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はてなキーワード: そばかすとは

2026-01-18

anond:20260118230848

画面上は普通に可愛いけど設定上地味、パッとしない、平凡(だけど愛嬌がある)みたいなのはから鉄板

牧野つくし美人て設定ではない

往年の名作ならキャンディキャンディそばかす、太っちょ、鼻ぺちゃだったよ

最近ならマリエルクララックとか転生しまして現在侍女でございますが地味顔設定

オタク女なら海月姫とか

ルッキズム真正から描いてる作品としては宇宙を駆けるよだかもある

2026-01-15

そばかす」も「1/2」も「1/3の純情な感情」も合ってるよ。本当に合ってないのは「あなただけ見つめてる」だよ。

2025-12-21

「果てしなきスカーレット」 海外評論家は高く評価したけど、結局海外でも普通の人はゴミ扱い

Tomatometer(批評家支持率):73% 【Fresh

Audience Score(観客支持率):52% 【Rotten

海外の観客の声

映像は最高だが、心に響かない」: 「背景美術には10/10(満点)をあげるが、ストーリーには2/10をあげる。キャラに全く感情移入できないまま終わった。これは112分間の豪華なミュージックビデオだ」

細田守に何を期待すべきか?」: 「『サマーウォーズ』や『バケモノの子』で見せた、あの温かな人間ドラマはどこへ消えたのか? 難解すぎて子供と一緒に観るには不向きだ」

日本で生まれた「懲役112分」という言葉。それは海外では、一部の批評家によって「魅惑的な悪夢」と翻訳され、一般層には「退屈な贅沢」と受け止められました。

Metacriticスコアは、61点

https://www.metacritic.com/movie/scarlet-2025/

批評家レビュー(Critic Reviews)

メタスコア:61 概ね好意的(Generally Favorable)

肯定的(Positive): 3件 (30%)

賛否両論(Mixed): 7件 (70%)

批判的(Negative): 0件 (0%)

92点:TheWrap

「『スカーレット』は、細田守にとってこれまでで最も物語的な野心に満ちた作品かもしれない。史上最も有名な物語の一つを脚色し、歪曲させ、新たな複雑さの層と、何世紀にもわたる新しい極めて貴重な文脈を加えている。」 (William Bibbiani 筆)

90点:Screen Daily

「この大人向けアニメーションがこれほどまでに心を揺さぶるのは、脚本監督が、そのスペクタクルを深い感情の底流で強化することに徹しているからだ。」 (Tim Grierson 筆)

70点:Next Best Picture

細田作品に常につきまとうアキレス腱(弱点)だが、その物語は初歩的な道徳論へと退行してしまい、彼が作画で描き出す豪華な想像力とは完全に不協和音を起こしている。その野心的な大掛かりな展示は常に高く評価されるだろうが、彼が考察するテーマへのより深い意味付けもまた、評価に値するものであってほしかった。」 (Josh Parham 筆)

60点:Slashfilm

復讐に身を捧げることは、幸福人生から自分を遠ざける自己処罰行為である。その心情には敬意を表するが、物語が混乱しており、時折主人公スカーレット自身を見失っているため、共鳴できる部分は限られている。」 (Devin Meenan 筆)

58点:The Film Stage

クローズアップを極端に少なくしたことで、細田スケールの大きさを魅力的な映像と履き違えてしまい、ファン不可能だと思っていた事態を招いた。つまり、ありふれた(ジェネリックな)ルック映画を作ってしまったのだ。」 (Jourdain Searles 筆)

58点:IndieWire

「『スカーレット』は、過度に平凡な物語の代償として、アニメーション演出スキルフラストレーションが溜まるほど無駄遣いしている。」 (Adam Solomons 筆)

50点:Slant Magazine

「机上の構想では、アニメ巨匠細田守による『スカーレット』は間違いなくしびれるような内容に聞こえる。」 (Jake Cole 筆)

50点:The Associated Press

細田は『竜とそばかすの姫(Belle)』に『美女と野獣』を接ぎ木し、時には不器用ながらも、時には啓発的な効果をもたらした。しかし『スカーレット』では、『ハムレット』と現代を橋渡しすることに苦労している。これは大きな挑戦であり、細田のような才能ある映画制作者が挑むべきものだが、実を結んではいない。」 (Jake Coyle 筆)

