はてなキーワード: 棋王戦とは
3勝1敗と永瀬がリードしたまま迎えた第5局は、栃木・大田原での二日制、まさに「崖っぷちの一局」でした。
藤井は中盤で形勢を損ねかけながらも、終盤で持ち時間と精度を絞り出すようにして耐え、ついにこのシリーズ初の「逆襲の一勝」をもぎ取ってスコアを2勝3敗に戻しています。
この結果、第6局(3/18-19 名古屋)・第7局(3/25-26)はいずれも「藤井が連勝すれば防衛、1つでも落とせば永瀬が初タイトル」という究極の構図に固定されました。
シリーズ途中までは「永瀬王将誕生待ったなし」の空気すら漂っていましたが、第5局の粘り勝ちで、少なくとも「藤井がこのまま一気に失冠する」という最悪のシナリオだけは踏みとどまった形です。
一方の棋王戦は、第3局終了時点で依然として増田の2勝1敗リード、藤井ダブルカド番という構図に変化はありません。
新潟グランドホテルで行われた第3局は、藤井が中盤で主導権を握りながらも終盤で痛恨の逆転負けを喫し、「内容は悪くないが結果がついてこない」という、ここ最近の不安定さを象徴するような敗戦でした。
この結果、第4局(3/15)、第5局(3/29)はどちらも「負けた時点で即失冠」というプレッシャーMAXの一番となります。
王将戦と合わせて考えると、3月の藤井は「七番勝負・五番勝負を同時に2本カド番で抱えている」という前代未聞の状況で、1局ごとに“絶壁の足場”が崩れていくような神経戦を強いられているわけです。
そんな極限状態のまま、4月には糸谷哲郎八段との第84期名人戦七番勝負が開幕します。
糸谷はA級順位戦プレーオフで永瀬を下して挑戦権を勝ち取り、「藤井を追い続けては跳ね返される側」から「藤井に挑む新しい顔」として、物語の主役交代すら匂わせる登場の仕方をしています。
スケジュールだけ並べると、
「過密日程」「挑戦者の研究」「棋界の総レベルアップ」という三重苦を自らの強さで呼び込んでしまった結果、
ここまで来ると、彼の最大の試練は、単に「タイトルを守れるかどうか」という一元的な話ではなくなっています。
むしろ、
という、長期スパンのキャリアデザインとメンタルの問題になりつつあります。
私の予想は依然として「一度どこかでガクッと冠数を減らし、
そこから“普通の超一流棋士”として長く戦うモードに移行するだろう」という線ですが、
それが「今期すぐ」なのか、「もう一度ピークを作った後」なのかはまだ読めません。
八大タイトル独占が崩れたとはいえ、未だ六冠を保持する絶対王者・藤井聡太が最大の試練に直面しています。
名人戦(4-1永瀬拓矢九段)、棋聖戦(3-0杉本和陽六段)、王位戦(4-2永瀬)と順調に防衛を重ねる中、王座戦で同学年の好敵手・伊藤匠叡王に2-3で敗れ六冠に後退したのが昨年10月のこと。
並行していた竜王戦は佐々木勇気八段を4-0で完封するも、続く1月の王将戦では強豪ひしめく挑戦者決定リーグを6戦全勝で勝ち抜いた永瀬が三たび襲いかかる。
藤井に何度跳ね返されても動じないどころか喜んですらいるタフガイ永瀬拓矢中尉は、王将戦開幕時点で藤井との対戦成績が11勝32敗(0.256)、タイトル戦に限ると6回戦って6勝21敗(0.222)と大きく負け越している。
王将戦七番勝負の下馬評も当然藤井有利。ネット上では「挑戦者にはなれても藤井に勝てない」「挑戦者が永瀬ばかりで変わり映えしない たまには味変させろ」などという酷評も散見されました。(ひどい)(でもそれって永瀬もめちゃ強いってことなのでは?)(そうだよ)
でもお前ら、もし地球に将棋星人(藤井)が攻めてきて、向こうの大将と地球代表が将棋一番勝負で対決し、負けたら植民地にされるという事態になったら、地球代表は絶対永瀬でないとイヤだろ?
佐々木勇気でもいいのか?勇気に地球の命運を託せるのか?伊藤匠なら託せるのか?託せるかも……。
とにかく、永瀬をけなしてるやつは地球規模で考えるんだ。
個人的には2006年度の佐藤康光九段(棋聖防衛・タイトル戦5連続挑戦・JT杯優勝・NHK杯優勝)と比べたらずっと変わり映えしてると思いますけどね。あの年の康光ほんとにヤバかったんだから。
第1局は先手番を得た永瀬が角換わりで先勝。ちなみにこの対局に敗れるまで藤井はタイトル戦第1局で15連勝していたらしい。(は?)
