はてなキーワード: ふいんきとは
ふいんき(なぜか変換できない)重視のクライムサスペンス映画だったけどあんま刺さらなかった56点。
商社勤務だったがミスをおっかぶせられてクビになり妻とは離婚、タクシー運転手をしてうだつの上がらない日々を送る窪塚洋介。ある日、乗せた客が大物政治家とその愛人でbig dealがあることを聞いてしまう。チョコプラ長田にいびられてイライラして事故ったりいろいろあった結果、タクシー会社の同僚でサヴァン症候群の坂口涼太郎と元自衛官で博徒の葵揚と3人で絵画窃盗計画を企てる。絵画を捌くヤクザのJin Doggらも絡み合い壮絶な作戦が幕を開ける。
みたいな話。
まずオープニングがよくてねぇ。中華料理屋でもちゃもちゃちゃんと汚く飯を食うJin Doggらヤクザとそれに相対する黒スーツを決めた主人公組3人を細かいカット割りでスタイリッシュに映して。虚勢を張る3人に対してJin Doggがコンビニ袋を渡し、恐る恐る中を見ると中には目玉が。その目玉を拾い上げてビールの入ったコップに入れるJin Dogg。その後ろで時計が逆回転を始める。
ここ超カッコイイ。絶対にキレさせたくないラッパー全一のJin Doggがそのキャラクター性をいかんなく発揮したキケンなヤクザを演じていてめっちゃよかった。ただどうしても役者ではないので、その後のアクションシーンとかはやっぱちょっとキツいなぁって感じはあったけど。殴る蹴るの暴行は「当てたらあかんねやろなぁ」感が出てた。
演者で言えば、窪塚は社会に抑圧される冴えないおじさんを演じていていい年の取り方をしたなと思ったし、何より葵揚がいかにもキレてる元自衛隊員って役を演じていてルックスも含めてこの作品内でかなり存在感があってよかった。演者は概ねよくて演技を見る映画としては普通に面白かった印象。
話としてはタイトルのsin clockはsinとsynchronicityをかけているらしく、作中では「時計」と「偶然の同期」が非常に印象的に使われている。冒頭で出てきた逆転する時計もそうだし、いきなりネタバレするんだけど今回の窃盗計画の失敗に大いに寄与するのもタクシーの車内時計だし、黒幕が息子に買ってもらったと語り金を横取りした後ゴミ箱に捨ててしまうのも時計だ。そして彼が国外逃亡に使った飛行機はエンドロール前で行方不明になったことが知らされ、空港のゴミ箱の中で時計は進み続けて終わる。
synchronicityに関しても主人公組3人の誕生日が平成3年3月3日の素数でありフィボナッチ数列である3で揃っていることから「俺たちが揃ったのは奇跡だ。運命が俺たちに行動しろと言ってる」という謎の啓示を受けこの計画がスタートする。窪塚がタクシー運転手の資格を得たのが令和6年6月9日で3の倍数。3時30分に金の受け渡しをする予定が、窪塚が遅れ金を横取りされる。窪塚の時計は3分送らされており、彼が時間通りに受け渡し場所に行ったと思っていた時間は本当は3時33分だった。
逆に3に関係のない数字になると途端に具合が悪くなる。商社で起きた問題を上司と広告代理店に2人で謝りに行く窪塚。ちなみに相手は3人。窪塚は職を失う。その後、タクシー運転手をしているときにだいたい嫌な目に合わされるのは客が1人で社内に2人の時。
Jin側のヤクザは2名で、大物議員が雇ったと思われる絵を奪還に来たヤクザも2名。こいつらはそれぞれ殺し合って全滅。ネズミ捕りをしていた警官は2人体制だし、離婚後も子供と元嫁の3人だったときは状態は悪いとはいえ安定していたが嫁に新しい恋人ができて関係は破綻。同じく離婚して3人だった黒幕は息子からもらった時計を棄て縁を切ったことで行方不明になる。
また黒幕とは基本は坂口涼太郎を交えた3人で接することが多いのだが窪塚と2人で話をする印象的なシーンがあるが実はそこが今回の計画が破綻する決定的な場面だったことがわかる。
