はてなキーワード: 久米宏とは
終戦直後の沖縄で米軍基地から物資を盗んで市井の人に配布する強盗団を結成していた瑛太と妻夫木と窪田、そして瑛太の恋人の広瀬すずら。ある日、基地に潜入して武器を盗もうとするも失敗、逃走中に留守番の広瀬はともかく3人ははぐれてしまう。そして6年後、捕まって刑務所に行った窪田はヤクザに、妻夫木は刑事に、広瀬は女教師にそしてリーダーの瑛太は行方不明になっていた。瑛太の行方をそれぞれの立場から追う、3人だったが戦後の沖縄の大きな歴史のうねりに翻弄されていく。
みたいな話。
とりあえず沖縄基地問題にあんま興味がなくて3時間越えは長いなぁ~って人は多分見る必要ない。
なんか超分厚い原作があるらしいって話は知ってて、まぁそっちでは戦後の沖縄の歴史と人間ドラマを濃密に描けているんだと思うんだけど、それを映画化するにあたってどこを残してどこを切るのかという判断をぶっちゃけ失敗していると思う。この映画191分もあるのに人間ドラマを描くのか沖縄の戦後史を描くのか圧倒的にどっちつかずだし、沖縄戦後史に振るには全然覚悟が足りないと思う。
まず人間ドラマなんだけど、基本的には主人公妻夫木らオキナワンチュたちの精神的支柱だった瑛太がある日の侵入失敗後に行方不明になってしまい彼を探すことがこの映画のメインだと思うんだけ、これがすげーふんわりしてんだよ。
妻夫木は瑛太を探すために刑事になったんだけど、その設定も序盤にちょろっと米兵がらみの殺人事件を捜査するパートが入って、その後、米軍諜報部の人間と組んで不良軍人を協力して捕まえる代わりに情報をもらう感じになるんだけど別になんかそんな重要な情報出てこない。さらに深入りすると本土の人間が乗り込んできて拷問されたりするんだけど、これもあんま意味が分からんのよな。
一方の窪田は刑務所でヤクザネットワークに加盟してそこから情報を掴んでいくんだけど、そこがもう断片的にしか描かれなくて「はい、情報出しときますね~」って感じで全然情報が集まっていくわくわく感やスリリングさ謎解き感がない。まぁ、妻夫木よりはマシだけど。そして瑛太の件とは別に関係なく米兵狩りを始める。
広瀬は頑張って瑛太が奪った物資で建てた小学校で女教師になりました。
なお、小学校には米軍機が墜落して爆散した模様。そしてその後、瑛太とかとは関係なく沖縄開放運動家になります。
あと、なんか序盤では花売ってたわけわからんガキがその後、急に成長してイケメンになるんだけど、で、こいつは誰やねん。なんか急にイケメンわいてきたなと思ったら花売りのガキだったってなるんだけど別にこいつなんか花売ってただけで何の存在感もなかったしなぁって感じ。で、実際にはこいつが一番のキーマンで実は米軍の偉い人が現地民孕ませて作った子供で、その現地民がたまたま瑛太たちが侵入した日に米軍基地に侵入していて爆裂出産。そこに瑛太がうっかり出くわして子供を託され、育てていたのでした。
そしてうっかり撃たれたイケメンに導かれた3人は浜辺に移動するとそこには白骨化した瑛太がおり、安易な回想シーンで真実が流れなぜかたぶんその回想シーンを見ていた3人は感動するのであった。何の話やこれ。
ちなみに米軍諜報部と本土の軍関係者が隠そうとしていたのはこの隠し子スキャンダルのことでした。意味わからん。
瑛太はもう死んだ母親と赤ん坊に出くわしただけでその出自は知らんし、イケメンは当然当時赤ん坊なのでそのことは知らん。まぁ偉い人と現地妻の写真が入った首飾りは持ってたけど別にそれがなんにもならんし、なんなら何を現地妻と写真撮ってるねんという話だし。別に撮ったけど肉体関係はなかったって言えば全部収まる話だし。この話に何の引きがあるねん。ばからしい。
じゃあこのメインストーリーを雑に扱って何をやっているのかっていうと、沖縄戦後史の紹介をやっているのね。
米兵による現地民への被害。逮捕しようにもMPがやってきて米軍に連れ去られ無罪にされてしまう。米軍機が墜落してきて子供たちが被害にあうも無罪。苛烈化する市民運動。この忘れられた米軍統治下の沖縄の様子をしっかり映すことに時間をかけている。そして妻夫木と広瀬はそこの渦中にある存在として歴史に翻弄される必要があるので本題の瑛太捜索に時間を全然割けない。
もちろんこれを戦後80年記念に映像化することに意義はあると思うし、特にたっぷり金をかけて作ったであろう終盤の大見せ場のゴザ暴動のシーンなんかは十二分に見応えがあったけど、でもなんていうか映画の本筋と全然接続してないからどうしたってのめりこみが弱くなる。まぁこれに関しては俺が沖縄に全然興味がないからそうなっちゃうのかもしれないけど、なんていうか思想強いなぁって感じ。
でも別に、俺はイラク戦争興味なくてもアメリカン・スナイパーは面白かったしベトナム戦争知らなくてもランボー(無印)は面白かったし、ドンバス紛争知らなくてもコードネーム:レイブンは面白かったからなぁ。だからこそ、大事なのは何を見せるかだと思うんだよな。
たぶん製作陣は沖縄の戦後史を見せることが大事だと思ったんだと思うんだけど、でも、たぶん映画ってそうじゃないんだよ。三者三葉の立場で瑛太を追う中でそこに横たわる困難として沖縄の呪われた戦後史がにじみ出てきてしまう。そういう感じのほうがちゃんと面白い映画になったと思うんだよ。本だったらいいよ、心置きなく全部書けるから。でも映画、映像媒体はそうじゃないじゃん。時間制限がある中で何を描くのか、何を描かないのか。そして直接は描かない中でも見せることが腕ってもんじゃねぇの?
