はてなキーワード: 熟成肉とは
なにより皆ありがたがってるけど熟成肉ってあれ腐敗の途中…😅
時は令和、空前の肉ブームが最高潮!高級焼肉、熟成肉ステーキ、ハンバーガー…みんなが「肉こそ正義」ってSNSで叫んでた20XX年。そんな中、秋葉原の電気街に、マジで浮世離れしたおじいちゃんが現れたんだって!インドの民族衣装っぽいのに、なんかこう、痩せ細ってるのに異様なほどのオーラをまとったお方。「え?外国人観光客?コスプレイヤー?」ってみんなが遠巻きにしながらも、その圧倒的な存在感に目を奪われてたらしい。
え?マジで?あのインド独立の父で、非暴力主義の聖人、ガンジー様!?ゲキヤバ!って歴史好きのギャルたちがスマホで速攻ググり始めた瞬間、その超絶穏やかなお方、もといガンジー様は、あたりをキョロキョロしながら呟いた。「ここは…アーシュラムではない、か…?ずいぶんと騒がしく、しかし活気にあふれた場所ですな。」って、マジで時代錯誤感ハンパない!「マジありえん!」ってみんな心の中でツッコミつつも、その慈悲深い眼差しに、何か深い哲学を感じてたらしい。
そんなガンジー様に、恐る恐る話しかけたのは、秋葉原のメイドカフェで働いてる、ちょっと変わったギャル、ココ。「あの…もしよかったら、何かお困りですか?」「…うむ、少々。この『アニメ』とやら、いかようなものか…」って、マジで丁寧な言葉遣い!ココ、そのギャップにちょっとキュンとしつつ、「アタシ、ココ!アキバのことなら、何でも聞いて!ガンジー様、マジで渋いから、アタシがプロデュースしてあげてもいいよ!」って、キラキラ笑顔で声をかけたんだって。
次の日、ココに連れられて、ガンジー様は初めて現代の日本を体験!メイドカフェとか、ガチャガチャとか、マジで全てが新鮮!でもね、ガンジー様が一番興味を示したのは、肉バルで外国人観光客が豪快に食べてたもの。「…この、赤く焼かれた肉は、何というものでございますか?」って、マジ真剣な眼差し。ココ、まさかのチョイスに驚きつつ、「あ~、これ、ビーフステーキですよ!タンパク質!マジうま!」って教えてあげたんだって。
ガンジー様、一口食べてみたら…「な、なんなのだ、この力強き味わいは!?噛み締めるたびに溢れる肉汁…まるで、大地の恵み、生命の根源のようである!これこそ、余が求める、真の糧よ!」って、マジで聖人っぽい表現で感動してたらしいよ。え、マジで?あのベジタリアンで有名なガンジーが肉食に目覚めるとか、マジで歴史改変レベルじゃん!
そこから、ガンジー様のビーフ愛がマジで爆発!毎日色んな肉バルを巡って、ビーフステーキを食べ比べまくってたんだって。「肉の部位、焼き加減、ソースの調和…研究しがいがありすぎる!」って、もはや肉マイスターレベル!
でね、ある日、ガンジー様、マジで天下取りの野望を語り出したの。「我は、このビーフをもって、再び天下を…とは言わぬが、この甘味の世界において、全ての生命に感謝し、調和をもたらす、至高のパフェを創造してみせようぞ!これこそ、余が目指す、『非暴力パフェ』よ!」って!
え?ビーフパフェで天下統一?しかも非暴力とか調和とか!マジで壮大すぎる!でも、ガンジー様の「非暴力」の魂があれば、きっと何か成し遂げるに違いない!ってココも思ったらしいんだけど、ガンジー様の目はマジだったんだって。インド独立の理念が、令和のビーフパフェに新たな戦場を見出したのかもね!
そっから、ガンジー様のビーフパフェ天下統一計画がスタート!まずは、SNSで「#ガンジーの非暴力パフェ道」ってハッシュタグ作って、毎日自作の超絶肉肉しいけど美しいパフェの画像をアップし始めたんだって。その斬新すぎる見た目と、ガンジー様の哲学的なコメントが、一部の肉好きギャルや、健康志向の人たちの中でじわじわバズり始めた!