ここまでは順当に先手番の取り合いだったが、今回の永瀬は一味違う。(味変要素)
第3局は力戦模様の将棋ながら53手目まで用意していたという深い研究量を見せて2勝目をあげると、第4局は後手番角換わりながら藤井に一度も王手を許さない快勝譜で3勝目と王将奪取まであと1勝に迫っている。
| 対局者 | 1/11-12 | 1/24-25 | 2/3-4 | 2/17-18 | 3/8-9 | 3/18-19 | 3/25-26 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 藤井 | ● | ○ | ● | ● | - | - | - |
| 永瀬 | ○ | ● | ○ | ○ | - | - | - |
挑戦者は増田康宏八段。はてな匿名ダイアリーとは一切関係ありません。
前期3-0でスイープされた増田が再度トーナメントを勝ち上がり、2期連続で藤井棋王への挑戦者に名乗りをあげた。
タイトル初挑戦で完敗を喫した前期の経験から、増田は終盤に持ち時間を残すことを意識したという。それが奏功したのか、第1局は十分な持ち時間を残して藤井の反撃を振り切りタイトル戦初勝利。
第2局も増田が一時優位に立つが、凌ぎ切った藤井が逆転でタイに戻す。
第3局は逆に藤井が優勢に進めるも、終盤にミスが出て増田が逆転勝利。棋王奪取まであと1勝とした。
| 対局者 | 2/8 | 2/21 | 3/1 | 3/15 | 3/29 |
|---|---|---|---|---|---|
| 藤井 | ● | ○ | ● | - | - |
| 増田 | ○ | ● | ○ | - | - |
ちなみに増田八段はデビュー初年度の藤井聡太四段(当時)が最多連勝記録の29連勝目をあげた相手でもある。
七番勝負の王将戦で1勝3敗、五番勝負の棋王戦で1勝2敗と複数のタイトル戦でカド番に追い込まれるのは藤井聡太デビュー以来最大の逆境。
更に4月から開幕する名人戦七番勝負には新たな挑戦者が現れた。糸谷哲郎八段だ。
2014年度に竜王を獲得した「怪物」も2020年度の棋王挑戦以降タイトル戦には縁遠かったが、今回はA級順位戦プレーオフでタフガイ永瀬を下して初の名人挑戦権を得た。
藤井とは初対局以来8連敗を喫していたが、日本将棋連盟100周年パーティの後に居酒屋で棋士仲間と飲んでいたところ、テレビ東京「有吉木曜バラエティ」の取材班と遭遇。
有吉と粗品に対して「藤井聡太さんに勝てない」「引退までに1勝したい」などと愚痴ったところ、その後叡王戦で藤井に初勝利。藤井の叡王奪還の夢を打ち砕いたのだった。(実話)
今期の糸谷は日本将棋連盟の常務理事を兼任しながらのタイトル挑戦となる。これは第50期棋聖戦(1987)の西村一義九段以来38年ぶりの快挙。将棋界の未来、そして森一門の悲願も背負って藤井名人に挑む。
第84期名人戦七番勝負第1局は4/8、ホテル椿山荘東京にて開幕!
まあこれは複数タイトルを保持する棋士の常であり、羽生善治のような大棋士も通った道なんですが、
複数タイトルを保持するということは、「保持しているタイトルの分だけ複数対局が確定する」ということ。
一般無冠棋士であれば「あれもこれも予選で早々に負けちゃったから残りに懸けるわ」「見込みのありそうな棋戦に集中するわ」などといったリソース管理ができるが、タイトル保持者はそうもいかない。1局1局が番勝負の結果に直結するし、相手は全棋士の中から勝ち抜いてきた猛者ばかり。
例えば八冠独占している場合、
となり、最低でも年間28局が確定する。七番勝負の場合は二日制(二日かけて1局指す形式)なので、更にハードスケジュールとなる。
ちなみに将棋棋士の年間対局数の平均は20〜30局とされている。
これに加えてNHK杯や朝日杯等他棋戦にも参加すると、事前準備も含め相当な稼働量になってくる。
これは①の話とも関連してくるが、複数タイトル保持者は常に追われる立場となる。
挑戦者たちはそれぞれに研究を重ね、とっておきの成果を藤井聡太に代わる代わるぶつけていく。
実際、番勝負に照準を合わせた挑戦者が初見の形を藤井にぶつけて勝利をもぎ取ったと思われるパターンがしばしば見られる。
過密日程の中、保持する全てのタイトル戦でそれらに対応することが非常に困難なことは想像に難くない。
(それでもなんだかんだで勝ってるのがすごいんだけど)
「不調というよりも、課題が解決されていないことが、結果に出てしまった」(朝日新聞, 2/12)
「持ち時間の長い対局で時間に見合った精度の将棋が指せていない」(ABEMA, 2/21)
彼は番勝負の苦戦をコンディション不良ではなくあくまで技術的な問題と捉えているようだが、それは挑戦者たちが各々ぶつけてくる「藤井対策」と決して無関係ではないだろう。
これは将棋に限った話ではないが、圧倒的なトッププレイヤーの存在が業界全体のレベルを引き上げることはままある。
棋士同士で研究会やVS(練習対局)をする文化のある将棋界なら尚更。
まあ私は関係者でも記者でもないのでこれは単なる推測ではあるが、藤井聡太の登場が多くの棋士に衝撃と刺激を与えていることは明らかだ。
個人的な予想だが、彼は近いうちに五冠か四冠程度に後退してしばらく安定するのではないかと見ている。かつて羽生善治が七冠独占を失って五冠に後退して以降、二度と六冠以上に返り咲くことがなかったように。
さて、藤井聡太の試練は続く。
永瀬九段が王手をかけている第75期王将戦第5局は3/8、カド番を凌げば第6局が3/18、第7局が3/25。
