はてなキーワード: ノットとは
私の好みには合わなかった
だから
超かぐや姫について語ろうとすると
なぜ合わないのか なぜ好みじゃないのかという語りになってしまい
そんなことをわざわざこんこんと語る人間嫌だし だれもそんな話聞きたくないであろうから勧めてきた人には言わない
でも頭の中で総括したがるので書くね
総表5/10
大前提としてこの話は「美少女同士のゆりゆりキラキラエモエモラブラブファンタジー(in近未来)〜VRを添えて〜」だということ
百合・美少女・ギャル・VR・lol・vtuber これらの要素をモリモリにした後百合の邪魔になる負の要素は全て脱臭しきった『愛』の話ということを 人に勧める前にまず教えて欲しい
(※私は「事前情報無しで観てほしい!」と言われて事前情報一切無しでネトフリ鑑賞しています)
それらの要素があんまり刺さらない人には到底評価されないってことを理解して欲しい
刺さらない側の人間としては、事前に言ってくれれば鑑賞時のハードルを限りなく低くして
「なるほど〜あなたの趣味もなかなかですね〜うむうむ〜いや〜興味深いですね〜」
とか当たり障りのない感想を言えるのだし
とてもじゃないけど完璧超人イロハの心理を凡人じゃ理解できない。序盤のカグヤを許せる理由も、ヤチヨへハマる理由も、お兄ちゃんが今更妹に絡む理由も、毒親の理屈も 私には理解できなかった
顔が良くて勉強もできてバイトもバリバリやっててゲームもうまくて作曲ができて歌って踊れてプロポーションばっちりな人間が自分の評価軸を自分で持てずに過労死寸前、そこに金ばかり湯水のように使う顔の良い宇宙人女が来て手料理作ってくれたよ!お前のお金で!
死ぬて 普通は あーはいはいイロハさんは完璧超人なので愛の力があれば死なないオッケー
少しでも共感のとっかかりがあればそこから「相手の身になって考えてみよう」モードに入りメインキャラへの理解や没入感が増していくものであるが 私が理解できるのはギャル友ズのイロハを心配する気持ちくらいである
②女の性欲が描写されない
イロハはヤチヨにデレデレするしカグヤにいいツラでお願い♡されたら断れないくらい顔の良い女に弱いのに、カグヤと同棲して同じ布団で寝ててもハグや手繋ぎ(仲良しのやつ)で終了
キスくらいあった方がまだコレは完全無欠百合でウルトラミラクルラブストーリーなのね了解と思えた
まぁ、2人のピースをお互いの手の甲に添わせてキツネの形でキスの真似っこの所謂仲良しのやつがレズセの暗喩だとしたら私からは何も言いません🙌
コレに尽きる
歌い手文化を原典への冒涜と敵視し【オリジナル】【VOCALOID】タグに入り浸っていた人間にMIXしまくり且つ後半のオリ曲への前座扱いのワールドイズマインを聴かせてはいけないし、「ボカロのライブシーンマジアガったからそこまでは見て!」なんて言って期待させてはいけない
ボカロ曲を使う利点として、最近の若者はボカロ=オタク向けと考えていないから単純に良い曲を拾ってきやすい 某ボカロソシャゲの人気からも明らかで、超有名曲なら知っている人間も多く掴みとして良い VR世界の歌姫が選ぶ曲として納得感がある 理解できる
なぜ人間に歌わせるんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
なんだこのMIXは!!!原曲の意味が「歌姫」「かぐや姫」で姫繋がりだしイイよね〜くらいしか無いだろうが!!!!!!!!!!!!!
