2021/03/25
本111 渡辺 巌「田畑の微生物たち」
渡辺 巌「田畑の微生物たち」農文協(1986年刊)
渡辺 巌
昭和7年愛知県生まれ。
昭和30年より東京大学農学部で主として根粒バクテリアの研究に従事。
昭和37年農林省農事試験場に移り、畑土壌の微生物学的研究に従事。
昭和41年より岩手大学農学部で肥料学講座を担当。
まえがき
「知から力へ」。これは山形県のある農民指導者の言葉である。知識なしで農業生産の向上はあり得ないが、知識だけでなく、知識を骨肉化して実際に生産をあげてみてこそ、知識を持つことの意義が生まれてくる。
第一編 自然界のしくみと微生物
一、自然界の秩序と生物の役割
二、物質分解者としての微生物
1 物質循環のかなめをにぎる微生物
2 微生物とは何か
細菌は細胞をつつんでいる細胞壁の性質の違いに よってグラム陽性菌とグラム陰性菌に分かれる。ま た、細菌の中には細胞壁を持っていないマイコプラズマが入る。
ズマが入る。
3 微生物の多様性と融通性
1969年7月、人類最初の月着陸に成功して地球に戻ってきた米国の三人の宇宙飛行士は、まちわびる家族のもとにすぐに帰ることはできなかった。三人には検疫という作業が待ちかまえていた。隔離されて、彼らが人類未到の天体から何らかの微生物を地球に持ち込みはしないかという配慮から、厳重な検査を受けた。科学者達が月から持ち込まれるかもしれないと恐れた生物は、SF小説の中で描かれている宇宙人ではなくて、見に見えない微生物だったのである。最高110度、最低零下150度、真空という月の条件で、はたして微生物が存在しうるか大いに疑問であった。しかし、幅広い生存の適応能力をもつ微生物にしてみれば、あるいは月にも何らかの微生物がいるかもしれないと疑うのは当然ともいえる。
結局、微生物は発見できなかったが、次のアポロ13号のときには、宇宙船が持ち込んだバクテリアが月の上で生きながらえて、ふたたび地球に持ち帰られている。
第6表は地球上の極端な環境と、そこに住む微生物をまとめたものである。生物の住みうる環境で、限界ぎりぎりに生息しているのは、ほとんどが微生物であることに注意して頂きたい。こうしてみると、微生物こそ、人間を除いた、地球上の主人公であり、地球上のほとんどあらゆる地域に顔を出すのは微生物である。このように微生物は神出鬼没、変幻自在であり、微生物から見れば、死の海はありえないであろう。
第二編 土壌微生物の基礎
一、土壌微生物の生活条件
1 水と空気で生活様式が決まる
(1)堆肥とサイレージ
サイレージは乾し草の貯蔵法として発達したもので、動物のエサにするのが目的だから、腐らせないようにすることがポイントになる。腐らせてしまったのでは、せっかくの成分が消失してしまうので、ぐあいがわるい。栄養分がひどく消失しない程度に発酵させて、ワラの中の成分組成を家畜が利用しやすい形に変えてやる必要がある。これがサイレージつくりのねらいである。したがって、サイレージに使うワラは、堆肥とは逆に水分を少なく乾燥気味にし、サイロの通気もわるくすることが大切である。ワラの詰め方は堅くし、ぎゅうぎゅうと強く踏み込んでやるほうがよく、トラクターで踏みつぶして詰め込むこともあるほどである。pHは酸性にしておく。
(2)水と空気は相反する条件
(3)微生物の生活様式は生物進化の反映
(4)好気性菌と嫌気性菌
水分の多いサイレージつくると、しばしば不快な腐敗臭を発することがある。これは酪酸菌によって酪酸発酵が起きたためであって、この酪酸菌は絶対的嫌気性細菌のクロストリジウムの仲間である。
2 微生物の栄養と取り方
3 温度と微生物活動
(1)温度の適応幅が広い
(2)温度の変化と微生物の交替
ワラの切り返しは、熱がおさまってから行うのが普通である。セルロース分解菌は好熱性の嫌気性細菌であるから、この菌を働かせるためには温度を高く保ち、空気が遮られた条件を作ってやらなければならない。したがって、はじめから切り返しを行うと熱を逃がしてしまうばかりか、空気の嫌いなセルロース分解菌の働きにくい条件にしてしまうわけである。
二、土壌中での微生物の住み方
1 自然界での住み方は複雑
2 微生物の住みか
(1)生活空間は土壌の二~三割
(2)土壌粒子に吸着されて生活
土に施された肥料は土壌粒子に吸着され、雨水などですぐに流亡してしまうことがないばかりか、徐々に溶け出してきて作物に供給される。したがって土壌粒子の吸着力は、農業上大きな意味をもっているのである。土壌粒子は微生物さえも吸着しているのである。
