はてなキーワード: 原付とは
普段は温厚で大抵のことは「まあいいか」で許せるけど、そのラインを越えた時に「あ、もうダメだ」みたいな感じで相手を◯害しようと思ってしまう。
「俺は怒っているし、不快に感じているよ」というサインを外部に向けて発信できない。怒れない。
●会社で上司と言い合いになったとき、向こうが常に罵声で怒鳴りつけてくるのを一生懸命色々と説明して話し合おうとしたけど、全く聞いてくれないので側の工具を手に取りそうになった 先輩が口論に参加してくれたので我に返った
●子供と嫁と公園を散歩してたら原付に乗って公園の外周を暴走している不良?みたいな青年たちに轢かれかけたとき、家にすぐ帰って車でその不良たちがいるところに猛スピードで突っ込んでいった。追突してぶっ○してやろう、そうなってもしかたない奴らだと思ったけど、嫁と子供のことを考えて我に返り、ハンドルを切って本当に1だか2メートル横を通り過ぎた
俺も怒る練習がしたいのだが、どうしたらいいのかわからない。俺は温厚なんじゃなくて怒れないだけで、感情がグラデーションになってない欠陥を抱えていると思った。
怒れる人はどうやって怒ってるんだろう。
東屋の屋根を激しく叩く雨音が、俺たちの世界を外界から完全に隔離した。遠くで新聞配達の原付がプルプルと音を立てて通り過ぎる以外、何の物音もない。潮風と雨の匂い、アルコールの匂いが混じり合い、頭をぼんやりと熱くさせる。俺はテーブルの上に全裸で大の字に寝そべっていた。
裸体を晒し、チンポを天井に向かってビンビンに勃起させたまま。左右にはまだ服を着たままの健と康太がいる。健は中学時代からの腐れ縁だ。高校が別々になっても、時々会って夜通し遊ぶ仲で、俺が全裸になるのはもう「当然の事」になっていた。以前も何度も繰り返してきた、二人だけの秘密の儀式みたいなものだった。一方、康太は健の高校の同級生。
健が「うちの高校の奴がお前に会いたいって言ってる」とメールで連絡してきた物好きな奴だ。
健の話によると、康太はクラスでちょっと目立つタイプで、サッカー部で一番足が速く、明るくてノリが良くて、女子からも人気があるらしい。でも根は好奇心旺盛で、悪戯好きな悪ガキが服を着たような奴だ。健が俺の「全裸になる話」を面白おかしく話したら、康太が目を輝かせて「マジで? 会わせてくれよ!」と食いついてきたんだとか。
健曰く、「康太は一度興味持ったら止まらないタイプ。俺より積極的かもな」と笑っていた。実際、さっき「はじめまして」の挨拶を交わしたばかりなのに、康太の視線は俺の裸体に遠慮なく突き刺さっていた。夜中二時頃、大雨が本格的に降り始めた。
健と康太が「もう少し飲もうか」と椅子に腰を下ろす。
テーブルの上には、酒でフラフラになりながらもフル勃起した俺がいる。康太が最初に動いた。
「チンポでけえな」
ニヤニヤした顔で、何の抵抗もなく俺の勃起チンポを右手で握ってきた。熱い指が幹を包み、親指でカリ首を軽く擦る。
俺はわざとらしく体をくねらせ、大声で反応した。
「アァァ!気持ちイいい!」
「ずっと勃起しっぱなしで苦しくないか?」と言いながら、もう片方の手で俺の乳首を摘まんできた。コリコリと指で転がし、軽く捻る。
俺が大げさに喘ぐと、東屋中に大爆笑が響いた。健は最初、若干引いた顔をしていた。
中学からの付き合いなのに、康太の積極的なタッチを見て少し戸惑っていたようだ。でも俺が過剰に体をくねらせ、わざとらしい喘ぎ声を連発すると、健も腹を抱えて笑い始めた。
「腹がよじれる!」
「じゃあ俺も」
健がついに俺のチンポを握ってきた。上下にガシガシと揺らされ、俺は当時流行っていた北島康介のネタを全力で叫ぶ。
「康介w」
「アホ水泳部w」
三人で大爆笑。康太の積極性がきっかけで、健も一気にノリノリになった。俺は嬉しくてどんどん過激になった。
「おう」
大雨の中、俺はチンポを振りながら全力疾走した。
雨粒が全身を叩き、車のヘッドライトに何度も裸体を照らされる。アドレナリンで頭が真っ白になり、怖さなんて吹き飛んでいた。ただ友達の笑顔が浮かんで、俺は笑いながら走った。
コンビニ前に着いた瞬間、スーツ姿の中年男性が雑誌を立ち読みしている姿を見て急に萎え、チンポがしぼんだ。慌てて東屋に戻ると、二人が笑いすぎてヒクヒクしながら「おかえり勇者」と迎えてくれた。
康太がタオルで俺の濡れた体を丁寧に拭きながら、
「また勃起させろよw」と言った。でも一度萎えたチンポは中々復活しない。
「シコったら勃つんじゃねぇか」
康太が呟いた。
「やめろよ」と健は言うが、俺は即座に解釈した。
するなよ!ということは、つまり…やれ!ということだ!!ダチョウ倶楽部方式だ!!!