といったように、この映画自体は非常に綿密に設計されているのはわかるが、それが映画としての面白さに寄与しているかはまた別の話だと思う。もろちん、普通に生きてるだけなのになんかうまくいかない市井の人が「できすぎた偶然」から道を踏み外してしまうという作品のテーマの性質上、前振りの何でもないうまくいかない日常シーンが必要なのはわかるけど正直かったるいし、やりに行き過ぎてる感じがちょっと苦手。盗むという工程自体は特に問題もなくシンプルに終わってしまうのも正直拍子抜け。
特にチョコプラ長田演じる警官にいびられてイライラしてバカみたいにタクシーで暴走して事故る展開はシンプルアホなのかな?としか思えなくて、そこで一気に感情移入度が下がってしまった。坂口涼太郎が学校をクビになった理由もちょっとなぁって感じだし、葵揚は存在感はピカイチだが「そういう役!」って感じの書割で人間間が薄い。
仕掛けを頑張った結果、役者はみんな魅力的だが登場人物の魅力が薄くなってしまった印象。実際のところクライムの部分も割と拍子抜け感があるし。寓話なんですよと言われればそれはそうかもしれないけど、俺的には微妙。
とはいえ、おじさんになってなおシュッとした雰囲気イケメンの窪塚と何よりヤバいヤクザのJin Doggは一見の価値があるし、どんでん返し含めてクライムサスペンスとしても一定の強度はあるので、邦画のクライムサスペンス見たい夜にはそこそこオススメ。
俺はした! もし君がまだ「超かぐや姫!」を見ていないのならばネトフリを契約し今すぐ視聴することをお勧めする!!
とは言いつつこんな記事を見に来る奴はどうせもう見ているだろうから俺はようしゃなくネタバレをするが、まだ見ていないごく一部の君はネタバレを喰らって憤慨するだろうが超かぐや姫!をまだ見ていないのにこんなところにくる君が悪い。成仏しろ
じゃあ前置きが終わったので俺が超かぐや姫!を最初にみたときの話?をするんですけど?主人公がこんなハイスペックなのは隔世の感を感じるなあなどと思いながら見てたら、なんかのアレで電信柱が光るわけです。一旦そこまで話を飛ばします
一般的な作劇上のセオリーにおいて、なんかもう無茶苦茶な嘘をついて良いのはひとつだけ、それも作品冒頭だけなんですね~
フィクションというのは土台嘘なのだが、よいフィクションはルールのある嘘という点においてただの虚言クソやろうのホラ話とはちがう。作品がどのくらい噓をつくのかというレギュレーションを最初に示し、その範囲で物語をなんかする
皆さんわかりますか?この話はニンジャがスゴイ!!みたいな奴は最初にやるからゆるされるのであって、あとからニンジャが出てきて殺したらそれはダメだということです。でもニンジャが出て殺す前提の作品にサプライズニンジャメソッドは適用されない。いいね?
しかしこの作品はふたつ嘘をついている。「VRのなんかがスゴイ!!」「かぐや姫は実在した!!」のふたつである。じゃあこの作品がもうダメかというとそんなことはなくて、この二つの嘘が後で統合されれば全然問題はないです。竹林の竹が実際には全て地下茎で繋がった一本の竹であるようにね。具体的にどういうことか例を挙げると「ニンジャがスゴイ話」を最初にした作品で、「ドラキュラは実在した!!」のはダメではあるのだけれど、ここに「ドラキュラはニンジャだった」という情報開示をすることで、ニンジャがスゴイ話にドラキュラが出てくる回はスゴイ名エピソードになりえます。皆もニンジャがスゴイ話にドラキュラが出てくる回を読もうね
まあ何が言いたいかというと、要するにこの作品の「VRのなんかがスゴイ!!」「かぐや姫は実在した!!」という二つの嘘は、最終的に「かぐや姫はVRのなんかだった!!」という情報開示により統合されることが予想されるということだ
この話の序盤はかなり無茶苦茶な剛腕で進めているので、たぶん嘘の統合はそんなに難しくないのでこの制作陣であればうまくやれるでしょう。話を続けます
