はてなキーワード: 昭和恐慌とは
すでに既報の通り、ブッシュ大統領はグリーンスパン氏の後任としてベン・バーナンキ氏をFRB議長に指名した。バーナンキ議長(来年二月就任予定)はかねてから日本の長期停滞の処方箋を様々な角度から提案してきた。どんな提案だっただろうか、その主要点を彼の講演を訳した『リフレと金融政策』(高橋洋一訳 日本経済新聞社)を利用してみておこう。
この提言は、日本のデフレ(一般物価の継続的下落)をふせぐための政策である。日本の消費者物価指数でみてデフレが始まる1998年を基準年にして、デフレではなく1ないし2%のインフレがその後、かりに毎年継続したときの物価水準経路を考える。例えば2%の物価水準経路と実際の物価水準経路のギャップが、デフレのもとでは当然存在していることになる。この両者のギャップを埋めていくことを目指した政策である。バーナンキと同じように物価水準目標を採用した岩田規久男編著の『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社)を利用すると、4%のインフレ経路(毎年、4%のインフレ率を実現していく)を目指すと、約7年後の2010年近傍で目標達成することになる。つまりこの期間までがリフレ期間と考える。そして目標達成後には、今度はインフレ目標として1~3%を採用する。物価水準目標によるリフレ過程とその後の物価安定を目標としたインフレターゲットのあわせ技にコミットすることを中央銀行(日本銀行)が明確に、市場に伝えることで公衆の期待に働きかける政策である。
つまりここではリフレ期間内の物価水準目標と、その後の長期的なインフレ目標の二段構えになっているわけである。これはインフレ期待を形成する上でも異なる情報(短期と長期のインフレ率についての情報)を市場関係者に与えることになる。エガートソン&ウッドフォードの論文(下記参照)では、もしこの物価水準目標が所定期間内に達成困難になるならば、中央銀行は翌期以降一層の努力を義務づけられる。そしてこの「一層の努力」へのコミットが、国民にデフレからインフレ期待への転換を促す、と彼らとバーナンキは考えるている。そうして(名目金利一定すなわちゼロ金利でも)実質金利を低下させ、総需要を刺激する、と考えるわけである。
http://www.columbia.edu/~mw2230/BPEA.pdf
この「一層の努力」に中央銀行が拘束されることで、日本の長期停滞の原因である実質金利の高止まり(実質金利=名目金利ー期待インフレ率 なので名目金利がゼロであってデフレ期待なので実質金利は高止まりする)を解消する政策をバーナンキは推奨しているわけである。そして、「一層の努力」の中味として、ゼロ金利の継続や長期国債オペの買い切りを国債オペの買い切りを主張した。
政府が日銀のバランスシートの悪化を防止(そもそも日銀のバランスシートの悪化は問題ではないが)、それとクロスする形で、日銀は政府の減税と見合う形での長期国債の「買い切り」オペをすることである。恒常所得仮説に従えば、民間主体の消費や投資は増加することが期待される。リフレ過程では財政赤字問題の解消にも一定の寄与をはかることが可能であろう。この点についてのバーナンキの発言を前掲書から引用しておこう。いまや政策論争の大きな関心が財政「危機」問題に引き寄せられてしまっているだけに重要であり、バーナンキの提言がリフレなき財政危機の解消の困難性とそして無益な点も明らかにしていると思うからである。
「たとえば、日本銀行による国債の買い入れ額の増加と明らかに一体となった家計と企業に対する減税を考えてみてくださいーーしたがって減税は結果的に通貨創造によってファイナンスされます。さらに、日本銀行が、物価水準目標を公表することによって、景気回復にコミットしたと仮定します。そうすると、マネーの増加の大部分あるいはすべてが恒久的だとみなされます。 略 日銀が減税額に等しい額の国債を買い入れるためにーー将来の増税を示唆するような現在あるいは将来の債務償還のための負担は発生しません。要するに金融政策と財政政策が一体となって家計部門の名目財産を増加させ、これが名目支出ひいては物価を増大させるのです。略 この政策は、債務対GDP比率を減少させるという意味で、まず間違いなく安定をもたらすものなのです。名目支出の増加により名目GDPは上昇しますが、日銀による買い入れがあるので市中にある政府債務の名目額は変わりません。日本財政の悩みを減らすためには、名目GDPひいては税収の健全な増加ほど効果的なものはありません」(邦訳137-8頁)。
日本国民が心の底で抱いている最大の不安ー日本の返済不能であるとマスコミや評論家・エコノミスト・政治家・官僚たちにさんざん煽られたり、信じられている「宗教的信条」-を解決するハッピーニュースは、すでにバーナンキ議長によって日本国民に贈られていたのである!
