暮らしにくい「弱肉強食の競争社会」
安原和雄
安倍首相の所信表明演説が意図するものは何か。それを大づかみに理解しようと思えば、社説を読むのが手っ取り早い。といっても各紙社説は多様である。現政権への擁護論から批判派まで主張は幅広い。だから読者としての自分なりの視点が求められる。
わたし自身は東京新聞の主張に教えられるところが多い。特に<「弱肉強食」の競争社会は、たとえ経済が成長したとしても、暮らしにくい。目指すべきは「支え合い社会」>という視点に賛成したい。安倍首相の単純な経済成長推進論は幸せへの道にはほど遠い。経済成長賛美はもはやいささか陳腐すぎるとはいえないか。(2013年10月18日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)
大手新聞社説(10月16日付)は安倍首相の所信表明演説をどう論じたか。まず各紙の社説の見出しを紹介する。
*朝日新聞=所信表明演説 1強のおごりはないか
*毎日新聞=安倍首相演説 汚染水への危機感薄い
*讀賣新聞=所信表明演説 「意志の力」を具体化する時だ
*日本経済新聞=首相は「実行なくして成長なし」を貫け
*東京新聞=首相所信表明 「意志の力」は大切だが
以下、各紙社説の要点を紹介し、締めくくりとして安原のコメントをつける。
(1)朝日新聞=安倍首相の所信表明演説は、拍子抜けするほど素っ気ないものだった。各党とまともに議論する気があるのかどうか、疑わしい。首相がいま最も力を入れているのは、消費税率引き上げに伴う成長戦略だ。演説では「起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻すこと。若者が活躍し、女性が輝く社会を創りあげること。これこそが私の成長戦略です」と打ち上げた。
政策を前に進めることには賛成だ。だが、国民が増税などの痛みを強いられるなか、権力が集中する「1強」のおごりが見えるようでは、信は失われるだろう。
(2)毎日新聞=東京電力福島第1原発の汚染水問題に対する危機感が足りないのではないか。そんな疑問を抱く首相の所信表明演説だった。この問題を解決しない限り、首相がアピールする「成長戦略の実行」も前には進めないはずだ。首相は「日本は、もう一度、力強く成長できる」「意志さえあれば、必ずや道はひらける」と改めてプラス思考を強調した。「若者が活躍し、女性が輝く社会をつくる」という首相の言葉に異論はない。
大事なのは「実行」であり、「作文には意味がない」とも語った。果たして目標としている労働者の賃金アップに本当につながるかどうか。結果が問われる時期が近づいている。
(3)讀賣新聞=日本経済の再生を目指す「意志」は、伝わってくるが、肝心なのは結果である。成長戦略をいかに具体化するか、政権の実行力が問われる。安倍首相は衆参両院の所信表明演説で、困難な課題を克服する「意志の力」の重要性も強調した。
外交・安全保障の分野で首相は「積極的平和主義」の立場から国家安全保障会議(日本版NSC)の創設を急ぐ考えを示した。政府は日本版NSC設置法案の早期成立に加え、初の国家安全保障戦略や新防衛大綱の策定、集団的自衛権の憲法解釈の見直しなどを着実に進める必要がある。
(4)日本経済新聞=首相はアベノミクスで経済成長率や雇用情勢が改善した成果を示す一方で「これまでも同じような『成長戦略』はたくさんあった」と指摘。「実行なくして成長なし」と訴え、今国会で結果を出すよう呼びかけた。
外交・安全保障政策では「積極的平和主義」の理念を掲げ、国家安全保障会議の創設や国家安全保障戦略策定の方針を打ち出した。
日中、日韓関係に全く言及がなかった。中韓両国の国内事情もあり、ともに首脳会談が実現していないが、これでは日中、日韓関係を軽視していると誤解されかねない。
(5)東京新聞=首相が今回の演説でちりばめたのは「チャレンジ」「頑張る」「意欲」「意志の力」「実行」という言葉だ。長年のデフレから脱却し、日本経済をを再び回復基調に転じるには意欲ある人や企業を支援し、けん引役になってほしいのだろう。
しかし「意志の力」ばかり演説で繰り返されると、心配になってくる。頑張ろうとしても頑張れない、社会的に弱い人は切り捨てられても構わないという風潮を生み出しはしないか、と。弱い人たちが軽んじられる「弱肉強食」の競争社会は、たとえ経済が成長したとしても、暮らしにくいに違いない。それは目指すべき「支え合い社会」にはほど遠い。
