2020/05/18
河野實「菜園バカの独りごと」 週末農業は楽しい
展望社(2001年刊)
河野實
昭和16年生。長野県伊那市出身。中央大学商学部に入学。
昭和39年、中央大学3年のときに出版した『愛と死をみつめて』は150万部を超えるベストセラーとなる。
ジャーナリストを目指して昭和40年、東京写真専門学校報道写真科に編入。
その後、フリーカメラマン、自動車専門誌記者、経済記者を務める。
平成2年、フリーのノンフィクションライターとなる。
はじめに - さらば東京砂漠 新宿、渋谷、上野、池袋などのターミナル駅周辺は、さながらアリ地獄である。各種商業施設が工夫を凝らした仕掛けをして、引っかかって落とし穴に落ちるアリを待ち受けている。
仕掛ける側も、仕掛けられる側も、欲望のつばぜり合いをするのだ。IT機器の量販店であろうが、ファッション店であろうが、あるいは各種飲食店であろうが、欲望の鼻先にニンジンを差し出してその反応を探り合うのを、商売というのである。商売の範囲ならば、まだかわいいほうだ。
これがビジネスの世界になると、仕掛けが大型になる。タマ(商品)が必要な場合は、マーケティング、企画、製造、販売チャンネル、広告、物流、販売促進などのいくつもの仕掛けが必要になる。当たれば、欲望のアリを一網打尽にしてしまう。これを人間社会では、ヒット商品の誕生として賞賛の対象にする。
私の菜園の元の持ち主は、化学肥料だけで作物を作っていたと思われる。私が有機肥料を主とし、化学肥料を従としてから五年目に、すべての野菜がうまくいかなくなったことがある。この現象は、医療にも当てはまる。化学薬品をやめて漢方薬に切り変えると、ある時期に症状が悪くなる現象に似ている。
還暦を迎えた私は、週二日だけの大地との戯れでは我慢ができなくなってきた。ぼつぼつ大地に還る準備をしようと思い始めている。大地に還るという意味は、死ぬことだと承知しているが、まだ死ぬには早すぎる。ただトラックの第四コーナーにさしかっていると自覚している。
私はこの千葉に、〝ついの住みか〟を見つけた。といっても、まだ住居はない。あるのは五百坪の大地だけ。五年前にこの地を手当てした。すでに果実の苗は植え込んである。五百坪は広い。毎年夏草を刈るのが大変である。
大地と健康の関係生命は海から誕生したが、後に森の動物になって進化に進化を続け、現代人にまで至っている。海と山が生物のふるさとであることは、遺伝子によって受けつがれてきているのだ。海と山の影響を受けにくい都市生活者は、生命の起源とかけ離れた人工的な場所で生きている。そこに生きる体は、森に海に近づきたいと悲鳴を上げているに違いない。
初夏の朝、私は歯ブラシをくわえたまま畑に行く。もちろん出勤前のあわただしい中でのことである。ひととおり畑を回って、サヤエンドウ(きぬさや)をひと握り採る。家に戻って手作りの自家製の味噌で作った味噌汁に、ザルで洗ったきぬさやを入れる。沸騰と同時にガスの火を止める。緑鮮やかなきぬさやの味噌汁の味は、残念がら皆さんにお伝えする術を知らない。
トマト物語 ゴールデンウイークに出回る苗を購入して植え付けるのだが、昔のトマトの苗が出回っておらず、仕方なく、今人気の「桃太郎」という苗木を購入せざるを得ない。この「桃太郎」がよくないのである。消費者が見てくれと甘みをトマトに求めるようになってきた。このため、キューピーの頭のように、やや縦長で形が良くて甘みのある「桃太郎」が、市販のトマトの主流になってしまった。この「桃太郎」は極端に雨に弱いのだ。その結果、今日のトマトはほとんどがハウスものになってしまったのである。
私は十八年の週末菜園を体験して、一番作りやすい作物にトウモロコシを、一番作りにくい作物にトマトを挙げる。
山本茂實さんの言
「人間が生きる基本は大地です。コンクリートジャングルが栄えるのは、かりそめの姿ですよ。皆さんは猫の額のような家庭菜園を楽しんでいるようですが、土に親しむ行為そのものが人間の証明なのです。人間は大地に生まれ、大地とともに生涯を全うして、大地に帰るのです。それ以外のことは芝居です」
堆肥作り 堆肥積み場は一間のトタン板で囲ってある。底の土は深さ30センチくらい掘り出して、トタンの外側周囲を補強している。トタンの高さは60センチ。それに30センチの掘り下げ分をくわえると、枠の中の深さは90センチになる。
