はてなキーワード: 粛清とは
三国時代(220-280年)は、確かに戦乱と残虐行為に満ちた時代でした。しかし、そこにはまだ「英雄のドラマ」と「一定の格式」が残っていました。曹操や諸葛亮のように、教養・統率力と残酷さが同居する人物が多く、敵将の降伏を厚遇するケースも少なくありませんでした。
三国時代や唐代以降と比べても、「民族単位での大規模虐殺」「朝廷交代ごとの皇族・名族の根絶やし」「強制移動の頻発」という特徴が極端に目立ち、単なる戦乱を超えた「文明の崩壊と民族対立の泥沼」といった様相を呈しています。
西晋(265-316年)が統一を果たした直後、皇族同士の権力争いである八王の乱が勃発します。 八人の王(皇族)が互いに殺し合い、短期間に大量の皇族が処刑・自殺・暗殺されました。この乱は単なる宮廷内紛ではなく、:「朝廷の交代=皇族絶滅」:という悪しきパターンの始まりでした。
晋は乱の影響で極度に弱体化し、北方の異民族(五胡)を傭兵として大量に呼び込みました。これが後の大混乱の直接的な引き金となります。
後漢は北方の異民族(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌など)を「胡人」と呼び、辺境の防衛力不足を補うために積極的に中華域内へ移住させ、兵として動員しました。 特に:西涼(現在の甘粛省・青海省あたり)の軍閥は、:胡人の騎馬戦力を基盤とした強力な勢力として台頭しました(董卓や馬超の西涼軍が典型例です)。
この政策は一時的に国境を安定させましたが、結果として大量の異民族が内地に定住する事態を招きました。三国時代にはまだ抑えられていた民族間の緊張が、西晋の衰退とともに爆発的に表面化したのです。
西晋の崩壊後、北方(華北)は:五胡十六国時代と呼ばれる極端な分裂期に入ります。:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌の五つの主要異民族が次々と王朝を建て、漢人王朝も含めて20近い小王朝が乱立しました。
・石勒(後趙、羯族)は漢人を大量に坑殺(生き埋め)する「漢人殲滅政策」を実行。
・冉閔(漢人)はこれに報復し、羯族を民族ごと殲滅しようとしました(数十万人規模の虐殺)。
・各王朝の交代のたびに、勝者側が敗者側の民族・皇族を根こそぎ殺すパターンが繰り返されました。
北方の北朝と南方の南朝に分裂した後も、残虐性は収まりませんでした。
鮮卑族の北魏が華北を統一しましたが、皇族・貴族の粛清が絶えませんでした。:河陰の変(528年)は、:爾朱栄が北魏の王公貴族約2000人を一度に虐殺し、洛水を血で赤く染めました。
宋・斉・梁・陳の各王朝交代のたびに、前王朝の皇族・名族がほぼ全滅する:「禅譲の茶番」が繰り返されました。:幼い皇帝を無理やり即位させて形式的な禅譲を行わせ、用済みになったら即座に殺害するという、偽善的で残酷な手口が常套化しました。
589年に隋が南北を統一し、618年に唐が成立することで、この長い残虐時代はようやく終わりを迎えます。 隋・唐は科挙制度を拡大し、血統ではなく能力による官僚登用を推進することで、門閥貴族の力を弱め、中央集権を強化しました。しかし、唐の成立も北周の関隴貴族(鮮卑系混血が多い)を基盤としたため、完全な「漢人王朝」とは言えない複雑な出自を持っていました。
英雄同士の知的な激突と、一定の格式が残る「名士の戦い」の時代。
民族間の生存競争が激化し、民族単位の虐殺応酬と一族誅滅が常態化。教養と残虐さが分離し、文明の形式すら崩壊した。
科挙による能力主義が広がり、士大夫階級が成立。門閥貴族の血統支配が崩れ、比較的安定した時代へと移行。
後漢後期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まったこの混乱は、中国史の中でも特に暗く、虚無的な時期と言えます。
ローマ帝国末期が異民族の軍事力に依存し、崩壊の遠因となったのと似た構造を持っています。
この時代は、単なる戦乱ではなく、「出自主義の呪い」と「民族対立の連鎖」がもたらした、人間社会の極限的な暗部を象徴しています。
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五胡十六国時代〜南北朝時代における漢人勢力と異民族勢力の虐殺応酬の具体例を、時系列に沿って整理して詳述します。
漢人が異民族を、異民族が漢人を、互いに「根絶やしにしよう」とする応酬が繰り返されました。
• 漢人を「奴隷以下」と見なし、特に知識人・貴族層を徹底的に虐殺。
