人体展
今日はカミさんと国立科学博物館で開催されている人体展を見てきました。
混んでいる、という話なので9時過ぎに行きましたが、すでに30分待ちです。
本物の臓器標本が展示されているので、入口にはこのような注意書きがありました。
展示はいくつかのコーナーに分かれていました。最初にダ・ヴィンチなどの先駆者による人体の研究についての展示があり、16世紀の解剖学書の実物も展示されています。
人体の構造を学ぶための模型として、ワックスモデルと紙粘土製の「キンストレーキ」が展示されています。ワックスモデルは現代の作品かと見まがうほど精巧な表現がなされています。ワックスモデルは非常に高価だったため、キンストレーキが開発されたそうです。19世紀に制作されたキンストレーキは現在国内に4体しか残っていないそうですが、そのうちの男女2体が展示されています。
その先は臓器別の展示となっています。循環器・泌尿器、神経、消化器・呼吸器、運動器、人体の発生と成長と5つに分かれていました。各コーナーに本物の臓器が展示されていましたが、そこを見なくても済むようにコースが配慮されていました。
臓器別の展示の次は、NHKで昨年の9月から今年の3月まで半年間8回放送された「NHKスペシャル シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワーク」のコーナーです。放送で使われた模型などが展示されていました。ここから先は写真撮影ができました。これは放送で司会をしていたタモリのブロックによる模型です。
体内美術館と称して、電子顕微鏡で撮影された人体各部の着色写真がたくさん展示されていました。こうやって見ると人体の微細な組織は美しいですね。
混んでいる、という話なので9時過ぎに行きましたが、すでに30分待ちです。
本物の臓器標本が展示されているので、入口にはこのような注意書きがありました。
展示はいくつかのコーナーに分かれていました。最初にダ・ヴィンチなどの先駆者による人体の研究についての展示があり、16世紀の解剖学書の実物も展示されています。
人体の構造を学ぶための模型として、ワックスモデルと紙粘土製の「キンストレーキ」が展示されています。ワックスモデルは現代の作品かと見まがうほど精巧な表現がなされています。ワックスモデルは非常に高価だったため、キンストレーキが開発されたそうです。19世紀に制作されたキンストレーキは現在国内に4体しか残っていないそうですが、そのうちの男女2体が展示されています。
その先は臓器別の展示となっています。循環器・泌尿器、神経、消化器・呼吸器、運動器、人体の発生と成長と5つに分かれていました。各コーナーに本物の臓器が展示されていましたが、そこを見なくても済むようにコースが配慮されていました。
臓器別の展示の次は、NHKで昨年の9月から今年の3月まで半年間8回放送された「NHKスペシャル シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワーク」のコーナーです。放送で使われた模型などが展示されていました。ここから先は写真撮影ができました。これは放送で司会をしていたタモリのブロックによる模型です。
体内美術館と称して、電子顕微鏡で撮影された人体各部の着色写真がたくさん展示されていました。こうやって見ると人体の微細な組織は美しいですね。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術
九州6日目 長崎
今日もいい天気です。長崎市内を観光し夜の飛行機で帰ります。休日で市内は混みそうなので車は駐車場に置いて主に路面電車で移動しました。
長崎は何回か来ていますが、1日かけて観光するのはしばらくぶりなので定番の観光地を回ることにし、まずグラバー園へ行きました。
以前来た時と違って、園内にたくさんある建物はどれもきれいに整備されていました。以前は建物の外壁がこんなにはきれいではなかったと思います。また、園内はいたるところに季節の花々が植えられていて、これも印象をよくしています。
