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[参照用 記事]

射影、入射、セクション、レトラクション

表題の言葉達「射影」「入射」「セクション」「レトラクション」などの意味をハッキリさせておきましょう。これらの言葉、特に「射影」「入射」は曖昧多義語で、状況・場面・人により様々な意味で使われます。$`
\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
\newcommand{\mbf}[1]{ \mathbf{#1} }
\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
\newcommand{\o}[1]{ \overline{#1} }
\newcommand{\u}[1]{ \underline{#1} }
\newcommand{\id}{ \mathrm{id} }
\newcommand{\In}{ \text{ in }}
%\newcommand{\On}{ \text{ on }}
\newcommand{\Iff}{ \Leftrightarrow }
\newcommand{\Imp}{ \Rightarrow }
\newcommand{\op}{ \mathrm{op}}
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
`$

内容:

何の名前?

呼び名があるとき、それは何に対して付けられた名前であるかは、よくよく考える必要があります。

まず、個別特定のモノを名指す名前があります。これは固有名〈proper name〉です。

次に役割名〈roll name〉があります。役割名は構造〈structure〉に関連して使います。構造とは、幾つかのモノ達が複合されて形成されたモノです。構造を構成する個々のモノは構成素〈constituent〉と呼びます。構成素は、構造のなかで特定の役割を担うと考えられるので、その役割に付けた名前が役割名です。組織における肩書とか役職名とかと同様な名前です。

モノの種類や集まりに付ける名前は一般名〈general name〉です。英文法なら普通名詞〈common noun〉ですね。ネコ一般を表す cat や、圏一般を表す category (cat と略すこともある)は一般名です、一般名は is a と共に使うと述語となります。x is a cat や y is a category は、x, y を引数(主語)とする述語として is a cat 、is a category を使っています。

固有名/役割名/一般名と分類しましたが、文脈により解釈が代わります。例えば、ある文脈では $`1`$ は“自然数の一”を表す固有名でしょう。しかし、群の単位元を $`1`$ と呼ぶと約束すると、$`1`$ は“群の単位元”という“構造における役割を表す役割名”です。ある文脈では $`1, \sqrt{2}, \pi`$ などは個別特定の実数を表す固有名で、「実数」という言葉は個別特定ではなくて一般的な実数(という種類のモノ)を表す一般名です。しかし、実数全体の集合を $`\mbf{R}`$ と表したとき、太字のアールは個別特定の集合を表す固有名です。

「射影」「入射」などの言葉も呼び名なので、文脈に応じて何を指すのか、何に対して付けられた名前であるかは、よくよく考える必要があります。

極限対象からの射としての射影

「射影」で一番最初に思い起こすモノはおそらく(人にもよりますが)直積の射影〈projection of direct product〉でしょう。$`A, B`$ が集合のとき、直積集合 $`A\times B`$ から $`A`$ または $`B`$ への次のような写像が存在します。

$`\quad \pi_1 : A\times B \to A\\
\quad \text{where }\pi_1( (a, b)) = a
`$

$`\quad \pi_2 : A\times B \to B\\
\quad \text{where }\pi_2( (a, b)) = b
`$

丸括弧が二重になってますが、内側の括弧はペアの囲み記号、外側の括弧は写像〈関数〉への引数渡し〈argument passing〉の括弧です。通常、二重が鬱陶しいので省略しますが。

$`\pi_1`$ を第一射影〈first projection〉、$`\pi_2`$ を第二射影〈second projection〉と呼びます。

直積とその射影は、集合圏以外でも考えることがあります。直積と射影を持つ圏がおおよそデカルト圏です。直積と射影から入るデカルト圏入門として以下の過去記事があります。

直積は、特殊な極限です。一般的な極限においても、極限対象(極限錐の頂点)から底面の対象への射を射影と呼びます。図式(あるいは関手) $`F : S \to \cat{C}`$ の極限対象を $`\lim F`$ と書くとして、極限の射影は次のような射です。