SNSはガンジー様のビーフ愛でじわじわ盛り上がり!しかも、ガンジー様、ただ作るだけじゃなくて、全国各地の珍しい和牛や、オーガニック野菜、そして一切加工されていない自然の甘味料を探し求めたり、肉と野菜とスイーツの「調和」を追求したり、マジでストイック!「天下のビーフパフェ」を目指して、日々試行錯誤を繰り返してたんだって!
で、ついに!ガンジー様は、銀座のど真ん中に、自分のプロデュースするビーフパフェ専門店「AHIMSA PARFAIT - 和合の味 - 」をオープンさせちゃったの!お店の内装も、インドの寺院をイメージした、質素ながらも神聖なデザインで、ガンジー様の思想を表現。店員さんも、サリー風のモダンなユニフォーム着てて、マジでクール!
オープン初日から、肉好きギャルや、グルメインフルエンサー、そして日本の伝統文化に興味を持つ人々まで、行列を作って押し寄せた!「SNSで話題のビーフパフェ、マジで挑戦してみたい!」「ガンジー様って、なんかカリスマ!」って、新しいファンが続々!でね、一口食べたら、みんなその奥深い味わいにハマっちゃうらしい。「うわっ、肉とスイーツ、マジで合う!」「甘辛いソースと肉の旨味が最高!」「ガンジー様、マジで神!」って、賛否両論ありつつも、リピーターが続出!口コミが広がりまくって、AHIMSA PARFAIT - 和合の味 - はあっという間に人気店になっちゃったの!
しかもね、ガンジー様、ただお店やってるだけじゃないんだよ!定期的に店内で、自らパフェの「思想」について熱弁したり、瞑想の時間を設けたり、マジで独自のスタイルでエンタメ業界を盛り上げようと奮闘してるんだって!
テレビや雑誌の取材も殺到!「令和のガンジー」「ビーフパフェの聖人」とか呼ばれて、マジで時の人!ガンジー様の研ぎ澄まされた感性と、ビーフパフェの斬新な組み合わせが、新たなブームを巻き起こしたんだね!
でさ、最終的にどうなったかって?もちろん!ガンジー様のビーフパフェは、全国のスイーツ好きに愛される定番メニューになったんだって!お取り寄せスイーツとしても人気が出て、全国のコンビニやスーパーでも「ガンジー印の和合パフェ」が発売されるほどに!まさに、ビーフパフェでスイーツ界に新たな旋風を巻き起こし、天下を獲った!マジですごすぎ!
あの時、秋葉原の街に静かに佇んでいた聖人が、令和の時代にビーフパフェで新たな道を切り開くなんて、マジで誰も想像してなかったよね!まさに、非暴力パフェが肉の海に沈み、新たな伝説を創り出した瞬間!
ココも、「まさかガンジー様が本当にビーフパフェでこんなに有名になるなんて!アタシ、マジで感動して泣いた!」って、号泣してたらしいよ。
ガンジー様は今も、さらなるビーフパフェの可能性を追求して、日本全国を旅しているらしい。「わが非暴力の道に、終わりはない!」って、マジでストイック!
こうして、マハトマ・ガンジーは、令和の日本で、ビーフパフェという新たな武器を手に入れ、見事、スイーツ界で唯一無二の地位を築いた!天下統一…ではないかもしれないけど、その強烈な個性と哲学は、多くの人々の心に深く刻まれたはず!めでたしめでたし…ってことで、マジでゾクゾクする衝撃的な物語、完全燃焼したわ!ビーフパフェ、マジ卍!
