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2026-04-13

クィア、いい加減にしろ

クィアメディア批評には、どのような表象が生まれても最終的な批判の矛先が「シスヘテロ欲望」に向けられるシスヘテロ悪魔が定着しつつある。

クィア要求の二重拘束とエスカレーション

問題の核心は、「性的すぎる」批判と「性的でなさすぎる」批判が、まったく逆の現象対象にしながら、同一の犯人シスヘテロまなざし)を指名する点にある。

描写が過剰な場合——『Blue Is the Warmest Color

アブデラティフ・ケシシュ監督の本作(2013)は、カンヌパルム・ドールを受賞した一方で、レズビアンコミュニティから激しい批判を受けた。主な論点は、約10分に及ぶ性描写シーンが「実際のレズビアン経験というより、ヘテロ男性ポルノグラフィー的ファンタジーに近い」というものであり 、監督男性的なまなざしレズビアン身体対象化・フェチ化しているという指摘だった。

原作コミックの作者であるジュル・マロ自身も、その性描写を「滑稽で過度」と批判した。これは正当な批評であるしかし注目すべきは、批判の着地点が常に「男性視線レズビアニズムを搾取した」という一点に収束し、その他の解釈——たとえば監督美学選択フランス映画身体表現伝統、あるいは原作との差異——がほとんど議論されないことだ。

描写が控えめな場合——『Love, Simon

一方、2018年ハリウッドメジャー初のゲイ主人公ティーン映画Love, Simon』は、性描写をほぼ排除し、恋愛カミングアウト感情的側面を中心に据えた。だがこれもまた批判された——今度は「ストレートに受け入れやすくするため、クィアセクシュアリティを無害化・消毒している」という理由で。

批評家のジェイコブ・トビアは、「男性的なゲイ男性は魅力的な主人公になれるが、フェミニンジェンダーノンコンフォーミングなゲイ男性コメディリリーフに追いやられる」と指摘した。『Love, Simon』が「ホモノーマティティ(heteronormative assumptions を内面化したゲイ規範性)」を再生産しているという分析学術的にも支持されている 。しかしここでも「ストレートへの媚び」という説明図式が優先される。

二重拘束の構造「何が出てきてもストレートの奴らの抑圧だ」
表象の特徴 批判の内容 帰責先
描写露骨・長い 男性視線レズビアンフェチシスヘテロ男性欲望
描写がない・少ない クィアセクシュアリティを脱性化し、ストレート視聴者に媚びる シスヘテロ社会への同化欲求
同性カップルを登場させる キスがあるだけ」では不十分、中心的物語として描くべき シスヘテロ的周縁化

この表が示すのは、結論シスヘテロが悪い)が先にあり、証拠表象の内容)が後から当てはめられるという推論の倒置だ。「非反証可能命題」であり、いかなる反例も体制側の隠蔽として吸収できてしまう。

「登場」から「中心化」要求へのエスカレーション

ハリウッドクィアカップルを描く際の「ハードル上昇」も同様の論理で動いている。米ハリウッドケーブル局 Hallmark Channel は2019年同性カップルキスシーンを含む広告を一時撤回して批判を受けた。その後方針を転換し同性カップル番組に登場させたが、今度は「単に登場させるだけでは足りない、物語の主軸として描くべきだ」という要求が生まれた。

注目すべきは、批判基準が常に現状より一段上に設定され、達成されるたびに次の「不十分さ」が告発されるという無限後退構造だ。この構造のもとでは、どれほど努力したコンテンツも必ず「ストレート論理に回収されている」と断罪される余地生まれる。このお決まりの展開が繰り返されたことに、クィアへの加害欲求など持たないのに敵視され続けたストレートたちは疲れ切っている。

シスヘテロからバックラッシュ

クィアから要求が累積・エスカレーションするにつれ、シスヘテロからの反発もまた組織化・激化してきた。重要なのはこの反発が均質ではなく、正当な批評懸念疲労感・政治的操作・むき出しの差別が入り混じった複合体であるという点だ。

ハリウッドの「ウォーク疲れ」と消費者離れ

最も象徴的な事例がDisneyとスター・ウォーズフランチャイズをめぐる論争だ。Disney+ の The Acolyte(2024)はレズビアン監督レスリーヘドランドによるスター・ウォーズ初の女性クリエイター主導作品だったが、低視聴率理由キャンセルされ、イーロン・マスクは「Go Woke, Go Broke(ウォークになれば潰れる)」と投稿して祝意を示した 。保守派ファンから「LGBTQアジェンダを押しつけている」という批判が噴出し、あるアンケートでは米国人の52%超が「Disneyはファミリー向けエンタメへのLGBTQ+促進をやめるべきだ」と回答したとも報告されている。