<安原のコメント> 目指すべきは「支え合い社会」
大手紙の社説が一番言いたいことは何か。簡潔にいえば、以下のようである。
*朝日新聞=国民が増税などの痛みを強いられるなか、権力が集中する「1強」のおごりが見えるようでは、信は失われるだろう。
*毎日新聞=大事なのは「実行」であり、果たして目標としている労働者の賃金アップに本当につながるかどうか。
*讀賣新聞=政府は、初の国家安全保障戦略や新防衛大綱の策定、集団的自衛権の憲法解釈の見直しなどを着実に進める必要がある。
*日本経済新聞=日中、日韓関係に全く言及がなかった。ともに首脳会談が実現していないが、これでは日中、日韓関係を軽視していると誤解されかねない。
*東京新聞=「弱肉強食」の競争社会は、たとえ経済が成長したとしても、暮らしにくいに違いない。それは目指すべき「支え合い社会」にはほど遠い。
上記5紙の社説のうちあえてひとつだけ選ぶとすれば、東京新聞を挙げたい。他の4紙の社説もそれぞれの個性が浮き出ている。朝日は「1強」のおごりを戒め、毎日は労働者の賃金引き上げこそ重要と説く。一方、讀賣は安倍政権を支持する右派メディアらしく、集団的自衛権(日本が直接攻撃されていなくても同盟国米国と共に軍事力を行使すること)を容認する。ただし私自身は集団的自衛権行使には賛同できない。日経の「首相は日中、日韓関係を軽視している」との認識は正しい。
さてなぜ東京新聞社説が一番評価できるのか。まず<「弱肉強食」の競争社会>への批判となっているからである。しかも安倍政権の単純な経済成長論にも疑問を提示している。何よりも<目指すべき「支え合い社会」にはほど遠い>という指摘には新味がある。単純な経済成長賛美論はもはや陳腐である。ぬくもりのある「支え合い社会」をこそ目指したい。
(寸評、提案大歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなくて結構です。 なお記事をプリントする場合、「印刷の範囲」を指定して下さい)
安原和雄
安倍首相の所信表明演説が意図するものは何か。それを大づかみに理解しようと思えば、社説を読むのが手っ取り早い。といっても各紙社説は多様である。現政権への擁護論から批判派まで主張は幅広い。だから読者としての自分なりの視点が求められる。
わたし自身は東京新聞の主張に教えられるところが多い。特に<「弱肉強食」の競争社会は、たとえ経済が成長したとしても、暮らしにくい。目指すべきは「支え合い社会」>という視点に賛成したい。安倍首相の単純な経済成長推進論は幸せへの道にはほど遠い。経済成長賛美はもはやいささか陳腐すぎるとはいえないか。(2013年10月18日掲載。公共空間「ちきゅう座」、インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)
大手新聞社説(10月16日付)は安倍首相の所信表明演説をどう論じたか。まず各紙の社説の見出しを紹介する。
*朝日新聞=所信表明演説 1強のおごりはないか
*毎日新聞=安倍首相演説 汚染水への危機感薄い
*讀賣新聞=所信表明演説 「意志の力」を具体化する時だ
*日本経済新聞=首相は「実行なくして成長なし」を貫け
*東京新聞=首相所信表明 「意志の力」は大切だが
以下、各紙社説の要点を紹介し、締めくくりとして安原のコメントをつける。
(1)朝日新聞=安倍首相の所信表明演説は、拍子抜けするほど素っ気ないものだった。各党とまともに議論する気があるのかどうか、疑わしい。首相がいま最も力を入れているのは、消費税率引き上げに伴う成長戦略だ。演説では「起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻すこと。若者が活躍し、女性が輝く社会を創りあげること。これこそが私の成長戦略です」と打ち上げた。
政策を前に進めることには賛成だ。だが、国民が増税などの痛みを強いられるなか、権力が集中する「1強」のおごりが見えるようでは、信は失われるだろう。
(2)毎日新聞=東京電力福島第1原発の汚染水問題に対する危機感が足りないのではないか。そんな疑問を抱く首相の所信表明演説だった。この問題を解決しない限り、首相がアピールする「成長戦略の実行」も前には進めないはずだ。首相は「日本は、もう一度、力強く成長できる」「意志さえあれば、必ずや道はひらける」と改めてプラス思考を強調した。「若者が活躍し、女性が輝く社会をつくる」という首相の言葉に異論はない。