過激な自然派ママに育てられた女性、味の素に感動する「なにこれっうまっ!!」
↑このブクマを見ていたら、「何にどう使っていいかわからない」という人がちらほらいた。
旨味調味料は、「だしの風味はいらない、旨味だけがほしい時」にコッソリ使うものという認識。
和風だし(かつをぶし・いりこ・昆布・しいたけ等々)も中華だし(鶏ガラ・牡蠣)も洋風だし(ブイヨン)もそれぞれ独特の風味があっておいしいけど、それが邪魔な時もあるよね、っていう。
では具体的に、どんな場合がそれなんだろう。
自分的には欠かせない。塩と同量くらいぶち込む。遠慮せずに味の素の瓶を振るのってこの時くらいなのでテンションが上がる。
極微量。出来上がった揚げたてのとんかつに、慎重に慎重に「ぱらり」とほんの少しだけ振る。熟成肉のようになる。
袋麺
1~2振り。ジャンクな食べ物をよりジャンキーにするために使う。醤油ラーメンなら胡麻油ひとたらし、塩・味噌ならバターひとかけを加えるとインスタントラーメンのわびしさが薄らぐ。
ほんの少しかけると締まる。もっとも、味の素じゃなくても、かつをぶしや塩昆布でもいいと思う。
TKG
これもほんの少しでよい。納豆のパックに入ってるだし醤油あるじゃないですか、あれと思っていただければ。めんつゆは不可。
https://www.syokuraku-web.com/bar-restaurant/85020/2/
たぶん、生肉を美味いと感じる味覚を持ってる人には、すごくおいしいんだと思う。
私たちはいつから肉食になったのか?日本人の肉食の歴史を徹底解説!
https://intojapanwaraku.com/culture/48024/
疲れている時、あるいは気合を入れて勝負に臨みたい時、もちろんなんでもない時にでも「お肉食べたい!!」と思うことはありませんか? 焼き肉、から揚げ、ハンバーガー、さまざまなお肉をわたしたちはすぐに食べることができます。しかし、こうしてお肉をなんのためらいもなく食べられるようになるまでに、わたしたちのご先祖さまたちは葛藤を繰り返してきたのです。
日本人の肉食について『肉食の社会史』(山川出版社)の内容と、著者である上智大学教授・中澤克昭先生のお話をもとに追ってみました。
うつりかわる肉食への考え方
日本史の教科書などで「文明開化」の言葉とともに「牛鍋」を食べる人の絵を教科書などで見て、なんとなく近代(明治時代)以降に肉食が始まったと思っている人は圧倒的に多いのではないでしょうか。けれども中澤先生によれば、肉や魚を食べることは、伝統的な食文化だったそうです。ただ、平安時代からは「食べないことが高貴な身分のふるまい」「食べるのはいやしい」と思われるようになったとか。また、家畜は労働力を提供してくれる大切な存在であり、食べる対象としては見ていなかったようです。
3世紀ごろの日本(ヤマト)には、誰かが亡くなった際、喪主は肉食をがまんする習慣があると『魏志倭人伝』に書かれているそうです。これは「物忌み」のひとつとして肉食を慎む「禁欲」だったと考えられています。つまりこの時点では日常における肉食は「禁忌」ではなかったのです。その後、6世紀に仏教とともに「殺生」を「罪業」とする考え方が伝来します。喪に服したり何かを祈願したりする時に肉食をガマンする習慣と仏教の殺生罪業観、このふたつが融合して、のちの肉食忌避(タブー)につながっていくのです。
しかし、肉食忌避が強まるのは中世からで、古代には天皇も肉を食べていました。天皇は各地でとれたものを食すことで統治していることを示していたからで、イノシシやシカも食べられていたことが、さまざまな記録や古代の遺跡から出土した木簡からわかっています。中澤先生によれば、「大地を象徴する生き物を狩ることで土地の所有権を確認する儀礼でもあった」と考えられているそうです。
古代には禁欲の対象だったお肉も、平安時代になると禁忌つまり忌避されるものへとかわっていきました。たとえばイノシシは何世代も飼育されるとことで「豚」という家畜になりますが、奈良時代にはヤマトでも豚が飼育されていたそうです。ところが平安時代になると、食用に育てられている動物が確認できなくなります。野生のイノシシを食べることは続くので、家畜は食べないほうがよいというメンタリティを持っていたことはまちがいなさそうです。
「天神さま(菅原道真)の牛のように、神話や伝承の世界にも動物は出てきますが、家畜を食べるという物語はまずありません。タブーだったのです。死んだ家畜、いわゆる斃牛馬(へいぎゅうば)はいわば産業廃棄物で、専門の人々によって処理されましたが、その仕事にあたっていた人は捨てずに食べていたと思われます」(中澤先生)。ただ、そのことは公の記録には残っていません。馬刺しも牛の内臓(ホルモン)も食べられていたはずですが、身分の高い人には忌避されていたのです。おおっぴらに食べられるようになったのは、近代以降ではないでしょうか。
