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2025-12-26

甲状腺がんRTA記録 (1/3)

首都圏ではない政令指定都市在住、独身アラフィフ独居女性甲状腺がん治療体験記。

長年のはてなユーザーであるため、がん治療RTAと知っていました。

どなたかの参考となればと思い、記録に残します。

恐ろしいほどの長文となってしまったので、お急ぎの方は概要最後のまとめのみどうぞ。

https://anond.hatelabo.jp/20251226195323 (3/2)

https://anond.hatelabo.jp/20251226195436 (3/3)

概要

治療開始までの日数
日数 概要説明
0日目 しこり発見内科診療所において、超音波検査しこりが見つかる。
2日目 紹介状受け取り 内科診療所にて、がん拠点病院の予約票、紹介状を受け取る。
3日目 生検 がん拠点病院にて、細胞検査を受ける。
17日目 がん告知 生検の結果としてがんの告知を受け、治療方針を決定する。
19日目 手術日決定 手術日程を決め、入院事務手続きを行う。
24日目 手術説明キーパーソンとともに、手術内容の説明を受ける。
32日目 手術 がんを取り除く手術を受ける。<治療開始日>
37日目 退院病院から自宅に戻る。
入院生活で役に立ったもの
グッズ名 概要説明
ドライシャンプー頭皮と髪に液体をかけふき取る シャワー禁止期間の頭のかゆみ、フケ対策に。
耳栓 遮音性が高いもの 大部屋で寝る際に。睡眠の深さで回復力が変わる。
パンツナプキン 夜用紙パンツ生理ナプキン使い捨てパンツの代わりに。ドラッグストアで買える。
貼るカイロ使い捨てカイロ冷え性対策。室温は変更不可のため。
洗濯ばさみ ベッド柵に挟む大サイズ 濡れたタオルを干す。ごみ袋をかけるなど。
魔法瓶水筒 400ml入るもの 給茶機からお湯、冷水を入れてベッドサイドへ持ち込む。
ウォークマンノイズキャンセリング機能付き 気力ゼロで横たわって時間を過ごす際に。


詳細体験


しこり発見(0日目)

内科診療所にて、一か月前に予約した頸動脈超音波検査(以下、エコー)を受ける。

健康診断の結果、高コレステロールであった。BMI生活習慣(食事運動睡眠)に問題がないため、内科からは投薬をすすめられたが、ネット記事高齢女性の高コレステロールは薬を飲む必要が少ない、心配なら頸動脈エコー確認をという記事を読んだことがあり、薬を飲みたくないがために動脈硬化が進んでいないことを確認するために頸動脈エコー希望した。

エコーを行う医師診療所に定期的に来る)が検査を行っている最中に「甲状腺検査を受けたことはありますか」と尋ねる。「ありません」と回答。検査を受けながら横目で見る頸動脈は、素人目には狭窄もプラークもなく、そら見たことか、と思っていた。

その後、内科医が診察で「甲状腺にしこり腫瘍)があるので、大きい病院検査をしてください。どこが良いですか」と近隣の病院を3、4候補に挙げる。近年、重大な病気疑いが発生し、精密検査問題なしとなることを繰り返していたので、正直またか、と思った。そのうちの一つに乳がん定期検査に通っていたためそこを希望すると、内科医がその場でネット検索し、耳鼻咽喉科が休診になっているという。そのため、他の候補で自宅から最も近い病院希望する。まったく知らなかったが、そこは厚生労働省指定地域がん診療連携拠点病院だった。コレステロールの話はどこかに行った。

内科診療所からがん拠点病院に予約を入れるので、どの日程がよいかいかを書いてその日は帰宅する。

紹介状受け取り(2日目)

内科診療所から予約票と、紹介状の受け取りにくるようにと連絡がある。

紹介状A3用紙を三つ折りにしたサイズなので怪しいと思いエコーの結果は入っているのかと受付に確認するが、入っていますと頸動脈の薄いプラーク位置記載された紙を示される。それではないと思うが、面倒なのでそのまま出る。この時点であまり深刻に考えていなかったのだ。

生検(3日目)

大きな病院入口で戸惑っていると、還暦を軽く通り越している案内係の男性が「初診ですか」と声をかけてくれて、必要カウンターに連れて行ってくれた。番号札をとるのもやってくれた。

病棟を長く歩いて耳鼻咽喉科の前で1時間ほど待つ。予約をしていても待つ。診察室に入ると、30代と見える女性医者から話を聞かれ、やはり紹介状問題があり、エコーをやり直す必要がある、血液検査必要と言われた。今日時間はありますか。あるなら生検までやりましょう、とちゃきちゃき話が進む。この医師主治医となり最後まで対応をしてくれた。病院中のあらゆる科の患者が集まる検査エリアに送られる。エコーの長い順番待ちと血液検査の結果待ちでさらに2時間経過。ようやく呼ばれた診察室で、画像血液検査結果を見た医師からから細胞検査生検)を行う旨を告げられる。医師のほか、細胞検査のためにやってきた担当者二名エコーをしてモニターを見ながら、二回ほど首に針を刺し、問題のしこりから細胞を取り出した。針の太さのせいか注射よりはやや痛い。

