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【観光】ミス伊勢志摩が鳥羽市観光キャンペーンガールなのだけどいいの?:2012年9月27日




まあ、いいんでしょうけどね。

「ミス伊勢志摩」グランプリは現役海女の女子大生-鳥羽在住の中川静香さん@伊勢志摩経済新聞

 現役の海女で、皇学館大学(伊勢市神田久志本町)文学部コミュニケーション学科3年の女子大生・鳥羽市在住の中川静香さん(21)が第57代の「ミス伊勢志摩」グランプリに輝いた。



なかなか可愛いミス伊勢志摩なのですが、早速というかなんというか鳥羽市で母娘3代でキャンペーンガールを努めてます。

鳥羽市に「真珠の耳飾りの海女」誕生

 フェルメールもびっくりの再現度@ねとらぼ


海女が日本一多い街・三重県鳥羽市と鳥羽市広告宣伝戦略委員会がこのほど、新しい観光キャンペーンを始めた。まずはWebサイト「恋する鳥羽」をリニューアル。親子3代ともに現役の海女という、地元の中川さん一家をキャンペーンガールに起用した。

これ同じ中川静香さんですね。

サイト(恋する鳥羽)のトップの写真が素晴らしくいいんですけど。
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まずは孫ですね。

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そして娘。

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三世代集合。

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みんな現役海女さん。

三世代海女さんに目をつけたのはいいなと思いますし、地元鳥羽の人ですからぴったり。
これはサイトデザインもなかなかだし、知恵者がいますね。もしくは代理店の匂いを感じますね。

でもそれと、ミス伊勢志摩はどういう関係になっているんだろうというのが気になります。


元々は、こういう記事などで有名な三世代海女のようです。

三重のローカル誌が特集「海女の流儀」-3世代の海女など紹介@伊勢志摩経済新聞

 「海女の流儀」と題して伊勢志摩の海女を特集した三重県のローカル季刊誌「NAGI(凪)」50(秋)号が、県内の書店に並んだ。発行は「月兎舎(げっとしゃ)」(伊勢市馬瀬町)。



こういう仕事で食えると楽しそうだけど、大変だろうな。

特集では、海女の暮らし、海女が採ったアワビを提供する伊勢志摩の飲食店、海女を題材にしたアーティストなどを紹介。「遅咲きの海女」と呼ばれる、50歳で海女デビューし現在72歳の現役海女・西井正子さんのはつらつとした姿や、皇学館大学(伊勢市神田久志本町)文学部コミュニケーション学科3年・現役女子大生海女の中川静香さん(21)と母・早苗さん(40)、祖母・寿美子さん(73)の3世代海女、ミキモト真珠島(鳥羽市鳥羽)で活躍する観光海女などの姿を追った。



海女さんをユネスコの無形文化遺産にという話もあるらしい。
鳥羽だけじゃなくて、日本中に海女さんいますからね。
来年4月からの朝の連続テレビドラマでも海女さんが注目されてます。か。

クドカン脚本の「あまちゃん」 来春の朝の連ドラは海女を目指す女子高生が主人公@MSN

 NHKは4日、来年4月から放送する朝の連続テレビ小説が、東北・北三陸で海女(あま)を目指す女子高生を主人公にした「あまちゃん」に決まったと発表した。



これは海女さんブームがきそうですね。
美人すぎる海女さんて言うのもいましたね。
やめちゃったようですけど。

こういう礼もあるので、この中川さんたちはマスコミで踊らされないで欲しいし、地元のために頑張っている海女さんは大事にしたいです。

それだけに、伊勢志摩と鳥羽で彼女を撮り合う格好になってなければいいんですが、と、おじさんは余計な心配をしたりするわけです。

何にしても、中川さん一家の幸せを祈っております。

【政治】政党の時代の終焉を望む:2012年9月27日




民主党総裁選は、現職の野田総裁の圧勝で決勝戦も無し。

自民党総裁選は、石破さんが地方票の55%を集めたのに、決選投票で現職国会議員が安倍元総理を選んだ。

この2つの総裁選を見ていて、これは、2大政党制を目指して進んできた選挙改革(政治改革になってないし)が、ついに政党の存在意義をぶっ壊してしまったのではないかと思った。

