私はまだガンではありません(多分・・・・)。
反論がたくさんあることを覚悟で書きます。
「ガンになって良かった」とはビックリする言葉ですが、
実際に現在治療中の患者さんが言われた言葉です。
けっしてヤケッパチで出た言葉ではありません。
毎日、多くのガン患者さんと接していると、
お気の毒と思う反面、
「無病の方々よりもむしろ幸せではないか」
と思ってしまうときもあります。
健康で波風も感動も無い平凡な人生を歩んでいる方々よりも
ガンという病気が発生したからこそ味わえる充実感を体験されて、
とても充実した日々を送られている患者さんもたくさんおられます。
しかし、ガンが発見されるや、
直ちに標準治療が開始されて、
心身ともに疲弊しきってしまい、
そのような人生の余裕を感じる機会すら与えられずに、
人生の終末を迎えてしまう不幸な患者さんがたくさんおられることも事実です。
また、素晴らしい感動に満ちた人生を経験する前に、
大きな苦痛を感じてしまう不幸な患者さんもおられます。
驚くことに、
「ガンになって良かった」と言われた患者さんは、
非常に厳しい標準治療を受けた患者さんです。
しかし、極めて強靭な精神力と肉体をお持ちの患者さんで、
また、恐らくサプリメントの効果も大きかったと思われるのですが、
副作用をほとんど感じなかったという方です。
そのうえ、
非常に低い確率の大当たりのクジを引き当てています。大当たりだからこその感覚かもしれませんが、
副作用を含めて、
ガンという病気で苦しむことが無ければ、
誰でも感じる充実感でもあるように思います。
副作用でそのせっかくのチャンスを逃すのはもったいないと感じます。副作用で苦しむことなく、
充実した、
健常人では味わうことができない充実した人生を楽しんでいただきたいと思います。
その方が長生きできます。一方、後ろ向きにしか、
人生を見ることができずに、
せっかくのチャンスを与えられていながら、
それを生かすことができないお気の毒な患者さんも少なくありません。
もったいないことだと思います。
治療をする側から見れば、
充実した人生を送っている患者さんこそ、
その素晴らしい日々を、
どんな手段を使ってでも長くしていきたいという意欲が沸いてきます。
医者のやる気まで出せしてしまいます。
前向きに考えることは、
すべてを良い方向に向けさせるように思います。
本日書いたことは、
日々思っていたことなのですが、
現在ガンではない(多分・・・)ガンの治療をする医者が、
言ってはいけないことのように思い今までハッキリとは書きませんでした。
しかし、昨日ご自身の病気をシッカリ理解されている患者さんの口から、
思いがけなく出てきた言葉でしたので、
嬉しくなり、反論は覚悟で書きました。
以上 文責 梅澤 充
オモテのコメントで、
ご家族のガン治療についての質問をいただいておりましたが、
何を言いたいのかも分からず、
また匿名でもあり、
無視していましたところ、
お二人の心暖かい読者の方から、
回答をいただきました。
ご親切に、
そして的確な回答を
ありがとうございます。
ゆう様は
両先輩(?)の言われるとおり、
地に足を付けて、
冷静に考えて判断してください。
術後の補助抗癌剤治療については、
このブログでも私の勝手な考えを何度も書いています、
それも一つの考え方です。
それも含めて、
多くの人間の意見を聞いて決断・舵取りをしてください。
しかし、電話で突然相談をもちかけても、
それは無駄です。
ご自身の足を使ってください。
多くの病院でセカンドオピニオンを受けてください。
もう一つ、
1500字に及ぶ長文ですが、
状況がほとんど理解できない内容の
ウラのコメントをいただきました。
ご家族の進行ガンについての質問のようです。
緩和ケアへ移行するおおよその基準は?
・・・・・・・・長い前文省略・・・・・・・・
ワタシは闇雲に延命を期待する気持ちを切り替える時期を知りたいです。
全身状態の回復を待つ猶予も無いガンの進行具合なのか・全身状態の改善が
まったく見込めないかどうか、医療従事者の方達より判りません。
何かもし、指針?判断するに値する基準…「…のようなもの」
硬い言葉しかでないのでイヤですね。
ごめんなさい。
是非お聞かせ下さります様よろしくお願い申し上げます。
タイトルと最後の文章から、
「どのような状態になったら緩和ケアに移行するのか?」というご質問だと思います。
私の緩和ケアに対する考えは、
このブログでも何度か書いていますが、
基本的に現在の日本の緩和医療は不要だと考えています。緩和医療は絶対に必要ですが、
実質的に
「日本の緩和医療 = ガン治療中止」となってしまっている現状を考えると、
患者さんを「座して死を待て」
という状況に追い込んでしまうことになります。
その状態を容認できる患者さんであれば、
緩和ケアの開始は、
何時でも悪くはないと思います。
しかし、そこまで達観できる患者さんは多くはないように思います。
患者さんが、
一般的な凡人であれば、
その時の全身状況に見合ったガン治療を考えるべきであり、
緩和ケアだけに移行する必要はないと考えます。
緩和ケアと平行しながら、
ガン治療を続けるべきだと思います。現在のエビデンスだけしか考えない標準的なガン治療では、
全身状態のすこぶる良好な患者さんだけから得られたデータだけが頼りですから、
全身状態の悪化した患者さんでは、
エビデンスが無くなることになります。
そうなると、
「もはや治療方法はありません」との常套句が発せられます。
その時が、
「医者側が緩和ケアを勧める瞬間」ですが、
その時にその勧めに満足する患者さんは多くはないと思います。
最後の最後まで治療方法を模索するべきだと考えます。
ただし、患者さんの苦痛があまりにも大きく、
緩和ケアにても、
その苦痛からの回避が難しい場合には、
必ずしも延命のための治療が必要だとは思いません。
時々そのような状態の患者さんにも遭遇します。
本日も、直接のメールでのご質問もたくさんいただいております。
本日は、やはりご家族のガン治療について、
ナンと6000字にも及ぶメールもいただきました。
原稿用紙15枚分です。
毎月何通か、5000~10000字クラスの長文の質問をいただきますが、
読むだけでも相当に苦労することもご配慮いただきたいと思います。
それに、性能の良くないアナログのアタマですから、
あまり長いとはじめのほうの内容を忘れてしまいます。
適当な長さにまとめて、
お送りいただきますようお願いいたします。
以上 文責 梅澤 充
どなたが書かれているページか知りませんが、
http://noa23887.seesaa.net/というホームページ(ブログ?)からトラックバックをいただきました。
セカンドオピニオンに来られたことのある患者さんのようです。
見ていただくと分かりますが、
かなり褒め過ぎで、
恥ずかしくなります。
その中に、言い得て妙という一文がありました。
「今国が行っている癌治療は一種の殺戮行為だと思います。」けっして推奨される治療だとは考えていませんが、
そこまでは、考えませんでした。
しかし、言われてみればまさにそのとおりであるように思います。
たしかに延命効果は証明されている治療です。
しかし、何度もしつこく書いているとおり
「○○か月以内に半分の患者さんは確実に死亡する」という誰も信じたくないエビデンスを唯一の根拠に行われる治療です。
半分の患者さんは○○ヶ月以内に必ず殺戮の目に遭うことが見えている治療です。
そのホームページの中では、
「抗癌剤をより少なく使うことにこだわっている」ように書かれておられますが、
こだわっているのは「副作用を極力抑えたい」
ということであり、
そのためには、一般的には量は少なくしなければならない、
ということです。
副作用を、自覚的、他覚的所見で認めなければ、
標準量とまではいきませんが、
量を増やすことはあります。
しかし、経験的に
標準量の半分で効かない抗癌剤はそれ以上に増やしても効かないと思います。副作用を極力抑えるのは、
治療を長く続けるためです。副作用を強く感じるのであれば、
その治療を続けることはできません。
また、根治したと考えられる患者さんも出てきてはいますが、
多くの場合、再発ガンでは残念ながら、
「限られた時間」である可能性が高いのが現実です。
そうであれば
「限られたその極めて貴重な時間を副作用で苦しんで欲しくない。」という考えに帰着します。
しかし、それは理想論でもあり、
現実には、
どれだけ減量しても、
副作用に悩まされてしまう患者さんも、
時々見受けます。
ステロイドを多用すれば、
副作用は軽減されますが、
免疫力を低下させます。
日常生活に支障を来たすような副作用であれば、
その治療は中止しますが、
生活する上で問題にならないレベルの副作用は
病気の状況と考え合わせて、
ある程度のところで妥協してもらうことも少なくありません。
勿論、まったく副作用を感じていないという患者さんもたくさんおられます。しかし、抗癌剤は、
いくら量が少なくても、
あくまで毒薬である、という性質を考えると、
副作用を皆無にすることは難しいのではないかと思います。
他覚的所見ではまったく副作用を認めず、
「自覚症状もまったくありません」という患者さんでも、
「抗癌剤治療をしているのだからこの程度は仕方がない」と考えてしまい、
私には何も言わないという方も少なくないようにも思います。
基本的に、副作用を出さないレベルで抗癌剤治療を行っていると、
免疫力も生きてきます。
ガン治療には、
抗癌剤も重要ですが、
免疫力も極めて重要です。
しかし、免疫力ははじめから諦めなければならないような患者さんも時々見ます。
僅かな抗癌剤でも、
白血球が極端に低下する患者さんや、
標準的抗癌剤治療で散々痛めつけられてしまった後の患者さん、
あるいは、効く抗癌剤治療がそれしかないけれども、
ステロイドを使わなければ副作用が抑制できない、
というような状況の患者さんです。
そのときには、仕方がないので、
ステロイドや白血球を増やすg-CSFの力を借りるような治療も行っています。
トラックバックをいただいたホームページから、
過分なご評価をいただきましたが、
実際の治療は、
すべて個性の違うガンと
患者さんの身体に相談しながら、
治療方法を模索していくだけです。以上 文責 梅澤 充
毎月規則正しく、
腫瘍マーカーがアップ&ダウンしている患者さんがいます。
消化器ガンの再発による
ガン性腹膜炎と思われる状態で、
昨年の夏前には300近くあった腫瘍マーカーCEAが、
効かないはずの量の内服の抗癌剤とクレスチン、
さらにサプリメントだけで、
ドンドン下がり続け
今年に入ってからは、、
5.0未満の正常値にまで下がっています。
そして現在では半年間以上、
1.6 → 1.8 → 1.5 → 1.7 ・・・・ というように、
1.○○を繰り返しています。
毎月きれいに交互にアップ、ダウンします。
この現象は乳ガンの患者さんでよく見かけます。
測定誤差ではありません。このアップダウンには理由があると考えられます。僅かであっても腫瘍マーカーが上がった!
「コレはヤバイ!」と、自分で可能なだけの節制をします。
すると次の月には低下している。
下がると、
「ホッ、安心、安心、大丈夫!」と、気を抜きます。
すると次の月には、
また上がっている。また
「アラ!ヤバイ、ヤバイ!」の繰り返してです。
正直な患者心理だと思います。
乳ガンなどの穏やかなガンでは、
食事の工夫・節制だけでも、
きれいにアップダウンを繰り返している患者さんもいます。
そのほか、睡眠時間や労働条件の改善なども
かなり関与しているように思われます。
すなわち、ストレスの問題も大きいように思われます。
恐らくは免疫力が関与しているのだとは思いますが、
その理由はともかく、
ご自身の努力で、
腫瘍マーカーがアップダウンする、
すなわち、
ガンを自分の力である程度コントロールできる状態に
持っていくことが可能になることは、
しばしば見かけます。勿論、抗癌剤治療を抜きにはほとんど不可能だと思います。
抗癌剤治療との併用での話です。しかし、標準的に大量の抗癌剤を使った治療では、
けっして起こりえない現象だと思います。
標準的な抗癌剤治療では、
すべて抗癌剤のなすがまま、
それが効いてくれればガンの縮小が得られ、
それによる延命効果は期待できますが、
エビデンスどおりの確率で、
効かなければ抗癌剤との心中です。免疫力を殺さない、副作用を現さないレベルの抗癌剤治療であればこそ、
可能になる不可思議な現象だと思います。
このような患者さんには、
「ガンに良い」とされるサプリメントなども有効である可能性もありますが、
逆に、「それを飲んでいるから大丈夫」などと考えると、
ヒドイ目に遭うことになると思います。
サプリメントはあくまでオマケ程度に考えるべきです。
ガン治療は、
抗癌剤だけではありません。
ご自身の力・努力も重要です。勿論それだけではダメです。
使える武器はすべて総動員して戦うべきだと考えます。
以上 文責 梅澤 充
追記:私は、
「腫瘍マーカーは、月に1回ではなく頻回に測定している。」と何回か書いていますが、
それは、抗癌剤の点滴を月に何回も行っている患者さんに対して、
点滴での抗癌剤の効果を逐一確認して、
無駄な抗癌剤点滴をしないためであり、
内服薬だけでコントロールしている患者さんでは、
月に1回だけの患者さんも少なくありません。
月に1回だけは健康保険で認められています。念のため。
テレビをはじめ、さまざまなメディアの歪んだ報道にについては、
何回も書いてきましたが、
それを極めて端的にまとめてくれたコメントがありました。(著書の紹介?)
