はてなキーワード: ガンダムとは
ガンダムの話はもういいって
機動戦艦ナデシコってあの当時沢山あったエヴァの二番煎じアニメのその一番手とも言える存在で、
タイトルからしてガンダム+ヤマトのパロディであり、中身もパロディに満ちたふざけたノリでありながらシビアな死生観を持つハードSFとして
TVシリーズだけなら伏線回収から人間関係の結末まで、かなり綺麗にまとまった良作だったと思うけれど。
TVシリーズの何処が受けたのかを禄に考えず、無駄にダークにして元々の主人公とヒロインを不幸にする鬱展開をぶっ込んだ上、最後まで主人公は救われない投げっぱなしエンド。
制作側がホシノ・ルリにんほって作品を駄目にしたとしか思えない。
さらにゲストキャラの声優が何故か仲間由紀恵で、有名女優で気軽に使えないからスパロボ補完も望めないというおまけ付き。
本当になんでこんなものを作った。
なんだっけ、どこかで「女は海」というネタをテレビだったかで観て、ふとググッて、
そうだよな、ジュディ・オングだよな…😟
ジオングって明らかに、垂れ乳で、三つ編みで、スカートがデカい女性なんですけど、
あとモノアイ…😟
私以外に誰もいないこの家を、
こんなジオングみたいなのが歩き回ってくれるだけでも寂しさが紛れるのになあ…、
と思ったのでした…😟足はついてない…
というか、初代ガンダムの連邦のMSは男、ジオンのMSは女、スカートがある、
デザインとして面白いですよね、それがマクロスとか、ガルフォースにも通じるわけで、
だから、今のこの家にドムみたいな女性が3体やってきても構わないですよ、
ちょうど踏み台が欲しいと思ってたところです…😟
高齢童貞限界弱者男性が狂う理由はよくわかったから寂しいから政府は彼女を配給してくれよ…😟
そういえば、AV嬢とかキャバ嬢とか異常というか異様に爪が長い人いるじゃないですか、
ウンコのときどうすんの?汚くね?というか、それで料理とかするの?尚更汚くね?🤮
とか思ってたけど、もうこの際、爪が長い女性は嫌とも言いません、
いやもう寧ろ、今すぐ爪の長い女性がこの家の玄関に来て、妙に赤い服を来ていて、
赤いモビルスーツ?やつだ…、やつが来たんだ…、
と玄関にノコノコやって来たジムの私を腹パンしても許しますよ…😟ええ
あー、つまり幼女じゃなくてもJKじゃなくてもギャルでなくてもメスガキでなくてもいいんだな、ボクは…😟
中古でもいい、わんぱくでもいい、初代ガンダムは履修していて欲しいけど、たくましく育ってほしい…😟
いや、もう、ほんと、純粋な気持ちで、子供でも幼児でも、ある意味老人でもいいですよ、
もう宮崎駿漫画の世界で、マンマユート団みたいなんでもいいし、
なんか、もう、このままひとりで死ぬのかと思うと、いやなんです、ひとりで死にたくない…😟
解散“根回し”がなかった自民内に混乱 「勝てばよい」高市首相は自信…麻生太郎氏には事後報告(西日本新聞) - Yahoo!ニュース
麻生「喫緊の経済政策を放置して衆院選で信を問う…それは政治家の無能を示す事だ」
高市「中国からの圧力をテコに、強い日本のイメージで野党を討つ。この作戦の利点は、経済に疎い国民の感情を使い、経費も時間もかけず、信任を得られる点にあります。この計画に、ご認可を」
麻生「やっておいて今更…。高市よ、勝ってどうするつもりだ…?」
高市「せっかく減った中間層です。これ以上増やさず、安価な労働力として残します。そのコントロールには、船頭は少ない方がよろしいかと…」
デギン「安倍晋三の祖父でな、憲法改正をし切れなかった男だ。貴公、岸信介の尻尾だな」
ギレン「石破の言う謙虚さによる政治が何を生みます? 日本はとうに限界を超えていますよ…。ま、勝ってみせます。岸信介の尻尾の戦いぶり、ご覧ください」
問題はどっちも、こんな賢そうに喋らないんだなあ……。
すでに使われていた経緯があり、
のために作られた言葉ではないということだ。
では、その「逆襲のシャア」という言葉自体は何処から来たのか?
といえば
当然、「スタウォーズ Episode5 帝国の逆襲」
を参照していなかったと言えば嘘になるだろう。
スターウォーズの帝国の逆襲は、Episode5というスターウォーズサーガの中では位置づけられる。
しかし、実際の映画としての封切りの順番で言うと、帝国の逆襲はスターウォーズの2作目になる。
機動戦士ガンダムという1作目の続編として、
さらにいうと
シャアがジオンに帰還してハマーン・カーンのネオ・ジオンに反乱を起こすというストーリーになっていたと伝えられる。
しかし、その筋書きは新しいガンダムの映画の企画が立ち上がった(これが機動戦士ガンダム逆襲のシャアとなる)ことでポシャったのだ。
なんか映画でやってんなって思って、初めて逆シャア見たんですよ。
昔見たときは意味わかんなかったけど、ガンダムファーストとZ劇場版を見た今だったら背景はそこそこ理解できた。
が結局なんでシャアがわざわざネオジオン引き継いで、フォースルナやアクシズを地球に落として地球を寒冷化させたがってるのかよく分からなかった。
ファーストでは復讐動機で動いていて、この頃が一番やる気があった。
Zでもやっぱり反地球連邦組織とかに属して地球連邦と対立していた。
なんかz以降はクールキャラになったのかガルマを謀殺したときのような高笑いをしなくなった気がする。
逆襲でもなんかアンニュイで本当はこんなことしたくないんですぅ~感出してる。
じゃあ結局何がやりたかったのか?とか考えると
結局アムロと戦って死にたかったのかなこの人。ネオジオん率いたりしてるのも道化言うてたし。
となると最終的にはアムロと殴り合いたかったのか?とかの結論になってしまう。
で、
何に対する逆襲?て言うか逆襲するような負け方したのは結局ファーストまでで、
ティターンズの名前出てきたから、荒れに対する逆襲なのか?それ地球連邦全体と言うか人間そのものに対する逆襲とかにならんか?