3 微生物の分布は不均一
(1)団粒構造と分布の不均一
土壌に何万何千種類もの微生物が住みうるのは、このように、それぞれが、土壌の粒子や有機物の破片に取り囲まれながら、小数の細胞の集まりとして小天国を築いているからなのだ。
(2)土壌中の有機物分布の不均一
① 植物の根と根圏微生物
生きた植物の根の周辺にはたくさん微生物が群がっていて、あたかも根が微生物のさやをかぶったような状態になっている。根の周辺に住んでいる微生物は根圏微生物と呼ばれ、他の場所とは違った種類のものがいるのふつうである。
② 有機物の分布と微生物
4 微生物活動を活発にする条件
(1)環境条件と微生物の住み方
微生物は土壌中のすき間で、一種類当たりせいぜい10匹内外で一カ所に集まりコロニーを作り、とびとびに離れて生活している。一つのコロニーのまわりには土壌粒子が壁のようにとりまいているため、ほかの微生物と直接ふれ合うことが少ない。エサは土壌粒子で包まれ、空気や水の満ちた小さなすき間で隔てられている。食べようとしても邪魔されやすいため、ほとんどの微生物はエサがありながらも、いつでも飢えた状態でいる。また、少し離れた位置にあるエサは、すぐに食べることができない。このような原因で、土壌微生物いつでも飢えに近い状態にいるということは、微生物活動を知る上で重大な意味をもっている。だから、一カ所で10匹程度しか生育できないのである。
(2)天候の変化は活動を変える
(3)農作業と微生物活動
微生物の活動を促進させるためにはエサの解放が先決で、それには土壌を攪乱してやればよい。
三、微生物活動の法則
1 有機物分解をめぐる相互作用
(1)植物界と微生物界の共通性
遷移
(2)一年生植物の分解の過程
最初に分解されるのは、もっとも栄養分となりやすいデンプンやブドウ糖などの糖分である。糖分を好んで食う微生物には細菌やカビなどがあり、糖分を盛んに消費して生育が速いのが特徴である。そのために糖分がなくなるのも速く、エサのなくなったところで生育は止まる。
次にあらわれるのがセルロース分解菌である。セルロース分解菌の働きによってイナワラの中の繊維が分解されるが、この分解作用は比較的ゆっくりとすすむ。やがて繊維分もなくなってくればセルロース分解菌の生育はさらに遅くなり、発熱量も少なくなって温度が下がりはじめる。放線菌は、このころになって生えてくるものが多い。すると、遷移は第三の段階へ進むのである。これは、植物体のいろいろな成分のうちで、もっとも分解されにくいリグニンが、微生物のはたらきで分解される段階である。リグニン分解菌が出てくる状態は、有機物・落葉の分解過程の最後の段階だということができる。
リグニンを分解する働きを持っているものは、ヒラタケのようなおもにキノコの仲間である。そこで、キノコが生えてくるようになれば、有機物の分解はほぼ最終段階にまですすんだと判断してよい。
キノコはリグニンのような分解しにくい成分を自分のからだに変える。この菌糸を食う微生物をめぐって小さな遷移がおこるけれど、ついにはエサとなるべき有機物はほとんどなくなって、黒々とした食いかすしか残っていないのである。この食いかすが腐植とよばれるものである。もっとも腐植は、食いかすばかりではなく、土壌中に住んでいる小動物の排泄物や微生物の遺体などもまざって、この両者が結びついたものである。
2 微生物の連携作用
(1)微生物間の闘いと協力
(2)利益を分け合う相互の関係
このように性質が全く相反する両者をいっしょにして、光とブドウ糖を与えて培養するといずれの菌とも生育がきわめてよくなり、チッソ固定能力はそれぞれ単独で培養したときよりもはるかによくなるのである。この事実はまた、本来嫌気的な環境を好む光合成細菌が好気的な条件でも生育することを示している。
エサの交換を通して、光合成細菌とアゾトバクターとは、たくみな相互の関係を保っている。多くの微生物同士は目に見えない糸でたがいにつながりあっているのである。
(3)好気性菌と嫌気性菌が共存できる状態
(4)一方だけの利益 - 偏利共生
第18表は、ビタミンを要求する細菌の数と、同じ土から分離した細菌で、そのビタミンをみずから合成して、からだの外へ分泌する細菌の数とを示したものである。これによると、ビタミンをつくる菌はそれを必要とする菌より多く、この数値からみて、土の中でビタミンのやりとりをめぐる細菌間の助け合いがおこっていると解釈してもおかしくない。