ある本(※)に「氾濫する科学情報を識別するための十カ条」というのが載って
いまして、大変示唆に富んでいるのでご紹介します。
食品に関するものですが、医療にも十分応用がきくと思います。
<引用開始>
1.懐疑主義を貫き、多様な情報を収集して自分自身で判断する
2.「○○を食べれば・・・」というような単純な情報は排除する
3.「危険」「効く」など極端な情報は、まず警戒する
4.その情報がだれを利するか、考える
5.体験談、感情的な訴えには冷静に対処する
6.発表された「場」に注目する。学術論文ならば、信頼性は比較的高い
7.問題にされている「量」に注目する
8.問題にされている事象が発生する条件、とくに人に当てはまるのかを考える
9.他のものと比較する目を持つ
10.新しい情報に応じて柔軟に考えを変えてゆく
<引用終>
癌医療の場合、特に「こうすれば治る」のたぐいは、真っ先に疑うべき情報でしょうね。
※『メディア・バイアス』(松永和紀著:光文社新書)
引用文章の中の
1.から5.までは、
まったくごもっともで、
異論はありません。
6.から8.もそのとおりですが、
解釈によりチョットひっかかるところもあります。
先ず、「場」の問題として、
出版部数や視聴率を稼ぐための
週刊誌の宣伝記事やテレビの湾曲報道などは問題外であり、
「学術論文ならば信憑性は高い」ことは
そのとおりです。
しかし、問題はその内容です。
7.の「量」もシッカリ見極めなければなりません。しかし、その量がいくら十分にあっても、
すなわち、3人の患者さんのデータではなく、
3万人の患者さんから得られたものであっても、
このブログで何回も書いているとおり、
ガン治療のデータは、
同一疾患の患者さんを動物と同様に、
いくつかのグループに分けて、
そのグループ同士の比較がなされます。
個性の違う患者さんを一人一人を観たデータはありません。
A群よりもB群のほうが3ヶ月長生きできる治療だとしても、
A群の患者さんすべてがB群より長生きできるわけではありません。
A群より遥かに長生きしているB群の患者さんもいるはずです。
現在ガンに侵されて悩んでいる患者さんやご家族は、
一人の患者だけの心配をすればいいのです。
一人の中にA群B群両方は存在しません。
学問としての研究論文は、
ガン患者さんをグループ分けして統計学を駆使するか、
あるいは、一人の人間を
遺伝子レベルにまで分解して、
可能な限り細かく細密に観察する手法により成立します。
グループ分けしたならば、
その中の個々の患者さんの個性は無視されます。
逆に、一人の人間を遺伝子レベルにまで細かく観ていった場合にも、
そのデータが、別の患者さんに反映されるとは限りません。
医学の進歩のためには、
そのような論文がたくさん必要ですが、
医学は学問であると同時に、
人間が快適に生きていくための道具でもあります。
人の生活に直接的に即座に関与しなければならないという宿命を持っています。
そのとき、その論文のデータだけに、
すなわちエビデンスにだけ頼ってしまったならば、
個々の患者さんの個性は無視されることになります。
一人一人の患者さんはみな違うということを、
忘れないでください。
8.の「人にあてはまるか」ということもとても重要です。
基礎の学者が、
ネズミのデータをそのまま人に、
押し付けようとしている姿勢はよく見かけます。
彼らは医者であっても臨床医ではないため、
人を診ることはありませんから、
動物から得られるデータがすべてであり、
それが人にあてはまるような
錯覚に陥ってしまうのかも知れません。
人と動物では共通点もたくさんありますが、
基本的に大きく違います。
この10カ条では、
1.から8.を正確に理解して、
ご自身の個性を忘れずに、
「9.他のものと比較する目を持ち」
「10.新しい情報に応じて柔軟に考えを変えてゆく」ことが一番重要だと思います。
インターネットの世界にも広がる、
氾濫する情報の中から、
10カ条をシッカリ頭に入れて正確な情報収集をしてください。
そして、
・・・・・・前文省略・・・・・
問題はその後の経緯を伝えない事ですね。視聴料を取るNHKなら、尚更です!
あれでは「手術さえすれば!」と短絡的に患者が考え、殺到するのは必至ですよね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
NHKではなかったのですが、24歳で乳がんの逝った女性の番組も、
随分と視聴率を意識した構成のような気がしました。
彼女を診た国立がんセンターのその後の対応も「ホントかよ!!」と思いました。
ドラマは又「ガン=死」を前提に作られたものが多く、抗癌剤の副作用の壮絶演技は
一昔前かな??の感も否めません。
無論病状も副作用も様々ですから一概には言えませんが。
このように冷静な目で判断してください。
以上 文責 梅澤 充
追記: すぐに削除しましたが、オモテのコメントで、
とある健康食品の根拠に乏しい宣伝が載せられていました。
だまされないでください。
楽しく、そしてもっともなコメントもたくさんいただき、
書きたいことも山ほどあるのですが、
また本日も昨日のハッピーマンデーの煽りで、
患者さんの大群・・・・
時間がありません。
一つだけ、
笑えない本当の話をご紹介します。
昨日セカンドオピニオンに来られた患者さんです。
UFTという経口抗癌剤を飲んでいました。
UFTにはカプセルと顆粒があります。
効果はどちらも同じです。
しかし、副作用に違いがあります。
顆粒は胃では溶けないように設計されており、
消化器への副作用がカプセルよりも遥かに少なくなっています。
その患者さんは、カプセルの方を飲んでいました。
胃ガンの手術を10年近く前に行っておりましたが、
全摘ではなく胃は一部残っていました、
そこで、
「どうせ処方してもらうなら、
まだ胃は残っているのだから
顆粒の方が副作用が少なくて良いですよ。」と患者さんに言ったところ、
ご家族ともども、目を丸くして、
「エッ!私の胃袋はまだ残っているのですか?」
「今までズット、胃は全部取ってしまったと思ってました!」手術をしてから、
10年近く「自分の胃袋は無い」と思って生活しておられたのです。
マァ、手術を受けていない普通の人間も、
普段は胃袋の存在には気が付きませんが・・・・
セカンドオピニオンの紹介状には
当時の手術記録も付けられており、
シッカリと胃は残っているのですが、
主治医はナンと説明していたのでしょうか。
そして、患者さん、ご家族は、
主治医の説明をどのように聞いたのでしょうか。
現在のガン医療の現場の一端を覗いたような気がしました。
ちなみに今回の相談は、
胃ガンとは関係の無い別のガンの再発の相談でした・・・・
以上 文責 梅澤 充
Dr.Maradona と名乗る、
恐らく先輩外科医からコメントをいただきました。
ちょうど
昨日の「教育も、医療も」で書いた、
医療の荒廃の現実、将来展望についてのご指摘です。
Dr.Maradona氏 とは、
きっと“神の手”を持つ外科医だと拝察します。
外科医の減少に関して
将来希望する医師が減少しているのは何も産婦人科、小児科に限ったお話ではありません。外科に限らず、脳外科や救命医などもその数がさらに減少の一途を辿っております。その理由は激務であること、プライベートな時間もないこと、勤務時間に見合った報酬は貰えない事、などが具体的にあると思います。いわゆる時間の取れるといわれている科(実際にはどうか分かりませんが精神科、眼科、皮膚科など)の医師達との不透明な生活格差があります。
私が医師になりたての頃は、まだ救命にかける医師達は憧れ的な存在で、その場に居合わせただけで仕事に誇りを持って働いていた人達が多く存在していたと思います。それを横目で見ながら、自分も医師として大きくなっていきたいと願ったものです。かくいう私も15ヶ所以上の公立病院、大学を経て今に至りますが、最近特に感じることは社会構造の変化が、遂に医療福祉をも蝕みつつあるという現状です。これに対しては今の若い研修医達はさらに敏感で、始めは外科系を志していた若者が研修を終える頃には楽な科を選び始め、はたまた保健所の所長などを始めから希望して道を諦めて行くのを多数見かけました。私達の時代には例えば保健所勤務などは基礎研究者で臨床を出来ない人か、仕事を途中で断念したために一線に復帰できない人達が行くような印象がありましたが、今では立派な就職口となっています。これでは外科系の医師達は年老いていくばかりで、まさに「医療崩壊」が加速していくのみと思います。
さらに恐るべき事は、実はこの由々しき医療現場の事態は一般にはほとんど、いや全くといって良いほど知られていないという事です。現在がこういう状況であれば、その医師達が第一線を担う10年後、20年後はどうなってしまうのでしょうか?
政府や役人の政策はこうした医療崩壊の現状をよく理解したうえで、国民全体を守っていくには経済回復以外にもっと守らなければならないインフラ(教育、福祉、医療、建築)があることを理解するべきと思います。これらが保てなくなった国に、国民は何を期待して生きていけるというのでしょう。雑多に書いてしまいすみません。私も最近年をとったためでしょうか。普段口に出せないことを書き込むことで済ましているように思います。
何時かも、書きましたが、
町田胃腸病院の近隣の医科大学では、
医学部卒業生百数十名中、
精神科志望者が30名のところ、
外科志望者はゼロという衝撃的な結果が出ていました。仕事量が多く、リスクばかり高く、
報酬は低い外科を志望する奇特な医学生は、
ますます減少することと思います。
本日セカンドオピニオンに来られた、
大腸ガンの肝臓転移病巣に対して、
根治切除手術を受けるという患者さんも、
手術予定は来年の2月にならないと無理という予約状況です。
そこの病院でセカンドオピニオンを受けるまでにも2ヶ月待たされたそうです。
現在でも、
切除が可能か否かの限界の大きさです。
来年の2月までに少しでも増大が認められたならば、
手術は不可能になります。
すなわち、その患者さんのガンの根治への夢は断たれます。
「それまで、増大させないで欲しい」と相談に来られました。
その手術を受ける予定の病院では、
神の手を持つといわれる外科医がおり、
人気が高すぎることが原因ですが、
他に手術ができる病院が無いから、
そこに人気が集中します。
神の手を持つ外科医は、
本来そこの病院だけではなく、
もっとたくさんの病院にいたはずです。
しかし、修練を怠れば神様にはなれません。
現在の外科勤務医の置かれた環境で、
修練に手を抜かずに努力していくことはほとんど不可能です。
医者自身の生活も犠牲にしなければなりません。自分を犠牲にしてまで努力をして、
その挙句に訴えられる。そんな馬鹿げた道を進むお人好しはいません。
一方、仕事がラクで収入の多い美容外科医は
ドンドン増えています。
彼らの報酬は一般の外科医とは比較になりません。
ケタが違います。
経済的に豊かになると、
競争原理が働き
他者を出し抜き、
さらに豊かになろうとして、
他には無い付加価値をつけるため、
その技術は切磋琢磨され一気に進歩します。
資本主義社会の良い面が如実に現れてきます。
最新の医療機器もドンドン導入されます。
将来は「美しい人だらけの日本」になることでしょう。とても楽しみです。
しかし、現行の保険医療制度の下では、
ガン治療に最新兵器などを
下手に導入すれば、
その借金で病院倒産の危機にも陥ります。
今の日本の医療には、
病院も若い医者も切磋琢磨できる土壌すらありません。
コメントご指摘の、
閑職であったはずの保健所所長が
人気職種になっている実態にも現れています。
(ちなみに保健所所長は医師免許が無ければなれません)9時5時で週休2日、
夏休みもタップリの仕事には、
私も憧れます。
なれるものならなりたい・・・・
これからの日本の医療はどうなっていくのか、
本当に心配です・・・・
以上 文責 梅澤 充
昨夜は、ある教育大学の教授と飲みました。
話が弾んで、かなり飲み過ぎてしまいました。
その話のなかで、
やはり、彼も現在の日本の教育の荒廃に頭を悩ませていました。
シッカリした教師を育成し、
誰もが納得するカリキュラムを作りたいが、
予算が無い。
予算が無いから、
学校も統廃合の連続で、
ドンドン数が減って、
地域性も子供の個性も無視で、
お金のかからない合理化ばかり。
おまけに、自分のことしか考えないモンスターペアレントが、
続々と出現している現実・・・・
医療ばかりではなく、
教育界にも問題は山積しているようです。
しかし、「誰もが納得するカリキュラム」に対して、
「性格も個性もまったく違う一人一人の子供たち全員に
ピッタリ合ったカリキュラムなんか存在しないのではないか」と意地悪な質問をすると、
「まったくそのとおりで、
個々の子供に合った教育をしていかなければいけないけれども、
それをしようとすれば、差別教育だと騒がれるし、
そもそも個々の子供を見ていくほどの人材を確保することは、
現在の予算では不可能。
良い教育を望むならば、私立の学校に行かなければならない時代になった。」医療も教育とまったく同じような状況に置かれているように思います。
何を計画するにも、
はじめに「医療費削減」ありきで、
ガン治療でも、
ご承知のとおり、
まったく個性の違う患者さん、ガンに対して、
予算がシッカリと計算できる
平等な均一治療だけを、
推し進めようとしています。
その治療は、
標準治療という名の最低限度の治療です。しかも、日本では、
その最低限度の治療が導入されるのも、
他の先進各国に比較すると、
格段に遅れています。
治験の遅れもありますが、
医療費問題も大きな原因の一つになっているものと思います。
勤務医の給与相場は、
医療費削減のあおりで、
25年前からまったく変わっていません。
物価は上がっているのですが、
この実態を知ったら
医者になろうという奇特な人間は多くはないと思います。
医者不足はますます深刻な問題になるでしょう。
そのような、
医療費削減一点張りの日本で、
より良い治療を求めるならば、
健康保険だけでは、
まったく足りません。
しかし、現在の日本では、
健康保険を使い一部だけ自費、
という混合診療は認められていません。
均一治療ではなく、
より良い自分に最善の治療を求めたならば、
全額自費の治療になってしまいます。
この問題を解決するのはなかなか難しいのですが、
面倒な手続きを踏んで、
ナンとかそれを回避して、
患者さんの経済的負担を最低限度にして、
最善の治療を提供している医療機関も存在しています。
しかし、そのようなところはほとんどありません。
医療も教育と同様に、
安い公立の学校ではダメで、
お金のかかる私立の学校に行かなければならない時代になるのでしょうか。
格差は広がるばかりです。
9月20日の「医療崩壊・広がる格差」で
医療崩壊を肌に感じています。同時に教育も崩壊しています。
一体医師と教師を何だと厚労省・文科省と受益者(患者・生徒・親)は思っているのでしょうか。
24時間働かせても、虐待しても文句を言わないロボットだとでも?
