前提は不適当である

<主張3-1の論証>

根拠3-1-1. 厚生労働省「わが国の過去50年間(1973年2023年)の労働時間の推移についての考察

<論証おわり>

--------------------

◎主張3-2. 三宅本は、次の(i), (ii), (iii), (iv)を主張する:

(i) 1990年代から自己啓発市場が拡大した.

(ii) 自己啓発労働による自己実現)のための読書(=「情報摂取型、「ノイズを除去する」「〈社会〉を遠ざける」)時間が増加した.

(iii)代わりに、人文書小説などのための読書(=「アンコントローラブル」な「ノイズ」や「他者文脈」を含む)時間が減少した

(iv) 読書離れと自己啓発書の伸びはまるで反比例グラフを描く

しかし、(ii), (iii), (iv)は誤りである

<主張3-2の論証>

根拠3-2-1. 黒田山本論文

根拠3-2-2. グラフを書くだけの定量的根拠はない(提示されていない)

根拠3-2-1から労働者の 「自己研鑽」 = 「学習自己啓発・訓練(学業以外)」の時間は減少している。

これは(ii)を否定する。

主張1-1および(ii)より(iii)は成り立たない。((iii)が成り立つためには(ii)が成り立つ必要があるため。)

根拠3-2-2は、(iv)を否定する。(少なくとも、(iv)の主張を肯定するだけの理由はない。)

<論証おわり>

--------------------

◎主張3-3. 三宅本では、自己啓発市場の拡大から自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きいかのように解釈する。

言い換えれば、次の(1),(2)を主張する:

(1)自己啓発市場は拡大している

(2)(1)が正しいのであれば、「自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きい」は正しい。

しかし、これは誤りである

<主張3-3の論証>

根拠3-3-1 牧野論文.

根拠3-3-2. データ: 日本出版市場推定発行金額

根拠3-3-1は、「年間ベストセラーにおける自己啓発書の冊数割合は増大している」ことを主張する。

これは(1)の根拠としている。これ自体問題はない。

しかし, 根拠3-3-2は 自己啓発本の市場小説市場よりはるかに小さいということを意味する。

これは、(1)が正しいのに「自己啓発書のほうが~」が間違っているので、(2)は正しくない。

以上から、これは誤りである

<論証おわり>

--------------------

[◎主張3-4, 三宅本は, 上の(1), (2)が成立するとしていたことが原因で、(i)から(ii)および(iii)を導いた]

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🧠 2. 飯田批判の怪しい箇所

以下で、飯田批判を読んでいたときに、個人的に気になった点を列挙します。

飯田主張2-4について:「書籍」と「雑誌」の区別本質的か?

主張2-4の背後には「書籍雑誌分別するべきである」という暗黙の前提(仮設2-3)があるように思う。

三宅本の「読書から雑誌」を除外することは本当に妥当かを考えたい。

・「書籍」と「雑誌」の違いを整理しておく。

といっても自分出版業界人間ではないので正しい理解かは怪しいのだが、調べた範囲のことをまとめておく。

(間違ったこと言ってたらごめんなさい)

書籍」「雑誌」の辞書的な定義はたとえば布川ほか編『出版事典』(出版ニュース社)のp.217およびp.167にある。

ざっくりまとめると「書籍」と「雑誌」の違いは一定編集方針の下で定期的に刊行されているかどうかという部分のようである

これは、1985年ユネスコ出版統計上の「図書」と「新聞及び定期刊行物」の違いともおおむね合致しているように見える。

("図書新聞及び定期刊行物出版及び配布についての統計国際的標準化に関する改正勧告". 文部科学省. https://www.mext.go.jp/unesco/009/1387396.htm

より実際的な取り扱いは, "既存雑誌が「創刊」とは、これ如何に". 出版科学研究所オンライン. https://shuppankagaku.com/column/20070111/

によれば、

そもそも本というのは「書籍」と「雑誌」に大別されますが、出版業界では「雑誌コード」が付されたものを厳密に「雑誌」と区分しているのです。

一見雑誌のように見える本も、このコードがなければ「雑誌」ではなく「書籍」ということになります

ということらしい。(しかし、これはあくまコラムの中の記述でありカチッとした話ではないことに注意)

