はてなキーワード: 大谷とは
すごーーーーくもったいないって思うよね
麻雀放浪記のすごいところは麻雀知らなくても面白いのはもちろん、知ってるとキャラクターの台詞の意味がわかってキャラの心情と自分の心情がリンクしてさらにさらにさらーーに面白くなっちゃうところなんだよね
その部分を消化せず永久にスルーしたまま死ぬのはもったいないお化けが出ちゃう👻
そして物語に終焉はあるけど麻雀にはない、坊や哲が自分の打った牌を見つめて「こんなところに🐱がいた」って言ってたように、牌の中で何度でも何度でも幻覚(ヒロポン中毒)に会えちゃうんだよね、これって明らかに何も知らない状態よりお🉐…ですよね?
よく麻雀放浪記で語り草になってる「大四喜字一色十枚爆弾」や「2の2の天和」あるでしょ?
あれも麻雀知らない人は「なんかすごい手」だと思ってるけど逆なんです
少なくとも一勝に生活をかけてるプロが積極的に採用する手ではないんです
それをわざわざあの場面で坊や哲はやっちゃうんです
だからドサ健はその手を見て坊や哲に対して「ちょwおもしれーやつw」ってなってるわけですね
麻雀を知って読むとこんな感じにキャラクターの心理への解像度が格段に上がっちゃうんです
で、我々読者もドサ健や坊や哲の感情とリンクするんですよ、えええ!?初手天和(2の2)!!!???って
しかもあの「初手2の2」「ゲンロク積み」「つばめ返し」の驚愕のイカサマは、なんと実際に後にタイトルホルダーになる当時新鋭の(まさにドサ健と坊や哲のような)雀士二人によって実際に打たれたもの!それもドサ健や坊や哲のように非公式戦ではなく公式戦の決勝戦で(!)
「ただでさえ面白い」のに背景を知れば知るほど「さらに」楽しめちゃう小説なんだよな〜!すげーぜ麻雀放浪記!!
逆だよ
男性は性欲稼働で動いてる
昔より相対的に男に股を開かなくなり過ぎた
その結果男が女に対して抱える魅力への価値を感じなくなった
男が何を求めているのかを知りながら男にそれを与えなかったからだよ
= = = =
男が魅力的に感じるのは性的にも社会的にも受け入れてくれる女性だよ
男性なら分かると思うけど、「私はあなたを受け入れます」と言われても「でもセックスはちょっと…」って言われたらその女の人の前から去ると思う
性行為がしたくない人を結婚相談所で希望したら男性のレベルがガクッと下がったって話題が以前あったけど
性欲って男性にとって生きることと不可分なんだよ
何故自分を否定する人を受け入れて相談乗ったりアレコレしなきゃいけない?
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SEX 必ずできる できない日がほとんど
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料金 1回数万円 年収の半分以上
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しがらみ 店から出れば無い 一生つきまとう
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このコピペだいぶ前からあったし、男性が世界的にそれに気づいてきただけかと
逆に聞くけど「男が最も望んでるセックスを拒んで何故モテると思った?」
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「話しかけられる」→「何度か触れ合う」→「まぁ信頼はできるかな…?」→「この人とだったら…?(私もそろそろ時期もやばいし…)」→「まぁここらで落ち着くか(結婚)」→「したいならしていいけど…(乱暴したら訴えよ)」→セックス
だと思うんだけど
男性は今の時代話し掛けるだけで紐無しバンジーしてるのと同じだから
より一層
でない人はコスパが悪いんだよ
前の上がってた記事で
って記事が出てたけど、遅すぎ
= = = =
いい男を捕まえようと思ったらセックスに積極的になるのはそうだけど