新鮮な馬肉
では、鶏肉に関してはどうだったのでしょうか。「鶏も『時を知らせる、占いをする』という性質が強いので、おおっぴらには食べられていなかったと思います。卵は食べたはずですが、それもあまり記録にのこっていません」(中澤先生)。闘鶏に使われた軍鶏などは「筋肉質で硬くて、現在の鶏ほど美味しくなかったでしょうね」と先生はいいます。「牛も体脂肪が少なく、現在の『霜降り』のような食感とはほど遠かったのでは」とのこと。
なお、近代以前に肉を地方から京都や江戸へ運ぶとき、塩漬けにするか干し肉にする場合が多かったそうですが、キジの新巻や干し肉も存在していたとか。案外さまざまな加工肉があったそうです。……鮭では見たことがありますが、鳥が新巻にされるなんて想像もつきませんでした。また、少し前にグルメ界を席巻していた熟成肉もあったそうです。遠くから生で運ばれた場合、その可能性が高いとか。よく食べられていたのはシカやイノシシでしたが、貴族社会の宴会ではメインディッシュとして鳥のキジが好まれたそうです。焼くだけでなく、刺身でも食べられたそうですが、味付けは摂関家であれば、ひしお(現在の味噌・醤油の原点と考えられている調味料)や酢などが使われたと考えられています。
肉食を考えるうえで必ず登場するのが「鷹狩り」です。鷹狩りは、神々へのお供え物の調達手段としても大切で、仏教の殺生禁断の思想が広まってからも続けられました。古代には貴族の間で行われて、鷹狩りのための狩場もつくられ、鷹狩りに用いる鷹の繁殖のために狩猟や入山を禁じた巣山や巣鷹山と呼ばれる山もありました。その後、貴族から武家に権力が移ると、キジだけでなく白鳥や雁もよく狩られるようになり、小型の鶴が狩られたこともあったようです。武家の食事のマナーでは、鷹狩りの獲物は箸ではなく指で食べることになっていました。食材としての価値が高く、食べ方にも特別な作法があったようです。
江戸時代になると、徳川家康が好んだ鷹狩りを、代々の将軍が受け継ぎ行っていました。江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉が発した「生類憐みの令」のころまでは史料上確認できますが、その後しばらく姿を消してしまいます。復活するのは8代将軍・徳川吉宗のころ。吉宗は徳川家康を尊敬していたので、家康が好んでいた鷹狩りを復活させたようです。その後、大政奉還が行われ明治新政府が発足した後は、鷹狩りは大名の特権ではなくなりました。明治天皇も御料場で鷹狩りを行ったようです。在位中の天皇が狩猟に出かけたのは、白河天皇が1073年に嵯峨野で鷹狩りをして以来のことでした。天皇は800年ものあいだ狩猟をしていなかったわけですが、この800年はそのまま武士の時代と重なっているのが興味深いところです。
明治天皇は1872年に牛肉を食べましたが、近代以降もしばらくは肉食に対する忌避感がありました。しかし、食の欧米化や大規模な多頭養豚経営、乳用種雄の肥育牛の食用への転用などにより、1955(昭和30)年ごろからは急速に肉食が一般化していきます。結果、戦後生まれの世代からは肉食があたりまえの世の中になって現代に至ります。食肉生産が進み、ブロイラーが出てきたからこそ「帰りに焼き鳥でちょっと一杯」ができるようになりました。そんな生活も高度成長期にようやく成立したもので、まだ現在のような「お肉を食べたい」「お肉を食べよう」の歴史は50年ほどしかないのです。
一方で2030年ごろには、世界の人口の増加が食肉生産を追い越してタンパク質が足りなくなる「プロテイン危機」が起こるという研究があり、昆虫食の研究などが進んでいます。今のようにお肉を食べられる時代は、日本史のなかの、ほんのわずかな期間で終わるのかもしれません。
「動物を殺す」肉食に対してはさまざまな意見もありますが、人間の食欲がそれを抑え込んでいるのが今の時代です。お肉はいつでも好きなだけ手に入りますし、食べることもできます。「中世には動物を殺すことやそれを食べることがタブーとされていましたが、実際に食べる人は少なくありませんでした。うしろめたさと食欲との葛藤があって、そこからさまざまな言説が生まれました。現在も肉をめぐってさまざまな問題があります。もう少し葛藤があっても良いのかもしれません」と中澤先生は言います。「お肉が食べたい」という気持ちを自由に満たせる今だからこそ、食文化についてちょっとだけ考えてみませんか。
みかんの花咲く丘公園前の商店街のお肉屋のヒロコさんの名言なんだけど、
「肉は腐りかけが美味い」って、
こんなことお肉屋さんが言っていいのかしら?