増田八段が王手をかけている第51期棋王戦第4局は3/15、カド番を凌げば第5局が3/29。
糸谷八段との第84期名人戦は4/8開幕。
そう、3月はライオンのようにやって来るのだ。(March comes in like a lion)
| 順位 | 氏名 | 段位 | 年齢 | レート | 今年度増減 | ひとこと |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 藤井聡太 | 六冠(竜王・名人・王位・棋聖・棋王・王将) | 23 | 2062 | -17 | もうデビュー10年目(!?)の絶対王者、試練の時 |
| 2 | 永瀬拓矢 | 九段 | 33 | 1971 | 57 | 実家は川崎で横浜家系ラーメン店を営む |
| 3 | 伊藤匠 | 二冠(叡王・王座) | 23 | 1948 | 99 | 御父上(弁護士)のツイートが結構勉強になる |
| 4 | 服部慎一郎 | 七段 | 26 | 1868 | 14 | 新人王戦優勝3回の俊英、本日(3/5)A級昇級をかけて広瀬と対局中 |
| 5 | 藤本渚 | 七段 | 20 | 1862 | 73 | 爆速昇級昇段中 ネクスト藤井世代の一角 |
| 6 | 増田康宏 | 八段 | 28 | 1855 | 81 | 新婚パワーで目指せ初タイトル |
| 7 | 斎藤慎太郎 | 八段 | 32 | 1853 | 34 | 実力者だが藤井伊藤永瀬の3強に割って入りたいところ |
| 8 | 広瀬章人 | 九段 | 39 | 1841 | 30 | 今期10勝1敗でB級1組を破壊しA級復帰ミッションコンプリート |
| 9 | 羽生善治 | 九段 | 55 | 1817 | 44 | 千鳥ノブ「一人だけ年齢がおかしいんじゃ!」 |
| 10 | 糸谷哲郎 | 八段 | 37 | 1815 | 46 | 有吉パワーで目指せ初名人 あと3勝で九段らしい(勝数規定) |
振り返ると藤井聡太29連勝の時の増田くんには悪いことしたよね。例えば今、14歳の天才棋士が出てきて、記録のかかった対局で渚くんがぶつかるとなった時、渚くんに増田くんの時みたいなアウェイ感を味あわせていいか?と聞かれたら大半の将棋ファンは青ざめた顔でNOと答えると思う。確実にマスコミの入場制限とか求めると思う。
マッスーは当時大人びてて尖ってて可愛げが足りなかったから(今はなぜかすごく可愛いけど)アレだったんだけどさ。渚くんみたいな年齢相応の雰囲気をもった子なら痛々しさが先に立つってもんですよ。
10代の彼を藤井聡太フィーバーで焼いてしまって悪かったなと観る将は思うのです。棋王戦では確実に1勝はしてほしい。タイトル戦も恋路も上手くいきますように。
世間では西山朋佳女流三冠のプロ入り挑戦2勝2敗が話題だが、同日将棋界ではもう一つのビッグニュースがあった。増田がついにタイトル(棋王戦)初挑戦を決めたのだ。
増田と言ってもはてな匿名ダイアリーの著者のことではない。増田康宏八段27歳である。16歳でプロになり直後から高い勝率を誇った天才であるが、中学生棋士に最年少の座を明け渡して以降、将棋界の天才といえばすっかり藤井聡太のことになってしまった。大天才藤井にアッという間に抜き去られて前人未到の八冠と大きく突き放された増田であったが彼もやはり天才。A級棋士八段まで上り詰め、さらには棋王戦挑戦者決定トーナメントで優勝し、ついに悲願のタイトル初挑戦を決めたのだ!
解説の人も全員途中まで先手持ちだったのに後手が逆転した。糸谷強い。
▲97角が攻めながら壁解消の味のいい手なんだけど、角が結局最後まで使えなかった辺りが先手の誤算らしい。
2chに▲77步とキズを消すのではなく▲85步と無理やり角道開けて先手優勢と手持ちのソフトが喋ってるって人がいて、タダで桂馬を呼び込んで勝つとかすごいなーと思ってたら渡辺は指せなかった。
ソフトと観戦していると人間の手と人外の手の区別が悪い意味でつかなくなると思うんだけど、それ楽しいのかなと疑問に思う。
ただし先手の優勢が吹っ飛んだ後も綾はいくつかあったようなので、その辺は渡辺が悲観しすぎてしまったのかもしれない。
糸谷渡辺の竜王戦は糸谷の一勝四敗、一勝も渡辺の中合い忘れに助けられただけで、内容的には完敗だったように思う。
劣勢から決め手を与えず逆転ってのは糸谷にとって幸先がいい。今シリーズは糸谷いけるかもしれない。
でもあの序盤は作戦負けはどうなんだろうか。ちゃんと準備してるのかと無駄に心配になる。
あと、一手損角換わりは登場しないっぽい。
| 年齢 | 棋士 |
|---|---|
| 58 | 大野源一(B1/11位) |
| 57 | |
| 56 | |
| 55 | 塚田正夫(A級/32位) |
| 54 | |
| 53 | 花村元司(A級/19位) |
| 52 | 升田幸三(A級/9位) |
| 51 | 丸田祐三(A級/15位) |
| 50 | |
| 49 | |
| 48 | |
| 47 | 大山康晴(名人/1位)原田泰夫(B1/13位) |
| 46 | 加藤博二(B1/16位) |
| 45 | |
| 44 | |
| 43 | 灘蓮照(A級/18位) |
| 42 | |
| 41 | |
| 40 | |
| 39 | |
| 38 | 二上達也(A級/7位) |
| 37 | |
| 36 | 【山田道美(A級/5位)】 |
| 35 | |
| 34 | 有吉道夫(A級/5位) |