$`\text{For }a \in |S|\\
\quad \pi_a : \lim F \to F(a) \In \cat{C}
`$

極限については以下の過去記事で述べています。

双対概念を表す用語には機械的に「余」を付けることにして、余極限の余射影を考えることが出来ます。余射影〈coprojection〉は、余底面の対象から余極限対象(余極限余錐の余頂点)への射です。

$`\text{For }a \in |S|\\
\quad \iota_a : F(a) \to \mrm{colim}\, F \In \cat{C}
`$

入射〈injection〉は余射影の同義語です。ただし、英語の injection は単射(集合圏のモノ射)の意味もあります。幸いに、日本語なら「入射」と「単射」と使い分けることが出来ます。

ベキ等自己射としての射影

$`p`$ が圏 $`\cat{C}`$ のベキ等自己射〈idempotent endomorphism〉だとします。ベキ等自己射とは次のような射です。

$`\quad p : A \to A \In \cat{C}\\
\quad \text{where }p;p = p
`$

このとき、$`p`$ を射影〈projection〉とも呼びます。つまり、この文脈での射影はベキ等自己射の同義語です。

ベクトル空間の圏における射影〈ベキ等自己射〉がお馴染みかも知れません。(体 $`K`$ 上の)ベクトル空間 $`V`$ に対して、線形写像 $`P:V \to V`$ で $`P;P = P`$ を満たすモノが(ベクトル空間の圏における)射影です。$`P`$ がベクトル空間 $`V`$ の射影なら、$`\id_V - P`$ も射影になります。ベクトル空間 $`V`$ を $`P`$ の核空間と $`\id_V - P`$ の核空間の直和に分解できます*1。

$`\quad V \cong \mrm{Ker}(P) \oplus \mrm{Ker}(\id_V - P) \In \mbf{Vect}_K`$

$`V`$ に内積が入ってなくても、気持ちとしては、$`\mrm{Ker}(P)`$ と $`\mrm{Ker}(\id_V - P)`$ は“直交”しているとみなせます。

一般に、自己写像 $`f: X \to X \In \mbf{Set}`$ がベキ等自己写像のとき、$`f`$ は正規化〈normalization | canonicalization〉とみなせます。例えば、色々な分数表現を約分して既約分数の形にするとか、色々な多項式を標準的な形に変形するとかの操作は正規化です。内積空間の非ゼロベクトルを長さ 1 にすることも正規化です。正規化を二度行っても一度やるのと同じです -- 正規形を正規化しても何も変わらないので。「射影はベキ等自己射の同義語」なら、正規化も射影と呼んでいいはずですが、あまりそうしないのは文脈が違うからでしょう。

ベキ等自己射としての射影は、カロウビ展開圏〈カロウビ包絡圏 | Karoubi envelope〉の構成に登場します。カロウビ展開圏に関しては以下の過去記事があります。

  1. カロウビ展開圏
  2. カロウビ展開圏:実例
  3. カロウビ展開圏:関手としてのカロウビ展開
  4. カロウビ展開圏の特徴付け

射影とセクション

圏 $`\cat{C}`$ において、互いに逆向きの射 $`p:A \to B`$ と $`s:B \to A`$ で $`s;p = \id_B`$ であるものを考えます。これらを一緒にしてひとつの構造とみなします。

$`\quad \xymatrix{
A \ar@/^/[r]^{p}
& B \ar@/^/[l]^{s}
}\\
\quad \text{where }s; p = \id_B\\
\quad \In \cat{C}
`$

この構造において、$`p`$ を射影〈projection〉、$`s`$ をセクション〈section〉と呼びます。「射影」「セクション」は、この構造における構成素役割名です。構造自体は射影セクション・ペア〈projection-section pair〉と呼ぶことにします。