つまり、小選挙区比例代表並立制という現行の選挙制度がもたらした悲劇なのではないかと。

小選挙区比例代表並立制@Wikipedia

細かい説明は省くが、この制度によって、選挙が人物よりも政党の人気に左右されやすくなってしまった。
小選挙区では、二大政党制の場合は一騎打ちになることが多く、さらに比例代表は政党名での投票が個人名よりも多い。
国会議員は、一部の中枢と数合わせのその他の議員にわかれ、数の論理が幅を利かせるようになる。
数を取る選挙が中心になると個人の政治主張や地域の声よりも政党のマニュフェストが大事になってしまった。
1994年の導入決定時も2大政党制の実現という声に押されて当時の自民党総裁河野洋平が渋々受けたということになっている。目的は選挙費用の削減だった。
でも、その裏で小沢一郎が考えていたのは「数の論理」と一騎打ち選挙で相手を貶す手法の確立だった。

小沢一郎の存在がクローズアップされるのは、この選挙の強さと数の論理の徹底であり、それを推進したのが小選挙区比例代表並立制だったといえる。
そして、選挙が「政党の勢い」が大事で個人の選挙活動ではないことを証明したのが小泉純一郎だった。
彼が行った「自民党をぶっ壊す」と言う言葉で自民党に投票させるというギミックは、政党の力でしか選挙が動かなくなった時代の始まりで、結果、本当に自民党をぶっ壊したのが、今回の総裁選だったように思う。

こうした政党選挙が地方を代表する個人よりも大きいという時代の到来、そのひとつのゴールが今回の総裁選で、民主党は数合わせだけの政党だとバレたし、自民党は地方の声よりも国会内の権力闘争だけが幅を利かせていることが如実になったといえる。

誰もが、常に選挙のことを考えているのは、国会議員たるもの変わらないのかもしれないが、そこで主張される政治家個人の思いとやらは随分と変わってしまったのではないか。

選挙区で戦っているのは政党代表であって、地域代表の選出ではなくなってしまった。
だから、落下傘だろうがなんだろうが、勝てそうな人物ならばだれでもいいし、なんなら政党名さえ連呼できれば誰か特定の人物がいなくてもいいのだろう。

そして、比例で当選した誰だかわからない議員は、政党名で通ったことも忘れたかのように、次に当選しそうな政党に移っていく。政党名さえあれば自分の実力など関係ないことをよくわかっているのだね。

こんな選挙で国が良くなるんだろうか?
地方の声を反映しない総裁選びだけではなく、国民の声を聞かずに政党内の力関係と次の選挙だけを考えた行動ばかりの国会議員たち。

それを選んだのは国民だというけど、国民は選挙制度は選んでないからねえ。

政党政治優先の政治運営システムも国民が選んだものじゃないよね。
政党にならないとお金ももらえない、質問もできないような、国会議員一人ひとりが平等ではない政治運営は、本当に国民の声を反映したシステムだといえるのだろうか。

総裁選に現れた状況は、現状の国会運営システムと選挙システムが生んだ産物であり、それが、国民の声を反映する国会議員という存在を産まないシステムになっていることの証左だと思う。

さらに、総裁選の過程で政党が考え方を共有する集団でないこともわかってしまった。
政党は国会議員であることを保証してくれる組織であり、政党にいないと国会議員でいられないから所属する組織にすぎない。そう思っている国会議員が多いことが、あれだけ話がバラバラでも所属できるということから透けて見える。

それにしても政党を強化するような仕組みが、逆に政党の存在理由の崩壊を生んでいるというのは皮肉だ。

2大政党政治などと、アメリカやイギリスのような大人の政治が生まれることを期待したのに、日本は政権の争いから、ますます幼稚な足の引っ張り合いに終始し、揚げ足取りだの言葉遊びだのに堕してしまった。

政党政治など満足にできない国なのだから、小選挙区はやめて中選挙区に戻して、いろんな政治集団の共存する選挙システムにしてはどうか。
さらに、国の代表が毎年変わるような政治システムもやめて、ある一定程度の政党から独立した政権が誕生するような国会運営ができないものだろうか。

国民が望んでいるのは安定した政治システムで行われる長期的な視点に基づいた国家運営を行える政権であって、それが担える政党などどうでもいい。
だいたいそれはどうも、自民党にも民主党にも期待できそうもない。
しかも、今の選挙システムだとどっちかになるだけで、うまく進みそうもない。

