はてなキーワード: マニフェストとは
以下は、日米韓を中心に、「聖句をみだりに政治主張に結びつける行為」を批判し、信仰の政治化を警戒するキリスト教者・神学者・団体を整理しました。
公式スタンス:「ナショナリズムの拒絶」と「政教分離の堅持」を明確に掲げ、社会派の政治的聖書利用を批判。 特に「聖書を特定の政治イデオロギーのマニフェストにしない」ことを強調。
山口陽一牧師(東京キリスト教団):社会派の「構造的罪論」と聖書の政治利用を繰り返し批判。
中澤啓介牧師(東京):解放神学的な政治神学を「聖書の文脈を無視した乱用」と指摘。
小野寺望(神学者):聖書を「政治的武器」にすることへの警鐘を強く発信。
日本バプテスト連盟の一部保守派も、社会派の政治関与に距離を置く立場を取っています。
アメリカでは「ダークサイド」(特にChristian Nationalismや極端な政治福音派)に対する批判が非常に活発です。
・David French(元National Review寄稿者、福音派弁護士): Christian Nationalismを「偶像崇拝」として強く批判。聖書をアメリカ政治の道具にする行為を「福音の裏切り」と呼ぶ。
・Russell Moore(元南部バプテスト連盟倫理・宗教自由委員長): トランプ支持の福音派を「文化戦争に福音を売り渡した」と痛烈に批判。現在は「Christianity Today」誌で福音派の政治化を警告し続けている。
・Beth Moore(著名女性聖書教師): 政治と福音の混同を批判し、特に女性の視点から「聖書を政治の道具にするな」と発信。
・ Timothy Keller(故人、元 Redeemer Presbyterian Church牧師): 生前、左派・右派双方の政治的福音派を批判。「福音はどの政治イデオロギーとも同一化されない」と繰り返し主張。
・ The Gospel Coalition (TGC):有力な福音派神学ネットワーク。政治的極端化を戒める記事を多数掲載。
・ Christianity Today誌:伝統的に福音派の「良心」として、政治化への警鐘を鳴らし続けている。
韓国では政治的福音派に対する批判も存在しますが、声が比較的小さい傾向があります。
・金東春(キム・ドンチュン)牧師および一部中道福音派: 全光焄牧師ら極右派の政治デモと聖書利用を「福音の政治的悪用」と批判。
・韓国福音主義神学会の一部神学者: 聖書を反左派・反LGBTの政治スローガンにする行為を「文脈を無視した乱用」と指摘。
・プログレッシブ福音派(少数派): 保守福音派の政治的過激さを「偶像崇拝」と批判するグループも存在。
特にアメリカではRussell MooreやDavid Frenchのように、福音派内部から強く声を上げる人々が目立ちます。日本では比較的静かですが、JEAや保守福音派が一定の歯止め役となっています。
高齢者を殺せと堂々と叫ぶチームみらいのような政党が国政選挙にて多数の票
これ完全に間違ってます。
高齢者を殺せと堂々と叫んだのは、チームみらいじゃなくて国民民主党。
https://president.jp/articles/-/87372
恐怖に震えたのは国民民主党の玉木雄一郎代表の、以下の主張だ。
「社会保障の保険料を下げるためには、われわれは高齢者医療、とくに終末期医療の見直しにも踏み込みました。尊厳死の法制化も含めて。こういったことも含め医療給付を抑え、若い人の社会保険料給付を抑えることが、消費を活性化して、つぎの好循環と賃金上昇を生み出すと思っています」
この主張に恐怖を覚えたのは私ばかりではなかったようだ。SNSには「姥捨山だ」「優生思想だ」として、玉木氏を批判する意見が溢れた。理由は後述するが、この主張はまさに「優生思想そのもの」である。
チームみらいは、高齢者を殺せと言ったことはないし、党としてのマニフェストを見ると、高負担高福祉の社会を志向していることがわかる。従来その方向が上手くいかなかったのは、それを実現するための手間が多くかかって非効率だったためで、そこをテクノロジーで効率化する事で改善しようとしている。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/jisin.jp/domestic/2571133/
さすがにホルムズ海峡封鎖でゼロ回答を擁護するのはチームみらいを甘やかしすぎ、というか逆に馬鹿にしている
https://policy.team-mir.ai/policies/energy
「加えて、高い割合を占めているLNGについては、地政学的リスクや他国の需要動向から、供給安定性・価格安定性に懸念があります。そのため、日本のエネルギー供給体制としては脆弱性を抱えている状況にあります。」
AIを推進するチームみらいにとってエネルギー安保が相当コアなところにある政策なのは自明だろう
それをブクマカは「そこに期待してない」だの「そういうの求めてない」だの、そういう全肯定ヨシヨシ擁護が政党をスポイルするってなぜ分からんのか
現状合成テクノククラシー色が強く”見える”のは同意で、それはまぁ「ハンロンの剃刀」…政治経験がないだけだと思ってる。