じゃあ沖縄戦後史には全力投球で完璧なのかというの全然でさぁ。
最終的に窪田が米軍基地にテロを仕掛けるんだけどそこで妻夫木と妻夫木の論争になるんだけど。「返還されても沖縄は何も変わらない。だから俺はテロでアメリカだけじゃなくて本土の人間にも沖縄の怒りを知らしめるんだ。怒りで世界を変えるんだ」派の窪田に対して、妻夫木は「暴力じゃ何も変わらない(陳腐)。でも諦めなければ10年後、20年後には世界は変わっているはずだ。人間は愚かじゃないから今の沖縄みたいな間違った状況が続くはずがない」と諭すんだけど、10年後も20年後もそんな変わってないのを知ってる人間がこれ書くのなんかグロいんだよな。
もちろん、まぁ変わってないんですけどね(嘲笑)みたいな映画らしい悪意があるのかっていうとなんかそんな感じでもないんよ。これがブラック・クランズマンみたいにエンディングの前、暴動も治まり日常に戻った主人公たちがテレビをつけると久米宏が沖縄米兵少女暴行事件を伝える映像が流れるとかだったら覚悟あるやんと思うけどさ。なになんかキラキラディベートタイムで消費してんねんと思う。
あとそれで言うと、窪田が急に最後に本土人にキレてたけど、この問題で重要なのはアメリカ人よりもむしろ本土人なのに作中ではその視点はほとんど登場しない。あまりに片手落ちすぎる。
他にもいいたいことは山ほどあるんだけど、とにかくたぶんだけどこれ原作読めばいいだけの映画なんだよ。
もろちん、日本映画史上有数の25億の金をかけて当時の街並みを再現して2000人のエキストラバージンオリーブオイルを集めて撮った暴動シーンなんかはスケール感があってよかったけどだったら191分もいらないんだよ絶対。そこまでの吸引力はないよ。ただ、役者はよかった。みんな芸達者で特に瑛太は薄汚れていてもこいつが青学の柱なんやなっていうのが一目見てわかるような沖縄の太陽みたいな役をよく演じてたと思う。
まぁそんな感じかな。沖縄基地問題に関心がある左翼と沖縄人が見ればいい映画で、エンタメ系が好きな人は別に無理してみる必要ないと思う。長いし。110分くらいだったら50点くらいあっていいと思うけど、そこからさらにホラー映画1本分見せられてこのオチだったからこの点数で提出です。
あと、これは完全に余談なんだけど俺は全然つまんなくてこれホンマにどういう態度で見るべき映画なんやと思って、↑まで書いてからいくつか解説動画を見たんだけどこれがちょっと面白くてさ。
まずエンタメ映画を多く紹介しているチャンネルではおおむね不評で論としては意義は認めるし映像も頑張っているけど映画としては散漫という評価。
そしてこれを絶賛している人の多く、というかほとんどが作品じゃなくて作品背景、沖縄にはこんな歴史があってぇ米軍はこんなにひどくてぇだからこの映画を作るってことには意義があってぇみたいなことが評のほとんどを占めていて、作品の内容じゃなくて意義を評価するって方法があるんだなぁという学びを得た。
(『筑紫哲也ニュース23』「多事争論」コーナーの筑紫哲也の映像)
筑紫哲也「45分ほど前に、ひとつの番組が、18年半の生命を終えました。言うまでもなく、久米宏さんの『ニュースステーション』です。「寂しい」というのが、なによりも第一の感想でありますが、この番組はニュースの形というものを変えました。中でも最大の貢献は、ニュースと茶の間・視聴者の距離を飛躍的に縮めたことだと思います。この番組がなかったら、私たちの番組も生まれていなかっただろうし、私もここに座っていなかったろうと思います。よく、ふたつの番組、光栄にも比較されてきたわけでありますけれども、ライバルというよりは、もちろん、負けたくないという気持ちがあって番組を作ってきたことは確かでありますが、それよりも、おなじニュースというものを追及している仲間だという思いが強くあります。