はてなキーワード: 子ども食堂とは
たとえば防衛(?)として核兵器を持つことが「強さ」だとしたら、何発あれば強くなって安心できるんだろう。
北朝鮮と同じ50発?
中国と同じ600発?
他の国より核兵器を持ってる数が多かったら「強い」なら、どんどん作ったらどんどん強くなるってこと??
pp(ピアニッシモ=弱い声)を会場の一番奥まで届かせるときの方が、
ずっっっと深く、強く、お腹に力を込める必要があったことを思い出す。自分がイメージする強さって、弱い音を届けようとするその時の感じ。みんなはどうなんだろう
『ポエムとしてはええけど、国際政治と合唱は別物やろ。現実見ようや(´・ω・`) 』
コメントありがとう。合唱の話が例として良くなかったのかもしれない。合唱の話してる奴と政治の話できないとか言われててしょぼんとしている…。
(あと政治の話になると、すぐに左翼とかリベラル、右翼とか保守みたいにラベリングしてしまうのはなんでだろう?しかもそのほとんどが、目の前にいる相手の声をもっとよく聞くためでなく、相手の声を黙らせるために使われることが多い印象。右派左派ともにね。)
自分は、「現実」と呼ばれているものが、いつの間にか一つの見方に固定されてしまうことに引っかかってる。軍事や国益の話は現実で、人が何を恐れて、何を信じて、何を希望するかは「ポエム」なのかな。
実際には、どの言葉が現実的で、どの言葉が空想だとされるか自体が、社会の中でつくられてきたものだと思う。差異や多様さ、弱さや希望が「非現実的」と片づけられるとき、それはしばしば「これしかない」という前提を守るための言葉でもある。希望を語ることや、別の可能性を想像することは、現実逃避ではなく、今ある価値の序列や暴力の前提を問い直す行為だと思っている。言葉や政治が、人を排除もするし迎え入れもするのだとしたら、どんな言葉を「現実の言葉」として使うかは、とても政治的じゃないかな。
それをポエムと呼ぶなら、そうなのかもしれないけど「別の世界はあり得る」と言い続けることなしに、現実が変わってきた場面があったとも思えない。
現実を見ることと、現実が一つではないと問い続けること。その両方を手放さずにいたい、という話です。
この話は、外国人労働者や移民が増えていることへの恐れとも、どこかでつながっている気がする。でも自分は、それを「侵略」と同じものとして語ることには違和感がある。
たとえば、結婚したい相手の苗字を、どちらかが手放さないと制度上結婚できないことも現実だし、性的マイノリティの友人たちが国から存在を認められていないことも現実。
どの現実を「現実」と呼ぶのか。その選び方自体が、政治ってことなのかな??
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長々とごめん。政治の言葉で使われる「強い」ってなんなのかが知りたいって思ってる!言いたいよりも、聞きたい。
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『核兵器(ff)と斬首作戦(ppを会場の一番奥まで届かせる)はどちらが強いかみたいなことを考えてもあまり意味は無いと思う。』
自分はppが斬首作戦とは思ってないよ!ただ強さについて考えるときに、自分が思い出す身体感覚を書いてみた。政治的なことも、自分自身の身体感覚から考えられないかなと思ったんだけどな。
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『さて、増田はいったい何がいいたいんですか?増田は勝てない相手に逆らったことがあるんですか?増田は、喧嘩したことがあるんですか?理想を語ることなんて誰でもできるんですよ。そんなことで人より上になったとか思うのは、恐ろしく恥ずかしいことですよ。口先だけの人間は、この世で一番価値がないですよ。(抜粋)』
うーん。この前の文章は分かるんだけど、後半の↑の文章はどうしてこうなるかわからなかったな。
一応、答えておくと、勝てない相手に逆らったことはあるけど、具体的な暴力での喧嘩はないよ。痛いのやじゃん。あなたは好き?理想を語ることはほんとうに誰でも出来て、口先だけの人はこの世で一番価値がないの?
