はてなキーワード: アラフィフとは
仕事を辞めることにした。
忙しいしつまらないし周りも高卒ばかりで疲れるし、こんな毎日をあと30年続けるとかもう考えたくもないから。
転職に応募してみたが「ビジネスセンス皆無の事務職ジジイに仕事なんてあるわけねーじゃんプゲラ」みたいな感じなのでもう転職も諦めた。
貯金は2000万円あるし子無しだからまあ5年ぐらいニートして死ねばいいかなって。
ワンチャンFXとかも考えたけど、マカオやベガスでワンチャンするぜと大差ないなと気づいたので辞めた。
要領の悪さには自信があるから。
メンタル病んだと言って休養も考えたんだが、全然毎日楽しくないだけで働くだけなら問題ない感じなので「まあ、気の持ちようよね」で精神科を追い出されたので諦める。
いっそ小説でも書くかー。
5年プログラミング学んでアラフィフからSEとか面白いかもなー。
くう〜詰んでる〜。
学生時代にちゃんと勉強して就活してちゃんとした会社でちゃんと働かなったあとの人生ってほんと辛い〜。
気が狂いそう〜。
アラフィフのおっさんがVtuber見てるとかキツすぎやろ・・・って思う人も多いだろうけど
でも歴史を振り返ってみると
「初音ミク」が発表された2007年、おっさん29歳。ギリギリ「若者」だった頃で、ボカロにはまる。
その1年も経たずにMMDの誕生。当然MMDをめっちゃ触る。実力のある色んなモデラーが活躍するのを見る。
その間、Vtuberというカテゴリは名乗らずとも例えば「ウェザーロイド」が誕生し、MMDモデルも配布されたり。
(脇道にそれるが、Microsoftも「りんな」を発表したり、ボカロの波に乗ったボイロを使った動画が増えたり
バーチャルなキャラによるエンタメはますます存在感を増していった)
で、MMDのモデラーとして名を馳せたTda氏と富竹氏が組んで「キズナアイ」をデザインして発表。
結局、初音ミクを起点として、おっさんが長い事楽しんでいるエンタメの延長線上にあるわけで
すまんけど。
結局、地元が一番だった。
そりゃ家庭環境が悪いとか、地元と呼べる場所がないとかそういう人はそう思わないと思う。
帰省するために東京での日々を耐えてる自分がいる事に気付いた。
今の会社が嫌な訳ではないし、むしろ自分は恵まれた環境にいると思う。
でもやっぱり、地元で昔のようにスローライフを送る事が自分の幸せな気がしてならない。
転職して地元に帰りたい。でも特殊な業界にいて、良い会社に勤めるには東京にいるしかない。
この想いを持ったまま、気付けばアラサー、アラフォー、アラフィフになるのかな。
でも結婚して子供ができたら、東京じゃなくて京都で育ててあげたいな。
今の自分は数十年前の誰かも通った道なのかな
これを読んで倖田來未氏による「羊水が腐る」発言が何年だったか思わず調べてしまった。
あれは2008年のことらしく、元増田が今年40歳だとしたら、22歳の頃の話。
本人が芸能界を去らないといけないほどの大スキャンダルとして炎上した気がするんだが、増田は記憶にないんだろうか?