一袋の落ち葉は足で踏み込んで詰めてあるので、掻き出された落ち葉は、一袋だけで枠のいっぱいになってしまう。落ち葉に鶏糞、油かす、ヌカ、亜炭の粉体を混ぜ込む。フォークで混ぜながら水を打ち、また混ぜる。よく攪拌したところで、農作業の長靴を履いて踏み込む。よく踏み込んだ後は、二袋目、三袋目と同じ作業を繰り返す。六袋目で枠の中は落ち葉でいっぱいになる。積み終えた積み場の上を、ビニールシートで被い、風で吹き飛ばされないように、シートの下部を枠の周囲にロープで縛り付ける。たちまち落ち葉は発酵を始める。
野菜の肥料やり 私は有機質にも無機質にも味方しない。どちらにも、長所と短所があるからだ。それをよく熟知した上で、有機質肥料の短所を化学肥料が補い、化学肥料の短所を有機肥料が補う、相互補完関係がいいと思う。
マルチとトンネル 2,30年前まで、わが国のマルチといえば、刈草や藁以外になかった。ビニールと違い、刈草や藁のマルチは、真夏の遮温と保湿、ドロはね防止に使用される。あるいは、地這いキュウリ、青ウリ、スイカ、カボチャなど、地上を這うつるものの下に藁を敷いた。ドロはね防止と、果実が直接土について、腐らないようにする効果を期待したものだった。腐敗防止には、稲藁よりも麦藁の方が、効果が高い。稲藁よりも麦藁の方が腐りにくく、畑土に敷いておいても、雨などの水分を弾き、長持ちするからだ。
稲束がなくなってしまったのは、機械化によって、稲束不要の収穫行程になってしまったからである。近くのホームセンターで売っている稲束の値段を見て、びっくりしたことがある直径10センチほどの一束が、なんと八十円もしていた。
私がマルチに藁を使うのは、レタスだけである。レタスは高原野菜の代表的なものである。つまり、高温多湿を嫌う。私は秋にレタスを作る。ポットにタネを蒔き、苗を育て、十月上旬に植え付ける。千葉県は温暖で多湿。十月の長雨が長引くと、レタスに軟腐病が出る。軟腐病はレタスの尻が地面に接しているところが、湿気が多いと腐る病気である。そこで、結球前の外葉が目一杯広がるころ、一番下の地面に接している葉の下に、藁を差し入れるように敷く。
マルチもトンネルも、あくまで補助装置である。野菜は適期にタネを蒔き、育てれば、本来これらは不要である。保温、防寒、防風、保湿の役目が済んだら、なるべく早く撤去する。過剰な保護は、子育てと同じで逆効果になってしまう。野菜のルーツは、野草であることを忘れてはならない。
畑は野菜の胃腸 産業革命が起きるまで、何万年もの間、人間は狩猟か自然農業だけで食べてきた。たかだか二百年前まで、人間は自然の中で、本格的な人工物なしで生きてこれたのである。食料の量産化が始まったのは、十九世紀末からであるが、それはドイツで発明された化学肥料の量産化に起因する。しかし、化学肥料の大量使用と大規模農園が始まったのは二十世紀であり、日本やアジアで化学肥料の使用が一般化したのは、太平洋戦争後のことである。
つまり、化学肥料の大量使用は、農薬の大量散布となり、畑の土壌菌のバランスを崩す結果を引き起こした。だからといって、アメリカなどの大規模農業は、有機栽培では生産性が上がらないため、ついに病気や害虫に害虫に強い耐性菌の開発に走った。これが遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシである。
私の菜園作法 試験場や研究機関での成果を書いたものはあまり参考にならない。農業専従者の書いたものの方が、試験場のように設備や資材が豊富でないので、自然条件ややりくりに合わせた知恵があって参考になる。一般社会と同じで、知識はそこそこでも、知恵を活かした方が、結果的にはうまくいくのである。
・ジャガイモ
南米アンデス高地が原産地といわれ、冷涼な気候を好む。このためわが国の最大産地は北海道である。
私は三月第一週に、菜園仲間のトップを切って蒔く。早く蒔くのには、理由が二つある。一つは発芽後の四月、五月の冷涼な季節をフルに活用するため。もう一つの理由は、後作として植える大根、カブのために、梅雨入り前に収穫を終えたいからだ。梅雨に入ると畑がグチャグチャになってしまうので、収穫した日か翌日には、スコップで天地返しをする必要がある。