私の親友も、親と生徒と文科省の理不尽さに教師を断念しました。
現実を知る医師を厚労省に、そして教師を文科省に送り込み、
自民党と国家官僚を医師・教師の現場に立たせ、洗脳したらどうでしょう。
というコメントを紹介しましたが、
まさにそのとおりですね。
以上 文責 梅澤 充
本日は、昨日の嵐がウソのように、
抗癌剤点滴の患者さんは約半分でした。
ガンの種類も昨日とはまったく違い、
11名も診た乳ガンはゼロ、
8名の胃ガンも今日は2名、
昨日1名だった大腸ガンが6名・・・・
毎日バラエティーに富んでいて飽きません・・・!?
この程度の人数ならば、
ゆっくり診察することができます。
と言っても、皮肉なことに本日の患者さんは、
あまり悩む方は多くはなかったのですが・・・・
ところで、本日も、だましだまし、
効かないはずの量の抗癌剤でダラダラと(?)、
1年以上治療を続けている患者さんが来られました。
変化無しの状態が続いている患者さんです。その1年と言う数字は、
標準的抗癌剤治療での、
そのガンの生存期間中央地を越えています。
しかし、今も継続されているその治療は、
抗癌剤治療の効果判定基準では、
「無効」です。
ガンの縮小は見られていませんので、
腫瘍の縮小の有無のみで、
有効・無効を判断する判定基準では、
患者さんが、副作用という苦痛を伴うことなく、
どれだけ長生きしても「無効」と判定されます。
馬鹿げています。
「副作用無く」と言いましたが、
今日来られた患者さんの中には、
残念ながら非常に大きな副作用を伴っている患者さんもいました。
癌○病院で、「そんな量では効かないよ」とお墨付きをいただいた患者さんですが、
ガンは消えて見えなくなっています。
PET検査でも何も出てきません。
腫瘍マーカーも完全に正常化し、
ガンの存在を疑わせるものは無くなっているのですが、
「ガンが治った」と考えるのは、
常識から大きく外れるので、
半年ほど前から、
抗癌剤の点滴のインターバルを少しずつ延ばして、
現在は4週間に一回だけ、
それも、イリノテカン1回10mg
とシスプラチン10mgだけの点滴です。
それでも、激しい吐き気が襲ってきて、
点滴の後、一日は嘔吐に悩まされると言います。
常用量の十分の一以下でです。
その患者さんは、
ガンだけをみると最高の状態を保っているので、
抗癌剤治療を完全に止めてしまうことは躊躇してしまいます。
「ガンが治ったかもしれない」というご褒美の代償として、
一月に一日だけは我慢してもらっています。
ステロイドを使えば、
その吐き気は抑えられると思われますが、
現在の状態が形成されている最大の原動力は免疫だと考えられますので、ステロイドを使うくらいなら、
その患者さんにとっては、
抗癌剤治療を止めたほうがマシだと思われます。話はそれましたが、
ダラダラと、抗癌剤治療をしているのか、いないのか分からないような量の抗癌剤で
治療を続けていると、
ガンは大きくも小さくもならず、
時間だけがダラダラと過ぎていくことは珍しくありません。中には前出の患者さんのように著明にガンが縮小する患者さんもいます。
そして、ほとんどの患者さんでは、
強い副作用を伴うことはありません。
日常生活に支障を来たすことはありません。
ダラダラと過ぎ行く時間は、
患者さんにとっては極めて貴重な時間です。残念ながら「変化無し」とはいかなくても、
ガンの増大スピードが鈍くならない患者さんはほとんどいません。
増大スピードが鈍った分だけ、
患者さんは長生きできます。
寿命を縮めるような副作用はありませんから、
不幸にしてガンの増大を完全に止めることができなくても、
ラクな治療では延命が可能だと思われます。
事実、生存期間中央治療よりも短く終わる患者さんはごく僅かです。たしかに、治療を行っている医者としても、
その治療を受けている患者さんも、
精神的にはスッキリはしません。強い副作用が出るとか、
ガンが一時的にせよ素早く縮小するとか、
治療経過にもっとメリハリがあると、
患者も医者も、
「治療をしている。」「治療を受けている。」
という実感が沸くと思います
しかし、冷静に現実を見つめると、
標準的抗癌剤治療よりはラクに長生きしている。
ラクな治療の方がトクだと思います。
画像診断上、
ガンが面白いように縮小する標準的抗癌剤治療も経験してきた医者にとっては、
かなり、物足りない気分もあるのですが、
患者さんの現実を見ると、
現在の治療を続けてるべきだと考えます。
以上 文責 梅澤 充
一昨日はたった10名だけだったのですが、
本日は30名の患者さんの抗癌剤点滴のメニューを作りました。
乳ガン11名
胃ガン8名
肺ガン7名
その他4名でした。
このメチャ混みは、
今週と来週さらに2週間後の月曜日の
ハッピーマンデー構想なるものの仕業です。
秋分の日は仕方ありませんが
敬老の日は9月15日(そのいわれは知りませんが・・・・)
体育の日は、東京オリンピックの10月10日に戻してもらいたいものです。
連休を作って楽しみを増やすのは悪いことではないでしょうけれども、
それにより影響を受ける人も少なくありません。
一日20名が限界のように思います。
これ以上増えたら、
手抜きにならざるを得ません・・・・
ともかく、
本日は、無い知恵を絞って
30名全員バラバラのメニューを考え、
疲れ果てました。
アタマの芯がキーンとしています。
学生のときの受験勉強での頭の疲労によく似ています。
モノを考えて文章を書く余力は残されていません。
早く帰って一杯飲んで寝ます。
早々に失礼します。
以上 文責 梅澤 充
昨日のテレビニュース番組で、
深刻な産婦人科医不足の現状を流していました。
たらいまわしは当たり前、
満足にお産もできない現実を伝え、
その打開策に対する、
新しい厚生労働大臣の意見などが述べられていました。
しかし、気が付くのがあまりにも遅すぎたように思います。
今後も対策の遅れによる被害者(?)は、
まだまだたくさん出てくると思います。
医療の崩壊は、
何年も前からはじまっていて、
婦人科、小児科医などは訴えていましたが、
実際に何人か死なないとこの国は動かないようです。
ウラで面白いコメントをいただいております。
医療崩壊を肌に感じています。同時に教育も崩壊しています。
一体医師と教師を何だと厚労省・文科省と受益者(患者・生徒・親)は思っているのでしょうか。
24時間働かせても、虐待しても文句を言わないロボットだとでも?
私の親友も、親と生徒と文科省の理不尽さに教師を断念しました。
現実を知る医師を厚労省に、そして教師を文科省に送り込み、
自民党と国家官僚を医師・教師の現場に立たせ、洗脳したらどうでしょう。
コメントのとおりでしょうね。
教育の崩壊も凄まじいものがあるようです。
子供を生めない、
→ 生んだ子供が病気になっても診る小児科医がいない、
→ 成長してもまともな教育もできない、
→ 大人になってガンになっても、
→ 外科医は足りない・・・・とんでもない国へと変貌しているように思います。
話は変わりますが、
9月16日「放射線治療・続き」で紹介した、
私が知る限りでは、
最高のオーダーメード放射線治療も、
恐らく、健康保険では受けることができない治療になると思います。それは、当然です。
設備投資、人件費などを、
健康保険の収入だけでは、
賄えないのですから・・・・
健康保険の点数より高額に設定した
自費料金が必要になると思います。
日本では、保険診療と自由診療の混合診療は
認められていませんので、
すべて自費にならざるを得ません。
医者がお金儲けをしようと企んでいるのではありません。
医者も家族を養い、
世間並みの生活をしていかなければなりません。
その権利はあるはずです。
「文句を言わないロボット」ではありません。
より良い治療を受けることを考えたなら、
健康保険の範囲では不可能になりつつあります。標準的抗癌剤治療が最高の治療であるかのように錯覚させられてしまうと、
現行の健康保険料だけでナンとか可能な、
標準的抗癌剤治療だけしか受けることができなくなりなります。
政治家の皆さんは、
実情を良くご存知のようで、
その放射線治療を受けられた方もおられるようです。
健康保険料率を上げようとしたとき、
大反対をするだけでは、
全国民が平等に本当に最高の医療を受けることはできなくなると思います。
日本は今、アメリカのような先進国にあるまじき情けない医療へと
変身をすすめています。
とのコメントもいただきましたが、
収入の格差により、
受ける医療の格差は確実に出てくると思います。
しかし、「国民の命」の問題ですから、
格差はあってほしくありません。その格差の是正を考えるのであれば、
今から、何か行動を起こしても早過ぎることはないと思います。
しかし、美容形成には、
目の飛び出るほどの治療費(?)を払うのに、
病気の治療になると、
シブくなる心理はとても不思議です。
都内を歩くと、
美容形成外科の看板がいたるところで見られます。
美容に使われるお金は相当の額に上ると思います。
「病気になったら、何でも健康保険で診てもらえる」という、世界に誇る日本の素晴らしい健康保険制度が、
国民の意識の中に浸透している結果だと思いますが、
その常識は完全に崩れてきています。
学校の先生も、医者も、滅私奉公のロボットではないことを
シッカリ認識されないと、
標準的抗癌剤治療だけしかプログラムされていない
本当のロボットになってしまいます。
ちなみに、私は健康保険の通らない高額な治療を勧めているわけではありません。
基本的に健康保険の範囲での治療を行っており、
希望者にだけ、
保険外の治療をしているだけです。
先日も誤解されていましたので、念のため・・・・
以上 文責 梅澤 充
本日はすいていました。
点滴での抗癌剤治療の患者さんは、
10名だけでした。
たまにはこういう日がなければ身体が持ちません。
昨夜、チョット遅くまで飲んでしまいましたので、
ちょうど良い骨休めになりました。
本日の10名の患者さんの成績は、
腫瘍マーカーだけで判断すると、
10名中改善が見られた患者さんが5名。
悪化、増大していた患者さんが5名でした。
3名のCT検査では、
いずれも変化無しでした。
僅かの量の抗癌剤でも、
白血球が低下してしまっている患者さんはいますが、
日常生活に支障を来たす副作用を訴えている患者さんはいません。副作用が無いのですから、
ガンは縮小しなくても悪くは無いと考えています。
全身状態の悪化を来たすような副作用が無ければ、
ガンの増大を見ない時間だけは確実に延命は可能だと考えます。標準的抗癌剤治療では、
患者さんの身体に大きな危害が加えられますので、
ガンの「無変化」は延命にはつながりません。
身体がダメージを受けた分だけ、
ガンは縮小してくれなければ延命はありません。しかし、標準的抗癌剤治療にしろ、
標準ではない抗癌剤治療にしても、
抗癌剤治療はほとんどの場合延命治療であり、
根治が望めないときにだけ考えるべきです。
そして、その経過中に根治の可能性が少しでも出てきたら、
先ず、その根治への道を追求するべきだと考えます。
本日来られた患者さんの中に、
大腸ガンの肝転移に対して、
全身的な、延命のためだけの抗癌剤治療が
行われた患者さんがいます。
30歳代のまだ若い方です。
幸か不幸か、
あまりにも激しく、耐え難い副作用のために、
はじめの一回だけで逃走して私のところへ来ました。
その患者さんの場合、
肝臓の動脈に直接抗癌剤を注入する方法で、
ガンの縮小を図れば、
その後は、放射線治療により、
十分に根治も可能な状態です。
その治療により、
実際に「根治したのではないか」
と考えられる患者さんもいます。
「再発 = 根治無し = 延命治療」という短絡的な考え方は、
早く捨てた方が良いと思います。
そして、何処かに根治の道は開けれていないのか、
懸命に探すべきです。
しかし、それは標準的な治療からは、
逸れてしまうので、
あまり積極的に行う医者は今はいないかも知れません。
勿論、転移、再発ガンは、
先ずは、全身疾患と考えて治療を行わなければなりません。
したがって、ほとんどの医者が考える標準的抗癌剤治療が
間違った治療だとは言えません。
正当な治療だと思います。
ただし、それは、
9月12日の「外科医と内科の考え方」で書いたとおり、
「ガンという病気をマス」で考えた場合であり、
「個々のガン患者」を考えての治療ではありません。
運良く、ガンが転移した局所だけに留まっている場合も多々見受けます。
そのような場合に、
漫然と標準的抗癌剤治療だけを行ったならば、
エビデンスの通りの寿命で終わってしまいます。
現在、抗癌剤治療を行っている患者さんでも、
常に根治の可能性の有無を確認する必要があると思います。
以上 文責 梅澤 充
邪心を捨てて、正しいと考えることに邁進して行く。
それは、医者として科学者として、
そして人間として素晴らしいことです。
しかし、医者の場合は、
その行為に巻き込まれる、
患者という人間がたくさん出る場合があります。
正しいと考えることが、
本当にどの角度から見ても正しいのであれば、
