はてなキーワード: 駒込とは
大抵山手線に各駅停車(普通)以外の種別として快速などを導入するといった時に出てくる内容は以下の通り
鉄ヲタじゃないにわかな人間でも流石に特急や新幹線は知っているので、そうした駅は必ず停車駅に指定されている
東京・品川・上野は新幹線、新宿・池袋・渋谷は特急が止まるので指定されやすい
快速運転の可能性として京浜東北線のレール案の定期もあり、湘南新宿ラインや上野東京ラインなどの停車駅を踏襲するパターンもある
このため並行したレールがあっても山手線のホームしかない大塚・巣鴨・駒込やその付近はダサい駅もあって通過されがちである
テレビで特集される際に山手線の車両基地も紹介されるが、この車両基地の存在で池袋と大崎は停車駅に指定されることも多い
池袋については前述した理由で指定されやすいが、大崎は大崎止まりのうざさで通過されることも少なくなかった
近年はコミケや相鉄直通の存在もあって以前と比べるとマシにはなりつつあるが、待避線が存在する理由も含めてヲタじゃないと指定されない運命にある
コピペということなのもあってか、増田の他には?の同じノリで別の定期ネタであるインターネット老人会の乾電池FLASHで出てきたチャレンジングクイズ号も当然出てくる
なお乾電池FLASHは後にJRの駅で大騒動を引き起こしている
コピペには途中停車駅無しの始発終点同じ駅の種別が存在しており、今となっては氷河期以下に寒いネタが入れ込まれることもある
なおコピペでは超速という種別となっているが、山手特快になっていたり、特急パターンなど複数存在している(駅についても品川のみだけでなく東京のみなど、多少のばらつきがある)
コリアタウンのある新大久保駅は2ちゃんねるのコピペなどでは各駅停車すら通過することも見られる
前述した山手特快のように韓国特快と称して新大久保始発新大久保止まり途中停車駅無しを入れてフォロー()することも見られる
言うほど持たざる者か?
幼少時代
貴金属業を営む家庭に生まれる。一人っ子。2歳の頃から1年ほど、母の友人が運営していた幼稚園(プレスクール)に通園した後、駒込にある幼稚園に3年保育の予定で入園したが、校風が合わなかった。翌年、国立東京学芸大学附属である東京学芸大学教育学部附属幼稚園竹早園舎に抽選により入園[4][5]、のびのびと育つ。この頃に本郷から小石川に引っ越しをした[6]。 幼稚園からエスカレーター式に東京学芸大学附属竹早小学校[7]、東京学芸大学附属竹早中学校と内部進学をする。高校は内申点が不足していたため外部の学校を受験することになった[5]。
浦和明の星女子高等学校卒業後[8][9]、フェリス女学院大学[10]文学部入学。大学在学中、早稲田大学のサークル「ソウルミュージック研究会」に所属[2]。このサークルには、当時プロデビューする前のRHYMESTER(宇多丸、Mummy-Dは先輩、DJ JINは同期)がおり、旧知のサークル仲間である。
「ソウルミュージック研究会」のパーティーで、西麻布のクラブ「Yellow」でブラン・ニュー・ヘヴィーズの「Never Stop」を歌っていたところ、MELLOW YELLOWのKOHEI JAPANに認められ、1995年のアルバム「MELLOW YELLOW BABY」に3曲、ボーカリストとして参加している。 大学在学中にアメリカのミネアポリスに1年留学。1995年に帰国。翌1996年に大学を卒業[5]。
妻と別れ、一人暮らしを始めた駒込のワンルームにみずほちゃんはやってきた。
最悪なことに部屋での会話やプレイについては良く覚えていない。
覚えているのは、みずほちゃんの髪型、洋服、スレンダーなスタイル。あのとき僕は確実に一目ぼれしていた。
夢の時間はあっという間に過ぎてしまい、みずほちゃんの携帯に店からコール。あと10分でお別れのサインだ。
シャワーを一緒に浴びて身なりを整える。
エレベーターで1階に降りた。
迎えの車は?と聞くと、
今日はもう上がりだから電車で帰るというので駅まで送ることにした。
もしよければ、少しご飯でも食べない?
