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はてなキーワード: 更年期とは

2026-05-08

anond:20260508103641

あとうっすら医療に対する不信感が根付いてるんだと思うんだよな

体調不良になる機会は多いのに、病院に行っても解決しないどころかあしらわれて終わる事が多い

でもそのまま生きていくのはしんどいから楽になる手段模索する→民間療法流れる

何かを買うという方法だけでなく、これを食べるなあれをするな生理or更年期が重くなるとか不妊になるという迷信は山程ある

医療関係者すらそれを信じてたりする

女の人生民間療法抜きに生きるのは難しい

漢方も多分女性顧客の方が多いんだろうな。看板にずらっと女性が悩んでそうな不調が並んでる

そりゃ変な健康食品も買う奴も出て来る

anond:20260508094031

生理とか妊娠とか産後とか更年期の不調は病院に行っても解決しない事が多いせいかライフハックのノリでそういう品物の情報交換がされやす

大抵は大した問題が起こらないような値段と内容のものなんだけど、それが繰り返された結果ハードルが下がっちゃうんだと思う

自然派食品に関しては特に産後生活では良しとされがちだった

病院で配られる冊子、助産師保健士も「それである事に越したことはない」と前提に食事について語る事が多かった

自然派までいかなくても無添加食品子どもにとって安全食品である事の指標の一つのように表示される

私はそれにこだわらない人間だったけど、そうである事が子供健康安全無頓着すぎると感じてしまうくらいだった

から女性が引っ掛かりやすいというのには驚かない。そういう品物を手にしてしま価値観に早くからもう染まってる人が物凄く多いのだと思う

2026-05-06

あ、このvtuber更年期かな?そう思った理由は?

かかとがカサカサしている音が聞こえる

2026-05-05

10年前】

かわいい

美人で優しい妻

経済的に余裕のある親

【今】

反抗期生意気な娘

更年期メンタル不調の妻

認知症の親

幸せ時間は長くは続かないね

2026-05-01

トランスカルト教祖バトラーさん、ボコボコにされてしま

https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/

バトラーが見なかったもの――書評

リンジージャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論概念的混乱を検討している。

 

1. 導入:性とジェンダーをめぐる古くて新しい論争

著者はまず、1970年代女性解放運動期に、米国マルクス主義人類学イヴリンリードが書いた「生物学女性運命か」という問いを引く。リードは、女性母親であることを理由に、社会的役割限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学人類学は、性役割女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。

今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然文化生物学社会的態度、性とジェンダー関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダーアイデンティティ運動における中心的な学術人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。

ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的ものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である

著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。

2. 極右文化戦争、反ジェンダー運動

書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダー文化戦争の一部となっており、バトラー右派極右による「ジェンダー理論攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプイタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーヴィクトル・オルバーンローマ教皇などである

バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジルコスタリカコロンビアフランススイス英国スコットランドエクアドルドイツハンガリースペインなどが例に挙げられている。スペイン極右政党 Vox は「ジェンダージハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。

著者は、こうした反動的勢力個人的性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家差別執行できる権力を持っているかである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖家族モデルである

しかし著者は、バトラー分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義危機、脱工業化生活水準の低下、反移民感情人種差別政治的動員、米国社会軍事化暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。

まり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理不安」ではなく、資本主義危機社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである

3. バトラーは「ジェンダー」をどう理解しているのか

著者によれば、バトラー実質的に「性/ジェンダー」の区別崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。

著者はこれを、現実身体カテゴリーイデオロギーへと作り替えてしま議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である

さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学事実である人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係依存してきた、というのが著者の主張である

著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然事実のもの存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。

また、バトラースポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセス個人トレーナー存在関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体性差問題を消すものではない、という趣旨である

著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。

4. マルクス主義自然文化をどう見るか

著者は、バトラーが『ドイツイデオロギー』のマルクスエンゲルス引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想人間物質生活過程から生じる。観念イデオロギー現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実のものを作るわけではない、というのが著者の理解である

著者は、バトラーが「phantasm」とマルクスエンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラー議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義唯物論からは遠い、と批判する。

マルクスエンゲルスは、人間自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解放棄することだ、と著者は述べる。

著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性母性役割理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級財産を守る国家装置形成財産継承保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性世界史的敗北」と呼んだ、とされる。

資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内無償労働有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義搾取規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー同調性に適した家族必要とした。そこには性的同調性も含まれ女性子ども男性従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。

この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニスト生物学決定論実証主義よりも優れている、と主張する。