問題は無いのですが、
一人の人間が、正しいと考えているだけで、
別の角度から見たら、
実は大間違いということも少なくはありません。
その一人の人間が正しいと考えることを、
著書などで広く世間に知らせしめた場合には、
影響を受ける人間は膨大な数に上ることも珍しくありません。
医者の場合には、多くの患者さんに影響を与えます。
先日、ある患者さんが、
免疫学で有名なある教授の著書の一部をコピーして、
それを持ってこられました。
「抗癌剤の害悪だけ」を説いて、
全国行脚もされている有名な基礎免疫学の大先生の著書です。
あれほど抗癌剤を極悪非道の大罪人に仕立てていた大先生が、
一転心変わりをされたようです。
著書の全文は読んでいませんので、
その著書で何を言いたいのかは分かりませんが、
はっきりと、
「少量の抗癌剤治療は必要なときがある」と書かれていました。
どんな心境の変化があったのかは分かりませんが、
ずいぶんな変わりようです。
以前も書きましたが、
同じように、
ある腫瘍内科医は、
かつて「国の恥」とまで罵っていた、
UFT という内服抗癌剤を、
エビデンスが出るや褒め称えるように変わりました。
あまりにも節操が無さ過ぎるように思います。
その医者が、
「国の恥」を処方しないだけならまだマシですが、
『「国の恥」とまで言われるクスリなら飲みたくない』と、それを主治医がせっかく処方してくれても、
拒否して飲まなかった患者さんも少なくないのではないでしょうか。
大きな恩恵を、節操の無い言葉のために捨ててしまったのです。
同様に、
抗癌剤の害悪だけを吹き込まれて、
洗脳させられて、
その有用性を忘れさせられてしまい、
抗癌剤の恩恵を受けることなく
目を瞑っていった患者さんも少なくないのではないでしょうか。ウラのコメントで、
「乳ガン再発に対して無治療にすることを決めた」というコメントがありましたが、
その方も、
「ガンと戦うな」と訴えておられるある医者の言葉を盲信してしまい、
結論を出されてしまったようです。
私がメールで、
「手術もできない乳ガンに対して7年間も抗癌剤の点滴治療を続けている
患者さんもいますよ。副作用が無いから治療を続けることができるのです。」と書いたところ、
「その患者さんは、抗癌剤治療などしなくても
7年間元気でいられる患者さんではないでしょうか」
との返事をいただきました。
呆れてしまいました。
その患者さんは、
タキソールという抗癌剤を
120mgを2週間に1回使っていて、
効果が無くなり、
減量したら効果の出てきた方です。
しかし、30mgまで減量したところガンの悪化をみた方です。
現在45mgで2週間に1回の点滴で、
無変化の状態5年ほど続けています。
その患者さんに抗癌剤治療は必要であることは確認されています。
「ガンと戦うな」がすべて間違った考え方だとは思いません。
抗癌剤治療による恩恵が少ない癌種に対して、
標準的抗癌剤治療を行うのであれば、
「戦わない方がマシ」と思うことはよくあります。
しかし、乳ガン、卵巣ガンなどで、
抗癌剤治療を避けることは懸命な選択だとは私は思いません。
すべて患者さんの価値観が決めることですが・・・・
話は逸れましたが、
著名な先生方が、
もっともらしく書かれたり、
公演されたりしている内容も、
確固たる信念を持ってのものではない場合も少なくありません。
あまり盲信してしまうとヒドイ目に遭うこともあります。このブログや拙著「間違いだらけの抗癌剤治療」も
すべての面から見て正しいとは考えていません。
それを、ご自身の都合の良い面だけから見ると、
間違った解釈も生まれてしまう恐れもあります。
文字などから知識を得るときには、
可能な限り多方面の情報を仕入れるようにしてください。
なお、ウラのコメントの患者さんは、
私が、「保険外の輸入薬などを使った高額な治療を推奨している」
と誤解されていますが、
私は、「そのような治療もある」
と言っているだけで、
それを推奨するものではありませんし、
基本的にすべて健康保険での治療を行っております。
この何処をどのように読むと、
そのような解釈になるのか不思議です。
以上 文責 梅澤 充
直接のメールでもコメントでも、
匿名の質問はすべて無視して、
お答えしていないのですが、
誤解(?)をされていると思われるオモテのコメントをいただき、
また、重要な内容も含んでいますので再掲します。
先日の「苦有れば楽ありのコメント」のなかに
1)治る事は無い
2)延命の為の治療の標準抗癌剤治療
を行っている者です。
術後2年の再発で両肺に1cmの物が10個ぐらいです。
タキソテールの単剤での標準治療です。
先生の以前のコメントでは標準治療で1年以上持った事例は無いように
書かれていましたが、今はこれしか無いのかホント疑問です。
温熱やるなら私は降りると言われるし、放射線も無理との事ですので、
この標準治療の呼吸気内科の先生に頼らざる終えません。
質問お欄では無いことは分かっていますが、
折に触れてコメント頂けませんでしょうか?
まだ小さいので完治させたい、長期に生きたいです。
何処のガンであるのか書かれていませんが、
文面から肺ガンの肺内多発再発だと推察します。
『先生の以前のコメントでは「標準治療で1年以上持った事例は無い」』何時そのような文章を書いたでしょうか。
記憶にありませんが、
もし書いていたらそれは大きな間違いです。
書いていなくてもそのように誤解を与えてしまったならば、
申し訳ありません。
お詫びいたします。
勿論、肺ガンに対する標準的抗癌剤治療でも、
1年を超える患者さんは少なくありません。
エビデンスどおりの数字で出てきます。
ただし、副作用が無かった患者さんは見たことはありません。その副作用に耐えかねて逃げてきた患者さんは
今も何人も診ています。
「今はこれしか無いのかホント疑問です。」ガンに対する治療方法は、
いくらでもあります。
エビデンスが出ている、
すなわち臨床統計が取れている治療方法が少ないだけです。
何度も書いているとおり、
ガン治療の臨床統計とは、
「すでに亡くなられた、
過去にその治療を受けた患者さんの半数が
○○ヶ月以内に死亡する。」という、それだけの統計です。
その○○ヶ月が他の治療より大きければ、
その治療の方が優れているとみなされ、
その治療が進められます。
しかし、それは
9月12日の「外科医と内科の考え方」で書いたとおり、
ガン患者さんを「一つの集団・マス」としてとらえた場合の考え方であり、
その集団の中の一員である一人の患者さんにとって最高とは言えません。コメント主さんにとって最適の治療が、
その標準治療である保障はまったくありません。
「術後2年の小さな病巣の肺ガン再発」
という情報だけから考えると
標準的抗癌剤治療はあまりトクではないような気がします。
私の勘ですが・・・・
「温熱やるなら私は降りる」まったく、お気の毒なことです。
主治医に恵まれませんでしたね。
その医者の真意を確認してみる必要があると思います。如何なる理由から「温熱やると降りる」のか、
その理由に納得させられるものがあれば良いのですが、
それが無ければ主治医を変える必要があるのではないでしょうか。
少なくとも私には、
「降りる」理由は思い浮かびません。
正当な理由が無く、
自分と違う治療、あるいは自分が理解できない治療を併用することが、
ただ気に食わないというだけであれば、
その主治医が本当に患者さんのために最善のことをしてくれるのか否か、
大いに疑問があります。
最善の方策を検討してくれる医者を探すべきではないでしょうか。「まだ小さいので完治させたい、長期に生きたいです。」完治は難しい課題だと思います。
転移病巣の数が少なければ
放射線による根治の可能性も残されている場合も
少なからず見られるようになってきました。
しかし、10個という数はなかなか難しいと思います。
少なくとも現在行われている治療では完治はありえないと思います。
主治医に「その治療で完治ができる確率、
過去何人の患者さんが完治したか」お聞きになると良いと思います。
完治したか否かは、
時間が経過しなければ分かりませんが、
再発ガンが完治したかも知れないと思われる患者さんは、
現在、数名診ています。
いずれの患者さんも標準治療は行っていません。
抗癌剤、放射線、免疫力など、
考えられる武器を総動員した患者さんです。
標準治療では免疫力だけは確実に殺されます。
また、現在行われている治療で、
「長期に生きること」ができるか否かの判断基準は
現在、受けている治療の副作用の程度と
その治療の効果の大きさによると思います。治療効果が小さくても、
白血球の減少や、
自覚する副作用がごく軽微であれば、あるいは、
多少の副作用はあっても、
絶大な治療効果があれば、
それを休み休み行えば、長生きできる可能性はあると思われます。しかし、
副作用が大きく効果が小さければ、
長生きすることは不可能だと思います。現状を、冷静に、良く鑑みて、
現在の治療を続けるか否かお考えください。
以上 文責 梅澤 充
最近(2012.9.9)の放射線治療技術の進歩は著しく、
当時、最新鋭とも思われた放射線治療も、
今では、過去の遺産的な意味しか持たなくなりました。
その施設では、
いまだに、その古くなった機械を、
かなりの金額の自費で行っているようです。
とてもお勧めできなくなりましたので。
当日の記事は削除します。
以上 文責 梅澤 充
匿名で裏のコメントをいただきました。
以前にご相談いただいた、
驚愕させられた患者さんと同じようなコメントです。
・・・・・・・・前分略・・・・・・・・
叔母の計画では今飲んでいるアビキノシランで癌の増殖を抑えながら、
温浴療法や爪もみ療法で癌が死滅するのを待つそうです。
フコダインというのもいいらしいから、それも飲もうと思っているそうです。
叔父の意見を聞いたら「癌は触れば触るだけ刺激を受けて大きくなるし転移する。
何もしないでほっておくのが一番いいんだ。
下手にいじらずに癌と共存して生きていくのが一番だ」と言っていました。
僕はおかしいんじゃないかと思いましたが、叔母も同じ考えだし、何も言えませんでした。
また、朝食を抜いて一日2食にすると、空腹になって、常に空腹状態だった原始時代の
人間が本来持っていた、何ともいえない不思議なパワーが発揮されて、
それが癌細胞を殺すんだという事が書いてある本を読んで、
今行ってる病院の先生にも同じことを言われたので、それを実践しているそうです。
あと、ピアスもチタンだったかでないと身体に悪いから全部買い換えてるとか、
添加物の入っているものや、肉、魚は食べないとか、しょうゆやみりんは安いものは
純度が低いからできるだけ高いものを買うとか、
何か健康の事で頭がいっぱいで、健康オタクみたいになっています。
今も癌は自分で触ってわかるそうです。しこりがあるから気になって仕方ないそうです。
でも抗がん剤や放射線治療をしても体力が落ちて、結果一番大事な免疫力が落ちるだけだし、
手術は、手術することによって転移することがよくあるからしたくない、
手術して全摘しているのに再発している人の話しがネットにいっぱい出ていると言います。
前の病院で知り合いになった人や、おばさんの友人の親御さんで癌にかかった人で、
腫瘍マーカーが発見されたからと抗がん剤を増やして、
どんどん衰弱していく人がたくさんおられるそうです。
その人達に抗がん剤を使うのをやめるように忠告しているのに誰も言うことを聞かない、
みんな医師の言いなりになってるだけだ、
もっと私のようにいっぱい本やビデオを取り寄せて読んだり見たり、
ネットで多くの癌患者さんの情報を見て比較したりして勉強すればいいのに、
みんな努力が足らない、と言います。と言うかそういう人達のことを笑います。
世間の、奥さんが乳癌になった旦那さんはみな、かっこなんかどうでもいいから
悪い所は全部取ってやってくださいなんて、お医者さんに泣きつく人が多いらしいけど、
胸が片一方なくなったら、いくら同重量の詰め物をしたって、
姿勢が悪くなって骨や腰に無理がきてトシとってから
それが元で寿命が縮むのに、そんな事もわからないのかしら、
手術なんてしないで抗がん剤を打つのをやめたら癌はなおるって言ってるのに、
本やビデオを貸してあげるから勉強してって、いくら言ってもわからないのと言っています。
僕はもうなんだか訳がわからなくなってきています。
本当に手術をする方が転移する確率が高いのでしょうか?
48歳で癌と共存する生き方というのが本当に可能なのでしょうか?
叔母の言うように健康食品で癌の増殖が本当に抑えられるのでしょうか?
僕は叔母に会って話すまではそのようには思いませんでしたが、
現実に自分が癌になっている人からそのように話されると、
何だか訳がわからなくなってきたのです。
「病は気から」と言うし、叔母が自分の信じたやり方でなおしていくのが
一番悔いのないやり方なのかなとも思ってしまいますが、
でもそれなら普通の病院でやっている治療はいったい何なんだろうと思います。
どのように考えたらいいのでしょうか?
