はてなキーワード: 特攻とは
・労災死が減った
・自殺率が下がった
・上司に物を投げつけられたり殴られたり「死 ね」と言われるようなパワハラが減った
・好きでない人と強制的に結婚させられ無理矢理6人以上産まされるようなことがなくなった
・離婚できるようになった
現代が過去よりも改善されたとされる具体的なポイントは、労働環境、人権・社会規範、女性の人権、そして技術革新による利便性の向上など、多岐にわたります。
一方で、物価高、社会保険料や税金の負担増、SNSやAIによる新たな問題の発生など、現代が抱える課題についても言及されています。
林鼓子が特攻兵テーマのミュージカルに出るって話で、SNSがちょっと荒れてた。
で、案の定というか何というか、本人や木谷高明のアカウントに「辞退しろ」的なリプが中国語で飛びまくって、最終的に出演辞退、という流れ。
まあこの手の話、内容そのものより「誰が騒いでるのか」のほうが気になる性分なので、いくつかアカウントを遡ってみた。
まず、ツイート数がやたら少ない。
アカウント作成はそれなりに前なのに、まともに動き出してるのが最近だけ、みたいなやつ。日常ツイートもほぼ無し。生活感ゼロ。タイムラインが薄い。
で、そういうアカウントに限って、日本と中国絡みの政治ネタになると急に元気に過激になる。
しかも語気が強い。やたら強い。普段何食ってんだよってレベルで急に饒舌になる。
さらに今回ちょっと笑った(というか引っかかった)のが、「林鼓子に怒ってるイカれている中国人アカウント」を見ていくと、そもそも過去にその人の話をしてる形跡がほぼ無いアカウントが混ざってること。
いや、別に新規ファンがいてもいいんだけど、さすがに“今回だけ急にキレてる人”が多すぎないか、とは思う。
もちろん、これで何かを断定するつもりはない。
たまたまそういう使い方の人もいるだろうし、見えないところで追ってる人だっているかもしれない。
ただ、少なくとも見える範囲だと
「普段はほぼ動かない」
昔からネット見てる人なら、この手の挙動に見覚えあるんじゃないかと思う。
最近「中国が日本のSNSに認知戦を仕掛けてきている」みたいなのがニュースになってたけど、
今回の件、まあそういうやつかな、という感想。
以上、ただの観察記録。
switch版。65時間ぐらい。強化四天王 + ライバルを倒したところまで。
初代はGB版を何度もやった位だったけど、けっこう新鮮なところもあって良かった。
GBは何度もやっているので当時あまり使わなかったメンバーでやってみた。努力値もちゃんとふってみた。
所感。
・追加分はメランコリンが10バトル、その他は5バトル突破で解放
・57バトル突破までの報酬は据え置き、パラノヴィアの分は星墓の印みたいなのにしてパラノヴィアかメランコリンと交換
・初回開催時15クエストクリア時は名誉報酬(称号等)が獲得できる
これなら現在コツコツ進めてる層を切り捨てず、作業量そのまま新階層追加できるし
忍、遊星みたいなコラボ特攻キャラを取りこぼした人は新階層特攻取りに行くからガチャ回るし
こんなに燃えなかったと思うんだけど
(61バトル以降の報酬無しは不満が出ても「8月にまた5階層追加が来て天魔の突破報酬分が移行するのでは」って誰かがフォローするだろうから今ほど燃えないと思う、勿論運営上配布に問題ないなら真獣神玉とかステッキとか大英雄とか欲しい、ミラクルミンはいらない)
そして、ここに特攻隊を見る。
活動家の方々は自分たちの活動に賛同し、参加してくれましたっていうんだろうけれど、
参加させられた子供たちはその実、活動家からの申し出 (という名の事実上の命令) を断れたんだろうかって思う。
自分の生活を握られている団体や学校から活動に参加してほしいと言われて、断れる人はほぼいないと思う。
「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」という本で、人々がどういう仕組みで特攻隊として出撃していったかが描かれているのだが、
辺野古抗議活動に参加させられている若者たちに似たものを感じていたたまれなくなる。
反戦活動と言いながらも、やっていることは日本が戦争に向かっていた仕組みと同じなので見るたびに残念な気持ちでいっぱいになるんだよね。
最初に断っておくが、これは統計に基づいた社会学的な分析じゃない。
ただの低学歴な増田が、インターネッツと日常会話から得た、極めて雑で偏見に満ちた観測に基づくお気持ちだ。