この旧三菱第2ドックハウスでは写真展が行われていました。
等身大の坂本龍馬の写真です。以前はもっと広いところに置いてあったと思います。
旧リンガー住宅では、戦前にヨーロッパで活躍したオペラ歌手喜波貞子を紹介する展示がありました。着物や髪飾りなど喜波貞子が使った物がいくつも展示されていました。
旧グラバー住宅です。
グラバー園は傾斜地に造られているので見晴らしもよいです。
グラバー園の近くにあった十六番館は閉鎖されていました。
大浦天主堂です。江戸時代末にキリシタンが発見された場所です。新しく資料博物館もできたせいかかなり混んでいました。
孔子廟です。明治時代に清朝政府と華僑が協力して建てたものです。ホームページによると、日本で唯一の本格的な中国様式の孔子廟だそうです。
何回見てもずらりとならぶ72賢人の石像には圧倒されます。正面の大成殿の中に孔子の坐像があります。
オランダ坂を歩いて、
東山手甲十三番館。ここはカフェがありました。
出島です。以前来た時は東側ゲート付近と西側ゲート付近に建造物が分散していましたが、表門が造られ、その周辺の建物も整備され一体感があります。
ミニ出島の辺りは以前とあまり変わりません。
表門の近くです。新しい建物が並んでいます。
カピタン部屋です。
西側ゲート付近から。
表門から見た出島表門橋です。この橋は昨年11月に完成したばかりです。
中華街でお昼を食べ諏訪神社へ行きました。有名な長崎くんちは諏訪大社の大祭です。
参道の石段はかなりの段数があり、長崎の市街地がよく見えます。
本殿は改築からそんなに時間が経っておらすきれいです。
境内には狛犬が6か所にあり、それぞれ、止め事成就の狛犬、願掛け狛犬、カッパ狛犬、トゲ抜き狛犬、立ち狛犬・逆立ち狛犬、高麗犬(こまいぬ)の井戸と名前がついています。写真は止め事成就の狛犬と高麗犬の井戸です。願掛け狛犬は狛犬が台座の石ごとくるくると回り、カミさんがびっくりしていました。
平和公園です。
平和公園の裏手からは浦上天主堂が見えます。
もともとの浦上天主堂は原爆のため焼失してしまい、1959年に現在地に再建されました。旧天主堂の遺構の一部は敷地内に保存され、戦争の惨禍を伝えています。
浦上天主堂は市内中心部から離れているせいか、あまり観光地化していないのがいいですね。入場料を取らないので、少しですが寄付をさせていただきました。
山王神社へ向かいました。ここは参道の一本柱鳥居が有名です。二の鳥居ですが、原爆の爆風によって爆心地側の左半分が倒壊し、右半分だけ残っています。
左の柱の礎石が残っています。
倒壊した左半分は参道に残されています。
山王神社です。
被爆クスノキです。爆風で枯れ木のようになっても2年後に芽が出てきて復活し、今では四方に無数の枝を出して巨木となっています。生命の力強さを感じます。
稲佐山は夜景で有名ですが、夜景は何回か見ているので今回は昼間です。ロープウェイ乗り場へ向かいました。
ロープウェイ乗り場は淵神社と隣接しています。
淵神社も原爆で倒壊しましたがその後再建されています。
ロープウェイ乗り場です。ロープウェイは昼間は20分間隔、夜間は15分間隔です。夜景を見に来る人が多いということですね。
稲佐山の展望台付近にはハートが3つあります。
昼の稲佐山もいい景色です。遠くに軍艦島も見えました。これは平和公園方面です。中央やや右下の緑に囲まれた中に平和祈念像が見えます。
長崎の中心部付近です。海の向こう岸ほぼ中央に見える、緑の屋根と茶色の壁の尖塔のある建物はカトリック大浦教会です。そのすぐ右に大浦天主堂とグラバー園も見えます。この写真のサイズでは分からないかもしれません。
この旅行の最後は眼鏡橋です。風のせいか川面が細かく揺れて、なかなかきれいなメガネになるタイミングがありませんでした。
眼鏡橋にもハートがあります。右上は「i」ですね。
この後、長崎空港まで行ってレンタカーを返却しました。6日間、総計1035キロでした。おおむね天気もよく楽しい旅行でした。
鹿児島で買ってきたお酒です。両方とも本坊酒造で期間限定、地域限定だそうです。左はウイスキー、右は焼酎。本坊のマルスウイスキーは駒ヶ岳などは長野で醸造していますが、鹿児島でもウイスキーを造っていたんですね。