• 特に有名なのは、「漢人殲滅政策」。漢人を「一族ごと」殺すケースが多く、捕虜を坑殺(生き埋め)したり、城ごと焼き払うような残虐行為が記録されています。
• 石勒自身は晩年になって漢文化を取り入れようとしましたが、すでに漢人側の深い恨みを買っていました。
• 石勒の死後、後趙が内乱に陥った隙に、漢人の養子だった冉閔がクーデターを起こして後趙を滅ぼし、冉魏を建国。
• 冉閔は「漢人至上主義」を掲げ、羯族(石氏一族を含む)を民族ごと殲滅する政策を実行。
• 洛陽や鄴を中心に、羯族の男女老若を問わず数十万人規模の虐殺が行われたとされ、「一日で数万人を殺した」という記録もあります。
• これが五胡十六国時代で最も大規模な「民族単位の虐殺」の一つで、羯族はほぼ壊滅状態になりました。
• 苻堅は氐族でありながら漢文化を深く学び、漢人官僚を積極的に登用して華北統一を目指しました(淝水の戦い前は比較的穏健)。
• しかし淝水の戦い(383年)で東晋に大敗すると、前秦は急速に崩壊。
• 敗北後、漢人や他の異民族(鮮卑・羌など)が一斉に反乱。苻堅は捕らえられ、姚萇(羌族)によって屈辱的な処刑を受けました。
• その後、前秦の残党に対する漢人勢力の報復殺戮が各地で発生。苻氏一族もほぼ壊滅しました。
ここでも「異民族の統一王朝 → 漢人を中心とした報復の連鎖」という応酬が見られます。
• 北魏末期、権臣**爾朱栄(鮮卑系)**が洛陽近郊の河陰で、胡太后と幼帝を殺害した後、北魏の王公貴族・高官2000人以上を一度に虐殺。
• 対象は主に漢人中心の貴族層で、「血が川のように流れ、洛水が赤く染まった」と記録されています。
• この事件の後、漢人側も鮮卑勢力に対する反撃・粛清を繰り返し、北魏は東魏と西魏に分裂して崩壊の道をたどります。
高洋(文宣帝)は鮮卑貴族を徹底的に弾圧・虐殺。「鮮卑を皆殺しにすべき」と公言するほどで、鮮卑人の大量処刑が相次ぎました。
宇文護や宇文邕は、逆に漢人官僚を重用する一方で、旧来の鮮卑貴族を粛清。民族の力関係が逆転するたびに虐殺の対象が変わる応酬が続きました。
漢人が異民族を虐殺 → 異民族が漢人を虐殺 → また漢人が…という悪循環。
三国時代は「敵対勢力の指導者や軍を倒す」レベルが多かったのに対し、この時代は「特定の民族全体を弱体化・根絶やしにしよう」という発想が戦略として出てくるのが異質です。
三国時代のような「残虐だが教養がある」人物が少なくなり、残虐行為がより原始的・集団的になる。
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南朝宋の順帝(劉準)が、禅譲後に殺される直前、涙を流しながら叫んだ言葉として正史に残っています。
・南朝宋の末期、権臣蕭道成(後の南朝斉の高帝)が実権を握り、幼い順帝(当時11歳)に禅譲を強要。
・順帝は禅譲の儀式を終えた後、宮中から別の宮殿に移されるはずでしたが、実際にはすぐに王敬則らによって殺害されました。
・死の直前、彼は王敬則の手を叩きながら上記の言葉を残し、周囲の家臣たちも皆泣いたと記録されています。
南朝は比較的「文明が残っている方」だったにもかかわらず、朝廷の交代のたびに前王朝の皇族がほぼ根絶やしにされるパターンが繰り返されていました。
三国時代の終わり(蜀・呉の滅亡)は、演義では悲壮感がありながらも、まだ「英雄の物語」として美しくまとめられています。
・劉禅や孫皓は降伏後も比較的穏やかに扱われ(少なくとも演義では)、皆殺しのような極端な粛清は描かれません。
・しかし晋以降、特に南朝では、禅譲 → 即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅というサイクルが常態化。 順帝の叫びは、その極端な恐怖と絶望を象徴しています。「帝王の家に生まれること=悲惨な死を待つ運命」という認識が、当時の人々にどれほど深く染みついていたかがわかります。
蕭道成側は形式的に「順帝から帝位を譲り受けます」という儀式を執り行わせます。 順帝は幼いながらも、涙を流しながら禅譲の詔を書かされ、玉璽を渡す。
儀式が終わって宮殿を移る途中で、王敬則らに殺されます。 つまり「禅譲」という「平和的な政権交代の象徴」をわざわざ演じさせておいて、その意味を完全に無にする行為です。
・禅譲をやれば「前の皇帝が自ら譲った」形になり、道義的にマシに見せられる。
・しかし実際には、禅譲が終わった瞬間に前の皇帝を殺すことで、「後顧の憂いを断つ」。
三国時代にはまだこの手の「禅譲後の即時殺害」はほとんど見られませんでした。曹丕が漢の献帝から禅譲を受けた後も、献帝は一応生きており、比較的穏やかに扱われています(演義ではもっと美化されていますが、正史でも即殺ではありません)。