だから、早く選挙制度改革を進めて欲しい。
定数の是正とあわせて、小選挙区と比例代表をやめて、全国1区でネット選挙を解禁してはどうか。
100万人に一人の全国区議員と、道州制の代表として、地域の首長を含めた地域代表議員の併用制で地域の声も吸い上げる。

政党は解散。各政党の不動産は没収して、国で一元管理。

そんな案を国民投票で決めて欲しい。
政治家は国民が選んだのだから、政治家の愚かなのは国民が愚かだからだと言われるけど、今の政党政治は国民が生んだものではないと思わざるをえない。

本当に国民が決められるような仕組みを国民の手で決めないと、これは本当に流れが良くないですよ。

テーマ : 自由民主党
ジャンル : 政治・経済

【原発】原子力規制委員会は規制のためだけでいいんだろうか:2012年9月21日




原子力規制委員会が発足した。

そして早速やらかしている。

原子力規制委、初日から…放射線データ公開不能@YOL

 原子力規制委員会が、発足初日の19日、東京電力福島第一原子力発電所周辺で観測された放射線量のデータを、ホームページ(HP)の不備で公開できなかった。
 HPが、このデータを載せる仕様になっていなかった。20日になっても、この問題は解決していない。情報公開を重視する姿勢で発足した規制委は、出だしからつまずいた格好だ。



文科省で流していただデータで19日から引き継いだという。
文科省でできていたことが、なぜ規制委員会でできないのか。

事務局の原子力規制庁は、HPの仕様を変える方針だが、「いつから公開できるか分からない」と話している。地震や事故などの緊急情報は、即時掲載できる仕組みになっており、同じ問題は生じないという。



本当にこの人達はまっとうに仕事が出来るのだろうか?
経産省とか文科省から横に流れてきただけで、新たに採用したりしたわけではないのに。
こんなことに「想定」が出来てなかったのだろうか。

規制委、放射線データ公開できず HP上で、発足初日から@Exciteニュース

委託業者との契約内容に問題があったためで、規制委の事務局は「これまで立ち上げ準備に注力し、発足後のことに考えが回っていなかった」と頭を抱えている。



このコメントもかなりユニークである。
発足した後のことを考えずに立ち上げ準備をするって、どういうことなのだろう。
そういうのを、その場逃れだというのではないだろうか。

原子力規制委員会ホームページ
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原子力規制委員会 (日本)@Wikipedia

環境省に新たに外局として原子力規制に関わる部署を設け、原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会、文部科学省科学技術・学術政策局原子力安全課の一部の役割など、原子炉施設等の規制・監視に関わる部署をまとめて移管することが検討された。



委員長の人選だとか、任命に黒海の同意を得ていないだとか、
相変わらず「首相のいうことを聞け」という民主党政府らしい対応である。

なぜ、あの政党の人は上に立つと「合意形成」だの「熟義」だのという言葉から遠いところに行ってしまうのだろう。

でも、それら以上に問題なのは、やはり「原子力規制庁」という名称なのではないだろうか。

「原子力」を「規制」するための部署というのは、バイアスがかかりすぎてないか。

原子力規制委 安全の「番人」務まるのか@中國新聞

トップの人選やその決め方に対し不信感が残るからだ。委員長に田中俊一・前原子力委員会委員長代理が就任した。日本原子力学会会長も務め、原発政策を推進してきた人である。



この国で原子力の運用について詳しい人は推進をしてきた人に決まっている。
なまじ原子炉だの原子核だのに通じていて、原子力発電の運用ということに通じてない人が上に立たつと、ろくな事にならないことを、昨年私達は散々見てきたのではなかったか。

コンピュータ犯罪の規制にはハッカーの協力が必要なのだ。
原子力開発の問題の規制には、原子力推進者の協力が必要なのは当然で、そこをどう監視しつつ、実働してもらうかだろう。
ハッカーに任せきりでも犯罪者のスキルが上がるだけだ。
多くの分野から監視の目と異分野からの意見を注入して、規制のあり方を見ていかないといけないだろう。