大事なのは「実行」であり、「作文には意味がない」とも語った。果たして目標としている労働者の賃金アップに本当につながるかどうか。結果が問われる時期が近づいている。
(3)讀賣新聞=日本経済の再生を目指す「意志」は、伝わってくるが、肝心なのは結果である。成長戦略をいかに具体化するか、政権の実行力が問われる。安倍首相は衆参両院の所信表明演説で、困難な課題を克服する「意志の力」の重要性も強調した。
外交・安全保障の分野で首相は「積極的平和主義」の立場から国家安全保障会議(日本版NSC)の創設を急ぐ考えを示した。政府は日本版NSC設置法案の早期成立に加え、初の国家安全保障戦略や新防衛大綱の策定、集団的自衛権の憲法解釈の見直しなどを着実に進める必要がある。
(4)日本経済新聞=首相はアベノミクスで経済成長率や雇用情勢が改善した成果を示す一方で「これまでも同じような『成長戦略』はたくさんあった」と指摘。「実行なくして成長なし」と訴え、今国会で結果を出すよう呼びかけた。
外交・安全保障政策では「積極的平和主義」の理念を掲げ、国家安全保障会議の創設や国家安全保障戦略策定の方針を打ち出した。
日中、日韓関係に全く言及がなかった。中韓両国の国内事情もあり、ともに首脳会談が実現していないが、これでは日中、日韓関係を軽視していると誤解されかねない。
(5)東京新聞=首相が今回の演説でちりばめたのは「チャレンジ」「頑張る」「意欲」「意志の力」「実行」という言葉だ。長年のデフレから脱却し、日本経済をを再び回復基調に転じるには意欲ある人や企業を支援し、けん引役になってほしいのだろう。
しかし「意志の力」ばかり演説で繰り返されると、心配になってくる。頑張ろうとしても頑張れない、社会的に弱い人は切り捨てられても構わないという風潮を生み出しはしないか、と。弱い人たちが軽んじられる「弱肉強食」の競争社会は、たとえ経済が成長したとしても、暮らしにくいに違いない。それは目指すべき「支え合い社会」にはほど遠い。
<安原のコメント> 目指すべきは「支え合い社会」
大手紙の社説が一番言いたいことは何か。簡潔にいえば、以下のようである。
*朝日新聞=国民が増税などの痛みを強いられるなか、権力が集中する「1強」のおごりが見えるようでは、信は失われるだろう。
*毎日新聞=大事なのは「実行」であり、果たして目標としている労働者の賃金アップに本当につながるかどうか。
*讀賣新聞=政府は、初の国家安全保障戦略や新防衛大綱の策定、集団的自衛権の憲法解釈の見直しなどを着実に進める必要がある。
*日本経済新聞=日中、日韓関係に全く言及がなかった。ともに首脳会談が実現していないが、これでは日中、日韓関係を軽視していると誤解されかねない。
*東京新聞=「弱肉強食」の競争社会は、たとえ経済が成長したとしても、暮らしにくいに違いない。それは目指すべき「支え合い社会」にはほど遠い。
上記5紙の社説のうちあえてひとつだけ選ぶとすれば、東京新聞を挙げたい。他の4紙の社説もそれぞれの個性が浮き出ている。朝日は「1強」のおごりを戒め、毎日は労働者の賃金引き上げこそ重要と説く。一方、讀賣は安倍政権を支持する右派メディアらしく、集団的自衛権(日本が直接攻撃されていなくても同盟国米国と共に軍事力を行使すること)を容認する。ただし私自身は集団的自衛権行使には賛同できない。日経の「首相は日中、日韓関係を軽視している」との認識は正しい。
さてなぜ東京新聞社説が一番評価できるのか。まず<「弱肉強食」の競争社会>への批判となっているからである。しかも安倍政権の単純な経済成長論にも疑問を提示している。何よりも<目指すべき「支え合い社会」にはほど遠い>という指摘には新味がある。単純な経済成長賛美論はもはや陳腐である。ぬくもりのある「支え合い社会」をこそ目指したい。
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安倍政権の増税路線を批判する
安原和雄
安倍政権は2014年春から消費税率を現行の5%から8%へ引き上げることを決めた。消費税率はやがて10%へと引き上げられる含みである。安倍政権のこの増税路線を新聞メディアはどう論じたか。大手紙社説では消費税上げを批判したのは東京新聞一紙にとどまる。これでは批判精神からかけ離れた大手紙というほかない。