5. 家族社会的再生

著者は、女性再生産における役割は中心的だと述べる。女性人類再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力再生産、つまり養育・ケア社会化・教育にも深く関わっている。家族次世代労働者比較的低コストで育成するため、経済的社会的役割を果たす。

女性母親であること自体不利益でなければならない自然理由はない。しかし、それが資本家階級利益をもたらす社会的経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である

この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である

一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年英国家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しか共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア料理、清掃などの社会的再生労働も、低賃金女性が多く担っているという点である

著者は、自然文化関係は複雑だが、女性生物学役割に色づけられていると述べる。女性けが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性不利益を補強する。

妊娠授乳更年期月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力不利益の多くを取り除けるかもしれない。しか資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。

著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である

6. 階級ジェンダー女性の恐怖の軽視

著者は、バトラー議論女性抑圧という特定問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダー社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実カテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。

また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。

著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダーアイデンティティ理論批判的な人を信用失墜させ、議論沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。

そのような人々まで、極右ファシストの側に客観的に立っていると見なすの馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダー分析にも複数立場がありうる。トランス権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラー理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である

著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力レイプ女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。

特に著者が不快に感じた箇所として、バトラー女性刑務所女性専用空間におけるレイプ性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数暴力男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性ペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性男性男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。

7. グローバルな女性労働階級

著者は、バトラー理論抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化差異だけでなく、物質生活現実も見なければならないと言う。

たとえば、フィリピンスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者女性男性黒人白人性的指向やジェンダー

2026-04-23

anond:20260423184346

血の道(ちのみち)

女性特有体調不良月経更年期に伴う不調を広く指す当時の言い方。

黒塗り(くろぬり)的

→ 黒く塗り込めたように暗い様子。ここでは煤で黒くなった室内の比喩

病褥(びょうじょく)

病人寝床。療養している場所

小座敷(こざしき)

→ 小さな座敷。客間や控えの部屋。

手摺窓(てすりまど)

→ 手をかけられる高さにある窓。やや低めで身を乗り出せる造り。

小面憎い(こづらにくい)

 なんとなく癪にさわる、可愛げがなく憎らしい。

嫂(あによめ)

 兄の妻。

2026-04-08

anond:20260408084342

現状はそうなっている点があるのは否めない。

からこそ、弱者男性強者女性に従い尽くし、そういった意味価値がありコスパが良いのだと知らしめることが必要

家事はもちろん、ありとあらゆる事務作業、心身のケアを一手に担ってくれる、いうなれば昭和専業主婦のような男であれば、仕事で忙しく、更年期身体がいうことを聞かなくなってきた女にとって価値ある存在になる。