| 33 | 佐藤大五郎(B1/14位)芹沢博文(B1/17位) |
| 32 | |
| 31 | |
| 30 | 内藤國雄(A級/3位)加藤一二三(A級/4位) |
| 29 | 板谷進(B2/20位) |
| 28 | 大内延介(B1/8位)西村一義(C1/10位) |
| 27 | 米長邦雄(B1/6位) |
| 26 | |
| 25 | |
| 24 | |
| 23 | |
| 22 | 中原誠(A級/2位)桐山清澄(B2/12位) |
| 21 | |
| 20 |
1950年代半ば過ぎより、将棋連盟は財政事情から1年間に採用される新四段を年に2人から3人と極端に絞っていた時代で、そのため若い世代に分厚い有力グループができる新陳代謝があったわけでもありません。もちろん俊英はきちんと昇段していくわけですが、そもそも奨励会の人数自体が少なく、年齢制限も有名無実な時期さえありました(なので1960年に移ってもほぼ変化がないため、遡るのはここまでにします)。そういうこともあって1960年代は大山康晴が全タイトルを独占する時間が長く続き、二上達也や加藤一二三が僅かにそこに手がかかる程度の圧倒的な独走状態でした。しかし打倒大山にその生涯を賭けたと言っていい山田道美が67年に棋聖位を奪取します。難病に斃れた山田はこの時点からわずか1ヶ月前の70年6月に36歳でA級在位のまま死去(そのため表中に特掲しました)。しかし山田が開いた研究会でも鍛えられた中原誠が翌68年に山田から棋聖を奪取し20歳の若さで初タイトル。さらに内藤國雄が中原から69年に棋聖を奪取と、大山統一王朝の終焉が間近な時期でした。
(なお、データはけんゆう様作成の「将棋棋士成績DB」を参照しています。けんゆう様には感謝を申し上げます)
| 年齢 | 棋士 |
|---|---|
| 67 | 大山康晴(A級/27位) |
| 66 | |
| 65 | |
| 64 | |
| 63 | |
| 62 | |
| 61 | |
| 60 | |
| 59 | |
| 58 | |
| 57 | |
| 56 | |
| 55 | |
| 54 | 有吉道夫(A級/22位) |
| 53 | |
| 52 | |
| 51 | |
| 50 | 加藤一二三(B1/13位)内藤國雄(A級/17位) |
| 49 | |
| 48 | |
| 47 | 米長邦雄(A級/8位) |
| 46 | |
| 45 | |
| 44 | |
| 43 | |
| 42 | 中原誠(名人/3位) |
| 41 | |
| 40 | 淡路仁茂(B1/18位) |
| 39 | |
| 38 | 真部一男(A級/50位) |
| 37 | 青野照市(A級/7位) |
| 36 | |
| 35 | |
| 34 | |
| 33 | |
| 32 | |
| 31 | |
| 30 | 高橋道雄(A級/12位)福崎文吾(B1/20位) |
| 29 | |
| 28 | 谷川浩司(A級/1位) |
| 27 | 南芳一(A級/5位)島朗(B2/14位) |
| 26 | 神崎健二(C2/19位) |
| 25 | 塚田泰明(A級/11位)中田宏樹(C2/16位) |
| 24 | 森下卓(C1/2位) |
| 23 | |
| 22 | 阿部隆(C2/10位) |
| 21 | |
| 20 | 佐藤康光(C1/5位) 先崎学(C2/15位) |
| 19 | 羽生善治(B2/6位) |
| 18 | 屋敷伸之(C1/9位) |
中原誠(名人・棋聖・王座:この直後8/1に屋敷伸之に棋聖位を奪取されます)谷川浩司(王位)羽生善治(竜王)米長邦雄(王将)南芳一(棋王)
このシリーズで一番の縦長ですが、その原因は言うまでもなく大山康晴です。この2年後69歳でA級在位のまま死去。ほんの数年前までは羽生善治ならそれに並びうるのではと思われていましたが、さてそれが達成できるかは見ものです。私も健康に気をつけてせめてその歳までは健康に生きていたいと願っております。あと、有吉道夫・内藤國雄の西の両巨匠もまだまだ指し盛りですね。ご両名はそれぞれ74歳、75歳まで現役を務めました(内藤は規定による引退を待たずの自主引退)。このお二人が関東在住でしたら、2020年において長老格として加藤一二三だけがメディアを独占する、ということもなかったのではないかなあ、とも。
この表だけ見ると谷川浩司の周りにずらっと名前があって多士済々。しかもタイトルホルダーやタイトル経験者、A級在位者が多い。特に南芳一にいたってはこの前後数年でタイトル5期を重ねるなど最充実期といっていい活躍。にもかかわらず「谷川世代」という呼ばれ方はついにされず、しかもその後の歴史を見るに多分それは正しかった。1991年を最後に、福崎文吾まで含めてこの年代の棋士は谷川以外誰一人タイトルに届きませんでした。そういう意味では、棋界の「見る目」というのは冷徹なほどに的確です。また、もしかしたら2020年における30歳前後の棋士たちへの評価に重なる部分があるのかもしれません。
この表だと塚田泰明とは1つしか年齢が違いませんが学年では2つ、プロ入りでは3年度下なので、55年組よりは「羽生世代」に近い位置づけをされる森下卓。昨年木村一基が初タイトルを奪取するまでは「無冠の帝王といえば森下か木村か」と言われる存在でした。この年24歳、C1在籍ながら準タイトル戦格の全日本プロトーナメントを制しています。棋界一の律儀者とも称される物腰の柔らかさとじっくりとした矢倉を得意とする棋風で人気も高く、一般棋戦優勝8回、タイトル挑戦6回を数えながらついに54歳の今日までタイトルに手が届いていません。そのことについては本人の口からも幾度か語られてはいますが、それを判定できる人はだれもいないのでしょう。書かずもがなの無内容なことながら、それでも一筆書かずにおれないところがあります。