この超かぐや姫!の制作陣がうまくやるだろうという予測もなにも別に無根拠ではなくって~、作劇的に情報を置きに行ってる感がすごいしたからなんですね~
この作品のいわゆる1stターニングポイントまでの4分の1、かなり詰め込んでいる4分の1で、いろはがかぐやを拾って、育てて、VR世界でライブを見ててっぺんを取る!と決めるところまで、かなりハイテンポで進めないとこのストーリー分量は4分の1には収まりきらない。それでいていろはの友人たちとの絡みなどこの時点ではあまり利きのない布石も打っている。かなりキツいタイムスケジュールであるにもかかわらずだ
一方で、「いろはは音楽やってる」という情報の開示はライブの後、いざ配信するぞ、という段になるまで表に出てこない。これはかなり考えられた情報開示のタイミング調整であり、この情報の初出は冒頭部分でついやってしまいがちでありながらここまで引っ張っても問題なく、かつ後出しすることでかえって重要な情報であることを匂わせすることできるのだ。そうだね。わざわざ後だししたということは、この後大事に使う場面が来るってことだね。「主人公の作曲」要素はあとでテストに出ます。覚えてお香(匂いは記憶と強く結びついている)
で、電信柱が孕んで子育てをしてライブを見て配信を始めるのだが、そこでなんかいけ好かない感じの奴らがでてくるのである。
こいつがなんと帝である。帝であるからには結婚を迫り、しかも後ろにいるのはメス男子だったのだ!!!!!!!
しかし待ってほしい。この男、帝なのに顎があまり尖っていないのである。じゃあ良い奴なのか?!!それともこいつもメス男子なのか?!!
メス男子であってほしい
しかし待ってほしい。顎が尖っているかどうかで人を判断してはいけない。多様性のなんかがあれなのでそうゆうのはよくない。たとえ顎が尖っていても帝はいうまでもなくドブカスだし初期城之内君は結構なカスだ。でも闇遊戯も初期はカスだよ。じゃあこいつもカスの可能性があるので気をつけましょう
(しばらく視聴)
ところがどっこいここで衝撃の真実ゥ!! 帝はおにいちゃんで、しかも結構妹LOVEだったのだ。結果としてこいつの矢印は妹がタゲ取りして、しかもねちょねちょした感じの恋愛方面ではない処理をされてしまった。びっくりである
びっくりであるが同時に上手くもある。かぐや姫が男と結婚させられそうになるくだりなんてのは今時マジで誰も望んでいないのでうまいことゴミ箱にポイするにあたって、初登場時に納豆くらいねちょねちょしそうだった帝は後を引かない東南アジアの納豆を乾燥させて粉にしたやつのおせんべいくらいのカラッとした感じで話をさっさと終わらせてしまった
ほならお兄ちゃんはこれ以降後ろの奴とメスになっててくださいね。たぶんこのアニメは2人は幸せなキスをして終了するアニメなのでその背後でついでに幸せなキスをしててほしいランキング第一位!!
おちついて聞いてほしい。CV早見沙織はすべからくママだという主張に関しては反論の余地はないのだが、今回はそれとは別にヤチヨの中の人は高確率で主人公の母親であるという話をしている。家元リアリティショックに負けてはいけない
中盤の時点でいろはの抱える問題の根っこが解決しないままお兄ちゃんがおしまいになったということから、このままいろはのストーリーラインは家族関連の話で進めていくことは窺い知れたし、中ボスに過ぎないお兄ちゃんの後にさらなる大ボスが控えており、その大ボスとの対決がいろはのクライマックスになることは予想に容易い
大ボスはもちろん母親に決まっており、作品を走る二つのストーリーライン、いろは関連のルートとかぐや関連のルートは最終的に有機的に統合され、混じり合って一つのハッピーエンドへ到達するのは間違いない
そしてその二ルートの統合は「VRのなんかがスゴイ!!」と「かぐや姫は実在した!!」の二つの嘘の統合によってなされるはずであり、「かぐや姫はVRのなんかだった!!」という解へとつながる情報開示の鍵はおそらくヤチヨの握っている謎であるはずなのだ