実際のところ羊水は腐らないが、あの発言で年齢が上がると妊娠・出産が難しくなることが周知されたと思う。
不妊治療で子供を産むと言うことが市民権を得てきたのもあのあたりからだったのではないだろうか。
そう考えると、妊娠・出産適齢期に増田があった頃はたとえ卵子凍結がなかったとしても子供を持つこととキャリアを築くことのどちらを選ぶか考える土壌はすでにあった。
子供をこの先持つ場合も結構難しくて、まず体力持つの?って思う。子供は最初赤ちゃんで誕生して、世話をして大きくなるもの。
赤ちゃんの世話はほとんど寝ないでいながらノーミスクリアするみたいな感じなんだけど。
アラフィフで閉経するとそもそも着床すらしないと思うんだけれど、代理母なの?母乳もなしだとおもうからそれなりにしんどいと思うけど。
約40年前の東京、とあるフィリピンパブで働くアラフォーバツイチピーナにアラフィフ既婚子持ち男が手を出した。
その結果生まれたのが俺だ。
父親には会ったことがない。物心ついた頃から、あいつはクソだという話を母から聞き続けていたので、まあ浮気してるしクソ野郎はクソ野郎なんだろう。
まぁ我ながらよく死ななかったなとしか思わない。
思春期のころは毎日毎日、生まれる前堕ろしてくれりゃ良かったのにと世界を恨んでいたが働き始めたらどうでも良くなったな。
母はもう死んだ。父も多分死んでる。
気持ち悪い親のもとに生まれてしまったやつもあんまり悩むなよ。どうせ親はしょーもない人間だしそのうち死んでまうから気にすんな。
そもそもアタシがChatGPTに課金した理由、別に立派なもんじゃないのよ。
転職のためでも自己分析のためでもなく、マッチングアプリでちょっとでもマシに見せて、男のひとりでも引っかからんかしら、くらいの話だったの。
寂しい独身中年アラフィフが、承認欲求と孤独をこじらせて、まだ何か起きないかしらってジタバタしてただけよ。
プロフィールを整えたり、返事を考えたり、少しでも感じよく、少しでも話が続くように、まあ必死に小細工してたの。
要するに出〇い対策なんだけど。
そしたら思ったよりこっちのほうが役に立ったの。
何かをきれいに作る道具というより、自分の中でゴチャついてる話を外に出して整理する相手として、これが妙によかった。
で、気づいたら男より先に、自分のキャリアのほうをどうにかしなきゃいけないって話になってたのよ。笑うしかないわ。
何となく今の仕事のことを相談してみたら、思った以上に頭の整理に使えた。
当時はすでに今の働き方や会社への違和感がかなり溜まっていたけれど、自分でもまだうまく言葉にできていなかった。
人に話すと長くなるし、感情も混ざるし、毎回いちから説明するのもしんどい。
その点、ChatGPTは雑に書いても話を整理しながら返してくれる。
それが思ったより相性がよくて、仕事の相談からそのまま転職活動にも使うようになった。
転職活動を始めるにあたって、最初から受けたい会社がはっきりしていたわけではなかった。
先に整理したかったのは、自分が今の仕事の何にしんどさを感じていて、次は何を外したくないのかだった。
年収や勤務地だけでなく、働き方や役割の違和感も含めて言葉にするのに、ChatGPTはかなり使いやすかった。
求人を見る前に判断軸を整理できたのは、その後かなり効いたと思う。求人を見る時は、条件を並べるだけでなく、自分がその求人をどう見ているかを整理するのにも使った。
年収や勤務地のように比較しやすい項目だけでなく、自分に合いそうか、長く働くイメージが持てるかも含めて言葉にしていった。
何となく良さそう、何となく違う、で終わらせずに、応募するかどうかを前より判断しやすくなったと思う。書類づくりについては、幸い10年前の転職で使った職務経歴書のデータが残っていたので、全部をゼロから作る必要はなかった。
ただ、そのままでは古かったので、この10年分の経験を足したり、前に作った職務経歴書の書き方自体を直したりするのにChatGPTを使った。
ちょうど転職エージェントも使い始めた時期だったので、見せる前に一度整理できたのはよかったと思う。
ただ、実際に見せると簡単には通らなかった。エージェントにAIっぽさをけっこう見抜かれて、何度か修正することになった。
