出向命令_新日鐵事件
1.事案の概要
Yは、鉄鋼の製造及び販売等を目的とする株式会社です。Xらは、Y会社に入社し、製鉄所内の構内鉄道輸送業務に従事していました。Yの就業規則には業務上の都合により社員に社外勤務をさせることがあるとの規定がXらの入社当時から存在し、さらにXらの所属する労働組合は、これと同趣旨の規定を持つ労働協約及び出向期間を原則3年とし、業務の必要性により期間を延長することがあるなどの規定からなる社外勤務協定をYとの間で締結して、それぞれ更新を重ねていました。
Yは業界全体の不況に際し、協力会社への製鉄所内の構内鉄道輸送業務の委託と出向を内容とする再構築計画を策定し、労働組合の了解を得て、鉄道部門全体の要員211人の内、削減される要員数等を除いた141人について委託先への出向を実施することとしました。対象者の人選については、高齢者の出向は避けること、30歳代以下は職種転換を優先させることを方針として、対象者141人に対して出向が命じられました。しかし、Xら4人は同意しなかったため、YはXらに対しても個別の承諾が得られないまま出向命令を発令しました。Xらは、不同意のまま出向先に赴任し、3年ごとの延長措置がとられるたびに、復帰をその都度希望していました。
Xらは、本件出向命令の無効確認を求めて訴えを起こし、原審がこの請求を棄却したため、Xらは出向先での就労義務不存在の確認を求めて控訴しました。
2.解 説
本事案について、裁判所は「出向命令の有効性を認め、出向先での就労義務不存在の確認を求めたXらの請求を棄却しました(福岡高裁平成12年11月28日判決)。
まず、出向の法的な定義ですが、以前の記事で労働者派遣との違いの中で、詳しく述べています。
出向の法的な定義がこのように雇用契約を二重に成立させ、労務提供の相手方を変更すると言うことですから、元々の使用者の法的な地位の一部を第三者に譲渡するものと考えられます。民法第625条第1項は「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことはできない」旨規定しており、民法第466条以下の債権譲渡の通則に比べてより制限的な規定を雇用契約に課しています。このような制約が設けられていることの趣旨は、使用者の権利の譲渡が、労働者にとって、単に義務の履行先の変更に留まるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護するためのものと考えられています。
ここから、出向命令を行うためには、労働者の承諾を必要とするという出向命令の原則が導かれることになります。そして、労働者の承諾と言っても、事前に無限定の包括的同意のようなものは、労働者の不利益を防止する規定の趣旨にそった承諾とは言えない可能性が高いのですが、逆に、個別の承諾がなくても、出向が実質的に労働者の給付内容に大きな変更を加えるものではなく、民法の規定の趣旨に抵触せず、承諾と同視し得る程度の実質を有する特段の根拠をがある場合には、形式的に承諾がないからと言って、全ての出向を違法とするのは相当でないと言うことになります。
つまり、民法第625条第1項に言うところの「承諾」には、個別かつ具体的な承諾の他に、事前の無限定な「承諾」ではなく、時期や期間についてある程度の幅のある包括的な事前の承諾及びそれに同視し得る場合を含み、その出向命令が実質的に労働者の不利益になっているのか否かなどによって、出向命令の有効性が判断されると言うわけです。
本事案では、原審の以下のような事実認定を踏まえて、YはXらに対しその個別的承諾なしにYの従業員としての地位を維持しながら出向先においてその指揮監督下において労務を提供することを命ずる本件出向命令を発令することができるというべきであると判示しています。
(1)本件各出向命令は、Yが製鉄所内の構内輸送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社である出向先に業務委託することに伴い委託する業務に従事していたXらにいわゆる在籍出向を命ずるものであること
(2)Xらの入社時及び本件各出向命令発令時のYの就業規則には「会社は、従業員に対し、業務上の必要によって社外勤務させることがある。」という規定があること
(3)Xらに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること
3.権利の濫用法理の適用可能性
就業規則又は労働協約に出向命令権の根拠が認められる場合であっても、本件出向命令が権利の濫用にあたるとされた場合、出向命令は無効になります。判決はこの点についても権利の濫用に該当するか否かについて検討を加えています。
Yが構内運送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い委託される業務に従事していたYの従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができ、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない。また、本件出向命令よってXらの労務提供先は変わるもののその従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、前述の社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。そして本件出向命令発令による手続に不相当な点があるともいえない。これらの事情にかんがみれば本件出向命令が濫用に当たるということはできないと結論付けられます。
なお、平成20年3月1日施行の労働契約法は、第14条で出向命令と権利の濫用法理について規定を設けており、「その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、」権利の濫用と認められた場合、その出向命令は無効になるとしています。
