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2024/04/13

0413:新刊が刷り上がってきたーーっ

5月の「まいまい東京」用配布資料を作ったり

そのたもろもろこまごまあれこれ。

今月下旬に発売される新刊の見本が届いた。

なかなか面白い(かつ少々マニアックな)本に仕上がったので

よろしければぜひ。

写真と古地図満載です。地形図見ながら、

江戸城周辺の原地形はどうだったのかとか

江戸時代初期は水路だらけだった話とか

江戸城拡張にともなって引っ越した寺社の話とか

小名木川クルーズで閘門体験した話とかもあります。


予約してくださる方はこちらから

古地図と地形図で発見! 

江戸・東京の「はじまり」を歩く




2024/01/24

サンボル布はハイテクモダン風呂敷だった

サンボル布が面白い。こういう布が欲しかった。

サンボルはサンダーボルトの略で、サンダーボルトのたくたさんを中心に、いしたにさんと矢崎さんが一緒にやってるサンボル商会というプロダクトで、

その第3弾が「布」なのだ。

使ってみたいと言ったら、1枚送ってくれたのである。


「布」なんだけど、感覚的には「ハイテク風呂敷」。

ちょっと厚めの大きな布で、表と裏がくっつくのである。

マジックテープは互いにテープがあるところしかくっつかないし、

テープ部分がごわごわしてるのだが、

この布は、接着力は強くないけど、布全面がどこでもぴたっとくっっつくのである。

面積あたりの保持力は弱くても、広い範囲でくっつくのでトータルとしてはかなりくっつく。

だから「風呂敷」みたいに使える。

「サンボル風呂敷」、略して「サンボル敷」。いっそ「サン風呂敷」でもいいんじゃないか。

とりあえず今一番使ってるカメラをくるんでみた。α7CII+SIGMA 28-70mm




けっこうデカいのでカメラとかくるむと、カメラバッグじゃなくてもさくっと放り込んでおける。

コツは「表」と「裏」を意識して包むこと。表同士、裏同士だとつかないから。

使うときはべりっと剥がせばいいだけなのでかなり便利。

首からカメラを提げてあるときもこれでくるんでおけば、かってに布がほどけたりしないし、多少ならぶつけて傷つける心配もない。


仕事がら、レンズ何本とかスマホ何台とかまとめて持ち歩くことが多いのだけど、その都度必要な機材が変わるし(レビューするからね)、できればデカいカメラバッグは避けたい。

そんなとき、これがあれば他の機材とぶつけて傷つける心配なく適当なバッグに収納できるのだ。

サイズは1辺が約45cm。とりあえず、OM-1と40-150mm F2.8ならきれいにくるまる。



個人的にはこれをさらにカットして、それぞれでスマホをくるむのもいいかな。

スマホ複数台持ってレビューするときなんか、スマホ同士がぶつかって傷つけないよう気をつけなきゃいけないし(特にiPhoneのカメラユニットは他の機材を傷つけるので有名)。

それこそ「風呂敷」のようにいくつかのガジェットをまとめてくるんでもいい(表裏のひっつきをうまく使えば互いに当たらないようにできるし)。

いつも複数の機器を持ち歩くときは機材同士がぶつかって傷つけないよう間仕切りがいくつもあるバッグを使ってるんだが、これがあればその辺が楽になる。望遠ズームレンズみたいな大きなレンズは大きめのレンズクリーニングクロスにくるんでるのだけど、こっちの方が安心できる。

しかも、布同士がくっついたり剥がしたりという独特の感覚が気持ちいいのだ。

張り付くときや剥がすときの感覚は体験して欲しいなあと思う。そういう「これはなんか楽しいぞ」という身体感覚って大事なのである。

詳細はこちらから。

〆切が今月末なので、気になった方はおはやめに!