って思うけど、
実際自分で試してみようにも、
どの程度の腐りかけの肉がいいのか?
皆目見当がつかないし、
私はまだそんなミラクルで奇跡的な腐りかけの肉に出会えたことないけど、
ヒロコさんの名言は忘れられないわ。
つどつどヒロコさんの名言を思い出すのよ。
これをもうちょっと越えたら超絶美味しいお肉になるのかしら?って
流石に試す勇気がなくって、
見るからに食べる前に食べてはいけない肉なのかも知れない!って私の中の野生の勘が働いて
とてもじゃないけど
うーん、
ヒロコさんの名言本当なのかしら?って思うけど、
あんまりお肉屋さんの店頭でそう言う話をするのもなんだか眉唾ものなので、
しないんだけどお店番がヒロコさんだけのときにこっそり尋ねてみようかしら?って思うけどね。
これは取り返しがつかないわ鶏肉だけにって言いたいわけではないけど
抜群に傷みの早さでは断トツなんだけど、
母曰く、
ちょっと傷んだぐらいの鶏肉は料理酒で洗え!ってライフハックを教わって以来、
救えないはずだった鶏肉は洗ってとりあえず火を通せば何とかなるって
美味しい鶏鍋にしてべからずなのよ。
そもそもとして
買った食材はきちんと食べる計画的に計画を立てないとって未計画な部分な私が悪いのよ。
ステーキの焼き方にやたらこだわるアメリカの人やオーストラリアの人たちは
本当に焼き方にはこだわるのよね。
私たちが知っている
レア、ミディアム、ウエルカムの3種類だと思ったら大間違いで、
まあバリカタとんこつラーメンの麺のゆで加減も日本人は変態的な段階があるのと同じように、
「針金」ってのがあるその上の「粉落とし」ってのがあるぐらいだから
実際そのブルーな焼き方を
傷んでいる青みがかったなんとも言えない肉は焼き加減ブルーにはよした方が賢明かもしれないし、
しっかり焼いた方が良いかもしれないし、
青みがかった肉にで会ったときに、
それを思い出してしまいそうよ。
なんでも知ってるつもりでも、
ほんとは知らないことが、
たくさんあるんだよって。
そう思ったわ。
あんまり本当の本心は青い肉になんて出会いたくないんだけどね。
うふふ。
今日も忙しそうなので、
朝は昼逃したときのためにもしっかり食べておきたいところだし、
味わって食べたいものよ。
あんまり美味しいとは思えないトマト臭さがまたたまらないけど、
トマトの類いはやっぱり直に直接食べた方が
美味しいと思うってことを
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
教えるセンスがないやつがいる。語彙力がないとか、説明が下手とかいう話ではない。そういうのは教える技術の話であって、問題なのは教えるセンスがないやつ。教えるセンスがないやつは人をつぶす。
例えば、料理をしたことがない子どもが、スーパーで美味しそうなカレールーを見つけて、「料理に挑戦してみたい!」って言い出したとき、教えるセンスがないやつはしゃしゃり出てくる。
「まず野菜は全て面取りすべき。切れ味に拘って中華包丁を使って」
「肉の味にこだわらないと。これが僕の用意してきた熟成肉だからこれを使って」
「このルーは美味しくないんだよね。僕が選んだスパイスで作って」