増田はデジタル民主主義の優先順位を下げてるように見えるかも知れないけど、政党としては元々、デジタル民主主義運動から登場した政党であるというところで、ゴリゴリに優先度が高いというか、そもそもそのための政党であるって事を覚えておくと良い。
例えば、AIによって政策を実現していく、と言うところには、AIで全てを決めてしまえと言うように表面的に見えるし、そう言う理解の人も多い。
例えば、一人の政治家が対話できる人数というのは物理的に限られているが、AIを触媒とすることによって多くの人と対話ができる。
これ、表面上はAIが政治家のかわりになって考えを広めるだけに見えるが、あるべき姿としては入力された対話の内容などは記録されていて、政治家本人にもフィードバックされるようになっている。
(ただ、おそらくだが、現在はそこまで実装はできていないと思われる)
マニフェストに対する考え方もそれで、変更提案をAIと対話してブラッシュアップしてコミットできるようになっているが、AIには他の色々な考え方も学習されている。AIとだけ対話しているように見えるが、その先にある多くの考え方の集合体と対話しているというわけだ。
まあでも、ここら辺は興味ないとわかんないよなあ。表面的に追っているだけじゃ分からん。
それは各党の政治理念やマニフェストも同じなんだけど、チームみらいは、ちゃんと中身を理解しようとすると技術の事もある程度のリテラシーが要求されると言う問題があって
そこをどうやって解決していくかというのが、今回の棚ぼた的勝利から、安定的な政党、強いてはデジタル民主主義を日本に定着できるかというところの鍵になりそう。
支持者の分布を見ればわかるけど、年齢差別ポピュリズムは第一が国民民主、第二が参政党だよ。
実はチーム未来、20歳代以下は支持率が低くて、残りの世代では5%程度と言う得意な支持層の分布をしている。
で、読めば分かるけど、特に医療福祉においては年齢による区別ではなく給与試算で福祉を再設定しようとしているだけで、対立軸に年齢を置いてないよ。
「仮にマニフェストの内容を実現できなかった場合、それを判断するのは次回選挙時の有権者」
が真だとするのであれば、目を見開いて意地悪なとか言わずに、
「実現に向けて努力していき、どのような結果であろうとそれを判断するのは次回選挙時の有権者だと考えております」
といえばいいだけじゃん
ヒス女の本性でちゃったね
SNSではチームみらいのショート動画が得票の割に再生数少ないと指摘されているが、マーケティングの観点からは的外れ
なぜ彼らに支持が集まったのか。理由は極めてシンプル。みらいの提示した政策パッケージが、他党と比較して設計強度が圧倒的に高かったから。ただそれだけ。
得票分布のヒートマップを見れば一目瞭然だ。江戸川区や葛飾区では低調だが、中央区・港区・千代田区といった、いわゆるパワーカップルや高度専門職が集うエリアで支持がある。ここの支持層は日頃から膨大な文書を読みビジネスを動かしているホワイトカラー層だ。残酷なほどに、平均年収と支持率が正の相関を描いている。
そして彼らは、テキストを読むことに苦痛を感じない。むしろ15秒で消費されるだけのコンテンツに情報の欠落を感じ、不信感を抱くものだ。彼らはみらいのマニフェストを実際に読み、その持続可能な社会保障システムへの再設計案を自分で咀嚼し評価した。
一方で、ショート動画をバズらせていた他党の支持者は長文のテキストを読む習慣がなく、あるいは複雑な因果関係を理解できなかった。
誤解を恐れずに言えばショート動画というフォーマット自体が思考のリソースを節約したい層に向けた麻薬のようなものだ。それに脊髄反射して投票行動を決めてしまう層と、文章を読み込んでその実現可能性と自身の資産への影響を計算して投票する層の間には、富の格差以上に深い絶望的なまでの認識力の断絶が横たわっている。
おもしろいのは、この支持が都心部だけに留まらなかった点だ。これは陰謀論で言われているのとは異なり、東京ほどではないにせよ、一次情報に当たり政策を読み解くことができる層が関東以外にも残っていたという証左だ。場所がどこであれ、読む人は読むし、理解する人は理解する。動画しか見ない層を最初から相手にせずとも、文書を読める有権者だけを効率よく囲い込めばこれだけ戦えるということが証明されてしまった。
だが、ここからが大変だ。キャズムを超えマジョリティ層まで届かせるつもりなら、ショート動画でしか物事を判断できない層に向けて政策の解像度を極限まで下げたコンテンツを作らなければならない。 論理を感情に翻訳し、正しさを削って分かりやすさを取る。 次の戦いはそこになるだろう。
政治的な倫理観(政治倫理)と技術倫理がそちらの主張で混ざってしまっているようだが、そもそもどちらの倫理も完全に内心から出てくるものではなくて既に社会にあるものなので、自認として倫理観が未定、外から見て倫理観がわからないという状態は困るんだが(いまの倫理を疑って議論したいというのなら分かるが、倫理を疑うようなスタンスではなさそうだと評価している)
結党以前からの言動や参院選・衆院選マニフェストを読んで社会的な倫理的行動として求められているものに沿って政策を練っているのは見て取れるが、ほとんどが「AIを導入することが目的の政策提言」か「特定サービスか製品の利用拡大」の域を出ておらず、社会をよくするのではなくて社会にどうモノを売り込んで浸透させるかというプロモーション計画としか取れなかった