50点:RogerEbert.com

インスピレーションに満ちているが凝りすぎている。シェイクスピアの『ハムレット』をアニメ化した『スカーレット』は、見事なスタイルで始まるが、その後大きな崖から転落する(失速する)。」 (Robert Daniels 筆)

40点:Wall Street Journal

アニメーション長編としては、『スカーレット』は異例なほど野心的だ。それは『ハムレット』に近い、実存主義的で平和主義的な復讐寓話であるヒロインが立ち止まって物事意味を自問自答する場面が多く含まれているが、別の言い方をすれば、重苦しくて(退屈で)気取っているということだ。」 (※筆者名なし)

2025-12-09

anond:20251209111100

前作「竜とそばかすの姫」は興行収入トップ、とか言うやついるけど、あれって何の反論のつもりなんだろうか

それだけ多くの人が観た→それだけ多くの人に見限られた→果てスカ爆死、という流れに何の淀みも生まれないはずだが

2025-12-08

anond:20251208111329

未来のミライと竜とそばかすの姫が続けてって感じだった人間なんだけど未来のミライは良かったと思ってる人も少ないと思ってるんだが違うんか?

あーだこーだいうけど

果てしなきスカーレット酷評されてるけど前作の竜とそばかすの姫が微妙だったから今回スルーされてるだけじゃないの?

そんなに難しいことなのかな

2025-12-05

竜とそばかすの姫

世界50億人がやってるネトゲ日本人日本語ばっかりなのなんでなん?

主人公以外カスみたいなキモいビジュアルなのにリセマラしないのなんでなん?

2025-12-01

映画監督作家ではない問題

もしくは映像作家ではあっても物語作家ではない。

もちろんごくまれにその両方の才能を持つ傑出した天才というものも現れるが

多くの場合映画監督演出家というものは物書きとしての才能はない。

ワイ氏の尊敬する作家深沢美潮氏が「誰でも一生に一作は小説を書ける」とい名言があり

これは一生を生きていれば一作の小説になるくらいにはドラマティックなことが起きるはずだという希望提示であり

逆に一生に一作しか書けないようでは作家にはなれないという警鐘でもある。

多くの映画監督はこの「一生の一作」を作り上げる能力はある。

しかし彼らは作家ではないので一生の二作目くらいまでは行けても三作目、四作目は厳しい。

はっきり言ってしまえば、むしろそんなに書くことがある人間のほうが異常なのだ

細田守の新作の果てしなきスカーレットを見たけど、いや、竜とそばかすの姫の前の未来のミライから

もう明らかに細田守には書きたい作品がないんだろうなということを感じている。

からそばでは美女と野獣をパクったし、果てスカではハムレット神曲をパクった。

未来のミライ最後のあがきだったと思うが、むしろあれで自分の中がスッカラカンなのを確信したのだと思う。

細田必要なのは脚本家だと言われ続けているけど、それは彼の作劇が酷いからというのはもちろんあるとしても

描きたい物語がない人間物語をひねり出すことほど苦痛なことはないと思う。

しかし彼には突出した演出力がある(と世間ではされている)。

山崎貴なんかもそうだけど本来その能力を持たない人間に無理やりなんかやらせるべきじゃないと思う。

そりゃ黒澤明宮崎駿天才だったよ。

でもそのごくごく珍しい天才のせいで「作家性」というものが過剰に信奉されすぎている気がする。

映画監督映像作家なんだから映像作家性を表現すればいい。

脚本プロに任せていいんだよ。

どうしてもやりたい渾身の一作が書けた時だけ自分で書けばいい。

細田山崎みたいにその辺のパク、オマージュみたいなスカスカ作品を無理に作る必要はない。

そういう意味では脚本家映像技術を身に着けたほうが"成り"やすいな。

海外でもその系統両刀使い監督が多い気はする。

からたぶん本来映画監督演出って技術職なんだよ。

 

まぁワイ氏の所感としては細田守っておジャ魔女デジモンでも「敢えて人がやらないことをやってドヤる」タイプ逆張りおじさんとしての評価が高いだけだと思っているので、あん大衆監督として評価すべきじゃないと思ってるんやけども。