自分もできる範囲で、困窮者支援への炊き出しや、学習支援、子ども食堂のボランティアを手伝ったりもしているんだけど(だからといって別に偉いとも思わない)、
口先だけってなんだろう?あなたのその文章と、どこが違うんだろう?あなたはどんなふうに行動している?もしよかったら聞かせてほしい。
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『歴史を勉強すれば(過去に人類が何をやってきたのかを少しは知れば)そのラノベかなんかみたいなシンプル過ぎる発想から脱却できると思うよ』
コメントありがとう!オススメの本とかある??自分は最近「歴史的に考えること」「背景マッカーサー元帥師」を読んだよ(もしかして、ラノベかなんかみたいなシンプルすぎる発想っていうのは政治家のことを言ってる?)。
どれくらい歴史を勉強すれば、政治について分からないことを誰かに聞いてもいいんですか?
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『強さは相対的だから「全員が」「絶対に」強いと言い切れる事んて無いよ…ffも「100db±5」とかルール化されてない以上、ウィスパーボイスでも「ff!!強すぎ!!」と言う奴や、鼓膜が破れるくらいでかい音でも「まだpp」と言う奴がいるかもしれん
(中略)設問が悪いので「知らねーよ」と答えるしかない』
あ〜、確かに強さって相対的だ。ここに関しては、かなり同意。強さは相対的だし、尺度次第で全然変わる。
だからこそ、自分が気になったのは「日本列島を、強く豊かに」ってコピーが、その“尺度”を一切示さないまま、強さだけを断定してる点で
だから「政治の言葉で使われる強いって何?」って質問は、答えを出すためというよりも、みんながどんな尺度でその言葉を受け取っているかを聞いてみたいって思って聞いたよ。
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『強くても安心できない国もあれば弱くても安心できる国もあるので、分からないのは強さじゃなくて安心かもしれない。』
軍事的・経済的には「強い」とされていても将来が見えなかったり、分断が深かったり、生活の足元が不安定な国は普通にあるし、逆に「弱い」と言われがちな国でも、日常の安心感が高いところはあるのかも。
そう考えると、分からないのは「強さ」じゃなくて、政治が何をもって人を安心させようとしているのかなのかもしれない。
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『追記、よい文章と思いました。「現実」という言葉の持つ政治性、もっと言えば宗教性に多くの人は無自覚だし、だからこそ「現実」は強固なものなのだけれど、でもまったくひっくり返せないわけではない。それを相対化し、数ある可能性の一つに格下げしてきたのは、人類の文学的・芸術的・学問的な努力であって、それによって人間社会は進歩し、悲しみの種を少しずつ摘んできた。そんな社会を後退させるのは、現実とはこれひとつであると主張する権力であり民衆の諦観です。われわれが本当に抗うべき敵はこれなんだと思います。(抜粋)』
返信ありがとう。
読んでいて、そうだなぁと思いました。「現実」という言葉が、いつのまにか一つの見方だけを指すようになってしまうこと。それに抗ってきたのが、文学や芸術や学問だった、という話も、その通りだと思います。
自分が「強いって何なんだろう」と考え始めたのも、ニュースや選挙のチラシで「強い日本」とか「守る」とか「抑止力」という言葉を見るたびに、それが自分の生活のどこに触れているのか、よく分からなくなる感じがあったからです。朝起きて、仕事に行って、帰ってきて、ご飯を食べて、誰かと話す。その一日の中で、いま言われている「強さ」は、何を支えているんだろう、と。
おっしゃる通り、暴力や生存に直結する現実の強度は無視できない。暴力は実際に人の体や生活を壊すし、それが前に出てくると、世界が一色に見えてしまう。だからこそ自分は、「国際関係は武力で決まる」という言葉をそのまま飲み込まずに、いったん立ち止まりたかったんだと思います。じゃあ、どれくらい持てば「強い」のか。そもそも核兵器は、本当に「強さ」なんだろうかと。
一方で、自分の周りを見渡すと、名字の制度のせいで結婚の選択肢が制限されていたり、クィアの知り合いが「国から存在を認められていない」と感じながら生きていたりする。それもまた、確かに現実です。でもそういう話は、よく「理想論」や「ポエム」に押しやられる。
