はてなキーワード: ジオンとは
なんだっけ、どこかで「女は海」というネタをテレビだったかで観て、ふとググッて、
そうだよな、ジュディ・オングだよな…😟
ジオングって明らかに、垂れ乳で、三つ編みで、スカートがデカい女性なんですけど、
あとモノアイ…😟
私以外に誰もいないこの家を、
こんなジオングみたいなのが歩き回ってくれるだけでも寂しさが紛れるのになあ…、
と思ったのでした…😟足はついてない…
というか、初代ガンダムの連邦のMSは男、ジオンのMSは女、スカートがある、
デザインとして面白いですよね、それがマクロスとか、ガルフォースにも通じるわけで、
だから、今のこの家にドムみたいな女性が3体やってきても構わないですよ、
ちょうど踏み台が欲しいと思ってたところです…😟
すでに使われていた経緯があり、
のために作られた言葉ではないということだ。
では、その「逆襲のシャア」という言葉自体は何処から来たのか?
といえば
当然、「スタウォーズ Episode5 帝国の逆襲」
を参照していなかったと言えば嘘になるだろう。
スターウォーズの帝国の逆襲は、Episode5というスターウォーズサーガの中では位置づけられる。
しかし、実際の映画としての封切りの順番で言うと、帝国の逆襲はスターウォーズの2作目になる。
機動戦士ガンダムという1作目の続編として、
さらにいうと
シャアがジオンに帰還してハマーン・カーンのネオ・ジオンに反乱を起こすというストーリーになっていたと伝えられる。
しかし、その筋書きは新しいガンダムの映画の企画が立ち上がった(これが機動戦士ガンダム逆襲のシャアとなる)ことでポシャったのだ。
一年戦争史上最大級の機体で、その巨体は大気圏内でも外宇宙でも、
ジオン公国は、サイド3という人工都市コロニーの補給に常に頭を抱えていた。
なぜなら、サイド3は「サイド3自体」に必要な電力量が膨大だから。
しかし、ビグザムが光合成で自己完結し、その余剰エネルギーをサイド3に送電できるようになったら?
光合成ビグザムは、いつでもどこでも「満タン状態」を維持できる。
つまり:
なぜなら、連邦機は「補給を必要とする」が、ビグザムは「太陽が出ている限り補給不要」だから。
に変わるわけだ。
現在のジオンは「連邦に追い詰められている」が、光合成ビグザムがあれば:
ジオンの科学者たちは、この技術を人間にも応用しようと試みるだろう:
ジオンは「新人類の創造者」となり、地球連邦は「旧型人類」と見なされるようになる。
つまり、
やがて
「一年戦争」などというちっぽけな争いではなく、
君は、『機動戦士ガンダムF90』という作品を知っているかな?
1991年に『機動戦士ガンダムF91』というガンダムの映画が公開された頃に、『機動戦士ガンダムF91』のMSVとして
漫画・ゲームで展開された“非富野ガンダム"だ。
漫画のストーリーは、F91の出来事より前の話で、1年戦争後に火星に移り住んだジオン残党たちが
F91の1~2年ぐらい前に地球連邦に対して戦争を仕掛けようとして、それを討伐するために火星に連邦軍の部隊の中にF90の1号機と2号機が有り、
2号機がジオン残党に奪われて…という物語だ。
F90には、戦場・戦況に合わせて換装できるA~Zまで26種類の武装…ミッションパックが存在するという設定が90年当時存在していた。
しかし、90年当時にその中で世に出たミッションパックは6~7種類で、残りの20種類近くは世に出ることは無かった。
2010年代中盤頃から、バンダイが、F90ミッションパック全立体化プロジェクトというのを開始し、
プレミアムバンダイでガンプラのMG(マスターグレード)でF90を出し、ミッションパックを次々とMGで立体化してプレミアムバンダイで販売するというのを行うようになった。
90年当時に文字設定だけが明かされていたミッションパックが次々と立体化されていく。
そのミッションパックのデザインは、F91の時代である宇宙世紀123年を基軸にそれより前、
逆襲のシャアやZZ等の頃に存在したモビルスーツからヒントを得たデザインのミッションパックと、
それより後、クロスボーンガンダムやVガンダム時代に登場するモビルスーツのプロトタイプ的な武装となっている。
2025年11月にそのミッションパックの「Xタイプ」が公開された。
90年代当時にあった文字設定では「Xタイプ」は「Gアーマータイプの武装」という設定が有った。
そこに、後からF90のファンになった、文字設定を知らない人達が
「Xなのだから、クロスボーンガンダムのプロトタイプ的な武装になるんだろう」という期待を寄せた。
それに対して、バンダイは「Gアーマータイプの武装で、同時にクロスボーンガンダムのプロトタイプ的な武装です」と言える答えを出してきた。
それだよ、それが見たかったんだよと思った。
Gアーマータイプの武装で、F90に合体すると、小型のガンダムZZっぽく見えるデザインで、さらにクロスボーンガンダムのプロトタイプという全部乗せ。
これを初めて見た時の感動を伝えたいと思ったので、今回、この記事を書いた。
このXタイプを考えた人に言いたい「これが見たかった。」
何が言いたいかと言うと、このデザインからZZを思い起こしてZZを再評価する人と、クロスボーンガンダムのプロトタイプとして評価する人とがいて、
「ZZとクロスボーンガンダム、どっちもいいよね?」と言いたくなるという話。
ZZかクロスボーンガンダム、又はその両方について、コメントで語ってくれる人が現れる事を願う。