健全な批判精神を失えば、その行き着く先は国家権力との癒着であり、メディアが国家権力のお先棒を担ぐことにもなりかねない。これではメディアとしての堕落そのものともいえよう。安倍政権とその増税路線に対する正当な批判はいよいよ正念場を迎えている。(2013年10月4日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)
政府は10月1日の閣議で2014年4月、消費税率を現行の5%から8%へ引き上げることを決めた。15年10月に予定されている消費税率10%への引き上げについては首相は「経済状況を勘案して判断時期を含めて適切に決断する」と述べた。
大手新聞社説(10月2日付)は安倍政権の消費税引き上げ決定をどう論じたか。まず各紙の社説の見出しを紹介する。
*朝日新聞=17年ぶり消費増税 目的を見失ってはならぬ
*毎日新聞=消費税8%へ 増税の原点を忘れるな
*讀賣新聞=消費税率8%へ 景気と財政へ首相の重い決断 来春から必需品に軽減税率を
*日本経済新聞=消費増税を財政改革の出発点に
*東京新聞=増税の大義が見えない 消費税引き上げを決定
以上5紙のうち消費税引き上げに批判的視点を打ち出しているのは東京新聞のみである。そこで他の4紙の主張は以下、簡潔に紹介し、東京新聞社説の紹介に重点を置く。
(1)朝日新聞=金額にして8兆円余り、わが国の税制改革史上、例のない大型増税である。家計への負担は大きい。それでも、消費増税はやむをえないと考える。借金漬けの財政を少しでも改善し、社会保障を持続可能なものにすることは、待ったなしの課題だからだ。
(2)毎日新聞=私たちは、増大する社会保障費と危機的な財政を踏まえ、消費増税は避けて通れない道だと主張してきた。現在の経済状況を考慮しても先送りする事情は見当たらない。増税によって、社会保障の持続可能性は高まり、財政を健全化していく第一歩となる。
(3)讀賣新聞=景気回復と財政再建をどう両立させるか。日本再生を掲げる安倍政権の真価が問われよう。デフレからの脱却を最優先し、来春の増税を先送りすべきであるが、首相が自らの責任で重い決断をした以上、これを受け止めるしかあるまい。
(4)日本経済新聞=安倍首相が予定通り消費税増税を決断した。5兆円規模の経済対策で景気を下支えしながら、5%の消費税を8%まで引き上げる。17年ぶりの消費税増税を実行し、財政再建の一歩を踏み出すことを評価したい。アベノミクスの効果もあって日本経済は着実に回復している。
(5)東京新聞=社説の大要を以下に紹介する。
安倍晋三首相が来年四月から消費税の8%への引き上げを決めた。終始、国民不在のまま進んだ大増税は、本来の目的も変質し、暮らしにのしかかる。
*何のための大増税か
一体、何のための大増税か。疑問がわく決着である。重い負担を強いるのに、血税は社会保障や財政再建といった本来の目的に充てられる保証はない。公共事業などのばらまきを可能とする付則が消費増税法に加えられたためだ。肝心の社会保障改革は不安が先に立つ内容となり、増税のための巨額の経済対策に至っては財政再建に矛盾する。増税の意義がまったく見えないのである。
*弱者を追い込む「悪魔の税制」
消費税は1%で二・七兆円の税収があり、3%引き上げると国民負担は八兆円を超える。財務省にとっては景気に左右されず安定的に税収が確保できるので好都合だ。だが、すべての人に同等にのしかかるため、所得の低い人ほど負担が重くなる逆進性がある。
さらに法人税は赤字企業には課せられないが、消費税はすべての商取引にかかり、もうかっていなくても必ず発生する。立場の弱い中小零細事業者は消費税を転嫁できずに自ら背負わざるを得ない場合がある。このままでは格差を広げ、弱者を追い込む「悪魔の税制」になってしまう。
*大企業優先の安倍政権
消費税を増税する一方、法人税は減税を進めようというのは大企業を優先する安倍政権の姿勢を物語っている。消費税増税で景気腰折れとならないよう打ち出す経済対策も同じである。五兆円規模のうち、企業向けの設備投資や賃上げを促す減税、さらに年末までに決める復興特別法人税の前倒し廃止を合わせると一・九兆円に上る。公共事業などの景気浮揚策も二兆円である。
国民から吸い上げた消費税を原資に、財界や建設業界といった自民党支持基盤に還流されたり、減税に充てられる構図である。過去に経済対策と銘打って公共事業をばらまき、借金を積み上げた「古い自民」の歴史を忘れてもらっては困る。このままでは社会保障の充実も財政再建もかなわないまま、消費税率だけが上がっていくことになりかねない。
*安心できる社会保障を
