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はてなキーワード: 朝敵とは

2026-04-05

オール同数型」という運勢型があります

運勢は強烈、鮮烈な個性を放って生きる人で、

一旦、こうと思うと思い込みが激しく、いつまでも執着して、

前途にある山あり谷ありの障害があろうとも

がむしゃらにやり通す遂行力を備えた人です。

したがって吉にも凶にも紙一重なところがあります

「余に不可能という文字はない。」というように、

そうと思い込んだときには前後の見境がなくなり、

そのことに一途に突っ込み

客観的にみると「不可能という文字がない」ように見えるわけです。

驚異驚嘆の人生運という形容する運勢型です。

ところでこのオール同数型の趣味はとてもユニークで、

一旦興味を持ったらとことん突き詰めるところがあるため、

趣味でもプロの境地にまでレベルを上達させます

知り合いでは自動車の達人や日曜大工の延長である

家の壁紙貼りの達人、園芸の達人、パッチワークの達人など

もはや趣味とは言い尽くせないほどの境地にまで達している人もいます

他方、一つの趣味だけではなく多趣味である方もいらっしゃいますが、

同様にすべての趣味においてプロレベルまで達する方がほとんどです。

反対に興味がわかないとか、これはダメだと思ったものに対しては

その後には一切触ることも振り向きもしないところがあります

まり“0”か“100”かの運勢が介在しているため、

趣味に対しても同様のことが当てはまります

俳優渡辺裕之さんもこの運勢型に該当しますが、

彼の場合は多趣味の傾向があるようです。

歴史上では最後将軍徳川慶喜もこの運勢型ですが、

戊辰戦争最初大阪新政府軍と決戦をするつもりでしたが、

新政府軍が用意した「錦の御旗」をみた瞬間に一転し、

朝敵」になることを恐れ、突如として恭順をしめすために

東京江戸)に僅かの部下をつれ逃げ帰り謹慎します。

その後の余生では写真撮影釣り自転車顕微鏡手芸

などの趣味世界に生きたようです。

この型で有名な人を挙げます

高杉晋作沖田総司広田弘毅

今日では、引田天功山口智子いしだあゆみ

浅丘ルリ子森英恵森口博子永瀬正敏大江千里、木古おうみ

飯島愛工藤夕貴など。

運勢は強烈な個性を放ち、

一旦、こうと思うと思い込みが激しく、

いつまでも執着して前途にある山谷わず

がむしゃらにやり通す遂行力を備えた人。

また、一旦興味を持ったらとことん突き詰めるために

趣味にのめり込むと途端にプロの域にまでレベルを上達させることを

すでにお話しいたしました。

ちなみにオール同数型の副題は「天才狂人運」です。

人生の結果は吉と出るか、凶と出るかの紙一重運勢です。

今日オール同数型の人が

プロ級の趣味に到達するプロセスを考えてみます

物事を覚えるパターンを次の二つのタイプに分けるとします。

A.“1”を聞いて“2”を知るタイプ

B.“1”を聞いて“10”を知るタイプ

一般的にはAのタイプほとんどでBのタイプまれでいわゆる天才型です。

オール同数型は両方のタイプ存在していて、

経験実体験が伴わない内はAタイプ所属し、

突如としてBタイプに変貌を遂げるという感があります

興味対象出会ったとします。

またその発展が趣味になるとします。

興味を持った時点では知識ゼロです。

まず最初知識レベルを“0(ゼロ)”からなんとか“1”にします。

ここまでは普通の方と同じです。

オール同数型の学習方法既存の1つの知識

新しい1つの知識を結びつかせようとする思考があります

点と点の連結に命を燃やします。

既にもっている知識である“点”(古い点=旧点)と

新しい知識である“点”(新しい点=新点)を

どれだけ増やすかによって顛末が異なります

新点が理解できない場合はずっとその場にとどまり

いつまでも固執し、身動きがとれなくなります

四六時中そのことばかり考えて脳を酷使します。

しかしその副作用理解力の増幅につながります

点と点の連結がスムーズに行えた場合

新点を短時間模索できたことを証明しており、

かつ深い知識として身についたことを意味します。

新点を獲得した経験値が多ければ多いほど

B.“1”を聞いて“10”を知るタイプ