それが晋以降、特に南朝では「禅譲 → 即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅」がほぼルール化してしまった。
この「禅譲の茶番」は、南北朝時代を通じて何度も繰り返され、本当に気分が悪くなります。 形式だけは「文明的」なのに、中身は完全に野蛮——そのギャップが、三国志の英雄時代との落差をより残酷にしています。
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私は分かっている。
なぜタッカー・カールソン、メーガン・ケリー、キャンディス・オーウェンズ、アレックス・ジョーンズが、何年も私を攻撃してきたのか。
理由ははっきりしている。
彼らは、テロ支援国家No.1のイランが核兵器を持つことを、素晴らしいことだと思っているからだ。
彼らには共通点がある。
IQが低い。
本人たちも分かっているし、家族も分かっている。
周りの誰もが知っている。
過去や実績を見れば明らかだ。
彼らには能力がないし、これまでもなかった。
彼らはテレビから追い出され、番組を失い、今では呼ばれることもない。
誰も気にしていないからだ。
騒ぐだけのトラブルメーカー。
安っぽい宣伝のためなら、何でも言う。
今では三流ポッドキャストで「クリック」を稼げると思っているようだが、誰も見ていない。
そして彼らの言っていることは、MAGAとは正反対だ。
MAGAは私とともにある。
タッカー・カールソン?
大学すらまともに終えていない。Foxをクビになってから壊れたままだ。
メーガン・ケリー。
あの有名な、ロージー・オドネルに関する意地の悪い質問をした人物だ。
フランスのファーストレディを男性だと非難しているが、それは事実ではない。
ちなみに言っておくが、フランスのファーストレディの方がキャンディスよりはるかに美しい。
比較にならない。
最も愚かなことを言い続け、サンディフックの被害者家族に対する攻撃で、すべてを失った。
こうした、いわゆる「評論家」たちは敗者だ。
これまでも、これからもずっと。
今ではCNNやニューヨーク・タイムズといったフェイクメディアが、彼らを持ち上げている。
だが彼らはMAGAではない。
ただ便乗しようとしているだけの敗者だ。
私はその気になれば、いつでも彼らを味方につけることができる。
だが彼らが電話してきても、私は忙しくて応じない。
だが、そんなことはどうでもいい。
私が考えているのはただ一つ。
国のために正しいことをすることだ。
MAGAとは、勝利であり、強さだ。
アメリカを再び偉大にする。
そのやり方を知っているのは私だ。
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【視点】中国の古いお話に「胡蝶の夢」というものがある。荘子が夢のなかで蝶になった。目覚めた時、「蝶になった夢」か「自分がいま夢を見て蝶になった」か分からなくなったという故事だ。荘子のこの教えは自由意志の希求のようであり、何かポストモダンの先駆のようにも思える。押井守はこの故事を映画版「うる星やつら2」で活用し、無限に反復する喧騒の学園祭前夜の夢のような世界と並行し、荒廃していく現実世界の歓喜と恐怖を描き出していった。
記者はこう書いている「日本のトップとは思えぬ振る舞いに、私も思わず「フェイク画像か」と、わが目を疑った」。だが夢か現実かの区別がつかない感覚に襲われたのは記者だけでなく、対イラン戦争をめぐる狂騒のなかで日々われわれが襲われている感覚である。ホワイトハウス公式アカウントが垂れ流す不可解な映像、支離滅裂な命令、そして映画版『うる星やつら2』では、現実に向き合おうとする登場人物たちが次々と消されていったが、これもトランプ政権の軍幹部たちの粛清と重なる。
高市総理もまた「蝶になった夢」をみているのかもしれない。記事は「首相のアクロバティックな動きは、むしろ選択肢の乏しさの裏返しでもある」と批判で締めくくられているが、夢の世界の選択肢は無限なのである。
もっとも世界の指導者の大半は現実の世界にいる。世界の大半の人々は、明日の生活に怯え、真面目に現実と向き合おうとしている。だからどうも、トランプと高市の二人だけが夢を見ているようだ。高市総理は夢から覚まそうとする側近たちを、トランプがそうしているように次々に消していくのだろうか。