3 微生物どうしの敵対・拮抗作用
(1)排除する力、抗菌力
放線菌の中には、ほかの微生物の成育を抑えたり殺したりする物質、つまり、抗生物質をつくるものが多い。発見された抗生物質の大部分は放線菌から分離されたし、その放線菌もほとんど土壌から拾い出された。
(2)微生物どうしの食い合い
(3病原菌抑止土壌と助長土壌
四、高等植物と微生物の関係
1 植物と微生物の接点
根からはいろいろな有機物が供給される。光合成した有機物の5~40%、平均で20%くらいが根の外へ出るという測定結果がある。根からは分泌物の他に、根の先端にできる粘質物(ムシゲル)・根幹細胞・根毛・表皮細胞の脱落物が微生物にエサを供給する。
2 共生関係
(1)共生関係の分類
(2)菌根菌と菌根
①外生菌根
根の表面に菌糸のマットのあるものを外生菌根という。本体は菌糸だが、働きとしては根毛と同じである。根の表面積を広げることで、植物の養分、とくにリン酸の吸収を助けている。
②VA菌根
内生菌根は植物細胞の中に卵状の袋(囊状体)をつくるばあいと枝分かれした星状のもの(糸状体)をつくるばあいとがある。この菌根はアブラナ科とスゲ・水生植物をのぞく多くの植物でみられる。囊状体の英語の頭文字V、糸状体の頭文字Aをとってこの種の菌根をVA菌根と呼んでいる。土に出っ張っている菌糸の網のせいで、土の中で動きにくい成分とくにリン酸を植物の根よりも効率よく吸収し、この養分は植物に供給される。
3 土壌伝染性の病原菌
4 植物成長ホルモンをつくる微生物
アゾスピラムとかシュウドモナスという細菌が根圏にふえると作物の生育が促進されるという報告がたくさん出てきた。これらの菌がいると根の形態が変わり、養分の吸収が促され、ときには開花が促されることがある。ホルモンの生成、土壌伝染性病原菌に対する拮抗、植物の鉄吸収の促進などが理由と考えられるが、よくわかっていない。
シュウドモナスの仲間には根の成長を促したり、植物病原菌の生育を抑えたりする働きのある細菌がいて、根圏微生物の一員となっていることがわかっている。
五、土の生化学的働きと微生物
1 〝土は生きている〟
肥沃なはたけ土壌1グラムには細菌の菌体が乾物で約0.2ミリグラム、菌糸が長さで100メートル、乾物で約0.2ミリグラムくらい含まれている。
畑の一塊の土はちょうど発芽中の種子や動物のように呼吸をしている。土壌50キロは一日で2~10リットルの酸素を吸う能力をもっている。ヒトでは体重50キロの成人で一日300リットルの酸素が使われる。1グラムの土の中にはわずか0.4ミリグラムつまり2500分の1しか微生物の重量がないことを考えれば、土の中の微生物の活動が活発なことがわかる。
尿素はウレアーゼという酵素で分解され、アンモニアになる。この酵素は土の中では、主として微生物によってつくられる。いろいろな生物の組織がウレアーゼをもっているから、尿素を分解するのと全く同じように、土塊もウレアーゼの働きを持っている。
10アール当たりアンモニア態チッソを10キロ使ったとすると、土壌1キロでは0.1グラムのアンモニアになる。これが10日(地温30度)で硝酸になるには、土1キロで八億匹、つまり1グラムで80万匹の硝化細菌いればよい。肥沃な土壌ならこのくらいの数の硝化細菌はいることがある。こうしてみると、夏季では尿素肥料が施されると一日でアンモニアに変わり、10日もたたないうちに硝酸になっていくのである。
土が生きているとは、土塊の中にいる無数の小さな生き物の営みの表れである生化学反応に着目して、こう擬人化しているのである。
第三編 微生物の働きと農業への応用
農耕地生態系と微生物
もとより農業の目標は農産物の増収や品質向上にあり、微生物を育てることが目的ではない。しかし、微生物に都合の悪い条件は、作物に取っても好ましい条件ではないはずである。そしてまた、微生物の生活条件がととのうような土壌管理を行い、有用微生物の活動を促進してやることは、ひいては作物の生育向上にもつながる。
畑と水田の違い
水を張った水田では、いうまでもなく酸素が不足し、土壌中の微生物は嫌気的な活動をする。ところが、畑では酸素の供給も豊富なので、好気的な微生物の活動がはるかにまさる。こうした水田と畑の条件の違いは、そこに住む微生物の種類にも違いをもたらしている。