前提として、ヤチヨはなんらかのなんかを抱えている
あそこまで話の中核に据えられて、主人公がご執心でありかつあの距離感を出してくるAIが特に何の因縁もないシンプルAIだったらびっくりである
つまりヤチヨはただのAIなどではなく、中に人が入っている(Vの中の人のような形に限らず、エヴァの中に母親が入っている、といった例を含む)パターンのAIであろうことは間違いないし、ここで中に入っている人が今まで一切話に登場しなかった知らない人であることはまああり得ない。常識的に言って既に登場した、あるいは名前が挙がった人物の中にヤチヨの中の人候補は絞られる
そしてここまでで大きな存在感を示していながら、その実態がほとんど描写されていない、物語のコア部分に据えても問題のないキャラクターといえば、そう、母親だね。あるいは父親という線もあるが、その場合は恐らく父と母の複合になるだろう
ひとまずはヤチヨ=母と捉えるのが一番座りが良い
(あるいは父を継いだ)母こそがヤチヨAI、ひいてはツクヨミ世界の開発者であるとすれば、なんか「これ必要か?」と感じざるを得ないいろはやお兄ちゃんのやたらハイスペックな描写にも、異常技術と異常ワーカーホリックっぷりでツクヨミをワンオペで作っちゃった仕事面ではバチクソ有能な母の遺伝という説得力が産まれる。
そして音楽をやっている(※重要情報覚えてお香)いろはに音楽をやらせたのは両親、つまり母は音楽をやっているし、ヤチヨはライブをやっている
母はライブができる
思い出してほしい。映画冒頭でいろはと母との確執について解説したのはヤチヨ(CV早見沙織)である。ヤチヨ=母がいろはは母親とバチクソ仲が悪いのである~という韜晦に自嘲を隠したナレーションをするのはまさに二周目視聴で「そういうことだったのかよ」となる演出であり、らしさを感じさせる要素である
加えて言えば激推ししているライバーの正体がいがみ合っている肉親であるというのはあまりにも鉄板の展開だ。この鉄板で肉を焼いて御飯を三杯食える
そしてここまでいろはによるかぐやへの楽曲提供はなんやかや過去曲だけで乗り切っており、曲を書けなくなってしまったいろはが心理的な障害を乗り越えて再び曲を書く、という展開がクライマックスへ繋がることはもうそんなん誰が見ても明らかである!!(明らかだね!!!)
そして「親と途中まで一緒に作った思い出曲」が出てくるときた(しかも「なぜかその曲のフレーズがヤチヨのデビュー曲と重なる」という確変演出付き)
いろはラインの「家族との確執ルート」の障壁を乗り越えることがかぐやのための曲の完成へ繋がり、完成した曲の存在が八方塞がりのかぐやルートにおける突破口になる。これはふたつのストーリーラインの統合としてこれ以上なく綺麗な形であり、ライブシーンを主軸に置く本作のクライマックスにふさわしい展開である。
でもうちのおかんがいうにはおかんは家元じゃないらしいねん。おかんが言うにはいろはとかぐやの2ショットにヤチヨが挟まって来ても全然良いって言うねんな
自他共に認める百合作品に主人公の母親が挟まって来たら普通ちゃぶ台ひっくり返すもんな
おれのタイムラインにはヤチヨに狂うオタクが結構氾濫していて、ヤチヨはメディアでいっぱい露出して、なんかすごいオタクがヤチヨに興奮しているんや
そう、我々は知っている!
ソシャゲで娘を差し置いて大量の衣装違いをことあるごとにピックアップされて作品の稼ぎ頭になっているふしだらな母を!!!!
うわぁあああああああああ!!!!
超かぐや姫!は……!!
主人公の母親が主人公を差し置いてタイムラインを制圧し、作品の稼ぎ頭になる家元作品だったんだァアア〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!
