はてなキーワード: 難産とは
ガンダムを題材にしたロボットアクション物、シミュレーション系の新作が出なさ過ぎて、PS2時代ぐらいまで遡ってゲーム遊んでる。
今のバンナムは完全にガンダムIPもののゲームを基本無料系にシフトしてるし、今の時代だとガンダム1作品でパッケージソフト化するのも無理だろうしで
(ガンダム00の時点でDSのやつとPS2のガンダムマイスターズだけだった)
しゃあないなとは思うけど、HD機進出した辺りでもうちょいラインナップに幅持たせてくれてたら
遊ぶ物に困る、みたいな事態にはならなかったのになと思う。
今思うとSLG系に強いコエテクと組んでたんだから、ガンダム無双とかempiresみたいな拡張出せば良かったのにね。
ガンダムブレイカーは色々あって新作が戻ってきてくれたけど
Gジェネがエターナルで成功した今、コンシューマーの新作は5年以上は出せないだろうし
SLG系はスパロボだけが支えになりつつある。そのスパロボもYが難産過ぎて「スパロボすら駄目なのか…?」って怖かったが。
もう使い回しとか文句言わないし、出してくれるだけありがとうな領域入ってるから
末永く続いてくれる事を願いたい。
ここで「会陰切開をしなければ赤ちゃんは産めないの?」と疑問を抱く人も多いでしょう。
世界で初めて会陰切開が行われたのは1742年という記録が残っています。アイルランドで難産の女性の分娩を進行させるために行われました。それ以前は、会陰切開をせずに分娩するのが一般的だったのです。
会陰は約5倍まで伸びると言われています。これにより膣は約25cm前後まで広がります。しかし、赤ちゃんの頭位は平均33.5cmです。そのため、女性の会陰が裂けてしまうことも少なくありません。
会陰が裂けてしまうことを会陰裂傷と言いますが、軽度の会陰裂傷であれば傷の治りは早く自然に起こることなので特に大きな問題はありません。
しかし、会陰の伸びが悪い場合や赤ちゃんの頭が大きい場合、重度の会陰裂傷を引き起こしてしまう可能性があります。重度の会陰裂傷になると尿道や肛門まで裂けてしまい、傷の治りも遅く産後のママの体にとって大きな負担となるでしょう。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2554442
ブコメ「一人目が帝王切開だと二人目も帝王切開になるし、万が一三人目を妊娠したときに中絶が選択肢に入ってくる。無痛分娩のほうがいいんじゃないかな。東京だと補助金が出なかったっけ?」
待て。帝王切開は出産で陣痛が痛いの嫌だから選択してやると思ってのコメントなのかこれは。
日本じゃ「手術しないと産まれない、または死ぬ危険性が高いから」やるもんなんすよ。痛いのやだからやるもんじゃねえ。そもそも手術なんだから痛くないのは術中麻酔きいてる間だけで麻酔切れたら痛いだろ!内臓まで切ってるねんぞ。
逆子や多胎で、経膣出産したら窒息死か低酸素脳症で重度の麻痺になりそうとか、母体が妊娠高血圧で経膣出産したらほぼ死ぬとか、母体の心臓が弱いとか、難産で生まれず胎児の心拍落ちてきたとか、子宮破裂で30分以内に手術しないと母子ともに死ぬとか、1回以上子宮にメス入れてるから帝王切開でないと子宮破裂して死ぬとかエトセトラエトセトラ、そんな医学的理由があるときにやるんだよ帝王切開。
某日。飼い猫と家の駐車場にてたむろする。
猫は、白いコンクリートの上で背中を擦り付けゴロゴロするのが好きな生き物だ。人生30年あまり、代々の猫を観測してきてそう思う。
その日はふと、地面のにおいを嗅ぐ仕草。その仕草をするならば、半径1メートル内に必ずうんちが存在するといっていい。もちろん、飼い猫のうんちではなく、野良猫の致したものである。
草むらっぽいところであれば、猫のおしっこのにおいがプンプンしてくるし「トイレ」になっていることは想像しやすい。
果たして、私の家の駐車場をトイレにしている猫がいるのだろうか?