書籍」と「雑誌」の実際上の取り扱いの違いは、「雑誌コード」の有無、つまり流通上の取り扱いの違いから生まれてくるという。

日本では、「書籍」はISBNコードを持ち、「雑誌」はISSNコード雑誌コードを持っている。

その中間にあたるムック本では、ISBNコードだけでなく雑誌コードも付随しているようなものは「雑誌」の対象とするようである

("「雑誌」の定義出版統計". 出版科学研究所オンライン. https://shuppankagaku.com/column/20060911/

ともかく、「書籍」と「雑誌」を分けるのは明らかに内容やジャンルではない。定期的に刊行するかどうかであったり、それを根拠雑誌コードが付いているかどうかだったりである

コミック誌を除外したとしても、『anan』のようなファッション誌もあれば『文學界』や『オール読物』のような文芸誌も、また『Nature』や『ナショナルジオグラフィック』のような理工系雑誌もまとめて「雑誌」にカテゴライズされる。

さらに言えばサイエンス社の『SGCライブラリシリーズ書物は, それぞれ内容的に全く独立しており実質的単行本ではあるのだが、『SGCライブラリ151』までは『数理科学』の臨時別冊という扱いだったのでそのカテゴリは「雑誌」になっている。(なお『SGCライブラリ152』以降は「書籍である

一方、書肆侃侃房の『文学ムック たべるのがおそい』は確かにムック本ではあるが、雑誌コードを取得しておらず取り扱いは「書籍」であった。

このように「書籍」と「雑誌」の区分そもそも出版流通上の区分であり内容面での区分ではないばかりか、その区分出版物の実情と必ずしも合致しているわけでもない。

この区分はかなり表面的、形式的ものであると見るべきだろう。

・以上を踏まえて、飯田批判、つまり書籍」や「雑誌」という出版流通における区分の不徹底でもって三宅本を批判したこと妥当性ついて吟味してみよう。

飯田批判とはなんだったのか。

それは、「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)という批判である

そして、なぜ飯田が「不適切である」と主張するかといえば、「書籍」と「雑誌」は分けて考えるべき(仮設2-3)だからと考えているからであり、

特に三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍読書量(≒読書時間)の低下」を採用するほうがより妥当である、という飯田が信念を持っているかである

ここで注意したいのは、主張1-2, 2-1は「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)の根拠ではない。

飯田はその直前に「「書籍読書量と出版売上」の相関は弱い(主張1-2)一方で、「雑誌読書冊数と出版売上」が正の相関関係にある(主張2-1)という事実を指摘してはいものの、飯田はこれらを「読書量を測定するにあたって「書籍」と「雑誌」を区別するべきである」(仮設2-3)の根拠にはしていない。主張2-4は仮設2-3からは出てくるものの、主張1-2, 2-1には立脚していない。三宅反論で大いに誤読したのは、主張1-2, 2-1があたかも主張2-4の根拠になっているかのような書きぶり、配置の魔術ゆえであろう。

ともかく、飯田批判妥当性を吟味する際はこの信念「三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍読書量(≒読書時間)の低下」を採用すべきである」という部分に注目すればよい。

三宅本で対象としている「読書」は、大方「人文書小説などのような(「ノイズ」や「他者文脈」を含む)書物を読む行為」と解釈するのが妥当だろう。

したがって「読書離れ」は「人文書小説などの書物を読む頻度が減ったり、そのために費やす時間が減少している」ということだろう。たとえば理工書や技術書ファッション誌、ゴシップ誌などを読むことは端から三宅本の「読書」に含まれていないと見るべきである

転じて言えば、たとえば「雑誌」であっても文芸誌を読む場合は「読書」に含まれるべきだろうし、「書籍」であっても理工書を読むことは「読書」に含まれない(と三宅本では考えている)かもしれない。

要するに、「読書」といったときに、読まれるべき書物を分類できていないと批判するならば、むしろそのジャンル文芸歴史書哲学書・理工書・サブカルゴシップファッションなど)の違いに着目するべきなのであり、出版流通における「書籍」「雑誌」という区分は、少なくとも直接的には重要でないだろう。もしこれが重要なのであれば、それは驚くべきことなので、別でこれを論証すべきである