例えば、こういう言葉に誰が協力するかが問題なのだと思う。

再稼働について田中委員長は記者会見で「ストレステストや暫定基準にとらわれず新基準で見直す」と述べた。現段階より後退しないよう、より厳格な審査基準が求められる。



組織ができたからといって、彼らに任せきりにしてしまうのでなく、政治家の監視が必要なのは議論を待たない。
でも、その政治家が、自分勝手な理屈を「超法規的」とか「政治的判断」と称して持ち込むことを監視することもまた必要なのだ。
それがマスコミの役割なのではないか。

それがまた怪しいのだけど。

規制委発足 原発廃止を任務にするな@産經新聞

 規制委の仕事は、経済産業省の原発推進行政と一線を画す規制行政の強化である。だが、原発廃止の加速が、規制庁の任務ではないことを確認しておきたい。

(中略)

地震をはじめとする自然災害の多い国土で、より安全に原発を運転し、重要電源として活用していくための仕組み作りが、規制委に求められる任務である。

 選挙対策を優先した安易な脱原発論にくみすることなく、理にかなった規制と利活用を両立させる道を切り開いてもらいたい。



こうした意見はあっていい。
多様な議論が必要な問題なのだから。
でも、産経かあという思いがなくもない(笑)
ただ、この一文の中では、この部分は酸性なのだ。

原子力規制行政にとって、中長期的には、原子力発電の現場で通用する知識と技術を備えた人材の育成が不可欠だ。「原子力ムラの排除」という原理主義が人事に持ち込まれた結果、規制委メンバーにさえ、原子炉と電気の専門家を欠くという状況である。



原子力発電所を続けるにしてもやめるにしても、その専門家が必要である。
いまの原子力バッシングは、原子力研究者を育てないし、新たに原子力を研究しようという子供たちを増やすことはないだろう。

でも、原子力発電所はわからないままに触れるようなものではない。
まだまだ科学の力が必要であり、そこに資金が必要である。
原子力村のお抱え研究者の焼け太りを心配する声もあるが、研究を進めなければいけないのは切迫した事実だ。

そのためには「規制庁」ではなく、「管理庁」とかにしたほうが良かったのではないだろうか。
そして、この組織は名前以上に、様々な点から適正な管理が求められる部署であることは確かである。

その管理と監視が抜けていることを思い知らされる出来事が、この放射線データ公開不能であり、結局、体にいい経産省のリストラ人事だったのではないかと思わされるのである。

民主党も自民党も党首戦とかで浮ついている間に、役人にしっかり、色んな手を打たれているんだろうな、と思ってしまう。

【読書】「コミュ障」は流行りそうな気がする:2012年9月13日




最近、妻が中間管理職としての悩みを愚痴る事が多い。
そういうお年ごろなのだろうと思っていたのだけど、私も長年零細企業の管理職として、いろんな社員のうつ病やら出社拒否やら入院やら通院やらと対応していたのである程度経験はあるつもりで彼女の話を聞いていると、どうも最近はちょっと以前とは違うのではないかと思われる話が多い。

彼女の会社はIT系なので、私のいた会社のようなデザイン系とはタイプが違うからかとも思うが、どうもそう言う問題ではない話も散見される。
詳しいことは書けないけど、そうした事例を聞いていて思うのは、根性とか仕事の覚え方とか言うような問題ではなく、とっても現代的な病気なのだということ。
いま私は仕事で脳科学やら心理学やらと接しているので、どうもニュータイプが街にあふれているらしいことはわかってきた。そこに合致しているのだ。

そんな折、こんな本が出た。
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相からず素早く宣伝する社長ブログで拝見し、早速購入した。

それって、「コミュ障」!? そして、「悩み方の作法」 ●干場@ディスカバー社長室ブログ

コミュ障とは、リア充の反対というか、要するに、コミュニケーション障害の略。
新型うつ病、アスペルガー症候群、ADHD、パーソナル障害、、、、、
急増しているのは、社会の変化によるものか、病名がついたからかどうかはしりませんが、ともあれ、職場にめずらしくなくなったちょっとあれな人たち。



まさに、ウチの妻が悩んでいるような症例が盛りだくさんで、どうも彼女は「コミュニケーション障害を抱える社員を持つ上司」のようなのだ。

読んでみて、本書は、その文章のわかりやすさ、症例の多さに、さすが臨床の現場にいる方の書く物は一味違うと唸り、さらに、文中で精神科医であるご自身がADHD体質であることを告白されている事にも驚いた。