私の左足斜め前に、黒く光る玉があった。
見覚えのあるものだった。
玉は、おたまじゃくしのような、浅草のアサヒビールの本社のオブジェのような、「うにようにょ」部分が付いている。よくよく見ると毛の塊のような。
これは、猫のうんちで確定であろう。
猫は、うんちがとても難産である。それゆえ、トイレでもかなり踏ん張っており、キレが悪かった際にはケツを床に付けてずるずると前進する姿も見せる。そのアホさ加減は半端ない。
今までどれだけのうんちあとを見てきただろう。目の悪い年をとった母親には見えないけど、家のいたるところにあるんですよ、ケツ(うんち)の通った道が。
ただ今回の場所はコンクリートということもあり、うんちあとはわからない(犯行時間も判断できない)。
しかし……
うんちの少し後ろには、白い毛が地面にぴらぴらと張り付いていた。
絶対猫がうんちのキレが悪くて、うちの駐車場でお尻ズリズリして、うんち1個と毛を落としてったに違いない。
でも現場は見てないのだから、お尻をズリズリした猫は、まるでシュレディンガーの猫のように私の中に潜在している。
妻とは大学の時に知り合い、在学中は顔見知り程度だったが就職先が同じ業界だった縁で親しくなり20代半ばで結婚
すぐに子供ができた
妻は出産後も仕事を続ける意向だったが、難産で大量出血し数日間意識不明になり産後も数ヶ月入院
次第に治ってはいったが、後遺症なのかしばらくは考えることが難しいらしく会話のレスポンスが異常に遅くなったり支離滅裂なことを言ったりした
本人も自覚しており、当時は治るかどうかもわからなかったので気に病んで退職した
その後治り、昔のように早口でペラペラ話す人に戻り、出産に対する恐怖心がお互いに薄れていったので二人目をつくることにした
でも中々できない
通院するようになり、ひどい難産だったが妻の体の方には問題はなく、俺が乏精子症なのだとわかった
原因はよくわからないが他の健康状態に問題はないので先天的なものかもしれないと言われた
医者は「奇跡的に自然妊娠することもある」と苦笑い、そんな奇跡はなかなか起きねーよと嘲笑するようでもあった
妻はブチギレ、命をかけて産んだのにひどいと泣きわめき、こんなに取り乱すのはクロってことなんだろうなと確信した
嫌がられたが無断で鑑定した結果、父権肯定確率は99.9%で子供は奇跡が起きてた俺の子だった
鑑定結果を見せて謝罪し、奇跡が起きるなんてすごいよなと話すもまたも妻はブチギレ
食事や洗濯はしてくれるが透明人間のように扱われてまったく話してくれないようになった
子供は普通に接してくれるが「お母さんを家から追い出そうとしたんでしょ。お母さんが怒るのは仕方ない」と言う
ブチギレのやりとりなどは子供には見せてないので、妻がまだ小学生の子供にそう説明しているということだ
もし子供の父親が別人だったとしても、そんなことするつもりはなかったのに
子供は態度が悪くなったりはしていないが妻側についており「離婚するならお母さんについていく」と言う
自然妊娠は難しいと医者に直接言われネットで調べてもそうだったから、ただ真相を知りたかっただけなのに
二人目をつくるどころではなくなったし、そのうち離婚になるかもしれない
失業中の知り合いがこの間「暇だと幸せって何かとか余計なこと考えちゃうんだよなぁ」と言っていた
だから働いて考えないようにしてたほうが健康的で幸せだとのこと
俺の人生は生まれるのが辛い(難産)から始まり、尿の我慢が辛い、起床が辛い、集団生活が辛い、授業中じっとするのが辛い、聴覚偏重の世の中が辛い、フルタイム労働が辛い
といったように辛いことの連続だった、現在進行形だから連続だったingって感じだ
だから幸せに生きるにはどうすればいいか考えるというのはクセであり、生きがいであり、珍しく辛くないことであり、人生であった
そんな自分にとって「幸せについて考えるのが余計」というのはだいぶ驚きだったんだけど、思い返すとたしかにそれが一般的なのかなと思うようになってきた
残業なしでもフルタイム労働はキツイと思うのだけど一般的にはホワイトらしい、それは思考できないくらいに疲れてる状態こそが幸せなのがマジョリティだからだろう
会社のシステムが不便でも何も言わない社員、辛いことの打開策を考えるということが癖になってないからだろう(すぐ不満が思いつくのすごいねって皮肉られたことがある)
なんにせよ日本では幸せについて考えることが一般的じゃないみたいだ