バドライトの二重拘束

2023年バドライトディラン・マルバニー事件は、二重拘束の地獄如実に示した事件だ。トランス女性インフルエンサーとのスポンサー契約への保守派ボイコットで、ABインベフの米国売上は10%超下落し、バドライト20年以上守ってきた「米国最多販売ビール」の座を失った。Kid Rockバドライトの箱を銃で撃つ動画投稿し、フロリダ州知事ロン・デサンティスも公式批判した。

同時に、LGBTQ+コミュニティからバドライト批判された。今度は「マルバニーへの支持が不十分だった」「声明曖昧」という理由で。企業トランスインクルージョンに動けば保守派が離れ、クィア側は生ぬるいと批判する。ブランド文字通り、どちらに動いても批判される二重拘束に陥った。

要求過剰で愚かなクィアという無能な味方

問題は、「同性愛存在のものへの(宗教的生理的な)否定」という差別と、「政治的意図作品の完成度を損なっている」という批判、「クィアをどう表現してもLGBTQ+コミュニティから"まだ足りない"と批判される」という消耗感、クィア側の言説がこの三類型区別せず、すべてを「シスヘテロ的抑圧」として均質化する傾向があることだ。差別と、正当な美学批評と、「要求の際限ない上昇に疲れた」という感覚をひとまとめにすることで、本来なら対話可能だった穏健層は「敵」に分類されてしまう。

要求エスカレートし続け、かつどのような表象も必ず「不十分」か「間違っている」と判定される構造固定化すると、実際に損するのはクィア当事者自身だ。

シスヘテロが悪い」という枠組みへの依存は、結果としてクィア表象の場そのものを消耗させるリスクを持っている。DEIへの政治的逆風が強まる中、広告主はLGBTQ+メディアから撤退し始めており、「ゴールドラッシュは終わった」と編集者たちは述べている。この撤退差別によるものか、要求の非現実的エスカレーションへの疲労によるものか──個人的には後者の色が濃く──クィア無駄に敵を増やす愚行で自滅したと私は感じている。そして確信しているのは、今後どれだけLGBTQ+メディアコミュニティへの逆風が強まろうと、クィア自分たちのやり方(シスヘテロ悪魔化、ダブルバインドエスカレーション)が間違っていたのではないか、度が過ぎていたのでは、と反省する可能性は『ゼロ』だということである。悪いのは100%、"悪魔のようなシスヘテロヘイターども"に決まっているのである

2026-02-24

 カンヌ 是枝監督

2018年の第71回カンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督映画万引き家族』(英題:Shoplifters)が日本映画として21年ぶりに最高賞のパルム・ドールを受賞した出来事が、安倍晋三首相(当時)と関連して話題になりました。

 

主なポイントは以下の通りです:安倍首相対応:通常、安倍首相日本人選手オリンピックメダル獲得やノーベル賞受賞者など、国際的な受賞に対してすぐに祝賀メッセージ電話を送ることで知られていました。しかし、『万引き家族』の受賞後、安倍首相から公式祝意の表明がなく、沈黙を保ったままだったため、国内外で注目されました。

 

海外メディアの指摘:フランスの有力紙『フィガロ』などが、「是枝監督がこれまで映画インタビュー日本の政治社会貧困問題歴史認識など)を批判的に描いてきたため、安倍首相意図的祝意を控えたのではないか」と分析批判する記事掲載しました。これにより、政府対応が「困惑」や「窮地」だと報じられました。

 

日本国内の動き:野党議員国会で追及したところ、林芳正文部科学大臣が「是枝監督を招いて祝意を伝えたい」と発言しかし、是枝監督自身ホームページなどで「公権力とは潔く距離を保つべき」「映画国益国策と一体化した過去反省から、左右の対立を招きたくない」と述べ、政府から祝意や面会を丁寧に辞退しました。

 

是枝監督立場監督自身は、安倍首相の「沈黙」について「映画本質とは関係ない」と後日コメントし、あくま作品社会貧困家族のあり方を問いかけるものとして、多くの議論を呼んだことを前向きに捉えていました。一部では「反日」などと中傷される騒動もありましたが、監督は「公権力との距離」を重視する姿勢を明確にしました。

 

この一件は、『万引き家族』が描く「血縁を超えた家族」や「社会底辺で生きる人々」のテーマが、当時の日本社会政治文脈格差自己責任論など)と重なり、政権側との微妙な緊張を生んだ象徴的なエピソードとして記憶されています

2022-01-28

anond:20220128164139

映画オリジナル勝手捏造が組み込まれた結果がこれなんやで。くやしいのうwww

カンヌ映画祭 2021年7月17日 パルム・ドール 濱口竜介 ノミネート [27][28]

