はてなキーワード: 都落ちとは
30代女、元水商売。あらゆる街で小遣い稼ぎのような働き方をしていたが、何の因果か、今は昼職で土木関係の現場職をしている。普通に毎日、現場に立っている。都落ちしたと笑う知人も多いが、私からすればむしろ「人前に出られないカスの職業」から「社会的には感謝される職業」へのランクアップだと思っている。
かつての私は、普遍的な人間がイメージする、普遍的な「水商売女」だった。傲慢かつ怠惰で、それなのにナチュラルに自分を選ぶ側の人間だと思い込んでいる。実際、そう思ってしまうような商売ではあった。目の前の男が好みそうな人格を、その場で組み立てて差し出し続ける。長く業界にいると、それくらいのことは誰でもできるようになる。
飲み屋に来る男に比べれば、昼職の男はびっくりするほど簡単だった。欲しい言葉も、欲しい態度も、だいたい同じだからだ。
しかし当時から私は「将来的には心だけで支え合える、完全折半のパートナーと死にたい」と思っていた。高いプライドが変な方向にねじ曲がっていた。男性を選ぶ視点といえば、「私に金をかけられるか?」というプライドでも、「私を守る強い男であれ」という願望でも、生活を支えるという現実的な理想でもなかった。私の理想はもっと身勝手で気持ち悪いもので、「どれだけ強くても一人でこの世を生きていくのは難しい。現代日本では婚姻が最も保障される。私の弱さを理解し、私と同じくらい弱いまま隣で生きてくれるけど、こちらだけに寄りかかってこない男」だった。父性ではなく母性を男に求めていたのだと思う。かなりきしょい願望だが、正直、今もこのねじ曲がりが完治しているとは我ながら思えない。それはさておき。
最近、婚活を始めた。上記の過去をフルオープンにしている「家事家計完全折半、子供産みません女」など市場では煙たがられると思っていたが、意外と男性は好意的だった。私が本気で「年収・職業・学歴・身長・容姿」をチェック項目にしていないせいもある。精神的パートナーというのだろうか。互いにメンタルケアをしながら生きていく関係を望む男性は、多くはないが皆無でもなかった。
そして私に好意的な男性は、みな等しく善人だった。本当に眩しいくらいの「良き」人間で、多分、男性社会の荒めなコミュニケーションではやっていけない側なのだろうと思ったりもした。
ただ、彼らには致命的な問題があった。
あらゆる会話が続かない。
優しいのだが、文脈を拾えない。相手の前提を踏まえて話すことができない。他人の言葉の思想を理解しようとする力が弱い。そこから会話を拡張していく語彙力もない。相手に合わせて空気感を変えることもできない。こちらが頑張って盛り上げた空気感を「相手も楽しんでいた」と素直に認識してしまう。つまり、認知力がかなり低いのである。
こういう時は、決まってあの客を思い出す。当時30代後半くらいだったであろうその客は、正直、見た目が終わっていた。どこで買ったらその組み合わせになるんだという服を着ていたし、見た目のケアもできておらず、とても仕事ができそうには見えなかった。当時の店はそれなりに単価が高い店だったが、確か誰かの枝として来ていたと思う。
しかしその客は、会話だけは違った。女にモテる会話ではなかったが、こちらがまだ言語化できていない感情を、丁寧に真っ先に言葉にした。間髪入れず、かつ肯定のような枕詞も忘れずに「それってこういうこと?」とすぐ仮説を出してくる。私が「ちょっと違う、なんかこういう感じで~」と言うと、「じゃあこういうこと?俺も似たようなことある~」とすぐさま柔らかく修正する。私が肯定を返せば「分かるよ~俺も〇〇な時にこんなことあって~」と共感力の高い会話を拡張していく。
あの頃の私は、それを特別なことだとは思っていなかった。女のコミュニティではこのような会話が当たり前だからだ。ただ、接客中なのに妙に会話が楽だった。そしてこの客はよく言っていた。
「世の中って、思うほどみんな優しくない」
わかる、と当時の私は同意していた。こちらが差し出す優しさを、どうして同等に返してくれないのだと思っていた。こんなこと、人間としてできて当たり前だろう?と。そしてこいつだけは、私をちゃんと一人の人間として扱っているとすら思っていた(当時は傲慢な女だったため)
だから私は何回か誘った。
「あなたなら店の外で会ってもいいよ!」
恋愛をするつもりなんてなかったし、金銭的な打算がまったくなかったといえば嘘になるが、まぁ少なくとも不愉快ではなかった。
しかしそいつは決まって「俺そんな金ないから」と笑って、空気が悪くならないように断った。どれだけそれっぽい営業を掛けても、絶対にうんとは言わなかった。だが時々、思い出したように店には来る。そう、店には来るのだ。この珍しさ、夜職をしていた女なら分かるだろう。私は頻繁に営業をかけていたが、そのうち、そいつにはメールが届かなくなった。当時のジジイ達はまだLINEをやっておらず、連絡手段はメールだった。