三月上旬に蒔いたジャガイモは、四週間後には芽を出す。このころ、温暖な千葉でも内陸部では必ず遅霜がある。ジャガイモは霜に弱く、芽は黒色になって枯れてしまう。そこで遅霜注意報が出たら、芽に手で畑土をすくってかけに行く。芽が見えない程度に、土をばらまくようにかけるといい。土かけをした後は、予報が当たっても嬉しいし、予報が外れてもそのままにしておけばよい。
発芽後、順調に伸び出したら二本立てとし、他の芽は掻き取る。約15センチ伸びるごとに、株間にひとつまみの化成肥料を蒔いて、軽く土寄せする。これを花が咲くまでに三回に分けて行う。新ジャガイモは、種イモより上につくので、土寄せしないと緑化するばかりか、収穫量にも響く。
・タマネギ
ホームセンターで売っている時期が蒔き時、植え時と思ったら、大間違いである。同じホームセンターでは、ナス、トマト、キュウリ、ピーマンなどを四月上旬から売り出している。適期よりも一ヶ月も早い。うがった見方をすれば、四月上旬に一度売って、うまく育たなかった人たちに、五月上旬にもう一度購入させるためではないか、と思う。
タマネギを育てるには、習志野台地では、苗であっても球根であっても、十一月中旬に植える。早すぎるとトウ立ちしやすくなり、遅すぎると梅雨入り前の収穫期までに十分な玉にならない。
・ニンジン
ニンジンは発芽しにくい。好光性のタネに、土を厚くかけると光が届かず、発芽に悪影響を与えるのだ。また、蒔き時が梅雨明けから秋分の日頃までは、畑に十分な水がない上に、土を薄くかけるので、日照りの下では発芽率が極端に悪くなる。もう一つの問題は、順調に成長を始めても、ネコブ線虫に犯されやすいことだ。せっかく育ったニンジンがコブだらけになって、太くならない。ネコブ線虫を退治する土壌消毒薬があるが、私はどうもこの種の薬を使用する気になれない。ネコブ線虫は、肥料過多の土壌に繁殖するらしい。それに対抗するには、トウモロコシのように、土中の肥料分を全部吸い取ってくれる後作に、ニンジンを蒔くことだ。
混み合ったところを間引いたニンジンの葉は、ゴマ油、塩、コショウで炒めて食べると、食が進むばかりか、ニンジンそのものより栄養価が高い。
・ナス
〝ナスの肥料食い〟と言われるほど、多肥栽培をするが、これは栽培期間がべらぼうに長いからである。ナス、トマト、キュウリは夏野菜の三大トリオである。
種族保存の原理で、ナスの中にタネができてしまったら、その先に実を付ける意欲を失ってしまい、なるのをやめてしまう。タネが未熟なうちに取り続けると、ナスは子孫保存のために次々と花を咲かせ、実を付けていくのである。
・キュウリ
私はキュウリを一シーズンに二度作る。最初のものはゴールデンウィークに、市販の苗を植える。二度目は6月20日頃にタネをまく。苗を植えたキュウリは、梅雨明けと同時に曲がったヘボキュウリしか取れなくなるから、引き抜いて捨てる。夏キュウリが終わると同時に、タネを蒔いた秋キュウリがなり始める。これで六月から九月末まで、四ヶ月の間キュウリを食べることができる。
・キャベツ
アオムシさえ退治できれば、キャベツは作りやすい。 私は冬越し(十月蒔き)の春キャベツ、八月蒔きの秋キャベツ、九月蒔きの冬キャベツと、年間三回も作る。畑が空いていれば、五月蒔きの7月取りも可能だ。品種改良が進み、春夏秋冬作れるようになった。
キャベツは、すべてタネから苗を自分で作る。苗床は完熟堆肥と低濃度(N,P,K各8%)の化成肥料をまいて、一週間後に種をバラまく。十月蒔きは、もうアオムシが出ないので露地のままでいいが、八月、九月蒔きは、苗床全体に白い寒冷紗をかける。蝶々を寄せ付けないためと、発芽を促すため陽光を制限するためである。それでも苗床の土が乾くので、早朝寒冷紗の上から、水様性カルシウム鉱石と亜炭を浸した水を、ジョウロでかける。
取りたてのキャベツは、生食するとうまい。結球している葉を一枚ずつはがし、茎の固いところを切り取り、スティック状にして、マヨネーズで食べる。キュウリとニンジンを同じようにして三色にして食べるとなおいい。
・ハクサイ
ハクサイはタネの蒔き時に幅がない。私は三畝作る。一畝十五本で四十五本植える。一畝だけ早生にする。残り二畝は晩生である。早生の種まきは八月中旬。晩生は同下旬。これで苗を起こしてから、三週間目に植える。九月五日以降にタネを蒔いたものは、完全な結球をしない。つまり、ハクサイのタネの蒔き時は、たった半月ぐらいしかない。