いいよ、と明るくかわいい返事だった
みずほちゃんはお酒が好きとのこと、そういえばさっき部屋でプレイ前にもビールで乾杯したのだった。
ここでも何を話したのかは全く覚えていない。
妻と別れ、女の子と一緒に酒を飲むという状況に酔ってしまったのかもしれない。
二軒目で別の居酒屋へ行き、そこで飲み過ぎてトイレで吐いた事は覚えてる。
なんだかんだ23時くらいまで飲み、タクシー代5000円を渡して別れた。
本当に何を話したのか全く覚えていない、それなのに僕はみずほちゃんの携帯番号を奇跡的にゲットしていた。
この日から始まったあきちゃんとのかけがえのない約15年を、少しづつ思い出しながら書いていく、
少し長くなるかも知れないが、書くことでこの思い出を確かなものにしたいので。
いつか書こうと思ってたあきちゃんについて、忘れることはないと思うが、万が一の事があるので書き残しておこうと思う。
あきちゃんとは僕が35歳で嫁と離婚し駒込で独り暮らしの頃、プレミア赤坂という本◯ありデリヘルでみずほという源氏名で働いていたとき出会った。長身スレンダーで当時おそらく23歳くらいだった。
確か90分35000円と高級な部類で、顔出しはしていなかったがデニムワンピースが可愛くて、写真指名したのを覚えている。
受付に電話しみずほちゃん指名と伝えると、もう上がりの時間だという。仕方ないと諦めたのだが、少し後から電話があり、本人がぜひ行きたいと言ってるとのことで、駒込の部屋に来てもらうことにした。
デリヘルは待ってる時間がたまらない、チャイムが鳴る瞬間、心臓が止まりそうになる。
王子神谷駅と東十条駅の間あたり、都心へのアクセスが異常に良いよね。
王子神谷から南北線で他の地下鉄乗り換えはだいたい網羅できるし、東十条から京浜東北線で東京方面はすぐ。駒込で降りて山手線乗り換えも可能、一駅戻って赤羽に出れば埼京線や湘南新宿ラインで池袋新宿渋谷方面へも。あまり需要はないけど王子から都電荒川線もある。
うちも転勤で否応なく北区に住み始めたくちだけど西だ東だキラキラがどうのこうの…ってあんまり思わなかったな。
地方暮らしが長くて北区でも大都会に見えた。引っ越してきた当初は、ひぇ〜ビルばっかり!環七!北本通りって明治通りなのか、TVで聞いたことある名前!飛鳥山?知ってる!徳川吉宗が花見した!(←正しくは桜を植えたらしい)、人がたくさん歩いてる!(それまで車社会で歩いてる人滅多にいない土地だったので)、社宅マンションにエレベーターついてる!徒歩圏内にコンビニが何軒もある!スゲーー…と思った。
幼児や小学生抱えて生活しててキラキラした所に出かける用事なかったのもある。ああ、そういえば大宮の鉄道博物館にも行きやすかったので子供連れて何度か行った。車で鹿浜の都市農業公園や交通公園にも行ったな。
1500万程度の収入で都内にそこそこの家は買えないので創作増田を書き直してください
都内のファミリータイプのそこそこ賃貸は40万からスタートです。手取りならともかく、年収1500万程度ではかなりきついはずです
あと、都内の最高級住宅街では無いですけど、駒込あたりの高台には、年収3000万程度ではどう考えても無理な家が立ち並んでいます
つーか、SUUMO見るレベルで2億以上の都内の家ゴロゴロしてますし、10億払った上で、管理費+積み立て金が毎月100万するマンションもゴロゴロあります
東京でおそらくゴミにならないと思われるファミリー向けの家を買うには、どんなに低く見積もっても最低1.2億の資金は必要です
その資金が用立て無い場合は、不動産投資を本業にできる程度の物件目利きが必要です
それも無い場合は、インテリアセンスや需要発掘センスが必要です
年収1200~3000万くらいで、築10~40年のマンションや戸建てを買って、リフォームして、2~5年毎に住み替えている人もいます
インテリアセンスや需要発掘センスがあると、『家具付きでください』『このライフスタイルでください』と、ほとんど減額することなく、
次の人に譲る事ができるみたいです
すすきのは飯屋や大人のお店が多い。新宿みたいだ。新宿を半分くらいの大きさにした感じ。
アイドルとかが売り子したりしてて、都会なんだな〜と思った。
札幌は、いろいろな企業が、新商品を全国に出す前に、札幌で出してみて反応を見たりするらしく、やはりいろんな新商品が置かれていた。
コンカフェで楽しめたが、コンカフェは東京よりレギュレーションが激しいというか、変なサービスは一切なかった。ちなみに、日本一すごいという噂のダークマターというコンカフェも札幌で、そっちはリスカで作ったドリンク提供で一時閉店などで話題になっていたところで、逆にすごいらしい。
