可笑しなDivingドキュメンタリー:
大都会東京より愛媛に移住してきたDivingインストラクターの四国潜水細腕繁盛記 (^^;;
人を動かすには!
『人を動かす』には!
明らかに、発言が間違っていても、
“誤りを指摘しない”
“誤りは、相手自身に気付かせる”
ビジネスコミュニケーション能力などの著者:デール・カーネギーを始め、ルーズベルト大統領や西洋道徳哲学者のソクラテスなどが提唱していることは有名。
先日、多くの聴講者が居るセミナーにおいて、数名の学識者による講話の中、
明らかな間違いを連呼する学識者の方がおり、セミナー的に好ましい状況では無いなぁと思いながら聴講をしていたのですが、
ん?こちらの方が問題かと感じる出来事が講演後に!
これは、一部の方だけかも知れないが、
明らかな間違いに対して、関係者や登壇者同士「何気ない会話をしつつ、間接的に間違いに気が付いてもらえるような言動」をしないのが社会通念なのだろうか?!と言う出来事があった。
先日、聴講者100人(満員)、海草・海藻研究の第一人者とも言われる著名な学識者を始め、藻場増殖礁を手掛ける学識者も居られた藻場造成や浅海・海洋生態系におけるCO2の吸収・隔離・貯留に関するセミナーでの一幕。
海草と海藻のCO2の吸収・隔離・貯留のプロセスの違いなどを解りやすく講話された学識者の後、
低炭素コンクリートによる藻場増殖礁を手掛ける工学部系の学識者による講話。
その講話の中で
「海藻の根が・・・」
「海藻の根の部分が・・・」と、
数十回連呼されており、
学びに来られていた大学院生の方を始め、多くの藻場に関する学びを得ようと来場者した方々全員に、誤った知識として伝わり、
その情報を受け取った方が、更に他の人に間違いのまま伝え、広がっていく負の連鎖を感じずにはいられなかった。
(※正しくは、海産被子植物であるアマモなどの海草は根であるが、海藻は根で無く“付着部”)
まぁとは言え、その方の講話は大変面白おかしく親近感が湧く話でもあった。
そして、気掛かりとなった問題は、講話後の「セミナーで感じたことを近くの人たちとディスカッションをしましょう」と与えられた数分間(所謂ぺちゃくちゃタイム)で起きた!
ちょうど、登壇者(学識者)たちの真後ろの席に居りました私は、登壇者(学識者)グループの方々と楽しく談話を行っていたのですが、
学識者の方:誰一人、例えば「そうそう、低炭素コンクリートの藻場増殖礁に繁茂する海藻の“付着部”と多孔質の着生基質の関係の話に大変興味を抱かせていただきました」のように、
相手の自尊心を傷つけることなく、誤りに気付かせるよう、何気ない会話の中に“付着物”を入れ込んで話をするようなことがなかった。
人間は100%の方は居ないのも解るが、これも新たな社会の課題なのかもしれないと、ただただモヤモヤした気持ちだけが残った。
仮に、登壇者が解りやすい例えとして、根と表現をしたのであれば、聴講者が誤った知識としてとらえないように、「根と話しますが、海藻は海草と違って・・・」と、先に説明はしておくべきではないだろうか。
この学識者の集いのようなセミナーの場において、学識者でもない私が言うのもおかしな話と思い、口には出しませんでしたが、
誰かが誤りについて、相手の自尊心を壊さず、決して直接的に指摘せず、オブラートに包むように、何気ない会話の中で、誤りに気づかせるような振る舞いを行わなければ、登壇者、聴講者の両者にとっても好ましくないのではとの思いだけが残った。
これは、難しい問題なのだろうけど!
とりあえず、私が育んでいる同行者:未来を創造する担い手には、海草は根ではあるが、海藻は根ではなく付着部として話をした方が、学校の授業等においても良いこと、
社会的に様々な考え方があるだろうけど、
低炭素コンクリート造りの藻場礁と言え、生成に伴うCO2の排出量はコンクリートによる生成の3割減(←登壇された学識者がセミナーで話されていたデータ)だけであり、
毎年、海藻が繁茂したとしても、海藻が貯留したCO2の量で、低炭素コンクリート生成時に排出したCO2の量をゼロにしようとすると、海藻の種類にもよると思うが海藻が生え続けて、3割減だとしても計算上は、約35年の年月はかかるとの研究データも出ていることは伝えたので、よし!としよう。
そして、このようなことが常態化していては、社会に変革を与えられないと思うが、大切なのは、自分自身が解りやすく話をする中で、気をつければ良いだけなのかもしれない。
私の周りの研究者の方々が皆、気さくで気軽に話せる素晴らしい方々ばかりなだけに今回、複雑な気持ちに陥ってしまった。
今回は学識者の方であったが、もちろん演者を行う自分自身も、気を引き締めなければならい出来事となったことは、言うまでもない。
明らかに、発言が間違っていても、
“誤りを指摘しない”
“誤りは、相手自身に気付かせる”
ビジネスコミュニケーション能力などの著者:デール・カーネギーを始め、ルーズベルト大統領や西洋道徳哲学者のソクラテスなどが提唱していることは有名。
先日、多くの聴講者が居るセミナーにおいて、数名の学識者による講話の中、
明らかな間違いを連呼する学識者の方がおり、セミナー的に好ましい状況では無いなぁと思いながら聴講をしていたのですが、
ん?こちらの方が問題かと感じる出来事が講演後に!