へ変貌を遂げる人になります

まりオール同数型の人は寝ても覚めても常に頭を働かせている訳ですから

驚異的なスピード趣味プロ級にまで昇華させることが可能なのです。

一旦、興味があったものは身につくので良いのですが、

一旦「これはだめだ」と思った場合は瞬間で断ち切り、

終生それに手を触れないところがあります

これは趣味にも関わらず、対人関係やすべての対象に当てはまります

人生も同様で“0”か“100”かの人生を歩み、真ん中がありません。

副題である天才狂人運」の所以です。

https://ameblo.jp/e-tamayura/entry-10407027814.html

https://ameblo.jp/e-tamayura/entry-10405560237.html

2025-10-07

歩行者人権を捨てた自転車乗りの青切符所感

自転車青切符で「車道怖い」「歩道走らせろ」と言う声が絶えずインターネットに流れているが、歩行者からしたら「自転車を待たずに歩道を歩かせてくれ」だし、歩道での歩行で引っかかりまくるため歩行者としての人権を捨てて自転車シフトした身としては「早く歩道歩行者に返したい」の

青切符の支払金と事由を並べて「これじゃあ自転車乗るなと言っているのと同じ」「自転車自由に乗らせてくれ」と言うが、青切符ができる前から法律記載されている遵守事項ばかりで、実際全て守って走行することによる不自由はほぼない

もちろん、自転車が通行可能車道環境にないというのは全面的同意で、早急に車線数の見直し自動車一方通行化、道路辺土地の買い上げを含めた抜本的な道路設計必要だと考えている

それで結構前の自転車原則車道走行アナウンスがあってから、少しずつ歩道歩行者に開放してあげられるかなと思った矢先の電動キックボードで、自動車からの小型車両の風当たりの強さ、車道側の小型車両受け入れの機運の後退が起こった(と思っている)ので、LUUP社は本当に自分としては朝敵レベルのエネミーです

とにかく、青切符に反対する論陣をはることは、歩行者不利益を強い続けることに近しいことは承知してほしい

2025-08-28

国策インフレ目標政策に楯突く朝敵すき家をゆるすなに、activecuteさん がスターを付けているのがたまたま目にはいって、activecute先生いきてるんだな、と思った。

2025-06-11

俺が天皇だったら自民党員全員朝敵認定するのにな

あーあ

2025-04-28

生活保護受給申請者を叩くのは皇族に刃を向ける朝敵ではないのか?

2025-04-13

今上陛下の開幕宣言を以て「万博反対派は朝敵‼️」みたいにはしゃいでる奴、こういうのを君側の奸とか「玉座をもって胸壁となし、詔勅をもって弾丸に代えて政敵を倒さんとするもの」とか言うのかもしれないが、そもそも臣ですら無さそうなんだよな。

2025-01-04

この資本主義社会オルカンやS&P500のように資本を外に出す連中は非国民である何度でも言っておきたい

NISAだなんだで煽る自民党政府ももちろん朝敵

2024-12-24

なんで殺したの!

いや、なんか朝敵っぽい顔してたか

超適(ちょうてき)当

なんつって

ぷぷ

2024-12-17

暇空茜、米国大使館に駆け込みCIAに堀口英利救出を依頼

暇空茜はもう1年以上に渡って大学生の堀口英利への中傷を繰り返し、堀口側も盛んに反論レスバしていた

しかし今夏に堀口はTwitterアカウントを削除し、Instagram普通日常を綴るようになりたまに抑えきれなくなって反論するも頻度は以前より大人しくなった

暇空は堀口が自由の身ではなく逮捕されたのだと一時期主張していたが、最近になって、堀口はZ李に殺害されて山中に遺棄されていると気づいた

https://i.imgur.com/E36eeYw.jpeg

https://i.imgur.com/07l1TnM.jpeg

https://i.imgur.com/QTKo3fU.jpeg

しか通報しても警察は動く様子がない

赤坂署は完全にZ李の支配下にあった

考えるうちに、堀口は生きていてカルト宗教真如苑施設内に監禁されているのだと気づき刑事告訴の取り調べの中で検察に堀口監禁を訴えかけても、彼らは動揺するばかりで頼りにできない

