はてなキーワード: 板チョコとは
自分は良いチョコレートの味がよくわからない。カカオ80%とか60%とかの違いはわかるし、ミルクチョコレートかビターチョコレートかホワイトチョコレートかも区別できる。でも、高級チョコレートの「特別な味」はまったくわからない。明治の板チョコでも十分美味しいと感じるのだ。
そのため、誰かに高級チョコレートをもらっても、「高いチョコをもらえた!」という満足感があまりない。逆に言うと、高級チョコレートだと思えるのは、チョコ以外の何かが入っている場合だけだ。オレンジピールをチョコで包んだものや、ラズベリーのゼリーが入ったチョコなんかは、「これは高い良いチョコだ」と思って楽しめる。
つまり、チョコだけの高級チョコレートは、安いチョコと味の違いがわからない。もらえるのは嬉しいのだけど、味がわからないので「損した気持ち」になる。だったら、フルーツやマカロンなど、チョコ以外の高級なお菓子をもらった方が、「はっきり美味しい!」という満足感を味わえる。
自分は明治の板チョコで十分美味しい。オレンジピールやラズベリー入りなら高級チョコだとわかるけど、チョコだけの高級品は味がわからない。
自分には、高級チョコレートの味がわからないので、正直それほど嬉しくない。
お前らは本当に高いチョコレートの味がわかるのかよ?
5年は前になる。
近所のスーパーでキャベツ一玉68円とか、卵10個パック198円とか、そういう物価だった頃だ。
体調を崩して仕事を辞め、貯金を切り崩した後は、幸い申請が通った障害年金と、リハビリとして始めたアルバイトで暮らすようになった。
その時考えていたのが、「いつ生活保護を受けることになるかもわからないから、支出をその範囲で抑えられるようになっておこう」ということだった。
いつまた働けなくなるかもしれないし、年金が打ち切られるかもしれない。
役所で一度相談し、説明を受けたことはあったので、金額はその時教えてもらっていた。
ちなみにその時は水際対策で断わられたわけではなく、まだ貯金がある段階で、働けなくて収入の当てがないと相談したところ、手続きの仕方などを保護担当の人が親身になって教えてくれた。
おかげで「お金がなくなったら生活保護があるし、役所で追い返されることもない」という安心感が持てて、そこから体調も安定し始めた。
話を戻して、当時住んでいた自治体では生活保護費は住宅扶助を上限まで使って13万円だった。
簡易キッチンとユニットバスの狭いワンルームなのだが、1万円近く超過している。
なので、13万円以内で生活するには生活費を諸々込みで67,000円に抑える必要があるわけだ。
バイト先への交通費は別にしておいて、通信費はスマホ(格安SIM)と家のネットを合わせて約9,000円。
水道代はほぼ基本料金なので隔月2,400円。電気・ガス代は(※当時)平均5,000円。
これを固定費として、月々15,200円の支出は確定していることになる。
ここから食費、雑費、被服や美容費など捻出するわけだが、人付き合いがなく出かけることがないので交通費がかからず、近隣に図書館があり、元々趣味が読書なので娯楽にも対して金がかからないのもあって、案外暮らせるものだった。
障害者手帳のフリーパスでバスに乗れば交通費はさらに節約できたし、割引になる美術館や自治体主催の無料の講座などに参加したりもできた。
一方で、歯医者の定期クリーニングや美容院の予定が入ったりすると一気に苦しくなるのも事実だった。
衣服代も予算を圧迫するので、靴はとにかく安いものを探し、ワークマンの980円のキャンバスシューズに行き着いた。
工夫をすれば暮らせるが、収入がある時は普通にやっていたこと(歯医者での定期クリーニングや、三か月に一度の美容院)が「贅沢」となり、小綺麗な格好をするのが難しくなるため、友人同士の集まりやおしゃれなカフェなど、身なりを値踏みされそうな場所からはちょっと足が遠のく。
月13万円はそんな生活だった。
しかし、その「工夫をすれば暮らせる」さえ、あくまで5年前の話だ。
それからロシアのウクライナ侵攻が始まり、円安も進み、物価がどんどん上がっていった。
まいばすで78円で買えていた板チョコが今は税抜148円だ。
光熱費は、使用量は減らしたのに基本料金と単価がバカみたいに上がり、倍になった。
いつも鶏むね肉を100グラム68円で売っていたスーパーでは、100グラム98円になった。
サバ缶は158円が258円になった。
まいばすの味がしないバナナなんぞ78円が気付いたら128円だが、それでも相当安い方だ。
chatGPTに相談すると「業務スーパーや作り置きを活用しましょう」などと言ってくる。
あのな、この世の困窮してる人間のそばに業務スーパーは必ずあるのか?