・ホウレン草
ホウレン草は、葉もの野菜の中では、やや作りにくい。酸性土壌に弱いからである。酸性地にホウレン草を蒔くと、発芽しても黄色くなり、いつの間にか消えてしまう。枯れた後、地べたに張り付くようにして、数日のうちに腐植してしまうのである。また、暑さと湿気に弱い。成長してしまえば少々の暑さや雨にも耐えるのだが、双葉のときに高温多湿にあうと、枯れてしまう。枯れる場所をよく観察すると、畝の凹部から始まる。このため、畝づくり仕上げは、畝幅と同じ長さの板で、丁寧にならさなければならない。
・トウモロコシ
トウモロコシは作りやすい野菜だ。しかし天敵が二つある。一つは、アワノメイガの幼虫である。このメイガは、房(俵)の中に潜り込み、収穫前のトウモロコシを台無しにしてしまう。このアワノメイガは七月に卵を産み付けて、トウモロコシを食い荒らす。したがって、七月中旬までに収穫してしまえば、被害にあわなくて済む。それは逆算して、四月二十日までに種まきを済ませないといけない。この時期の朝晩の温度は低いので、トンネルをするかビニールマルチをする。その両方をすれば、なお発育効果が上がる。
トウモロコシは、イネ科の野菜で連作もいとわない。したがってトウモロコシは、連作障害の出そうなところや、悪玉土壌菌がいそうな後作に作るといい。トウモロコシは畑の掃除機の役割を果たしてくれるのである。
・ソラマメ
もぎたてのソラマメとビールは、絶妙のコンビで引き立てあう。枝豆もいいが、コクと舌触りでソラマメが優る。
ソラマメのタネ蒔きは,十一月三日の文化の日と決めている。冬越し中に土中深く根を張らせることが大切である。
カラスの鳥害を予防するため、ネットを張るか、寒冷紗をトンネル状に覆う。
花が咲き終わる頃になると、アブラムシの大発生を招く。私はソラマメだけには、遠慮なく殺虫剤を散布する。その理由は、葉やサヤにかかっても、食べるソラマメには薬品がかからないからだ。
それにしても取りたて茹でたてのソラマメは、なぜこんなにも美味なのだろう。
・ダイコン
私は早稲種を八月下旬に蒔き、十一月中旬から年内分として栽培する。そして冬用に九月中旬、長ダイコンと煮物用に丸い聖護院を蒔く。
八月下旬蒔きは残暑と大雨(台風)に遭遇するので、失敗することがある。また、アブラムシと芯食い虫にやられることもある。六月中に掘り上げたジャガイモの後作に栽培するようになってから、失敗しなくなった。七月、八月の二ヶ月間、天地返ししたままにしておくと、真夏の太陽が照りつけるので、ジャガイモの跡の余分な肥料が発酵・分解してしまうからだ。ジャガイモの後作に二ヶ月休耕することが、秋ダイコンにとっては好条件を生み出しているようだ。
習志野台地では、露地のまま冬越しするが、年内取り(8月下旬蒔き)は、凍傷にあって地表に出ている部分が固くなったり、腐ってしまうことがある。私は年内に食べきれなかったダイコンを、畑の隅に穴を掘り、埋めてしまう。昔は藁を五、六束先端のミゴの部分をしばって帽子状にして穴のダイコンの上に裾を広げてかぶせた。頭の部分を地上に出るようにし、その上に土を戻して土中のダイコンの呼吸を確保した。
・エシャロット
エシャロットは、フランス語のため,西洋野菜だと思っている人たちが多いが、いま日本に出回っているもののほとんどは、ラッキョウの一年ものである。
4月から5月にかけて、間引くように一株ごとに引き抜いて食べる。取りたてのエシャロットは香りが強く、市販のものよりもはるかに歯ざわりがよい。二年ものは球根が大きくなる分、香りと歯ざわりのよさを失う。つまりエシャロットを卒業し、ラッキョウになっているのだ。
・ニラ
ニラは株分けしてから一、二年経つと葉が細くなってしまう。私は菜園の畝の縁取りに植えている。通路側は夏の刈り取りを省いて、白い可憐な花を咲かせる。食べないで花を楽しむだけなら、株分けしなくてもよい。食用にするならば、二、三年に一度植え替えた方がいい。多年草は根を張るので天地返しを行い、堆肥、鶏糞、油粕をたっぷり畝の下に割り込む。この作業は秋に行うと良い。翌年には見事なニラができる。
あとがき
毎年、「今年こそ」と、新たな気持ちになって春が待ち遠しくなるのは、何故だろう。飽きっぽい性格なのに、野菜づくりだけは何年経っても飽き足りない。
平成22年12月