具体的には、男を少しでも繋ぎ止めておきたいなら、
ことだと思う
気分が乗らなくても自分が怒っていたとしてもそれはやっておく(相手男性の健康の為にも)
あと出来れば
(男は相手が感じることで気持ちが高まっていくから、自分も感じやすい箇所とかを自分で習得して男に教えられるくらいまで自分の体を分かっておくこと
化粧や洋服や整形よりモテるための努力になる(前者は女同士でのマウントの取り合いに過ぎない))
= = = =
究極なこと言うと、
大谷翔平の結婚相手になるなら大谷翔平の童貞を奪えば第一候補にはなる
今はビキニゾーンはデリケートゾーンとか言って「人に見せてはいけない」と習う(し、それは大抵の場合絶対正しい!のは当たり前の話として)
男が求めてるものは何万年も前からビキニゾーンの内側にあることは変わってないの
妊娠を前提にしてなければ優秀な遺伝子には幼少期から積極的に見せてないと相手からは選ばれない、という話になる
そう、妊娠を前提にしていなければ
= = = =
逆に、現状で求められていない女性は、
・性玩具の発展による擬似膣の性能向上
等と戦う必要がある
(ここで創作やソシャゲ等を規制したら少子化対策になって男が女と結婚するはずだ、なんてのは根本的に絶対的に間違いだ
求められてる物を与えないで代替手段で耐えていたのにそれを寸断させたら逆上して○し回るか後々の社会でその世代から何となく歪んだ(例えば第二次大戦後の世代)世代意識になりかねない)
= = =
男は勇気を出して踏み出して拒否されると、相手の属性(ここで言う女性)全員にうっすら拒否感が積み重なっていく
インターネットが出来て増幅された拒否感が積み重なった結果、結婚相談所にも行かないで1人で生活を選ぶ人が(望むと望まざるとに関わらず)増加した
女性全員の1回1回の拒否が男性全体に積み重なった結果、「それでも私を選んで欲しい」「女の子は良い人を待ってるんだ」という王子様待望願望なんて本当に甘えてる人の戯れ言になってしまった
「清潔感が足りない」もそうだけど、先ず
「私は〜な人とはセックスしたくありません」
という言葉発してる奴はもう既に男性からアウトオブ眼中にされている事に気付け
男性はもうそういう競争自体についていける程の余裕を持っていないことに気付け
声掛けてくるやつは避けろ(紐無しバンジー繰り返してる異常者に人生壊されたくなければ)
少しでもマトモだと思った奴に「私はセックスしてからあなたの事を好きになるか考える」と言ってこの投稿見せてセックスしろ
セックスしたら色々分かるからそこから相手が良いかどうか判断しろ
秘密にしろと言って秘密に出来ない男はアウトだし、勿論避妊しない男もアウト
相手(男性)が求めていることを先ずした上で、その上でその人が優しいかどうかを考えろ
(好きかなと思ってセックスするんじゃなくて、セックスしてから好きか考えろ
逆に言えば相手もそこで見極めてるんだから相手に愛(ここで言う愛は慈愛の愛)のないセックスと判断されたらどんなに優良物件でも見限られる
競争で優位な物(ソシャゲ、Hなコンテンツ、インターネットのポルノ)がある中で、どうして選ばれると思う?
私は私がいるだけで価値がある?
それは男性が手に入れたくても絶対に手に入れられなかった物だよ
(生きる上で相手が絶対的に必要だと分かっている)セックスすら先ず第一歩で協力しないならどうしてあなたの事を好きになろうと思うと思う?
(自分には他のところで価値があると思ってる?セックスはしなくても他の所が評価されると思ってる?)
これからの男性は初デートでセックスしない女性は見限ると思ってる
自分の一番求めてる物すら始めに協力しないような人をどうして将来の伴侶にしたいと思う?
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・HPVワクチンの男女問わず適切な年齢での接種と副作用に関する補助の徹底(障害年金1級レベル理想か?)