どおりで幸せ関連の話をしたときに反応が微妙だったんだなぁ、幸せテーマは封印しないとなぁと
また辛いことが増えてしまった
「みんなの力で暴力」の立て看板の全文は「「みんなの力で暴力追放」で、実は暴力事件が沢山あった地域だったっていう棘がバズってるけど、
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2306458
「暴力はいいぞ、ケンシロウ」のアミバとか「暴力は全てを解決する」のコマとか入れられているが、こういう看板のいう暴力って一般的な暴力じゃないのよ。民暴なのよ。
こういう看板は昔は沢山あったけど今は限られている。今は駅前、寂れた商店街、警察署が多い。
その看板の名義見た事あるだろうか?警察、ライオンズクラブ、ロータリークラブ、商工会、JC(青年会議所)が多いのだ。
ライオンズクラブ、ロータリークラブは共にフリーメイソンのスピンオフみたいな組織で経営者が多い。地域の実力者や法人が加入しているのでコネが欲しい経営者も加入する。
で、一番多く建てられた時期は平成の初期だ。
この当時、ヤクザ問題が深刻化していて、ハリウッド映画にも凶悪なYakuzaとしてよく登場している。
ヤクザは様々な犯罪を起こすが、国家権力、特に警察が重要視していたのが経済がらみの犯罪や犯罪紛い行為だ。
今では考えられないが、当時は会社の経済活動にヤクザが絡んで来るというのは当たり前の風景だった。総会屋などは商法改正でパージできたが、民事紛争でヤクザが出張ってくる事件屋とか、不動産物件を購入や落札したのにヤクザが居座っている占拠屋とか、会社間の債権がヤクザに売られて取り立てに来るとか、色々とキリがない。他社と揉めたら会社の前に右翼の街宣車が来て「糾弾」が始まったりする。
必ずしも金を要求されるわけじゃないが、どこかに対して経済的な見返りをしないと収まらない。その相手はヤクザの企業舎弟やヤクザに金払った会社だったりする。
一度関係が出来ると延々としゃぶられる。
こういう状態に関して警察が働きかけて「紛争でヤクザを使うな」と呼びかける為にそういう看板を設置させたのよ。「暴力団を使うな」じゃないのは、企業舎弟とか経由するからヤクザと直接の関りとならないから。
今はこの「暴力」追放が使われなくなったのは反社という概念が出来て浸透したから。
平成初期はその概念も無く、ヤクザがあちこちで経済活動に関与しているのは当たり前の状態だった。そこからヤクザを取引や紛争解決の場から排除しようという流れに持って行くための警察の活動が「暴力追放」という看板の設置だったわけ。
新暴対法は1991年に施行されたが、最初はあまり効力を産まなかった。
ところがそこから警察があらゆる手段を取るようになってかなり物騒な事件が続出した。例えばパチンコの三店方式は警察がパチンコ店主を説得して導入させたものだが、この導入初期には営業中の店への銃撃事件やダンプ突っ込み、バキュームカー逆噴射、店主の傷害事件などが起きている。
それらに対して警察は身を守るという約束をして用心棒を兼ねて警察OBの天下りをさせるようになった。パチンコもうけ過ぎの構造はこういう経緯があって出来たもんだ。
当然今までトラブル解決をヤクザに依頼していた会社はマル暴デカに脅されるし、企業舎弟との取引がある会社も切れと警告される。ヤクザは「警察と俺等とどっち取った方が安全か判るよな」と脅す。
そういう中で民暴という概念を啓蒙して流れ作るために警察が経済人の組合抱き込んで設置させてたのがああいう「暴力追放」看板なのよ。だから設置者がPTAとかじゃなくて経済団体ばかりなのだ。
ってー事で「暴力追放」看板は古い(平成初期)のばかりなのだ。21世紀に入ると反社概念が周りはじめて対反社条例などがどこにでも出来、「暴力追放」概念は過去のものになったから。
あと、ヤクザが地場産業企業とくっついていたので、市長がヤクザ関係者とかそういうのも普通にあった。
何しろ高度成長期まで遡れば、労働争議に会社にやとわれたヤクザが突入してストライキしてる側を殺したりとかもあったわけで。
地上げで、ヤクザ金融から金借りた債務者のどっかの経営者が普免しかないのに大型ダンプ運転してハンドル操作ミスって「偶然」地上げ受けてる家に突っ込んだり、放火されて死んじゃったりとか。