札幌は、レベル高いところと新しい突飛なものが交錯するカオスでいい感じだなあって思った。
ホテルは高くて予約も一杯でなかなか泊まれないが、ニコーリフレってカプセルサウナは安くていつ行っても泊まれたので、ニコーリフレに宿泊がおすすめか。
二乗市場ってのが海鮮で有名らしいが、夏は時期じゃないのか、そこまで海鮮がうまいと思わなかった。昔、春先に函館で食べた海鮮は美味しかったのになあ。
東室蘭は、札幌(北海道の真ん中らへん)と函館(北海道の下の方)の中間地点くらいにある。
札幌と函館の中間地点は結構寂れたエリアなんだけど、登別や洞爺湖やニセコなどの温泉やキャンプやスキーで有名な場所がある。
その辺りの地域には、東室蘭という、埼玉の田舎くらいの栄え具合の街がある。東室蘭からなら、登別や洞爺湖にはバスで比較的簡単にアクセスできる。
ちなみに、東室蘭は本当に泊まるだけだったが、住むだけならギリギリ行けるかなくらいの坂ええ具合がある程度なので、東室蘭を目的に観光は微妙。
今回は登別へ。
温泉は改装中とかで入れない温泉が多かった。夏の時期はそんなもんなのかな。
入れるところもあったので、入ってみた。登別温泉は確かに一流温泉だなあとは思った。
ただ、バスでの移動に数時間とかかかるエリアなので、東室蘭以外からだときついかも。
東京理科大の基礎工学部という学部の生徒は、東京で入学式の途中に、長万部に連れていかれるという謎の制度がある。
1年間、長万部の校舎で寮生活をするらしい。ちなみに現在では基礎工学部ではなく国際デザインという学部が長万部流しにあうらしい。
そういう、変な制度があると聞いてから、一度は見てみたかった東京理科大長万部校舎。
結構小さい建物で過ごしてるんだなという感じ。東大とかの建物1つ分くらいの中で、講義があって、食事があって、体育館があって、寮があってって感じ。
駅前で有名だというカニめしを買って食べたが、う〜ん、普通の駅弁のカニめしって感じ。
ニセコはスキーで世界的に有名で、英語バリバリ通じる地方とのことだが、マジで普通の田舎だった。
外国人が土地を買いまくって、億ション立ちまくりだ!みたいな話を聞いてワクワクしていたが、景気の良さは一切ない。単なる本当の田舎。
夏はキャンプ場が有名らしい。
小樽は飯を食うだけで寄った。
飯は美味かったけど、飯屋の女主人の絡みがうざかった。
小樽の印象はこの飯屋の女主人一発で最悪になった。
富良野のラベンダー畑はyoutubeで見れるような感じまんまが広がっている。
観光客は無茶苦茶多く、噂では1日数千万円の売り上げとかってタクシーの運転手が言っていた。
まあでも、田舎は田舎って感じではある。一面ラベンダーというより、一面田んぼと水平線の向こうまで続く山々って感じ。その中にラベンダー畑がある。
旭川は、東京でいえば駒込くらいの栄え具合だった。ホテルはどこも高くて予約でいっぱいだった。星野リゾートがあるからかな?
旭山動物園は、展示頑張ってるなあと思ったが、小さめだから時間的にはすぐ終わってしまう。
夜のニュークラ(キャバクラ)では、苦学生が多くて、ビビった。旭川には塾講とかで稼げるところはないのかなあ。
旭川に、銀座があるとは、、、銀座って感じはないが、なんか、こち亀で出てくる昔の浅草みたいな素朴な通りが銀座って呼ばれてる。
男子生徒の猿のような声が聞こえてきて、微笑ましい。
こじんまりした感じ大好きだ。
女の子たちは、就職終わったばっかりらしく、弛緩した雰囲気の子たちが多かったね。
これマジ??
ニセコって駅に行って、心配になる程駅がど田舎駅そのもので、わけわからん鐘が置いてあるところが寂れた村感マシマシで。
「村役場があるじゃん、ここにいけば、流石にニセコの中心でしょ」ってニセコ村役場まで歩いて。
マジで単なる田舎で、「ニセコの億ションどこよ?」で帰ってきてしまった。
まさか、ニセコ駅ではなく、全然ニセコ駅から遠い倶知安町駅にニセコがあるってそんなあ。。。
そんなあ。。。
これトラップすぎない?すすきの駅降りたら、二条市場が呼びまくってる感じマシマシの看板群なんだけどお。
なんだよあの「海鮮ならここ!!」!みたいな案内。
トラップすぎるじゃん。
しかも、「千歳空港の佐藤水産でもなんとかなる」ってなにそれえ。空港で食べれるんなら、北海道旅行の意味ないじゃないですか、地元で最高の海鮮出してくださいよ!
