はてなキーワード: 電気工事士とは
ロッテリアやファミマで中高生のガキを相手にして働くよりはパソコンと向き合っている方が何倍もマシなので今の仕事にしがみついている。
才能がないらしく全く仕事がうまくならず、年齢に見合ったものは髪のうすさと血液検査の結果ぐらいのものだ。
IT系はウハウハで転職も余裕で皆テレワークしてるしハラスメントもないしオタクが多くて元ヤンが少なくて理路整然としててサイコー!なんて話が全部ウソに見える毎日を生きている。
薄給激務の底辺派遣ワーカーへの風当たりの強さはどんな業界でも一緒だし、底辺に溜まる人種は発達障害と元ヤンばかりってことだ。
もしも俺が就活の最中に「ITなんて結局下はドカタだ!どうせドカタなら電気工事士にでもなった方が上に上がるチャンスは多いぞ!」と気付けていたら・・・
本当に毎日考えている。
でも俺は自分の年齢で今更電気工事士からスタートするぐらいならとITの道にしがみついている。
結局俺は勉強が得意じゃないし仕事も得意じゃないし人間も得意じゃないし生活も得意じゃないし我慢も得意じゃないし努力も得意じゃないってことが分かってるんだ。
だからもしも電気工事士になっていた所で、きっと50%よりも高い確率でずっと現場のゴミ掃除みたいなことばっかりやりながら「もしもあの時IT系に・・・」とポワポワ夢を見ていたのだろう。
きっと俺のようなカスがなるべきだったのは自衛官だったんだろうな。
グズでのろまなバカ野郎でも殴られながらヘラヘラ笑ってれば中央値以上の年収が貰える夢の職場の存在から何で目を逸らしていたのか。
知り合いの自衛官なんてブクブクに太って体重3桁なんだから、別に自衛隊にはいったらムキムキしなきゃ絶対ダメなんてこともないだろうにな・・・
毎日物凄い後悔の中にいるぜ。
という話を書こうとしたんだが、「これまともに書いたら身バレするのでは?」と気づいて止めた。
そうなると今ネットにあふれている色んな人の体験談はどういことだ???
危なかった。
皆がブクマ欲しさにデタラメ書いてる中で俺だけ本当のことを書く所だった。
ただ一つだけ言わせてくれ。
椅子に箔をつけるルートの方が手っ取り早く収入も増やせるし、年齢的なデッドラインもあとあともっとキツくなるから早めにそっちに行きたくなるのは分かる。
でも一度ドロップアウトした人間がやるべき生き方は「手に職をつけられるかどうかで仕事を選ぶ」だけだと思ってくれ。
間違ってもコールセンターや公務員みたいな潰しの効かないタイプの職場には行くな。
電気工事士から一人親方になるのは王道ルートだが、トイレ清掃員がビル管理士になるのは難しい。
体に不安があるなら最初は分が悪くても在宅が狙えるIT業界はやはり狙い目だ。
どうせ終わってる人生なんだから興味のある業界に行くのもありだと思う。
だってドロップアウトした人間の集いなんかじゃ人間関係も給料も期待できず、残されるのは「自分がその仕事に意味を見いだせるか」なんだから。
「人の役に立とう」という気持ちはさっさと捨てたほうがいい。
どうせどんな仕事でもどっかで人の役には立ってしまうように世の中出来てる。
犯罪者になる度胸か世渡りの上手さがない限りは、人の役にも立ってないのに年に何百万も手に入れるなんてのは無理な作りになってるもんだ。
つまり雇われて仕事やってるならよっぽどのことがなきゃお前が貰う給料分ぐらいの社会貢献は行われてる。
「もしも犯罪に関与されそうになったら?」なんて今から考えるな。
その時は「証拠を集めまくって文春にでもリークするために働いてる正義のスパイなんだ」とでも考えりゃいい。
まずは自分のことだけ考えるんだ。
あとメンタルに良いから勉強と筋トレは毎日3分ずつでいいからやった方が良いぞ。
確実に何かが積み上がっているという実感を持っているかどうかで自認が全く変わってくるからな。
笑っちまうな。