トランプが重関税を発表して世界恐慌を案じる人が出てきた。そりゃ当たり前なんだが、一つ忘れられてる事があると思う。
それはアメリカの自称保守でのフーバー政権再評価というヤバい現象だ。
しかもそれが出てきた時期がまたヤバい。リーマンショック後なんである。経済恐慌回避の政策が気に入らんって事なのだ。
元々は2004~6年頃にニクソンが再評価されたというのに端を発している。
ニクソンは世界経済をグチャグチャにしたニクソンショックを惹き起こしたのでどの国でも嫌われ者で最低の大統領扱いされている。
だが今の世界経済システムはニクソンショックで再編成されたものであるし、デタントを推進してソ連牽制の為に中国と国交回復をした。
更に撤兵と南越の軍事訓練を進めてベトナム戦争から手を引く準備をした。これってイラクを平定しきれずに占領が長引いていた当時にオバマに期待されていた事と同じではないか。
だからニクソンは嫌われ者でもそんなに無能じゃないしちゃんと仕事をやっている。なのに評価が物凄く低いのは、マスコミを敵に回したせいでウオーターゲートで叩かれまくったからじゃね?という論調が出てきたのだ。
これにはネット議論が活発化して、マスコミ=オールドメディア、我らネット民=目覚めた真の民主主義者という今やお馴染みのアレがベースにある。
それでその流れで出てきたのが、世界史では無能大統領と教わる事が多いフーバーの再評価だった。
フーバーはアメリカ発の大恐慌が起きた時に何も手を打たなかった事で有名だ。更に重関税政策による保護貿易を行ったので世界恐慌が一段と酷くなった。
その結果、アメリカはカナダ~合衆国~中米のドルブロック経済圏を形成、他の国は植民地を中心とした各通貨ブロックを形成した。スターリングブロック(英ポンド)、仏フランブロックと。
持たざる国の日独は独マルクブロック、日円ブロックを形成したが小規模でありすぐにまた行き詰った。
その結果、独:ナチス全権委任→ラインラント進駐→開戦、日:日朝満ブロックで洋行系財閥系救済→恩恵を受けない中小企業が倒産して昭和恐慌→関東軍によるなし崩し的に膨張政策化→日中戦争→仏降伏により仏印進駐→ハルノート→日米戦争と進んでしまった。
しかもブロック経済はもの凄く不経済で非効率で不景気を産むのである(クルーグマンのノーベル賞受賞理由はこれの理論化)。
そういう訳で、WW2後はブロック経済化防止しよう、貿易自由化は世界規模の安全保障だ、という訳でGATTをスタートさせてやって来た。
フーバーは大統領退陣後も色々と外交をやっていてそっちでは功績残してるけど、大統領職としてはその後のルーズベルトと比べられて無能と言われる事が非常に多い。
フーバーの後のルーズベルト大統領はニューディール政策を行って恐慌を沈静化したというのが一般的評価だ。
でも、いやニューディール政策は全然効果なんて無かったんだよ、経済が持ち直したのは単純にアメリカが戦争を始めて戦時経済に移行したからに過ぎない、という意見もある。
有名なのが経済学者のフリードマンだが、この人は反ケインズの旗手なので。そしてフーバーもこの立場だ。世間の自分への評価に反発してるだけって気がすんだが。
また、フーバーは日本が真珠湾を攻撃したのはルーズベルトが日本を追い込み日米開戦を誘導した、という説を唱えている。「ハルノート原因論」だ。これは日本の右翼論壇でよく聞く話だろう。