もちろん、おそらく「雑誌」の出版売上の中でファッションゴシップ支配的で文芸誌や理工系雑誌は影が薄いだろうから、その意味で「書籍」「雑誌」の区分で売上を観測することがジャンルの傾向をよく記述するとは言えるかもしれない。言い換えれば、「ジャンルによる読書量の違い」を捉えるにあたって「出版流通におけるPermalink | 記事への反応(0) | 20:21

2025-12-10

世界が認めた光の祭典──ユネスコ無形文化遺産登録されたディパバリの輝き

インド象徴する光の祭典ディパバリが、ユネスコ無形文化遺産として正式登録され、国内外で大きな喜びと誇りを生んでいる。古くから受け継がれてきたこ祭りは、闇に光が勝つこと、善が悪に打ち勝つことを象徴し、心を清め、新たな希望を迎える文化的意味が深く込められている。

ディパバリは家庭や地域に温かさをもたらすだけでなく、人々の絆を強め、伝統次世代へつなぐ大切な節目でもある。家々の灯り、彩り豊かな装飾、祈りの瞬間、そして家族や友人との団らんは、この祭りが単なる行事ではなく、生活のものと深く結びついていることを示している。

ユネスコ遺産としての登録は、ディパバリが持つ精神価値文化的多様性世界にとって重要であることを証明するものだ。インドの豊かな伝統国境を超えて称賛されることで、多様な文化が共に輝く未来への希望も広がっている。

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インド象徴する光の祭典ディパバリが、ユネスコ無形文化遺産として正式登録され、国内外で大きな喜びと誇りを生んでいる。古くから受け継がれてきたこ祭りは、闇に光が勝つこと、善が悪に打ち勝つことを象徴し、心を清め、新たな希望を迎える文化的意味が深く込められている。

ディパバリは家庭や地域に温かさをもたらすだけでなく、人々の絆を強め、伝統次世代へつなぐ大切な節目でもある。家々の灯り、彩り豊かな装飾、祈りの瞬間、そして家族や友人との団らんは、この祭りが単なる行事ではなく、生活のものと深く結びついていることを示している。

ユネスコ遺産としての登録は、ディパバリが持つ精神価値文化的多様性世界にとって重要であることを証明するものだ。インドの豊かな伝統国境を超えて称賛されることで、多様な文化が共に輝く未来への希望も広がっている。

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2025-07-22

ユネスコって何?

脱退したらどうなるの?

2025-04-15

anond:20250415004248

この文章批判には事実と異なる部分や論理の飛躍が含まれています。以下、具体的な指摘と根拠を示します。

1. 「過剰な一般化」の指摘について

事実誤認:

批判対象の原文では「アンチフェミ系の記事を読むと、女性憎悪誘導される」という一般的な主張は確認できません。実際には、筆者が特定の事例や傾向を指摘している可能性が高く、読者全体に一律に適用しているとは限りません。

根拠:

批判側は「自らの体験ベースに語る」としていますが、原文が統計データ複数の事例を根拠としている場合、この指摘は成立しません。

「読者の影響は千差万別」という反論は、メディア影響力研究の知見(例: 第三者効果理論)を無視しており、一定の傾向を論じること自体が「レッテル貼り」とは言えません。

2. 「絶対的な敵の創造」の指摘について

論理の飛躍:

アンチフェミメディア思想の毒」という表現が原文にない場合、この批判は誇張です。例えば、筆者が「特定の言説に潜む危険性」を指摘するだけであれば、悪役化ではなく分析的です。

根拠:

批判検討と「悪役化」は異なります。例えば、「ヘイトスピーチ論理構造分析する」ことは、必ずしも発信者を「絶対的悪」と断定することではありません(参考: バックラッシュ研究学術アプローチ)。

3. 「対話の断絶」の指摘について

文脈無視:

「触れるべきではない」という警告が「全ての対話否定する」とは限りません。例えば、差別的言説に対する教育的な注意喚起(例: 未成年への影響)は、むしろ責任ある指摘です。

根拠:

メディア倫理では、ヘイトスピーチ拡散防止を「対話拒否」と同一視しません(参考: ユネスコメディア・リテラシーガイドライン)。

「冷静に読んでいても染まる」は、心理学でいう「陰性効果」や「潜在的バイアスの強化」を指している可能性があります(例: 心理学における曝露効果研究)。

4. 「批判自己矛盾」の結論について

誤った二分法:

アンチアンチフェミ感情的対立」という構図は、原文が冷静な分析であれば当てはまりません。フェミニズム批判を「感情的対立」と自動的に結びつけるのは、批判側の偏見です。

根拠:

構造暴力の指摘(例: 女性蔑視言説の社会的影響)は、必ずしも「敵対的」ではなく「改善のための提言」として行われることがあります(参考: フレイレ批判教育学)。

総合評価

この構造批判は、以下の問題を抱えています:

原文の主張を歪曲: 具体的な分析を「過剰な一般化」と誤解釈

学術コンテクスト無視: メディア影響力や差別言説に関する既存研究考慮せずに「感情的対立」と決めつけ。

批判自己適用不足: 「一般化」「敵の創造」という指摘自体が、筆者を「絶対的悪」と見なす一般化に陥っている。

真正批判であれば、原文の具体的な表現引用し、フェミニズム理論メディア研究フレームワーク(例: バトラーによる言説分析)と対比させる必要があります

2024-11-15

税金の使途は1億で割って考えよう

なんせ何十兆円って額だから税金の使途たる国家予算の大小って直感的に分からんのよ。

どこそこの事業に何千億円、けしからん!みたいな意見は山ほどあるけど、直感的に大小が分からんから感情は乗らないし怒れない。

ゆえに投票もしなくていっかーっ思うとよ。

そこで、1億で割ってみることを考えるぞ。

ちなみに1億は、日本人民の概数だ。

1億で割ると、国民一人当たりで計算できる。

毎年100万円以上税金を払ってるわけだけど、この額と国家予算÷1億の額を比べれば、直感的に理解できるかもしれんと思うのだ。

学術会議10億円→10

まあ、そんくらいならいいんじゃね

ユネスコ負担金…30億円→30円

ユネスコってなんぞ 世界遺産払い過ぎでしょ別にいいけど

アイヌ関連予算…58億円→58円

すごい額だね?別にいいけど

外国人生活保護…1200億円→1200円

これマジ?1000分のくらいこれじゃん。信じられなーい

家庭子ども庁…4兆円→4万円

まーいうて省庁1個でしょ?そんなもんじゃないの

林野庁の年間予算10倍だけど

SDGs関連予算…6.3兆円→6.3万円

個人じゃどうにもならないからね、税金でやるしかいからね、しょうがいね

男女共同参画…9兆円→9万円

そんなにいる?笑何に使ったらそんなになるんだよ笑

でも女子賃金って男子の8割くらいだから男子から9万ずつとって女子に配ったとしても差は18万円しかまらないわけで…

イヤそもそも金銭的な話だけでもないか

マジ具体的に何に使ってるの気になるわあー

 

そんな感じ?いかがでしたか

2024-09-18

綺麗なお月見のもと焼き秋刀魚増田酢魔の万咲きや友のみキツ尾内歴(回文

う~さぎうさぎ~なに見て跳ねる~

ぴょんぴょんぴょん!

私をつかまえて!

おはようございます

今日ウサギさんです。

仲秋の名月と言うけれど

私は夢中なのはいよいよ始まるサンマ祭りサンマの名月!ってところかしら。

夏の風あざみ夏の終わりの蝉時雨そして秋のサンマの名月と言えば分かるわよね。

いったい世の中はサンマが豊漁なのか不漁なのか、

どっちって思うぐらい毎年毎年サンマ相場がころころ変わるらしいわよね。

今年は前もいったかもだけど

1匹100円ぐらいの価格

円相場ニュースを見るけれど

円高円安って私たち生活にソッコウで影響あるかどうか分からないわよね?