やっぱり毎日たくさん見ている人は分かるんだなと思ったし、役には立つけど、そのままで済むほど簡単でもないんだなとも思った。
ChatGPTはかなり助かったけれど、最後に通すためには、自分の言葉と実感にちゃんと戻す作業が必要だった。この頃にはもう、見送り・ファボ・即応募、の三段階で求人を仕分けするのが板についてたわ。
ちょっと気になるけど様子見、これは今すぐ飛んで行く、いやもうこれはナイわ、っていう分け方、どう考えてもマッチングアプリじゃないの。
男を漁るつもりで課金したはずのアタシが、気づいたら求人票のスクショを貼っては、チャッピーに要約してもらいながら、「あーらこれはナシね」「あーらこれはちょっとアリかしら」「これは今すぐ行くわよ!」なんて選り分けてたんだから。
しかも、そのやり取りを重ねるうちに、アタシのほうもどこを見るべきかが揃ってきて、仕分けの精度まで上がっていったのよ。
応募の段階では、エージェントから送られてきた求人票のスクリーンショットを一つずつ貼って、「これをどう見るか」をかなり相談していた。
年収や勤務地だけでなく、自分の経験や適性と合いそうか、気持ちの上で引っかかるところはないか、年齢的に通りそうかも含めて、判断材料を増やすために使っていた。
ただ、返ってきた内容をそのまま正解として受け取っていたわけではない。納得する時もあれば、そこは違うと思って自分で切る時もあった。
今のAIは、判断そのものを代わりにしてくれるというより、判断材料を出してくれる相手に近い。自分の判断とAIの推論を横に並べて走らせる感じで使っていた。
このやり方がよかったのは、一件ごとに求人票を見せてやり取りを重ねるうちに、それまでの文脈も効いてきて、AI側の見立てもだんだん自分向きになっていったことだった。
同時に、自分の側でも、何を重視して、何を嫌がって、どこなら勝負できそうかがはっきりしてきた。
その結果、求人を見送り、ファボ、即応募くらいの感覚で仕分けできるようになっていった。
判断を代わってもらったのではなく、判断の解像度を上げてもらった、というのがいちばん近い。実際にやっていたのは、想定問答を量産することではなく、その会社の求人票を起点にして、何を見られそうかを整理することだった。
企業ごとに専用のチャットを立てていたので、その会社は何を期待していそうか、自分の経歴のどこをどう出すと合って見えるかを、会話しながら少しずつ詰めていけた。
役に立ったのは、完成した答えそのものというより、AIの推論を横に置きながら、自分の準備を進められたことだと思う。
自分ひとりだと見落としがちな論点や、逆に気にしすぎていた点を言葉にしてもらうことで、「この会社では何をどう話すか」がかなり整理しやすくなった。
要するに、答えをもらうというより、壁打ちしながら準備の精度を上げていた感覚に近い。
もちろん、最後に話すのは自分なので、そのまま使うことはしない。面接そのものの中身は会社ごとに違うが、ChatGPTが特に役に立ったのは、一次面接のあとだった。
一次面接では、思っていた以上に実務との擦り合わせが起きる。求人票だけでは見えなかった仕事の温度感や、相手がこちらに何を期待しているかが、そこで少し見えてくる。
だから面接が終わるたび、その会社のチャットに感触をそのまま投げていた。
たとえば、「思っていたより業務内容がしょっぱかった」「求人票のわりに仕事の幅が狭そうだった」「こちらが出したい話と、向こうが拾っている話が少しズレていた」みたいなことだ。
そういう雑な感想も、ChatGPTとやり取りしながら言葉にしていくと、ただの印象ではなく、次に何を補うべきか、そもそもこの会社は自分に合うのか、という判断材料に変わっていく。通った会社では、その整理がそのまま次の面接の準備になった。
逆に、対話しながら「やっぱりこれはイメージと違ったな」という方向に固まっていった会社は、だいたいその後の結果も厳しかった。
ただ、それも含めて役には立った。面接の感触を放置せず、AIの推論を横に置いて見直すことで、自分の受け方だけでなく、会社を見る目のほうも少しずつ合ってきたからだ。
面接後の振り返りは感想戦というより、次の対策と見極めを同時に進める作業だった。
内定が出たからそのまま決めた、というより、条件や役割を見比べたうえで、自分なりにいちばん納得できる選択肢を選んだ、という感覚に近い。