恐怖や敵意を前提にした「現実」だけが前に出ると、他の現実が見えなくなる。だから、あいまいな不安や排外感情をいったん脇に置いて、できるだけ具体的に、現実的に考えたいと思っています。それは空想というより、自分や周りの人が、明日も普通、、、いや普通っていう言葉じゃないな。もっとマシに暮らせるかを考えることに近い。
これを書いてて思ったけど、もしかすると有権者が諦観に飲み込まれないことが「強さ」なのかもしれないですね。「もっとましな現実に移れるかもしれない」という言葉、ほんとに自分もそうあってほしいって思う。
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『合唱やってるんなら、合唱コンクールを思い浮かべればいいのでは。そこにも強弱差はあるだろうし、毎年入賞している強豪チームもいれば参加するだけで終わってるチームもあるだろ』
たしかに、合唱コンクールの順位を思い浮かべれば「強い/弱い」はあるよね。毎年入賞する学校もあれば、参加するだけで終わる学校もある。その意味で、合唱の世界にも力関係や差はあると思う。
でも自分が気になっていたのは、その「強さ」が何で測られているのかなんだと思う。声量なのか、技術なのか、編成なのか、審査基準との相性なのか。同じ曲でも、ホールや聴き手が変わると評価が変わることもある。
政治の話で「強い」と聞いて、例えば自分が思い浮かべたのは「軍事力」だったけど、合唱コンクールでも声がでかい学校が常に勝つわけじゃないのと同じで、政治において何を「強さ」と呼ぶかは本当はもっと複数あるはずだと思う。それを知りたいと思った。
そうなんだよ。
1と3については、ばらまきが実施されても他の方法で防ぐ事はできるかもしれないけど
2については本当に致命的なんだよな…。
以下の条件に当てはまるものは、物価対策や消費者支援にはならない。
単純にその対象の業界への補助金として作用して、単に価格が上がるだけにんるんだよな。
典型的なのが
で、教育なんかはこれにあたるんだよな…。特に教育関係は需要予測がすごく確実なので(何しろ、20年後の20歳の上限人数は今年ほぼ決まる)需要が増加しない。
需要が増加しないと競争が発生しない。そこに補助金が入るとどうなるかと言うと、単純に再調整が行われて、その金額分だけ全体が高くなると言う現象が起きる。
不動産も同じで、住宅補助はその分家賃が上がるだけと言われる。
じゃあどうするかと言うところなんだけど、結局は
ただ、供給を増やすのが多くの場合は無理なので、あと失敗するとコントロール不可になってやばいので、大抵は後者を選ぶ事になる。
例えば、電力インフラ、医療福祉などは後者。また、教育についても公的な部分については後者。
ところが、現在の子育て支援、教育無償化などはそうなっていないので、単に業界全体に対する補助金として作用しいてる。
高校無償化は、公的に価格統制を作る仕組みに近かったので、教育にかかる金を下げる効果はあったと思われるが、何故かそれを費用統制のない私立まで広げたので台無しになった。
じゃあどうするか、なんだけど、実は日本で唯一、本質的に子育て支援、少子化対策になったと言える施策がある。
それが我らが増田からスタートした「保育園落ちた日本死ね」で話題になった、待機児童問題。
そこから、待機児童ゼロが政治的キーワードになって日本中で整備されたが、これは非常に大きかったと評価されている。
方向性としてはこれで、大胆にやるとしたらこの筋だと思うのだが、なかなか行われない。
また、世界的な整理でも、親が、特に女性がキャリアを維持したまま子育てができる支援を手厚くすることが少子化対策になることが示唆されている。
ということで、やることは例えば、
つまり、親が頑張らなくても子どもが育てられる仕組みを作る、お金があろうとなかろうと利用できる形で整備するのが効果がありそうなんだよ。
ついでに、人口が減ってく中で、子育て世代をより戦力化できる。
すぐにはできなくて票にならないからだよね。
政治家は許される理由があれば金をばらまきたいといつも思っている生き物だから、安易にそっちにいく
最近は政治家にはすぐに政策を実現させる事を求めがちだってのもある。
(みんなの食堂ってことになってる)
そこに40過ぎてるのになぜかアルバイトをしてるおっさんがやってくるんだわ
そのおっさんは、カルカソンヌとかペンギンの奴とかコンプレットとかボードゲームを持ち込んで
子どもたちと遊んでてゲームのおっさんって子供達から呼ばれている
前置きはおいといて昨日そこの子ども食堂でクリスマス会をやったんだわ
食堂から最後に子供達におもちゃ(チョコエッグとかグリコとかの詰め合わせ)をあげた
そこにおっさんがやってきて、これ僕からみんなへのプレゼントって言い出して持ってきたのは
なんとSwitch2
管理するの誰と思ってんだ?