事前にネット甲状腺のしこりの大部分は良性である、という知識仕入れていた私は気軽に医師に尋ねた。「悪性である可能性はどれぐらいなんでしょうか」医師はあっさりと答えた。「うーん、形が悪性らしい感じなんですよね。良性だとつるっとしているんですが、そうじゃないので」確かに画像ではしこり境界線がぼやけていた。境界のはっきりしたつるっとした形ではない。足がでたキャンサーか。

ここで初めてがんかもしれない、という実感がわく。良性のしこりだと大丈夫だと自分では思っていたのだが、楽観的に過ぎた。いきなり世界が反転する。

細胞検査の結果は一週間後にわかるが、来週医師休みなので、二週間後の予約となる。ワークライフバランスは大切だ。がんだとしても、急ぎのものではないのだな、と理解する。病院のあちこち掲示されている「緩和ケア」「がん支援センター」「がん患者家族相談に乗ります」のお知らせがやたらと目についた。

がん告知(17日目)

二週間の間に、がんなのだろう、という受容が進んでいた。友人に会うたびに、「なんかさー、がんかもしれないんだよねー」と自分で話をすることで、自分自身が受け入れやすくなっていた。人と話す、ということの大切さを感じた。

会社孤立無援で追い込まれメンタルをやられていたときに比べると、守秘義務もなく何でも話してしまえるので、心の負荷はましだった。重い抑うつ状態に苦しみ世界から孤立した経験が、今の自分を助けてくれているということに不思議を感じた。あのときに比べれば地獄レベルがまだ浅い。だから平気を装える。「神と和解せよ」とは現実をそのままに受け入れろ、ということだ。

長い待ち時間後に、診察室で医師細胞検査の結果「甲状腺の乳頭がん」であることを告げられる。転移していないかを調べるためにCTを、甲状腺機能確認するための追加の血液検査、尿検査を行うこととなる。

CTの前に説明担当職員からCTについて説明され、同意書にサインを求められる。拒否をする選択肢はないと思う。検査前には、造影剤おしっこに行きたい気がするかもしれませんが大丈夫ですから、と何回か複数検査技師に念を押される。確かに造影剤を投与されるとすぐに膀胱が熱くなり、漏らしたか、と焦った。どういう仕組みなのかよくわからない。

2時間ほど経過後、診察室で医師と向き合う。CT画像からリンパへの転移は見当たらないため、甲状腺ががんの原発ステージ1と判定された。甲状腺ホルモン値は正常、他の血液、尿検査値も問題なし。1cm以下であれば経過観察もありうるが、腫瘍の最大径が1.3cmなので、手術で甲状腺を半分切除し、目に見えないがん細胞があるかも知れないのでそれにつながるリンパをとる、という治療方針になる。どこまで切るかはチームで確認する、という。また腫瘍場所が気管に近いため、浸潤していたら気管もスライスする必要があるかもしれない。これは開けてみないとわからないという。

事前に「国立がん研究センター」の甲状腺がん情報を読み込んでおり、その方針が乳頭がんの標準医療であることを理解していたため、他に方法はとかは特に質問もしなかった。甲状腺がん種別では乳頭がんが一番おとなしく予後がよいものなので最悪のパターンでなくてよかった、という気持ちだった。

手術で甲状腺を半分切除しがんを取り除く、という治療方針同意し、次回、手術・入院日程を決めることとする。次回は一週間後にするかと聞かれたが、できるだけ早くと依頼する。

割合人生の重大事のはずなのだが、あっさり淡々と進んでいく。

血液検査の結果の紙を見ると、コレステロール基準値内だった。

手術日決定(19日目)

耳鼻咽喉科主治医面談。チームで画像確認した。左甲状腺につながるリンパはすべてとるのではなく、半分ぐらいとれば良いとなったとのこと。

手術の日程の相談をする。入院期間は約1週間。医師から今月が良いか、来月が良いかと聞かれる。最短で依頼する。まず手術説明をして、その後に入院となる。分厚い手術台帳というもの医師が持ってきてパラパラとめくる。患者に渡す紙以外徹底して電子化している病院なのだが、これは紙の台帳なのか、と不思議に思う。「じゃあ、X/X(二週間後)はどうでしょうか」「ではそれでお願いします」。手術説明を次週に行い、手術はその次の週となった。

