はてなキーワード: チェーホフとは
話が読めてねぇのはてめぇだ
映画の撮影で映ってしまう、スナックの看板にチェーホフは適用できませーん、ざんねーん、とか小学生かよww
漫画になったら?背景が必要だろう、原作で言及されなかった容姿や服飾も決めなきゃならん
ドラマやアニメなら、当然に表現されてしまうものが増えるだろう
んじゃ、その時に「物語に導入された要素」ってのは何なんだ?
後ろを通るエキストラがそれに該当するのか?該当しないから、はんえいできないんだもーんか?
ちげぇだろうがよ
街中を映せば当然に映るものは、背景で電車が走ろうが、商店街で惣菜売ってようが、ただの書割だろ
それらは「物語に導入された要素」ではないだろ?
元の定義の字面を忘れきれなくて同時に制約としても振りかざすアホの言葉になってる気がする。
A:伏線回収があると嬉しい
B:俺が気にした要素は伏線回収されなければいけない
C:すべての要素は伏線回収されなければいいけない
君のチェーホフはどれ?
それはお前の持論でしかなくて
チェーホフの銃とはもう解離してるよ。
チェーホフの銃でいくなら、「時間を確認するシーンがないなら腕時計をつけるな」になる。
その定義は完全に嘘だぞ
登場する要素はすべて必然で役割をもたないといけない(雰囲気付け程度ではいけない)
っていうのがチェーホフの銃で
異質なものだけに限るなんてのはない
本題と違うがチェーホフの銃って
例えばアニメやドラマなんかで部屋に目覚まし時計おいてあったら絶対に鳴るシーンがあるべきなんてことはなくて
部屋にあるべきものがあるという表現というだけで役割は果たしてる。
https://anond.hatelabo.jp/20250526010321 を読んで思い出したので、少し書かせてほしい。
ローカルLLMなら卑猥な文章も制限なく書くLLMモデルが使えると聞いて、当時最新のGPUを持て余したハイスぺゲーミングPCがあったから官能小説を書かせたことがある。
元記事の増田みたいにサックスとかシックスどころか、勃ちもしなかった、ので増田のことを心から尊敬する。
文章を書かせ始めて10分で「『エロい』ってなんだっけ?」とわからなくなった。
高性能モデルとかいろいろ試して、どれもそれっぽい単語を並べた文章を生成したんだけど、
「どうせAIが書いた文章だしな」と我に返るとかじゃなくて、純粋に読んで「あれ?男と女が出会って、そういうことして、…うん」って。
自分のプロンプト力がないのか、と知人にも試してもらったり、なんだかんだ1週間ぐらい格闘しても、「えっろ!」って感じた瞬間はなかった。
そもそも官能小説をほとんど読んだことがなかったので、ビジュアルがないとダメなのか?とStable Diffusionにつなぎこんで挿絵を描かせる機能も付けたりしたけど、そういう問題でもなかった。
「舞台に在る銃は発砲されなければいけない」、有名なチェーホフの銃のロジックを官能小説で言うと、
「メイドが出てきたら、そいつがどんなに勝ち気で主人公を嫌いだろうと『ご主人様ぁ』にならなければいけない」みたいなもんだと思うんだけど、
その伏線が回収されるまで早すぎて、「親いないからウチおいでよ」「うん、行く!」みたいな「銃出てきた次のシーンでもう撃ってる!」感じが特にダメだった。
もちろん、今ならもっと長いコンテキストを扱えるようになって、回収までもう少し引っ張れるようになってるだろうけど、
じゃあ引っ張ればいいのか?そこがエロいのか?みたいに考えてしまって余計にエロスから遠いところに思考が飛んでしまった。
ちなみに、知人に試してもらったときには女性の知人にも試してもらったが、俺よりも飽きが早かった。
ただ、特殊性癖を持つ人なら話は違うのかも、とは思った。
つまり、ノーマルエロはAI様に生成してもらうまでもなく飽和してて、たぶん、一流官能小説家みたいな人が書いた秀逸なコンテンツが既にあるのでそっち読め、って話だったのかもしれない。
それに気づいたとき、「お前はどこまでも普通でつまらない人間だ」と言われたようで正直少し気落ちした。
実際、えぐい性癖を持った人がLLMとどう付き合うのか興味はある。
「こんなに刺さるコンテンツはなかった!」って喜ぶ姿とやっぱり「いや、そゆことじゃないんよ」って萎えてる姿と…どちらかというと特殊性癖の人はこだわりが強そうなので俺より萎えてそう、とは思う。
ここまで読んで「エロなんて簡単でしょ」って思った人にはぜひ試してもらって、俺にエロス(とそれを再現するプロンプト)を教えてほしい。
俺は、正直、試すんじゃなかったと後悔し続けている。
というのも、あれ以来、何を見ても「あ、エロい、え、なんでエロい?」ってメタ認知する癖がついてしまって、メンタルEDになった。
グラビア見て「曲線に惹かれてるのか?」とかAV見て「声が大事なのか?」とか思うようになってしまって、純粋に消費できなくなった。
生身を相手にしたときは温度とか匂いでなんとか興奮できているが、やっぱり頭の片隅で「温度はそもそも文章や写真にない要素だからAI関係ないしなぁ」と考えてしまう。
他の人の実験記を読んでみたいが、俺みたいに純粋なエロがわからなくなる人間がこれ以上増えないでほしいとも思う。
もう試しちゃった人だけ反応してくれたらうれしい。
特殊設定ミステリのトリックには必ず特殊設定が使われるんじゃないかという気分になっている
魔法がある世界の殺人で全く魔法が絡まない密室トリックは書かれないだろう
不死身の人間が存在する世界ならトリックに不死身の人間が絶対関わってくる
これもチェーホフの銃の変奏か
本当に?
