「国道16号線 ―「日本」を創った道―」
新潮社 (2020-11-17T00:00:01Z)
¥1,595
国道16号を軸に、日本の近代の歩みや現代の産業の栄枯盛衰、芸能史、さらに中世やら古代やらをつないでいくノンフィクション。ものによっては16号線と結びつけるにはやや強引に感じる部分もあるが、さまざまな細かいネタをちりばめ、それをジャンルを超えてつないでいく展開がスリリングで面白い。その模様は、第1章冒頭で、国道16号を横須賀の走水から千葉の富津まで一周する中でダイジェストされている。「あとがき」では「銃・病原菌・鉄」を目指したと書かれていて、なるほどと思った。
よく言われるように、八王子から横浜の道は、開国により生糸を八王子から横浜港まで運ぶ「絹の道」として整備された。この生糸需要は、ヨーロッパで蚕の病気が蔓延し、中国ではアヘン戦争と太平天国の乱などで生糸の生産力が落ちていたことによるものだという。映画「用心棒」の主人公は外に広がる桑畑を見て「桑畑三十郎」と名乗るが、桑畑といえば養蚕だ。仲代達矢演じる男は、西洋のピストルを手にしているが、それは生糸を取引した金によるものだろうと著者は見る。
自由民権運動も新撰組も絹の道エリアの多摩地方から。渋沢栄一の生家も埼玉県深谷市(16号からは離れているが)で養蚕業を営み、後に渋沢栄一は富岡製糸場を設立した。そして、渋沢栄一のアドバイスにより、皇后で宮中養蚕が始まり今に至る。なお、「モスラ」の繭の形は日本古来の希少種である小石丸のものであり、まさに宮中養蚕されている種だという。
また、開国により横須賀に鎮守府が置かれ、そこから所沢・柏・入間・福生・立川の飛行場、座間の士官学校と16号沿線に日本軍の基地が作られていった。これらの基地が、第二次世界大戦での敗戦により、米軍施設となる。その進駐軍クラブでジャズやカントリーのミュージシャン第1世代が育ち、芸能事務所など日本の戦後音楽シーンを作った。また、進駐軍が撤退した後に残った米軍ハウスに移り住んだアーチストが第2世代となる。その第1世代と第2世代のプロデュースにより八王子出身のユーミンが登場する。なお、広島から東京を目指した矢沢栄吉は、横浜で途中下車して住みついた。
「クレヨンしんちゃん」の一家が一軒家を構える春日部市も16号沿線にあり、「天才バカボン」や「ドラえもん」などの時代と違い自家用車を持つ。こうしたモータリゼーションを見すえて、百貨店のそごうは1960年代から大型商業施設を16号沿いに展開した。しかし、バブル崩壊の影響を受けて次々に閉店した。「平成狸合戦ぽんぽこ」では、南大沢を含む多摩ニュータウン地域の都市開発が進んでいく様子描かれたが、現実は皮肉なことに、そごう撤退などバブル崩壊により都市開発が止まった。また、バブルが崩壊してそごうが撤退した木更津を舞台にしたのが「木更津キャッツアイ」である。
さらに皮肉なことに、バブル崩壊後に消費のモータリゼーションが始まり、ロードサイドに大型店が並ぶようになった。相模原市の古淵がその最前線である。古淵にはトイザらスの1号店が開店し、ブックオフも古淵で創業した。
昔を見ると、源頼朝が大庭景親に破れて房総半島に渡ったあと鎌倉まで進軍した道と、鎌倉幕府ができてから整備された鎌倉街道の一部は、16号にだいたい重なる。また、応仁の乱あたりの時代に、江戸城を最初に作った太田道灌は、16号沿いにいくつもの城を築いた。ちなみに「江戸」というのは、源頼朝の時代の江戸氏の名前から来た地名だとか。
これらの背景として著者が据えるのが地形だ。著者は学生時代に、台地や丘陵の端にできた川の支流の小さな流れや湿地の「小流域」を専門に研究していたとのこと。その小流域が16号線エリアの土地には多く、そこに旧石器時代の人が多く住んだという。時代を下って縄文海進期になると、内陸まで海が入り込み、16号線エリアに貝塚が多く見られるという。
ちなみに、町田市で昆虫採集していた田尻智少年がやがてゲーム開発の世界に入り「ポケモン」を産み出した。