はてなキーワード: エンリコとは
マヨラナ粒子・マヨラナ方程式などニュートリノ研究に名を残す。
その頭脳は天才的で、フェルミも「科学の進歩に不可欠な重要な発見をする天才の一人」と称賛していた。
しかし、マヨラナ自身は自分の業績を大したことがないと思っており、研究成果を発表することもほとんどなかった。
マヨラナは電車に乗っているあいだ、タバコの箱に(他人から見れば非常に重要な)計算を走り書きし、
研究所に着いてフェルミたちに内容を説明したあと、それを論文にすることもなく捨ててしまっていたという。
マヨラナは、次第に体調を崩し、精神的にも問題を抱えるようになった。
1946年5月21日、ロスアラモス研究所で、カナダ出身の物理学者ルイス・スローティンとその同僚らが、中性子反射体(ベリリウム)と核分裂性物質(デーモン・コア)を接近させて、臨界状態が発生する距離の測定実験を行っていた[12]。スローティンらは球体状にしたベリリウムを分割して二つの半球状にし、その中央にデーモン・コアを組み込んだ。そして、ベリリウムの半球の上半分と下半分との間にマイナスドライバーを挟み込み、ドライバーを動かして上半分の半球をコアに近づけたり離したりしながらシンチレーション検出器で相対的な比放射能を測定していた。挟みこんだドライバーが外れて二つの半球が完全に接触すると、デーモン・コアは即座に臨界に達し、大量の中性子線が放出してしまう大変危険な実験であった。小さなミスも許されない危険性から、リチャード・ファインマンが「ドラゴンの尻尾をくすぐるようなものだ」("tickling the dragon's tail")と批判し、他のほとんどの研究者は実験への参加を拒否したほどであった[13][14]。 しかし、功名心の強いスローティンは皆の先頭に立ってこの実験を実施し、エンリコ・フェルミも「そんな調子では年内に死ぬぞ」と忠告していたと言われる[15]。
そしてこの日、スローティンの手が滑り、挟みこんだドライバーが外れて二つの半球が完全にくっついてしまった。即座にデーモン・コアから青い光が放たれ、スローティンの体を熱波が貫いた。コアが臨界状態に達して大量の中性子線が放出されたことに気づいたスローティンは、あわてて半球の上半分を払いのけ、連鎖反応をストップさせ他の研究者たちの命を守ろうとした。反射体とコアの接触時間が比較的短かったため、最初の事故では反応度が15セント(英語版)[注 4]超過したのに対し、第二の事故では約10セントの超過だったと推定されている[8]。彼は文字通り皆の先頭に立って実験を行っていたため、他の研究者たちへの放射線をさえぎる形で大量の放射線を浴びてしまった。彼はわずか1秒の間に致死量(21シーベルト)の中性子線とガンマ線を浴び、放射線障害のために9日後に死亡した[8]。
リブラ(Lybra)は、イタリアの自動車会社ランチアが製造していたFF方式の乗用車。
デドラの後継車種として1999年、フランクフルト・モーターショーにて発表された。
シャシーは同じフィアットグループのアルファロメオ・156のフロアパンの流用で、独自のサスペンションとエンジン構成、
セーフティやボディ剛性感、内装装備の質感や充実、そのスイッチ類や操作系の感触に至るまで徹底して煮詰め、
しかし市場の反応は鈍く、商業的にはランチアやその親会社であるフィアットの『アルファ156に続く大ヒット』という思惑には
基本デザインを手掛けたのは、ピニンファリーナを離れたのちランチアにてチェントロスティーレを立ち上げ、
デザインマネージャーとして初代イプシロンのデザインを纏めたエンリコ・フミア。フミアはこのリブラもイプシロンと共通の
デザインコンセプトでまとめた。しかし、デザインに関してランチア首脳陣と意見が対立し折り合いが悪かったフミアはリブラの
発表前にランチアを離れ、後任のマイケル・ロビンソンがコンセプトモデル、ディアロゴスを企画し、そのコンセプトに基づいて
原爆なんて、原発なんて、最初からなかった—全体主義に怯える西洋の知識世界が総力を挙げて案出した虚妄の世界から脱出し、全人類を解放せよ!!
2015/4/25追記:ネタですた。詳細はぶくまこめ参照
※ブログがへんなのにハッキングされてこわれてしまったので場所借ります。
本当に素晴らしかった。
生とよみがえり
すべてをぶちこわしにしたくなったり
もう楽しすぎて何もおぼえていなかったり
そういうすべてが過ぎていくあっというまの一生
たった三時間でそのすべてがわーっとあらわれる。
ツイッターでもだいたい「良かった」と言ってた。
やっぱよかったんだなあと思った。
地井さんの代役を三宅裕司さんがやってるとか
おおかみこどもに似てたとか(どこがだ)
そういうのもタイムラインにけっこうあった。
いままでだったらそういう書きこみを見て
なんか映画の外に出たがってるなあとか思い
ちょうど父親くらいの年齢の人たちが
書いてるの見てしまいすごく嫌だった。
ものすごく残念でなんだこいつらとか思った。
でも「かぐや姫の物語」はそうならなかった。
いろんな人が今もなおいろんな状況にあって
その中で「かぐや姫」を見たんだなと思えた。
捨丸にいちゃんという重要な登場人物がいて
「だからなんだ!」の力強さが本当にすごくて
結果どうなるってのが分かっていたとしても
将来がどうだってかまわない、一番好きな今を
必死で握りしめて生きろ!というのがわーっと
最後まで伝わってきて今も書いてて涙が出て
しまうくらいすごかった。ほんとよかった。
絶対友だちになれない人とかいると思うけど
でも全員がかぐや姫のようにわーっと輝いて
「だからなんだ!」の力にひっぱりあげられ
月になんて帰りたくないと泣きまくってでも
生きることにしがみついたらいいと思った。
1つ1つはぐちゃぐちゃ汚いかもしれないけど
それぞれ命をばーっと燃やして死んでいく
一生って本当にきれいだなあと思った。
と思っていたこともあったけど
のかもしれないなあと思えた。
高畑さんは本当の遺作になるかもなあと思った。
かっこよすぎてずるいなあと思った。
今度お手紙でも書こうかな。
いい映画を本当にありがとうございました。