安倍首相は「持続可能な社会保障制度を次の世代にしっかりと引き渡すため、熟慮の末に消費税引き上げを決断した。財源確保は待ったなしだ」と理由を述べた。
そうであるならば、やるべきことは、安心できる社会保障制度の将来像を具体的に描き、その実現のために無駄な財政支出を徹底的に削減し、公平な負担を確立する。それなしに国民の理解は得られるとはとても思えない。
<安原のコメント> 東京新聞の消費税上げ反対は正論
東京新聞社説のうち注目すべき主張は以下の諸点である。
*消費税は所得の低い人ほど負担が重くなる逆進性
*格差を広げ、弱者を追い込む「悪魔の税制」
*消費税を原資に、財界や建設業界など自民党支持基盤に還流されたり、減税に充てられる構図
*公共事業をばらまき、借金を積み上げた「古い自民」の復活
以上のような視点は東京新聞以外の社説ではお目にかかれない。安倍政権の政策に批判の目を注いでいるからこそ、見えてくる疑問点といえる。他紙にこういう視点がほとんど見受けられないのは、安倍政権を批判するどころか、むしろ癒着の気風があるからではないのか。
現政権との馴れ合いになっては世に言う「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」である。こういう喩(たと)えは、最近ではほとんど使われなくなっているらしい。参考までに辞書を引いてみると、「恋する者の目には相手のあばたでもえくぼのように見える」、言い換えれば「ひいき目で見れば、どんな欠点でも長所に見えるということのたとえ」である。
これではメディア、新聞としての基本的必要条件であるべき「権力に対する批判精神」の欠如であり、メディアの堕落というほかない。堕落から正常な道へ立ち戻るのは容易ではないことを歴史は教えている。
(寸評、提案大歓迎! 下記の「コメント」をクリックして、自由に書き込んで下さい。実名入りでなくて結構です。 なお記事をプリントする場合、「印刷の範囲」を指定して下さい)
安原和雄
安倍政権は2014年春から消費税率を現行の5%から8%へ引き上げることを決めた。消費税率はやがて10%へと引き上げられる含みである。安倍政権のこの増税路線を新聞メディアはどう論じたか。大手紙社説では消費税上げを批判したのは東京新聞一紙にとどまる。これでは批判精神からかけ離れた大手紙というほかない。
健全な批判精神を失えば、その行き着く先は国家権力との癒着であり、メディアが国家権力のお先棒を担ぐことにもなりかねない。これではメディアとしての堕落そのものともいえよう。安倍政権とその増税路線に対する正当な批判はいよいよ正念場を迎えている。(2013年10月4日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」、公共空間「ちきゅう座」に転載)
政府は10月1日の閣議で2014年4月、消費税率を現行の5%から8%へ引き上げることを決めた。15年10月に予定されている消費税率10%への引き上げについては首相は「経済状況を勘案して判断時期を含めて適切に決断する」と述べた。
大手新聞社説(10月2日付)は安倍政権の消費税引き上げ決定をどう論じたか。まず各紙の社説の見出しを紹介する。
*朝日新聞=17年ぶり消費増税 目的を見失ってはならぬ
*毎日新聞=消費税8%へ 増税の原点を忘れるな
*讀賣新聞=消費税率8%へ 景気と財政へ首相の重い決断 来春から必需品に軽減税率を
*日本経済新聞=消費増税を財政改革の出発点に
*東京新聞=増税の大義が見えない 消費税引き上げを決定
以上5紙のうち消費税引き上げに批判的視点を打ち出しているのは東京新聞のみである。そこで他の4紙の主張は以下、簡潔に紹介し、東京新聞社説の紹介に重点を置く。
(1)朝日新聞=金額にして8兆円余り、わが国の税制改革史上、例のない大型増税である。家計への負担は大きい。それでも、消費増税はやむをえないと考える。借金漬けの財政を少しでも改善し、社会保障を持続可能なものにすることは、待ったなしの課題だからだ。
(2)毎日新聞=私たちは、増大する社会保障費と危機的な財政を踏まえ、消費増税は避けて通れない道だと主張してきた。現在の経済状況を考慮しても先送りする事情は見当たらない。増税によって、社会保障の持続可能性は高まり、財政を健全化していく第一歩となる。
(3)讀賣新聞=景気回復と財政再建をどう両立させるか。日本再生を掲げる安倍政権の真価が問われよう。デフレからの脱却を最優先し、来春の増税を先送りすべきであるが、首相が自らの責任で重い決断をした以上、これを受け止めるしかあるまい。