そういうの根絶するにはその犯罪取り締まるだけじゃなくて、面制圧して干す必要があり、それには経済活動から排除するっていう機運が必要だったのだ。
私は退院当日だったこともあり、夕食作りのすべてを夫に任せて赤ちゃんとリビングで座って待っていました。そして夫が夕食を持ってきてくれて、そのごはんを2人で一緒に食べていたときのことです。私は産後、軽度の腱鞘炎になったこともあり誤って箸を落としてしまいました。夫に思わず「(箸を)拾って」とお願いしたところ、何も言わずに拾ってくれました。
その後、おかずを口元にこぼしてしまった私。ティッシュでふき取りたいけれども、ティッシュ置き場は立って数歩歩かないといけない距離にあったのです。数歩歩くことですら当時の私にはしんどかったので、夫に「ティッシュも取ってきてほしいのだけれど」と2つ目のお願いをしました。そこで夫からの衝撃なひと言が……。
夫は「出産直後だからって、甘えんなよ。自分でやれることは自分でやれ」とひと言、冷たく私に言い放ったのです。急に自分のなかにこみ上げてくる怒りの感情がありましたが、難産からの退院初日の私には怒る気力も湧かず「ああ……」としか言えませんでした。
夫もごはんを食べているのに2回も箸を止めるようなお願いをしたからイラッときたのだなと、今ではそう思えるのですが、あのひと言は今でも忘れられません。
ささいなひと言かもしれませんが、今でもあの出来事を思い出し「退院直後の弱っている私に、よくあんなことが言えたものだ!」と怒りに似た感情が湧きます。人生で一番弱っている時期に「甘えるな」と言われ、その後は少し夫不信になりました。数年経った今では笑い話にできるくらいになりましたが「産後の恨みは一生の恨み」という言葉の意味を理解できた一件です。
無痛分娩って「あらゆるリスクがあるけれども、まさか自分にはそんなトラブルが起きないだろう」っていう気楽さがないとできないものなんだ
無痛分娩したママが「吸引分娩で大変だった」「鉗子分娩でたいへんだった」と苦労アピールすることがあるんだけども
いやいや、無痛分娩を選ばなければあなたは吸引、鉗子分娩にはならなかったのかもよ?と言いたい
陣痛が完全になくなって、助産師がモニター見ながら「はい、今息んでください」って指示する出産は、よくよく考えたら怖くないですか?自分のからだのことなのに息むタイミングすらわからなくなるって怖くない?
無痛分娩を選んだら鉗子分娩になり、自分の赤ちゃんが血まみれになって「こんなことなら普通分娩にすればよかった」と泣いて後悔する人もいる
さらに怖いのは無痛分娩のための麻酔をうったことにより髄液がもれて頭痛の症状がでること
どんなに気を付けていても、まれなことなんだけど髄液が漏れて頭痛の症状がでるというのは、可能性を0%にすることができない
楽をするために無痛分娩を選んだのに髄液がもれてひどい頭痛に苦しんで、入院中ずっと横になることになって赤ちゃんのお世話ができないっていやだと思わない?
「無痛分娩はもっとひろまってほしい」「無痛分娩は最高なんだよ」と言っている人は無知なんだと思う。自分がするのはいいけど、リスクがある出産方法を他人に安易にすすめるな
計画分娩のデメリットと無痛分娩のデメリットがあわさって難産になることがある
人工的に起こす陣痛は自然な陣痛よりも弱くなる傾向があり、無痛分娩に使う麻酔薬がさらに陣痛を弱めて赤ちゃんを押し出す力を弱めたりする
無痛分娩を選択するときは、あらゆるリスクはあるけれど、自分に限ってはトラブルなんて起きるはずがない
トラブルが起きる確率は低いんだから、まさか自分が危ない目にあうはずがない
っていう根拠のない自信を持っていないとできない
難産で妻が相当な深傷を負っており、出来ることはこちらでやらねば、なるべく俺が家事、育児もおむつ替えも、と張り切りすぎてたのか、心身のダメージが蓄積していっている。
もともと鬱持ちでセルフコントロールが下手くそな自分なのだが、妻から「顔がヤバい」と言われるくらい消耗してるらしい。
昨夜も我が子が夜中泣いてたと妻から聞いた。
俺は何してたかというと、張り切ってるくせに疲労がすごくて、全く起きられなかった。
妻からは寝る前にあやしてくれたから助かった、と感謝されたものの、ほぼ大怪我を負ってるのと同じ妻のサポートができていないので、ただただ申し訳ない気持ちに襲われている。
出産前は仕事が忙しい俺の分まで料理や掃除をしてくれていた妻。