まだ成人したてで世界が狭かったあの頃の私は、これらのことを大して重視していなかった。でも今なら分かる。あれは多分、あの客なりの誠実さだったのだろう。
店の女が、店の外で会おうと言っている。本音なわけがない。信じる価値もない。でも、このまま無料で会話させるのもどうなんだろう。そういうことを、もしかしたら全部考えていたのではないだろうか。もちろん、私に価値を感じなくなって着信拒否をしただけなのかもしれないが。捨てる前に店外をしなかったあの客は、何を考えていたのだろう。
認知力が高い人間は、夜の店でも素直に楽しめない。状況の構造を見てしまうからだ。だからあいつは、夜の店でさえ生きづらかったのだと思う。でも、今の私はお前のそれを誠実な優しさだと勝手に認識しているよ。色んな人間と接して、自分の歪みを指摘されて、まぁ、現場系で働くくらいには「まとも」になったから。
婚活相手の人々は、こんな私にも優しくしてくれる。私が悲しい時に笑ってくれる人。私が困っている時に「そんなことは忘れて星を見よう!?」と言ってくれる人。「大丈夫?」の前に「何かいるものある?」と聞いてくれる人。
荒いコミュニケーションかもしれないけど、みな等しく優しかった。心配した上で、自分なりの優しさで歩み寄ろうとしてくれた。私がそれを優しさと認識できなかっただけで、誰もが無神経なわけではない。コミュニケーションの形が合わないだけの、優しさだ。
「世の中って、思うほどみんな優しくない」
でもお前は、優しかったと思うよ。
傲慢になりそうな時は、決まってあの客のことを思い出す。
高校時代から通っている吉祥寺のジャズクラブ。ライブはもちろん、カフェタイムに読書しながらのんびり過ごすのにも最高な場所 pic.twitter.com/dlyB6AKcEp— mei (@meiku03) January 13, 2026
高校時代から吉祥寺のジャズクラブ(笑)
都会の子は洒落てまんな〜(笑) https://t.co/VdXrXl3a0o— 汐留シオサイト (@siodome_siosite) January 14, 2026
たまに居るよねずっと都会へのコンプレックス抱えたまま生きてる人
払拭しようとするわけでもなくグチグチ言いながら田舎に居座り続けたり、都会に出たものの地元や地方に移住となれば「都落ちだ」とか言いだしたり
苦手だ
いつ幸せになるん
日本の山奥僻地もアレだがオイミャコンとかなんでそもそもそこに人類が行こうと思って定住まで決断したのかが理解できない
そういうのって平家みたいに追っ手から必死で逃れんとした都落ちみたいなパターンというか追いやられてそこまで到達した感じか?パンダみたいに。
dorawiiより
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>スタバの時もこういう感じよね 俺は鳥取のこういうところ(何もかも遅い)が嫌で関東に出てきたのでよくわかる、ちなみに白バラ牛乳は東京の高級スーパーで買える。懐かしくなるが高いから買わない。
↑トップブコメのこれを読んで「関東に出る?」と違和感を覚えた。
なぜ違和感を覚えたのかを考えてみると、自分は東京生まれの東京育ちなので「関東に出る」というのは、例えば北関東の栃木県などに「下る」というか、都落ちする感覚しかなかったかなのだなと気づいた。
ところが、このブコメを残した鳥取県人からすると「関東」ですら「ハレ」の場というか、「上る」的な存在なのだなと思えた。
自分からしたら関東の数県も鳥取県も変わらないというか、別に大した違いはない(たまにデカいイオンとかホームセンターがあったり、道路に巨大なファーストフード店があるというイメージ)と思っていただけに、ちょっと衝撃だった。
松本人志、普通に完全勝利じゃんって流れになってて笑った。同席してた芸人が起こした裁判で勝った時点で、あの頃ネットで騒いでた空気どんだけ雑だったんだよって話じゃない?
あの時期さ、みんな週刊誌の見出しだけ見て脊髄で反応してたよな。確証も出てないのに断罪ムーブに全振りして、後から事実が整ってきたら急にダンマリ。毎度のことだけど、結局“空気”に飲まれて叩いてただけじゃん。
週刊誌に踊らされたってもう言い訳できないレベルでバレちゃったわけで、はてな民もそろそろ「俺たち、正義感じゃなくてノリで叩いてただけ説」と向き合った方が良いと思うぞ。
松本は裁判に勝ってないよ? 今回勝訴した名もなき芸人の係争相手は講談社であって文春ではないしな。現状、限りなく黒に近いグレーと受け取られている。なので、地上波のテレビにも出てこれない。
いや、その認識かなりズレてるよ。
講談社の件は事実と違ってたのに、なんで文春だけは正しい前提になるの?