(暴れ狂う患者)
なんでわざわざボカロ使うんですか?テーマがサブカルだから?ボカロ使ってないんだからボカロ曲使ってますってアピるのはやめてもらってイイですかね… それかちゃんとボカロカバー曲って言ってください
避けていくんで 自衛させてもらうので
…こんなことは公式HPを見ていれば明らかなので原理主義者に見せたい場合は公式HPくらいは見せておいた方がいいと思います
今思うと何故私は歌姫とかぐや姫が存在している世界でミクの声が聴けると思ってしまったんだろうね… 百歩譲ってMIX無しだったらまだ大丈夫だったと思うけど、初手がガッツリMIXだったからショックの方がデカかったな
多分最年少だよ。
* 第74回(2023年):MISIA 「紅白スペシャル2023」
* 第72回(2021年):MISIA 「明日へ 2021」
* 第70回(2019年):嵐 「嵐×紅白 スペシャルメドレー」
* 第69回(2018年):嵐 「嵐×紅白スペシャルメドレー」
* 第67回(2016年):嵐 「嵐×紅白スペシャルメドレー」
* 第65回(2014年):松田聖子 「あなたに逢いたくて~Missing You~」
* 第63回(2012年):SMAP 「SMAP 2012'SP」
* 第62回(2011年):SMAP 「SMAP AID 紅白SP」
* 第61回(2010年):SMAP 「This is love'10 SPメドレー」
* 第59回(2008年):氷川きよし 「きよしのズンドコ節」
* 第54回(2003年):SMAP 「世界に一つだけの花」
* 第53回(2002年):五木ひろし 「おふくろの子守唄」
* 第49回(1998年):和田アキ子 「今あなたにうたいたい」
* 第29回(1978年):沢田研二 「LOVE(抱きしめたい)」
* 第20回(1969年):美空ひばり 「別れてもありがとう」
アリスSOSのOPは好きだし、演出としてはすげえ人だと思うけど
監督としては…毎回脚本ツッコまれてるのに改善されなくて、すぐ分かるアラが放置されてんのは他人の意見聞くとかしてねえんじゃねえの?それでも売れてるんだからいいってのは違うでしょ。全部自分の好きなようにやりたいってのは分かるけど独善的になっちゃアカン…なんか過去作の再生産みたいな感じもあるし…って否定的だったんやが、果てしなきスカーレットは予告でいつもの細田とは違う感じがあってちょっと期待してたり
したら意外に酷評でさあ
観に行く予定はなかったけど、逆に興味が出たのと、あと酷評されてたエヴァQ観たら思いがけず面白かったみたいなんもあったし観に行ったんよ ハムレットってのもへぇーってなったし。言うて、トゥービーオアノットトゥービーとかオフィーリアくらいしか知らんけど
しかしイオンシネマだともう1日3回だしうち1回レイトショーだったりして、商売なのは分かるが露骨すぎんかね
そっちはCMがウザいしミニシアター系に行ったら客が他に2人だけ。日曜やぞ…?口コミでヒットの逆パターンかな、と思いつつ観たら、アレ?面白いぞ??テンポいいし、スカーレットも聖もいいキャラしてるし。アングル固定でキャラが画面外から入ってくるのとか、ああ舞台っぽいなと思ったりして
死者の国がハムレットなのか細田オリジナルなのか知らんが、死んでから復讐ってのはいい設定と思う。
ボーイミーツガールっぽいのもいいよね。キスしそうでしないのも令和って感じ…と思ったらクライマックスでしちゃうんだけど
ボクサーおじさん、味方になりそうと思ったら味方になって、こういう分かりやすい展開は好き。杖が仕込み杖になってたのも訳わからんが面白い。砂漠の民との交流パートもいい。知らんデブおばさんのダンスパートとか知らんヒットソングもまあ…しかしあの龍とか雷は何や?あと聖が普通に乗馬してるのは違和感あるけどまぁ…。ボクサーおじさん2号、命乞いおじさんしたあと突如考察厨おじさんと化すのおもろい。1号と2号はクライマックスでも突如湧いて加勢するんだけど、こういうヘンさは好き。現代のミュージカルシーン、場面転換のエフェクト長くね?ってのと、現代人モブの中に死んだヤツとか敵も踊ってて、そのままエンディング行ったら面白いよなあと思ったがそれじゃインド映画か。
全体としてクローディアス王は最果て(天国)に行こうと兵力を集めてて、でも難民みたいなんが人海戦術で押しきっちゃう、みたいな?色んな時代や国のヤツがいるから、おー破城槌だ!とか、これマシンガンあってもキツいよなあとか思いながら、予告でもあった火山弾っぽいやつが、焼夷弾みたいな近代兵器かと思ったら普通に火山弾とマグマっぽいのはちょっとアレ?ってなったけど
で、まあここまで概ね良かったんだけど、それはダメだろってのが聖が敵を殺害するとことスカーレットがクローディアスに復讐するとこ
不殺のつもりが殺しちゃうってのはよくある、つーか不殺自体が殺す前フリみたいなとこあると思うんだけどさ、聖はなんか覚悟決めて、確信持って殺害しちゃうからよくわからんのよ…現代でも通り魔おじさん(アレ目立ちすぎでしょ…)から子供を守ろとして死んだ、ってのは示唆されるんだけど
なんかセリフとか、ちょっと躊躇うとか狼狽えるみたいなウェットな感じなら分かるんだが、ストレスフリーすぎてなんか…殺すのがダメなんじゃなくて、そこに至る葛藤とか逡巡とかその後の後悔とかみたいな…
で、あと、仇に復讐するか許すか、って一番大事なとこで、許したら騙し討ちで殺されかけて(もしかしてこれ死ぬのが正解なパターン?ってちょっと思ったが)謎ドラゴンの天罰ってのはアカンでしょ~!!デウスエクスマキナ~!!でも自問自答て実写ぽくなる演出とかは好きだし、父の霊が復讐を止めようとしてた、ってのはいい改変だと思う。
聖とスカーレットのどっちかが生き返る、ってのは何よ急に…ってなったしミスリードしてたのかもしれんけどそこは別に…ってなったけど、ああ、生きかえって現実でクローディアス許すパターンか!?と思ったらクローディアスうっかりミスで自損死~!!アホ~!!!(イき返るちょっと前のイきたいって言え!はセクハラすぎてだめ)悲愛パターンなのはなんとなくわかってたけどそれどころじゃないとゆうか…
でも絵とか演技は良かったし、スカーレットもキャラ自体は好き。叩かれてるほど駄作じゃない…けど、一番肝心なとこでの違和感が致命的すぎる。もうちょっとよくなればスゲー良くなるんよ~次作が正念場と思うからガンバって欲しい。ウォーゲームとかの二番煎じに戻ったらアカンやで
多くの人が萌えアニメはノットフォーミーって感じで見る前から切るじゃん。
その中でも特別出来がいいと噂聞いてやっと見始めたとしても、風呂サービスシーンパンチラ乳揺れとかエロサービスが目立ったら、やっぱりノットフォーミーだなーって見るのやめるし。
上記で書かれてることもあり俺達向けだと思うじゃん
一般の人は見ないと思うじゃん
でも実際にはオミットされてたわけよ、売上のためという方便で表現を
アニメから入った人は、じゃあ原作でも読んでみようと思っって調べてみたら
https://x.com/bocchi_goods/status/1967795178120548362
これを見るわけで
アニメから入った性表現苦手な人が原作見て離れる現象起こるでしょ
公式の路線考えるんだったら余計な表現って言って性表現切り取ったのって悪手じゃない?と思う
ゆるく知ってもらってアニメ自体で儲かればいいという考えも製作委員会方式なら取り分小さいだろうし
実際は漫画単行本で儲かれば、という考えなら、公式から見ればやっぱ性表現は入れたほうが良かったと思う
やっぱアニメ制作のほうが出版社より立場大きかったんじゃない?