はい、30年前にもうこうやって出てくるわけですよ。この表の中には名前ないですけど村山聖と森内俊之はレート的にはすぐこの下にいますし、郷田真隆と丸山忠久はこの年の4月に新四段になったばかり、翌91年4月には藤井猛が、同10月には深浦康市が四段に上がってきます。そして屋敷伸之が上記の通り、2回目のタイトル挑戦中で中原から棋聖を奪取し史上最年少タイトルホルダーに輝く。上は大山から下は屋敷まで、そして中原・谷川・羽生の3人のスターを抱えるこの時期の「幅の広さ」はその前後には見られない豊穣さといえましょう。
レーティングという指標で見るなら、実は羽生は藤井聡太よりもほんの少しだけ早い17歳6ヶ月で全棋士中1位になっています(88年3月、藤井聡太は2020年2月に17歳7ヶ月。この比較こそ数字遊びに過ぎませんが羽生のほうが藤井よりプロ入りが遅く勝率も低いのに対局数と勝数の要素でこうなっています※追記:eloにせよglickoにせよ「将棋棋士の場合は」全体のレートがマイルドにインフレする(対して大相撲力士のレーティングは目立ってインフレしない)ので攻略する頂の高さは羽生より藤井の方がずっと高いのでした。その分藤井のほうが増やしやすくはありますが)。この時期は、ちょうど羽生にしては珍しい「不調」といえる時期で、もしかすると当時史上最年少でのタイトル獲得に伴う環境の激変の影響が出ていたのかもしれません。この年の秋には谷川の挑戦を受けた竜王戦で防衛を果たせず、年明けの棋王戦で南から棋王位を奪取してすぐにタイトルホルダーに復帰するものの、「前竜王」の呼称がなくなった現行の方式であれば、この4ヶ月弱ほど「羽生七段」になっていたということになります。そういう意味では、藤井聡太のここから1年ほど、あるいは高校を卒業したあとの1年くらいの動向には注目すべきでしょう。これまでは学業優先で免除されていた普及活動、将棋連盟主催のイベント、タイトル戦主催者企画のシンポジウムや講演会の依頼、単著の執筆依頼、テレビ出演への依頼などがそれでなくても多い対局の合間に豪雨のように降ってくるわけですから。
ユーチューバーである折田アマが将棋の棋士編入試験を3勝1敗と勝ち越し、見事プロの将棋棋士となったのだ。
私はこのニュースを見た時、おめでたいという気持ちと、何かもやもやとした気持ちを抱いてしまった。
折田アマが最後の対局で勝利を収めた本田5段は、現在、棋王戦というタイトル戦を渡辺3冠と互角に争っているトップクラスの強さを誇る棋士だ。
将棋界にはタイトルが全部で8つあり、そのうちの3つは渡辺3冠が持っているのである。
そんな最強の棋士と、棋王戦で1勝1敗の互角の戦いを繰り広げているのが本田5段という棋士なのだ。
私が感じたもやもやというのは、そのトップクラスの強さを誇るプロ棋士をアマチュアのユーチューバーが破ったということだ。
将棋という運要素の無いゲームでプロが負けたというのは、アマチュアとプロの間に殆ど強さの差がないことが証明されたということになる。
将棋の本来のプロを目指す方法は奨励会に入り、ひたすら将棋で勝つことでプロ棋士になれる。
言い換えれば、将棋のプロになる条件は将棋が強いことだけなのだ。
仮にイチローが草野球の選手に負けたらファンはどう思うだろうか?
プロ野球と草野球のレベルがほぼ同じだと知ってしまったら、今までと同じ気持ちでプロを応援出来るだろうか?
スポーツと将棋などのマインドスポーツの一番の違いは、マインドスポーツはAIが人を超えてしまっていることだと思う。
パソコンが一台あれば、超一流のコーチが専属で教えてくれるのだ。
勿論、人間が教えてくれるより不親切だし、何より本人のやる気が重要になってくるだろう。
だが、逆に言えばやる気さえあれば、プロと同じ環境で勉強が出来るということなのだ。
今後、AIが更なる発展を遂げるにつれ、プロとアマの実力の差は更に縮まっていくだろう。
その時、何を持ってプロと名乗るのだろうか。
私はそれが知りたい。
去る12月20日・21日に行われた第31期竜王戦七番勝負第7局は広瀬章人八段の勝利に終わり、
4勝3敗で広瀬八段が羽生善治竜王から「竜王」のタイトルを奪取しました。
これに伴い無冠となった羽生善治氏の肩書きが「九段」となることが連盟から発表されました。
なんで肩書きでこんなに騒ぎになっているのか?と訝っている方や、
そもそも仕組みが分からんという方のために、将棋棋士の段位・肩書きの付け方について解説していこうと思います。
以前も増田で書いたような気がするのですが、将棋棋士の段位は四段からスタートし、複数ある条件のいずれかを満たすと昇段します。
のうちいずれか1つを達成すれば晴れて五段に昇段です。
多くの棋士はこういった昇段規定に従って四段~九段の段位を肩書きとして名乗ります。なお、原則として降段はありません。
先程「多くの棋士」と書きましたが、例外があります。全ての棋士たちの中から勝ち上がり頂点に立ったタイトルホルダーたちです。
将棋界には数ある棋戦(大会)の中でも特に権威ある8つのタイトル戦があり、「8大タイトル」と称されています。
これらのタイトルを勝ち取ったわずかな棋士だけが段位ではなくタイトル戦の称号を名乗ることが許されるのです。かっこいい!