圏 $`\cat{C}`$ の射 $`f:A \to B`$ をテキトーに取ってきたとき、$`(f, s)`$ が射影セクション・ペアとなるような(つまり、$`s;f = \id_B`$ を満たすような)$`s`$ をすべて寄せ集めた集合を $`\mrm{Sect}(f)`$ と書きます。$`s\in \mrm{Sect}(f)`$ なら、$`(f, s)`$ は射影セクション・ペアになります。$`\mrm{Sect}(f)`$ の要素は、$`f`$ のセクション〈section〉と呼びます。この意味のセクションは、$`s`$ is a section of $`f`$ という使い方(運用)ができます。is a section of $`f`$ が述語となっているので、section of $`f`$ は一般名です。

同じ字面の「セクション〈section〉」が、構造の構成素役割名として使われたり、$`f`$ をパラメータとする一般名として使われたりするので、なんか気持ち悪い感じがしたりするのですが、言葉の運用に整合性を求めても無理なので、気持ち悪い感じは常に付き纏うと割り切ったほうがいいです。

さて、$`f:A \to B \In \cat{C}`$ をテキトーに取ってきた場合、$`\mrm{Sect}(f)`$ が空集合になることもあります。集合圏 $`\mbf{Set}`$ では次が成立します。

$`\text{For }f:A \to B \In \mbf{Set}\\
\quad \mrm{Sect}(f) \ne \emptyset \Iff f \text{ は全射}\\
\quad \mrm{Sect}(f) = \emptyset \Iff f \text{ は全射ではない}
`$

入射とレトラクション

圏 $`\cat{C}`$ において、互いに逆向きの射 $`i:A \to B`$ と $`r:B \to A`$ で $`i;r = \id_A`$ であるものを考えます。これらを一緒にしてひとつの構造とみなします。

$`\quad \xymatrix{
A \ar@/^/[r]^{i}
& B \ar@/^/[l]^{r}
}\\
\quad \text{where }i; r = \id_A\\
\quad \In \cat{C}
`$

この構造は、前節の射影セクション・ペアの双対です。この構造において、$`i`$ を入射〈injection〉、$`r`$ をレトラクション〈retraction〉と呼びます。「入射」「レトラクション」は、この構造における構成素役割名です。構造自体は入射レトラクション・ペア〈injection-retraction pair〉と呼ぶことにします。

射影セクション・ペアと入射レトラクション・ペアは似てるので、同じように見えるかも知れませんが、ちゃんと調べると全然別物です。

圏 $`\cat{C}`$ の射 $`f:A \to B`$ をテキトーに取ってきたとき、$`(f, r)`$ が入射レトラクション・ペアとなるような(つまり、$`i;r = \id_A`$ を満たすような)$`r`$ をすべて寄せ集めた集合を $`\mrm{Retr}(f)`$ と書きます。$`r\in \mrm{Retr}(f)`$ なら、$`(f, s)`$ は入射レトラクション・ペアになります。$`\mrm{Retr}(f)`$ の要素は、$`f`$ のレトラクション〈retraction〉と呼びます。

さて、$`f:A \to B \In \cat{C}`$ をテキトーに取ってきた場合、$`\mrm{Retr}(f)`$ が空集合になることもあります。集合圏 $`\mbf{Set}`$ では次が成立します。

$`\text{For }f:A \to B \In \mbf{Set}\\
\quad \mrm{Retr}(f) \ne \emptyset \Iff f \text{ は単射}\\
\quad \mrm{Retr}(f) = \emptyset \Iff f \text{ は単射ではない}
`$

$`\mrm{Sect}(f)`$ は、$`f`$ の全射性を特徴付ける集合ですが、$`\mrm{Retr}(f)`$ は、$`f`$ の単射性を特徴付ける集合です。この結果を見れば、射影セクション・ペアと入射レトラクション・ペアが別物だと分かるでしょう。

自己セクションと自己レトラクション

$`(p, s)`$ が圏 $`\cat{C}`$ 内の射影セクション・ペアだとします。

$`\quad \xymatrix{
A \ar@/^/[r]^{p}
& B \ar@/^/[l]^{s}
}\\
\quad \text{where }s; p = \id_B\\
\quad \In \cat{C}
`$