それでこんな説を立てるなどおこがましい
『楽園とは探偵の不在なり』を読んだところ、面白かったのでこういう日記を書いているわけだが
『ジェリーフィッシュは凍らない』もよかったな
思えば『星を継ぐもの』でSFにはまった身としては特殊設定ミステリ側にも適性があったということか
特殊設定ミステリとは (トクシュセッテイミステリとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
このページにリストアップされているやつを片っ端から読んでいくか
戦争の暗いニュースを見ていたら気分が悪くなってきたのでフィクションに没入するか
没入する先が殺人現場というのは著しく不健全で本末転倒な気がするけれど
美容院の予約をすること
LINEマンガをよく利用しているのだが、ピントのずれた感想コメントに頭をかしげることがある。
和菓子屋で働く主人公がパチンコ帰りに手を洗わず団子をこねた結果、食中毒を発生させてしまう。
主人公のことを煙たがっていた店の主人は、営業停止になった責任を負わせて主人公をクビにする。
「食中毒というのはウソで、主人公を追い出したいがための口実では?
いやいや、その読み方は無いでしょ。
途中に主人公が団子をこねている様子がアップで描かれているんだから。
映画でもそうだが対象をアップにするからには、必ず意味があるのだ。
チェーホフの銃ってあるだろ? 発砲されないライフルを舞台上に置いてはいけないってやつ。
LINEマンガの感想コメントって、こんな感じの変なツッコミがすごく目立つ。
中高生くらいの頃って、重箱の隅をつつく指摘が賢いって思っちゃうんだよね。
疑う余地のない部分をとりあえず疑ってみせる感じ。
映画セブンの犯人は実はモーガン・フリーマンなんだよ的なやつだ。
キルアオやウィッチウォッチは良くも悪くも全体にも個々の話にも一貫性があるんだが、グリーングリーングリーンズは何をしたいのかが明確な感じになってない。
要領よく生きてきた凡人が天才になって世界で活躍するという設定に対して、周囲のレベルがいきなり凄い高い。
凡人が天才に食らいついていくという物語は分かるんだが、当の本人がどういう人間なのかがイマイチ見えない。
正々堂々勝負したいのか、勝つためならハンディが欲しいのかも場面ごとにコロコロと変わる。
それが人間臭いテンパリとして描かれるならともかく、作品はさもそこに一貫性があるかのように語ってくる。
なんで?
今週の内容もなんだか、チグハグだ。
「凡人のくせに挑戦した結果、失敗した」という思い出が宿った写真を「変に冒険心を出さない戒め」と語りながらも、それを切り口に始めた話で「俺は本気でやって天才に勝つよ」と口にする。そして、最後には写真を消す。
一見すると話が繋がっているように見えるが、よく考えるとおかしい。
「戒め」の写真を消して冒険に挑むというのは確かに物語としてはそれっぽいのだが、実際にこの写真に写っているのは「凡人だけど挑戦してしまうという気持ちが昔から一貫していた」という部分なんじゃないのか?
100人の漫画家を集めたら95人は、この物語の終わりで「挑戦しちゃうんだよな。結構いい顔してるじゃん、俺」と言ってこの写真を大事にしまいなおす物語を描くだろう。
漫画なら絶対にやってしまう「主人公に一貫性をもたせる」を放棄している。
第三者の目で見ればおかしく見えるような公道を普通に主人公にさせるし、それがおかしいことを漫画の世界は自覚なく描く。
主人この目から見れば、一貫性のない行動に一貫性があることになっているという思い込みが世界を通して我々の目に飛び込んでくる。
漫画というものはどうしても「体を一貫させる*」ということを大事にしてしまう。
起承転結として正しい形を。
チェーホフの銃は撃たなければいけないし、燻製ニシンの虚偽はそれが分かる形にして終わるべきだとされる。
物語として納得の行く着地点を目指して、都合よく全てがトントン拍子に進まなければいけない。
何気ない食事一つから殺人事件のヒントを見つけ、怪しい動きをしていた子供は真犯人に口止めされていなければいけない。
凡人の癖に主人公が強いのは「めっちゃ努力する天才だから」で終わらされており、他の天才も滅茶苦茶努力しているはずなのに追い抜かれていく。
なんで主人公がゴルフを始めたのかの理由は驚くほど薄っぺらいし、主人公の自己認識も言ってることもしょっちゅうブレる。
枠組みに囚われた人間がついつい「これはこうあるべきですよ」と自縄自縛に陥ってしまう所をすり抜けていく。
これは、まるでAIによる出力だ。
人間が常識という壁によって気づかなかった可能性を、ブルートフォースアタックの総当たりで無理やり引っ張り出してくる。
将棋の世界はAIの力によって新手が無数に産まれ、新手を乱発する棋士はまるでAIのようだと評される。
ジャンプという動脈硬化を起こしきった雑誌に吹き込んだ新しい風だ。
皆、読んでくれ。
そして首を傾げてくれ。
「体を一貫させる」ことに囚われないリアルな高校生の無軌道さを楽しんで欲しい。