ただし、タイトル戦の称号を肩書きとして名乗っている間(タイトルを保持している間)も昇段規定は適用され続けるため、タイトルホルダーも内部的には段位があります。
従って、今回の羽生九段のようにタイトルを全て失った場合、内部的に保持している段位を名乗ることになるわけですね。
さて、数ある棋戦の中で上記の8大タイトルを制した者だけが特別な称号を名乗るということはお分かりいただけたと思います。
更にその上で8大タイトル間にも序列があり、それによって肩書きが変わることがあります。
8大タイトルの細かい序列はスポンサーとの契約金で決まるとされているため、契約内容によって序列は変動しますが、
基本的に「竜王」と「名人」が特に格上であり、肩書きとしても他タイトルより優先されます。
以下が現時点の8大タイトル(序列順)とその保持者・段位一覧です。
現在の将棋界は8大タイトルを何人もの強豪棋士が分け合う戦国時代とされています。
今期は豊島将之八段が王位と棋聖の二冠を手にし「豊島将之二冠」と称されるようになりました。
このように、複数タイトル保持者の肩書きはタイトル保持数(漢数字)+「冠」とするのが通例です。
しかし、複数タイトル保持者が「竜王」「名人」のいずれかを併せ持つ場合は「竜王」「名人」の肩書が優先されます。
一応は竜王が格上とされているので「竜王・名人」と称されますが、名人戦を主催する新聞社の紙面では「名人・竜王」になるとかならないとか…(大人の事情)
以上が棋士の肩書きの付け方になりますが、ごく一部イレギュラーなパターンがあります。
将棋界の最高峰タイトルである「竜王」と「名人」は、タイトル保持者が失冠してから1年間「前竜王」「前名人」を名乗る資格が発生します。
私もつい最近まで知らなかったんですが、これらは準タイトル保持者として扱われ、通常の段位持ちに比べシード権など待遇も変わるそうです。
↑初タイトルの竜王を失った後に名乗るも、その4ヵ月後に棋王を獲得し、以後27年間タイトル保持を続けたので超レアな肩書き。
永世称号とは、8大タイトルのうち叡王を除く7つのタイトル戦において、連続または通算で規定の回数以上タイトルを獲得した棋士に与えられる特別な称号です。すげー難度高い実績解除みたいなもんですね。羽生九段は現行棋戦の永世称号をただ一人コンプしてます(永世七冠)。
これらの永世称号は原則引退後に名乗ることができますが、連盟に認められれば現役から名乗ることができます。
【ここまでのまとめ】
さて、前置きが長くなりましたが本題です。
今期竜王戦で敗れて無冠となった羽生善治氏の肩書きには以下の選択肢があります。
①「九段」
②「前竜王」
③永世称号の襲位
これが最も自然なもので、実際羽生氏本人もこの現段位を肩書きとして名乗る意向とのこと。
羽生氏が九段に昇段したのは1994年のことなので、九段昇段から実に四半世紀を経て初めて名乗ることになるわけですね。
Twitterとか見てると「『前』などという未練がましい肩書きを望むのはバカな政治屋か経営者だけ!羽生さんともあろう方が選ぶわけがない!」みたいな人がぼちぼちいたので、その手に持ってる板でググればいいのになぁって思いました。
既に述べていますが、羽生九段はかつて初タイトルの竜王を失った後、次のタイトルである棋王を獲得するまでの4ヵ月間ほど「前竜王」を名乗っています。
従ってこのレア肩書きが再度生まれるかどうかは(一部の)将棋ファン的にはそこそこ注目どころだったんですよ!!(そうか?)
そもそも「前竜王」の肩書きはさほどネガティブなものではなく、以前はそれなりに使われていました。初代竜王の島朗九段、現連盟会長の佐藤康光九段も竜王失冠後の1年間「前竜王」を名乗っています。
(まあ敗北が前提の称号なのであんまりカッコがよろしくないというのは分かります)
しかし、近年は資格のある棋士でも「前竜王」を名乗ることはなくなりました。
一説によると、1998年度に竜王と名人を失い「前竜王・前名人」を名乗る資格を得た谷川浩司九段が双方を辞退し、通常の「九段」表記を選択したことが影響を与えているのではないかと言われています。
さすが光速流は度量が違うぜ。
原則引退後に名乗るものなので最も可能性は低かったものの、最も浪漫溢れる選択肢でした。以下、羽生九段の持つ永世称号一覧です。
| 称号 | 棋戦 | 永世称号獲得条件 | 羽生九段の戦績 |
|---|---|---|---|
| 永世竜王 | 竜王戦 | 5連覇 or 通算7期 | 通算7期(2連覇) |
| 十九世名人 | 名人戦 | 通算5期 | 通算9期(3連覇2回) |
| 永世王位 | 王位戦 | 5連覇 or 通算10期 | 通算18期(9連覇) |
| 名誉王座 | 王座戦 | 5連覇 or 通算10期 | 通算24期(19連覇) |
| 永世棋王 | 棋王戦 | 5連覇 | 通算13期(12連覇) |
| 永世王将 | 王将戦 | 通算10期 | 通算12期(6連覇) |
| 永世棋聖 | 棋聖戦 | 通算5期 | 通算16期(10連覇) |
| 永世七冠 | ぜんぶ | ぜんぶとる | ぜんぶとった |
さあ好きなのを選べ!!!
