はてなキーワード: 代理母とは
性的快楽と生殖の分離、および過剰な刺激がもたらす生物学的な淘汰という視点について、事例と比較を交えて考察します。
本来、自然界において性的快楽は「子作りを促すための報酬(釣り針)」として機能していますが、現代ではその目的(生殖)から手段(快楽)が完全に独立しています。
生物が本能を刺激する「誇張された記号」に惹きつけられ、本来の目的を見失う「超正常刺激」の事例が、現代の人間社会と比較されています。
| 対象生物 | 超正常刺激(ビール瓶・模型) | 本来の対象(メス・卵)との比較 | 人間への投影 |
| ジュエルビートル | 茶色のビール瓶 | 瓶の方が本物のメスより「ツヤツヤして魅力的」に見える | 二次元の異性、抱き枕、ラブドール |
| ミヤコドリ | 本物の卵より大きなボール | ボールを「より良質な卵」と誤認して抱卵し、本物を放置する | 男性Vtuberを子供のように慈しむ母親面のファン(抱卵の誤認) |
| ヒョウモンチョウ | 羽の柄を誇張してプリントした厚紙 | 本物のメスより魅力的に感じて求愛し続ける | 現実には存在しないレベルの巨乳(K・Mカップ)等の誇張表現 |
このように、脳が「事実よりも認識」を優先してしまうバグは、生物全般に見られる現象です。
本能を刺激する過剰なコンテンツ(二次元、高カロリー食品など)に溺れることは、現代における「生物学的な自然淘汰」の一環であるという冷徹な視点が示されています。
事例を比較すると、「性的快楽」は個体の満足に、「生殖医療・代理母」は種の保存(あるいは個人のエゴとしての社会的成功)に、それぞれ完全に分断されています。高度な知能を持つはずの人間も、ジュエルビートルがビール瓶に惹かれるのと同様、二次元や過剰な快楽という「超正常刺激」によって、生物的な再生産のサイクルから静かに排除されているというのが、導き出される結論です。
生成AI「彼氏」と寝食忘れ会話に没頭「もう止まれない」「この恋は本物」、結婚を決意
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.yomiuri.co.jp/national/20260504-GYT1T00157/
愛する人のためなら泥水すすってもがんばるでしょ
ま、AIなんだけどな
でもそこには愛(AI)があるぞ、ってな
実際問題、結婚したがらないやつらにコストを払うのはもう限界なんよ
結婚できる優秀層にだけバンバン子孫を残してもらって、保育とか教育コストとかは全部高齢独身に幸せな夢を見ながら背負ってもらうわけ
これを読んで倖田來未氏による「羊水が腐る」発言が何年だったか思わず調べてしまった。
あれは2008年のことらしく、元増田が今年40歳だとしたら、22歳の頃の話。
本人が芸能界を去らないといけないほどの大スキャンダルとして炎上した気がするんだが、増田は記憶にないんだろうか?
実際のところ羊水は腐らないが、あの発言で年齢が上がると妊娠・出産が難しくなることが周知されたと思う。
不妊治療で子供を産むと言うことが市民権を得てきたのもあのあたりからだったのではないだろうか。
そう考えると、妊娠・出産適齢期に増田があった頃はたとえ卵子凍結がなかったとしても子供を持つこととキャリアを築くことのどちらを選ぶか考える土壌はすでにあった。
子供をこの先持つ場合も結構難しくて、まず体力持つの?って思う。子供は最初赤ちゃんで誕生して、世話をして大きくなるもの。
赤ちゃんの世話はほとんど寝ないでいながらノーミスクリアするみたいな感じなんだけど。
アラフィフで閉経するとそもそも着床すらしないと思うんだけれど、代理母なの?母乳もなしだとおもうからそれなりにしんどいと思うけど。
ここでいう産んでない、ってのは、自分の遺伝子を受け継いでいるかどうかという意味、いわゆる「血の繋がり」の意味だ。仮に産んでいようとも代理母出産はそれに入らない。
「違国日記」という漫画がアニメ化され、家族を描いた物語として好評らしいけれど。
この話は独身女性である主人公が姉の娘である姪を引き取って育てるのを美談として描いている。私はそれが気に入らない。
まぁ、叔母と姪なら血の繋がり自体はあるけれど、直系ではない。
私は現代日本において子育ての負担は、直系尊属である両親と祖父母や曾祖母だけが負うべきだと思う。
以前はそうでもなかったけれど、少なくともこの20年は「産んだ女だけが偉い」と事更に繰り返し、彼女達の手柄がアピールされる。産んでいない女は保育士や教師として働こうが、職場でワーママのために尽くそうが、子育てに貢献していないという扱いをされる。
なら、子育ての負担も産んだ女だけが負うべきではないか。他人の子育てへの関与は、業務として、賃金が発生する形態に限るべきだと思う。
この姪には祖母(主人公の実母)がいるんだよね。直系尊属である祖母がいるなら祖母が引き取るべきじゃない?なんで娘に丸投げするのか。
「すずめの戸締り」なんかも叔母が姪を引き取るのを美談にしていたけど、なんで独身の叔母が自分の生活を犠牲にしてまで引き取らなきゃならないのか。それは搾取じゃないか。
主人公と姪の関係性は美しいものとして描かれるが、結局のところ主人公は奴隷として都合良く利用されているだけではないのか。産んでない子の子育ての負担を負わされて、その子を愛していると言わされる主人公があまりに気の毒だ。主人公の自発的な判断として描かれていても、その背後には作者の意図があり、さらに背後には女に子育てを押し付ける社会がある。
姪はまだ若く、将来の結婚出産という栄誉ある未来が見えている。主人公を踏み台にして自分だけ幸せになり、それが美談にされるのだろう。
これが王道の少女漫画(女性漫画)だったら主人公が姪の後見監督人の弁護士とくっついて、
普通ならば得られないようなハイスペ彼くんゲットによって、要らん子育ての負担を負わされた埋め合わせがなされそうなものだけど。どうもそういう訳でもなさそうだし。
同様に産んでない子を育てる羽目になった「SPY×FAMILY」のヨルなんかは、ハイスペ男である黄昏とくっついて実子を産む未来が示唆されている。前述の「すずめの戸締り」でも、主人公の叔母の環は大学生の芹澤という年下イケメンと良い雰囲気になるという利得を得ている。
結婚出産エンドは最終回発情期とか馬鹿にされるけれど、頑張ってきた主人公に対する褒美としては一つの答えだと思う。
とにかく、独身女性に何の利益もない子育てを押し付け、それを美談として扱う物語が政治的に正しいものとして消費される現実にぞっとする。