以前から気になっていたカブの異音。走行時にカチャカチャとエンジンの中で小さな部品が転がっているような音がした。初めて気になったのは2年前のOH後。エンジンはとても調子よくなったのに、何だか変な音がする。おかしいなとは思ってはいたのだが、僕が絶対的に信用を寄せているバイク屋さんの仕事だったし、最初はそんなに気になるほどでもないなと思えていた(許せていた。)ので、あえて何もしなかった。そんなのんびりとした僕の性格もどうかと思うけど、ここ最近、本当に色々ありすぎて僕は精神的に色々疲れているのか、毎日の通勤で使うこのカブの異音を聞くと、たまらなく苛々するので、今更ながらバイク屋さんに点検に出した。
カブの代車に借りたのはSUZUKIのアドレス125V。以前僕も所有していたのでよく知っているのだが、小排気量でも大型2輪や4輪を置き去りにするほどの加速力、軽くて小回りがよくきいて運転もしやすい。素晴らしいのは走破性だけではない。イモビライザーや鍵穴ガード、U字ロックなど防犯面にも配慮され、オプションでは使い勝手の良いトランクボックスも付けられる。そしてこのクラスのスクーターの中では安い。攻守ともに本当によくできたスクーターだ。
通勤帯になると沢山のスクーターがすり抜け万歳、我が物顔で縦横無尽に走り、信号待ちでは群れを成して列の先頭に並ぶ。そしてアクセルをふかしながら(実際にはふかしていないけど、そんな風に見えるほどの勢いだ。)赤信号が青へと変わる瞬間を、(まるでレース開始前のシグナルを見つめるように)、今か今かと待っている。そんなカオスな交通事情の京都において見かけるスクーターの10台中2~3台はアドレスじゃないかなと思う程、よく見かけるし、実際売れているのだろうと思う。
そんな素晴らしいアドレスが借りられたのに、ただ通勤に使うだけではもったいないので、鈴鹿スカイライン迄お散歩ツーリングに出かける事にした。
ツーリングに出かける前の午前中。僕はプレイステーション5を買うために早朝からヨドバシカメラに向かってアドレスを走らせた。プレイステーション5は全国でも品薄でなかなか手に入らないのだが、その日、6度目の正直でようやく入荷日にあたった。(ヨドバシカメラでは入荷日は知らされない。入荷日には早朝からエントランスに入荷を知らせる看板が立つので、こまめに訪れて、運よく看板が立っていたら、そのまま整理券を手に入れて並ばなければならない。9:30の開店時間に行くと既に売り切れている事がほとんど。)プレイステーション5を手に入れられたのもラッキーだったが、アドレスのおかげで、足置き場にプレイステーション5を積んで持ち帰る事が出来たのも良かった。これがカブだったら荷台に乗せて紐できつく縛り付けなければならず面倒だったに違いない。箱も崩れちゃうし。
それだけじゃなくて、この日はかなり久しぶりに長男とツーリングに出かける事が出来た。恥ずかしがり屋の長男は目立つのを嫌い大型バイクでタンデムするのを嫌がるのだけど、なぜかアドレスには抵抗なく乗りたがった。まんまスクーターの気取らないスタイルが長男にはウケたのかもしれない。
正午前に長男を乗せて自宅を出発。京都から宇治経由で、信楽、土山。この日は梅雨らしい厚い雲に覆われてほとんど日は差さず、じめじめと蒸し暑い、鬱陶しい天気だった。新緑の季節はとうに過ぎていて、その代わりに湿気を帯びた生ぬるい風が不快感をあおる。僕は涼を求めてアクセルをしっかりと開ける。風の抵抗は強くなるけど、速度域が上がると風も冷ややかになって気持ち良い。長男を乗せていてもアドレスはアクセルの開け具合に応じてスピードが出る。本当に頼もしいスクーターだ。
バックミラーで長男を確認すると辺りを見回しながら、時折スピードメータをのぞき込んでいる。対向車線のオートバイが手を振ると恥ずかしそうに小さく手を振る。久しぶりのタンデムツーリングを楽しんでいるようだった。
フルフェイスの下の表情は見えなかったけど。
「道の駅土山」で小休止。売店でアイスクリームを注文すると、手渡されたコーンの上に、自分で好きなだけアイスを盛っても構わないと言われてびっくり。だけど不器用な僕と長男は盛り過ぎて落としそうだったので、おとなしく店員さんに規定量だけ盛ってもらった。
うれしそうに盛っている姿を誰かに見られるのも何だか恥ずかしいしね。(つくづく親子なんだなと思う。)