・初潮が始まったらピルや器具等で妊娠を防いでおく為の処置を(整理のナプキン代とかと一緒に)継続的に配布
・男女問わずピルの継続的接種の任意期間を経てマナー化からの原則義務化
・ラブホ設置を縛る法律に類似する決まり(行政が出す令など)は違法にする(ラブホを設置できる地域を縛る等の決まりが今は全国にある)
・スマホのカメラ禁止、許可製に(普通のカメラはOK)(盗撮の抑制)
・猥褻物陳列罪関連の即時撤廃、公序良俗の定義変更、性に関する法律を縛る法律の原則無効化による性行為に関する忌避感の除去の徹底、国家による性に関する縛りの無効化の国際条約の制定
・性風俗の即時合法化、性風俗店の規制の撤廃とセックスワークの合法化、個人事業主としての枠作成を行う税制改正、業務時の性行為時の暴力行為の規定と警察の介入権制定や警護人を雇う時の税制の減免、介護等と同様な人に寄り添う仕事としての社会的地位の向上
ここまでやった上で、女性がセックスしやすくなる社会を作ることが重要
セックスの正しい求め方、なんて評論も出てくるかもしれない(行為を行う当事者のみの空間で明るいところで女性から全裸になって相手にゆっくり抱きつく、等)
とにかく女性がセックスを求めることはおかしくない、という社会的な合意が必要
それが形成されることで社会的にセックスは普遍的なものになり、
になってくる
そして
男性はうっすら
という不信感が常にある
それに女性の「自分で自分の身体を行使する権利」も尊重されるべきだ、という声もあるだろう
と制定がなされると思う
(女性は男性より社会的だから女性から「なんであの女はあいつとセックスしないんだ」って声が出てくる、例外なく社会の外れ物をぶっ叩くから)
= = = =
妊娠許可が与えられない者はその権利を失い、それ故に男性と同じく唯の労働者として扱われるだろう
今の女性の扱われ方より粗雑な扱いになるかもしれない
今の男性がラディカルフェミニストを嫌っているのは、「(俺達の事を何も知らないお前達が、俺達のことを一切受け入れないお前達が)何故お前達の話だけを聞かなきゃいけない?」という感情だと考えている
だからこそ、同胞としての男性の幾人かを拒否した者について男性は冷たい
(この流れはセックスを怖ごわする流れになり、それは男女双方にとって望ましくない為食い止める必要があるが
しかし「セックスをするのが社会的に当たり前」の社会になっていけば、現状の資本主義の中で「働かない権利」を喚いたところで白い目で見られるのと同等の扱われるようになるかもしれない
ラディカルフェミニストの言う「男により作られた男社会の破壊」という言葉に対して白い目を向けているのと同様に)
= = = =
女性は「産む権利」を持っていて、それ故に「男性を選ぶ」権利も持ち合わせる
「競争」は最終的に「寡占や差別」を生み、「殺し合い」の必要が生じる
「殺し合い」を行った後に残った男性は「魅力的だ」と評され、「より多くを殺した」男性が、「産む権利」を持つ女性に好かれ、生き残ったものの「遺伝子」が受け継がれていく
= = = =
何か間違っているだろうか?
こと日本で言えば、地方の若者を特攻でバンバカ使い捨てのボロ雑巾のように扱い、旧日本軍のお偉方がのうのうと天寿を全うしただろう
だからこそ「強いものへへりくだっていた方が下々を扱いやすい」為に、こんなに長く自民党が政権を取ってきたんじゃないの
そのマインドが全部の影響に出てる(外国人(特にアジア圏)差別、安倍晋三銃撃事件等)んじゃないの
本当に「殺し合い」を人間の力で止めたければ、上記のサイクルを何処かで変えていく必要がある
セックスの後に人同士が相手を好きになり、子供を産むためには、男性が女性に何らかを与えないと好きになり辛い
しかしそれ故に考え出された家父長制は女性の力で撤廃された(これは良かったことだと思う)
しかし必然的に次の社会モデルがない故に社会は人口が減って滅びるか際限ない殺し合いを続けるしかない
技術の力で解決するなら、産む権利をコントロールする方法になってしまう
理性的に全てを解決したいのであれば、しかしこの方法が現状の最適解になるだろうと思う
一時的に婚姻率は下がるだろう(いつでもセックス出来るなら何故結婚で首輪を付けられなきゃならん?)けど、そこから女性側の倫理観が向上して男性と同等になった時に初めて男女の立ち位置が平等になると考える
「あなたは野球のキャッチャーです。バッテリーを組むなら、大谷翔平か?それともダイアン津田か?」を議論して。
A:……いい加減にしてください。今回はもう議論の余地すらありませんよ。「大谷翔平か、ダイアン津田か」。キャッチャーとしてミットを構えるなら、答えは一つです。160キロの剛速球と魔球スイーパーを、自らのリードで世界に知らしめる。これ以上の至福がどこにありますか?