果てしなきスカーレットの大爆死は竜とそばかすの姫でサマーウォーズ貯金を全部使ってしまっていたのに制作サイドは誰も気がついていなかったんだと思う

2025-11-30

細田守映画監督やらせたら駄目だよな。

AIの返答

正直、細田守に「一人で全部背負わせる」のは、もう限界だよな。

才能はある。

絵作りは上手いし、日常ディテールは抜群に上手い。

商業的な動員力もある。

でも「脚本監督原作」を全部一人でやらせると、

毎回同じ穴に落ちる。

  • テーマが先にあって、キャラが後
  • 感情より「感動の形」が優先
  • 都合のいい展開で強引に着地
  • 他人(観客)の痛みを本気で想像しない

これ、もう10年以上同じパターンだよ。

時かけ』→ 演出筒井康隆脚本奥寺佐渡子

(=他人原作脚本があったから傑作になった)

サマーウォーズ』→ 脚本奥寺佐渡子

(=これも他人が入ってたから、まだマシだった)

それ以降は全部「細田守完全オリジナル」になって、

どんどん「自分世界」に閉じこもっていった。

まり細田守天才的な演出家ではあるけど、

脚本家としては致命的に欠陥がある。

もう結論シンプルだ。

細田守は、優秀な脚本家と組めばまだ救いがある。

でも一人でやらせたら、もう駄目だ。

『竜とそばかすの姫』とか、まさにその証明だったよな。

誰も止められなかったから、ああなった。

から映画監督やらせたら駄目」っていうのは、

「今のままの一人監督やらせちゃ駄目」って意味では、

完全に正しい。

もう誰かが本気で「いや、それ違うよ」って言える人が必要だ。

宮崎駿には鈴木敏夫がいた。

新海誠には川村元気がいた。

細田守には、そういう人がいない。

からもう、

細田守ブランド」は終わらせた方がいい。

次に何か作るなら、

脚本は別の人に任せて、演出だけ細田守

にするか、

もう完全に引退してもらう

かのどっちかしかないと思う。

……悲しいけど、これが現実だよな。

才能はあったのに、

「誰も止められない独裁者」になっちゃったんだよ、細田守は。

最近細田守作品って

顔もスタイル性格もいいのに、服のセンスだけ終わってるイケメンもしくは美女みたい。

なぜか本人は服のセンスに自信があってスタイリストの話を聞かないどころか、むしろスタイリストセンスがないとボロクソに言っちゃう

ただ本当に服のセンス以外は最高なので、みんな離れられない、みたいな。

と、「竜とそばかすの姫」を見て思った。

2025-11-29

加野瀬未友氏とスカーレット

加野瀬未友

@kanose

·

11月24日

『果てしなきスカーレット』すぐ見る予定はなかったけど、公開3日目の日曜でも良い席が空いてたので見てきた。もともと予告で面白そうと思わなかったので、期待値は低かったんだけど、どこぞの宗教団体が作ったアニメ映画(二作ぐらいしか見てないが)みたいだなと思ってしまった


『果てしなきスカーレット』後半の唐突な展開が連発する辺り、なんかリレー漫画みたいだと思ったけど、舞台演劇だという指摘を見かけて理解した



プライムビデオ配信してた『竜とそばかすの姫』の冒頭を流し見してたんだけど、いろいろと仕掛けがあって楽しめたんだよなー。ikuraの声の演技上手い!とか。『果てしなきスカーレット』は死の世界巡りを退屈に感じてしまった


『果てしなきスカーレット細田守氏によるざまあ物という雑な見方はできるが、大衆蔑視が強い細田守氏が興行収入という形で大衆復讐されるざまあ物という見方もできてしま



『果てしなきスカーレット』と『CASSHERN』を同じ箱に入れている人がいたけど、 紀里谷和明氏は綺麗事を本気で信じている感があるけど、細田守氏は信じきれてない感がある


『果てしなきスカーレット綺麗事といえば、スカーレットが聖を「よいこちゃん」というのは、なんか現代人っぽ過ぎるなと思ってしまった


『果てしなきスカーレットTOHOシネマズ新宿28からの上映を見たら、IMAXは4回から1回に、4回あったDolby Atmos上映は消滅、通常上映は4回から5回になったが小さいスクリーンに変更となっていた