この患者さんは極端なケースですが、
少なからず、同様の誤解をしている患者さんも少なくないと思います。
9月12日の「外科医と内科の考え方」で、ガンを、一人一人のガン患者としてではなく、
マスとして診ているとしか思えない腫瘍内科医もいることを書きましたが、
それとは逆に、
ガンという病気を、大局的に見ることができなくなっているのです。「叔母の計画では今飲んでいるアビキノシランで癌の増殖を抑えながら、
温浴療法や爪もみ療法で癌が死滅するのを待つそうです。」ガンが死滅する前に、
ご本人が死滅してしまうと思います。多くのガン患者さんを一つの「マス」としてとらえ、
個性は完全に無視して、
すべての患者さんを十把一絡げにして標準的抗癌剤治療だけ行うよりは、
爪モミの方が、マシな場合もあるかもしれません。しかし、その場合、
爪モミ、アラビノキシラン、温浴療法(?)の
治療効果(?)は、シッカリと経時的に観察されなければなりません。
1000人の乳ガン患者さんという集団の中にあれば、
もしかすると、一人くらい、
爪モミが奏功する患者さんも存在するかも知れません。
また、10000人に一人くらいは
アラビノキシランでガンが消滅する患者さんもいると思います。
しかし、ガンの経時的観察を怠り、
それらの代替療法による、
一般的な経過である「ガンの自然増殖」を見逃したならば、
間違いなく、ガンの消滅より先に、
人間の消滅が訪れます。乳ガンの場合、死に至る前に、
「患部が腐る」
という恐ろしい経過を辿ります。
これは、診る方が気の毒になるほど、
悲惨な状態です。
「腐った肉」がご自身の鼻先にぶら下がるのです。
耐え難い悪臭を放ちながら・・・・
そのときには、何もできなくなっている場合も少なくありません。
臭いを我慢して、死が訪れるのを待つだけになります。
「胸が片一方なくなったら、いくら同重量の詰め物をしたって、
姿勢が悪くなって骨や腰に無理がきてトシとってから、それが元で寿命が縮むのに、
そんな事もわからないのかしら、手術なんてしないで抗がん剤を打つのをやめたら癌は
なおるって言ってるのに、本やビデオを貸してあげるから勉強してって、
いくら言ってもわからないのと言っています。」面白い患者さんですね。
恐怖心からの現実逃避行動だと思います。
手術をしなければ、
ほとんどの患者さんでは、
「トシをとる」ことはできません。インターネットをはじめとした、
氾濫するガン情報は、
「100%虚偽」とまではいえない、
ガンの一局面だけをとらえた、
極めて歪んだ内容のものが無数に見られます。
それら、歪められた情報は、
ガン恐怖、抗癌剤アレルギー状態に陥っている患者さんにとっては、
格好の逃げ場になります。
その逃げて行った所には、
大きなお財布を開けて、
ガンビジネス業者が待っています。
このような極端な患者さんは、
多くはないと思いますが、
このような場合には、
ガン治療を、
腫瘍内科医のように
「マスで見る」ことも必要になります。
以上 文責 梅澤 充
術後の補助抗癌剤治療についての質問を
メールでたくさんいただいております。
2007年7月8日の「再発予防のガン治療」をはじめ、何回も書いてきましたが、
再発を予防、あるいは再発確率を低下させる目的で行われる
術後補助抗癌剤治療は、
身体中に散らばっている”かも知れない”ガン細胞を相手にして戦うのです。
すなわち、相手が見えないのです。
さらに言えば、
相手はすでに”存在しないかも知れない”のです。
術後無治療で○○%の確率で再発するならば、
(100 - ○○ )%の患者さんでは、
戦うべき敵はすでに存在しないのです。
如何なる治療も必要ないのです。
そのような状態での戦いでは、
その道標はエビデンス以外にはありません。
そして、その治療を選択するか否かを決めるのは、
患者さん自身の死生観、価値観です。実際にガンが見えていれば、
どんなありがたいエビデンスも必要ありません。
見えているガンと患者さんの全身状態がすべてであり、
エビデンスなどに振り回される必要はまったくありません。
しかし、相手が見えなければ、
治療指針はエビデンスだけになります。基本的には、エビデンスの無い術後補助抗癌剤治療は
行うべきではないと考えます。
例えば、手術ができても再発確率のとても高い肺ガンに対して、
再発予防の術後補助抗癌剤治療の治験が行われたことがあります。
再発・切除不能肺ガンに対してとても奏効率の高い標準的抗癌剤治療を
「術後の再発予防にも効果があるのではないか」と考え、
根治手術後にその治療の治験が行われました。
結果は「再発予防効果無し」でした。しかし副作用は必発です。
辛い思いをしただけ患者さんは損をしました。
エビデンスの無い再発予防の抗癌剤治療では、
このようなことも起こりえます。
「エビデンスの無い治療はするべきではない」これは
昨日の「外科医と内科の考え方」で書いた「内科医の考え方」です。
まったく正しい考え方だと思います。
一人一人のガンが見えないのですから、
エビデンスを道標にして、
患者さんを十把一絡げにして、
すなわち、大勢の患者さんを「マス」として扱わざるを得なくなります。
ガン患者さんを「マス」として扱う内科の先生は、
術後補助抗癌剤治療には
最適な人材だと思います。
最大耐用量の抗癌剤の扱いには長けています。
「エビデンスが無いから、その治療はするべきではない」と、理屈のうえでは言っても、
何もせずに、再発するまで待つ、
あるいは再発しないことを祈りながら生活する、というのは患者さんにとっては、
精神衛生上もけっして良いものではありません。
また、発生頻度の低い珍しいガン種では、
再発してもエビデンスのある治療方法が存在しないものもあります。
そのようなガン種では、
当然、再発予防に対してエビデンスのある抗癌剤治療など
存在するはずがありません。
しかし、手術時の所見から考えて再発確率が高い、
となった場合はどうするのでしょうか。
お祈り、だけでしょうか。その場合、
勿論、エビデンスはありませんが、
身体の害の出ない程度の抗癌剤治療を続ける、
というのも一つの選択肢だと考えています。
しかし、そのような治療では、
残存しているかもしれないガン細胞を
すべて殺してしまうほどの効果は期待できません。
したがって、その場合その治療を
終生、あるいは再発を来たすまで続けるという覚悟も必要です。
だからこそ、「身体に害が無い」ことが絶対条件になります。私は外科医ですが、
かつて、胃ガンや大腸ガン術後で、
再発確率が極めて高いと考えられる
患者さんに対して、
今では再発予防効果も確認されていますが
昔は「効かない抗癌剤」として有名であった、
UFT という内服の抗癌剤を使っていたことがあります。
術直後の予想に反して4年5年と再発をせずに経過して、
「これはもはや再発しないのかもしれない」と考え、
UFT の内服を中止した途端に再発を来たした患者さんを何人も診ました。
偶然に内服を止めた時期と再発時期が一致した
とは考えられないほどの数の患者さんを見ました。
「UFT が残存していたガン細胞の増殖を抑えていた」としか考えられません。
今では、UFTは立派に術後の再発予防効果があることが証明されています。
かつて、「UFT は国の恥」とまで罵っていた腫瘍内科の先生は、
手のひらを返してそのエビデンスを賞賛していますが・・・・
(「国の恥」UFT については、
2006年3月4日の「効かない抗癌剤」で紹介しました。)
今は、UFT だけではなく、
内服の抗癌剤として、
TS-1 や ゼローダなどもあります。
ゼローダは大腸ガン術後の再発予防として、
まもなく健康保険の適応になる予定です。
それらを続けるというのも一つの考え方であるように思います。
エビデンスが絶対重要である術後の再発予防の抗癌剤治療でも、
ある程度は、個々の事情に合わせて臨機応変に考えるべきだと思います。以上 文責 梅澤 充
9月7日の「治療法はない、という前に」で紹介した、
ある腫瘍内科医の考え方を、
再度検証してみると、
あくまで「標準」にこだわる姿勢が、
はっきりと読み取れ、
「標準から逸れる治療は害悪だ」と言わんばかりの論調が感じられます。
そもそも、ガン治療に対して、
内科医と外科医ではその考え方に
大きな差があるように思います。
外科医はガンという病気に対して、
先ず、手術という武器をもって立ち向かうことを学び、
それを実践していきます。
手術は、何百何千例と行ってきても、
一人として同じ内容の治療など存在しません。
すべての患者さんで、
解剖学的な違いもありますし、
ガンのでき方も違っています。
それら、すべてが違っている患者さんおよびガンに対して、
手術はすべてオーダーメードの治療にならざるを得ません。
また、手術内容だけではなく、
手術後の経過も十人十色です。
術後の食事の開始時期も、
傷の治り具合もすべて違います。
若い時代には、何年間も毎日病棟に張り付いて、
患者さんの状態の変化を見逃さないようにトレーニングされます。
標準的抗癌剤治療のような誰にでも均一な治療は習いません。
はじめて医者になったときに覚えた、
その個別に患者さんを診る習慣がシッカリ残っているのか、
抗癌剤治療を行うときにも、
一人一人の患者さんの個性を尊重する姿勢が
外科医には染み付いているように感じます。
体重と身長から算出される体表面積あたり○○mgなどという数字は
あまり気にすることなく、
先ず、患者さんの体調、ガンの状態から、
どの程度の量の抗癌剤を使うのか、
アタマの無い、私のようなアホな外科医では、
科学的な根拠など抜きに、
本能的にドンブリ勘定で決めている医者も少なくないように感じます。
セカンドオピニオンの紹介状などを見ても、
その数字にした意味がまったく分からないような分量で
抗癌剤治療を行っているようなケースもしばしば見受けます。
それは外科医だけです。
恐らく、患者さんのそのときの全身状態から判断して、
○○%引きにして、その量を決めたのだと思われます。
一方、ズボラな外科医と違い、
まじめで律儀な内科医は、
統計データに忠実に従い、
個々の患者さんを診るというより、
「マス」でガン治療を考える傾向にあるように感じることがしばしばあります。9月7日の「治療方がない、という前に」の、
とある腫瘍内科医に代表されるように思います。
ガン治療を五つのカテゴリーに分類しておられましたが、
ともかく、「先ず標準治療ありき」の姿勢です。
標準治療すなわちエビデンスのある治療だけが、
ガン治療であるかのようなお考えです。
そして、標準治療から外れるものは、
「効果があるかどうかも分からない治療」に分類され、
その治療では
「不利益なケースも少なくない」と結ばれています。
すなわち、
「そのようなエビデンスの無い治療は受けてはいけませんよ。」ということを言いたいのだと思います。
この
「効くかどうかも分からない治療」
「不利益なケースも少なくない」という言葉に、
内科医のガン治療に対する姿勢が集約されているように思います。
(この腫瘍内科医だけかもしれませんが・・・)
エビデンスの無い治療は、
たしかに効くかどうかも分からない治療です。
しかし、エビデンスのシッカリした標準治療とて、
世界にたった一人しかいない患者さんにとってみれば、
「効くかどうか分からない治療」であり
「不利益なケースも少なくない」治療です。というより、
不利益になるケースの割合までエビデンスで証明されている治療です。
ガン患者さんを何百人か集め、「マス」で見た場合に、
その治療が、ソンかトクかを判断しているだけではないでしょうか。
したがって、治療の良し悪しの判断基準は、
当然エビデンスだけになります。
すなわちエビデンスに則った標準治療だけを推奨するようになります。
腫瘍内科医の言う、
「効くかどうか分からない治療」でも、
確実に効いている患者さんがいることは事実です。
それに対するエビデンスが無いだけです。
どうせ「効くかどうか分からない治療」であれば、
副作用の少ない治療を選ぶほうがトクである場合も少なくありません。
日本人の大好きな、
集団の中の一人という考え方で行けば、
腫瘍内科医の提唱される
標準治療に落ち着くのかもしれませんが、
一人一人の個性を尊重した治療を考えたならば、
「標準」にはこだわらないほうが良いように思います。世の中見回すと、
やはり
「標準にこだわりを持たないガン治療」をしているのは、
外科医ばかりのような気がします。
以上 文責 梅澤 充
術後ガン再発の患者さんがセカンドオピニオンに来られました。
正確には、再発が強く疑われる患者さんです。
かなり進行した状態で手術を行っている患者さんです。
手術後の補助抗癌剤治療も受けました。
その後、そのガンに極めて特異的な腫瘍マーカーが
大きく増大してきました。
恐らく、手術をしたガンの再発です。
しかし、CT、MRさらにPETなどの検査を行っても
再発部位は同定されませんでした。
そのような状態ですから、
当然ご本人に自覚症状はありません。
しかし、手術時の病理所見から考えても、
間違いなく再発、
すなわち、手術前に散らばってしまっていたガン細胞が、
患者さんの身体の中で、
増殖をはじめたと判断するべきだと思います。
画像診断上で再発病巣が検出できないのは、
増殖して数を増やしてきたガン細胞が、
ひとつのカタマリとして大きくなるのではなく、
胸膜や腹膜などに、
「播種」というかたちで増殖してくるときにしばしば見られます。
機械の目は、
10mmのカタマリが一つだけでも確実に捕らえられますが、
3mmのカタマリが100個あっても見えません。
ガン細胞の集合体としての小さなカタマリが、
無数に増えてくる播種の形での転移・再発だと、
機械の目では同定されない場合も少なくありません。
そして、患者さんも、
腹水や胸水が溜まってこないと、
自覚症状は出てきません。
恐らくその患者さんも、
そういう状態だと考えられます。
問題はそのときの治療です。その患者さんが現在受けている治療は、
白血球の大きな減少も見られますが、
それよりも、自覚する非常に辛い副作用を伴っています。
まったく自覚症状を伴わない再発ガンに対して、
副作用という大きな自覚症状を発現させて治療を行うことが、
本当にその患者さんにとってトクなことでしょうか。その治療により、
ガンが治るのであれば、
多少の辛さは我慢する意味はあると思います。
しかし、腫瘍マーカーを大きく押し上げるような再発ガンで、
それが治るということはほとんど期待できません。
そのときに多少副作用が辛くても
治療を行ったほうが良いのは卵巣ガンくらいだと思います。
自覚症状はまったく表していない、
すなわち、この患者さんの場合、
血液検査さえしなければ、
再発していることにも気付かないガンに対して、
しかも、治らない状態のガンに、
大きな副作用を伴う治療を遂行することが
患者さんが望まれる正しい治療でしょうか。
自覚症状を伴わないガンであれば、
生活に制限を与えるような副作用を伴う治療は
行うべきではないと、
私は、個人的には考えます。
副作用の出ない範囲の抗癌剤で、
まだおとなしいガンと、
うまく付き合っていく方策を探すべきだと考えます。さらに、この患者さんの場合、
おまけも付いていました。
腫瘍マーカーが増大していることにより、
ガンの再発と診断しているにもかかわらず、
治療経過中、
その治療の唯一のメルクマールとなる腫瘍マーカーを
ほとんど見ていませんでした。
最低の治療を保障している健康保険でも、
月に1回の腫瘍マーカーの検査は認めています。ところが、その主治医は、
毎週抗癌剤の点滴をしていながら、
3ヶ月間も腫瘍マーカーを見ていませんでした。
3ヶ月ぶりに他の病院で腫瘍マーカーを調べてもらったところ、
ほとんど下がっていませんでした。
勿論、腫瘍マーカーの値は、
病院による(検査会社による)バラツキがありますので、
単純に比較することはできません。