脚本賞 濱口竜介大江崇允 受賞

国際映画批評家連盟濱口竜介 受賞

エキュメニカル審査員賞 濱口竜介 受賞

アジア太平洋映画2021年9月11日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [29]

監督賞 濱口竜介 ノミネート

主演男優賞 西島秀俊 ノミネート

脚本賞 濱口竜介大江崇允 受賞

ゴッサムインディペンデント映画2021年11月29日 国際長編映画ドライブ・マイ・カー 受賞 [30]

ニューヨーク映画批評家協会賞 2021年12月3日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [31]

ワシントンD.C.映画批評家協会 2021年12月6日 外国語映画賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [32]

ニューヨーク映画批評家オンライン2021年12月12日 外国語映画賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [33]

ボストン映画批評家協会2021年12月12日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [34][35]

監督賞 濱口竜介 受賞

主演男優賞 西島秀俊 受賞

脚本賞 濱口竜介大江崇允 受賞

シカゴ映画批評家協会2021年12月15日 作品賞 ドライブ・マイ・カー ノミネート [36]

監督賞 濱口竜介 ノミネート

主演男優賞 西島秀俊 ノミネート

脚色賞 濱口竜介村上春樹大江崇允 ノミネート

編集賞 山崎ノミネート

外国語作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞

ロサンゼルス映画批評家協会賞 2021年12月18日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [37]

監督賞 濱口竜介 次点

脚本賞 濱口竜介大江崇允 受賞

セントルイス映画批評家協会2021年12月19日 脚色賞 濱口竜介大江崇允 ノミネート [38][39]

外国語映画賞 ドライブ・マイ・カー 受賞

ゴールデングローブ賞 2022年1月9日英語映画ドライブ・マイ・カー 受賞 [24][25]

全米映画批評家協会2022年1月9日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [40]

監督賞 濱口竜介 受賞

脚本賞 濱口竜介大江崇允 受賞

主演男優賞 西島秀俊 受賞

サンフランシスコベイエリア映画批評家協会2022年1月10日 作品賞 ドライブ・マイ・カー ノミネート

監督賞 濱口竜介 ノミネート

脚色賞 濱口竜介大江崇允 ノミネート

主演男優賞 西島秀俊 ノミネート

国際長編作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞

トロント映画批評家協会2022年1月16日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [41]

女性映画ジャーナリスト同盟2022年1月25日英語作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [42]

インディペンデント・スピリット賞 2022年3月6日 外国映画ドライブ・マイ・カー 未決定 [43]

放送映画批評家協会賞 2022年3月13日 外国語映画賞 ドライブ・マイ・カー 未決定

サテライト2022年3月18日 外国語映画賞 ドライブ・マイ・カー 未決定 [44]

日本国内の賞

セレモニー開催日

または発表日 カテゴリー 対象 結果 出典

第13回TAMA映画2021年11月21日 最優秀作品賞 濱口竜介及びスタッフキャスト一同 受賞 [45]

最優秀新進女優賞 三浦透子 受賞

ELLE CINEMA AWARDS 2021 2021年12月18日 ベストディレクター濱口竜介 受賞 [46]

第34回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎2021年12月28日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 受賞 [47]

主演男優賞 西島秀俊 受賞

第34回毎日映画コンクール 2022年1月20日 作品賞 ドライブ・マイ・カー 未決定 [48]

男優主演賞 西島秀俊 未決定

男優助演賞 岡田将生 未決定

女優助演賞 三浦透子 未決定

監督賞 濱口竜介 未決定

脚本賞 濱口竜介大江崇允 未決定

撮影賞 四宮秀俊 未決定

美術賞 徐賢先 未決定

音楽賞石橋英子 未決定

録音賞 伊豆田廉明 未決定

第43回ヨコハマ映画祭 2022年2月6日 日本映画ベストテン ドライブ・マイ・カー 3位 [49]

助演女優賞 三浦透子 受賞

第64回ブルーリボン賞

2020-02-24

韓国映画パラサイト」を観た。ネタバレしない感想を書く。

是枝裕和監督の「万引き家族」と共通する意識を感じた。

現代における格差貧困家庭家族のあり方といったところか。

両方の映画ともカンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得したとのこと。

映画の内容はさておき、国際的にもこういった格差問題や家族のあり方といったテーマは関心が高いのだろうか。

経済グローバル化世界的な金融緩和傾向により、富はグローバルエリートに集中し、それ以外のローカルな人々には行き渡らない。じわじわ底辺社会から順にストレスが溜まっているのではなかろうか。

映画物語ではあるけど、カメラが映し出す映像にはやはりその時代社会が映り込む、そんなことを考えさせられた映画だった。

 
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