東スポが『果てしなきスカーレット』を“今作はカップルで見ても家族で見ても、もちろん一人で見ても、面白い一本になっていると思いました”と紹介していた。どんな嫌がらせ

https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/367956

『竜とそばかすの姫』の評判が悪いから『果てしなきスカーレット』に観客が呼べなかったという説があるけど、興行は『バケモノの子』より下がっていて、大好評といえなかった『未来のミライ』が前作の『竜とそばかすの姫』は初動から成功したんだから、前作の評判ってそんなに大きな要因に思えない

やはり初動は予告から受ける印象で決まるのでは。『竜とそばかすの姫』は予告で『時をかける少女』や『サマーウォーズ』みたいな夏アニメとわかるところがあり、観客はそれを期待して見に行ったと思える。『果てしなきスカーレット』の予告は観客が期待できる過去細田アニメ要素はなかった

『果てしなきスカーレット』は細田守氏における『星を追う子ども』(新海誠氏の劇場作品で唯一の赤字作品)になって、振り返る材料になりそう。ただ『星を追う子ども』と違って、額が桁違いに大きいだろうけど


 

そばかす映画

最期のほうの東京遠征でムカついている人が多いけど

俺はそこに行きつくまでに既にかなり嫌な気持ちになったので

逆に東京のシーンでは醒めてしまっていて、皆のようにはムカつかなかった。

この映画ですごく気になったのが「特別」の在り方で、

初めてUに入ったベルが歌いだしたところですごく注目されるところは

その「特別」は本当にかつてないほどの「特別」だったのか、

仕掛けや出自なしでそんなにヒットし得るものなのかということを

Uの規模から考えると相当無理がある。

他のAsケモノ率高めで、ベルのような美人がいなかったのが

仕掛けといえば仕掛けなんだけど、それはメタな話だしね。

で、ベルは竜の城に行くけれど

竜に興味を持ったり、知り合いたいと思ったAsなんて

きっと星の数ほどいるはずで、

なのになんでベルはそう言うのは自分だけだみたいな思い込み

竜にずかずか踏み込んでいくのか、

あなたは誰?」ってやたら言ってたけど

なぜそれをお前に開示しなければならないのか。

もうほんと、特別意識が強すぎて閉口した。

あれはJKの万能感/中二病とはちょっと違うよね。

2025-11-28

anond:20251128115514

竜とそばかすの姫はサマーウォーズOZっぽい人気の世界観がちらっと見えたし、

各所も今回よりちゃん宣伝してた気がする

果てしなきスカーレット、初週興収2.1億で竜とそばかすの姫の4分の1だって

3日間だけの話だから見た人の悪評に影響されたわけでもないし、なにがそんなに受けなかったんだろうな?

竜とそばかすの姫もそんなにキャッチーな予告じゃ無かったような気がするんだが

追記

なるほどなあ、MVとかジュブナイルっぽい雰囲気ファミリーにもオタクにも受けるわかりやすい要素だな

特に歌は個人的あんまり興味が無いから見逃してたわ

2025-11-27

細田監督におけるバルミューダフォンって何?