ADHDでも精神科医になれたのは「自分には勉強という得意分野があったから」と書いてあるあたりは、実は、重要な示唆を含んでいると思われる。
ひとつは、こういう自己分析の確かさがコミュ障であっても社会適応できるという実例だということであり、もう一つは「勉強ができると許されちゃう社会」の存在が、このコミュニケーション障害、略して「コミュ障」な人たちを取り巻く問題をややこしくしているということなのだ。

東大生の4割がアスペルガーだといった研究者(東大教授ではないらしい)もいるそうだけど、アスペルガーのような自閉症スペクトラムの病気は、集中して勉強するのは得意だから、東大にも入ってしまうんですよね。
そして、その過程で、社会性の無さとか協調性の無さが、特段問題にもならないような環境にある場合も多いから、気が付かない。

そして、会社に入って、お互いに困るわけです。
上司も、そして本人も。

そうした状況を、この本は実に的確に書いていて、思わず妻に本書を渡して読むように言いました。
ただ問題は、彼女が私の薦めた本を読まない傾向が見られることなのですけどね。



干場社長が書いているように、これは病気の本ではなくビジネス本だと思う。

ありそうでなかった、コミュニケーションやヒューマンリソースマネジメント系のビジネス書としても読める実用的な本です。



最近の部下がわからんなあと思う上司の人も、なんとなく会社とうまくいかない若者も、この本を読むといいと思う。
自分のことを見つめ、自分のトリセツというか、社会と自分の適応の仕方が見つかる本ではないでしょうか。




それにしても、コミュ障って、略語は、今後流行りそうな気がします。
「あのひとコミュ障だから」とか、言いやすいしね。

そうなると、またディスカヴァーさんは新たな金脈を掘り当てたことになりかねませんなあ。
何よりですねえ。

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【考察】mixiとFacebookは使い分けたいし、棲み分けたらイイと思う



昨日、ゴルフの行き帰りに車中で色々話していた中で、
mixiとかFacebookとかTwitterとかの話になった。

そのゴルフ仲間は、もともとmixiのゴルフコミュで知り合ったマイミクだから、当然mixiをやっている。
でも、Twitterはアカウントは持っているけどROM(Read Only Member)で、Facebookはなんとなく参加できないでいるという。

某大手企業に務めている人間からすれば、Facebookの実名登録な上に学歴も社歴も明かせというのが脅迫されているように思えるらしい。
それはその通りで、そんなことを明らかにしてオープンに自分の意見を書けるほど、日本企業はオープンではない。

誰かが読んだらどうしようと思うのは当然で、オープンに書いている人たちは、自営業か、ブロガーか、コンサルタントか、有名大学出身か、とにかく匿名ではないことが「有利に働く」人達で、フツーのサラリーマン(飲み屋でも会社名を言わない人たち)は、何でもかんでもオープンにして、多くの人と付き合えるはずもない。

その辺の小市民感覚とmixiは絶妙にマッチしていたのだと思う。

そして、そうした小市民の中には、仕事はどうか知らないけど、コミュニティでは絶大に力を発揮する人も居たりして、そういう人達の力加減・力関係というのは、また、別の世界があり、それはそれで難しい。
その匿名性に守られた本名も知らないような 「いま目の前の俺」「いま目の前の私」そのものとの付き合いが楽しいというのが、mixiのコミュニティ活動を通した私自身の実感だったりする。

コミュニティでの付き合いというのも、趣味を通じたものだから、そこにあるのは帰属する何かを通した評価があるのではなく、今眼の前で自分の経験を通して話している等身大の「そのヒト」の人間性が評価される場にもなっている。

それはそれで、かなりヘビーなもので、いつも自分の中にあるものだけが勝負で、所属や立場で虚勢を張ることも出来ない。
出身校で驚かれたり、あの◯◯にお勤めですかとか言われたりすることもないし、そういうもので他人を評価したり(属性からタイプをわかりやすく分類することはあるけど)されたりしない私にとっては、非常に気楽で楽しい場なのである。