こういった存在需要は、女性向け漫画等で上記のようなヒモ男を飼う話がそれなりの頻度で売れていることが根拠です。顔なんて強女の金で整形すればいい。

そのためにも産みたくない女性仕事に励むべきだし、養いたくない男性人間を支えるスキルを磨くべき。

まりは男女ともに、弱者強者に従い尽くし、強者はその誇りを持って弱者に尽くす。

いうなれば貴族平民関係アップデートさせた、倫理効率両方取りの形になるといいよねって話です。

2026-03-16

anond:20260316115355

高身長お金持ちでイケメンの彼が、更年期の私に恋をした」

ストレートに訳すとこうなるよ。

2026-03-15

「ぶつかりおばさん」という言葉に感じるモヤモヤ

渋谷スクランブル交差点の「ぶつかりおばさん」の動画SNS拡散されている。

人通りの多い交差点を歩いている中年女性が、すれ違う人に次々とぶつかっていく動画だ。

観光客らしい中国人グループにもぶつかり、小さな子どもにもそのまま体当たりするように通り過ぎていく。

動画自体はかなり衝撃的だった。

正直、見ていて「これはひどいな」と思った。

ただ、その動画についたコメントを見ていると、どうしてもモヤモヤする。

「ぶつかりおばさんもいるんだな」

更年期イライラしてるんじゃない?」

いかにも非モテ独身って感じの顔してる」

迷惑行為批判しているというより、「おばさん」という属性のものを観察して面白がるような空気があった。

もちろん、投稿している人の多くはそこまで深く考えていないと思う。

単に「変な人がいた」という出来事を共有しているだけなのだろう。

でも、「ぶつかりおばさん」という言葉がついた瞬間、その話は少し性質が変わる気がする。

それは単なる迷惑行為の話ではなく、

「おばさんという存在ネタとして観察するコンテンツ」になる。

もし同じことをする人が男性だったらどうだろう。

若い女性だったらどうだろう。

たぶんここまで「キャラクター化」されない気がする。

「おばさん」という言葉がついた瞬間、

それは迷惑行為の話というより、「安全に笑える人物像」になる。

もう一つ、気になっていることがある。

もし本当に、理由もなく人にぶつかる行動を繰り返している人がいるのだとしたら。

それは単なるマナー問題というより、何らかの精神的な問題可能性もあるのではないか、ということだ。

もちろん、そうだと決めつけるつもりはない。

ただ、少なくとも「普通社会的行動」からは明らかに外れている。

それでも、その行動は動画として撮影され、SNSに上げられ、コメント欄で共有される。

「ぶつかりおばさん」

というラベルと一緒に。

もし相手が本当に精神的に不安定状態だったとしたら。

それは「面白い人」ではなく、「困っている人」なのではないか

少なくとも、動画を撮ってネットに流し、みんなで笑うような話ではない気がする。

もちろん、ぶつかられた側が不快に感じるのは当然だ。

危険でもあるし、迷惑行為であることは間違いない。

ただ、その不快さを処理する方法

「ぶつかりおばさん」という言葉でラベル化して消費することなのだとしたら、少し引っかかる。

それは本当に迷惑行為批判なんだろうか。

しろ私たちは、

「おばさん」という属性安全に笑える対象として消費しているだけではないか

2026-03-02

anond:20260302094900

若年層も受けてるとかのお題目で繰り返してるのは更年期ババァじゃん

被害者属性若者を混ぜたら自分老いを薄めれるつもりなのかも知れないけど

そんなことはないよ

2026-02-20

anond:20260220143951

みんないってるもん!っていう幼児がつく嘘程度の根拠しか出せない知能のまま更年期まで来ちゃった不幸な個体がけっこういるんやな

平和現代弊害なんやろな

2026-01-29

anond:20260129092758

この増田若いな。男性で55歳を過ぎると更年期で外見的にも内面的にも急激に老化が始まる。

身体のどこかがなんとなく重い、怠い、

さな字が読めない

やる気がでない

みたいなことで60歳前後死ぬ結構いるよ。

2026-01-27

anond:20260127155025

こちらのエントリ消えてるけど、不妊治療嘘松してた模様

はてなって本当に男女ネタでならどんなものにでも食いつくので、消えたあともがんがんブクマが増えてる

ボリュームゾーンはそろそろ更年期更年期上がりだろうに、互いの性に対するこの怨恨の強さは謎

2026-01-21

プレゼント企画に目の色変えてRPして「○○ストアさん最高♥かわいい♥ご縁があるとうれしいです♥」とか擦り寄ってる他に一切ポストしてない物乞いアカウント見るとイライラしてくる。更年期です。

2026-01-20

人生対応できる更年期ババアは1人で限界

神様よ、ワイは何か悪いことでもしたか

ここまでいじめないで!!

2026-01-19

42歳厄年も過ぎた

26/1/19

人生リセットボタン

今年で43歳こなし夫婦の女です

ずっと子供いらなかった

最近、今になって子供がいても悪くなかったかも、という思考に陥っている。

理由は同年代冨永愛さんが出産したり、勝間和代さんの行き当たりばったり人生、という言葉が頭に入って、なんでもいいやん、どんな人生でもいいやん、という思考に至ってるから

でも子供が欲しくない理由はずっと明確にあった。

自分人生、まだピークがきてない、ずっと燻ってるのに自分時間絶対に奪われたくない、私は私の人生を生きたい

誰かの世話をするということが性根にあってない

一番大きな理由としては母親に対する当てつけです。

小さい頃から見てきても、元気いっぱいで楽しそうではあるが、いつも父親の事でずっといらいらしたり趣味を楽しめてない母親を見て、こんな人生は嫌だー!!

と思ってきたわけです

母親になると自由はなくなると刷り込まれてきたわけです

ところが今になって、なんでかちょっとずつ動物も可愛く見えてきたり人の子もうるさい子供は嫌いやけど、可愛く見える時も出来てきたわけです

多分更年期差し掛かってのホルモン関係もかなり大きいと思う。

こんなことだれにも言えないのに女性にしたりポッドキャストにした、月岡ツキさんはすげーなーと思う。

勝間さんが人間自分病気は見て見ないふりをする、薬をわざと無意識下で飲まないなどする、という聞いたけど、やばいやばいと思って向き合ってこなかったので、病気ではないけど生き方がそれかもなぁと思った。

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