(4)日本経済新聞=安倍首相が予定通り消費税増税を決断した。5兆円規模の経済対策で景気を下支えしながら、5%の消費税を8%まで引き上げる。17年ぶりの消費税増税を実行し、財政再建の一歩を踏み出すことを評価したい。アベノミクスの効果もあって日本経済は着実に回復している。
(5)東京新聞=社説の大要を以下に紹介する。
安倍晋三首相が来年四月から消費税の8%への引き上げを決めた。終始、国民不在のまま進んだ大増税は、本来の目的も変質し、暮らしにのしかかる。
*何のための大増税か
一体、何のための大増税か。疑問がわく決着である。重い負担を強いるのに、血税は社会保障や財政再建といった本来の目的に充てられる保証はない。公共事業などのばらまきを可能とする付則が消費増税法に加えられたためだ。肝心の社会保障改革は不安が先に立つ内容となり、増税のための巨額の経済対策に至っては財政再建に矛盾する。増税の意義がまったく見えないのである。
*弱者を追い込む「悪魔の税制」
消費税は1%で二・七兆円の税収があり、3%引き上げると国民負担は八兆円を超える。財務省にとっては景気に左右されず安定的に税収が確保できるので好都合だ。だが、すべての人に同等にのしかかるため、所得の低い人ほど負担が重くなる逆進性がある。
さらに法人税は赤字企業には課せられないが、消費税はすべての商取引にかかり、もうかっていなくても必ず発生する。立場の弱い中小零細事業者は消費税を転嫁できずに自ら背負わざるを得ない場合がある。このままでは格差を広げ、弱者を追い込む「悪魔の税制」になってしまう。
*大企業優先の安倍政権
消費税を増税する一方、法人税は減税を進めようというのは大企業を優先する安倍政権の姿勢を物語っている。消費税増税で景気腰折れとならないよう打ち出す経済対策も同じである。五兆円規模のうち、企業向けの設備投資や賃上げを促す減税、さらに年末までに決める復興特別法人税の前倒し廃止を合わせると一・九兆円に上る。公共事業などの景気浮揚策も二兆円である。
国民から吸い上げた消費税を原資に、財界や建設業界といった自民党支持基盤に還流されたり、減税に充てられる構図である。過去に経済対策と銘打って公共事業をばらまき、借金を積み上げた「古い自民」の歴史を忘れてもらっては困る。このままでは社会保障の充実も財政再建もかなわないまま、消費税率だけが上がっていくことになりかねない。
*安心できる社会保障を
安倍首相は「持続可能な社会保障制度を次の世代にしっかりと引き渡すため、熟慮の末に消費税引き上げを決断した。財源確保は待ったなしだ」と理由を述べた。
そうであるならば、やるべきことは、安心できる社会保障制度の将来像を具体的に描き、その実現のために無駄な財政支出を徹底的に削減し、公平な負担を確立する。それなしに国民の理解は得られるとはとても思えない。
<安原のコメント> 東京新聞の消費税上げ反対は正論
東京新聞社説のうち注目すべき主張は以下の諸点である。
*消費税は所得の低い人ほど負担が重くなる逆進性
*格差を広げ、弱者を追い込む「悪魔の税制」
*消費税を原資に、財界や建設業界など自民党支持基盤に還流されたり、減税に充てられる構図
*公共事業をばらまき、借金を積み上げた「古い自民」の復活
以上のような視点は東京新聞以外の社説ではお目にかかれない。安倍政権の政策に批判の目を注いでいるからこそ、見えてくる疑問点といえる。他紙にこういう視点がほとんど見受けられないのは、安倍政権を批判するどころか、むしろ癒着の気風があるからではないのか。
現政権との馴れ合いになっては世に言う「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」である。こういう喩(たと)えは、最近ではほとんど使われなくなっているらしい。参考までに辞書を引いてみると、「恋する者の目には相手のあばたでもえくぼのように見える」、言い換えれば「ひいき目で見れば、どんな欠点でも長所に見えるということのたとえ」である。
これではメディア、新聞としての基本的必要条件であるべき「権力に対する批判精神」の欠如であり、メディアの堕落というほかない。堕落から正常な道へ立ち戻るのは容易ではないことを歴史は教えている。
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