$`p;s : A \to A \In \cat{C}`$ を($`(p, s)`$ の)自己セクション〈endo-section〉と呼ぶことにします*2。自己セクションは $`A`$ の自己射〈endomorphism〉になっています。そして、次の計算で分かるように、ベキ等自己射なのです。

$`\quad (p;s ); (p; s)\\
= p; (s ; p); s\\
= p; \id_B ; s\\
= p; s
`$

「ベキ等自己射を射影と呼ぶ」という用語法だと、「自己セクションは射影である」と言えます。しかし、「$`p;s`$ は $`p`$ である」と言っているわけではありません。「$`p;s`$ はベキ等自己射である」と言っているのです。

今度は $`(i, r)`$ が圏 $`\cat{C}`$ 内の入射レトラクション・ペアだとします。

$`\quad \xymatrix{
A \ar@/^/[r]^{i}
& B \ar@/^/[l]^{r}
}\\
\quad \text{where }i; r = \id_A\\
\quad \In \cat{C}
`$

$`r;i : B \to B \In \cat{C}`$ を($`(i, r)`$ の)自己レトラクション〈endo-retraction〉と呼ぶことにします。自己レトラクションは $`B`$ の自己射〈endomorphism〉になっています。そして、次の計算で分かるように、これもベキ等自己射なのです。

$`\quad (r;i ); (r; i)\\
= r; (i ; r); i\\
= r; \id_A ; i\\
= r; i
`$

「自己レトラクションは射影である」と言えます。

自己セクション $`p; s`$ は射影 $`p`$ でもなくセクション $`s`$ でもありません。しかし、ベキ等自己射という意味なら射影です。自己レトラクション $`r; i`$ は入射 $`i`$ でもなくレトラクション $`r`$ でもありません。ベキ等自己射という意味なら射影です。そして、自己レトラクションもレトラクションと呼ぶ習慣もあります。

「レトラクション」に関しては以下の過去記事も参考になるでしょう。

埋め込み射影ペア

埋め込み射影ペア〈embedding-projection pair | EP pair〉という概念があります。以下の過去記事に記述があります。

埋め込み射影ペア〈EPペア〉は、入射レトラクション・ペアと同義語です。

入射〈injection〉を埋め込み〈embedding〉と呼ぶこともあります。埋め込み〈入射〉に対するレトラクションを射影と呼ぶこともあります。また別な「射影」の用法です。レトラクションを射影と呼ぶ場合は、自己レトラクションのほうをレトラクションと呼ぶことが多いようです。

「なんでそんなことになってるの?」と聞かれたら、歴史的経緯としか答えようがないです。いろんななりゆきで、結果としてカオスになるんだ、ということです。

[追記]
用語「EPペア」を使うときの文脈では、$`i:A \to B`$ の $`A, B`$ が順序集合のことが多いです。その場合、入射レトラクション・ペアの条件である $`i; r = \id_A`$ だけではなくて、$`r; i \le \id_B`$ も要請するのが普通です。ここで不等号 $`\le`$ は、$`B`$ の順序に基づいて定義した関数〈写像〉のあいだの順序です。

「「円周率は3」についてキッチリ考えてみる -- EPペアの例として」でのEPペアは、不等式の条件も課しています。
[/追記]

その他の射影

実は、もっと厄介な「射影」の用法があります。バンドル〈ファイバー付き集合〉やファイバー付き圏の射影です。その文脈での「射影」の用法は、ロジカルな説明は無理で、歴史的経緯とメンタルモデルに帰着させるしか説明のしようがないです。人間にとっての「納得しやすい表現・表示の形式」とか「言語運用」の話になってしまうので、今日はやめときます*3。

*1:像空間の直和に分解することも出来ます。

*2:「セクション」と「レトラクション」の対応を考慮して「自己セクション」と呼びましたが、意味的には「自己射影」のほうがふさわしいですね。

*3:「集合のバンドルと圏のバンドル」と「アロー圏 = バンドルの圏」に、「バンドル」や「射影」という言葉をどういう気持ちで使うのか、について書いています。