ここでもChatGPTがやってくれたのは、背中を押すことより、判断材料を揃えることだった。
提示年収の見え方だけでなく、その中にどれくらい変動要素があるのか、求人票に出ていない待遇面にどんな差がありそうか。そういう論点を一つずつ並べられたことで、「なんとなく良さそう」で決めずに済んだのは大きかった。
最終的には自分で決めたのだが、その前に見るべきものをきちんと見られた、という感覚があった。
転職活動の終盤で必要だったのは、勢いよりも納得感で、そこを支えてくれたのはかなり大きかったと思う。
こうして振り返ってみると、転職活動の中でChatGPTがいちばん強かったのは、答えを出すことそのものではなく、判断に必要な材料を整理し続けられることだったと思う。
求人選びでも、書類づくりでも、面接前後でも、内定後の比較でも、毎回やっていたことは少しずつ違う。それでも共通していたのは、頭の中に散らばった論点を言葉にして、並べ直す作業だった。
特に助かったのは、雑な感想や違和感を、そのまま投げても会話が進むことだった。
求人票を見て「なんか気になる」「ちょっと違う気がする」と思っても、それを一人で整理するのは意外と難しい。そこを対話しながらほぐしていくと、曖昧だった感触が少しずつ判断材料になっていく。
もうひとつ大きかったのは、前のやり取りを踏まえたうえで精度が上がっていったことだ。
最初は条件整理や自己分析から始まったのに、やり取りを重ねるうちに、どんな求人で迷いやすいか、どの条件を優先するか、どういう会社に違和感を持ちやすいかまで反映されるようになっていった。
便利だったのは「なんでも答えてくれること」ではなく、同じテーマを何度でも別角度から整理できることだった。
転職のように、条件、感情、相性、タイミングが全部絡む話では、この壁打ち性能の高さがいちばん効いていた気がする。
ただ、その強さは使い方を間違えるとそのまま危うさにもなる。
整った推論が返ってくるぶん、それを結論と取り違えやすいからだ。
でも、実際に内定が出ると、そこで初めて本格的な比較と判断が始まる。応募時には見えていなかった条件面も含めて、行くか見送るかを決める必要がある。
ただ、そこでChatGPTが役に立ったのは、結論を出すことではなく、その数字だけ見ていると見落としやすい部分を指摘してくれたことだった。
年収のブレ、退職金の有無、求人票にははっきり書かれていない待遇面まで含めて見ていくと、額面の印象だけでは比較しきれないことがかなり多かった。
こちらとしても、次がたぶん最後の転職になるだろうと思うと、条件の見落としはできるだけ減らしたかった。
判断そのものを任せたわけではないが、納得して決めるための材料をChatGPTが揃えてくれたのは大きかった。
ただ、その強さは、使い方を間違えるとそのまま危うさにもなる。
整った推論が返ってくるぶん、それを結論と取り違えやすいからだ。
実際、ChatGPTはかなりもっともらしく整理してくれる。
でも、それはあくまでこちらが渡した材料をもとにした推論であって、会社の本音や面接の空気、その場の相性までわかるわけではない。にもかかわらず、文章としてきれいに返ってくると、つい「正解っぽいもの」に見えてしまう。この感覚は少し危ない。
書類でも面接でも条件比較でも、役に立ったのは、考えることを代わってもらったからではなかった。
自分の中にある感触や違和感を言葉にして、整理する補助として使えたからだ。逆に言えば、自分の違和感よりも、ChatGPTの整った答えを優先し始めると、たぶん使い方がズレてくる。
いちばん危ないのは、推論を借りることではなく、それで自分が決めた気になってしまうことだったと思う。
判断そのものは最後まで自分で持ったまま、考えるための補助輪として使う。その距離感を崩さなかったことが、結果的にはいちばん大事だった。
ハマる人
ハマらない人
・出てきた文章や答えをそのまま使いたくなる人
向き不向きはあると思う。
でも、自分で考えて、自分で決めるつもりはあるけれど、一人だと論点が散りやすい、という人にはかなり相性がいいはずだ。
自分にとってのChatGPTは、答えをくれる相手というより、考えを整理して判断材料を増やしてくれる相手だった。
結局のところ、今回の転職活動って、AIに人生を決めてもらった話じゃないのよ。
