はてなキーワード: 子供とは
適当にインデックス投資してただけでも独り身ならほぼ全員退職可能になったでしょう。
子供が居るとかなら不確実性が高いからよほどじゃないと退職は無理かな
ただ、日本は独身が多い国だし全員がFIREしたらどうなってしまうのか心配になってきた
すごいなあ
俺が一人働かない代わりに雇用を産み出せてると考えるととても気分がいい
みんな明日も頑張ってね
素直に考えると「子供に教えてあげたい」というのは分かるんだけど、一方で自分自身は親から箸の持ち方レベルより先は何も教わらず、ひたすら失敗を繰り返して屈辱にまみれながら地力で何もかもを獲得してきたので、それを惜しみなく当たり前のものとして与えられてスクスク育つガキを想像するとぶっちゃけムカつくという気持ちもある。
この場合の「キッズ」は「子供みたいな」という揶揄の意味も含んでいると思うので
子供に限らないのでは?
子供の頃、夕方になるとランドセルを放り投げてテレビの前に座った。あの感覚を、今の子供たちは知らない。
子供の頃を思い返してみると、アニメのクオリティなど気にしたことは一度もなかった。作画が崩れていようと、展開が強引だろうと、そんなことはどうでもよかった。ただ、来週も見られるという事実だけが、純粋に嬉しかった。
夕方5時や6時、ゴールデンタイムには必ずアニメが放送されていた。毎週同じ時間に、同じキャラクターたちに会いに行く。それは一種のルーティンであり、生活の一部だった。たとえ原作とはかけ離れた展開や、キャラ崩壊のあるオリジナル回であっても、それを見ること自体に意味があった。
クオリティよりも、毎週そこにあることの方が、子供の頃ははるかに重要だった。
いつの間にか、夕方やゴールデンタイムからアニメが姿を消した。今やそのほとんどは深夜枠に移り、放送されるとしても多くが1クールか、長くて2クールで終わってしまう。続編があったとしても、次のシーズンまで半年、1年と間が空くことも珍しくない。
昔のアニメは夕方やゴールデンタイムに放送され、年単位で続く長期シリーズが当たり前だった。毎週同じキャラクターに会い続けることで、作品は子供の日常に自然と溶け込んでいた。一方、今のアニメは放送は深夜帯で視聴は配信が中心、1〜2クールで完結するものがほとんどだ。続きがあるとしても、次のシーズンまでに長い空白期間が生まれる。クオリティは上がったが、継続性という点では大きく後退してしまった。
現代のアニメのクオリティは、間違いなく向上している。作画は緻密になり、音楽も映像表現も洗練された。世界的に評価される作品も増えた。それ自体は素晴らしいことだ。
しかし、子供目線で考えてみると、どうだろう。続きは半年後と言われたとき、大人はSNSで話題を追いながら待つことができる。だが子供には、その半年はあまりに長すぎる。好きなキャラクターへの熱量は、空白期間のうちに静かに冷めてしまう。そして次のシーズンが始まる頃には、もう別の何かに夢中になっているかもしれない。
毎週会えるから、好きになる。毎週会えるから、語れる。毎週会えるから、友達と盛り上がれる。アニメが子供の文化として機能していたのは、その継続性があってこそだったのではないか。
アニメは高品質なコンテンツになった。だがその過程で、子供のものではなくなってしまったのかもしれない。
夕方のテレビの前で、ランドセルを床に投げたまま画面に釘付けになっていたあの子供たちに、今の子供たちはなれているだろうか。そう思うと、少し寂しい気持ちになる。
ここから、地域を限定し、遺伝的に都合のいい組み合わせやある程度ランダム性を持たせつつ人工出産される
その数や頻度はコントロールされている
子は3歳くらいまで専門乳母に育てられたあと地域の子どもセンターに集められる
子どもセンターに子が30人親60人となる、保育士と親と各種専門家で3歳から中学卒業or高校卒業まで育つことになる
逆に親は常識的範囲内でいつでもセンターに遊びに行き、ご飯を一緒に食べたり会話することもできる
親は独身であったり既婚であったりする、複数人で暮らしてる人もいる
親は例えば20歳〜35歳で1センター、35歳〜50歳で1センター、50歳〜65歳で1センターと言うふうにあまり被らないように担当が変わっていく
教育方針は親グループで決めるが、1人も取りこぼさないことが重要である
既婚者で自然子供がいる場合でもセンター親になるケースはあるが、第二子までいる場合は成長し切るまでセンター親にはならないように取り計らわれる
センター親の出身センターの親は祖父母として、センターに遊びにいくことができる
当然だが孫候補は爆発的に多くなる
工夫した点、利点や欠点
・昔の村全員で子供を育てるという状況を再現しようとした、現代では誰が誰の子か明確になりすぎているが、曖昧だと全員に対して可愛がる土壌ができると思う
これによってまず競争が減るし、我が子だけに投資しまくるという現代の悪い状況が改善する
・この仕組みによって50歳からでも子供を持てることになる、寿命の長い現代に合っている
・経験の少ない20代、体力の落ちた60代、あるいは働き盛りや病気の時などあるが、周囲の親と持ちつ持たれつで子供を育てることができる
・もし学校が合わなくて引きこもっても家に30人の兄弟と、60人の親と、その祖父母やスタッフもいるので社会性が完全に損なわれない
・30人の兄弟、60人の同じセンターの親、30人の子、これだけで「一族」としてちょうど良い感じになる
・もし子供が欲しい人が少ない(あるいは多い)場合、人生で親になる回数を2〜4回くらいで変更することで計画的に増減できる
・0歳〜3歳くらいが難しそうとは思う(親をどこまで介在するか)、あと学費問題もあるしいじめもあるだろうし、教育方針は結構揉めるとは思う
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100年前の話を持ち出してつっこんでる人がいるけど
なんでまだ実現できてない人工出産には突っ込まないの?不気味
そこらへんは大体知ってるつもり、愛着障害も知ってる、せめて代案を出してみな、500年人口を維持できる社会の形を
・生涯未婚という選択の自由の扱い方
この案は、「こうあるべき」ではなく「少子化の原因を考えたらこのくらいやらないと解決しない」という妥協案に近い
昨日寝ながら適当に考えた
もう一個のアイディアとして「寿命と出産可能年齢を倍にする」とかもあるが技術的な問題と、結局子供が後回しになるリスクが有る、一定の強制力が必要だ
そもそも戦後、人生のイベントや社会の仕組みを変えられたことなどほとんどない
中学生の時に帰り道に寄り道して買い食いしながら歩いてたら
当時携帯なんて持ってなかったから近所にインターホン押して救急車呼んでもらった。
救急隊員に名前聞かれたから答えて以降はお任せして家に帰ったんだけどさ
後日学校経由で連絡があって御礼がしたいと。
先生も褒めてくれたしやったぜー高校入試に良い影響あるかなとか思って家に帰ったら
おじいさんから御礼したいって何度もお願いされたけど結局断った。
ほんと納得いかなくて高校卒業するまで親と口きかなくなって大人になっても疎遠になってる。
結婚して地元と全然違う地方に住んで子供も出来たけど親には何年も会ってない。
なんか子供に悪影響になりそうな気がしてる。
自分がされて嫌だったことは子供にしないんだって決めて試行錯誤しながら頑張ってる。
ふとこんな季節だったなって思い出したのでチラ裏。