しかし、施設の差による、
誤差を差し引いても、
大きな副作用の代償といえるほどの
効果は認められません。
結局その患者さんは、
手足の激しいシビレという、
日常生活にも大きな制限を受ける副作用だけをもらって、
治療効果はほとんどありませんでした。
おとなしくしてくれている再発ガンとは、
ガンのご機嫌を見ながら、
副作用の出ない範囲の抗癌剤を使って、
終生付き合って生活していくことを考えるべきだと思います。以上 文責 梅澤 充
現在の日本のガン治療は、
ほとんど健康保険の範囲内で行われています。
しかし、それは何回も書いているとおり、
「最低限度の標準治療」です。
そして、標準治療ができなくなった場合、
「もはや治療方法はありません」
と宣告されます。
ガン難民の誕生になります。
しかし、実際は治療方法が無いのではなく、
標準的抗癌剤治療ができないだけで、
9月7日「治療法は無い、という前に」9月8日「効くかどうか分からない治療」で書いたように、
標準的抗癌剤治療と同様に、
「効くかどうか分からない治療」であれば、
副作用に苦しむことなく、
まだまだ、治療を進めることは可能です。
その治療はほとんどが健康保険で可能です。
話は逸れましたが、
健康保険から外れた治療を考えると、
治療手段は格段に広がります。
その手段の一つに、
輸入しなければ使えない薬剤もたくさんあります。
日本で認可されていないクスリです。
日本の場合、
厚生労働省が認可するということは、
すなわち「健康保険で使えるようになる」
ということのためか、
海外に比べると、
それが認可される時期は大幅に遅くなっています。
勿論、保険の問題だけでなく、
アメリカのように無保険者を対象として
ドンドン治験が進められるという土壌が無いことも、
解禁時期の遅れにつながっているとは思いますが、
いずれにせよ、
世界には「効く薬」が出てきても、
日本では、なかなか使えないのが現状です。輸入だけが唯一の方法になります。しかし、そのコストには大きな問題があります。
私は、現在何種類もの輸入薬を使っていますが、
ほとんどが、月に数十万円というシロモノです。
100万円近いモノもあります。
もっとも、輸入でなくても、
ハーセプチンなどを
乳ガン以外に自費で使うと、
月に20~30万円は軽く飛びます。
グリベックだと40万円程度かかります。
そのようなクスリを
「ハイそうですか」と言って、
気楽に使える患者さんはほとんどいません。
現在百人以上の患者さんを診ていて、
数人程度です。
私は、自分から、経済状況の分からない患者さんに、
そのような高額な薬剤を勧めることはしませんが、
「このクスリしか無い」と思われる患者さんに、
「保険の通らないクスリを使うという手も無いことは無い」
と、チョットだけ、
患者さんの反応を見るために、
言うことがあります。
それにより、
「お金のことならば心配は要りませんから、
是非、他に良いと思われるクスリがあるなら使って下さい」という、うれしい返事が返ってくることもあります。
しかし、本日、
「これしかない」と思う患者さんに、
値段と効果については触れずに、
チョットだけ、
保険外の治療のことを話したところ、
「今の健康保険の治療だけで、うちでは精一杯です。」と言われました。
ほとんどの患者さんがそうだろうと思います。
ガン治療は健康保険でも、
決して安いものではありません。
でも、そのクスリを使えば、
長生きできる可能性が残されている、
と分かっているのに、
それを使えないのは、
その患者さんを診る医者にとっても辛いことです。
しかし、患者さんはもっともっと辛いはずですから、
新しいクスリを知らない患者さんには、
安易に情報を流すことはしません。
取り留めの無い話になりましたが、
お金持ちとそうでない患者さんでは、
治療が大きく変わってしまうという理不尽さを痛感しました。
資本主義の日本国ですから、
治療にだって差があるのが当たり前なのですが、
命の差を見せつけられると、
とても悲しくなります。
以上 文責 梅澤 充
昨日は、かなり忙しい一日だったのですが、
ある患者さんに
「忙しくなって困る」と言ったところ、
「先生が忙しいと言うことは、
みんな元気で生きていることだから、
いいことではないですか」と、サラリと言われました。
ドキッとしました。
たしかに、言われるとおりであり、
あまりにも具合が悪くなり、
抗癌剤治療ができなくなれば、
患者さんは来られなくなります。
当然目を瞑られてしまったならば、
永遠に病院へは来られません。
元気で通院してくれる間は、
患者さんは元気だということであり、
そうなれば、
私の仕事は増えて忙しくなります。
給料は増えませんが・・・・
10年を超えて通院されている患者さんも何人かおれれます。
しかし、先月まで来ていた患者さんで、
二度と病院には来なくなられた患者さんもいます。
忙しくなることは、
あまり歓迎できませんが、
暇になっては困ります。
時間が欲しい、
でも、暇になってはいけない。
あまり忙しくなってきたら、
入場制限を考えなければいけないかも知れませんが、
まだ、多少は余裕があります。
しかし、患者さんは少なければ、少ないほど、
一人の患者さんについて考える時間が増えます。そのバランスをとるのは、
ガンと身体と抗癌剤の三者のバランスを取よりも、
むしろ難しい問題かもしれません。
あまり患者さんが少なければ、
病院の経営が成り立たなくなる。
私は失業。
多すぎれば、
一人一人の患者さんの治療密度が薄くなる。
大変な難題です。
しかし、「忙しいほうが良い」
と涼しい顔をして言いのけたその患者さんの、
その患者さんらしい、
人生を、ご自分の病気を
達観された姿にチョットびっくりしました。
「ガンが治らないのであるならば、
そのガンと徹底的に付き合っていけば良い」その患者さんの心の奥には、
シッカリとその考えが、
根付いているのだと思います。
僅かな病状の変化に、
ビクビクし、
恐れ慄いて日々の生活を送っておられる患者さんもいます。
しかし、病気を、ガンを、人生を達観して、
おおらかに生活を楽しまれるほうが、
同じ人生、はるかにトクだと思います。
否、おおらかに生活されている患者さんの方が、
ビクビクした生活を送られている患者さんよりも、
はるかに長生きしているように感じます。勿論、エビデンスはありませんが、
生活の上での、心のQOLを数値化して
統計を取ったなら、
間違いなく、
おおらかな気持ちで生活を送った患者さんの方が、
治療(?)成績は良くなると思います。
副作用の大きな標準治療の成績が
期待されるほどの数字ではない理由も、
副作用による、
その辛さゆえ、
身体だけではない、
心のQOLを落とすこともその一因かも知れません。
患者さんから「忙しいほうが良い」
という、想定外の答えをいただいて。
その患者さんの達観された人生観を思い、
うれしくなり勝手なことを書きました。
毎日ですが・・・・
以上 文責 梅澤 充
昨日の「治療法はない、と言う前に」で紹介した、
ある腫瘍内科医の分類する5番目の治療は、
「効果があるかどうかも分からない治療」であり、
「不利益なケースも少なくない」そうですが、
何度も書いているとおり、
ガン治療とは、
すべての患者さんにとって、
「効くかどうか」など分かりません。
標準治療では、
過去の、すでになくなられた患者さんから得られた
「効果が出る確率」が示されているだけです。
数百人あるいは数千人同一疾患の患者さんを集めて、
患者さんの個性など完全に無視して、
すべての患者さんに、
まったく均一な治療を行ったときの
効果の出た患者さんの割合が分かっている。
ただそれだけのことです。
昨日も書いたとおり、
効いた患者さんの割合も分かっていますが、
「不利益なケースも少なくない」どころか、
多くの標準的抗癌剤治療では、
不利益なケースの方が
利益を得る患者さんより、
多くなっていることも少なくありません。
本日も「治療法はありません」と言われた患者さんが
「効くかどうかも分からない治療」を受けに、
多数訪れました。
まったく効いていない患者さんは、
いないと思います。
「効く」という言葉の定義を、
「ガンの縮小」と解釈した場合、
「効いていない」患者さんも多数おられることは事実です。
しかし、ガンの増大抑止、
進行スピードの抑制も「効いた」に含めると、
相当高い確率で「効いた」になると思います。
それは標準治療の比ではありません。
勿論、すべての患者さんが、
治療を開始してから、
「効いている」と判断されるまで、
「効くかどうかわからない」状態で、
「効く」治療を探しながら、
紆余曲折の挙句、
何とか「効く」治療に辿り着きます。
一発目の治療から、
大当たりの患者さんもいますが、
多くの患者さんでは、
何通り目かにはじめて「効く」治療が見つかります。
たしかに、現在私が行っている治療は
腫瘍内科医の言われるとおり、
「効くかどうかも分からない治療」
だと思います。
エビデンスがありませんから、
そのように評価されても仕方ありません。
しかし、患者さんにとって
その治療での「不利益になるケース」がほとんど無いから、
幾通りもの抗癌剤を使った治療を試すことができるのです。その紆余曲折の間に、
ほとんどの場合、
「効く」抗癌剤治療が見つかります。本日来られた、
「治療方法が無い」患者さんたちの多くは、
その言葉通りに、
治療を諦めてしまっていたら、
「もはや治療方法が無い」ではなく、
「もはや命が無くなっている」患者さんです。本日の患者さんは、
まだまだ長生きできます。
ガン難民になられて、
「効くかどうかも分からない治療」を選択され、
「もはや無い命」をつなぐことができました。
「治療方が無い」といわれて、
「効くかどうかも分からない」
「不利益な場合も少なくない」といわれる治療を拒否したならば、
確実に死が訪れます。患者さん、ご家族にとって、
それ以上の「不利益」があるのでしょうか。
また、本日来られた患者さんの中には、
「不利益」など起こりようもないような、
少量というより、
ごく微量の抗癌剤だけで、腫瘍内科医が判断しても、
明らかに「効いている」患者さんも何人もおられます。「治療法は無い」と言われたら、
「効くかどうかも分からない治療」
は、積極的に受けるべきだと思います。以上 文責 梅澤 充
『「治療法はない」と言う前に』と題されたコラムがある新聞に出ていました。
記事の中で「治療法がない」と言われたときにどう考えたらいいのか、
ということをある有名な腫瘍内科医に聞いていました。
私は、その腫瘍内科医から、
「治療法はない」と宣告された患者さんをたくさん見てきましたし、
その記者もその腫瘍内科医のことを良く知っている患者さんの一人ですから、
皮肉をこめてその医者にインタビューしたのかとも思いましたが、
まじめに答えておられました。
氏曰く、
日本のガン治療は次の5つに分類されるそうです。
1)保険で認められる標準的抗癌剤治療
2)国外では標準治療だが日本国内では他のガンにしか認められていない治療
3)外国では標準治療だが、日本国内では薬剤自体未承認の治療
4)標準治療とは言えないが、腫瘍縮縮小効果はあり症状緩和は期待できる治療
5)効果があるかどうかもわからない治療
となるそうです。
1)については、
患者さんにとって、最大の利益が確認されており、
それをしない方が問題だそうです。
5)は不利益なケースが少なくないそうです。
すなわち、「してはいけない」と言いたいのだと思います。
しかし、氏が絶賛する標準的抗癌剤治療とは、
あくまで○○%の患者さんに利益があるというだけで、
(100 - ○○)%の患者さんには
大きな不利益があることも証明されている治療です。また、一人の患者さんにとっての数字ではなく、
何十人、何百人と患者さんが集まったなら、
そのうち○○%の患者さんには
恩恵がありますよ。
そして、平均すると○ヶ月長生きができます。
というだけの治療です。
当然、辛い副作用は必発です。
4)はどのような治療をいうのかわかりませんが、
私は、そのような標準から外れる治療を
氏が推奨しているところは見たことがありません。
氏は、国の内外を問わず、
あくまで標準治療にこだわられているおられますが、
標準治療ができなくなると
すぐに「治療方法はありません」
なる常套句が飛び出すのが現在のガン治療の実際です。
それも、ほとんどの場合
1)の国内での標準的抗癌剤治療だけで
すべてが判断されてしまっているように思います。
「治療方法がない」と言うことは、
「座して死を待て」ということに他なりません。
無治療で放置すれば、
確実に非常に近い将来最期のときが訪れることは、
彼らの大好きなエビデンスで出ているはずです。
そうであればエビデンスなど関係なく
効くか効かないかもわからなくても
すなわちエビデンスなどなくても
副作用が出ないように工夫をして、
迷わず5)の治療を選ぶべきだと考えます。
以上 文責 梅澤 充
8月29日の「国立がんセンターの魔力・その後」に対して、
追伸:一部差しさわりのあるところは隠しての掲載はかまいません。
とのお許しをいただいた、
「恐ろしい体験」について書いてくださった裏のコメントがあります。
他にも同様の体験をされた方もおられると思います。
また、これから酷い目に遭わないために、
お言葉に甘えて一部掲載します。
件名 : 私の体験したセカンドオピニオン
・・・・・・・・・・・・前文省略・・・・・・・・・・・
すみません、前段が長くなりまして。ここからがセカンドオピニオンを受けたときの
おどろくべき体験記です。
今年の○月セカンドオピニオンを受けに国立がんセンター中央病院○△科に行きました。
まず○×先生は格別参考になるような情報は無いといわれました。
治療の選択肢は、抗癌剤のほかにレーザーメスで部分切除も可能かもしれないが、
最初の手術が大きかったので、実際診察してみなければわからない。
しかし、セカンドオピニオンでは診察はできないことになっている。
このまま何もしなければどうなっていくか、という質問に、
「同じ癌で直近の例として、転移が始まった当院の患者さんは8ヶ月後に亡くなった」。
今までの治療方法については、当初の患部が小さいので同じ内容の手術をしたかどうかはわからないが、
概ね同じであったろうし、今後の治療も、今は○△科の癌にも良い
抗癌剤があるので、やってみたらいい、ということでした。
30分きっかりに偶然にも先生の携帯に電話が入り、話中に診察室を出ることとなりました。
何とか診察してもらいたいと思い、家に帰って電話で、受付に今度は診察に行きたいと
お尋ねすると、診察券があればいいというので予約しました。2週間後、再びがんセンターに行きました。しかし、私が最初の日にいただいた診察券ではなぜか診察はしてもらえないとのこと、今日はお金を持ってきていないから保険を使わせてほしいと言ってもだめで、
再セカンドオピニオンということで費用は半額で良いといわれました。
わけが良くわかりませんでしたが仕方なしに再び30分の面談になりました。
とてもがっかりでしたが、今度は×○先生の話を聞くことにしました。
気落ちしているところへ×○先生はなぜか最初からご機嫌が大変に悪く、カルテを見ながら栃木か群馬県あたりでしょうか、かなりな訛りの先生で何の治療もしないでいることに対し、あれこれととりとめもなく文句を言い叱るのです。
私の話はまったく聞いてくれるようでは在りません。
メモしてきた今日の目的の項目一つすら言えないで、ただただ話を聞くだけにしていると、
もう涙が止まりません。先生は私のすぐ近くに椅子を寄せ、先回持って行った紹介状の病歴等を見ながら「○×先生が言ったとおりに尽きる」、「主治医の言うことも聞けない、
命を粗末にするやつは死んじまえ!」と、大声で言われたのです。
呼吸が止まりそうなほど驚きました。このお言葉は私の命を慮っての医師としての「愛」なのでしょうか?