仕方なく暇空はCIAに堀口救出を依頼するようになった

https://i.imgur.com/EVBlCsk.jpeg

https://i.imgur.com/3rrcI7k.jpeg

暇空はしばらく前からTwitterと5ちゃんねるは怪しいものが多いからと好き嫌い.comを情報源にしていたが、その好き嫌い.comにこそ真如苑関係者が多数潜んでいると気付いた

好き嫌い.comの情報をまとめたデータ米国大使館に持ち込み、堀口の救出を依頼した

暇空は前に織田信長についてエアプ発言してバカにされたことを苦にしていたらしく、最近になって織田信長について調べて小説にしている

その中で、「本能寺の変黒幕朝廷説」というのを知り、周囲の取るに足りない武将と争っているうちに背後から天皇に襲われた織田信長自身と重ねるようになったようだ

天皇は暇空が以前に叩いていたNPOキッズドアに協賛しており、キッズドアを叩いたことで「暇空は朝敵」と言われたことも響いていたのだろう

今まで取り巻きだった者たちこそが敵であり、黒幕は更にその後ろにいる、正面で戦っていた堀口や仁藤はまだまともで手をとりあえる相手である可能性に気づき、堀口の救済を願っているようだ

暇空の小説の中では、暇空の設定と堀口の設定は入り混じりあい一人の人間になっている

https://kakuyomu.jp/works/16818093089934470506

2024-10-16

anond:20241015205456

別にこれは福島が恨み深いとかではなくて

そもそも倒幕の朝敵 長州幕府成立から260年、打倒徳川だけで生きてきたわけで。

そういう自分たちの「恨(ハン)」の歴史を棚上げにして会津を嗤っている山口の気風ってなんなんだろうなって思ってる。

2024-07-23

暇空VS天皇

考えてみりゃ慈善活動しまくってんだからいつかはぶつかる運命だったんだよな

知らんうちに朝敵になってる暇軍もだが知らんうちに官軍になってた嫌儲おかしなことやっとる

悲報】暇空茜さん、朝敵になってしま

天皇皇后陛下 子ども支援の現状 説明受ける

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200722/k10012527431000.html

天皇陛下はことし4月貧困問題など、子どもを取り巻く事業に役立ててもらおうと5000万円を寄付されていて、今後、その一部がオンラインでの学習支援などに役立てられるということです。