休みをもらった今こそは彼女の分までやってやるぞ、と思った矢先に心身がボロボロ、妻以上に満身創痍になってしまっている。
これを一人でこなしてるお母さんがいると思うと、つくづく社会の不理解が悲しくなってくる。
これを一人でこなさないといけない苦労、いかほどのものかはほんと体験しないとわからない。
なかには育休なしで仕事をし、育児はお母さんに任せているお父さんもいると思う。
育児、相当にきついよ。
コロナ前まで毎週のように飲みに行ってた友人たちとの縁がこのまま切れてしまいそうな気がしていてしんどい。
増田 女。既婚 0歳子持ち
友人A 女。既婚(友人Bの妻) 子なし
友人B 男。既婚(友人Aの夫) 子なし
友人C 男。独身
2020年春まではほぼ毎週のように飲み会をしていたが、コロナの流行から開催が難しくなり、会う機会がめっきり減った。
友人CがAB夫婦のご近所に引っ越したため、増田抜きでの飲み会開催がしやすくなったようだった。
友人Aが友人Cと同じ会社に勤めるようになったため、さらに増田抜きでの飲み会開催がしやすくなったようだった。
会わない間に友人たちが競馬と麻雀を始めてハマったらしく、たまに会っても話についていけないことが多くなった。
2021年に結婚したが、感染増加が落ち着いたタイミングで遠方の実家に挨拶に行くことになっていた。
増田の実家はコロナにうるさいのでそれまでの不注意で感染するわけにもいかず、飲み会を再開している友人達には「結婚の挨拶が済んだらまた参加するから」と断っていた。
実家への挨拶が済み「もうコロナ無視して飲みに行ってやるぞ」と思ったタイミングで私の妊娠が発覚した。妊娠中は常に体調が悪く、外出もままならない日がほとんどだった。
今は比較的都心部に住んでいるが、もうじき郊外(都心まで約2時間)に引っ越すことになるため、ますます会う機会が減りそう。
夫婦でコロナに罹った際、友人ABCに頼って食料の購入などをサポートしてもらった。
私の就寝中に夫が荷物を受け取ったのだが、その際の態度が悪かったらしく数ヶ月後にCから「あの時の旦那の態度にモヤモヤしている」、Bから「確かにあの態度は色々してあげてたAがかわいそうだった」というようなことを言われた。
(どうやら夫はちゃんとお礼を言わなかったらしい)
出産報告後に友人Cから子どもの名前を聞かれ、「まだ家族に伝えていないから」と報告を渋ったところ「どんな関係の親族か知らないけど今度から困った時はその人に頼れば?」と怒られた。
妊娠後期のしんどい時期に「そろそろ産まれた?」と友人Cから連絡がきたことがある。
医者からは「難産になるだろう」と言われており初産で日々不安でしょうがない中で、出産をエンターテインメントとして消費されている・急かされているように感じ、大変嫌な気持ちになった。
本人にはそんな意図はないのだろうと思い指摘しなかったが、ちゃんと怒ればよかったと思っている。
また、【増田の夫が好かれていない】と【産まれた子の名前をすぐに伝えなかった】件は、出産のちょうど1週間後に言われたものだった。心身共に大変な時期であることくらい容易に想像がつくだろうに、わざわざ言ってくる無配慮さにわざと私を傷つけにきているのだろうかと思ってしまい大変腹立たしかった。
関係に波風を立てたくなかったのでこちらが謝罪したのだが、夫の件はともかく、子の名前を実両親より先に伝えなかったことを謝罪するのは正直意味が分からないし、数ヶ月経った今も思い出してめちゃくちゃムカつく。
このような経緯で、それまで仲良くしていた友人たちとの間に急激に距離があいてしまった。
情けなくもこんな些細な事柄で彼ら(特にC)のことを考えるとストレス反応が起きるようになってしまった。今は「育児で忙しい」などと理由をつけて、連絡が来ても数日後に返すなどしてあまり考えないようにしているが、本当はそこまでは忙しくなくラインの即返信くらいはできるので嘘をついていることにやや罪悪感がある。
一度わーーっと怒ってみたらスッキリするのだろうけど、きっと友人たちも私に対して何かしら思うことがあるはずだし、今後物理的距離ができて今まで以上に会いにくくなることを考えると言葉を飲み込んでこのままフェードアウトして年に数回連絡を取る程度の関係に落ち着けるのが大人なのかなと我慢している。
彼らとの関係が終わったら他に馬鹿話のできる友人はいなくなり、新居のご近所さんと無難な世間話をするだけの主婦になってしまうのだと思うとすごく寂しい。