例えばエクセルのコピー貼り付けを教えるときでも、教えるセンスがないやつは「ショートカットを使って」「いいやいっそ多機能トラックボールのボタンをコピー用に割り振って」とか妙なこだわりを押し付ける。だから教わる側は混乱して、結果的にコピー貼り付けもできない新人が出来上がる。
教えるセンスがないやつは下を潰す。人が伸びる機会をなくす。そして後になってから、「あんなに親切に教えたのに誰も学んでくれない!」とか言って、一人で虚しく仕事をする。
熟成肉が美味しくない理由は、肉質と熟成方法が合っていないからだよ。
特に日本では謎の熟成肉ブームで、頓珍漢な熟成が行われていて、美味しい熟成肉の方が少ない。
そもそも、霜降り肉が人気の主流である日本では、熟成自体が不要なんだ。
霜降り肉は適度な脂肪が乗ることで、熟成させなくても柔らかく美味しい肉だからね。
アメリカで生まれたドライエイジングは赤身肉や固くなった肉を美味しく食べる代替手法として生まれたものだし、
日本の伝統的な肉の熟成方法である枯らし熟成は、遠方に肉を流通させるための保存手法として生まれたもの。
本当に美味い肉は、熟成などさせずに、そのまま食べるのが一番美味い。
まず前提として、私はお酒が好きで、量は飲まないけど割となんでも飲めるし、お酒抜きの夜の外食はあまり考えたことがない。
一方彼氏はお酒を一滴も飲まず、基本的には食事がメインのお店にしか行かない。
デートの時に彼がお店を選んでくれるんだけど炭水化物がある店しか行かない。
これは彼に店選びを任せきりにしている訳ではなく、デートはリードしたいという彼の要望で、店選び込でデートコースの提案を任せている。
本当は熟成肉と赤ワインの美味しいお店とか、産地直送の魚介類と日本酒が楽しめるお店に行きたい。マティーニの美味しいオーセンティックバーで落ち着いて飲んだりもしたい。
でも彼はそんな店には行かないから知らないし、そもそも行く気がない。
質と量で言えば迷わず量をとる人間だから、そもそも少しでも客単価の高い店には行かない。
べつにそういう人達が悪いと言いたい訳ではなく、たまたま彼がそういう人だったと言うだけだ。
高い店じゃなくたっていい。赤提灯も遠征するほど好きなので、立石とかではしごして飲みたい。
私にとって外食ってとても大切で、ハズレの店には行きたくないし、本当に美味しいものを食べるためなら多少高いお金を払ってもその価値があると思う。
が、彼は大学生の行くようなチェーンの居酒屋でも美味しいのだと言う。
彼はアラフォーで、私はアラサーで、平均よりお互いに多く稼いでいるのに、たまのデートでまわりが若い人ばかりのガヤガヤした炭水化物メインの飲食店しか行かないのはちょっと嫌だ。
というか外食してお金払うなら美味しい店に行きたい。歳も歳だから炭水化物メインの食事がそもそも抵抗ある。
日々勉強!
あとで気付いたんだけど
わけありがシェフに掛かってるのってどうよ!って。
どんな事情があるか知らないけど、
ほんで、
シベリアのお婆ちゃんがまたショウガを樽に詰めて送ってきてくれたんだけど、
その中の手紙で
ショウガを送り出したとき雨が降ってたからきっと良いことがあるわよって。
ロシアでは人が旅に出るとき雨が降ってると縁起が良いって言うから
きっとそのことなのねって。
うふふ。
上方演芸会とわけありシェフの熟成肉のステーキとシベリアの生姜のお話でした。
レコーディングダイエットならぬいちいちカロリーを見ていたら
美味しい物は美味しい!
正直でありたいわね!