B: 確かに、大谷選手の球を受けるのは、キャッチャーとして人生最高の栄誉でしょう。でも、考えてみてください。彼の球を受けるということは、一球たりとも「サボれない」ということです。あの凄まじい球威、あの変化……捕るだけで精一杯ですよ。キャッチャーとしての「リード」や「演出」が入り込む余地なんて、大谷さんにはないんです。彼が一人で完結しているから。
A: それこそが理想じゃないですか! 圧倒的な実力がある投手を、さらに高い次元へ導くために神経を研ぎ澄ます。大谷氏が投げる一球ごとに、指先の感覚や呼吸をシンクロさせる。それはもはや共同作業としての「芸術」ですよ。対して、津田さんの隣でキャッチャーマスクを被っている自分を想像してください。ミットに収まるのは、100キロそこそこの「すぐ言う~」という叫び声が混じった、ヘロヘロのカーブですよ? 絶望しませんか。
B: 絶望? とんでもない、そこからがキャッチャーの腕の見せ所じゃないですか! 160キロを捕るのは技術ですが、津田さんのような「いつ心が折れるかわからない投手」をリードするのは、心理学であり、哲学なんです。彼がデッドボールを当てて顔を真っ赤にして謝っている時に、マウンドに駆け寄って「大丈夫や、次いこう」と声をかける。あの情けない男を、自分のリードだけで完結させ、完封勝利に導いた時……それは大谷さんをリードするより、はるかに大きな「達成感」があるとは思いませんか?
A: それは単なる「自己満足」ですよ。キャッチャーの仕事は、チームを勝利に導くことです。大谷氏をリードすれば、チームは確実に勝てる。一方、津田さんがマウンドに立ったら、1回の表で試合が崩壊しますよ。バッターボックスにはメジャー級の強打者が並んでいるんですよ? 津田さんのあの「いじられキャラ」で、大谷さんの「100マイル」の代わりが務まると本気で思っているんですか。
B: 技術では勝てません。でも、野球には「惑わし」という要素がある。バッターは大谷さんなら「凄い球が来る」と構える。でも津田さんがマウンドに立って、いきなり「ゴイゴイスー!」と叫びながら投げてきたら? バッターは困惑し、リズムを崩す。その「一瞬の隙」を突いて、バックドアのシュートを決めさせる。これこそが、キャッチャーの真骨頂である「謀略」ですよ。
A: 謀略以前に、審判に怒られますよ。プロの舞台は、そんな小細工が通用するほど甘くない。猪木さんの時も言いましたが、大谷氏がマウンドに立つと、スタジアム全体の空気が変わるんです。あの圧倒的な「正しさ」と「強さ」。キャッチャーは、その巨大なエネルギーを受け止める「器」でなければならない。その責任感こそが、自分を成長させてくれる。津田さんの器になったところで、中身は空っぽか、あるいは「愚痴」しか入っていません。
B: その「愚痴」を聞いてやるのが女房役でしょう! 大谷さんは完璧すぎて、キャッチャーを必要としていないように見える。でも津田さんは、あなたがいなければ1分もマウンドに立っていられない。彼がピンチで「もう投げたくない、帰ってスー差し上げたい」と泣き言を言っている時に、厳しく、時に優しくリードする。この「誰かに必要とされている感」は、完璧な超人の隣では絶対に味わえないものです。
A: ……なるほど。あなたはキャッチャーを「コーチ」か「カウンセラー」だと思っているわけですね。でも私は、最高のピッチャーと最高の知恵比べをしたい。大谷氏の脳内にある配球プランと、私のプランが火花を散らす。その高度な知的遊戯こそが、バッテリーを組む醍醐味です。
B: 知的遊戯、ね。でも、津田さんとの配球は「ギャンブル」ですよ。次、何が来るか自分でも分かっていないピッチャーと一緒に、泥沼の中を這いずり回る。そのスリルは、計算し尽くされた大谷さんの野球とは別の意味で、心臓に悪いけれど、たまらなく刺激的なはずです。
A: ……ふむ。では、こうしましょう。第2ラウンドでは、もし「絶体絶命の満塁」という場面で、二人のどちらをマウンドに送り出し、自分はどうリードするか。その「究極の選択」のディテールを詰めましょうか。
B: 望むところです。大谷さんの「三振を奪うロジック」か、津田さんの「運命を味方につけるパッション」か。面白いことになりそうですね。
(続き)
A: さあ、舞台は9回裏、2アウト満塁、1点リード。バッターは最強の強打者。この場面、大谷翔平なら迷いようがありません。私は渾身の力で内角低めにミットを構える。そこに165キロのストレートが、空気を切り裂いて突き刺さる。審判の「ストライク!」の声と共に、スタジアムは熱狂の渦です。これこそが、キャッチャーという職を全うした瞬間の景色ですよ。
B: 確かに、それは教科書通りのカタルシスです。でも、もしそこで津田さんがマウンドにいたら? 彼はもう、生まれたての小鹿のように膝をガクガクさせているでしょう。ミットを構えても、そこに来る保証なんてどこにもない。でも、だからこそ生まれる「奇跡」がある。彼がパニックのあまり、投げた瞬間に「ごっいごいすー!」と絶叫し、ボールがバッターの頭の上を大きく外れる超スローボールになったら?