土山から鈴鹿スカイライン。鈴鹿スカイラインの路面状況は良いものの深いカーブが連続する。長男を乗せたアドレスをバンクさせると何ともふらふらおっかない。後ろを走っていたスポーツカーがじれったそうに張り付いてきてストレートに入った途端、一気に僕らを抜き去った。
多くの一番標高の高いところから少し下った場所に眺望の良い空き地があり、そこから四日市、その先の伊勢湾が見渡せた。
「あの先にお前の大好きな長スパがあるんだぜ。」と長男に言うと、目を凝らすようにその姿を探しながら、夏休みに連れて行けと僕に言った。
三重県菰野町、国道306号線で当然のゲリラ豪雨に遭遇。たまらず木陰にピットインしたが時すでに遅しで、僕も長男もびしょ濡れになった。雨脚が弱まるのを待っている間、長男はしゃがみこんで小石を拾いアスファルトに字を書くようにこすりつける。これは昔からの長男の癖でサイクリングやハイキングの休憩中にも必ずやる。
小さな頃は一緒によく出かけたものだったけど、中学生の頃からか、長男は僕や嫁さんと行動するのを恥ずかしがり一緒に出掛ける事もほとんどなかったので、随分忘れていたような気がする。いつの間にか背が伸びて僕の身長を超えてしまったけれど、背中を丸めてしゃがみこんでいる姿に昔の面影を見たようで、何だかほっとしてしまった。僕や嫁さんにも素っ気なく、言葉数も少ない長男に「そういう時期。」なのだと少し寂しい気持ちで諦めていたけれど、ここ最近はまた、こうして一緒に行動するようになった。あまりの変わりように何かを疑っている僕に、嫁さんは「そういう時期は過ぎたんじゃない?」と笑っていたけど。
子供の成長は嬉しいし、一人前の大人になってほしいと願う反面、まだ大人にならないでほしいともと思う。
菰野町から国道422号線に入り滋賀県へ戻る。あとは国道1号線から自宅に帰るのみだったけど、二人ともずぶ濡れで寒かったので、途中にある僕の実家に寄り道。衣服を乾かしてもらっている間、温かいご飯と風呂を戴く。
21時ごろ実家を出発。雨上がりの路上に流れる風は湿気を帯びているけれど、昼間とは違って涼やかだった。実家付近の広大な田園地帯は街灯がなく真っ暗だけど、カエルの大合唱で賑やかだ。暗闇の中を突っ切って、そのうち大きな国道に出る。国道わきの店舗の灯りが煌々として交通量も増えて、その中に紛れ込んでアドレスを走らせる。
この時間帯にオートバイに乗って街を流している非日常感に気分が高揚しているのか、長男のテンションは異常に高く時折大声を張り上げて叫んでいた。
今日はたくさんオートバイで走ったし、美味しいソフトクリームも食べたし、見晴らしのいい場所で休憩なんかもしたし、予想外のゲリラ豪雨にも遭遇するというまさしく、オートバイツーリングだったと思う。長男はオートバイには全く興味がないとわかってはいたけれど、どう感じたのかと気になった。僕は試しに「お前ももう17歳だし、免許でも取ってみるか?」と聞いてみる。
一瞬、間があったものの、答えはやはり「学校で禁止されてるから。」とまぁ相変わらず素っ気ない返事だった。
後日、バイク屋さんからカブの修理を終えたとの連絡があって引き取りに行った。異音の原因はカムチェーンテンショナーの故障だった。(ドライブチェーンは手動でテンションの調整をするが、カムチェーンはこのテンショナーで自動的に調整される。ここの機構が不具合を起こしていた模様。)
カブの修理中、僕を楽しませてくれたアドレスを返却するのは少し惜しい気もして、「アドレスに乗り換えようかな。」なんてちょっと思ったりもした。が、カブに跨りいつものようにキックスタートで始動させると耳障りな異音は完全に消失しいた。「ポンポンポン・・・。」と規則正しいエンジン音を聞くと、さっきの気持ちもどこへやら、一刻も早くカブに乗りたくなってしまった。
バイク屋さんを後にして、市街地から交通量の少ない田舎道に出る。真っ直ぐなストレートでアクセルを少し開けてみると、軽やかにエンジンが回り、速度も上がる。僕を苛々させた不快なメカノイズは無い。アドレスのエンジンのパワーにはとてもかなわないが、単気筒エンジン特有の小刻みな急かないエンジン音が耳に体に心地よく響く。アドレスより取り回しも軽い。どこへでも行けそうだ。「もっと早く修理しておけばよかったな。」と、今更ながらに後悔した。
今年の夏はカブで少し遠出してみようかなと企んでいる。
借り物アドレスで鈴鹿スカイラインまでお散歩ツーリングに行ってきました。(了)