イスタンブール観光実質2日目は、アジア側に渡っています。
【旅行】イスタンブールは乗り鉄の天国その2:BCN-IST2012(ISTの9):2012年7月13日の続きです。
M4線という地下鉄でメトロブスの路線に行こうと思っていたのに、まだ開通していないことがわかった私たちは、地図をひっくり返して、ハイダルパシャ駅から近郊列車に乗ることにします。
このハイダルパシャ駅が、カドゥキョイの船着場がある湾を挟んで向こう側にあるのですが、結構遠い。
でもタクシーに乗るのもややこしい(言葉の問題もあるし)ので、15分ほど歩きましたけどね。
ハイダルパシャ駅が素敵だったのは、先に書きました。
関連エントリ:
【旅行】駅舎が素敵な近郊列車:BCN-IST2012(ISTの8):2012年7月13日ここから1駅乗るとソユトリュチェシュメ駅。
ここがメトロブスの始発駅となります。
いつものようにジェトンを買って。
新型車両でした。
中も新しい。
ソユトリュチェシュメ駅前はすっかり郊外な感じ。
大きなサッカー場が目の前にありました。
シュクリュ・サラチョウル・スタジアムという
フェネルバフチェというチーム(ジーコが監督を務めたことがあるチーム)の本拠地らしいです。
そういえば、市場で日本代表のユニフォームを見せて「ナカムーラ」とか言われたこともありました。
トルコはサッカーが盛んなので、サッカーで友好を図る手もありますね。
ここから出ているメトロブスというのは、連結車両のバスで専用レーンがあり、環状道路を走るのですが、ボスポラス大橋を通るのです。
ボスポラス大橋を渡り新市街のメゾティエキョイでメトロに乗り換えればタクスィムに行けますので、またフにキュレルでカバタシュに行ってメトロヴァイに乗れば旧市街に戻れます。
これもジェトンではなくカードが必要です。
駅を出たところにカード売り場があるのですが、この際なので10回券を買おうとしたところ、2回券を5枚渡されました。置いてないらしい。
バタバタしながらバス停に行って、路線図など見ていると、一人のおじさんが声をかけてきました。
どうやら、俺について来いと言っているらしい。
最初は、私から離れて観光ガイドを見ていた妻に話しかけてきたのですが、私が近づくと、それ以降、妻には話しかけて来ませんでした。
イスラム好きな妻の解説によると、それは正しいイスラムの対応で、旅人には親切だけど、人妻に声をかけてはいけないからだそうです。
イスラムの教えでは、子供と動物と旅人には親切にしろというのがあるんだとか。
異教徒も弱いものとして受容するのが本当のイスラムだそうです。
さて、おじさんの導きでメトロブスに乗り込んだんですが、途中から満員になります。
メトロブスは専用レーンがあるので、渋滞はさほど影響しないのですが、向こうの一般のバスは混んでいる道を通っています。
前方にボスポラス大橋が見えてきました。
カメラを構えていると、後ろから綺麗な英語で「three minutes later(三分待ったら)」と声をかけられました。
何事かと思うと、二枚目の兄ちゃんがニコやかに話しかけてきたのです。
そして、ちょうど三分後に、ボスポラス大橋の上で視界がひらけました。
「バスの反対側もいい景色なんだぜ」、と兄ちゃんが言うので、無理やり反対側も撮影。
ボスポラス大橋の麓にあるオルタキョイ・メジティエ・ジャーミィも見えます。
やはり絶景でしたね。
僕はこのへんの出身で、この景色が大好きなんだ」とか兄ちゃんが言ってます。
たしかに素晴らしい。見に来てよかった。
さらに、カメラの件で知り合った、この兄ちゃんがこのあと私達を助けてくれます。
実は、ボスポラス大橋を渡ったところで一度バスを乗り換えなければならなかったのです。
最初に話しかけてきたおじさんも、乗る前に身振り手振りでなにか教えてくれようとしていたんですが、よく分からなかった。
兄ちゃんが「どこまで行くの?」と聞くので、「タクスィム」と答えたら、自分もそこまで行くからついてくればいい(フォローミー)、といってくれました。
乗り換えは無料なのですが、知らないままにそんな状況になっていたらプチパニックになっていたでしょう。
結局、兄ちゃんとおじさんも一緒に乗り換えて、さらに同乗することになりました。
すると、最初に声をかけてくれたおじさんとこの兄ちゃんが、このジャパニーズ(私たちのことね)をどう案内するか話しあい始めたのです。おじさんは「俺は次の停留所で降りるのだけど、こいつらが心配だ」的なことをトルコ語で言っているらしく、兄ちゃんが「彼らがいく場所まで一緒だから俺が案内するよ」的なことをトルコ語で返したらば、おじさんは安心して「頼むぞ」的なことをトルコ語で言っていました(以上、推測)
そして、次の停留所でおじさんが降りる時に、妻が突然なにかいったのですが、それを聞いておじさんは満面の笑みで降りて行ったのです。
妻に何を行ったのか聞くと、トルコ語でありがとう(テッシェキュルエデリム)と言ったんだという。
いつの間に覚えたのかと思ったら、私が兄ちゃんと話したりしている間に必死でガイド本を見ていたらしい。
ズルい。自分だけ点数稼ぎやがって、と思いましたが、トルコとの間の友好が保てたのでよしとしましょう。
さて、さらにメジディエキョイについたので、兄ちゃんのあとについて乗り換えます。
この乗換も、兄ちゃんが居なかったらば、かなり大変でした。
工事中でなんだか埃っぽいし、結構地下鉄の入口まで遠かったし。
必死で付いて行くと、妻と離れそうになるし。
すると兄ちゃんは振り向いて、「奥さんのことを忘れるな」とか言いやがるし。
イスタンブール新市街の郊外は、建設ラッシュで、どこも活気があり、埃っぽいです。
オフィスビル、マンションを問わず建設され、インフラ工事も進んでいます。
旧市街とは違う顔の現代のイスタンブールを垣間見ました。
地下鉄に乗り換えたホームでもちょっとした事件が。
兄ちゃんが誰かと話していたと思ったらば、その誰かさんが突然私に話しかけてきたのです。
日本語で。
何かと思うと、彼は「My wife's name is MARI」と奥さんが日本人で、そのために日本語を勉強しているというのです。
日本にも20日間ほど行ったことがあるとか。
その彼とはホームで別れ、兄ちゃんと地下鉄内で話したのですが、
とにかく、トルコの人は日本人が好きで、日本のことが好きだといいます。
(兄ちゃんが私の耳元で、But We hate Chiniesといったことは内緒です)
仕事はなにかと聞かれたので、説明が難しいなあと思いつつも「マネージャー」とか言ってたらば、「それはエライんだろう」とか言われました。そんなことはありません。
で、Tシャツにジーパン姿の兄ちゃんに「学生?」と聞き直したらば、聞きなれない名称を言います。
「パードン?」というと「ニュースを読んでいる」と答えました。
「ニュースキャスター?TV?」というと苦笑いというか照れたほほ笑みになってました。
どうも、ラジオでニュースを読んだり、原稿を読んだりする仕事らしいです。
妻と一緒に彼の写真を取りましたが、トルコで有名だと困るので伏せておきます。
爽やかで、いいやつでした。
トルコの人っていい人ばっかりだなあ、と思っちゃいましたよ。
無事、タクスィムについて、予定通りフにキュレルに乗り、トラムでエミノニュに戻りました。
乗り鉄だったおかげで、人の縁にも触れた旅だったのでした。
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