「身バレをとことん恐れたままで引きこもり社会復帰体験を語る」ってやるとこうなるんだ。
マジで何もいえねー。
笑う。
「引きこもりから社会復帰できた」という元増田を見て、自分も書こうと思った。
俺も現在38歳の男だ。
元増田のように看護師という専門職ではないし、給料もそこまで高くないけれど、俺もなんとか社会の端っこにぶら下がることができた。誰かの希望になればと思って、柄にもなくキーボードを叩いている。
35歳まで、俺は見事なまでの「子供部屋おじさん」だった。
大学で人間関係につまずいて中退して以来、実家の自分の部屋に引きこもった。たまに親に泣きつかれて、短期の倉庫の仕分けバイトなんかに行くことはあっても、数日で行かなくなる。基本は昼夜逆転生活。ネットゲームと、まとめサイトを無限に巡回する日々。ゲームの画面の中では古参プレイヤーとしてふんぞり返っていたけれど、現実の俺は履歴書に書くことが一つもない、透明人間みたいな存在だった。
転機が来たのは35歳の冬だ。
深夜に起きてきてリビングでカップ麺を啜っていたら、夜勤明けで帰ってきたパートの母親と鉢合わせた。普段なら「こんな時間まで起きて…」と小言を言う母親が、その日は何も言わず、ただ疲れた顔でテーブルの向かいに座った。
そして、ため息混じりにぽつりと「お父さん、来年で定年なんだよね。再雇用だと給料半分になるってぼやいてたわ」と言った。
その時、蛍光灯の下で見た母親の頭にびっしりと白いものが混じっていること、そして昔よりずっと背中が小さく丸まっていることに気がついた。
瞬間、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚に陥った。「あ、俺、このままじゃ親を食い潰すんだ」って。親が死んだら自分も生きていけないという恐怖以上に、自分という存在が親の命と人生を削って生き長らえているという事実が、急にリアルな重みを持ってのしかかってきた。
食べていたカップ麺の味が全くしなくなった。残りの麺を流しに捨てて部屋に戻り、布団を被ってボロボロ泣いた。このままじゃダメだ、死ぬ気で変わらないと本当に人間じゃなくなる、と思った。
次の日、俺は数年ぶりに外行きの服を着て、震える足でハローワークに行った。
職員のおじさんに呆れられながらも、必死に探して職業訓練校(ポリテクセンター)の「ビルメンテナンス(設備管理)科」に申し込んだ。「中高年でも未経験から就職しやすい」「資格さえ取ればなんとかなる」とネットの掲示板で見たからだ。
10年以上まともに人と喋っていなかったコミュ障の俺にとって、初日の自己紹介すら拷問だ。最初は周りの若い子やリストラ組のおじさんたちの輪に入れず、昼休みになるたびにトイレの個室に逃げ込んで、持参したパンを無音で食べていた。
でも、「ここから逃げたらマジで首を吊るしかない」という切羽詰まった思いだけが俺を支えていた。実習でドジを踏んで舌打ちされても、必死に愛想笑いでやり過ごした。
人生で初めて、死に物狂いで勉強した。「ビルメン4点セット」と呼ばれる資格のうち、まずは第二種電気工事士と危険物乙4の取得に全振りを決めた。電気工事士の技能試験の練習では、不器用すぎて配線の輪っか作りができず、ペンチで手の皮を挟んで血が滲んだ。悔しくて泣きながら、それでも夜中までケーブルを切り続けた。
数ヶ月後、ネットの合格発表で自分の番号を見つけた時は、歳甲斐もなく声を出してガッツポーズをした。
36歳で、今の会社に就職した。いわゆる独立系のビルメン会社だ。
面接では「今まで逃げてばかりの人生でしたが、もう絶対に逃げません。便所掃除でもなんでもやります」と頭を下げた。面接官の所長が「まあ、体力はありそうだし、真面目にやるならいいよ」と拾ってくれた。
今、社会人になって2年半が経つ。オフィスビルに常駐して、管球交換をしたり、空調のフィルターを清掃したり、トイレの詰まりを直したりしている。