【2色セット】大事なものを不思議な力で包んで守る『サンボル布』 | CLUB ThunderVolt

2022/07/09

0709:鎌倉街道本の見本が届く

 「鎌倉街道伝承を歩く」本の見本が届く。

売れるとよいなあ、というか売れてくれないと死ぬ。

写真も自分で撮ってるし、地図も自分で作っているので手間暇がかかっているのだ。


明日の講座の準備をなんとか終える。

90分ひとりでしゃべるとなるとそれなりの枚数を用意しなきゃいけないので大変である。

参加人数が少ないとはいえ手は抜けない。


2021/09/13

0913:多摩・武蔵野凸凹地図でます

 なんとか原稿を書いて送って昼まで寝る。

まあだいたい身体も頭も疲れてるときは仕事にならないので

仕事しないであれこれ事務処理したり漫画読んだり。

そういえば多摩武蔵野凸凹地図が届いた。

今月末あたり発売。多摩武蔵野凸凹地図の古道や石仏を担当。

そのデータは多摩武蔵野スリバチ本にも使われてる。

江戸の古地図ものはけっこうあるけど、多摩武蔵野ものは少ないので

多摩武蔵野の方は楽しめると思う。同時に横浜・川崎・鎌倉ものも出るのでよろしく。




2020/12/08

1208:今年は色々と本を出したのだった

事務処理を粛々とこなした日。

昭文社からまもなく発売される「東京23区凸凹地図」。
昭文社の地図に地形図を重ね、
そこに皆川さんを中心に、暗渠の本田創さんとか階段の松本さんとか、ついでにわたしとかがそれぞれのジャンルでデータを追加したもの。
わたしは古道旧道担当だったのだけど、この地図では五街道や脇往還を中心に、それなりに名前がついてる道と、いくつかの鎌倉街道伝承にのみ厳選した。
これ、どこまで入れるか難しいんですよねえ。
で、それだけだと寂しいので、ピックアップした古道沿いに残る石仏系はなるべくフォロー。


まもなく発売。

ついでに「高速道路と自動車」も届く。
ここから随想依頼が来たのはびっくりしたわー。
「高速道路と自動車」なのに「古道旧道と自転車」というテーマで。

こちらは店頭には売ってません。

「江戸・東京 古道を歩く」とともに23区凸凹地図もぜひ。
あ、でも、本業はIT系デジカメ系ですからね。そっち関係の仕事も募集中。



2020/10/11

1011:間も無く新刊が出ます

アーバンライフメトロにコラムを書いてメール

さらにITmediaに感熱紙プリントカメラのレビューを書き始めたが、

ちょっとイメージカットが欲しいな、それは朝起きてから撮るかってことにする。

今秋に出る新刊、Amazonに書影が入ってた。


2020/03/05

本ができましたー

3月12日発売(とAmazonには書いてあった)の本が刷り上がったので
妻と一緒に(実は次の本、妻がブックデザインをしてるのだ)
編集の人と会ってブツを直接受け取る。

というわけで初披露。
「東京「多叉路」散歩」。
この表紙と裏表紙、めちゃ気に入ってます。
THETA Z1で撮ってPT Guiで真上から見た画像を作ったのだ。
デザイナーが気に入ってそれが表紙に。



裏表紙(表4)は撮影してるわたしも写ってる(表紙の方は文字にかぶるってことでフォトショで消された……)。

で、多叉路をテーマに
なぜそこが多叉路になったのか、歴史的経緯や、その場所の交通的な重要性などを
ついつい掘ってしまった本。
九道の辻から、丁字路まで、それなりに掘ると面白い「叉路」から
東京の歴史を楽しもう、というか、その多叉路に歴史アリ、というか
普段、何気なく歩いてる交差点も、その成り立ちを掘り下げたくなるような
そんな妙な本、見かけたことないので売れるかどうか知らないけど、売れて欲しい。

ぜひ予約を。


そのあと、保護猫シェルターqueueへ行って猫撮影。
先日のファームアップでNikon Z6/7が「猫瞳AF対応」したので
その撮影のためだ。



若い元気な猫が多くてめちゃ楽しんでしまった。

で、帰宅して原稿をちょっと書いて図版をちょっと作って寝る。


2019/02/05

「はじめてのネコ撮影」講座やります

友人等が「純公写」というグループを作り、
写真関連のワークショップを中心に活動をはじめるという。

で、その第一弾が三井さんのスマホ写真講座なわけだが
わたしも何かやらないかってことで
「はじめてのネコ撮影」ってテーマで猫写真講座をやることにした。

スマホからデジタル一眼まではばひろく
・ネコと仲良くなる(あるいはネコをおどかさない)という撮影以前の話
・ネコを撮るときのセッティングや具体的な撮影のコツ
・撮った猫写真を公開するときの注意
を中心に、
作例の解説を交えながらガシガシとやる予定なので
ネコ写真をうまく撮れないとか
ネコを愛でるついでにスマホでちょろっとカワイく撮りたいとか
カッコいい猫写真を撮りたいとか
デカいプロジェクターで猫写真をみたいとか
まあそういう人はぜひ来て下さい。
2月16日。
その翌週には10名限定で実践編もやります。
実践編はスマホ中心かな。
まずは、座学+実践のセットで募集し、
そののち、それぞれ別個での販売に切り替える予定。