でもサンマサンマ安の経済ニュースを見ていると

あ!もしかしたらマーケットサンマ今日いかも!って

直接私たち晩ご飯献立に影響しまくりまくりまくりすてぃーなので

安かったら美味しい焼き秋刀魚が食べられて私もションテン爆上がりでニッコリなんだけど、

サンマ高のニュースが報じられると

えー!今日晩ご飯サンマ食べられないのね!って

あの外人四コマのしょんぼりしている部分とションテンが爆上がりしている2コマ対照的に素早く入れ替えたい紙芝居を作りたいぐらい

私のハートは秋の模様のようにころころ変わるのよ!

秋刀魚定食開幕戦始まるのはいいんだけど

私あれやって欲しいのよね。

サンマ2尾定食

1尾じゃ物足りなくない?そんな時あらかじめ追加で注文するとまた時間がかかるから

最初から2匹とか3匹とかってサンマアップチャンスのある定食を作ったら良いと思うのよね。

たぶん業務用の秋刀魚焼く機械は同時に複数匹の秋刀魚を焼くのだってお手のものだと思うの。

まり

1匹を焼く手間も3匹を焼く手間も一緒ってこと。

幸い秋刀魚って洗うだけでオーケー

まあ気になるなら軽く包丁でささっと撫でるように鱗的なものはそんなにないけれど取る仕草をして、

秋刀魚焼き機に投入すればいいと思うはずなので

手間は一緒だと思うのよね。

でも1人で秋刀魚3匹もいっぺんに食べようとしている人がいたら食いしん坊だと思われちゃうわよね。

そして秋刀魚好きな人とも思われちゃうかもだし、

油断は禁物よ!

でもあんなに栄養たっぷり豊富で滋味滋養あふれる秋刀魚をたくさんいっぺんに食べたら逆に身体に良すぎてってのが悪影響をおよぼす可能性があるので、

食べ過ぎ注意!って

正月年賀状

お餅食べ過ぎ注意!ってみんな書きがちだけど、

もし秋のそういうご挨拶ハガキが恒例としての習慣があるなら

きっとみんな秋刀魚食べ過ぎ注意!って

もしくは秋刀魚何匹食べた?って書いていると思うのよね。

あとこんな上手い話しがあればいいよね!って例えで

「鴨が葱しょってやってくる!」ってあるじゃない。

あれの秋の都合の良い美味しい話しの例えとして、

ウサギサンマ咥えてやってくる!」って言ってもいいと思うんだ。

でもあれって鴨も葱も同時に食べる前提じゃない、

ウサギサンマと同時に食べる料理ってそうそうないか

開発したり発明したりした人気が出っかもよ!

日本食ってもれなく全部ユネスコ文化遺産なんでしょ?

から新しく作られる料理ももれなくユネスコ文化遺産受賞!ってことで

ウサギサンマ料理を考えたらいいと思うけどなぁ。

でもあんまりウサギって食べる習慣がないから開発されて発表されても眉唾ものよね。

でもウサギサンマ咥えてやってくる!は秋の風物詩

天高く馬が飛ぶぐらい太るって例えと同時に流行っても良いと思うな。

でもさ逆に

鴨がショットガンぶっ放してやってくる!ってなると

イルカが攻めてくるよりも鬼気迫る感じがして世紀末よね。

なんか北斗の拳世界観

水と燃料とサンマに飢えた世紀末

考えただけで恐ろしいわ、

でも少なくとも今秋シーズン

サンマ高じゃなくサンマ安みたいな経済ニュースを見たので

たぶん新しく刷られた紙幣新札が手もとに回って見るより私は先に秋の今年の新サンマを目にする方が先かもね!

今日は張り切ってお腹を空かせる準備をするわ!

うふふ。


今日朝ご飯

ハムが挟まった小さいロールパン2つとバナナジュースを買って食べたのよ。

なんか甘いジュース系飲むのって珍しいけど、

よくあんじゃんスムージー系のああいうやつ。

マウントレーニア的な。

別にマウントレーニアだけにスムージーマウントを取ってるワケじゃ無いのよ!