サッポロの熊本城復興応援缶です。売上の一部が復興にあてられるそうです。早い復興を願うばかりです。
長崎は何回か来ていますが、1日かけて観光するのはしばらくぶりなので定番の観光地を回ることにし、まずグラバー園へ行きました。
以前来た時と違って、園内にたくさんある建物はどれもきれいに整備されていました。以前は建物の外壁がこんなにはきれいではなかったと思います。また、園内はいたるところに季節の花々が植えられていて、これも印象をよくしています。
この旧三菱第2ドックハウスでは写真展が行われていました。
等身大の坂本龍馬の写真です。以前はもっと広いところに置いてあったと思います。
旧リンガー住宅では、戦前にヨーロッパで活躍したオペラ歌手喜波貞子を紹介する展示がありました。着物や髪飾りなど喜波貞子が使った物がいくつも展示されていました。
旧グラバー住宅です。
グラバー園は傾斜地に造られているので見晴らしもよいです。
グラバー園の近くにあった十六番館は閉鎖されていました。
大浦天主堂です。江戸時代末にキリシタンが発見された場所です。新しく資料博物館もできたせいかかなり混んでいました。
孔子廟です。明治時代に清朝政府と華僑が協力して建てたものです。ホームページによると、日本で唯一の本格的な中国様式の孔子廟だそうです。
何回見てもずらりとならぶ72賢人の石像には圧倒されます。正面の大成殿の中に孔子の坐像があります。
オランダ坂を歩いて、
東山手甲十三番館。ここはカフェがありました。
出島です。以前来た時は東側ゲート付近と西側ゲート付近に建造物が分散していましたが、表門が造られ、その周辺の建物も整備され一体感があります。
ミニ出島の辺りは以前とあまり変わりません。
表門の近くです。新しい建物が並んでいます。
カピタン部屋です。
西側ゲート付近から。
表門から見た出島表門橋です。この橋は昨年11月に完成したばかりです。
中華街でお昼を食べ諏訪神社へ行きました。有名な長崎くんちは諏訪大社の大祭です。
参道の石段はかなりの段数があり、長崎の市街地がよく見えます。
本殿は改築からそんなに時間が経っておらすきれいです。
境内には狛犬が6か所にあり、それぞれ、止め事成就の狛犬、願掛け狛犬、カッパ狛犬、トゲ抜き狛犬、立ち狛犬・逆立ち狛犬、高麗犬(こまいぬ)の井戸と名前がついています。写真は止め事成就の狛犬と高麗犬の井戸です。願掛け狛犬は狛犬が台座の石ごとくるくると回り、カミさんがびっくりしていました。
平和公園です。
平和公園の裏手からは浦上天主堂が見えます。
もともとの浦上天主堂は原爆のため焼失してしまい、1959年に現在地に再建されました。旧天主堂の遺構の一部は敷地内に保存され、戦争の惨禍を伝えています。
浦上天主堂は市内中心部から離れているせいか、あまり観光地化していないのがいいですね。入場料を取らないので、少しですが寄付をさせていただきました。
山王神社へ向かいました。ここは参道の一本柱鳥居が有名です。二の鳥居ですが、原爆の爆風によって爆心地側の左半分が倒壊し、右半分だけ残っています。
左の柱の礎石が残っています。
倒壊した左半分は参道に残されています。
山王神社です。
被爆クスノキです。爆風で枯れ木のようになっても2年後に芽が出てきて復活し、今では四方に無数の枝を出して巨木となっています。生命の力強さを感じます。
稲佐山は夜景で有名ですが、夜景は何回か見ているので今回は昼間です。ロープウェイ乗り場へ向かいました。
ロープウェイ乗り場は淵神社と隣接しています。
淵神社も原爆で倒壊しましたがその後再建されています。
ロープウェイ乗り場です。ロープウェイは昼間は20分間隔、夜間は15分間隔です。夜景を見に来る人が多いということですね。
稲佐山の展望台付近にはハートが3つあります。
昼の稲佐山もいい景色です。遠くに軍艦島も見えました。これは平和公園方面です。中央やや右下の緑に囲まれた中に平和祈念像が見えます。