「みんな!注目!俺のオナニーを観てくれ!」
大声で叫んで、俺はテーブルの上でシコり始めた。
最初は中々勃起せず、頭がフラフラする。康太と健が心配そうに顔を近づけて覗き込んでくる。
シコシコシコ。
ようやく硬くなり、俺はいつものスタイルに戻った。右手でチンポを激しくしごき、左手で乳首を摘まみ、足を内股に。
「普段そうやってるん?」
「ああ」
「気持ちいい?」
「ああ……」
康太が俺の右乳首を強く摘まんできた。
「おおおおおっ!」
鋭い痛みが一瞬走った。
ところが不思議なことに、痛みは全身を駆け巡る快感に変わる。俺は泣きそうになりながら、その感覚を二人に詳細に話した。
「俺はマゾかもしれない」
しばしの沈黙の後、康太の指は容赦なく乳首を捻り、引っ張り、爪を立てるように刺激してくる。初めて会ったのにまるで俺の体を自分の遊び道具みたいに扱う積極性が、健とは明らかに違っていた。康太はそんな男だ。
俺は無言で立ち上がり、オナニーを続ける。
「こんなまじめな表情してたんだw」
「顔芸?」
「乳首つまんでいい?」
「はい!」
「マゾかよw」
「康太、片方頼む」
「おうまかせろ!」
健と康太が左右の乳首を同時に容赦なく摘まみ、強く捻り、引っ張り、指の腹で擦りまくる。
「うぎゃあああああああああー!」
俺は叫び声を上げ、体をビクビク震わせた。痛いのに、痛いほど気持ちいい。乳首が熱く腫れ上がるような感覚が、チンポに直結して快感を増幅させる。
康太の指は特に強く、俺の反応を楽しむように力を加減しながら責めてくる。
「たえろ!耐えろよ。」
「うっす……」
完全に二人のおもちゃになっていた。
康太の積極的な責めと、健のノリに乗りながらも少し遠慮が残るタッチのコントラストが、俺をさらに興奮させた。ずっと心のどこかで、こんな風に親友二人に徹底的に責められることを願っていたのかもしれない。康太がチンポを握ってシコるスピードを上げ、健が乳首をさらに激しく捻る。
俺はもう限界だった。
「超気持ちいいいいいい!」
北島康介のセリフを全力で叫びながら、熱い精液を勢いよく噴射させた。でも、まだ勃起は収まらない。
「賢者モードとか無いのかよw」
「まったくないw」
俺は再びシコり始め、
「雨に打たれながらシコるので見ててw」
「ちょっと泳いでくるw」と言いながら、東屋の外へ出て大雨に打たれ、海に飛び込んだ。
明け方。雨が止んでセミが鳴き始めた頃、俺はヒクヒク震えながら立っているのもやっとだった。
何度射精したのだろう。
健と康太が無理やり全裸の俺を押さえつける。
「男の潮吹きって見てみたいな」
健が言った。康太が俺のチンポを激しくシコり続け、健が乳首を容赦なく責め続ける。
最後の瞬間、透明で清潔な液体が噴水のように勢いよく噴き出した。
「止まらねえな」
「ああ……止まらねえ……」
全身真っ黒に日焼けした俺を見て、康太が驚いた顔をした。
「今更かよw」
雨上がりの朝の空気が爽やかで、どこか甘く感じられた。
私は青切符で下手に車両を通行を強制したせいで、かえって事故が増えると思っているよ。
運転免許持ってない人にも車両通行を強いるっていうのは、免許持ってて車運転してる人なら当たり前に身についている車道での立ち居振る舞いというかこういうときはこうコース取りするみたいなのが満足に身についてない、経験化していない人にもそれを強いるってことだから。
たとえば二段階右折って理屈ではともかく実際しようとする場面になると道路によってはどうすればいいんだって原付すら乗ったことないような人なら戸惑うような道はたくさんあると思われる。
一旦交差点をまっすぐ進んだはいいが、右折するための待機場所として左側の停止線がかなり奥側にあるけどどうすればいいのかとか。停止線まで進むというその過程は逆走になっているんじゃないかと思えたりとか、車の運転で場数踏んでいれば即座に対応できるようなことすら、いろんな法律知識がぶつかりあってわけがわからなくなってくる。
dorawiiより
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天気も良いし、春めいてるし、無性にどこかへ出かけたい
がその「どこか」が分からない
でも桜にはまだちょっと早い