夜勤もあるし、テナントからのクレーム対応で胃が痛くなることもある。給料だって額面で24万くらいで、手取りにすれば20万を切る月もある。ボーナスも寸志に毛が生えた程度だ。
でも、夜勤明けにビルの屋上で吸う空気は、ひきこもっていた部屋の淀んだ空気とは全く違う。早朝の街の匂いと朝日が異常に眩しくて、「ああ、俺、生きてるな」って実感する。
初任給をもらった月、俺は親父と母親を近所のちょっといい焼肉屋に連れて行った。
席に座って「今日は俺が払うから、好きなの頼んでよ」と言った時の親の顔は、一生忘れられない。親父はビールを飲みながら「美味いな、お前の金で食う肉は美味い」と何度も言い、母親はメニューで顔を隠しながら少し泣いていた。俺も肉を焼きながら、煙が目に沁みたふりをして泣いた。
元増田が「働くってすげーな。自信がもりもり湧いてくる」と書いていたけど、本当にその通りだと思う。
俺は今、社会の「歯車」だ。底辺職だとバカにする奴もいるかもしれない。でも、ただのゴミだった俺が、誰かの役に立つ歯車になれたんだ。トイレを直して「助かりました、ありがとう」と頭を下げられる。毎月、自分の口座に「給与」としてお金が振り込まれる。
その一つ一つの事実が、俺のフニャフニャだった背骨を少しずつ太く、真っ直ぐにしてくれている気がする。
俺は社会にいてもいいんだ。
誰かの役に立って、その対価としてご飯を食べていいんだ。
親も、やっと夜に安心して眠れるようになったと思う。
30代後半で職歴なしのひきこもりでも、本気で泥水すする覚悟で動けば、なんとか社会の端っこにしがみつくことはできる。
もし今、昔の俺みたいに暗い部屋でこれを読んで絶望している奴がいたら、とりあえずハローワークに行って職業訓練のパンフレットだけでも貰ってきてほしい。
遅すぎることはない。
俺も、社会復帰できて本当によかったよ。
第二種電気主任技術者とは17万ボルト未満の事業用電気工作物(太陽光発電、ビル、工場、商業施設などに設置された変電する設備)を保守する法律で認められた高い専門性のある職業である。
これを合格するための試験を電験という。なお、試験ではなく電力会社などに勤めて試験免除で電気主任技術者になるルートは電験とは言わない。
経産省によると2030年において第二種電気技術者は1000人以上の人手不足が見込まれており、現在の年齢構成ですでに半数が60代以上であるから氷河期世代でも十分狙い目の資格なのだ。
例えば電気工事士の場合は定年後働くのに限界があるが、電気主任技術者なら基本的に定年後も働けて、機会があれば独立できるメリットも大きい。
電験三種はどうなの?と思うかもしれないが三種は軟化して合格者が増えて競合が多数おり、5万ボルト以下では太陽光発電に選任できないケースがあるので、需要が高く、時間短縮のためいきなり二種の受験をすすめする。
ただし、電験二種は初心者からの勉強時間が合計2000時間以上はかかるので、普通に税理士より難しい資格である。しかし、税理士や他の士業より圧倒的に需要があるのでおすすめではある。
ここで怖い話をする。電験スパイラルという言葉がある。電験は税理士のような科目合格制度があるのだが、税理士と違い、一時試験の4科目の合格の期限はそれぞれ3年、二次試験の期限は一時を突破して2回まで。
ここでつまづいて何度も電験を受けなおす人がいる。10年以上受け続けて合格できない人がざらにいるのである。それが電験スパイラル。
仕事で独立するっていうのは、本人の人格に問題があるかどうかは置いといて実力者であることは確かだ。
美容師、電気工事士、整体師、庭師、整備士なんでもそうだが、少なくともその道で食っていけるというのは相当努力したに違いない。
そしてそういう人は結構身近にいて、日々生活していても巡り合うことは多い。
こうした人と出会ったとき、俺は本人の雑談には全力で付き合うようにしている。