長崎の中心部付近です。海の向こう岸ほぼ中央に見える、緑の屋根と茶色の壁の尖塔のある建物はカトリック大浦教会です。そのすぐ右に大浦天主堂とグラバー園も見えます。この写真のサイズでは分からないかもしれません。
この旅行の最後は眼鏡橋です。風のせいか川面が細かく揺れて、なかなかきれいなメガネになるタイミングがありませんでした。
眼鏡橋にもハートがあります。右上は「i」ですね。
この後、長崎空港まで行ってレンタカーを返却しました。6日間、総計1035キロでした。おおむね天気もよく楽しい旅行でした。
鹿児島で買ってきたお酒です。両方とも本坊酒造で期間限定、地域限定だそうです。左はウイスキー、右は焼酎。本坊のマルスウイスキーは駒ヶ岳などは長野で醸造していますが、鹿児島でもウイスキーを造っていたんですね。
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九州5日目 天草・雲仙・島原
起きたら雨も上がりいい天気です。今日は雲仙・島原を見て長崎まで行きます。部屋からは4号橋がよく見えます。
松泉閣ろまん館のロビーには鯉のぼりが飾られていました。
最初に寄ったのは道の駅の有明リップルランドです。ここは温泉もある大きな施設で、タコのオブジェが有名のようです。
リップルランドの売店に飾られていた大蛸の干物。これは非売品です。
天草キリシタン館です。天草島原の乱や天草キリシタンの歴史などが分かるさまざまな資料が展示されています。館内はすべて撮影禁止でした。
一揆を率いた天草四郎が使ったという陣中旗「綸子地著色聖体秘蹟図指物」が公開されていました。よく今まで残っていたものです。
天草から島原へはフェリーで渡ります。鬼池港に着いたらちょうどフェリーが出る時間でした。
30分ほどで島原の口之津港に着きます。
フェリーが着岸する直前、港の公園でしょうか、ドクターヘリが着陸するところでした。
まず雲仙へ向かいました。温泉神社です。「うんぜんじんじゃ」と読みます。もともと雲仙という地名自体が、「温泉」と書いて「うんぜん」と読んでいたものが転じたものだそうです。
パワースポットと言われる夫婦柿です。
道の反対側には満明寺があります。行基の開山と言われ、長く密教の修験道場として栄えたそうです。島原の乱などでたびたび荒廃しましたが再建され今にいたります。本堂には高さ5mの金箔貼りの大仏さまが鎮座します。
雲仙地獄です。
いたるところから噴気が上がっています。
地獄を30分ほど歩いた後、仁田峠へ行きました。第二展望所です。
雲仙に来るのは普賢岳の噴火による平成新山形成後は3回目ですが、来るたびに新山の山肌を覆う樹木が増えているようです。
雲仙ロープウェイにも乗りました。車体は新しくなったようです。
妙見岳の山頂から見た普賢岳と平成新山です。
帰りのロープウェイです。車体がコンクリートにぶつからないよう手で車体を支えています。そのための取っ手が車体に付いていました。
雲仙を出て島原へ向かいました。まず島原城です。
天守閣からは平成新山が遠くに見えます。
部家屋敷を散策。
時鐘楼です。島原藩主松平忠房が、民衆に時刻を知らせることは重要だ、として延宝3年(1657年)に鐘楼を建てさせ、時間ごとに撞き鳴らしたそうです。
島原も鯉の泳ぐ街として水路に鯉が放たれています。
湧水館です。かんざらしの製作体験ができるのですが、私たちが行った時には終わっていました。
江東寺です。もとは島原城主松倉氏の菩提寺でしたが、寛政4年(1792年)の島原大変肥後迷惑で崩壊流出し、8年後に現在地に再建されたそうです。
江東寺の再建を祝って涅槃図が描かれましたが、昭和32年、その涅槃図をもとに全身8m、高さ2mの巨大な涅槃像が造られたそうです。鉄筋コンクリート製の涅槃像としては日本最大だそうです。
島原を出て長崎に向かいました。中華街近くのホテルにチェックイン、夕食の予約をした一力へ行きました。お寺がならぶ界隈のためか夜は暗いですね。
一力のホームページで使われているお部屋でした。部屋の外の中庭です。
お茶をいただいている間に料理が運ばれます。卓袱料理です。長崎には何回も来ていますが、老舗料亭での卓袱料理は2回目です。まず口取り、造り、黒豆、湯引きとお鰭が並びました。