誰にでも徒歩やバスで行く体力があり、自炊する気力や知識や環境があると思ってるのか?
そういう話をしてるんだ私は。と、小一時間chatGPTを詰めてしまった。不毛な時間だ。
経済的に余裕がなく、さまざまな事情で自炊も難しい人が、安く食べたい、とにかく腹を満たしたいという時にそこにあって手が届くのは、現実的には安い菓子パンでありPBのカップヌードルだったりするのだろう。
普段からちゃんと食事をしている人がたまの間に合わせに食べるならいいが、常食するには体に悪すぎる、それらの食物でも「食えることは食えるんだからいいだろう」と言うのは、奇しくもマリー・アントワネットが言ってないとされる「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」という状態だ。
おおマリー、お菓子は安くとも体に悪く、民衆のQOLを下げてしまうのよ。
マリア・テレジアも草葉の陰で泣いている。
今は何も調べずにこれを書いているが、多分生活保護費が引き上げになったとかってことはなく、(むしろ引き下げの話をしてるくらいだ)同じ金額のまま、物価は爆上がり、交通費も光熱費も上がり、カツカツからキュウキュウで皆生きているんだろう。
(私はもう無理だと思ったので、貯金を諦めて生活費の上限を上げた。金がなくて食えなくなったら最悪死ぬからもういい)
とはいえ、これがどのくらい政治のせいなのか、友人も妹もいないタイプのメロスである私にはわからない。戦争とか温暖化の影響を、一体誰がどうしたらどうにかできるんだろう。
何もわからない。
とか
とか
久々に温泉行きたいなー、でも1000円もするのか、今日は家の風呂に入浴剤でも入れるかー
とか
もうスマホボロボロだな、充電持たないし…こんなにするの!?じゃもうしばらく使うか
とか
なにか甘いもの食べたいなー…今板チョコ100円じゃ買えないのか、じゃあまぁ今日はいいや
とか
なんならしまむらでいいや
とか
なんかそういう細々とした節約してると、時々悲しくなるから、そういうのが解消される世の中になってくれるといいなぁ
フルで正社員で働いてさ、ちゃんと税金納めてさ、一生懸命なのにさ、もう少しゆとりがあると、いいよな
低賃金の仕事に就くからだよwwなんて高学歴高収入のはてなーは言うだろうけどさ、普通に一生懸命働いてたらある程度お金が貰えてある程度いい暮らしができる、そんな世の中にならないかなぁ
別にサボってないのになぁ
責任を取ることから逃げたなあなあの表現を多用する国民性からもそれは垣間見える。
たとえば教徒の人は「ワシはぶぶ漬けを出しただけ。勝手に帰ったのは相手」とか平気で言うやん?
クソやん?