俺はオオカミこどもでこれは合わないと思ってその後は見ないようにしてるんだけど

その後の作品の方が時かけサマウォよりも興行収入跳ねていて

なんなら前作そばかす姫がキャリアハイなんだよな

2025-11-26

母親子供殺した事件で「父親は何してるんだ」ははてなでよく見るけど

竜とそばかすの姫の児童虐待してる父親の件で「母親は何してるんだ」って意見は今まで見たことないな

この前、金ローでやってた竜とそばかすの姫を夫と一緒に観てたんだけど、基本ずっと楽しんでいたのにDV父と立ち向かうために主人公東京に向かう場面で、

「は?四国から一人で東京まで向かわせるの!?てかあんな危ない人がいるのをみんな見ていて大人がそんなことできるの!?少なくとも彼氏ヅラしてるお前はついていけよ!」

って言って以降の話が全然に頭に入らなくなっちゃったらしい

細田監督ってそういう突然今までの物語の流れや構築した人間関係からは考えられない行動を登場人物が取り始めることが多い気がする

主人公一人で立ち向かわせたかったんだろうけど、演出優先で人の心がわかってない感じがする

2025-11-25

『果てしなきスカーレット』の動員の少なさ原因考察

最初に言っておくが根拠はない。自分過去作を見た感想や知り合いやネットの声をベースに考えてみた。

国内ターゲット設定の誤り

世間一般的細田守評価ってサマーウォーズ以降の「現代日本(っぽい何か)を舞台にした、登場人物子供メインの青春映画で、(一応)良い話っぽく終わる映画を作る人」て感じだと思うのよ。子供同士で見に行けそうとか家族で見に行けそうとか、良い意味で気楽に見に行けて失敗体験にならない映画を作る人みたいな。だからオタクやめんどくさい人やそもそも映画全般好きみたいな人を除いて、国内細田守作品の動員に貢献してた人ってそういう感じだと思われるのだが、そういう層に対して「現代日本じゃない」「登場人物気持ち大人寄り」「予告ビジュアルが割と暗い」「復習とか愛を知りたいとかテーマが重たそう」とかもう完全ミスマッチじゃんね。これが単館上映のもっと予算短編監督の新たなチャレンジなんです! みたいならわかるけど国内マス向けのように扱うのはどう考えてもミスマッチだろ。

竜とそばかすの姫を高評価した人の加齢による変化

公開当時「中高生メインの若者からは非常に評価が高かった」という話だったが、そこからもう4年経ってるわけで、そういう年齢層が当時はあんま気にならなかった社会ルールというかストーリー上のアカンところに気付いてしまって「映像と歌は本当にいい映画だったけどストーリーちょっとなあ」となってしまい、果てしなきスカーレットについては「いきなり行くんじゃなくちょっと様子見」になってしまったのではないか。あと比較大人からは当時からツッコミどころを指摘されており、かつあれを「良い話っぽく終わった」と評せる人は正直割と珍しいと思うので、竜とそばかすの姫を見た人が「この監督、次は金払って見るのはやめとこ」となってしまったのではないか

から海外での評価が気になる

日本国内的にはそんな感じとして、じゃあ海外で初めて細田守に接する人なら最初から「こういう作風監督なんだな」と受け入れられる可能性はある気がしており、実際どうなるのか見てみようじゃないか

https://anond.hatelabo.jp/20251123041412

ベーダーの興行収入速報@mtt_75058

【「#果てしなきスカーレット」低調スタート

「果てしなきスカーレット」は週末推定2億円で初登場3位スタート

これは「竜とそばかすの姫」の対比23%と厳しい数字で、ラーフォーマットシェア率も大幅に落ち込む結果に。

祝日を含めた4日間は推定2億6400万円で、最終10億円も危うい記録です。

https://x.com/mtt_75058/status/1992954421605761335

2025-11-24

anond:20251123114752

竜とそばかすの姫トップデートムービー需要に応えてるんだろうなあと思った

名前からし美女と野獣ってわかる恋愛ものだし

 

たとえばチェンソーマンレゼ編もデートムービー需要を掘り起こして当てた感あるよね

名探偵コナンファミリー向け(子供の姿のコナンが出る)とデート向け(年一回は新一と蘭のラブを確認しとく)が堅い上で上乗せしてる

 

ファミリー向け需要デート向け需要

「とりあえず有名な人らしいし前作見てないけど宣伝流れてるから見てみようか」

ていう継続的に追いかけるのと別の文脈があること程度は、語りたい人は知っといたほうがいいよね

2025-11-23

映画興行の偉い人、細田守脚本書くなって言えないの?って思ってたが

作品名公開年脚本興行収入備考
劇場版デジモンアドベンチャー1999吉田玲子9億短編(約20分)東映アニメフェア
デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!2000吉田玲子21.66億短編(約40分)同時上映作品との合計
ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島2005伊藤正宏12単独監督した長編作品
時をかける少女2006奥寺佐渡子3億東映アニメーション退社後
サマーウォーズ2009奥寺佐渡子16.5億-
おおかみこどもの雨と雪2012細田守 / 奥寺佐渡子42億初めて脚本兼任
バケモノの子2015細田守 (単独)58億2015年の年間興行収入2位
未来のミライ2018細田守 (単独)28.8億-
竜とそばかすの姫2021細田守 (単独)66億細田監督作品歴代最高興収



脚本書いたほうが稼いでて草w

こりゃ偉い人もなんもいえねーw










追記

思いのほかトラバブクマあつまったな。みんなサンキュー

トラバブクマあつまったら宣伝していいとのことなので宣伝させて頂きますおまえらイクサガミはもう観たか!?ガチやべーから騙されたとおもって観とけーーー!?