仲居さんの、「お鰭からどうぞ」の合図でお椀を開けてお鰭をいただきます。ビールやお酒はその後です。口取りは見た目もきれいです。
造りはアワビも大きく、ボリュームたっぷりです。湯引きはクジラです。
その後、ハトシ、東坡煮、氷頭なます、大鉢と出ました。氷頭なます以外は温かい物です。
食事が出て最後はデザートとお汁粉です。
いっぱい食べていっぱい飲んでお腹いっぱいです。
松泉閣ろまん館のロビーには鯉のぼりが飾られていました。
最初に寄ったのは道の駅の有明リップルランドです。ここは温泉もある大きな施設で、タコのオブジェが有名のようです。
リップルランドの売店に飾られていた大蛸の干物。これは非売品です。
天草キリシタン館です。天草島原の乱や天草キリシタンの歴史などが分かるさまざまな資料が展示されています。館内はすべて撮影禁止でした。
一揆を率いた天草四郎が使ったという陣中旗「綸子地著色聖体秘蹟図指物」が公開されていました。よく今まで残っていたものです。
天草から島原へはフェリーで渡ります。鬼池港に着いたらちょうどフェリーが出る時間でした。
30分ほどで島原の口之津港に着きます。
フェリーが着岸する直前、港の公園でしょうか、ドクターヘリが着陸するところでした。
まず雲仙へ向かいました。温泉神社です。「うんぜんじんじゃ」と読みます。もともと雲仙という地名自体が、「温泉」と書いて「うんぜん」と読んでいたものが転じたものだそうです。
パワースポットと言われる夫婦柿です。
道の反対側には満明寺があります。行基の開山と言われ、長く密教の修験道場として栄えたそうです。島原の乱などでたびたび荒廃しましたが再建され今にいたります。本堂には高さ5mの金箔貼りの大仏さまが鎮座します。
雲仙地獄です。
いたるところから噴気が上がっています。
地獄を30分ほど歩いた後、仁田峠へ行きました。第二展望所です。
雲仙に来るのは普賢岳の噴火による平成新山形成後は3回目ですが、来るたびに新山の山肌を覆う樹木が増えているようです。
雲仙ロープウェイにも乗りました。車体は新しくなったようです。
妙見岳の山頂から見た普賢岳と平成新山です。
帰りのロープウェイです。車体がコンクリートにぶつからないよう手で車体を支えています。そのための取っ手が車体に付いていました。
雲仙を出て島原へ向かいました。まず島原城です。
天守閣からは平成新山が遠くに見えます。
部家屋敷を散策。
時鐘楼です。島原藩主松平忠房が、民衆に時刻を知らせることは重要だ、として延宝3年(1657年)に鐘楼を建てさせ、時間ごとに撞き鳴らしたそうです。
島原も鯉の泳ぐ街として水路に鯉が放たれています。
湧水館です。かんざらしの製作体験ができるのですが、私たちが行った時には終わっていました。
江東寺です。もとは島原城主松倉氏の菩提寺でしたが、寛政4年(1792年)の島原大変肥後迷惑で崩壊流出し、8年後に現在地に再建されたそうです。
江東寺の再建を祝って涅槃図が描かれましたが、昭和32年、その涅槃図をもとに全身8m、高さ2mの巨大な涅槃像が造られたそうです。鉄筋コンクリート製の涅槃像としては日本最大だそうです。
島原を出て長崎に向かいました。中華街近くのホテルにチェックイン、夕食の予約をした一力へ行きました。お寺がならぶ界隈のためか夜は暗いですね。
一力のホームページで使われているお部屋でした。部屋の外の中庭です。
お茶をいただいている間に料理が運ばれます。卓袱料理です。長崎には何回も来ていますが、老舗料亭での卓袱料理は2回目です。まず口取り、造り、黒豆、湯引きとお鰭が並びました。
仲居さんの、「お鰭からどうぞ」の合図でお椀を開けてお鰭をいただきます。ビールやお酒はその後です。口取りは見た目もきれいです。
造りはアワビも大きく、ボリュームたっぷりです。湯引きはクジラです。
その後、ハトシ、東坡煮、氷頭なます、大鉢と出ました。氷頭なます以外は温かい物です。
食事が出て最後はデザートとお汁粉です。
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