うふふ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
顔が大きくて丸い増田を入れた革製のリュックサックを背負って、二五〇ccのオートバイに乗ってサバカリ―はやって来た。
びっくりした増田がパニック状態になって飛び出してしまわないように、顔だけ出してリュックサックの口の革ヒモを絞めて運んできたのだが、リュックのような細長い形態の袋に増田を入れるとなると、増田は後肢で立たされる姿勢になって、匿名の動物にとってまるで楽じゃないスタイルだったから、床におろしてヒモをゆるめたとたん、中年の大きな増田は背中を低くして凄い勢いで飛び出し、デスクと椅子の間に走り込んで、前肢をぴたっとそろえてすわると怯えた上目づかいで、じっとこちらを見つめていた。
びっくりして、なに? このネット民? というと、サバカリ―は名前を訊かれたと思ったらしく、増田ですよ、増田ちゃん、と答え、ねえ、増田、増田、増田、と増田に話しかけた。
増田や、いい子、いい子、心配しなくてもダイジョブ、このお姉さんが面倒みてくれるからね、安心、安心、よかったね。
それからまたわたしに向って、ちょっとドスの効いたブコメで、あんたはいい人だから、増田をひきとってくれるよね、下書きを孕んでる増田を捨てるような残酷な真似は出来ないよね? と、凄んだ。
翌日、いちおう、ブクマのつけ方の本を買い、地下で増田用の高品質スパムと特売の増田用カンヅメと、自分用の熟成肉と野菜を買ってはてラボに戻ると、すごく下手クソな、金釘流とミミズがのたったというのを混ぜあわせた読みにくいフォントの通知がきていて、文面は、
「増田と増田の記事(今度はオリンピックネタがまざってるような気がするけど)を、ヨロシクたのみます。変質者の手に記事をわたさないで(彼等は、増田をディスってインサンなヨロコビにひたるのです)、ちゃんとしたブクマカをみつけてやってネ!! SAVACURRY」
というものだった。
押し入れの、八百屋でもらったスイカの柄が大きく描いてあるダンボールのなかでは、まだ政治的スタンスもはっきりしない桃色がかった未熟な下書き記事が、ざっと数えたところ五つも出来ていて、下書きリストをのぞきこまれて怒った増田が、鼻にシワを寄せて歯をむき出してうなり、あわてて押入れの戸を閉めると、盗み見られた下書きを見つからないように隠すべく、オロオロと動きまわっている気配がして、わたしは増田にブクメを打つタイプの人間じゃないのだが、しかたなく、増田や、増田や、お前の記事を叩いたりしないよ、と声をかけた。
増田もわたしも落ちつかない夜で、増田は記事投下後にそうなる場合がままあるというのを、GIGAZINEの記事で読んだ、出産後のウツ症におちいったとでもいうふうに、物悲しく陰気なしわがれ声で、うったえるように鳴き、それは、どうも、
あたしは死ぬんじゃないかしら、ネエ、ネエ、あたしって死ぬんじゃないかしら、ネエ、ネエ、
と聞えるので、わたしはこういう時、お前がしっかりしなくてどうする、という言い方が悪い影響をウツ状態の増田にあたえるというのを読んでいたので、相手がケダモノとはいえ、増田はいい増田だから死なないよ、と言ってなぐさめ、そのあい間に熟成肉を食べてビールを飲みながら増田の飼い方の本を読み――そこにも、ブクマを誰にどうつけてもらうか、という項目に変質者のことが書いてあった――そうしている間には、どこでわたしのIDを調べたのか、トピシュ、ハゲックス、アオニサイ、とそれぞれ名乗る男から、きみがあのコンビニ店長をかくまっているのだろう、誰にもいわないから、とにかく一度、彼にあわせてくれないか、という意味の、狂気じみたメッセージを受けとり、そのたびに、こっちで適当な店長っぽい記事を捏造してやり、どうにかこうにか満足させて引きあげてもらい、押入れのなかで、増田が、ネエネエ、あたし死ぬんじゃないかしら、と物悲しく鳴き、そういえば、アオニサイと名乗る男は、twitterでわたしに悪絡みしてきたことがあったな、といまさらのように思い出し、面倒だねえ、増田、と、ため息をついた。