事業を進め、説明にもあたったNPO法人キッズドア」の渡辺由美子理事長は、「両陛下応援気持ち子どもたちに伝えていきたい」と話していました。


これもう逆賊だろ…

2024-06-16

天皇ですら自転車乗るときヘルメット被ってるのにお前らときたらw

これもう朝敵だろ

2024-06-08

国会図書館デジタルコレクションで見る明治時代新撰組の扱い

明治時代新撰組庶民からどのように思われていたのかを調べるために、庶民の目に触れていそうな(?)雑誌記事だとか読み物だとかを抜粋していく。

明治10年『昔今豪雄見競鑑』

こちらは明治10年頃の「番付表」を集めた書籍のようだ。

『昔今豪雄見競鑑』は歴史上の英雄明治期の英雄を対比したものだが「都ノ猛勇 悪源太義平」と並んで「脱走ノ勇士 近藤勇とある

近藤勇ってどっかから脱走したっけ?と思ったが、幕府瓦解後の旧幕府軍のことを「脱走方」と言ったらしいのでそのことだろう。

同じく「古今英雄競」「本朝今昔英雄鑑」「古今英雄三幅対」などにも近藤勇の名が挙がっている。

このような番付でよく名前が挙がる程度には知られていたらしい。

明治16年『徳川義臣伝』岡田霞船

まずは近藤勇について。

近藤勇武勇衆に秀で当時其英名尤も人に知られり新徴組の隊長となりて始め京師に在り又大坂に退き伏見の戦ひ幕兵乱るる中より取て返し迫る官兵を追捲り銃丸足に当ると雖も屈せず大ひに勇名を現し江戸に返りてより諸士を煽動して甲府に至り勝沼駅にて寄手を破りしが遂に衆寡せずして敗軍なし残兵を率いて走りたるが官軍厳重に探索を遂流山に於て勇(いさみ)を捕へんとす勇(いさみ)力戦して縛に就き板橋駅にて斬せらる

新徴組と間違えられとるやんけ!

新撰組時代よりもその後の甲陽鎮撫隊時代のほうに力点が置かれた説明のような気もする。

土方歳三も紹介されている。

土方歳三幕府の旗下にして始め京師にあり伏見鳥羽戦争破れしより江戸に返り諸士を募り主家を再興せんと謀り軍議を決して榎本永井の人々と共に品海を脱し函館に趣き尚ほ奥羽の士を募り官軍の来るを待受屡々寄手を脳す然れ共官兵は新手を入替無二無三に攻立たるに脱兵防戦に尤も苦む歳三毎も真先に進み敵を切る数十人に及ぶ後乱弾にあたりて死すといふ。

新撰組について何も触れられてねえ!

とはいえ「義臣」と銘打っているだけあって悪いようには書かれていない。

明治18年『汗血千里駒』坂崎紫瀾

『汗血千里駒』は坂本龍馬主人公として、その名を一躍有名にしたという小説。その龍馬暗殺犯として近藤勇が登場する。

縦令ひ其不意を打ちたるにもせよ鬼神と呼ばれし海援陸援の両隊長をば斯く容易く一挙に斃し負せる其の手練と謂ひ肝気と謂ひ天晴れ日本一の剛の者と思はるるも実に理りなり彼の刺客は当時徳川将軍の御内に其人ありと聞えたる新選組の旗頭近藤勇等にてありしと

近藤勇とその腹心の土方歳三が、二人で近江屋に討ち入り、坂本龍馬中岡慎太郎を斬って、「そのとき義経少しも騒がず…」と高らかに謡いながら出ていき、今際の際にそれを聴いた龍馬が「あの刺客は只者ではない、彼らのような豪胆さがあってこそ大事を成せるのだろう」と慎太郎に語る、という描写があり、これがのちの様々な作品踏襲されていったようだ。

当時幕府の亡びなんとするは天の命なり民の望なり社会自然の気運なれば今は百の勇(いさみ)ありとも亦之を如何ともすることなきをば思はずして健気にも唯忠を己が仕ふる所にのみ尽さんとしたるは愚かにも又哀れとや謂わん

時代の流れに逆らって忠を尽くした健気だが哀れな武人…といった感じで「敵役でありつつ悪役ではない」という扱いに思える。

明治22年『女侠松竹梅』奥村玄次郎

偖は其方が近藤なるか。其方幕府を笠に着て国を憂ふる正義の士を多く害せし大罪人。此処で遇しぞ僥倖なれこれまで其方の手にかかり不幸にも寃に死したる正義の志士の忠魂を弔ふための復讐せん

お松・お竹・お梅という三人の娘が勤王の志士を助けて新撰組と戦う、といった話らしい。

こうしたいかにも勧善懲悪な読み物では「典型的な悪役」として描かれていたようだ。

明治26年『活文字』鈴木力・佃信夫

近藤勇の話

江川太郎左衛門が琴の譚に比らべて、劣る事なきは、近藤勇の謡なりけり、以て幕臣中の双美とこそは為す可けれ、左に説かむ。

武勇と剛胆とは、麾下九万の士人中、勇(いさみ)ぞ其第一位を占めたりける、さればまだうら若き身を以て、新撰組の頭領として、海内動揺の中心たりし京城鎮護の命を稟げ、一時其独力をもて、鷙悍狂躁の浮浪はらを打鎮め、幕廷擁護干将莫耶とは成りたりけり。