物証もないのに“限りなく黒に近いグレー”って、ただ自分がそう思いたいだけでしょ。
松本がテレビに出にくいのも、君みたいに勘違いで騒ぐ層がいるから局が面倒を避けてるだけ。
実際はダウンタウンチャンネルに普通に映像提供してるし、地上波でも過去映像は流れてる。
つまり、根拠じゃなくて思い込みで“黒寄り”ってことにしてるだけなんだよ。
で、これちゃんと君の勘違い正せるから、増田来てツリーで話そうか。
逃げたら負けってことで。
その指摘もズレてるよ。
フライデーが敗訴したからじゃなくて、文春自身が物的証拠なしで記事を書いたことを認めて、訴訟を降りたって流れが重要なんだよ。
訴訟降りたこと指摘するやつってこの事実から絶対逃げるんだよな。
だから松本人志完全勝利という表現が無理筋ってより、そっちの方が状況としてデカい。
訴訟が片付いたことで、お笑い復帰も早まってるし、ダウンタウン+も登録者50万人まで伸びてるしな。
解釈は自由だが事実歪曲はよくない。文春との訴訟を降りたのは文春ではなく松本サイドであって、松本自身も不特定多数の怪しげな飲み会を開いていたことを認めて謝罪してる。性加害事案で物証がないのは当前
ダメだこりゃ
いや、その「事実歪曲はよくない」って言いながら曲解してるのはそっちだよ。
取り下げ=双方合意が必要なんだから、文春も飲んでる時点で「自分たちだけは正しい」とは言えない。
次に、松本が謝罪したのは“怪しげな飲み会を開いていたこと”じゃない。
物的証拠がないのに週刊誌の記事だけで他人を有罪扱いするのは、ただの思い込み。
客観的に立証できてない話を、週刊誌が書いたからといって第三者が信じ込むのは単なるバカ。
こういうの普通に金もらって書いてると思うんだよな。こうまでして彼とビジネスしてる人らは最低限の綺麗事すら守れていないということに気づいてほしい。特に日テレとその社員は公器として恥ずかしくないのか。
反論できなくなると「金もらって書いてる」って決めつけに逃げる人、ほんと出てくるよな。
見てるこっちが恥ずかしくなるレベルの雑なレッテル貼りで話を済ませようとするなよ。
もし本当に金が出る仕組みがあるなら、俺あと100回でも同じ内容投稿するから
ぜひどこで金受け取れるのか教えてくれ。
ようつべに行ったことは一言で言うと都落ちだと思うのだが、まあ結果的にそれが吉となる可能性はあるよね。私は厳しいと思っているけど。
YouTubeじゃなくて、自前のサブスクに行っただけで、都落ちどころか別レーン作って走ってるだけ。
こういう基礎情報すら読み取れないまま適当なイメージで叩く人が多いから、
裁判では強制性の有無を争っていたわけだけど、既婚者である松本氏が複数人の女性と性交していたという時点でコンプラ的に問題なのでは?
全部間違えてる
こいつと同じレベルってお前ら恥ずかしくないの?
23区内から郊外(都心まで1時間くらい)に引っ越し、マイカーを持った。
このあたりでもクルマはなくても暮らしていけるが、クルマがあると俄然便利になるね。
スーパーにはそれぞれに特色がある。生鮮に強いところ、惣菜に強いところ、頭のおかしい特売をするところ、全体的にお安いが品揃えが今イチなところ、日用品の物量や値段がイケてるディスカウントストアなど。
クルマがあると、「今週はコレが買いたいからあそこに行こう」と選べるし、「あっちへ行った後にこっちも寄ろう」とかもできる。「この銘柄のお酒はあそこしか取り扱いがない」なんてこともある。
もちろんメインのスーパーはクルマを使わずに済む駅前のマルエツだが、それしか選択肢がないのとクルマに乗ればほかにも行けるのとでは月スッの違いがある。
区部住まいだった頃は駅前のサミットだけが頼みの綱で、サミットで買えるものしか食卓には並べられなかった。そもそも都心のスーパーにはまともな駐車場がないから、無理してクルマを持ったとてスーパーの選択肢が増えるわけではないのだ。そういう意味では「クルマを持たない都心住まい」には確かに合理性があると思うけれど。
私は郊外に越すことをどこか「都落ち」のようにネガティブに捉えていたけれど、むしろ我が家の食卓は彩りが増した。もっと早くこうすればよかった。
この記事↓を読んで、胸がざわついた。
■東大卒だけど、チームみらいは苦手だ。
https://anond.hatelabo.jp/20250718014412
要旨 (ざっくり)
“チームみらい” の中核は、東大の「中心グループ」だった私立中高一貫校卒の同質エリートだ。東大の中でさえ周縁組にとっては嫌悪の対象でこそないが違和感の対象ではあった。若さと人当たりの良さに流されて無邪気に応援するのは危険では?