どうサバを読んでもアラフォー以上のおまえの母親は可愛い衣装で歌って踊る母は完璧で究極のアイドルであり金輪際現れない 一番星の生まれ変わりなのである
おまえは伝説のアイドルの隠し子であり妹も居る。妹の名前はかぐやといい、おまえの母親が電信柱孕ませ棒で電信柱をファックして妊娠させた人間にもなれず電柱にもなりきれぬ哀れで醜い可愛い我が娘だ
すくえるのである。この話はバッドエンドで終わるかぐや姫を超え、超絶ハッピーエンドを掴み取る超かぐや姫!である
こうゆう作品とかの奴に関していうとだいたいの場合、主人公の対立する主人公の母は主人公の鏡像であり、主人公の辿るかもしれない未来のひとつの具現である。
出来のよい作品ほど、このたぐいの過去から未来への継承とゆうやつを上手くやる。作品のタイムスケールを広げて壮大にし、前の世代の悲願や次の世代の希望を主人公の肩に載せることですごくすごいことになる。この時間軸方向に話を大きくして、というのはなんか8000年とか言って単にデカい数字を持ち出して壮大な話なんだぜ!!とぶちあげるだけではダメである。そうゆうのはクソみたいななろう系がステータスオープンして999999999999とかやるのと同じくらいの効果しかない
丹念に描いた本編の構造をコピペして、同じ骨子を持つ構造を繰り返した別の物語を匂わせることで、本編と同じ強度を持つ構造に視聴者が細部を空想で肉付けする余地をちらつかせることができて物語的強度が担保されるのである
超かぐや姫!の場合、過去が母=ヤチヨ、現在がいろは、未来がかぐやだ
家出したいろはと家出したかぐや、ふたりが逃げ出した実家と月は同じものであり、その月もまた過去に何かに反発した母が必死に造り上げたものだった
そうゆう一本の軸があるからその強靭な屋台骨に沿った世界が立ち上がり、大きく物語の世界観が展開できるのである。二つのストーリーラインがなんかあんまり絡み合わずにそれぞれ勝手になんかうまくいった感を出してもダメだよダメダメ
物語構造上、先にいろはのクライマックスが来るのでこっちを先に語ろう
とりあえずいなくなったヤチヨを探してツクヨミ中を駆け回るいろはの前に釘宮理恵が現れて、ヤチヨの下へと案内してくれるシーンから話を始める
「本当に真実が知りたいのか」と問うウミウシに、いろはは迷いなく知りたいと答え、その結果としていろははツクヨミから強制ログアウトをさせられる
ウミウシの案内に従って走るいろはだが、その道中の景色はあまりにも見覚えがある景色だった。
案内は何の変哲もないマンションの一室の前で途切れ、いろはは玄関ドアの前で立ちすくむ。なぜってそこはいろはが誰よりもよく知る場所だったから
画面に映る「酒寄」家の表札。ここで視聴者にも家元真実の一端が開示される
なぜ実家に?
ヤチヨの下へと案内してくれたはずの釘宮が示したのはいろはが飛び出した酒寄家のドア。こんな場所にヤチヨが居るはずがない……
しかし見慣れた我が家へ足を踏み入れたいろはが目にしたものは…
ツクヨミですらない現実の実家のリビングで、当たり前のようにくつろぐ月見ヤチヨの姿である!! そして一瞬のノイズが走り、ヤチヨが振り返る!!!
「あら、珍しいのね。どうしたのいろは」
こ、このヤチヨのCVは早見沙織ではない…ッ!!CV坂本真綾!!! ヤチヨが…実家のリビングで母親の声で喋っているッッッッ!!!
家元リアリティショックで指ひとつ動かせないいろはの視界から、徐々に実家のリビングのテクスチャが剥がれていく。その晒された地金に映るのは薄暗いサーバールームと母親の姿。そして点滴に繋がれやせ細った自分の姿――!!
イヤ…幻術じゃない……!
そもそも物語開始時点ですでにVRの中であり、この話は徹頭徹尾仮想現実の中で進行していたのだ。いつからVRでないと錯覚していた?
現実においてはかぐやと出会う直前で過労で倒れて緊急搬送され実家近くの病院へ運び込まれていたのだ
そしてヤチヨAI、ひいてはツクヨミの開発者である異常技術モンスターである母親が、ツクヨミのプロトタイプとして過去に制作したのが「月」
目を覚まさないいろはを療養させるため、「月」の辺縁に再現された現実世界を月の外側だと勘違いしたかぐやが逃げ出してきたのが物語の発端である
前回野党に入れて、今回自民に入れた人達はいったい何で今回は自民に入れようと思ったんだ?
前回と今回の間に自民党に入れようと思うなにかすごいことあったか?
前回あれだけ自民に怒って野党に票を入れた人達は高市さんならオッケーで石破が嫌だっただけってこと?