で、その詳細が公開されたのである。
場所代も含めてなのでそれなりのお値段ですがご了承を。


なにしろ、「純公写」も始動したばかりでネームバリューもないので
どのくらい集まるか大変不安であります。
それなりに人が集まりますように(祈)。


2018/04/26

5月5日は「東京古道散歩スペシャル」で町田の鎌倉古道いきます

5月5日は新潮講座「東京古道散歩」の日。
今までGWは避けていたのだが、
たまにはGWらしくスペシャル版やるかってんで
「多摩丘陵の鎌倉古道を歩こう」を実施することにしたのである。
やっぱ、関東の古道といえば「鎌倉古道」だからね。

その中の、キングオブ鎌倉古道というか、超A級鎌倉古道と言えば
群馬から南下して府中(武蔵国府)経由で多摩川を渡り、鎌倉へ向かう
「鎌倉街道 上の道」であり
多摩丘陵には当時の道筋がまだちょっと残ってて、
新潮講座でもいつか行かねばとずっと思いつつ、
交通の便が今ひとつなのでどう実施するか悩んでいたのだ。
で「路線バスをからめてもいい」といわれたので
その分時間を長めにとって、GWに実施する次第。

で、GW前に準備をってことで
下見。カメラは富士フイルムのX-T2に10-24mmという最近多いパターン。
この超広角ズームって街歩きやその下見にちょうどよいのである。
広い範囲を記録できるから。
しかも望遠端は24mmまであるので、普通のスナップも撮れる。
ついでに、猫と出会った時用のカメラとして、復活したパナソニックのDMC-TX1。
X-T2がけっこう安くなっているなあ。これはお勧め。
個人的にはX-H1よりこっちの方が好き。



さて多摩センターまで電車で行き、
バスで「豊ヶ丘6丁目」下車。

ここから多摩丘陵の古道にはいり、
ほぼ宮田太郎氏の調査結果に準じて歩くわけだが、
鎌倉古道本道とされる道は
大勢で通り抜けるにはキツいので
その脇の鎌倉街道(側道であり、たぶん、ちょっとあとの鎌倉街道)を
歩くことにする。
ここはもう何度も歩いてるので気楽に
みんな大好き関屋の切通しを経て小野路へ。



小野路宿は小野路川沿いのちょっとした谷地になる。
もちろん小野神社訪問。祭神は小野篁。



小野路から野津田へはどう出るか。
大山道の一里塚経由で野津田陸上競技場(町田ゼルビアのホーム)脇を抜けるか、
鎌倉古道本道という道にちかい野球場脇経由にするか。
後者を選ぶことに。
一里塚は魅力的だが、古道散歩的には鎌倉古道の近くを行きたい。



野津田から先はがんばって七国山峠を越える。
やはりここの鎌倉井戸を見ないとな。



そして山崎団地へ。

当日は時計を見て、このあたりが潮時だと思ったらバスに乗って町田へ向かっちゃう予定。
でもできれば、もうひとやま超えて、本町田までは行きたいところ。
そこからの方がバスルートがいい感じだし。

と思いつつ、
下見なのでもうちょっとがんばって
菅原神社と井出の沢古戦場へ。当日はここまでは来られないかな。たぶん。

その先、バスに乗って町田市役所へ行く。

市役所の屋上からの眺めがいいと聞いて。
曇ってたのでいまひとつだったけど。町田市役所から境川と横浜線。

市役所からは鎌倉古道のひとつという斜めの道を町田駅へと向かう。


当日は
多摩センター→バス→鎌倉古道・鎌倉街道散歩→バス→町田
となる予定。バスの本数はけっこうあるので安心。

参加申込みはこちらから。
つかれたー。ドトールで一息ついたら、小田急線+千代田線で丸の内へ。
夜は富士フイルムイメージングスクエアの内覧会へ顔を出したのである。

で、帰宅してascii.jpに猫連載書いて送る。
ついでに東京古道散歩の当日配布用資料を作って送ろうと思ったけど
さすがに体力がもたなかった。



2018/04/02

京都へ!