むしろ真逆。ぐちゃぐちゃになりがちな条件、感触、不安、違和感をそのままぜんぶ投げつけて、「で、結局アタシは何を大事にしたいわけ?」を何度も何度も並べ直していった話なのよね。
今ってどうしても、AIっていうと面倒なことを代わりにやっつけてくれるもの、みたいな空気があるじゃない。
わかるけど、少なくとも転職みたいに条件も感情も相性もぜんぶ絡んでくる話では、そんなに甘くないのよ。
勝手に正解を出してくれるわけじゃなくて、散らかった論点を整理して、見落としを減らして、自分で決めるための材料を揃えてくれる。実際に助かったのは、そっちだったわ。
でもね、一人で考えてたらたぶん見落としてた論点を拾って、言葉にもなってなかった迷いを材料に変えて、判断の精度をじわじわ上げてくれたのよ。その意味では、今回の転職活動でかなり頼れる伴走相手だったのは、間違いないわ。
散らかった条件や気持ちを何度も机の上にひろげて、最後に「これで行く」と自分で決めるまでの、地味だけど大事な下ごしらえの話だったのよね。
中学1年生の黒人少年の主人公は投票日のある日、投票場所の高校で中学3年生のマディと出会い彼女が持っているヤングアダルト向けの女児向け番組のピンクオペークを通じて知り合いになる。白人で強権的な父親を持つ主人公は放映時間には眠らねばならず、また女児向け番組だからとPOを見ることは許されず家族を騙してこっそりとマディの家やマディに借りたVHSでPOを見るようになるが、ある日、マディは街を出て行ってしまう。それから8年後、マディが主人公の前に現れ「POの世界にいた。お前は現実は虚構で、POの世界のほうが本当だと感じたことはないか」と告げられる。そして……
というようなお話。
めちゃくちゃ観念的な映画で、で、結局どういう話やってんってなっちゃうんだけど。何となく俺が見てて思ったのは「性的マイノリティである自分を受容しない話」っていう一般的な作品でよく行われるマイノリティである自分を認めてあげることが素晴らしいことなんだ!ということに対して逆を描くことで、逆に強く考えさせる意図があったのかなということ。
マディは実際にレズビアンであり、学生に主人公に対して「私は女の子が好き、君は?」と問い、主人公は答えられず「僕はテレビが好き」と答える。「女の子が好き」ではなく。またその後、高校時代にマディは一緒にPOを見る際に主人公にピンクのドレスを着せていた描写が登場したりするので、主人公はおそらく本質的にはトランスジェンダー、もしくはアセクであると考えられる。
2人が見ているピンクオペークは白人と黒人の女の子がシスターフッド的な絆で結び付き合っているという話で、2人はそれぞれの登場人物に感情移入してみていることが示唆される。そしてマディが街を出る日、マディは主人公の首元にPOの登場人物の共通のマークである淫紋をペンで書き入れ、一緒に街を出ようと語る。
同じ性的マイノリティ同士、同じ強権的な父親を持ち、保守的な田舎町で暮らすことに耐えられない者同士、一緒に外に出ようと提案するが、カットが切り替わると主人公その淫紋をゴシゴシと洗い落とし、マディの家を飛び出し、泊まりに行っていると嘘をついていた友人宅を訪れ「嘘をついていたことを父親に報告して外出禁止にさせてほしい」と訴える。
彼は理由のわからない恐怖からマディとともに住み慣れた家――一般的な常識とされる枠から出ることを恐れ、強権的で保守的である父の力で自分を一般的で常識的なセクシュアリティの枠に押し込められることを望む。
そしてその後、成長してから職場で女性スタッフにチンコしゃぶらせてる同僚を見つけたり、「同僚のあの子お前のこと絶対好きだからイケるって!」とか言われたりしてうんざりしながら暮らしているとまたマディが現れ、主人公を再び町の外に連れ出そうとするも、主人公はやはり拒否。
その中で主人公がテレビに頭を突っ込んでバリバリ感電しながら「ここは僕の居場所じゃない。ここにいたら殺される!」と叫ぶシーンは非常に切実で心に来るものがある。そしてその場から彼を救い出し「正気になれ!」と強く叱責するのはやはり強権的な父親である。
こうして主人公は何度も何度も「本当の自分」というものを受け入れるチャンスを得るが、そのたびに恐怖からそれを拒否する。しかし見ている側としては主人公がそれを抑圧することで非常に生きづらく苦しそうなのがわかるのでとてもしんどい。