待合室の人を思って泣かないようにと我慢していましたが、
ついに声を出してただただ泣くばかりでした。でもご機嫌の悪さは更に悪化し、その言葉を2度繰り返し、そのたびに私の肩を押すのです。私は身体がガクガクし出して、ますます涙が止まりません。
・・・・・・・・・・・・中間省略・・・・・・・・・・・・・・・
忘れもしないことがもうひとつ、それは、このままにしておくと、匂いが出てきて家族にも嫌われる、ということを言われました。そしてそれに対して私は、今は匂いなどありません、
と答えた記憶があります。あとは今となっては何も覚えていません。
帰り道、私はつくづくこの世も人間も嫌になりました。
底なしの寂しさに襲われ、
どこをどう通ったかわからないまま家に帰りました。
恐ろしい体験をしました。
どこに行けば、昔、胸に聴診器を当てよく話を聞いてくれたあのような優しいお医者様に逢えるのだろうか。
冬中風邪ばかり引いて過ぎました。
あれが天下の国立がんセンターでの本当にあった出来事だったのか・・
今となってこんな風に思うことがあります。
・・・・・・・・以下省略・・・・・・・・
まさに
「天下の」国立がんセンターだったら、
ありがちな話です。
標準的抗癌剤治療だけしか行わない国立がんセンターでは、
その自分たちが行っているマニュアルと寸分違わない
ロボットにでもできるような治療だけが
至高の治療であり、
自分たちが最高のガン専門医であるかのように
勘違いしているフシがしばしば見られます。
何時、何処で食べても味の変わらない
吉野家の牛丼が最高のご馳走と信じ込んでいるようです。
(私は吉野家が大好きです。復活して良かった!)
たしかに、それしか食べたことのない人間から見れば、
最高のご馳走になるのでしょうね・・・
自分たちが「天下」で一番の医者だと勘違いしている人間では、
下々の患者などには、
何を言っても許されると、
許し難い勘違いも発生してしまうようです。
今日も黄門様の印籠よろしくエビデンスを
下々の患者に振りかざしている姿が目に浮かびます。
昨日の「誰のためのガン治療?」で書いた、癌○病院に対して、
それにしても天下の癌○有○病院が、乳ガン患者の治療に際しハーセプテストの
情報を開示しない、など、理解できません。
まれに「病理学的完全寛解」もあると言われるハーセプチンを使用するかどうかの
判断は、患者にとって極めて重要な情報です。
もしこの話が本当であれば、倫理的に非常に問題があるのではないでしょうか。
とのオモテのコメントいただいていますが、
癌○病院も、
「天下の」癌○病院と大きな勘違いをしているように思います。
しかし、その勘違いをさせているのは、
「天下の国立がんセンター」
「天下の癌○病院」
と、患者さんの方が勘違いをしているから、
そこの医者もそれに乗せられてしまっているだけのようにも思います。
当然、そのように煽っているマスコミの責任も極めて重大ですが、
それは、国民がそう思っているから、
視聴率を上げるために、
国民が見て気分が良くなる番組作りに励むからに他なりません。
最大の原因は、
患者さんの致命的な勘違いにあるように思います。
両方とも患者さんが思い描くような病院ではありません。「もしこの話が本当であれば」とありますが、
「本当の話です」セカンドオピニオンに来られたご家族、患者さんに
私が、電話とメールでたくさん入れ知恵をして、
癌○病院に電話をしてもらい、
渋る癌○病院から、
何とか明日病理所見を入手する手はずを整えたばかりです。
この事実はご指摘どおり、
極めて重大な問題です。
糾弾する必要があると思います。
ちなみに、先に紹介したコメントの方は、
気分が落ち着かれてから、
ご友人の応援もあって、
国立がんセンターに正式に文書で抗議を申し込んだそうです。
少しは改まってくれれば良いのですが・・・・・
その前に、患者さんご自身の誤解を早く解いてください。
以上 文責 梅澤 充
如何なる抗癌剤治療を行うのかに
迷っている患者さん、ご家族がおられます。
乳ガンの患者さんです。
私は、乳ガンの術前抗癌剤治療は、
標準的抗癌剤治療を受けるべきだと考えています。
しかし、その時、
これから治療を受けようとする乳ガン細胞の種類により、
方針は大きく変わります。
これから治療を受ける乳ガン細胞が、
ハーツー蛋白という特殊なタンパク質を持っていた場合、
ハーセプチンというクスリと、
抗癌剤を併用すると飛躍的に治療効果が上がります。
先日、セカンドオピニオン来られた患者さんは、
癌○病院で標準的抗癌剤治療を受けようとされていましたが、
癌○病院の乳ガン治療の専門医からは、
ハーツー蛋白およびハーセプチンについては、
何一つ聞かされていませんでしたので、
癌○病院で、それを調べていないはずはないので、
治療開始前に必ず、
ハーツー蛋白の存在を調べる検査の
(ハーセプテスト、あるいはフィッシュといいます)
結果を聞くように、
メールでやり取りしている時に、
説明したのですが、
先日直接セカンドオピニオンに来られた時に、
結果をお聞きすると、
「ハーツー蛋白のことを口にしたとたん、主治医の態度が変わり、
何で、そんなことを聞くのだという感じになり、
結局教えてはもらえなかった。」とのことでした。
セカンドオピニオンで再度、
ハーセプテストの重要性を説明して、
主治医にセカンドオピニオンを受けるという口実で、
病理所見のデータをコピーしてもらうように指示し、
ご家族がそのように行動したところ、
データの開示はまったくなされることはなかったそうです。
セカンドオピニオンの紹介状も、
治療開始が予定されている前日にならないともらえないそうです。
本日ご家族からいただいたメールの抜粋です。
ただ確実に分かったことは,
【癌○有○病院は患者を個人として扱ってくれないこと】です。
先生のおっしゃるように【一匹のモルモット】なのですね。
自分の病理のデータも満足に渡してくれない。
自分のデータであるはずなのに・・・。
昨日うかがった○○の病院などとは雲泥の違いです。
『病院』という名称から抱くイメージとは全く異なります。
まだ『○○がんセンター』のほうが良心的です。
病院と名乗っていないのですから。。。
○○がんセンターでの対応も、
同様であることをしばしば患者さんを通じて体験しています。
彼らは、大切な【一匹のモルモット】に逃げられるのがお嫌いなようです。
元気なモルモットは大切にしてくれます。
PS. が落ちて、
標準的抗癌剤治療の適応がなくなると
ボロキレのように捨ててしまいますが・・・・
勿論、そんな医者は一部だけだろうと信じます。
しかし、そのような医者が、
癌○病院、○○がんセンターには
何匹か生息していることは事実です。
昨日「報道の恐ろしさ」で、
「マスコミの医者イジメ」
について書きましたが、
このような医者が存在していると、
マスコミから医者が十把一絡げに見られ、
イジメ、偏向報道がなされても仕方が無いような気もします。
しかし、NHKをはじめとしたマスメディアは、
癌○病院や○○がんセンターのことは
非常に高く評価しているように思えてなりません。
イジメられるのは、
たいてい名も無い中小病院や、そこの医者です。
マスコミが癌○病院や○○がんセンターのことを
真実を伝えずに、
非常に高く評価しているのは、
昨日書いたように、
やはり、癌○病院や○○がんセンターを
国民が大好きだからなのでしょうか。
大切な視聴者の大好きな病院の真実を報道したら、
一番重要な視聴者のご機嫌を損ねてしまいますか・・・・
上のメールで紹介した文章中の
「昨日うかがった○○の病院」とは、ある片田舎の病院のことです。
そこではやはり乳ガンの補助抗癌剤治療を行う予定になっている患者さんに
極めて多方面から観察した病理結果を患者さんに示して、
それに沿った抗癌剤治療を提案していました。
東京の誰でも知っている大病院では、
病理結果を患者さんに教えようともせず、
一方、片田舎の無名の病院では
極めて親切に、
患者さんに最適の治療を選んでくれる。
これもNHKが盛んに煽っている
医療の地域格差でしょうか。
以上 文責 梅澤 充
8月28日共同通信配信のインターネットニュースに
興味深い、恐ろしい記事が出ていました。
無罪判決の報道で名誉棄損 医師がフジテレビに勝訴
東京女子医大病院で2001年、心臓手術を受けた群馬県の少女=当時(12)=が
死亡した事故をめぐり、業務上過失致死罪で1審無罪となった元担当医が、
判決を報じたフジテレビの4番組で名誉を傷つけられたとして、同社に1500万円の
損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は27日、うち1番組の名誉棄損を認め、
100万円の賠償を命じた。
土肥章大(どい・あきお)裁判長は「無罪に疑問があることを示唆する情報を
多数提供しており、元担当医が未熟で過失があったため事故が生じた可能性がある
との印象を与えたことは否定できない」と指摘。「当初は罪を認めた」との
報道内容についても「事実とは認められない」と判断した。
元担当医は05年11月30日、東京地裁で無罪判決を受けた。
判決によると、フジテレビは同日夕のニュース番組で、判決内容を報道した際、
医師が未熟だったとする趣旨の弁護士のコメントを紹介。
また、元担当医と被害者遺族の双方が記者会見をしたのに、
遺族のコメントだけを放送した。
元担当医については検察側が控訴している。
マスコミの医療報道の実態が暴露されたように思います。
医者を悪者にしておけば、
そして医者が罪人になれば、
視聴者は喜ぶ、
すなわち視聴率が上がる。
その目的のためには、
真実はいくらでも捻じ曲げる。
このような歪んだマスコミの姿勢を指摘した判決であると思います。
しかし、このマスコミの歪みは、
民意を反映したものです。
視聴率が上がるのは、
国民がそれを喜ぶからです。
視聴率を稼ぐのはマスコミの宿命です。
現在の国民の姿勢が変わらない限り
日本の医療は、
患者さんの望むところからはドンドン離れていくと思います。
奈良県の産婦人科で、
患者さんが、たらいまわしにされ、
挙句に死産に至ったことが、
新厚生労働大臣を巻き込み、
「繰り返してはならないこと」
であると報道されていましたが、
今後、ますます日本全国で同じことが繰り返されていくと思います。
医者はたくさんいるはずの東京でも、
同じ事態の発生を予測する産婦人科医もいます。
医者も他の国民と同じように、
自分が大切であるはずです。
医者に大きな犠牲を強いて、
成り立っているような今の日本の医療では、
患者さんの希望はドンドン薄らいでいくことと思います。
医者の行為の結果が患者さんの満足のいくものでなかった場合、
それがすべて医者の責任にされて、
それをマスコミが揶揄して、国民が喜ぶ。その構造から抜け出せない限り、
日本の医療は崩壊を続けることと思います。
先日も、例の福島の産婦人科医の業務上過失致死の
裁判のニュースが流されていましたが、
「癒着胎盤の剥離に、手ではなくて、クーパーを使ったことの是非」が争われているようです。
手術をいう人間の生死をかけた、
医者と病気の壮絶な戦いの一場面にまで、
ケチを付けられ、
それにより、「業務上過失致死」で逮捕されるのであれば、
外科医になりたいと考える人間などいなくなります。
近い将来日本の国には、
外科医は存在しなくなると思います。
昨日、一昨日と
「エビデンスの無い抗癌剤治療」「エビデンスの無い抗癌剤治療・続き」で、
「今のガン治療はエビデンスを利用しているのではなく、
エビデンスに医者が、振り回され、操られている」という旨のことを書きました。
しかし、何度も書いているとおり、
それが医者にとって一番ラクで、
一番安全なのです。エビデンスが出ていて、
さらにお国の後押しもあり標準治療とされているのですから、
その治療を行って、
エビデンスどおりに患者さんが亡くなっていっても
絶対に医者の責任にはなりません。
したがって、日本国民が大好きな、
「医者が悪者になる」ことはないのです。
致死罪に問われるのは
ガンだけです。
賢い先生方は、
身の安全を守るために、
エビデンスに振り回されている
振りをしているだけかもしれません。以上 文責 梅澤 充
昨日は、「エビデンスの無い抗癌剤治療」で、
「エビデンスが出てしまった(?)が故に、
個々の患者さんの個性が失われてしまった」のではないか、ということを書きました。
私の行っている抗癌剤治療を
腫瘍内科の先生は、
エビデンスを基に考えて、
「そんな量では効かない」と酷評してくださいます。
しかし、「そんな量」にはエビデンスが無いだけです。
効くか否かは試してみなければ分かりません。
実際に、癌○病院から、
「抗癌剤の選択は良いけど、
そんな量では効かないよ」と、
有り難いお墨付きをいただいた
十二指腸ガンの再発の患者さんでは、
イリノテカン1回20mg、
(体表面積あたりではありません、一人当たりです)
シズプラチン1回5~10mgを
2週間に1回だけで
現在完全に消えた状態になっています。
現在は4週間に1回の点滴だけです。