これがアメリカ人なら「ゲラウトヒア!」「オーケー!グッバイ!」で終わるのよ。
結局日本人って、上辺だけ責任感ある封にすることが大好きなゴミ国家なんだよね。
ちょっと悪いコトしたら切腹をちらつかせて「切腹するほどじゃないよ~~~」で全部許してもらおうとする甘ったれた国民。
それに対するカウンターが「そんなに切腹したいっていうならしょうがないな~~~。俺はそこまでしなくてもいいと思うけど君はそうしたいんだもんな~~~」という超曖昧スタイル。
いつだって「相手が勝手に決めたことにございます。僕は相手の決定に従ったまで」で逃げ切ろうとする。
議論をぶつけ合ってアウフヘーベンにたどり着こうって感覚がないんだよね。
やるとしても最初から結論が決まった中で儀式的にやってるだけっていうか。
「ほな板チョコ一つ100万円でおま」
「高すぎんよ~~~~1円にして」
「商売あがったりやがな。じゃあ10万円でドヤ」
「しゃあないなあ10円ならこうたる」
「持ってけ泥棒!100円でどうでい!」
「お客さんほんま買い物上手やねえ」
日本人って「商談」とか「交渉」と称してもこのレベルのカスみたいなことしか出来ないんだよね。
今回の米騒動だって「><サトウのご飯より二周り美味しくない米レベルでもいいから5kg2500円で売ってください><」「(*^^*)小学校のグショグショ残飯ご飯レベルでいいってことなら5kg2500円も不可能ではありませんので、備蓄米放出を検討します」「><3000円出すから小学校のベチャベチャ給食レベルはちょっと勘弁してください><」「ちゃんとした炊飯器を使ってお米の大きさに合わせて炊けばワンチャン大丈夫っしょ」「><じゃあそれで」って最初からお互いに交渉しとけば納得できた。
まあそもそも論として国民が交渉の場にちゃんと出てきてないって所が問題の始まりな感じはある。
例の農林水産大臣が「僕の家にお米送ってくれないってことはさぁ~~~今度お話し合いしますよって招待状の送り先を教えてくれてないってことだからな~~~~」とかやってたのが全部悪いんだよね。
ウンウン進次郎は悪くないね。
好きなチョコ
あんんんんまい 量が少ない でも時々食べたくなる…
パッケージがゴージャスで良い
金の包みもおしゃれ
板チョコの中で一番好き
甘ったるいがこれぐらいが良い
甘さの中にほんのりと香ばしさが香るのがたまらない
美味しい
いつの間にかTHEカカオになってた…(カカオの方は食べたことない)
昔よく食べてた
そのままでもいいけど底のチョコが分厚いところを食べるのが好き
今も美味しいけど、一度でいいからまたあの頃のデカいキットカットが食べたい…限定品とかで出してくれないかな
これもまた大きなサイズで食べたいな…(ケーキサイズのでなく)
関東でも食べられるようになってきて嬉しい
薄いチョコとサクサクの美味しい粉とバニラアイスは食べきったあとに満足感がある
一枚のクッキにゴロゴロ入ってるダイス状のでっかいチョコには板チョコ1枚分の多幸感がある
一袋に二枚入ってるのもいい
セブンにも似たクッキーあるけど森永が好き(食べ比べたら味違った)
チョコ食べたいけどあんまりガッツリいくのは…って時によく食べてる
子供の頃、なぜか一時期やたら親が買ってきていた
半分に割ってから食べるのが好きだった
これもなぜかセットでよく買ってる時期があった
子供の頃は合わなかったのかも
チョコが溶けきる前に口の中でボンボンが広がって、甘い→酒→甘いの循環を求めて何個も手を伸ばしてしまう
バレンタインの時期くらいに売ってるプラ容器の中に入ってるチョコ
なめらかな舌触りの甘すぎチョコ
生チョコは最高だ
書いてたらチョコ欲が満たされましたわ
https://anond.hatelabo.jp/20250421203939
まず大事な原則として、味や食感が違うものが混じっているとうまい。
チョコレートがくっついたクッキー(きのこ・たけのこもこの流派だ)がうまいのもこの原理が大きく作用している。
さて、リンドールは冷やして食べてもそのポテンシャルは引き出せない。公式サイトには
>上質なチョコレートでできたシェルを破ると、この上なくなめらかなフィリングがお口の中で甘美にとけ始めます
とあるが、断言する、これは嘘だ。
適切な室温で馴染ませ、フィリングを融かして完全に液体にしてから食べるのが正しい。
外側のシェル、内側の溶けたフィリングがそれぞれ口の中で混じり合い、リンドールという一つの体験を生む。
それはせいぜい数秒間の至福に過ぎず、コスパという観点では決して優れたものではないことは確かだが、
きのこ・たけのこといったクッキーや均質な材料でできた板チョコには到達しえない世界であり、
リンドールが(行きつけの店の品揃え的に、あるいは経済力的に)お手軽に買える人間は幸いである。
問題は温度管理が難しいことで、包み紙を引っ張ってほどく際に柔らかくなったシェルが潰れてしまう、
あるいは完全に融解してべちょべちょの塊になってしまうといった事故も発生しがち。
丁寧に扱えば応えてくれるのがリンドールというチョコレートだ。