めっちゃ褒めるやん。

土方歳三は、豪邁不屈、肝気非常の男なれども常に勇(いさみ)を相輔けて、死生を共にせむ事を約し、巴港戦死の時に至る迄、其生前の交義を追想し、風吹く日雨降る夜ども、寒窓の下に俛泣し、時世は既に望なし、片時も早く、泉下に亡友を尋ねましとぞ歎ちけるとぞ、其人をしらまく欲せば、先づ其の友を見るべかる、この一斑の譚を見ても、勇(いさみ)が全豹をぞ推すに足る。

国粋主義系の雑誌らしいんだけど朝敵をこんなに褒めていいのか。忠義を尽くして死ぬ話がやはり好きなのか。

コラムの後半では坂本龍馬暗殺の話が書かれていて、この頃はやはり「龍馬を殺した男」という印象が強かったようだ。

明治29年『近藤勇の少年時代』中野三鷹子

『家庭雑誌』という婦人向け雑誌掲載されたコラムらしい。

著者本人が古老に取材したもので、幼少期の勇が近藤周助の養子に迎えられて「近藤勇」と名乗るまでを紹介している。

是より後のことは明治維新の史にくはしく、今更いふべき要もなし、唯其妻の事継嗣のことおよび処刑後の事并びに近藤勇と尤も関係ふかき土方歳三ことなどは、世に知られざるふし多しそは又時をかへて語らん。

として次号に「近藤勇の妻及子」、また別の号に「土方歳三少年時代」が掲載されている。

婦人雑誌でも「今更いふべき要もなし」と言うほど近藤勇知名度は高かったのだろうか。

花を浮べし徳川の流れの末荒浪立ち騒ぎて、二百六十余年は名残の夢となりける時、武士道の意気地を立て貫きて、板橋の草に赤きこころの血を染めたる近藤勇の名を知る人は、函館の浦吹く風に露と消えたる土方歳三の名を忘れざるべし。

かっこいい。

明治30年『幕府名士近藤勇』松林伯知

松林伯知は、永倉新八から『浪士文久報国記事』を借りパクした疑惑があることで知られる講談師で、新撰組講談主人公とした最初期の人物だったという。

巻末に「夢物語」と題した短編が収録されていて、それは函館に入った土方歳三が「公武合体成功した新政府のもとで陸軍を率いる近藤勇海軍を率いる坂本龍馬が仲良く会話する」という夢を見る、というifルート的な内容のようだ。胸熱

本編では、坂本龍馬暗殺したのは近藤勇ということになっているし、新撰組結成前に江戸近藤勇坂本龍馬が手合わせをしていた、というような場面も描かれている。

明治30年『坂本龍馬(名士伝)』竹林巌

少年世界』という、その名のとおりの少年向け雑誌掲載された坂本龍馬の伝記で、そこに近藤勇が登場する。

人と為り魁夷、斗酒を嗜なみ、勇悍独歩肝臼の如し。幕の末路に当り新選組の長となりて徳川氏の為め新日本の活舞台上に仇すること実に巨多なりとす。彼は常に歩百歩の外に潜行して西郷大久保坂本等を暗殺せんと睨むこと茲に年ありき。就中龍馬が大勇は向に新選組百有余人をして全く色なからしめ、以て其長たる勇(いさむ)の面目を天下に唾し去り。(中略)勇(いさむ)は今や血燃え、涙滾りて自から禁ずる能わず。すなわち刎頸の友、土方歳三を招きて何をか耳語すること久し。忽ち相頷きつつ頗る決色ありき。