>元旭川民から ラーメンで辛いってどこで食べたんだろ 濃いはあっても辛いラーメンがよくわらん
新子っていう、鳥の丸焼きに照り焼きソースかかったやつがラーメンと一緒に出てきて。
ホルモンが塩辛くって、新子も塩辛くて、ラーメンの味がしないくらい塩辛かったです。
でも、たくさんラーメン店があったから、あれは旭川ラーメンじゃなかったのかも。
旭山動物園の旭山ラーメンの方は、普通に美味しい味噌ラーメンでした。
>「北の国から」の舞台の辺りは富良野の市街地から山の中に大分入らないと行けない。
あなたは脱ぎたてのぱんつをその場でもらったことがあるだろうか。私はある。しかもお金を払ったりとかではなく、純粋なプレゼントとしてだ。
学生になって初めてやったバイトは田端駅前のハンバーガーチェーン店だった。授業の関係で開店直後からお昼前までのシフトにほぼ固定で入ることが多かった。
シフトに入る顔ぶれも同じで、ちょうど同じ時期にトレーニーとして入ったのがMちゃんだった。ギャル系のファッションがまだ流行っていた頃で、日焼けした肌に金髪のカールがかかったヘアスタイルはある種の圧があった。話してみるとMちゃんは飾らない人柄で親切だった。私はバックヤードでバンズやパティを焼いて、Mちゃんはレジ担当になることが多かったから勤務中にあまり接点はなかったけれど、上がる時間がだいだいいつも同じで、そのまま田端駅から山手線へ一緒に乗って新宿まで向かう間にいろいろな話をした。
Mちゃんは気さくな感じで人と話すときに物怖じしなかったから、自分も彼女を取り巻くたくさんの人々のひとりに混ぜてもらっているだけだと思っていた。お互いに馬鹿な話ばかりをつないで、つないで、テンションを上げておくのが自分の役割なんだろうと思って、そういう役に徹しているつもりでいた。だからMちゃんが今月末でバイトを辞めるといったときに、最後に一緒にご飯に行こうと向こうから誘ってきたのは正直、意外だった。
どちらも毎回新宿まで出ていたのだから新宿で店を探せばよかったのに、その時はなぜか田端の次の駒込まで一緒に歩いた。途中のカフェレストランみたいなところに入って、どんな話をしたかもう細かく覚えていない。海が好きなMちゃんは茅ヶ崎に引っ越してネイルサロンで働くのだといっていた。魚が美味しいから遊びに来なよ、うん行くわという話をした気がする。
その後は六義園に行った。中を歩き回っているうちに手を繋いだりして、なんだかお互いにいい感じになってしまった。でもその頃はどうしたらいいか正直わからなかったし、なんの技術も持ち合わせていなかったから、たんにあせった。Mちゃんは物足りないかもしれない、申し訳ないという気持ちが少しあったけれど、ほんとうにどうして良いかわからなかったのだ。だから、Mちゃんが何かプレゼントしたいといったときに、思わず、ぱんつが欲しいといってしまった。Mちゃんはわらって、ええ〜、エロじじいじゃんみたいな反応をしたけれど、いいよと耳元にささやいて、木の陰に私を引っ張っていった。そしてその場でスカートの足元からぱんつをするりと抜いて手渡してくれた。紫だった。私は何かよくわからないことを言って、それをそのままポケットにしまった。
Mちゃんが茅ヶ崎に引っ越してから会いには行っていない。ぱんつはどこに行ったか。捨てられるようなものではないから、そうした記憶もない。だからまだどこかにあるかもしれない。
こまごめピペットという名前は以前から気にはなっていたのだ。どういう状況で使うのかまるで覚えていないその理科の器具は、こまごめという名前のかわいらしさだけが強く印象に残る。
こまごめ。そういえば地名に駒込ってあったな、と調べたら語源はまさに駒込。こまごましたものを吸いとる的なニュアンスではなかった。
手元のキャンパスノート。無論コクヨのだ。これにも元ネタがあるのかもと思って調べたらまさかの『国誉』。いかつい。国誉のキャンパスノート、あんまり買いたくない。
こまごめのように漢字を平仮名にしたり、国誉 → コクヨのように漢字を片仮名にしたりすることでイメージはまるで違ったものになるのは面白い。
それにしても『こまごめピペット』のかわいらしさに比べて『駒込ピペット』の愛想無さったらない。漢字のままだったら教科書には載らなかったんじゃないか。駒込を平仮名にと提案した人は内部では叩かれたろうが良い仕事だと思った。