薬の説明部署で、服用している薬がないかアレルギーお薬手帳などの確認、問診、入院中に持参する薬など厳しいチェックが行われる。

入院説明部署で、入院生活の心得のビデオ視聴、レンタル品申込書や同意書、キーパーソン親族・連絡先の記入。日頃の生活状況のアンケート退院後の生活支援の要否、がん患者向けの就労支援の要否など確認書類への署名が続く。特養老人ホーム介護事業者のパンフレット地域別にずらりと用意されている。自覚症状のないステージ1、5年生存率95%である種別のがん患者には特に支援必要はなかった。

入院部屋タイプは第二希望まで記載するようにとされていたが、最も安い大部屋のみの希望とする。差額ベッド代の問題をうっすらと知っていたのだ。これが後で効いてくる。

この日は検査がなく、会計が230円で驚いた。

手術説明(24日目)

心電図レントゲン検査を行い、耳鼻咽喉科の診察室で順番を待つ。キーパーソンとなる家族、近隣に住んでいる後期高齢者母親に同伴してもらった。これまでの診察は午前だった。この日は午後。診察室の前で待っている人は格段に少ない。みんな手術説明対象者だろうか。

一人で来ている老人、老夫婦、そして私と母親と年齢層が高い中、一組だけ若い家族がいた。30ほどの女性小学生低学年の子供、幼稚園児らしき子供、そして会社から直行したようなスーツ姿の30代らしき男性。小さな子は退屈しきっている。子供病気はつらいな、とアラフィフの胸が痛む。

1時間ほど待機したあと、診察室に呼ばれる。母を紹介し、主治医説明が始まる。

これで手術に必要検査はすべて実施済みとなったとのこと。結果は特に問題ないという。前回の血液・尿検査結果もすべて基準値内だった。がんがあることのぞけばまったくの健康である

机の上のモニタエコー画像を表示しながら、これが気管で、これが甲状腺でここに腫瘍が、と主治医が私と母に説明をする。

「右の甲状腺を切除します。……?いや、違った違った、左!」

「……左ですよね」

お互いに左の首に手を置いて、うなづきあう。

手術でまれに起こる危険性の説明がある。首の反回神経が近いため、声帯麻痺可能性、副甲状腺が損傷してしびれ、麻痺可能性の説明がある。同意書を渡され、入院時に持参を依頼される。

手術は2時間から3時間かかり全身麻酔となる。終わったらキーパーソン電話をする、自宅の電話番号でよいかと聞かれ、携帯電話の番号でと依頼する。可能性は低いが出血が多かったら輸血をするので、同意書に署名をしておいてほしいと言われる。手術の開始時間はまだ未定だという。

先生が執刀してくれるのですかと主治医確認すると、他の先生もいて3人でやるとのこと。よろしくお願いしますと目を見て気持ちを込めてお願いし、頭を下げる。頼むよ、先生。うまくやってね!と祈る。医者にとっては毎週のように行う手術だろうが、患者には一生に一度かもしれない重大事なのだ患者としてはお願いするしかない。

麻酔科に回される。全身麻酔をした際に、まれに起こる危険性についての大変に事務的な説明があり、同意書を渡される。入院時に持参するようにと言われ、「先生麻酔をしてくれるのですか」と聞く。「んー、まだ担当は決まってはいませんねー」「……そうですか」ファンシータンブラーが机に置かれ、ペンも軸がカラフルで、なかなかにふてぶてしいねちゃん先生だった。

入院病棟で手術の流れの説明ビデオの視聴後、看護師面談をする。入院生活上の注意、服用している薬やアレルギー確認心配事がないか、と聞かれる。とにかく全身保湿をして肌のコンディションを整えてくるようにと注意を受ける。売店ヒルドイドも売ってる、なんなら買って帰れという。病棟乾燥しすぎだろう。風邪をひいたり、インフルエンザコロナウィルス感染したら入院・手術は延期、手続きはすべてやり直しになる、と警告を受ける。それは避けたいので、万全の体調管理に努めると誓う。

この日はこれで解放され、次に病院にいくのは入院日となった。

しばらくは行けなくなるであろう美容院で髪を切り、入院グッズなどを用意する日々の中、夜、ベッドで横になったとき、突然エコー画像を思い出し「がんがあるのは右甲状腺では?! 医療事故になるのでは?!」と飛び起きる。画像中の気管と甲状腺位置から甲状腺腫瘍があるように思えた。とにかく寝なくてはと横になりつつ、病院電話して確認するべきかなど考える。不安で胸がドキドキする。

しばらくしてふと、細胞検査で左の首に針を刺したことを思い出した。

あ、左だった。左だったよね?!

朝起きてから、Geminiに聞く。エコー画像は左右が逆に見えるので左甲状腺でしょう。と回答を得て安堵する。画像の端に「L」か「R」の文字はありませんでしたかと聞かれ、見ていなかったなと反省する。

 
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