二、水田微生物の性質と管理
1 水田土壌の特殊性
2 水田還元化は規則的に進行
3 田水面と土壌表層の微生物
4 微生物応用の水田管理
生ワラとか粗大有機物の表面施用は分解に伴ってできる有害な有機酸がイネの根に触れないという利点とチッソ固定が促されるというおまけがつくので、技術的に検討する必要があると思う。それを気にしていたところ、『現代農業』昭和60年十月号を見た。ここに鳥取の谷口さんの刈敷を畝間に敷く自然農法のイネつくりが紹介されている。同誌のグラビアに乗っている畝間に敷かれたくさりかけの刈敷の写真はラン藻の盛んな生育を疑わせる青らん色をしている。農民の知恵が生み出した微生物利用の技術といえるのではないだろうか。
5 自然の妙を生かす農業
日本全国の平均でみると、稲の収量は、チッソ肥料をやらないばあいでも、6~7割はとれるといわれる。少なく見積もっても、半分は穫れる。一方、熱帯の水田では、いまだに肥料はほとんどやらない昔ながらの栽培をつづけている。むろんイネの収量は日本より低いが、それでも収量が年々低下することなく、ほぼ一定の水準が維持されている。
これは、水田は自然に肥沃化することができるからである。その一因は、かんがい水によってたえず、ある量の植物の栄養分が水田に運び込まれることにある。もう一つはいまのべたように、田面水でラン藻をはじめとする藻類によって、炭素(光合成作用)とチッソ(チッソ固定作用)との供給がたえず行われているからである。
むろん、今日の稲作は、水田の自然肥沃化だけにたよる〝自然農法〟ではない。生産増大のためにつとめて肥料を施す〝人工農法〟である。しかし、自然の妙を否定し、自然を破壊してもよいということではない。水田で、イネ科以外のいっさいの緑色植物を雑草として除去しつくしてしまうことが極端に進むと、ここで述べた水田での〝自然の妙〟が破壊されてしまうのである。長い将来のことを考えれば、これが水田の地力の減退をまねくおそれさえもおぼえる。
三、畑土壌と微生物
1 耕起と土壌微生物
(1)表層に多い微生物
第58図は、畑を30~35センチまで耕起したばあいと15~20センチ耕起したばあいとで、それぞれ層位別に、微生物の分布を示したものである。表層に最も多いのは当然であるが、耕深20センチまでの区では、それ以下の土層の微生物数がどれも急激に減少していることがわかる。つまり、耕起が深くまで行われるところほど、微生物も深くまで住みついていることになる。これは耕地一般の特徴である。
耕深が深くなると作物の根張りも深くなり、残根の分布も深くなり、これがいっそう深い層の微生物活動をうながすようになる。
(2)不耕起と微生物活動
不耕起栽培ではしばしば、前作の刈り株のすぐそばに種子がまかれる。このようなばあい、有機物の局所的な過多が作物種子の発芽、苗立ちに悪影響を与えることもある。この原因としては、ワラ・刈り株・残根の分解に伴って、作物の生育に有害な物質ができること、比較的新鮮な有機物の分解の初期に有機物残渣に発達する未分化寄生菌による根の障害がおこることが知られている。
(3)有機物の分解による障害物質の生成
有機物が分解するときに生ずる植物生長阻害物質としては、有機酸、フェノール性化合物、エチレンなどが知られており、その生成量も多い。その生成量と作物生育阻害との関連が確かめられているものとしては、酢・酪酸などの脂肪族有機酸がある。
これらの有機酸は嫌気条件で生成されるので、畑といえども一時の大雨で畑が湛水したときには、植物の生育を害する有機酸がかなりたまり、播種した作物の株立ちがいっそう悪くなる。あるいは畑の中でも排水の悪いところで株立ち障害がひどくなるということもしばしばみられる。
2 新鮮有機物の施用と土壌病害
3 化学肥料と土壌微生物
4 連作障害と微生物
(評)
食物連鎖や遷移など生態学の基礎的内容から入り、微生物と農業のかかわりまでを解説した、農業を営む人にとっては知っておきたい微生物についての教科書である。
昭和61年発行で、古い本であるが、最近話題の菌根菌など根の周りの微生物のことにもしっかりと触れてあり、本の古さほど内容は古くなっていない。畑の微生物についておさえておくには格好の一冊といえる本である。
平成23年12月
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