あまり自分の手のウチを知られ過ぎない心地よさというのもあるのだから。

一方、ブログ読者とか、Twitter仲間との「よく知っているからこその気軽さ」という関係もまた新しい楽しさがあることも、ここ数年経験した。
Twitter飲み会や、Twitterゴルフ会などに参加して、お互いをフォローした付き合いというのもあることがわかった。それはそれで楽しいが、そんなにたくさんのヒトとは出来ないなあ、とも思う。しょっちゅうタイムラインを覗いても居られないし、どんどん流れていってしまい、結局、誰が何をしているのかわからなくなってしまうからだ。
オフ会であった時に、共通の話題を持つには、その人の体験をブログやツイートを通じて追体験しておく必要があるし、それがあれば旧知の仲のように一気に親しみがわく。でも、そうじゃないと、やっぱり何を話していいかわからないから結構疲れる。

mixi疲れとかTwitter疲れした人がいるというのもわかる。
人間関係なのだから、ましてや新しい関係性なのだから、なれないことには疲れないわけはないのだもの。

そこは、うまく使い分ければ良いわけだし、SNSやソーシャルサービスも住み分ければ良いと思う。
mixiのインターフェイスがどんどんFacebookみたいになっていくのを見て、ますますそう思っていた。

今日、こんな記事を見た。

Facebookユーザーはインテリ、mixiユーザーはオタク@Venture Now

10日、リスキーブランドが実施した「Facebook活用者」の分析によると、55~64歳のFacebook活用者は前年比734%の推定55万人(ID登録者は1,222万人)となり、若い世代を中心に支持されてきたFacebookが、同時にシニア層にも浸透してきたことがわかった。



と始まる記事は、フェイスブックユーザーに年配者が増えてきたことを中心に書き進めていた。

デモ気になったのは、やはりこの部分。

mixiとのユーザー比較をおこなった、価値観要素による分析では、Facebookユーザーは「地球市民意識」、「ユーモア」、「創造性」といった要素が特徴的だったの対し、mixiユーザーは「愚痴」「引っ込み思案」「甘えたい」「優柔不断」だった。

 生活者セグメンテーションを用いた両者の違いについては、同社では“Facebook活用者は生活に余裕があり積極的な価値観をもつ「ハイライフ」や知的自負心が高い「インテリ」といったセグメントに比較的多く支持されている”と指摘。一方、mixiは“控えめな価値観をもつ「ヒカエメ」やじぶんなりの価値観をもつ「オタク」というセグメントに比較的多く支持されている”と分析した。




「控えめ」で「優柔不断」で「引っ込み思案」な人が、ミクシーには多い。

なんとなく腑に落ちる結果だよね、これって。
だって、私の周りでmixiやっている人はそういう人が多い気がするから。
私も、そんな「控えめ」で「優柔不断」で「引っ込み思案」な人間の一人だから。

「控えめ」で「優柔不断」で「引っ込み思案」だって、ソーシャル体験はしたいじゃないですか。
そういう人がmixiやっているという結果が明らかになったのは、とてもいいんじゃないかな。

Facebookはどうも、とか、Twitterも怖いなあ、とか、タンブラーとかよくわからないし、とか、そういう人にミクシーがあるじゃない、といえるようなサービスに、mixiがなればいいんじゃないの?

こういう結果を見て、mixiのほうが「劣っている」ような錯覚とか「イケてない」と思うのは、きっと大事なものをなくすと思うなあ。

ぜひ、mixiには、この結果を受け止めて「控えめ」で「オタク」な私たちのSNSサイトで居続けていてほしいものです。

【まとめ】8月の「エフの次はG」の記事:2012年9月3日




もう一つのブログである「エフの次はG」で取り上げたツイート以外の記事をまとめておきます。

8月はゴルフに行ったので、そのへんが多いですね。

【ゴルフ】北海道で涼しく楽しく:苫小牧ゴルフリゾートエミナGC東コース

【ゴルフ】公式コンペでの惨敗にリベンジ:おおむらさきゴルフ倶楽部

【ゴルフ】ゴージャスなコースで楽しくコンペ:グリッサンドゴルフクラブ

惨憺たるものだった猿島でのゴルフのことを書いてませんね。
記憶から消したいのでしょうか?

ログに残しておかないといけないのにね。
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プロフィール

fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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