これは、一部の方だけかも知れないが、
明らかな間違いに対して、関係者や登壇者同士「何気ない会話をしつつ、間接的に間違いに気が付いてもらえるような言動」をしないのが社会通念なのだろうか?!と言う出来事があった。
先日、聴講者100人(満員)、海草・海藻研究の第一人者とも言われる著名な学識者を始め、藻場増殖礁を手掛ける学識者も居られた藻場造成や浅海・海洋生態系におけるCO2の吸収・隔離・貯留に関するセミナーでの一幕。
海草と海藻のCO2の吸収・隔離・貯留のプロセスの違いなどを解りやすく講話された学識者の後、
低炭素コンクリートによる藻場増殖礁を手掛ける工学部系の学識者による講話。
その講話の中で
「海藻の根が・・・」
「海藻の根の部分が・・・」と、
数十回連呼されており、
学びに来られていた大学院生の方を始め、多くの藻場に関する学びを得ようと来場者した方々全員に、誤った知識として伝わり、
その情報を受け取った方が、更に他の人に間違いのまま伝え、広がっていく負の連鎖を感じずにはいられなかった。
(※正しくは、海産被子植物であるアマモなどの海草は根であるが、海藻は根で無く“付着部”)
まぁとは言え、その方の講話は大変面白おかしく親近感が湧く話でもあった。
そして、気掛かりとなった問題は、講話後の「セミナーで感じたことを近くの人たちとディスカッションをしましょう」と与えられた数分間(所謂ぺちゃくちゃタイム)で起きた!
ちょうど、登壇者(学識者)たちの真後ろの席に居りました私は、登壇者(学識者)グループの方々と楽しく談話を行っていたのですが、
学識者の方:誰一人、例えば「そうそう、低炭素コンクリートの藻場増殖礁に繁茂する海藻の“付着部”と多孔質の着生基質の関係の話に大変興味を抱かせていただきました」のように、
相手の自尊心を傷つけることなく、誤りに気付かせるよう、何気ない会話の中に“付着物”を入れ込んで話をするようなことがなかった。
人間は100%の方は居ないのも解るが、これも新たな社会の課題なのかもしれないと、ただただモヤモヤした気持ちだけが残った。
仮に、登壇者が解りやすい例えとして、根と表現をしたのであれば、聴講者が誤った知識としてとらえないように、「根と話しますが、海藻は海草と違って・・・」と、先に説明はしておくべきではないだろうか。
この学識者の集いのようなセミナーの場において、学識者でもない私が言うのもおかしな話と思い、口には出しませんでしたが、
誰かが誤りについて、相手の自尊心を壊さず、決して直接的に指摘せず、オブラートに包むように、何気ない会話の中で、誤りに気づかせるような振る舞いを行わなければ、登壇者、聴講者の両者にとっても好ましくないのではとの思いだけが残った。
これは、難しい問題なのだろうけど!
とりあえず、私が育んでいる同行者:未来を創造する担い手には、海草は根ではあるが、海藻は根ではなく付着部として話をした方が、学校の授業等においても良いこと、
社会的に様々な考え方があるだろうけど、
低炭素コンクリート造りの藻場礁と言え、生成に伴うCO2の排出量はコンクリートによる生成の3割減(←登壇された学識者がセミナーで話されていたデータ)だけであり、
毎年、海藻が繁茂したとしても、海藻が貯留したCO2の量で、低炭素コンクリート生成時に排出したCO2の量をゼロにしようとすると、海藻の種類にもよると思うが海藻が生え続けて、3割減だとしても計算上は、約35年の年月はかかるとの研究データも出ていることは伝えたので、よし!としよう。
そして、このようなことが常態化していては、社会に変革を与えられないと思うが、大切なのは、自分自身が解りやすく話をする中で、気をつければ良いだけなのかもしれない。
私の周りの研究者の方々が皆、気さくで気軽に話せる素晴らしい方々ばかりなだけに今回、複雑な気持ちに陥ってしまった。
今回は学識者の方であったが、もちろん演者を行う自分自身も、気を引き締めなければならい出来事となったことは、言うまでもない。
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