(おまけ)
「名誉NHK杯選手権者」←羽生九段しか持ってない激レア称号(NHK杯通算10回優勝)
「国民栄誉賞」←すごい
「将棋星人」←すごい?
羽生善治といえばやはり言わずと知れたレジェンドであり、無冠に後退してもなおこれほどまでに豊富な肩書き候補を持つという点が、人々の厨二心もとい興味関心をかき立てて話題となっているのではないでしょうか。
さて、今日のところは以上です。
最後に、
広瀬章人新竜王、8期ぶりのタイトル獲得おめでとうございます!
インターネットの片隅から両者の今後のご活躍を祈念しております!
あ、はてなの皆さんには良くも悪くも本年はお世話になりました。よいお年をお迎えください。
実を言うと「十段」という肩書きはかつて実在しました。昔、将棋棋士の最高段位は八段だったんです。
そこにタイトル戦として「九段戦」が設立され、その勝者が称号「九段」を名乗ったのですが、その後「段位としての九段」も定められ、両者が並立する時期が続きました。
その後「九段戦」は「十段戦」になり、称号「十段」が生まれ、その「十段戦」が発展解消という形で最高峰棋戦「竜王戦」が生まれたのです。
こういった経緯があるため、羽生九段がすぐに「十段」を名乗れるかというと、連盟内部のみならずかつての「十段戦」主催者(読売新聞社)など関係各所との調整が必要になるので難しいかもしれません。
将来的に新たな段位として定められる可能性は無きにしも非ずといったところか。でも響きがかっこいいね!
これは肩書きの付け方①でも述べましたが、
棋士はタイトルを保持して称号を名乗っていても昇段規定が適用されているので、タイトル保持中も規定を満たせば昇段します。
従って「六段から七段八段をすっ飛ばして九段へ」という認識であれば誤りです。
「七段・八段だった時期はあるが、名乗る機会がなかった」というのがより正確です。
あくまで「既に持っている九段を名乗る」のであって「無冠になったから九段昇段」ではないので。
| 昇段日 | 段位 | 適用規定 |
|---|---|---|
| 1985年12月18日(15歳) | 四段 | 13勝4敗:史上3人目の「中学生棋士」 |
| 1988年4月1日(17歳) | 五段 | 順位戦C級1組昇級 |
| 1989年10月1日(19歳) | 六段 | 竜王挑戦 |
| 1990年10月1日(20歳) | 七段 | 前年の竜王位獲得による昇段 |
| 1993年4月1日(22歳) | 八段 | 順位戦A級昇級 |
| 1994年4月1日(23歳) | 九段 | タイトル3期獲得 |
23歳九段ってのもなかなかとんでもねえですが、実は今の最年少九段昇段記録保持者は渡辺明棋王(当時21歳)です。まあ昇段規定の改定も多少影響してますが。
単純に注目度が高い案件だったので話題作りもあるでしょうけど、
一発どーんと発表しておけば今後の報道における敬称表記も混乱しないのでまあよいのでは。
まあ一般的にはそれでいいんですけど、実際の棋戦運営にあたっては肩書きがそのまま棋士の序列になるのでひとまずは何か決めないといかんのですよ。
例えば今回の三択①「九段」、➁「前竜王」、➂永世称号襲位の場合、
序列は上から➂➁①となります。この序列に従って対局時の上座下座を決めたり、上手下手(うわて・したて)を決めたりするわけですね。
これに加えて、前竜王や永世称号襲位者は一部棋戦でシード権が与えられたりもするので、連盟的には「今更肩書きなんて必要ない」というわけにはいかないんですね。
連盟の内部事情はあまり分かりませんが、インターネット上では見出しでネタバレを避けた説が囁かれていますね…
いやそれにしても「当連盟所属棋士・羽生善治」とか単に「棋士・羽生善治」とかいろいろ書きようあったでしょとは思った。
そういえば以前「団体職員」という肩書きでTVのクイズ番組に出演した十八世名人(当時八段)がいてぇ…一体何内俊之なんだ…
今期の彼の調子を鑑みれば今回の竜王戦、敗れはしたものの好調広瀬八段相手に最終局まで持ち込んだのはある意味驚きだなというのがいちファンとしての個人的な感想です。ただ、全盛期と比べるとさすがに衰えは否めませんが、まだまだ強豪の一角であることは間違いないです。
参考に12/26時点のレーティング上位10名置いておきますね。
最年少は16歳(藤井)
最年長は48歳(羽生)
平均年齢は29.2歳
| 順位 | 氏名 | 年齢 | レート | 今年度増減 | 前年同月比 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 広瀬章人竜王 | 31 | 1927 | 93 | 153 | 今期絶好調で唯一の1900台と1位をキープ |
| 2 | 渡辺明棋王 | 34 | 1874 | 104 | 79 | 昨年の不調から完全に復活 |
| 3 | 豊島将之二冠(王位・棋聖) | 28 | 1872 | -7 | -8 | 二冠を獲得し戦国時代を一歩抜け出すか |
| 4 | 永瀬拓矢七段 | 26 | 1852 | 1 | 1 | そろそろ初タイトルが欲しいところ |