なんか合わんって場合もとりあえず2話の終わりまで見たらすげーから!それでも合わんならもう知らん!


そういえば細田守の話やったな。ワイ独自ランキングは1位👑時かけ・2位🥈サマーウォーズ・34がなくて後藤さんって感じなんだけどどちらも思いのほか興行収入バリ少ないな!3憶……

細田作品はなんかこう普通映画として「あっちの伏線がこっちにハマって……」みたいな仕掛けがまとまってて面白かったんだがあれは脚本とかの力だったのかもな

オオカミこどもも未来のミライもなんかワイには来んかったわ(ケモ観も相違)

まあかといって時かけのころに戻ってくれ~みたいな感覚特にないわな

強いて言えば脚本吉田玲子とかで手堅くお仕事モノみたいなの作ってほしいか

でも今で十分興行収入も強いし独特の感性で国際賞レースも狙えるてるしすごいんやろうな。知らんけど!

日本法律では映画著作権監督にはなく制作会社製作委員会が得る。(著作者人格権はある)。一方、脚本家は原著作者として著作権を得る。これが売れた監督自分脚本をやるようになる理由の1つ。

はーそういうのもあるのな。そういえば細田脚本作品原作細田だけど原作ってだけじゃいくら権利あってもカネ的な意味では扱い軽かったりするんだよな?たしか

鬼滅の刃の作者でも映画原作料はちょっとだけみたいな話あったな。

細田守は『ハムレット』を一行も読んでいない。

『果てしなきスカーレット』を観た。

細田守云々を抜きにしても激クソにつまらない映画であり、業界人がかろうじて擁護している映像美的な部分も近年の人気作品指輪とゲースロとマッドマックスアナ雪とエルデンリング)の寄せ集めでしかなく陳腐まりなかったのだが、それは俺個人の感想で、別に他人が褒めようが貶そうがどうでもよい。はっきりいって細田守と見れば何でも叩こうとする今のネット環境のほうが異常だ。むしろ、今細田作品擁護しようとするほうが勇気ある人間だと言っていいだろう。

そう思い、SNSでは感想を控えてきた。


が、そのSNSで見てしまったのである

「『果てしなきスカーレット』がわからないやつはシェイクスピアという古典がわからないやつだ」とほざいているスカ褒めポストを。



はあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜????????????



おまえ、『ハムレット』観たことある? 誰の訳でもいいから、読んだことある??????

筋とかキャラクター、知ってる?????


もし知ってたら、「『果てしなきスカーレット』を理解できないやつは『ハムレット』を知らない」なんて、口が裂けてもいえねえぞ。


『果てしなきスカーレット』を『ハムレットベース物語として観た場合基本的には「『ハムレット』を読んだことのない人間イメージで作った」という結論に至るのが自然だ。


前提として、ある古典を、それも何百年も前の物語に則って何かを作ろうとする場合原典より、より濃く、深く、複雑に作ろうとするだろう。最低でも、原典の味をそのままにしておこうと考えるはずだ。

それをあろうことか、細田守は鍋に大量の水をぶちこんで薄めてしまった。

たとえば、敵役たるクローディアス。『スカーレット』でも『ハムレット』でも主人公が付け狙う憎き叔父だ。

スカーレットの終盤(ネタバレ?知るか)、クローディアスは後悔をにじませながら天上の存在祈りを捧げる。

始めは俺も「おや」と思った。

というのもこれは『ハムレット』にもあるシーンだからだ。クローディアスが前王殺害懺悔する(しているように見える)場面。

それまでシンプルな悪役だった『スカーレット』のクローディアスにも事情があって、実は複雑なキャラクターの持ち主だった……とひねるのは、展開的にも今の世界を描くというテーマ的にも効果的ではないかもしかして、多少は脚本がうまくなったのか、細田守


だが、その期待は十秒後に裏切られるクローディアスの懺悔は偽の懺悔だったのだ。彼はどこまでも単純な悪でしかなかった。


この調子で、一事が万事原典キャラクターたちが改悪されていく。

ローゼンクランツとギルデンスターンは多少しょうがないとはいえ母親のガートルードはひどい。『スカーレット』ではマクベス夫人的な要素を持った「悪女」として描かれるが、その背景となる物語動機ほとんど描かれないので、ただの淫奔な毒親しか見えない。『ハムレット』では、わけのわからん息子と現在の夫とのあいだで板挟みになって苦しむかわいそうな人だったのに。