ただただ今の日本に漂う戦争観のねじれが気味が悪くて仕方ない。
現在のきな臭すぎる世界情勢と、日本政治を巡るあれこれへのフラストレーションを整理するために、俺の思う日本人の戦争観をちょっと書いてみる。
よく中韓の人が日本批判の文脈で「日本人は戦争を反省していない」と言うが、それは半分正解で半分は外れていると思う。
中韓では知られていないのかもしれないが、実は日本はわりとガッツリ子供に敗戦の教訓を浴びせて育てる国だ。
戦争は悲惨で、平和が一番で、二度と繰り返してはいけないとかなんとか。
問題はその中身だ。
日本で流通している戦争の語りは、主役である善良な庶民が、悪い軍部や国家あるいは「戦争という化け物」そのものにひどい目に遭わされた話に終始している。肝心な部分を抽象化して誤魔化しているわけだ。
戦時下の抑圧、徴兵、空襲、原爆。それ自体は否定しようのない事実だし、悲劇だ。
しかしそればかりをリピート再生するだけでは、決定的なパーツが抜け落ちたままだ。
日本はなぜあんな狂った戦争を始め、どこへ行って何をしようとしたのか。
占領地で誰を殺し、誰の尊厳を踏みにじり何を奪ったのか。ここが驚くほど空洞になっている。
現代社会を生きる多くの日本人にとって、第二次世界大戦は、軍部というモンスターが突如暴走して可哀想な庶民が巻き込まれた不可抗力の災害として処理されている。
もっと雑に言えば「かわいそうな日本人の体験記」としてしかパッケージ化されていない。
これらの帰結として、日本は追い詰められて戦わざるを得なかった被害者であり、英霊は国を守るために散ったという、驚くほど自分勝手な認識にたどり着いてしまっているケースが散見される。
そりゃ末期になれば本土空襲も沖縄戦もあった。その局面だけ切り取れば攻め込まれたのは事実だろう。
しかしその前に日本軍がどこで何をしていたかをスキップして、「我々もつらかったんだ」で話を閉じるのは、あまりにも都合がよすぎる。
この手の被害者意識としての反戦は、教育だけではなく娯楽作品でも延々とアップデートされている。
たとえば『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』とか、まさにその典型だと思う。
そこで描かれるのは、時代に翻弄された純粋で優しい若者たちだ。
彼らがなぜそこに立たされていたのか、その死がどれほど組織的で無残な敗戦処理だったのかという構造より、こんなに優しい子たちが死ななきゃいけなかったなんて、戦争は残酷というお涙頂戴が前景化する。
観客が回収するのは侵略戦争の末路ではない。愛し合う人々を切り裂く戦争はダメという極めてパーソナルで消費しやすい感情と、彼らが命がけで“守って”くれた日本を大切にしなければならない、という異次元から突如湧き出るピュアなナショナリズムだ。
「加害」という面倒くさい政治認識をスルーして感情だけで泣けるから、この手の物語は若者にもバズる。
(この項目で引き返そうとした奴いるだろ、せめて最後まで読め)
この「庶民がかわいそう」で止まっている反戦は、実は国家にとって一番扱いやすい。
なぜなら、庶民がひどい目に遭わないシステムさえ提示できればいくらでも軍事化を肯定できてしまうからだ。
この定番文句を添えるだけで、かつての加害の歴史にブレーキをかけるはずの反戦は、あっさりと国防として回収される。
だから俺は高市のような強い安全保障や国家の誇りだのなんだのを掲げて威勢のいいことを言い出す権力者に強い警戒心を抱く。
最近のニュースを見ていると、ああいう連中が掲げる景気の良い甘言に対して反射的に身構える土台がこの国にはもう残っていない気がして、なんだか絶望的な気分になる。
日本人は、戦争を侵略と加害のシステムとしてではなく、一般市民が不幸になる不可解なイベントとして理解している。
分析が甘いから、再発防止策も「平和を祈る」みたいなフワッとした精神論で終わる。
どうせまた清潔な広報と気持ちいい言葉をまとった権力に、驚くほど簡単に流されるんだろう。
戦争は悲惨なんて誰でも言えるが、それだけでは足りないのだ。
日本が加害者でもあったとかいう等価交換みたいな話ですらない。
加害の主体として戦争をし、他民族を使役し、最終的に自壊したという不快な事実を直視しない限り、日本の反戦はずっと片手落ちのままだ。
いずれまた、嵐が去ったらあの頃は庶民が辛苦を強いられたと被害者面するんだろうか?
俺はこの国を最後まで好きでいたいんだ。頼むよ。