素人の俺には持ち合わせていない、その業界の知識を教えてくれるからだ。
そしてこういうおじさんは大抵自分にスポットライトが当たる人生を経験していない。
”寡黙な職人タイプ”は当てはまらないが、自分の得意分野で楽しそうに話を聞いてくれる人に嫌な気はしない。
もちろん仕事の邪魔になるので、自ら話しかけてくれたときにそっけなくしないことを徹底している。
そのおかげでカッコイ髪型になったし、コスパの良いエアコンを買えたし、効果があるストレッチを知ることができたし、車の調子もバッチリだ。
かつて「年収900万のソフトウェアエンジニアなのだが相談に乗ってほしい」というエントリを書いた者です。
しばらく無職をやっていました。色々落ち着いたのでここに現況を書いておこうと思います。
あまり詳細を書くと特定が怖いので書けませんが当時は会社の方向性と自分の志向性のズレが大きくなっていた状況でした。
客観的にその状態を自分で判断できなかったのと、素直に社内で助けを求めることが出来ない状態でした。
ブコメで静かな退職についても教えていただきましたが会社の規模や自分の性格上無理でした。
同じようにはてブでも指摘をいただいていましたが精神的にも参っていたのでメンタルクリニックに行き、
CES-D検査で中等度抑うつ状態と診断されしばらく服薬を続けていました。
退職当初は自宅でゲームしか出来ず生活リズムもめちゃくちゃで本当に廃人みたいな生活をやっていました。
とにかく現実逃避していたのだろうと思います。あとはとにかく絶対にインターネットに触りたくなかったのもありました。
段々落ち着いてきて少し前向きになってきた頃に、自分の「人生でいつかやりたかったことリスト」を見つけ、
電気工事士のテキストも買ってきたりしましたが結局1ページも読まずに売りました。
テキストを買ったという行動に意味があったと言い聞かせています。
大学を再受験しようと考えて青チャートを1ヶ月解き続けた時もありました。
別の業界への転身も全く行動に移せず、縁も運も環境も度胸も覚悟もないのだろうと今は理解しています。
今まで積み上げてきたキャリアの延長線上や半歩ずらしたところに次に進む道があるのだろうと、
当時みなさんがコメントで教えてくれたことを最近身を持って理解し始めました。
だいぶ精神が落ち着いてきたので一歩ずつ就職活動をし始めました。
自分の精神の心配や生成AI云々より、残りの貯金の心配のほうが勝つようになってきたのもあります。
年収にはこだわらず採用してくださった企業に貢献したいと思っています。
就職できなかったらアルバイトで食いつないで、時間をかけてまた自分の人生を考えようと思っています。
少しずつ業界のことをキャッチアップするためにZennの記事を読んだりしています。
約1年前よりはまだ冷静に生成AI関連の知識を得ることが出来ていると思います。
あとそもそも少しずつ生成AI周りの動きが落ち着いてきてるのかなという印象です。
自分が担っていた役割に自分の能力の限界を感じていたのでそれを素直に社内の誰かに相談するべきでした。
会社の方向性が自分に合わなくなってきたらとりあえず転職すれば良いという思考を持つべきでした。
年収を下げてでも自分が担える責任範囲を減らすために転職するべきでした。
当時深夜に殴り書きした文章があのような形で多くの方に読まれるとは思っておらず本当に当時は驚きました。
アドバイスも暴言も恨みつらみも全部コメントで読んで、当時の自分の社会的な状況を相対的に知ることが出来ました。
20代後半に色々な不運が重なって自分の状況を相談できる人がほとんどいないのであのような投稿をしました。
とにかく反応があって色んな意見が読めたのが本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。