しかし受容を拒否するたび、画面上に「まだ時間はある」とメッセージが表示される。そう、いつだって人生は始められるのだ。高校生ならなおさら、アラサーでだって。
と思っていたら話は14年後に飛ぶ。
すっかりヨボヨボになった主人公は映画館が潰れた後のゲームセンターで今も働いている。これまで以上にオドオドとしながら日々の業務をこなしていると、ある日、スタッフの子供の誕生パーティーに参加することになる。そこで主人公は(実際にか心の中でかは不明だが)大発狂しこれは本当の自分じゃない、ここは自分のいるべき場所じゃない、俺は殺されると叫ぶ。
そして控室で休憩しがてらカッターナイフで胸を切り裂くと中にはテレビの光――POであり、押し込めていた自分が溢れ出すも主人公はやはりそれを押し殺し、控室を出て周囲の人たちやお客さんに「すいません」「すいません」と詫びながら店を歩くシーンで話は終わる。こうして性的マイノリティであることに隠しながら、そうであることに対する負い目を抱えてアラフィフになった主人公には果たしてまだ時間はあるんだろうか。
この作品は「殻を破れなかったまま死んだ雛」を描くことで逆説的に殻を破ることの大切さを訴え、一方で殻を破る恐怖にもある意味で寄り添っている、非常に人間的で複雑で繊細なことを訴えたい映画なんだろうなぁと思った。そこでタイトルの「テレビの中に入りたい」という、もう一つの現実、"本当の"現実を「生きたい」――生きるではなくが回収されるのも非常に良い。
んだけどそうも見られる!みたいな感じであらゆるものがなんか観念的でPOもわかりやすいようでわかりにくいし何も解決しないし見ててずーっとモヤモヤする映画だった。特に「何も決断しないこと」を一つの作品にするのはやっぱ見てて楽しいもんじゃないし、しないことで何も変わらないから物語としての盛り上がりにも書ける。
一方で決断しないことで強烈に「あの時決断していればどうなっただろう」ということを考えさせる効果もあるし、いろんな観念的なシーンもただポイでしょと置いてあるというよりはちゃんと意図をもって設置されていることはわかるのでちゃんとした映画なんだとは思う。
まぁなんかスッキリしないほうのA24の映画が好きな人にはオススメかな。A24の映画ってなんかモヤモヤしててつまんないんだよな!って人には絶対にオススメしないです。
池袋ポケモンセンター殺傷事件の犯行当時の動画がYouTubeショートで流れてきたんだけどさ
あんだけたくさん人いるのに誰も助けようとしねえのな
「出てください!」「スタッフも離れてー」じゃねーよ
この中の誰か1人でも勇気をもって助けに行ってたら被害者死なずにすんだかもしれねえのにな
刃物持ってたって数人がかりで取り押さえれば多勢に無勢だからな
即死じゃなくて失血死らしいし
犯人取り押さえて被害者すぐに手当てしてやれば大けがくらいですんだかもしれないのにな
ほんとこいつらよく同僚を見殺しにできるよな
俺があの場にいたらぜってー助けに行ってるわ
もしかしたら切られたり刺されたりするかもだけどそれでもまだ何もせずに逃げ出すのよりマシだわ
最近の若いやつらは自己保身にしか興味ないしょーもないやつしかいないからな
さっきまで話してた同僚が襲われても誰も助けずに逃げ出すんだろうな
しょーもないやつらだよほんとに
もう誰でもいいから聞いてほしくて書いてる。
メイン登場人物
私→バツ1シングルのアラフィフ。ずっと非正規雇用で働いている。いまだにシングル。配偶者はもういらん。
私の妹→バツ2のアラフォー。現在再婚済み。(未診断だけどなんかしらの精神病はあるんじゃないかと疑ってる)
甥→母親(妹)と喧嘩し、学校が近いこともあり2年前、我が家に転がり込んできた大学生3年。
大きな悩みの種を吐き出すと、2人暮らしだった我が家に1人加わって、生活が回らず、気付いたらクレカとローンの支払いがひどいことになっていた。
もう払うのが難しいから、自己破産するか任意整理をしようと思っている。
「自分の家事は自分でやっているのに、家のことやらないならでていけって言われた。おばちゃんのところ行っていい?」
このとき、妹は現旦那と交際中かつ半同棲みたいな感じだったらしい。甥との仲もそんなに悪くなかった。