昔お世話になった方が京都に宿をひとつ持つことになり、
レポート書いてねってことで招待されたのでいってきたのである。

レジステイという
自分の家のように宿泊できるシステムがある。
キッチンやランドリーも持ってて、
口でいうのは難しいのだけど、ホテルや旅館じゃなくて
長期滞在に向いた宿泊施設という感じ。
アメリカでこんな感じで借りられるマンションの一室に泊まったことあるのでなんとなくわかるのだが、
口で説明するの難しいな。
民泊とも違うし。

まあ京都駅前にあるレジステイのレセプションカウンターでチェックインし、
自分が泊まる宿泊施設(旅館みたいなとこもあれば一軒家もある)へ行って
自由に滞在できるというわけで、
ホテルのようなサービスはないけど、その分ゆったり過ごせるのがメリットで
利用者は海外からの旅行者が多いそうな。

確かに、日本ではこういう宿泊施設ってあまり馴染みがないだろうし。

で、そのひとつ(まだオープンしてない)にチェックインさせてもらったのである。

場所は八坂の塔のすぐ近く。
京都は何度も訪れてるけど、このあたりははじめて。

で、京都駅で待ち合わせて改札を出たわけだが、
いやあ、すごい人多いわ。
最後に訪れたのが8年前なのだけどその頃より賑わってる。
外国人めちゃ多い。

八坂の方へ行くと、
観光客だらけで、しかも街自体が清く正しい観光地的な発展を遂げてて
街並みはきれいに「古都」っぽさを演出し、
でも古い町家には老舗にならんでサードウェーブコーヒーの店なんかもはいってて
そこら中にレンタル着物の店があって
着物を着て歩いてる人たちが大勢いて
そうか、今こういうことになっているのかと感服。

八坂の塔って実ははじめてみたのだけど、
創建は8世紀で平安時代より前!
つまり平安京ができたときはもう塔が建ってたという話で、
当時の塔は残ってない……とはいえ
現存する塔も室町時代のものというからさすが京都。

招待してもらった「レジステイ 八坂庵」から徒歩数10秒でこれである。




とりあえず、ぶらぶらと歩いて坂を下り、
建仁寺経由で四条通りへ出て、ランチ難民になりかけるも
どういうわけかわたしの中で「京都でランチと言えば老舗洋食」というイメージがあり、
四条大橋のたもとにある「菊水」へ。

大正期創業どころか当時のビルがそのまま使われているようで
近代建築好きにもたまらんですわ。



で、疲れたのでいったん宿へ戻って昼寝。
ホテルだとこれができないのだよなあ。
観光地のど真ん中にあっていつでも行き来できるのはいい。

夕方起き出し、
ぶらぶらと河原町を抜けて、御池方面へ。
夜、ほっちゃんら、馴染みの京都の人たちのセッティングで
おいしいものを食べるのだ。






2018/04/01

古地図散歩の下見の日

4月14日に開催される文京区探索委員会スペシャルの古地図散歩の下見。

神田川沿いに歩いて庭園を楽しんで斜面を上って
目白坂を下りてくるというルート。

いやあ、4月1日なのにもうソメイヨシノ散ってるよ。
たまらんですな。
でもしだれざくらはよい感じでした。







興味ある方はこちらからぜひ。




帰宅後、
4月7日の「東京古道散歩」で配布する資料をなんとか作成してメール。
こちらもぜひ。

明日から3日ほど京都なので慌ててます。

2018/01/27

東京古道散歩下見の日

2月3日は新潮講座「東京古道散歩」の日。
その下見をせんと、本蓮沼へ向かう。

地下鉄改札から地上に出て北上。
右手に廃虚がまだ廃虚のままなのを確認して
蓮沼氷川神社へ。

今回のテーマは中山道と志村城。
江戸時代の五街道のひとつ中山道を本蓮沼から志村、さらに蓮沼村旧地へと歩き、
出井川沿いに戻ってきて、
志村城&延命寺の中世史席&板碑ツアーという構成で、
幹線道路として古道の風情は雲散霧消してる中山道、
途中で鎌倉街道伝承のある岩淵道と交差。
あまり知られてないが、少し奥へ入ると道路脇に庚申塔兼道標がひっそりと残ってる。
そこには「富士大山・新井薬師道」とある。
大宮八幡→中野→板橋→岩淵とつながる鎌倉街道があったという説があり、
この道が中野の新井薬師へつながってたと思うと信憑性もなかなか。

志村一里塚を過ぎると志村坂上。ここから中山道旧道が残る。
中山道から分かれる大山道の道標には、練馬・柳沢・府中それぞれへの距離が書いてあり、ここから西の各地へつながっていたのがわかるわけであるがどこまで辿れるか。

中山道の大きくS字に曲がる急坂は清水坂だが、
途中に地蔵があったので地蔵坂、その前は隠岐殿坂という。
「江戸近郊道しるべ」の村尾嘉陵は「隠岐殿坂」と書いてた。
地元の人がそう読んでいたのだろう。