シャア・アズナブルがそう呟いたとき、彼の前に広がっていたのは、最新作『Pokémon LEGENDS Z-A』の都市型マップだった。
だがその眼差しは、どこか冷ややかだった。
「私は“変革”を信じてきた男だ。しかし、彼らの言う進化は、単なる焼き直しにすぎない。」
シャアが指摘するのは、シリーズが“変化”を装いながらも、根底では“保守”にとどまっている点だ。
それは、彼が戦った地球連邦と同じ、惰性と官僚主義の循環である。
「彼らは“新しい舞台”を見せたがっている。だがそれは、宇宙を恐れる地球の民のような閉じた空想だ。」
ポケモンの“新作”が描く都市――ゼロワン・エリアのきらびやかさ。
シャアはこうも語る。
「ポケモンは、少年の自由な夢を奪った。捕まえる喜びを、管理の喜びに変えてしまったのだ。」
新作ではスマートデバイス、デジタル管理、AIトレーナーなどが導入されている。
だがそれは、プレイヤーの「想像力」を削ぎ落とす方向に働いている――とシャアは警鐘を鳴らす。
“最適解”という名のアルゴリズムに従って動くだけだ。」
「確かに、最近のポケモンは“感じる”より“分析する”ゲームになった。」
◆ガチャ化する愛、量産される感動
「彼らは“希少性”で愛を売っている。
限定フォーム、特別配信、メガシンカの再販――まるでジオンの量産型モビルスーツだ。」
ポケモンの収集が、いまや“課金の最適化”と結びついていることに、シャアは憤りを隠さない。
かつて彼が理想とした「宇宙移民の自由」は、ここでは「限定イベント」という監獄に閉じ込められている。
それを“コミュニティ”と呼んでいるのだ。」
それでも彼は最後に、こう結ぶ。
ポケモンという文化が、再び“感じる”ゲームへと還る日を、私は待っている。」
その背に、残された者たちは何を感じたのか。
ジオンが混乱しきってるのがよくわかるよな。
昇進とかそういう事務手続きとか全然出来ないほど人が足りてない。
何かというと「シャア専用」とかいってカスタムモデルを作りたがるだろ?
ああいうことをするためにすべての工業製品の製造効率が極端に低下→工員に労働力を持っていかれる。
というのが続いてた結果だと思う。
そうするとどうなるのか?
モビルスーツのような本来一個人の専用品なんて作るべきでないものにまで専用品を作る。
これが意味することは、ありとあらゆるもので「専用品づくり」が普及しているということだ。
それもシャアのような少佐クラスですら専用品が作られるのだからジオン社会の上部層のためにありとあらゆるものが専用品として作られていたのは想像に難くない。
デギン・ザビ専用、杖。
ミネバ・ザビ専用、産衣。
などなどなどなど。
ありとあらゆる工業製品に専用品が作られるのだ。
これはもちろんザビ家だけではなくダルシア・バハロのような政治家も含まれる。
このような非効率的な工場稼働の仕方を、それも戦争中にやっていて、戦争に勝てるわけがない。
だからあえていう。
数々のネットミームを履修できて非常に満足だ。
とくに最後のシャア大佐がキシリアン中将を射殺するシーンはガンダムジークアクスのあのシーンとリンクしててお得感が高かった。
それにしても思ったのはシャアという男は息を吸うように嘘を吐く男ということだ。
思い出して欲しい。
妹との別れを告げるシーンのその前。
ジオンの軍人が息絶える直前、どうかキシリアンを守ってください!!とシャアに懇願するのだ。
それをうけてシャアは
とシャアは固い約束をすることで、軍人は安らかに息を引き取るのだ。
人が一番聞きたがっている言葉を吐くことで、人を安心させ、そして人を騙す。
こういうやつは一番たちが悪い。
履修の順番として逆になってしまったが、先に見ていたZガンダムでクワトロという男になにか信頼が置けない感覚を抱いていたのもこれが理由だったのだ。
と、得心がいって満足だ。
ガンダムジークアクスの最終回を称賛する声の多さって、現実において参政党が支持されるような風潮とも多分重なっているよなーと個人的に思う。
あの最終回について、
「シャアが政治にも軍にも関わらないでただの人として生きるの愛すぎる」と言っていたる人を見掛けて心の底からびっくりした。
えーと、「ただの人」…?軍はともかくとして政治を何だと思っている?政治ってそれこそ「ただの人」が集まって作っていくものなのに?
政治への参加権を奪われたのはただの人などではなく、特別に虐げられた人だ。それこそ逆襲のシャアにおいてゲストヒロインとその父の名字に与えられたインドの「パラヤ」(不可触民)のように。最終回でのシャアはその立場に落とされたんだよ。
個人から政治に参加する権利を暴力で奪う最終回と、それを「自由を与えた」として称賛するファンの多さが本当にグロテスクだと思う。
これって映画の続編が決まった閃光のハサウェイにおいて主人公達のテロを迷惑がるタクシーの運転手の台詞を庶民の実感の籠もった声だとして称賛するのとも通じる。
要は政治を特別なもの、一部の選ばれた特殊な能力がある者が独占する特別な業務だと思っている。
ジークアクスにおいてはアルテイシアにはその能力があるとして選ばれ、シャアは能力がないとして選ばれなかった。ジオン国民の声ではなくてシャリア・ブルやその仲間達という神の如き洞察力を持った存在によって、だ。
分かりやすい、間違わない、皆が正しいと言っているリーダーを求める。間違っても自分達の手で正して作って行こうという発想がない。
あの参政党が支持される基盤とも重なっていると思う。