じゃあ海か、高尾山でも行くか
でも休日だしな
と迷っている内にもう5時も近い
どこへ行くにしてもちょっと遅い
結局出かけるのはATMの営業時間のリミットに迫られてになってしまった
取り敢えず駅まで行って、ひとまず一服しながら考える
「春 出かける場所」で検索してみるも、どれも今日は違う感じがする
と来た道を引き返して、どの辺をうろつこうか考えながら歩いていると、なんだか妙に心が凪いでいる
というか頭が全く動いてない感じがする
昔ってもっと無性に頭がゴチャゴチャしていたし、訳もなくにイライラするしムラムラするし、こんなんではなかった
なんか色々と考えていた
むしろ今みたいな落ち着きが欲しかったはずなのに、いざなってみるとそれはそれでなぜだか妙に寂しい
久々に考え事モードになりたい
常に流している音楽を止めよう
ちょうどクイーンのベスト盤の、キラークイーンの次の曲に差し掛かった所でキリよく止める
静かに流れる景色の中だと、目に入るささやかなもの全てにも感動を見出すような姿勢になってしまいがちな気がする
なんかこう、内省的な考えを巡らせたい
が、「無」ばかり
瞑想でもしてるよう
内省なんて、それこそ多感な時期にもうとことんやってしまったしな
もうそれ以上思うことはない
とか何だかんだで考え事はしつつ、歩く
光の多いほうへ行ってもいつもと同じようなコースになるだろうし、魅力なさげな方知らない方を敢えて選ぶ
やはり何も思うことはないが、遠くには行けない事が確定しつつ自宅近辺をウロウロするこの感じ、実にティーンの頃を思い出す
と、銀のさらの原付がエンジンかけっぱで停めてあるのが目に付く
こういうのって乗り逃げしたらどうなるだろうな
そのままどっかへちょっと走り去ろうとしても、なんか不安であんま遠くへは行けそうにないよな
今日一個目の「歩きながらの考え事」的なやつだな
この道はこの道に接続されるのかという新発見も数ヵ所でありつつ、そういえば昔授業中暇つぶしに自分の家から始めてどこまで地図を書けるか、というのをやったな
いくらも書けなかったが
それが自分の行動範囲の閉鎖性を自覚するきっかけになったかならなかったのか、もう思い出せない
迷路を描くのもすぐに飽きた
結局チンポを描くのにハマったけれど、入試も近づけば英単語帳めくるなりなんなり自習するようにはなってな
この頃までは順当な生き方だったな
とか思いながら歩いていたら、逃げ切れずにディーラーとコンビニばっか並んでる幹線沿いに出てしまった
青い標示に新宿まで何十km、府中まで、八王子でさえも20kmとか言われると、日帰りでテクテク歩く限界を突きつけられた気分になる
小回りを繰り返した所で大局的には結局知ってるパターンに収束してしまう
川まで来てしまっては河川敷を歩かない訳にはいかないが、少し抗いたい
川の脇のデケェ運動公園が良さそう
そっちへ逸れると、新発見の哲学の道のパチモンみたいなのがある
手を後ろに回してのんびり歩きたくなるような良い感じだが、やはり特に思索は湧かない
そのまま通り抜けて多摩川の方へ行く
しかし思春期を神格化してしまっているだけで当時も案外こんなもんだったか
そういえば今日は音楽を止めているが、別に当時も音楽は聴いてたな
1000円か2000円かそこらでも、月5,000円の小遣いから捻出するか何度か本屋に行って大分迷ったな
ブックオフでCDを買うということになんとなく憧れがあって何枚か買ったが、あんまり聴かなかった
大体歌詞がないか聴いてもわからん洋楽とかだったし、あまり思考のノイズにはならなかったんだろうな
でも当時は当時で、小学生の頃とかってスマホもウォークマンもなくて、もっと考え事してたよな
とか思ってた気がする
当時に戻りてェ〜とか思っても、当時は当時で不愉快な思いだらけではあった
可処分所得一つとっても、今の感覚で当時を生きたら発狂ものだな
この不快さを都合よく忘れて、美化して懐かしむような奴は死んだ方が良い
自分もそうなったら死んで欲しいと思ってたし
当時の感覚を新鮮に保存しておかないと、いよいよそうなってしまう
とか、帰るにはちょっと早いし駅前のパチ屋の休憩室にピットインして今日の記録を残したが、やはりなんか思い出の補修作業ばかりで、新しい考え事は無かったな