そして露宇戦争に対してのロシアのナラティブにもそっくりじゃないだろうか?FOXのタッカーカールソンなんかも「米国陰謀論」的なことを言っている。最近じゃ終風爺が「ネオコンがロシアを追い込んだ」という説を書いて顰蹙食らってたが、これらの基礎の部分には、アメリカ自称保守論壇でのフーバー再評価があるってことなのだ。
アメリカの思想的特徴はプラグマティズムで経験主義的で小ぶりだったのだが、特に21世紀になってから観念論/独断主義的思想集団が共和党に影響を与えるというのが多くなっている。
例えばネオコンサバティズム。その始祖はネオコン・ゴッドファーザーと呼ばれるアーヴィング・クリストルなんだが、この人は元がトロツキスト。かの有名な『歴史の終わり』(フランシス・フクヤマ)が掲載された『国益』誌もクリストルが創刊したもの。
トロツキーの思想の特徴は「世界同時革命」で、世界中に戦争を輸出してその背後から各国の細胞(共産党員)が内戦を仕掛て共産革命を起こすという物騒なものだ。谷沢永一によるとトロツキーの日本語訳書は『ノルウェーの森』のような赤緑の装丁らしいです(谷沢は元共産党員)。
イラク戦争の強引な開戦などが世界同時革命の影響を芬々と感じさせるのでスキャンダル的に指摘される。
例えばネオリベラリズム。単に経済政策の方向性というだけでなく「本来の社会の在り方」的な観念論/進歩主義として人を惹きつけている。つまりは実存にとっての嘗てのマルクス主義の代用品だ。
「歴史はこう進むはずなのに今の我が国はそうなっていない。だから変革すべきだ」という歴史と実存が結びついた考え。「〇〇という団体(農協など)は既得権益だ、それを崩すと理想的な経済状態が出来する筈だ」。こういうの日本でも沢山見た。
高学歴化により若者には長いモラトリアムが与えられ、「社会に馴致される」事で形成される人格よりも「正当性に欠ける不合理慣行が蔓延っている。若者はその不合理により迫害されている」というルサンチマンに駆動される人格の比重が大きくなる。そんな人格にネオリベは進歩主義と合体した全能感や実存を与える。
だからリーマンショック後に政策がフォーベアランス政策(不良債権増を気にせずに積極融資せよとの行政指導)に転換すると、世界観が破壊されたような実存危機を覚える人間が出てくるのである。
先ほどの終風爺も2013年になって「リーマンショックは越冬闘争を派遣村と言い募った左翼によるフレームアップ」的な事を言っている。2008年には実存不安と不満に我慢していたという事だ。
また風呂無駄さんも2008年当時には大変にやさぐれていて、それまではネオリベで未来は明るい的なポジティブな事を言っていたのにFUDマーケ的な事を言っていた。これらは実存の棄損によるものだ。
トランプに変な保守系シンクタンクが影響与えているのもこの流れ。
共和党はいつしかこういう実存と結びついた観念論を吸引し、それが世界の知識的大衆を吸引するようになっていた。そこにリーマンショックが起こり、G7、G20では財政出動、フォーベアランス政策、保護貿易主義の排除が合意された。これはアメリカなどでは政策の急転回でありそれが一部の知識層には実存的ストレスとなったのだ。
そもそも共和党が観念的に進めた事で発生した問題の尻拭いを民主党がするという流れがずっと続いてきていて、これのどこが保守なんだろうか。
上に書いてきたフーバーの政策(保護貿易と北米ブロック=カナダ、メキシコ併合)とトランプの政策が一致するのがお分かりだろうか?