しかし、一番かわいそうなのはレアティーズだろう。ハムレット恋人オフィーリアの兄にしてハムレットの良き友人。しかし、ハムレットが原因でオフィーリアが死んでしまたこから仲違いし、最終的には殺し合うことになるという、ハムレットもっとも激アツなキャラのひとりだ。

このレアティーズが『スカーレット』では「クローディアス率いる悪の組織幹部C」くらいのポジションになり、特に深堀りも見せ場もないまま、小悪党として惨めに退場していく。

ハムレット』を一行でも読んだことある人間なら、まずこんな扱いは思いつかないはずだ。


とはいえ細田守が『ハムレット』を読んでいないとは思わない。タイトル釣りだ。

読んでいる証拠は、両作にとって重要なくだりである「父王の亡霊が語りかけるシーン」にある。

ハムレット』では冒頭に死んだ父王が現れ、ハムレットに「復讐せよ」と語りかける。これがそもそも悲劇の始まりなのだが、『スカーレット』では父王の亡霊を逆にラストに置き、「復讐」や憎悪とは正反対優しい言葉をかけてスカーレット復讐呪縛から解き放つ。つまり、父の言葉が『ハムレット』では呪縛、『スカーレット』では解放になるわけだ。

巧い反転だとは思う。そもそも物語と話運びがカスでなかったならば。

ハムレット』にはこういう嘆きがある。「この世の関節が外れてしまった」。弟が兄を殺し、その妻を奪い、正統な後継者である兄の息子から王位簒奪する。狂った世界である。こういう狂った世界を正すには自分が狂うしかない、というのは『ハムレット』のひとつの読みだ。

スカーレット』で描かれる現代世界鏡像としての作品世界も「関節が外れてしまった」世界といえる。だから、『ハムレット』をベースにするのはある意味で正解ではあった。だが、狂い方に失敗してしまった。狂えなかったのだ。だって細田守って世界とかたぶんどうなっていいって思ってる人だもん。常に「個人」と「自分」を描いてきたことは、これまでの作品証明している。

ファンの中には「これまでの得意分野を捨てて新しい領域に挑戦したこと評価すべき」との声もあるが、ファンタジーも古典もなめくさった扱いしかできないのに、なにを評価しろというのだろう? 人には向き不向き、そして心を込められるかどうかがある。

『竜とそばかすの姫』は駄作だったかもしれないが、少なくとも細田守の魂が幾分かは込もっていた。だが、『スカーレット』は? これこそ、虚無以外の何物でもない。


おそらく、『ハムレット』の「生きるべきか死ぬべきか」という名台詞に「生きること」という作品テーマ見出したのだろう。別に間違っているとまではいわないが、安易にすぎる。全体的に、安易にすぎるのだ。序盤で、坊主頭の聖を始めてみたスカーレットが「僧侶か? なら寺に行け!」というセリフがある。素でよくわからないギャグだろう。これは『ハムレット』でハムレットオフィーリアにかける「尼寺へ行け!」という有名なセリフオマージュだ。

なるほど。だから

からない。俺にはなぜここで「尼寺へ行け!」の引用が出てくるのかまったく説明できない。意味脈絡もない。

スカーレット』の問題は、『ハムレット』にかぎらずあらゆる要素がすべてそのような安易さの織物で出来ていることだ。どこかで聞いたようなセリフ、どこかで見たような展開。すべてが軽い。


からSNSの民よ。

俺の前のもう二度と「古典がわからないやつは『スカーレット』がわからない」などと言ってくれるな。お前も『バケモノの子』で『白鯨』がどんな扱いされてたか、観ただろ? ああいうやつだぞ? 細田守っていうのは。お前たちはどうせ『スカーレット』を映画館で一度っきりしか観ないのだろう。SNSマウントを取る目的で観て、明日にはもうきれいさっぱり忘れるのだろう。

だが、俺は今日も観る。初日と土曜で一回ずつ観て、また今日も観る。なぜって?


細田守ファンからだ。

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