内服の抗癌剤も使っていません。
一時、ガンの存在による強い痛みのために
麻薬も処方していましたが、
当然それも必要なくなっています。
卵巣ガンの再発のある患者さんで、
効かないはずの、
タキソール1回15㎎、
カルボプラチン1回50㎎
を2週間に1回点滴をして、
その上にゼローダ2錠(600㎎)の連日の内服で、
470だった腫瘍マーカー CA125が24にまで
2ヶ月足らずで低下しています。
タキソール、カルボプラチンの標準的抗癌剤治療を受け、
一時完全寛解の状態になるも
1年も経たずに再発してきた患者さんです。
その時の標準的抗癌剤治療があまりにも辛かったので、
再び同じ治療を勧められるもキッパリと拒否して、
私のところに来られました。
卵巣ガンでは、
他にもタキソール1回15㎎を
2~3週に1回だけでも、
腫瘍マーカーが低下し続けている患者さんもいます。
内服薬は無しです。
画像診断上はガンは確認できませんので腫瘍マーカーだけが指標になります。
全身の骨と肺に転移して手術不能の乳ガンに対して、
ホルモン剤の毎日の内服と、
タキソール1回45mgの点滴を2週間に1回で、
肺と乳腺の病巣の完全な消失、
骨にはガンが若干残るも、
自覚症状はまったく無い状態で7年間以上維持している患者さん。
勿論、その量のタキソールでは髪の毛はまったく抜けません。
特に、乳ガン、卵巣ガンでは、
他にもたくさんの、
効かないはずの抗癌剤で、
長生きされている患者さんがおられますが、
他のガンでも、
「治療方法はありません。あと一月です。」
と宣告され、
7ヶ月の間、御家族と一緒に自宅で生活できた胃ガンの患者さん。
がんセンターで「もはや治療方法は無い」
と、お決まりの宣告された膵ガンで、
その後1年間以上治療を続けた患者さん。
再発後13年間抗癌剤治療を続けている
大腸ガンの患者さん。
6年間、内服の抗癌剤治療を続けている
切除不能の小細胞肺ガンの患者さん。
今年のお正月には生きている確率が50%以下だった、
ステージⅣの肺ガンで
ガンが消失してしまった患者さん。
などなど、チョット思い出すだけでも、
同様のケースは枚挙にいとまはありません。
すべて偶然で片付けて良いのでしょうか。
この量の抗癌剤では、
たしかに大きな抗腫瘍効果など期待できません。
抗癌剤の力だけでは、
ガンが消失したり、
腫瘍マーカーが急激に下がることは無いと思います。
ところが、現実には消失したり、大きく下がっている。
そこには恐らく免疫が関与しているはずですが、
それを証明することはほとんど不可能でしょう。
しかし、そんな証明などなくても、
そのようか経過を辿っている患者さんの存在がすべてです。
勿論、治療効果が現れることなく、
不幸な機転を辿れれた患者さんもおられます。
膵ガンで三人。
乳ガンでお二人。
肺ガンでお二人。
それぞれ記憶しています。
しかし、いずれの患者さんも
抗癌剤の量を増やしても、
まったく反応してくれませんでしたので、
はじめからエビデンスどおりの標準的抗癌剤治療をしていたならば、
もっと短い寿命で終わってしまっていたと推測されます。
はじめから標準的ではない治療を行った他の患者さんでは、
エビデンスの生存期間中央値よりも
短い寿命で終わった患者さんはいません。エビデンスを無視した治療は、
一見乱暴のようにも見えるかもしれませんが、
現在のエビデンス一辺倒の治療を見ると、
「医者がエビデンスに操られている」ように思えてなりません。
エビデンスは利用するものであり、
それに支配されるものではありません。
エビデンスを無視した極小量の抗癌剤を使った治療では、
その治療が効果が無いと分かったときに、
すぐにエビデンスに従うことは可能です。
個々の患者さんも、ガンも
すべて違う個性を持っていることを忘れない方が
長生きできると思います。以上 文責 梅澤 充
私は、
「そんな量では効かない」といわれる量の抗癌剤を使って
ガン治療を行っています。
腫瘍内科医は
エビデンスのある標準的抗癌剤治療だけが、
唯一無二の至高の治療であるかのように信じ込み(?)
美しい国日本の政府、およびその露払いとしてのNHKも
その普及に余念がありません。
「最低限度のガン治療」を普及させることには
意義のあることだとは思います。
しかし、本当に標準的抗癌剤治療が至高の治療でしょうか。
先ず、副作用は必発です。
標準的抗癌剤治療を行いながら、
仕事を続け、普通の社会生活を行うことは、
相当に丈夫な身体を持ったガン患者さんでなければ不可能です。
副作用により、患者さんの社会生活は大きく制限され、
QOLの低下も著しいものがあります。
しかも、その治療を続けても、
切除不能のガンが治ることはありません。
その辛い治療から終生開放されることは無いのです。
副作用から開放されるのは、
「もはや治療方法はありません」
との最後通牒を突きつけられる時だけです。
至上とされる理由は、
エビデンスが存在するがためだけです。「エビデンスが無い治療 = 効果の無い治療」と誤った見方をされています。
何度も書いているとおり、本来
「エビデンスが無い治療 = 治療効果は不明」な、だけです。
エビデンス一本やりの上に成り立っている、
標準的抗癌剤治療を推進している腫瘍内科医は、
若い医者は経験無いのかも知れませんが、
何回も書いているとおり、
ほんの十数年前まで、抗癌剤治療では延命効果は、
証明されていませんでした。
すなわち、
「抗癌剤治療を行った方がトク」
「抗癌剤治療は、無治療でいるよりもマシ」
というエビデンスは
まったく存在していませんでした。昔から抗癌剤治療では副作用だけはシッカリと発現していましたが、
「その副作用を覚悟で抗癌剤治療を行った方が、患者さんのためになる」というエビデンスなど、
まったく存在しないのに、
延々と抗癌剤治療は行われ続けてきました。
抗癌剤治療は、腫瘍内科医の趣味で行われていたのでしょうか、
他にやることが無いから仕方なく行われていたのでしょうか。
人体実験のためだったのでしょうか。
そうではないと思います。
抗癌剤治療を行っている患者さんを
シッカリ観察していると、
治療効果が上がり、
ガンが大きく退縮して、
明らかに長生きさせてあげることができる患者さんも、
あるいはガンによる苦痛を取り除くことができる患者さんも、
存在していました。
そのような患者さんを見逃さずに、
そして、そうではない治療効果の出ない患者さんも
いち早く探し出し、
治療を変えるなり、
中止するなり工夫をして、
抗癌剤治療を続けていたから、
エビデンスは無くとも、
抗癌剤治療にはそれなりの意味が見出せたのではないかと想像されます。エビデンスが無いのですから、
抗癌剤は患者さんおよびガンの動向に合わせて使わざるを得ないのです。
その結果、必然的に均一な治療ではなくなり、
患者さんの個性が尊重されることになります。
現在私が診ている百数十人の患者さんで、
同一スケジュールの患者さんは一人もいません。
一方、現在の抗癌剤治療では、
エビデンスだけを見つめて、
個々の患者さんを診ようとしません。個々の患者さんの個性に、
およびガンの個性には目を瞑ってしまい、
ただ、すべてエビデンスだけにお任せで、
何が起きてもすべてエビデンスの責任になる。
現在の抗癌剤治療では、
むしろエビデンスが出てしまったが故に、
個々の患者さんの個性が無視されてしまっているように感じます。標準的抗癌剤治療のエビデンスは、
「○回繰り返して、○○%の奏功率が得られる」
となっています。
したがって、エビデンスどおりに必ず○回繰り返されます。
1回目で効かなければ、
それを何回繰り返しても効きません。
しかし1回でのエビデンスは出ていませんから、
患者さんおよびガンの状態がドウであろうが、
それには目を瞑り、
エビデンスに従います。
その結果、
エビデンスどおりの
悲惨な結末がたくさん出現してきます。
8月29日の「国立がんセンターの魔力・その後」昨日の「殺人ではありません、治療です!」で紹介したとおりです。
真っ暗闇の抗癌剤治療の世界に、
エビデンスという便利な指標ができたのは
素晴らしい医学の進歩ですが、
現在のガン治療はそれだけに振り回されて、
個々の患者さんをシッカリ診るという、
本来の医者の治療姿勢が失われてしまったように感じます。
母校の校訓
「病を診ずして、病人を診よ」
という言葉を思い出しました。
以上 文責 梅澤 充
8月29日の「国立がんセンターの魔力・その後」8月30日の「苦あればラクあり?」に対して、
件名 : 殺人!
昨日からのお話、どう読んでも殺人に近いと思えてくるのです。
国立の病院で行なわれる、標準とされる治療が何故こうなるのでしょうか?
と過激なコメントをいただきました。
大きく誤解されているように思います。
標準的抗癌剤治療は、
患者さんがそれに満足するか否かは別にして、
れっきとした治療です。
何故、満足できないのかは、
「個々の患者さんの個性を完全に無視した治療」だからだと思います。
標準的に大量の抗癌剤を使う治療では、
数十人、数百人と集まった患者さんに対して、
まったく均一に行われる「治療」です。
個々の患者さんを個別に診ることはしません。
すべての患者さんが十把一絡げにされ、
「抗癌剤治療工場」へ誘導されて、
次々に、一本しか用意されていないベルトコンベアーに乗せられ、
まったく均一のスケジュールで、
最大耐用量の抗癌剤が身体に注入されていきます。
副作用は必発です。それによりエビデンスどおりの結果が得られます。
副作用により亡くなる患者さんも出ますが、
それもエビデンスです。
けっして「殺人」ではありません。
8月29日の「国立がんセンターの魔力・その後」で紹介した患者さんのように、
悲惨な経過を辿る患者さんも出てきますが、
それもすべてエビデンスです。
しかし、数十人、数百人の患者さんを平均してみると、
無治療よりは○ヶ月長生きできるという、
素晴らしい、アリガタイ治療です。
他の治療では、
数十人、数百人の患者さんを平均化したデータは出ていませんので、
“とりあえず”エビデンスの出ている、
標準的抗癌剤治療だけが、
至高の治療ということになります。
そのためには抗癌剤の減量は許されません。
全身状態の良好なガン患者さんに対して、
規格どおりの量でしかエビデンスが出ていませんので、
それから逸れたら有り難いエビデンスは消滅してしまいます。必殺スナイパーである「ガン細胞」
と戦うための武器の一つが標準的抗癌剤治療です。
殺人者を野放しにすれば、
必ず、犯行に及びます。
その犯行時刻を、可能な限り遅くさせるのが治療です。
その過程で、敵に撃ったつもりの弾丸が、
何処かで跳ね返ってきて、
自分に当たって死んでしまう。
これは、
殺人ではなくエビデンスどおりの偶発事故です。唯一無二の治療根拠であるエビデンスなど
その程度のものです。
そのエビデンスがなければ、
如何なる治療もしてはならない、
という風潮は、本当に恐ろしい考え方だと思います。
これは、ある放射線科医からの受け売りですが、
現在、ステージⅠの肺ガン(非小細胞ガン)の治療において、
ピンポイントの放射線治療は、
治療成績において外科手術に劣らなくなっています。
当然、患者さんの身体が受けるダメージは手術とは比較になりません。
そして、現在ではその放射線治療は
健康保険でも認められるようになりました。
しかし、その治療がはじまったときには、
エビデンスのカケラもありませんでした。
さらに、手術との比較検討試験なども行われていません。
すなわちエビデンスなど無しに、
その治療が正当化されてきたわけです。
エビデンスに縛られていたら、
治療の発展は大きく阻害されます。
はじめて、エビデンスの無い治療を受けるパイオニア的な患者さんは、
勇気が要るかも知れませんが、
現在の抗癌剤治療では、
「必殺スナイパーを相手に、自爆も十分にある治療をしている」ということを忘れずに、
ご自身の治療を考えてください。
ちなみに、本日来られたある肺ガンの患者さんが、
「最近、ブログで国立がんセンターの肺ガンの患者さんのことを
書かれているけど、それは、私の友人ではないか?
ちょうど国立がんセンターで今年の5月に診断され、
つい最近8月に亡くなった。」と言われました。
時期はまったく一緒ですが、
そのご友人とは性別が違いますので、
同一人物ではありません。
さすがに国立がんセンター、
「院内患者さんの死亡率は低い」そうですが、
エビデンスどおりに自爆される患者さんは多いようです。ただし、最期は他の病院で・・・・
勿論、当たりクジを引いた患者さんも、
2 ~ 3 割り程度はおられるはずですが・・・・
その患者さんは2006年2月から肺ガンの再発に対して、
大学病院で2種類の標準的抗癌剤治療を行い、
疲れ果てて今年の2月に私のところに来られた方です。
本日もCTを撮りましたが、
ガンは良くも悪くもならずに、
お仕事続けながら、
ガンと抗癌剤と付き合っています。
とても大人しい肺ガンです。
そんな大人しい肺ガンに標準治療を行ったら
寿命を縮める確率が高くなります。
以上 文責 梅澤 充