まだ帰るにもちょっと早いし、プロジェクトヘイルメアリーでも観に行くか
面白いことを祈る
面白かった
先日Xで回ってきた漫画が「息子の様子がおかしくて、探ったら学校の担任の先生が怖くて怯えていた。学校に進言して威圧的な言動をやめてもらったら治ってよかった」みたいな内容だった。
驚いた。私が子供のころ、親は厳しい先生が担任になると「よかった。たくさん叱って指導してもらいなさい」「先生、悪いことしたら遠慮なく叱ってやってください」という感じだったからだ。むしろ差し出されている。うちの親だけじゃない。周りもそうだし、うちの親はゆるいほうだった。大体ガチのヒスババアか暴力教師で、クラスのほとんどが怯え、爪を噛んだり常に緊張したりと悪影響は凄まじかったし、今でも理不尽に叱られたりしたことを思い出す。
ただ、うちの学区に限っての話になるが、えげつないいじめというのはなかった。全てにおいて教師が強かったからだ。サッカー部や野球部の顧問は校内を竹刀を持って歩いていて(2010年台の話だよ)、部活以外でやらかしたことも職員室で顧問に筒抜けであり、うちの学校の野球部サッカー部はとても品行方正であった。部員は胃潰瘍で病院に通っていたけど。
顧問の甘い部活から治安が悪くなるため、そうなると隣の部活の怖い顧問がなぜかそちらも指導に入っていた。
部活に入らずグレてる奴らもいるのだが、一度卒業生のヤンキーが原付で校庭に侵入してきた時、野球部サッカー部剣道部の顧問がダッシュで出て行き数秒で追い払ったのを何度か見た。そういう奴らは大体目をつけられていて、校内でもしっかり監視&たまに放課後も校外で教師に指導されていた。
とにかく先生が怖くて、やりすぎたらやばい...というのが全員の根底にあったと思う。本当に早く自由になりたかったし、学校はあんまり好きじゃなかった。繰り返すが今でも理不尽な仕打ちを思い出す。
ただそこでは多様性はある意味保たれていた。先生は脳筋であり、いじめは平等に許されなかった。ヤンキーがチー牛いじめてるの見かけたら胸ぐら掴んで殴られてたし、チー牛が「池沼」でふざけて廊下で言ったのも殴られてた。私も友達同士で話していた言葉を女の先生に聞かれてネチネチ注意されたこともある。リップを塗るギャルに品がない、売女かと注意してるのも見た。(2010年代の話である!)
なので全員素の自分を見せることなく、互いが互いを傷つけあう前に先生に潰されて、早く大人になりたいと願いながら卒業した。
なんかどっちがいいんだろうね。今のルッキズムとか暴行を伴ういじめとか、私が通っていた学校なら起きない。廊下の先の暗闇とかに立ってたりするんだよ。
60歳で雇用延長せずに大手企業をきっぱり辞めて地元に帰ってきて、幼なじみの会社に事実上の雇われ社長として入社。
培ったスキルを使って会社を手伝い、倒産ギリギリの会社を見事に第二創業させて、新工場建設して道筋をつけたところで70手前で幼なじみの社長とともに若手に事業を売却していわゆるEXITと事業継承の中間のような事をした。
その後は個人事業主として地域の会社からの細々とした技術的な頼まれ仕事をしていると言うおっちゃん。
実は免許を持ってない。車社会の地元に帰ってきてから原付の免許をとって、しかし原付は使わずに電動アシスト自転車で片道50キロとか平気で走り回る鉄人であり
合唱団に入ったもの、旨く声が出ないという理由からなんとピアノを練習し始めて、合唱のアシスト伴奏をやっている。
本人はひたすらポジティブなほがらかなおっちゃんで、50手前で病気してからお酒を一切断っているが飲み屋が好きで毎晩飲み屋に行っては、焼酎抜きの緑茶割りを頼んではあちこちで食事をしており
ワイともそこで出会った。おっちゃん話面白すぎだろ、と思っていたところで名刺をもらって、名前でぐぐったらおっちゃんの経歴がマジモンだとわかって驚愕している。
色々視野が狭まってて、行き詰まっていたところで合唱団にもさそってもらて、自分も救ってもらった恩人。
で、おっちゃんのこといろいろ話をしている中で
「俺もおっちゃんみたいになりたいですわ。人生の目標にしてもいいっすかね」って何気なく行ったら、
泣かれた。
うーん
大人って泣かないもんだと思ってたけど、そうでもないんだな。