て言うか、相手デカすぎるんで逆襲みたいなやられたからやり返す的なニュアンスの言葉より、反逆とかの方がよかったんじゃないの?
叛逆のシャア。
反逆者っぽくてええやん。
待遇に釣られて体育会系カラーの職場で働いてるんだけど、マジで合わない。
日常会話から仕事の進め方まで全てのノリが噛み合わなくて毎日がしんどい。
特にしんどいのがその集団の中で「◯◯さんは凄く変わってるからな」みたいな扱いになってること。
もしも前の職場に今の職場の人達が入ってきたらその人達の側が「Aさんって変わってるよね。体育会系っていうかマイルドヤンキーっぽいっていうか」と言われてたのは間違いない。
んで、何が一番辛いかって私の持つ色んな物が「インドア派の人」っていうステレオタイプの中に押し込められて、私個人として見てもらえてないって感じること。
ぶっちゃけ私から見ても職場の色んな人達が「体育会系の人ってこういうのだよな」って感じできちんと区別をつけることが出来てない。
たとえるなら一部の日本人にとってハゲた黒人俳優の顔が全部おなじに見えるし演技も全部同じに見えてしまうような状態。
「個性を認識するに足る解像度に達するレベルまで、その傾向のある人間の情報が脳内にない」って感じなんだと思う。
この状態は本当辛いよ。
お互いを個々人として見てないもの。
たとえば「休日はFF14かエルデンやってる」という話をしても、「休日は1日家から出ないのは~~~」っていうもっとずっと解像度の低い所で話が終わっちゃうの。
前の職場だったら「僕はゲームはソロが好きなんですよね。何か気づかれするじゃないですか」みたいな返事が来るから「Bさんはいつも人に気を遣ってくれてるからですよ」ぐらいのことは返せるしそのあとも「じゃあ今何のゲームやってます?」とか聞けるんだけどさ。
そして当然のように向こうから来る会話に対しても「休日はサッカー見に行く」と「休日は野球チームのコーチしてる」の区別が自分の中でちゃんとつかず「スポーツ好きなんだな」で全部終わってしまうわけですよ。
こういうのが積み上がってくると、マジで相手を人間として見るのがキツくなる。
「体育会系A」「体育会系B」「体育会系C」「体育会系D」みたいな感じで特定種族の1個体というイメージで終わる。
相手の能力に対する認識も「みんな体力あるなあ」で止まるので誰が何を得意としてるのかも良くわかんない。
当然向こうも「◯◯さんはパソコンが得意だね」で止まってるから、こっちに何を振ればいいのかも分かってない感じ。
結局ね、集団の中で特性が違うものが交じると個性が認められなく成るんだよ。
映画なんかじゃ「マッチョ黒人」「ヒョロガリハッカー」「お色気スポークスマン」みたいな別々の個性を持ったキャラが集まるけど、あれって観客がステレオタイプとして彼らを見るためのものだからそれぞれの個性に目が行かないんだよね。
「メタルギアのオタコン」と「ブラックラグーンのベニー」は外見も性格もかなり違う人間のはずだけど、成分分析すると95%が「凄腕の頭脳労働専門家」で埋まってる感じじゃん?
でも当然のように人間関係も経歴も全然違って、能力ツリーだってかなり別個のものになってるはずなのにね。
まあ漫画や映画のキャラだったら「95%説明しなくていいからステレオタイプ分類いいよね」ってなるんだけど、現実の人間が「君の95%は分かってるよ。インドア派だね」で終わらせられるのはまあ辛いね。
んでこれが同一の傾向がある人間が集まると変わってくる。
たとえばインド映画では「一見すると陽気なインド人だが、実は」は大前提とされてそれとは無関係の別個の個性が認められた状態で色々なキャラクターが語られる。
でも彼らが一度別の世界に飛び出せば「陽気なインド人」で全てが完結され、その先にある個性なんて何も認められなく成ることもある。
七人の侍で集まった個性豊かな侍も、別の物語の中で現れれば「強い侍」というだけの役割になっていたかも知れない。
同じような奴らで集まらない限り、ステレオタイプの枠組みの早い段階で「お前はこういう奴だろ?」と決めつけられて終わるんだよ。
世の中ってのはさ「アルフォード乗ってる奴らは、ちょいワルや半グレに憧れがあって、特攻の拓みたいなのをカッコイイと思ってるんだ」みたいな解像度の低い価値観を平気で押し付けるんだよ。
「ガンダムのオタクはみんな沢山ガンプラを作ってるから、模型作りは得意なはずだ」みたいな少し解像度を上げれば理解不能になるような色眼鏡を平気で振り回すんだ。
つまりさ、最近流行りの「色んな個性がある多様な集団であろう」は一見すると多様だけど、実際にはその中にいる人達の個性を凄い早い段階で切り捨てまくって成立してるんだよ。
その中に飲み込まれるのは本当に辛いんだ。
私はインドア派の集団に属していたからインドア派から先の個性を認めてもらえていたんだってことを、体育会系の集団に属して始めて痛感したよ。