たまには甘いのも飲むわって話し。

デトックスウォーター

水出しルイボスティーウォーラーね。

夜中寒かったのでエアコン切っちゃったけど

朝方暑くて目が覚めてもう起きる時間だったので

うーん起きれて良いのかもうちょっと寝れたのにーって思うのか私次第だけど

まあ暑くてうなされて目覚めるよりかはマシよね。

喉が乾いていたので

からちょうどいい水出しルイボスティーウォーラーよ。

昼間はまだまだ全然暑いっていうから

油断は大敵よ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2024-05-30

anond:20240530072020

子供向けの絵本でも与えてやれば? 今はいろいろいいのがあるだろ。 

ユネスコガイダンスによると、性教育は5〜8歳くらいから年齢に合わせて徐々にやっていくのがいいらしい。

2023-10-13

満員電車マナー

マナー違反してる奴より満員電車放置してる社会の方が異常でしょ・・・

さすが地方には文化がないとか言いながら金の為に外苑の森伐採しようとしてユネスコにブチ切れられるだけあるわ

東京ほんま気持ち悪い

anond:20231013122724

残念、ユネスコ定義だとご飯はもちろんあるけど、

マジレスすると味噌を始めとする、醤油納豆などの発酵食品もあわせて定義されているので、

ご飯が美味しく食べられるだけのもの日本食とは言えないんだな。

2023-07-02

[] そのななひゃくじゅういち

フラウィウーッス

 

日曜作業お疲れ様です。

本日日本において半夏生ユネスコ加盟記念日たわしの日、うどんの日、蛸の日、布ナプキンの日、谷川岳の日となっております

近畿地方の一部の地域では半夏生の日にタコを食う風習があるらしく、それが由来となって蛸の日が制定されたのだそうな。

まぁ商売人ならなんでも由来にして商売に繋げますものね。

売ったもん勝ちみたいなところがあります、何を持って勝ちとするかはわかりませんが。

勝ちの判定がわからない分、せめて目標にどれだけ届いているかぐらいは確認しておきたいところですね。

とりあえずこんな感じです。

 

ということで本日は【目標確認いか】でいきたいと思います

目標確認いか目標確認ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

2023-02-17

ChatGPTに嘘つかれた

Q. ユネスコ遺産で一番変なのは

ChatGPT: ユネスコ無形文化遺産登録されるものには、その文化的背景や歴史的価値社会的意義に基づいて審査が行われています。ただし、その中には、一部の人からは「変わった」と思われるものもあるかもしれません。

例えば、2010年ウクライナの「裸体行進」(Naked Walk)がユネスコ無形文化遺産登録されたことがあります。この行事は、カルパティア山脈の中で毎年8月に開催され、参加者たちは伝統的な衣装を身につけ、山々を裸足で歩きます。この行事は、ウクライナ文化歴史を反映しており、自然との調和精神的な浄化象徴するものとされています

 

 

 

無いじゃんか、うそつき

クワクして検索したのに!

2022-09-08

[] そのよんひゃくじゅうよん

ボーダーコリーッス

 

本日国際識字デー

1965年に当時のイラン国王軍事費の一部を識字教育に使うと提唱したのでユネスコが制定したのだそうな

日本でも老人連中でもカタカナしか書けないって人も居ますから

文字書いて読めるってだけでまだマシなのかもしれません。

2000年を超えてインターネットが盛んになるようになってから一年毎に時代が進んでるような気がしないでもないです。

まりにも速度が速すぎて疲れることもありますが、基本的なこととか何の為に何をしているのかさえ忘れなければ大体のことは変わらない気がします。

 

ということで本日は【作業内容の把握よいか】でいきたいと思います

作業内容の把握よいか作業内容の把握ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

2022-07-02

[] そのさんびゃくよんじゅうろく

カッシウーッス

 

本日ユネスコ加盟記念日であり、たわしの日ですね。

台所救世主たわしです、大袈裟に言いました。

たわしがあることで取れる汚れもありますが、たわしでも取れない汚れというのはいつの時代もありますね。

また汚れではない大事な塗装を剥がししまうこともよくあります

汚れを取って汚れから食器を救うと思っていたらとんだ破壊行為だったなんて、物事は常に表裏一体なのですね。

やりすぎないように予めどこまでやるかを決めてやっていきましょう。

 

ということで本日は【目標の再設定よいか】でいきたいと思います

目標の再設定よいか目標の再設定ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

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