として近藤勇土方歳三は、二人して坂本龍馬暗殺に向かうのだった、という筋立てになっている。暗殺の場面は『汗血千里駒』を踏襲している。

明治31年『新撰組十勇士伝』松林伯知

こちらも松林伯知の講談を筆記したもの

前述の『幕府名士近藤勇』には沖田総司永倉新八は出てこないが、こちらの『新撰組勇士伝』には登場する。

ただし、沖田が天才剣士だとか、そういうキャラクター付けはまだ無く、せいぜい「名前のある脇役」くらいの立ち位置のようだ。

芹沢鴨暗殺山南敬助切腹伊東甲子太郎との敵対池田屋事件などのエピソードはある。

また、こちらでは龍馬暗殺近藤本人ではなく「近藤勇の命を受けた佐々木只三郎」によるものということになっている。

京都見廻組佐々木只三郎らが龍馬暗殺したという説は明治2年には出ていたようなのでそれを取り入れたものか。

明治41年『二十世紀之京都』

京都観光ガイドブックらしいが、壬生寺についての紹介で新撰組言及がある。

節分には疫除祈祷の為め参詣者群れを為せり、去れば維新前後天誅組と称し近藤勇土方歳三など当寺に立籠り壬生浪士といへば婦人子供の戦慄せし当時を思へば御代太平を喜こばぬ者はない

当時の京都人の認識がうかがえるものの、「天誅組」といえば倒幕派武装集団なので新撰組とは正反対存在である

単なる勘違いなのか、それとも庶民あいだでは混同されていたのか。

明治44年『幕府名士近藤勇』『怪勇後の近藤』玉田玉秀斎

松林伯知のものと同じタイトルだが別の講談師によるものらしい。

こちらには沖田総司永倉新八斎藤一らも登場するが、池田屋事件の場面において、

中にも沖田惣司の働きに至っては実に目ざましい、此処彼処と戦ふて居りまする中に、最う最後と思ふ、折りしも何処からか一人の敵が、惣司の袖の下を潜って逃げんとする 沖田「己れッ………」と云ひながら躍りかかつて、エイッ……只だ一刀に斬って落とした、其の時に急に持病の肺患が起つて其の場に気絶をした

とあり、喀血ではないが、沖田総司の発病の描写があるのが興味深い。

同じ明治44年に刊行された鹿島淑男『近藤勇』(デジタルコレクションには1975年の復刊版である新選組実戦史』しかない)にも同様の記述がある。

そちらは新聞連載をまとめたものだというので、講談師が紙面で読んで取り入れたものか。

まとめ

明治の始めにはまず「近藤勇個人が知られ、「新撰組」はそれに従属する情報にすぎなかった。

・『汗血千里駒』によって坂本龍馬の人気が高まるにつれて、「坂本龍馬暗殺した男」として近藤知名度を上げた。

近藤の腹心として土方歳三が登場することは多かったが、それ以外の隊士たちはほとんど取り上げられなかった。

近藤は概ね「維新志士の敵ではあったが立派な剣士だった」と捉えられていた。

しかエンタメ寄りの勧善懲悪ものでは典型的な悪役を演じることもあった。

・やがて永倉新八の『浪士文久報国記事』などをもとに、近藤勇主人公とした講談が演じられるようになった。

明治末にはさまざまな証言資料が揃ってきてディテールが深まり近藤土方以外の隊士が取り上げられることも増えていった。

・やっぱり京都からの評判は悪かったらしい。

続き:国会図書館デジタルコレクションで見る戦前の新撰組の扱い

2024-04-14

お客様神様、我は新皇

東に現人神を名乗る謀反者あり、紛うことな朝敵なり

2023-09-05

右翼朝鮮人差別愛国無罪としないのが不思議でならない

偉大なる御国を毒さんとする朝敵排斥する行為に恥じる所一切なし!

遂には朝鮮人民も帝の威光に改心し善良なる日本人として真なる帰化を果たしたので今は排除してないだけである

ぐらい言えないもんかね。

最近右翼ってマジでしょーもないな。

しょーもない人がしょーもない自分を誤魔化すためにやってる右翼ばっかりだ。

立派な人間方向性を見誤ってなってしまったタイプ右翼じゃないからただただ言動がダサくてショボイ。

2022-11-09

天皇を貶め真の父母を僭称国教化を目論む教団とズブズブの政党って

時代時代ならとんでもない朝敵だよな

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