その問題提起や気持ちは私も共有している部分があるが、比例で彼らに一票を入れるつもりだ。
私は地方公立→東大入学。チームみらいのコアメンバーや出馬しているメンバーはFacebookで繋がっているけど疎遠、とか顔や名前は見たことある、程度の人が数名。元増田と同じくらいの距離感。
名門私立組が入学時から既に人脈も情報も持っていて無自覚にレバレッジを掛けて活躍する構図に、当時羨望と嫉妬を覚えた。
自分も広い社会で見るとかなり恵まれていたのはさすがに当時でも自覚していたが、東大内でも格差(人的ネットワーク・生活基盤・情報量・経済力)は存在して、当時から彼らにはあったリソースが、政治にチャレンジできるような現在地を作っていると言える。(もちろん全員のバックグラウンドは知らず印象で語ってます。ごめんなさい。)
印象ベースではあるが「チームみらい=かつて何でも持っていたようにみえた人たち=視野が狭いのでは」という警戒心は若干ある。私個人の能力や性格上、仮に名門中高出身だったとしても政治に関わることはないので、嫉妬する必要はないはずだが、駒場でキラキラしていた彼らが表舞台に立ってまた脚光を浴びうるような状況にうっすら嫉妬心もある。
専門職/大企業/起業家等のキャリアを少なからず犠牲にしながら、選挙という泥臭い現場に飛び込んでいる彼らを応援・評価したい。当選しなくても元の仕事や生活に戻ることはできるのだろうが、目立って名前を売ることで次の仕事に繋げよう、みたいな意図はないはず。目立つことで敵対心や誤解などを買ってしまうリスクの方がどう考えても大きい。
地方出身者としては、そんなリスクテイクができるのも失敗しても都落ちしないで済む恵まれた立場だからなのでは、という羨ましい気持ちもある。でも彼らがチャレンジしないで誰ができるのか。
元増田がいっているように「理想論だけで想像力が欠けている」とは私は個人的には思わなかった。
少なくとも自分の一番の関心事である子育て政策に関しては、他の数党と比較したが一番まともなことを言っていると思うし、自分の子供世代(と自分)が生きる50年後の未来を自分ごととして捉えてる政策と感じる。
「正直、半年後に彼らがとんでもない政党と手を組んでいてもあまり驚かない」と書いていたが、彼らのキャラクター的に起こりにくいし、「取れたとして1議席 (複数議席取れたらほぼ奇跡) 」という彼らの現在地に対してこの懸念は過剰だ。
かつてDon't Be Evilを建前だけでも保持していたG社がその看板を下ろしたように、守る物ができたときに妥協点を探ったりディールを余儀なくされることはあるのかもしれないが、それは何ステップも後のことだと思う。
ライフイベント等次第では次に出馬することはないかもしれず、希望を提示してくれてポピュリズムに走らなず実務能力がある政党・政治家が次生まれるのがいつになるかはわからない。年間1.5 億円の政党助成金で安野さんが作る永田町エンジニアチームがどんなチームでどんなものを作るのか見てみたい。できあがるものがマイナスなものであることはない (彼らは決してEvilではないし無能でもない) し、たかが1.5億円、たかが1議席でそれが見られるのであれば単純にコスパが高い。
それを見た上で、今後を判断したい。それも見られずに今回1議席も取れずに勢いが止まってしまうのはもったいない。元増田や自分の周りの東大卒という、チームみらいに近いはずの界隈からも(近いからこそか?)あまり共感や応援を得られていないように見えていて、共感を得にくい属性が足枷になって議席が取れなかったらもったいない。選挙公報でやたらと"AI"やら"テクノロジー"やら"東大"を強調していたのはキャッチーなのかもしれないが、特にAI・テクノロジー・東大周辺の人からは反感を買いそう。
ほとんど感情でしか語って無くて本当に東大卒かよ、という文章になってしまった。
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語尾に「思う」使いすぎだろなど色々コメントがあり読み返したら恥ずかしくなったので、その他含めて本文を少々編集しています。(7/20 20時半)