で、「まあアニメはアニメでそこそこ熱意がある人だしまあ良いか」で合意だったのでは
って感じで、まぁ仕方ないのかな〜って
で放送後表現規制の現状も様々変わってて、アニメ層、漫画層共に、
メインで受け取ってたファン
+
表現規制に敏感な人
+
昨今のフェミニズムの全てを焼き尽くす焼畑戦法に対する◯意を持つ層
論じてるの、売上立てたい人目線とか、制作側の目線で見てる人多いけど、なんで受け取る側のことを見ないのよ
2期地獄やぞこのまま行くと
多くの人が萌えアニメはノットフォーミーって感じで見る前から切るじゃん。
その中でも特別出来がいいと噂聞いてやっと見始めたとしても、風呂サービスシーンパンチラ乳揺れとかエロサービスが目立ったら、やっぱりノットフォーミーだなーって見るのやめるし。
オタクもそういうサービスないアニメでも出来が良ければ見るじゃん多分。
幅広く見てほしいって試みは実際成功したわけだし、何にそこまで狂って海外に燃やすよう呼びかけたり、キャンセル署名集めたりしてるんだろ。
フェミなんか嫌だというだけでボコボコにされてるし、署名集めたりしないし、表現の自由戦士のがよっぽど自分の嫌いな表現に敏感で弾圧的じゃん。
喫茶店でコーヒーを飲みながら時間を潰していたところ、若いカップルが入店してきた。反射的に「ケッ」と思った。
この反応から分かる通り、自分は陰キャである。見た目は冴えないし、野性味や競争力もない。
だが、客観的に見てかわいい彼女はいる。なんなら連中が入ってきたときLINEしてたし、デートで喫茶店を利用することもある。にも拘わらず、なぜ「ケッ」と思ったのか。
「ケッ」の、より具体的な詳細を書くと、これは次のような感情であった。すなわち、
・「こいつらは自分とは違う」という疎外感
である。
彼女がいるのに、なぜ彼等が異質に感じるのか?答えは「ここで覚える異物感は交際相手の有無ではない」からである。もっと先天的で根深い感情だ。
あまり人を雑なラベリングで語りたくはないが、自分はASD/ADHDの発達コンボだ。「自分は他の人と同じようになれない」「理解できないし、理解されない」という強烈な居心地の悪さと排斥圧を常に感じながら生きてきた。
はっきり言って交際相手の有無と生きやすさはノットイコールだ。確かに、ある程度の相関関係はあるかも知れない。だがしかし、それは「交際相手ができれば生きやすくなる」ことを意味しはしない。
ナンパ師を崇める一群がいる。彼らは弱者男性を自称しているが、俺からすると彼等はたまたま配偶者を得られなかっただけの、精神は寧ろアルファと瓜二つの存在に見える。しかも彼等は交際相手こそいないが、社会的には成功している者が少なくない。難関大出て有名企業に正社員として勤務してるハイスペック共のどこが弱者なんだよ。
彼女がいようがいまいが、自分の人生は自分で生きるより他なく、また自分の性質が変わる訳でもない。男女交際みたいな別になくても生きていける、云わばオプションの娯楽でしかないものを至上のものとする感性は、まさにアルファの精神構造そのものだ。相手に人格を認めず、とにかくセックスへの最短ルートを模索するというところもよく似ている。
彼女ができただけで解決する苦悩なんて、所詮その程度のものでしかない。それは浅薄で低俗な物質主義で、自己の存在それそのものに起因するどうにもならない苦痛とは根本的に全く異なるものだ。たまたま「持っていない」というだけで、信奉している思想そのものはアルファと何ら変わりない。