Yは、鉄鋼の製造及び販売等を目的とする株式会社です。Xらは、Y会社に入社し、製鉄所内の構内鉄道輸送業務に従事していました。Yの就業規則には業務上の都合により社員に社外勤務をさせることがあるとの規定がXらの入社当時から存在し、さらにXらの所属する労働組合は、これと同趣旨の規定を持つ労働協約及び出向期間を原則3年とし、業務の必要性により期間を延長することがあるなどの規定からなる社外勤務協定をYとの間で締結して、それぞれ更新を重ねていました。
Yは業界全体の不況に際し、協力会社への製鉄所内の構内鉄道輸送業務の委託と出向を内容とする再構築計画を策定し、労働組合の了解を得て、鉄道部門全体の要員211人の内、削減される要員数等を除いた141人について委託先への出向を実施することとしました。対象者の人選については、高齢者の出向は避けること、30歳代以下は職種転換を優先させることを方針として、対象者141人に対して出向が命じられました。しかし、Xら4人は同意しなかったため、YはXらに対しても個別の承諾が得られないまま出向命令を発令しました。Xらは、不同意のまま出向先に赴任し、3年ごとの延長措置がとられるたびに、復帰をその都度希望していました。
Xらは、本件出向命令の無効確認を求めて訴えを起こし、原審がこの請求を棄却したため、Xらは出向先での就労義務不存在の確認を求めて控訴しました。
2.解 説
本事案について、裁判所は「出向命令の有効性を認め、出向先での就労義務不存在の確認を求めたXらの請求を棄却しました(福岡高裁平成12年11月28日判決)。
まず、出向の法的な定義ですが、以前の記事で労働者派遣との違いの中で、詳しく述べています。
出向の法的な定義がこのように雇用契約を二重に成立させ、労務提供の相手方を変更すると言うことですから、元々の使用者の法的な地位の一部を第三者に譲渡するものと考えられます。民法第625条第1項は「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことはできない」旨規定しており、民法第466条以下の債権譲渡の通則に比べてより制限的な規定を雇用契約に課しています。このような制約が設けられていることの趣旨は、使用者の権利の譲渡が、労働者にとって、単に義務の履行先の変更に留まるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護するためのものと考えられています。
ここから、出向命令を行うためには、労働者の承諾を必要とするという出向命令の原則が導かれることになります。そして、労働者の承諾と言っても、事前に無限定の包括的同意のようなものは、労働者の不利益を防止する規定の趣旨にそった承諾とは言えない可能性が高いのですが、逆に、個別の承諾がなくても、出向が実質的に労働者の給付内容に大きな変更を加えるものではなく、民法の規定の趣旨に抵触せず、承諾と同視し得る程度の実質を有する特段の根拠をがある場合には、形式的に承諾がないからと言って、全ての出向を違法とするのは相当でないと言うことになります。
つまり、民法第625条第1項に言うところの「承諾」には、個別かつ具体的な承諾の他に、事前の無限定な「承諾」ではなく、時期や期間についてある程度の幅のある包括的な事前の承諾及びそれに同視し得る場合を含み、その出向命令が実質的に労働者の不利益になっているのか否かなどによって、出向命令の有効性が判断されると言うわけです。
本事案では、原審の以下のような事実認定を踏まえて、YはXらに対しその個別的承諾なしにYの従業員としての地位を維持しながら出向先においてその指揮監督下において労務を提供することを命ずる本件出向命令を発令することができるというべきであると判示しています。
(1)本件各出向命令は、Yが製鉄所内の構内輸送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社である出向先に業務委託することに伴い委託する業務に従事していたXらにいわゆる在籍出向を命ずるものであること
(2)Xらの入社時及び本件各出向命令発令時のYの就業規則には「会社は、従業員に対し、業務上の必要によって社外勤務させることがある。」という規定があること
(3)Xらに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること
3.権利の濫用法理の適用可能性
就業規則又は労働協約に出向命令権の根拠が認められる場合であっても、本件出向命令が権利の濫用にあたるとされた場合、出向命令は無効になります。判決はこの点についても権利の濫用に該当するか否かについて検討を加えています。
Yが構内運送業のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い委託される業務に従事していたYの従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができ、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない。また、本件出向命令よってXらの労務提供先は変わるもののその従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、前述の社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。そして本件出向命令発令による手続に不相当な点があるともいえない。これらの事情にかんがみれば本件出向命令が濫用に当たるということはできないと結論付けられます。
なお、平成20年3月1日施行の労働契約法は、第14条で出向命令と権利の濫用法理について規定を設けており、「その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、」権利の濫用と認められた場合、その出向命令は無効になるとしています。
2010年06月25日 09:00 | 人事労務