政府は、安倍晋三元首相の国葬を9月27日に行うことを閣議決定した。国葬は吉田茂元首相以来、55年ぶりになるが、弔意の強制や、安倍元首相の功績の過大評価につながるとの批判が相次いでいる。国葬について研究してきた宮間純一・中央大文学部教授(日本近代史)は「国葬はかつて危険な文化装置だった。歴史的経緯を踏まえた議論が必要」と言う。【山下智恵】
政治利用されてきた国葬
「国葬は、天皇の下に国民を統合する役割を果たし、太平洋戦争中は戦争動員の装置として利用されました。今の日本社会での国葬が、必ずしも同様の役割を果たすとは思いませんが、将来的に時の政権に悪用されないとは限りません」
公文書などを通じて、明治政府による国葬の起源や成立の過程などを研究してきた、歴史学者の宮間さんは警鐘を鳴らす。そして、「歴史や性質を踏まえた検証や(対象者の選定基準などの)法整備がないまま、国葬を執り行うのは拙速です。時間をかけた議論をせず、時代を逆行しているようで恐怖を感じます」と続けた。
国葬の歴史的経緯とは何なのか。宮間さんによると、国葬の原形は、1878年に不平士族に暗殺された大久保利通の国葬に準ずる葬儀にさかのぼる。当時、明治政府は盤石ではなく、天皇の名の下に国家を挙げて哀悼することで、反対勢力をけん制する政治的意図があったという。大久保の葬列は東京の市街を通り、大衆に対して開かれた形、つまり見せつけるように行われた。
その後、1883年の岩倉具視の葬儀が初の国葬となり、1891年の三条実美の国葬では、新聞などメディアの発達もあり、より国民全体を巻き込む形が明確になった。全国で追悼行事が開かれ、地方の学校でも行われた。国葬当日の休校など「自粛ムード」も形成された。
天皇の“功臣”を悼み 国民を統合
1926年に勅令である「国葬令」が定められ、天皇や皇后などの他、国家に特別な功績があった人に、天皇から国葬を賜ることが明文化された。こうして、天皇や国家に尽くした“功臣”を国家全体で悼むことで、「国葬は、天皇の下に国民を統合する装置となっていきました」と言う。
宮間さんは、43年に戦死した連合艦隊司令長官の山本五十六の国葬を象徴的と指摘する。山本は戦時下の英雄として対象となり、戦局悪化の中で戦時体制を強化する明確な狙いが当時の政府にあった。山本の遺志を継いで頑張らなければと国民を戦争に動員し、反対の声を排除する装置として機能した。戦争が終わると、国葬令は日本国憲法の施行に伴って失効した。
民主主義の抑圧装置にも
こうした過去の経緯を説明したうえで、宮間さんは強調した。「国葬は被葬者のためではなく、主催する側が政治的意図を持って利用してきたことが分かります。国家による思想統制や戦時動員など、民主主義の抑圧装置になりかねないものです。かつて国葬は危険な文化装置であり、復活させるならば、悪用できないような法整備や議論が必要です」
役割を終えた遺物
戦後、国葬令は失効したが、67年、吉田元首相の葬儀が、閣議決定で国葬となった。当時も根拠法がないことが問題視されたが、佐藤栄作首相(当時)が主導して実施された。その後、法整備を求める意見もあったが、国葬は実施されず、議論も放置されたまま今日に至った。
「吉田氏を国葬にした目的について、佐藤氏の真意はうかがい知れません。ですが、高度成長期の中で、自民党政権による戦後復興の業績を肯定する意図があったのではないでしょうか。自民党の評価を自民党がする点では、今回の安倍氏のケースと同じです」(宮間さん)
吉田元首相の国葬は、皇族を含む6500人が参列して東京・日本武道館で営まれた。献花を待つ人の列は長く続き、夜までに3万5000人を超えた。当日は競馬や競輪などの公営競技が中止となり、テレビでは娯楽番組が消え、全国各地にサイレンが鳴り響き、職場や街頭で黙とうがささげられたという。
一方で、戦前とは違った景色も見せた。国葬当日、共産党や市民団体の宣伝カーが反対演説をして…
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