そのなかで、与党からの風当たりとか差障りとか、いろんなことを言われた番組でありますが、それはニュース報道をやっていればむしろ当然のことであって、それだけたくさんのことを言われたというのは、久米さんにとっても番組にとっても、私は勲章だろうと思います。ジャーナリズムをやっていたという証拠でもあると思います。久米さんはよく、自分はニュースの司会者にすぎないということを言いましたけれども、しかしやっていたことは、私は報道の本筋にのっとったお仕事だろうと思っております。まあ、私より若いのに先にやめてしまうのはずるいんじゃないかという、個人的な感想もありますけれども、しかし本当に、18年半ものあいだ、ご苦労様でありました」
(スタジオにもどって)
先週の金曜日に、「筑紫さんが亡くなったので、コメントをお願いできますか」と問い合わせをあちこちからいただいたんですけれど、なんてコメントしていいかわからなくて、結局、どこにもコメント出すことはできなかったんですけれど。
今ありましたけれど、「ニュースステーション」が始まったのは1985年でした。で4年遅れて筑紫哲也さんが、ちょうど「ニュースステーション」と1時間ほどずれる形で「ニュース23」が始まったんですね。で、今の2本目のVTRが、私じっくり拝見したのは初めてなんですけれど…ああたぶん筑紫さんもおなじ感覚だったんだと、いま思ったんですけど…。さっき開票速報、選挙特番やったときに、「タッグを組んだ」とおっしゃいましたけどね、筑紫さんが1時間遅れて始まったときから、ずーっと、全然別の番組で、別の局でやってたんですけど、明らかに僕の気持ちの中では、筑紫さんとはタッグを組んでやってるなっていう感覚がずーっとあったんですよね。で、確かにあの…僕が先に番組をやめて、今みて申し訳ないことしたなと思ったんですけれど、まあ僕は僕でやめなきゃいけない事情があって…。筑紫さんはもっと続けたかったのに。これまったく偶然なんですけれど、二人とも18年半なんですよ。これはもう、やめたくないのにやめざるを得なかった、ほんとに残念だろうと思うんですけど、もっと続けたかっただろうなと思うのと、それから…。困るんですよね、筑紫哲也という人に代わる人物がいないんですよ、ちょっと。それが一番ねえ、困ったことだなあと思って…。
そろそろ話をまとめようと思うんですけど、このへんの頭のなかに、やっぱりこういう時って最後には「ご冥福をお祈りします」って言わなきゃいけないんだろうなと思うんですけど、どうしてもそのコメントがね…。僕ラジオでも一回この話したんですけど、どうしても「ご冥福をお祈りします」って言えないんですよね…。まあ駄目なことはわかってるんですけど、できることだったら、生まれ変わってほしいと、ほんとに、思うんです。もう1回生き返って、生まれ変わって、もう1回筑紫さんをやってくれないかなって…。なかなかねえ、ご冥福されちゃうと困るっていう、ほんと、かんじですね…以上です。
ニュースステーション時代の久米宏だって、局の意向に反したことは言えない、スポンサーを怒らせるようなことは言えなかったって後から回顧してたし、
古舘さんもそりゃそうでしょうと。
非常食の缶入りパンがもうすぐ期限切れになるから食べようと思い開けてみたら刺激臭がしたので捨てた。それでも大きめのトライアルならこの時間でも葬送のフリーレンのとんがりコーンが売ってるかもしれないと思い立ち、電話をしたら久米宏が出て、台湾の選挙がどうのと言っていた。ちゃんと最後まで聴いてとんがりコーンの在庫を聞くと、電話受付は対応してないらしく、ガラケーでの予約が必要らしい。昔使ってた機種があったはずと思い探して電源を入れたらいつのまにか勝手にAndroidにアップデートされてい使えず、そのことを電話で言うと「建前として取り置きはできませんが、在庫は十分にあるから安心してください」との回答。それならばと思い自転車でトライアルに行ったら全部売り切れていた。