何やら変なシンクタンクの提言通りに進んめているというのもあるが、その基礎にはフーバー再評価があるって事なのだ。そして彼らは一般社会的にフーバーが否定されている理由、ブロック経済圏による不況→持たざる国の膨張政策→戦争、重関税による恐慌の激化、という評価を共有していない。
「フーバーを評価する」(悪評を無視する)という事は次の事とイコール
・その場合、他国がリーマンショック後のような合意をしてもアメリカは従わずに恐慌を悪化させる
今回のコロナショックによりGDPギャップが40兆円ほどあるという日本経済
政府は第三次補正予算でGDPギャップを埋める分の支出を行うことが合格ラインの基準だったはずだが、
どうやら今日の菅の会見から、第三次補正予算は相当にしょっぱいものになりそうだ
ここまでの菅政権の動きから推測できることは、とにかくお金を支出したくない政権ということらしい
プライマリーバランスに拘っているのか、厳しい経済環境が民間企業の効率化を促すという考えの精算主義なのか、
どういった思想に基づき緊縮やってるのか判然とはしないが、少なくとも金は出さないという結論は概ね間違いないだろう
1615-05-07 大阪城が落城し、大坂夏の陣終わる。豊臣氏滅亡
1853-05-23 アメリカ艦隊、浦賀沖に来航(黒船来航)
1861-04-12 アメリカ南北戦争(1865年5月9日まで)
1868-01-03 王政復古
1868-07-17 東京奠都(「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」煥発)
1871-08-29 廃藩置県
1875-06-28 讒謗律(太政官布告)及び新聞紙条例(太政官布告)公布
1877-05-26 木戸孝允死去
1888-03-09 ヴィルヘルム1世・プロイセン王兼ドイツ皇帝崩御
フリードリヒ皇太子(フリードリヒ3世)がプロイセン王兼ドイツ皇帝に即位。
1888-06-15 フリードリヒ3世崩御。ヴィルヘルム皇太子(ヴィルヘルム2世)がプロイセン王兼ドイツ皇帝に即位。
1894-07-25 日清戦争(1895年4月17日まで。宣戦布告は1894年8月1日。台湾平定終了は1895年11月30日)
1898-07-30 ビスマルク死去
1902-01-30 日英同盟成立(1923年8月17日失効)
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1905-09-05 日露両国講和条約(ポーツマス条約)締結(日露戦争終了、条約発効は同年11月25日)
1912-07-30 明治天皇崩御。皇太子嘉仁親王が践祚。元号が明治から大正に改められる。
1914-07-28 第一次世界大戦(1918年11月11日まで)
1922-02-01 山縣有朋死去
1922-02-06 ワシントン海軍軍縮条約調印
1923-08-17 ワシントン海軍軍縮条約発効
1926-12-25 大正天皇崩御。皇太子裕仁親王(摂政)が践祚。元号が大正から昭和に改められる。
1927-03 昭和金融恐慌
1930 昭和恐慌
1930-10-02 日本、ロンドン海軍軍縮条約を批准
1932-05-15 五・一五事件
1936-01-15 日本、ロンドン海軍軍縮条約を脱退
1936-02-26 二・二六事件
1936-12-31 ワシントン海軍軍縮条約失効
1937-07-07 日中戦争(1945年9月9日まで。盧溝橋事件に始まる。当初は宣戦布告をせず、「支那事変」と呼称)
1939-07-26 アメリカ政府が日米通商航海条約の廃棄を通告
1939-09-01 第二次世界大戦(ドイツがポーランドに侵攻して始まる。1945年9月2日まで)
1940-09 アメリカ、対日屑鉄全面禁輸
1940-09-27 日独伊三国同盟調印
1940-11 日本とアメリカの各種交渉(1941年12月まで)
1940-11-30 日本国中華民国間基本関係ニ関スル条約(日華基本条約)調印
1941-01-08 戦陣訓(陸訓一号)示達
1941-04-13 日ソ中立条約調印
1941-06-22 独ソ戦(ドイツがバルバロッサ作戦を発動したことにより始まる。1945年5月8日まで)
1941-08-28 近衛首相、ルーズベルト・アメリカ大統領に首脳会談を提案(結局、沙汰止みとなる)
1941-12-08 太平洋戦争(日本の英米に対する宣戦布告及び真珠湾攻撃に始まる。1945年9月2日まで)
1941年12月(開戦)~1942年7月頃(フィリピン全土占領)まで日本軍の占領区域は拡大を続ける。
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1942-04-18 米空母から発進したB-25爆撃機によるドーリットル空襲(東京初空襲)
1942-06-05 ミッドウェー海戦
1942-08-07 米軍、ソロモン諸島のガダルカナル島、ツラギ島、ガブツ島、タナンボゴ島に上陸
1943-04-18 山本五十六連合艦隊司令長官、ブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。
1943-05-12 米軍、アッツ島上陸(5月29日まで。日本軍は全滅し、「玉砕」の語の使用始まる)。
1943-11-05 東京で大東亜会議を開催(6日まで)、大東亜共同宣言を発表。
1943-11-22 エジプト・カイロで英米中首脳会談(カイロ会談。26日まで)