坂下からの風景が絶品。崖からはみでたマンションである。大胆すぎ。

そこから清水坂の清水の語源となった清水薬師の跡地にある庭園。
さらに中山道旧道を辿って小袋橋。
小袋橋の向こうが旧蓮沼村。
出井川暗渠に沿って御成塚。
ただこの暗渠、未舗装で、下手に歩くと靴裏に関東ロームな赤土がへばりつく。
天候次第では避けた方がいいかも。

ぐるっと回って志村城下。
出井川が作った舌状台地の上に志村城がある。
崖の北側は日陰であり、ここが一番ヤバかった。
何しろ今日の時点でこれである。誰も雪かきしなかったようだ。

まあ2月3日には溶けてるだろうってことで
志村城。
城址へ行くのは冬に限りますな。
葉が落ちてて空堀の様子がわかりやすい。
雪に埋もれてたけど。

荒川低地に臨む崖を降りたり上ったりするので
雪が残ってたり路面が凍結してるとやばいわけで、
一箇所、超ヤバイ道路(崖の北側で日が当たらない上に誰も雪かきしなかったらしい)があったけど、まあ週末まで晴れ間が続けばなんとかなるでしょう。

この崖のあたり、湧水が豊富で川が近くて、人が住みやすかったようで、
古代からずっと人が住み続けてるエリアである。
なかなか歴史が深いのだが、
いろいろ資料をあたっても、
志村城がよくわからない。

文献には一切出てこない城だそうで、
地元では「武蔵千葉氏の支城」で、
大永四年、北条氏綱に江戸城を落とされた上杉朝興が川越城へ逃げる途中、
このあたりで戦いとなり、落城したと伝わっていると
新編武蔵風土記稿などに書かれている。

志村城址に残っていた板碑もちょうど大永四年(←間違い。よく見たら大永六年でした。落城の翌々年)。
誰かこの板碑に、志村城がどんな城だったのか尋ねてくれやしまいか。

米良文書などによると、鎌倉から室町時代は豊島氏系の志村氏がいたようで、
志村氏と武蔵千葉氏の関係はどうだったのかなどいろいろ謎が深い。

中山道が開かれたのは江戸時代初期だが、じゃあ中山道の元になる道はあったのか。
志村城があるってことは何らかの道があったのだろうけど、中山道のような南北の道があったか、鎌倉街道伝承のある岩淵と志村を結ぶ道(岩淵の渡しは中世の紀行文にも出てくるのであったのは確実)がメインだったのか。

そんなことを考えながら歩くのも楽しい。

東京の意外に深い歴史を堪能できるコースなので
街道好きの人、神社好きの人、山城好きの人、坂道好きの人、崖好きの人、湧水好きの人、板碑好きの人、織部灯籠好きの人などなど
興味ある方はぜひ。
場所はこの辺です。




2017/10/03

「東京古道散歩」下見で恋ヶ窪の恋と窪

「東京古道散歩講座」を土曜日に控えて
そろそろ下見いっとかなきゃってんで、コースの下見に
レビュー用作例撮りがてらでかける。

10月7日新潮講座「東京古道散歩」ネタもうひとつ。 鎌倉街道脇にある中世の塚の上からシータ。 貨物列車を見下ろしつつ武蔵国分寺跡方面の国分寺崖線を望めます。 #新潮講座 #東京古道散歩 #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA
西国分寺駅から北へ向かって恋ヶ窪の恋と窪を堪能し
南に向かって東山道武蔵路と武蔵国分寺跡と鎌倉街道を堪能するコースで、
実はこれ、最初の「東京古道散歩」(2014年1月)とほぼ同じコースなんだけど、
いやあ、あらためて訪れてみると、
当時スルーしちゃった新しい発見があったり
武蔵国分寺跡の史跡としての整備が進んでたりで
やっぱこの界隈は面白いわ。

恋ヶ窪の窪と鎌倉街道

恋ヶ窪用水跡

東山道武蔵路跡

右に見える道路と往時の参道がちょっとズレてるのがミソ

伝鎌倉街道切り通し

平日は貨物列車をよく見るのであった


詳しくは講座当日に。

帰宅して、
今日歩いたルートのGPSログとにらめっこしながら、
当日のコースをfixして
現地で配布する地図資料を作成して
メールしたら朝だった。疲れた。寝る。

興味ある方はこちらからお申し込みいただけると悦びます。。