102万の壁とかガソリン減税とかも全部与党が弱ってて、野党が突っついてきたことに否定できなかったから通ったわけで
二年間消費税なしみたいに言ってたけどこんな単独議席数あったら絶対反故にされるやん
馬鹿にしてるとかじゃなくて、自民に入れた人達の自民を選んだ決定打を知りたい
中道が嫌ってのはあるだろうが、中道が嫌すぎて自民に入れます、の人が多くてこの結果なのか?
朝、ネットニュースを眺めていた。
モンテッソーリ教育は、100年以上も前にイタリア初の女性医師であり教育学者でもあったマリア・モンテッソーリ博士によって考察された教育法である。
アじゃない「ヤ」。
Wikiも間違ってやがる。
日本人はMariaをマリアと読む。バカなのか?無教養なのか?
聖母マリア様。これも正確にはマリヤだ。大昔にアホがローマ字読みで誤訳して今更直せないのだろう。
いいかい
中学1年生で習うわけだが、Knowは「ノウ」と発音する、Kは無視する。黙字という、これはさすがに覚えてるよね。
英語(及び欧州諸語)はローマ字ではない、単語ごと、あるいは文脈で発音が変わることは普通にある。
例えば日本語だとKONNITIWAは「こんにちわ」とは書かない「こんにちは」だ。
末尾の「わ」を文字で書くときわ「は」に置き換える、例外ではあるが日本語の基本的なルールだ。議論は無用
「わ」を「は」に置き換えていいなら「わしは橋をわしと呼ぶ」と言うたところでダメだ、田舎の方言と嘲笑われるだけだ。
ともかく英語にはこのような書き言葉と発音の不一致はクソほどある。
伝説の超有名ロックスターのVan Halenをヴァン ハレンとは呼ばない。常識的にヴァン ヘイレンだ。
いいかい、Mariaって名前は世界で一番使われる女性名だ。世界中でマリヤさんのインタビューやらドラマや映画で出てくる。
英語でもフランス語でもドイツ語でもイタリア語でもいい、聞いてみろ、マリ「ヤ」だ。
手っ取り早く「アヴェ・マリア」あたりでググって聞いてみろ
「あゔぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーまりーーやぁぁぁぁぁ」と歌っている。
「Y」が聞こえないなら知性以前の問題で耳がぶっ壊れてるから耳鼻科行って来い。
それ以外、なんでもいい、YoutubeでMariaで検索して英語(及び欧州諸語)の曲を聞いてみろ、有名どころだとBlondie Mariaでよかろう。
「Y」が聞こえないなら知性以前に耳鼻科に行け。
この「Y」を専門的に言えば挿入音(epenthesis)と言う、Mariaの場合はglide epenthesis(半母音挿入)と言う。
たいくかん(何故か。。。」
このようなケースは多くの言語で見られる。
で、だ
この固有名詞、人名は音で翻訳する原則が日本は揺らぎが酷すぎる。
特にアルファベットや漢字だと大雑把というか、ケースバイケースというか、テキトーというか、出鱈目というか。
一貫性が無い。
新千歳空港を「New Chitose Airport」と英語表記する、アホなのか?
「新」は英語では「New」って言うんだよ、知ってるもん、だから新千歳はNew Chitoseなんだよ
竹内まりやは正解。
ともかくだ、海外で仕事して、相手がMariaさんだとする。マリアと呼んだら『「ヤ」な、マリヤな』と訂正される。
俺はされた。
で、だ、
「ヤ」じゃなくて「ヤ」と「ア」の真ん中くらいじゃね、発音記号も。。。
ともかく、この問題はMraiah Careyがさらに議論を複雑にしている、ぶっちゃけMariaの発音は英語圏でもしばし話題になるのだが
マライア・キャリーが混乱に拍車をかけた、彼女は明瞭に「マライア」なのだ。
「ア」じゃんとなるのだが「h」があるわけで。ところが英語圏の人間ですらこれに引きづられてMaria=「マリア」に変化している。
特に西海岸は母音を明瞭に発音したがる訛りがあるので「ア」に近づくのだ。
もうね、俺もわからん。正解はなんなんだ