| 5 | 藤井聡太七段 | 16 | 1851 | 55 | 115 | きみほんとに高校生?周回プレイしてない? |
| 6 | 羽生善治九段 | 48 | 1837 | -10 | 14 | 将棋つよつよおじさん@無冠 |
| 7 | 佐藤天彦名人 | 30 | 1834 | 51 | 24 | 名人3期目だがそろそろ複数タイトルも… |
| 8 | 千田翔太六段 | 24 | 1825 | 55 | 39 | 今期8割超の高勝率男 |
| 9 | 斎藤慎太郎王座 | 25 | 1818 | 26 | 12 | 今期は初タイトルを獲得し飛躍の年に |
| 10 | 稲葉陽八段 | 30 | 1793 | -48 | -20 | 一昨年の名人挑戦者も今期は苦戦 |
2018年 1月 7日 ● 久保利明 豊島将之 ○ 第67期王将戦 2018年 1月27日 ● 豊島将之 久保利明 ○ 第67期王将戦 2018年 2月 3日 ○ 久保利明 豊島将之 ● 第67期王将戦 2018年 2月12日 ○ 渡辺明 永瀬拓矢 ● 第43期棋王戦 2018年 2月19日 ● 豊島将之 久保利明 ○ 第67期王将戦 2018年 2月24日 ○ 永瀬拓矢 渡辺明 ● 第43期棋王戦 2018年 3月 6日 ● 久保利明 豊島将之 ○ 第67期王将戦 2018年 3月11日 ○ 渡辺明 永瀬拓矢 ● 第43期棋王戦 2018年 3月14日 ● 豊島将之 久保利明 ○ 第67期王将戦 2018年 3月20日 ○ 永瀬拓矢 渡辺明 ● 第43期棋王戦 2018年 3月30日 ○ 渡辺明 永瀬拓矢 ● 第43期棋王戦 2018年 4月11日 ○ 羽生善治 佐藤天彦 ● 第76期名人戦 2018年 4月19日 ○ 佐藤天彦 羽生善治 ● 第76期名人戦 2018年 5月 8日 ○ 羽生善治 佐藤天彦 ● 第76期名人戦 2018年 5月19日 ○ 佐藤天彦 羽生善治 ● 第76期名人戦 2018年 5月29日 ● 羽生善治 佐藤天彦 ○ 第76期名人戦 2018年 6月 6日 ○ 豊島将之 羽生善治 ● 第89期棋聖戦 2018年 6月16日 ○ 羽生善治 豊島将之 ● 第89期棋聖戦 2018年 6月19日 ○ 佐藤天彦 羽生善治 ● 第76期名人戦 2018年 6月30日 ○ 豊島将之 羽生善治 ● 第89期棋聖戦 2018年 7月 4日 ○ 菅井竜也 豊島将之 ● 第59期王位戦 2018年 7月10日 ○ 羽生善治 豊島将之 ● 第89期棋聖戦 2018年 7月17日 ● 羽生善治 豊島将之 ○ 第89期棋聖戦 2018年 7月24日 ○ 豊島将之 菅井竜也 ● 第59期王位戦 2018年 8月 1日 ○ 菅井竜也 豊島将之 ● 第59期王位戦 2018年 8月22日 ○ 豊島将之 菅井竜也 ● 第59期王位戦 2018年 8月30日 ○ 菅井竜也 豊島将之 ● 第59期王位戦
但し26歳の誕生日を迎えるリーグまでに四段(=プロ棋士)に昇段をしないと強制退会になります。
例外として、26歳を超えてもリーグ勝ち越しを続ける限り在籍できます。
2013年9月7日、奨励会第53回三段リーグ最終日最終局で下記の対局が組まれました。
鈴木肇 三段(26歳・9勝8敗) - 宮本広志 三段(27歳・9勝8敗)
勝った方は次期三段リーグに参加、負けた方は奨励会強制退会です。
まさに「鬼勝負」を制した宮本三段は次期三段リーグで好成績を収め、晴れて四段(=プロ棋士)に昇進しました。
その後鈴木氏は横浜で将棋教室を開き、2015年12月6日、第32期全国アマチュア王将位大会で優勝しました。
話は変わりますが本日の第44期棋王戦予選4回戦、中尾敏之五段は青嶋未来五段に敗れました。
あの4四角がどうだったのか、わたしには分かりません。
中尾五段がこの先どのような道を進むのかも分かりません。
将棋連盟に退会届を出さなければ「引退棋士」として連盟正会員として残ります。
(過去、退会届を提出したのは永作芳也五段のみ)
それとも全く別の道を歩くのでしょうか。
本当にお疲れ様でございました。
一番下のクラス(C2)で降級点(成績下位者に付くX)が3個になるとフリークラスに降級します。
但し10年以内に、
2月28日第31期竜王戦6組ランキング戦で421手(21世紀最多)で引分指し直しで敗れた棋士です。
そして今日、第44期棋王戦予選3回戦・日浦市郎八段に勝ちました。
NHK杯予選の勝敗はテレビ中継の関係上不明ですが、次期対戦が3月27日に組まれました。
つまりNHK杯は負け、17勝10敗ではないかと考えられます。
年度内に組まれたということは将棋連盟が配慮してくれたのでしょう。
第44期棋王戦予選4回戦は新進気鋭の青嶋未来五段との対局です。
決して楽な相手ではありません。
米長邦雄永世棋聖は「自分にとっては消化試合だが相手にとって重要な対局であれば、相手を全力で負かす」という言葉を残しました。
青嶋五段も全力で向かってくるでしょう。