1943-11-28 イラン・テヘランで英米ソ首脳会談(テヘラン会談。同年12月1日まで)
1944-06-19 マリアナ沖海戦。日本軍は旗艦大鳳以下空母3隻と搭載機400機を失い、西太平洋の制海権と制空権を喪失。
1944-07 ブレトン・ウッズ協定
1944-07-04 本軍、インパール作戦を中止。
1944-08-02 テニアン島の日本軍玉砕(テニアンの戦い)
1944-09-11 米軍、ペリリュー島上陸(ペリリューの戦い)
1944-10-20 米軍、フィリピン・レイテ島に上陸(レイテ島の戦い)
1944-11-24 米軍の新型爆撃機B-29、マリアナ諸島より東京を初空襲。
1945-02-04 クリミア半島ヤルタで英米ソ首脳会談(ヤルタ会談。11日まで)
1945-04-12 ルーズベルト・アメリカ大統領死去。トルーマン副大統領がアメリカ大統領に就任
1945-05-02 ベルリン陥落
1945-08-06 アメリカ、広島県広島市に原子爆弾を投下
1945-08-09 アメリカ、長崎県長崎市に原子爆弾を投下
1945-08-15 玉音放送
1945-09-02 日本政府、ミズーリ号にて降伏文書調印(太平洋戦争(大東亜戦争)終結)
1945-09-09 日本政府、中華民国南京にて降伏文書調印(日中戦争終結)
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1950-06-25 朝鮮戦争
1951-09-08 日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)並びに日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約
(日米安保条約)調印
1952-04-28 日本国との平和条約並びに日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約発効
1952-10-15 警察予備隊が保安隊に改組される。浜松に航空学校が設置される(後の航空自衛隊に繋がる)
1953-03-05 スターリン死去
1954-02-01 保安庁に航空準備室が設置される(後の航空自衛隊に繋がる)
1954-05-29 ビルダーバーグ会議初開催
(於オランダ、ヘルダーラント州レンクム、オーステルベーク(Oosterbeek)、ビルダーバーグホテル)
陸上自衛隊(保安隊から改組)、海上自衛隊(海上警備隊から改組)、航空自衛隊(新設)設置
1956-07 昭和31年度年次経済報告(経済白書)発表(「もはや戦後ではない」)
1958-08 大躍進政策
1960-12-27 池田勇人内閣、「国民所得倍増計画」を閣議決定する。
1964-08-02 トンキン湾事件(8月2日及び4日。アメリカによるベトナム戦争への本格的な介入が始まる)
1964-10-10 1964年東京オリンピック(同年10月24日まで)
1966-05-16 無産階級文化大革命(文化大革命)(1976年10月6日まで)
1971-06-17 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)締結
1971-08-15 ドル・ショック
1972-05-15 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)発効(沖縄復帰)
1972-09-29 日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明
勃発後に産油国による原油公示価格値上げや産油制限が発表され、オイルショックとなる。
1975-11-15 G7サミット初開催(於フランス・ランブイエ)
1978-01-07 イラン革命(1979年2月11日まで)
1978-08-12 日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約調印
1978-10-23 日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約発効
1978-12-22 改革開放(中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議にて提唱)
1985-09-22 プラザ合意
1987-12-08 中距離核戦力全廃条約(INF条約)発効(2019年8月2日失効)
1989-01-07 昭和天皇崩御。元号が昭和から平成に改められる。
1989-04-01 消費税導入(当初は3%)
1989-06-04 六四天安門事件
1989-12-29 日経平均株価、取引時間中に38,957円44銭の最高値を付ける(史上最高値)。終値は38,915円87銭。
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1993-07 衆院選で自民党が敗北し、非自民連立政権が誕生する(55年体制の終焉)
1993-11-11 欧州連合条約(マーストリヒト条約)発効(調印は1992年2月7日)
1995-11-23 Windows95が日本国内で発売される。
1997-07 アジア通貨危機
1997-11-03 三洋証券、経営破綻(会社更生法の適用を申請する)
2003-03-20 イラク戦争(2011年12月15日まで)
2006-12-30 サッダーム・フセイン死刑執行