夢とも現実ともつかない世界で夢見る二人の指導者のもとで、荒廃していく世界のなかでわれわれはSNSを通じて流れて来る夢とも現実ともつかない映像をこれからも日々みせつけられることになるのだろう。押井守の「うる星やつら2」は、愛を選択した主人公が現実に回帰することで夢の世界は一斉に崩壊し、作品は締めくくられ、蝶は飛び去っていく。その時がいつくるかは、まだわからない。
キリスト教の正統派(カトリック・正教会・プロテスタント主流派)が共通して使う最も重要な指標は以下の5つです。特に1と2が決定的です。
例:アリウス派、ユニテリアン、モルモン教、統一教会(一部教義)
例:イエスを「神の被造物」とする教え(アリウス派)、イエスを単なる人間とする教え
特に「自分の行いだけで救われる」とする極端な作品主義や、「特定の人物(教祖など)が救いの鍵」とする教え
カトリック、正教会、ルター派、改革派(カルヴァン派)、バプテスト派、メソジスト派、聖公会など。
・これらは三位一体、イエスの神性・人性、十字架による贖罪、聖書の権威といったキリスト教の核心教義を共有しています。
・ 統一教会(世界平和統一家庭連合):イエスを完全な救い主とせず、文鮮明を「再臨のメシア」とする。
・モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会):独自の聖典を持ち、三位一体を否定。
・ エホバの証人:イエスの神性を否定し、十字架を「拷問の柱」とする。
* アリウス派(古代):イエスを「神の被造物」とした(ニカイア公会議で異端宣告)。
→ あるならほぼ異端
この基準は、古代の公会議(ニカイア、カルケドンなど)から現代の福音派・カトリックまで、ほぼ共通して使われています。
正統なキリスト教(カトリック・正教会・主流プロテスタント)は、2000年近く積み重ねられた神学・教義・伝統・公会議の決定という「重いブレーキ」がかかっています。
・組織的・集団的な政治介入(信者の大量党員加入、献金による政治工作)
・教祖や指導者の言葉を絶対化し、即時的な行動指令を出しやすい
・伝統的な倫理的・道徳的制約を「古い体制の産物」と切り捨てて突破しやすい
正統プロテスタント(三位一体肯定) 政治関与は強いが、一定の神学的・倫理的ブレーキがかかっています。 例:反左派デモはするが、教団全体として「政教分離」の原則を完全に無視することは少ない。
・統一教会:文鮮明の言葉を「新しい啓示」として絶対化し、組織的献金・政界工作を積極的に行う。
・ 新天地イエス教:李萬熙を「再臨のキリスト」と位置づけ、信者を特定政党に集団入党させるという極めて大胆な組織的行動を取った(2026年に捜査対象)。
→ 異端の方が「従来の枠組みを顧みない」ため、行動のハードルが明らかに低い傾向があります。
宗教社会学では、この現象を「sects(分派・カルト)的緊張感」と呼ぶことがあります。
・正統教会は社会に適応し、制度化されるほど行動が慎重になる。
・新興異端・カルトは「純粋回帰」や「新しい啓示」を掲げるため、社会との緊張を積極的に受け入れ、大胆な行動(政治介入、資金集め、信者動員)を起こしやすい。
・ワッハーブ派(イスラム教原理主義派)も同様の構造を持っていました。伝統的なイスラム解釈を「腐敗」と切り捨て、文字通りの厳格解釈を掲げた結果、軍事同盟や粛清という大胆な行動を取った。
・すべての異端が大胆な政治行動を取るわけではない(静かな隠遁型異端も存在)。
・正統派の中にも、極端に政治化して大胆な行動を取るグループはあります(例:米国の極端なChristian Nationalism派)。
・大胆さの背景には「教義の純粋性」だけでなく、指導者のカリスマ性や組織の閉鎖性・絶対服従構造が大きく影響します。
「従来の信仰枠組みを顧みない組織ほど、大胆で即物的な行動をとりがち」 という傾向は、宗教社会学的に見て明確に存在します。
これは「三位一体の否定」そのものが原因ではなく、「伝統的権威・教義の制約を外す」ことが行動の自由度を高めるためです。 結果として、統一教会や新天地のような異端団体は、正統キリスト教団体よりも組織的・戦略的な政治介入を大胆に行いやすい構造になっています。
かつて日本は大陸から流れてきた敗残軍の軍事力を蓄積して大陸を脅かしており、驚異であるとしてオランダに鎖国させられ、資源を奪われた
英米は黒人奴隷を廃止したのでオランダを追い出して日本を使えるようにし、さらに国内法制支援をぼぼやらず第二次世界大戦を煽った
アジアを日本に支配させ、日本を通してアジアに勢力を持ち、日本人からは搾取する目的だった
戦後も法制支援はなく、国連の指導は形だけにして自民党に支配させ、国家的組織犯罪をはびこらせている
災害のときには救助してくれるとはいえ、西側は全面的に見ればアジアにとっての平和国家集団とはいえない