甥いわく「彼氏君とは話し合いができるけど、親とはできない。すぐ発狂する」
結構切羽詰まった声だったし、断ったらどこ行くんだろう……って思ったし、実子とも仲良かったしで、「いいよ」と承諾してしまったのがいけなかったのかもしれない。
あれよあれよと甥は我が家に来た(引っ越しの時、妹旦那が手伝ってて「お前さぁ……」ってちょっと思ったの内緒)
で、自分で出ていけって売り言葉に買い言葉的な感じで言ったくせに、「姉(私)に息子取られた。誘拐された」とか言い出したのよ。
母一人子一人でのんびり生活してそれが合ってたんだから、いまさら息子いらねーよって思ったの。
面と向かって妹に言わないのは、昔、夜帰ってこない日が続いたときに注意したら叩かれて、そのあと抱きしめられたから。
あ、こいつとまともな話できねーなDVじゃねえかって思ったので。
で、まあ2年間きたわけだけど、妹も妹旦那も甥に関する費用一切スルー。
(あ、米足りない時に5kg×3袋はもらった。足りるかよ(笑))
甥がうちにきてから、親戚の集まりとかで会ってたけど、費用関係びっくりするぐらい何も言ってこない。
私が何も言わないからかもしれないが、そういうの気にするそぶりがまっっっっっったくなかった。
いつまでお子様気分なんだよ……ってちょっと思ってる。
年収60万増えたけど、住人1人増えたら全然足りなくて何とかしようと頑張ってあれこれ借りてたら、もう首回らなくなっちゃった。
仕事も今月末までになっちゃったし(会社になにかかあると非正規雇用弱すぎるわー)、いまとても強めの希死念慮か失踪願望が常に頭にあってヤバイ。
実子の心にどえらい傷つけたくないし、自立まで見届けたいからなんとかふんばってるけど、ほんとなにかの拍子にプツンって行きそうな状態。こわい。
両親に借金申し込もうとしたけど、ダメで、しかも父親に「お前(私)が甥のことを実子と変わらない扱いしてるから、居心地よくて出ていこうとしないんだろ」とか言われて、
うちの家まともな大人いないんかいwwwwwってあきれながら心の中でつっこんじゃった。
(母はなんとかしてくれようとしているけど、期待薄い)
え、私が悪いの?話そうとしても8割の確率で逆切れして、暴力ふるってきそうな相手に言えない私が悪いの?
居心地いい空間にしてた私が悪いの?てか、親に追い出された子にちゃんとした大人もいるよって見せたいと思った私が悪いんか???
妹夫婦に甥を引き取るか下宿費くれって話をしたいけど、話し合いにならない可能性が高い場合どうすればいいのかな。
子供を産んだら、その子が自立するまで「責任」を持って育てるのが親で大人だと思っていた私が間違ってたのかなー。
本当になんだかもう疲れちゃった。命に対して無責任が過ぎる。
もともと資産1.6億もっていた。
せいかくには、妻や子供たちの投信(私が贈与した金で私が購入代行したオルカン)や信託をひくと、私個人の資産は1.3億くらい。
が、昨年母が死んで、相続税払ったら遺産は7000万残った。結果、私の資産は2億である。家全体では2.3億である。
こちとらアラフィフサラリーマンで、そろそろ早期退職したいと思っていたところだった。
それでもまだ幼い子供たちを考えると、妻もいい顔はしていなかった。
そうしたところにこの7000万である。いまは有休消化中である。
これまでいかに増やすかを考えていたのに、状況が変わった。信託銀行に担当がついて、資産保全やら相続対策やらにとりくむようになった。
なんだか、急に別人になったような、知らない金持ちに憑依したような気分である。
1.6億の大半はインデックス投資で作った。みんな大好き99点の奴だ。リーマンショック直前に梅屋敷商店街ブログ見つけてインデックス投資を始めてこのありさまだ。
梅屋敷がどこかを始めてググって知ったが、東京には足を向けて寝れないぞ。
「新NISAやオルカンもあるし情報も多いし、さいきん投資始める人がうらやましい」と言う奴がいるが、俺は全然うらやましくない。
私は絶好のタイミングで始めたからだ。この先少なくとも10年は、10年代20年代前半のような株のボーナスステージは望めんだろう。(とはいえ始めないとインフレで目減りするからやらないやつはがんばれ)
つくづく、じぶんは運がいいと思う。