B: いえ、あまりの異常事態に、バッターが呆然として見送ってしまうかもしれない。あるいは、津田さんの放つ「負のオーラ」に呑まれて、最強打者が内野フライを打ち上げる。その時、マウンドで腰を抜かしている津田さんのもとへ駆け寄り、泥だらけになって抱き合う。この「予定調和の破壊」こそ、スポーツが時として見せる、理屈を超えた感動だとは思いませんか?
A: 思えませんね(笑)。それは野球ではなく、コメディです。キャッチャーの仕事は、ピッチャーのポテンシャルを「最大化」すること。大谷氏の隣にいれば、自分の技術も、戦術も、精神も、すべてが人類の限界まで引き上げられる。一方で津田さんと組むのは、自分の能力を「彼のレベルまで落とす」作業に近い。そんな退歩、私には耐えられません。
B: 退歩ではありません。それは「拡張」ですよ。大谷さんの野球は、既に完成された「正解」をなぞる行為に近い。でも津田さんとの野球は、正解のない暗闇に、二人で一歩を踏み出す冒険なんです。キャッチャーとして、ピッチャーの弱さを包み込み、その弱さすらも武器に変えて勝つ。これほど高度で、人間的なクリエイティビティが他にありますか?
A: ……ふむ。あなたが言いたいのは、大谷氏は「剣」であり、キャッチャーはその「鞘」である。一方、津田さんは「生き物」であり、キャッチャーはその「飼い主」であれ、ということですね。確かに、制御不能なものを制御する快感というのは、キャッチャーという人種の根底にある欲望かもしれません。
B: そうです。大谷さんの160キロを捕る快感は、筋肉と神経の喜び。津田さんの「なんでやねん!」を勝利に繋げる快感は、魂の喜びなんです。あなたはどちらの喜びと共に、引退試合を迎えたいですか?
A: ……参りましたね。正直に言えば、大谷氏の球を一球受けて、指を骨折するくらいの経験はしてみたい。しかし、もし一シーズン、共に苦楽を共にするなら、津田さんのような「手のかかる相棒」を勝たせる喜びも、捨てがたいかもしれない……と、一瞬だけ思わされました。
B: ほら、あなたのキャッチャーミットが、津田さんの「ヘロヘロの直球」を求めて震えているじゃないですか(笑)。
A: 震えているのは、寒気か、あるいは覚悟の証か……。いずれにせよ、どちらとバッテリーを組んでも、終わった後のビールは最高に美味いか、最高に苦いかのどちらかでしょうね。
面識のない有名人、公人に対しては、むしろ敬称を付けない呼び方の方が距離感として自然な気がする。第二次安倍政権の頃は「安倍が」「安倍晋三が」「志位和夫が」と書くのが普通だったし、それで失礼だという空気もなかった。スポーツ選手だって「大谷が」「三笘が」はごく自然だ。にもかかわらず、ファンでも支持者でもない政治家を「高市さん」と呼ぶのは、批判しているつもりでも無意識に持ち上げてしまっている違和感がある。
いますぐ別れてください
歴代の大リーグに行った投手を見ていると、日本で数年プロで活躍してから行っている。体を作り上げ、精度を上げ、お金を稼いだ上で行っているので、大リーグへ行くときにはトレーナーや練習相手など連れてチームで動けている。
大谷選手や佐々木投手でさえも数年を要しており、大学を経ていると言ってもいきなり行くリスクは相当に高いと思う。更に1年目はそれほど活躍できず数年かけてアジャストしていっているように見える。ダルビッシュ投手がそのように思えた。左足の付き方など安定するまでに苦労したようだった。そこを覚悟して行くと思うので活躍を願いたいが野球選手として確実に大成するには段階も大事なのかなと今のところは思ってしまう。