とかみんな思ってた
自分に魅力がないから物で釣ってるんだろうが、こういう他人のことを思いやれないような人だからいい歳して独身で非正規なんだろうなあって思った
オレも、順番持ち回りで組長やらされるまでは、後者の一員だったけど、やってみて色々頼られたり貢献できたりの経験してると、「入信」しちゃったよねーw
ウチでは「班」は無くて、自治会役員の下にすぐ「組長」でひと組数軒〜10数軒から毎年持ち回りで組長出す方式。
持ち家なら一軒年間6000円、賃貸の住民は年3600円、その他企業団体とかは規模に応じて6000〜3万とか集めてるねー
祭り、運動会、清掃活動、防災訓練などなど、イベントに参加してくれた人々には、打ち上げとか慰労会とか称して、お食事飲み物(酒類含む)が町内会費から提供されるよw あと、役員組長だけで新年会とか年度末のご苦労さん会みたいなのもあるけど。
でも、町内会費の使い道としては、地域の防犯協会(警察関連)や防火協会(消防関連)、赤い羽根募金・緑の募金・赤十字社とかへの拠出金、自治連合会でやる地域イベントへの協賛金とか、子ども食堂への援助とか、そういった社会貢献に出してるカネもかなり大きい。
某党の総裁候補者で、子ども食堂にいって、バースデーケーキをださせたひとがいるらしい。
それをいいことのように思ってテレビで映させて流させているらしい。
どうやらネガティブにとらえられるとは思ってないのだろう。もうずれまくりだと思いますね。
いまや子ども食堂は政治の放置が起こした問題で、そこに平然と行けるようなひとに児童福祉は任せられないとおもわれるだけなのにな。
行政がすべてを完全に掌握して完全な福祉サービスを提供してるという社会があったら、それは息の詰まるようなディストピアでもあるだろう。
行政がどんくさいのはあたりまえなんだから、ボランティアはフットワーク軽く相互補完的にやっていけばいい。
貧乏なガキは子ども食堂に任せとけばいいというのは間違いだけど、「子ども食堂がある時点で行政が仕事してないんだ!」というのも全くの間違い
アイツ頭おかしいな。本当におかしいな。おかしすぎてこっちの血が沸騰しそうだ。
子ども食堂はな!
分かるか?
お前たちさえまともな仕事をしていれば子ども食堂なんかこの世に存在しなくてよかったんだよ。
元凶である自民党の議員が、総裁選前の自己アピールの為に顔を出して良い場所じゃないんだよ!
しかも(一か月後の)誕生日ケーキを出してもらっただァ???!!!!
(たとえ本人が数千万の寄付をして出してもらったケーキだとしても絵面がグロテスクすぎる)
金正恩でもそんなことしねえよ。なんで民主主義国家でこんな政治家の存在が許されてんだ?今すぐにギロチンにかけるべきだろ。
子ども食堂のシーンが自己アピールになると思ってるのが、狂気の沙汰だ。
それはマイナスにしかなりませんよと助言できる、最低限の常識を備えた人すら周りにいない
頼むから自民党の党員は、総裁選で此奴に一票でも票を入れてくれるな。
そりゃ自民党の連中に利用されたらムカつくのは当たり前