私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

リビアとハイチで何が見えるか(6)

2011-07-06 11:24:17 | æ—¥è¨˜ãƒ»ã‚¨ãƒƒã‚»ã‚¤ãƒ»ã‚³ãƒ©ãƒ 
 前回の終りに、カダフィのリビアが本当にはどんな国であるかを、私たちのような一般市民が知る方法があるかどうか、を論じると申しました。本当のことを知っている人々の数は決して少なくないと思われますし、彼ら、彼女らが本当のことを私たちに教えてくれない理由もはっきりしています。しかし、この慨嘆に値する状況の下でも、手間と時間をかければ、真実に到達することが可能であると私は感じています。克己心と忍耐力を持って、出来るだけ多くの資料に接するのです。この場合、自分の気に入る情報やデータだけをピックアップしないようにしなければなりません。克己心と柔軟さが求められます。ここでは、一例として、入手できた報道の断片から、リビアのオイル・マネーがどのように投資されていたかの全体像が次第に明らかになっている事を報告します。
 カダフィのリビアを弁護する側からの声は、もともとマスメディアに遮蔽(無視以上のものです)されて、殆ど聞こえてきませんが、求めれば,沢山インターネット上に散らばっています。その一つにアフリカの通信衛星のことがあります。1992年、アフリカの45の国々はRASCOM(Regional African Satellite Communication Organization) という連帯機構を設立して、アフリカ自身が所有する通信衛星を打ち上げて、衛星通信の費用の節約を目指したのですが、衛星の使用料として年々1億米ドルの収入を得ていた欧米企業は、その動きを歓迎せず、したがって、RASCOMが自前の衛星を持つ準備を始めるために必要な資金を供給することに、IMFもWBも言を左右にして、14年間も応じませんでした。その障壁を打破したのがリビアからの3千万米ドルの資金拠出の申し出であったというのです。こうしてアフリカが所有する最初の通信衛星が2007年12月に打ち上げられ、2番目の衛星は2010年8月に打ち上げられました。RASCOMの事業がその後うまくいっているのかどうか、私は十分把握できていませんが、カダフィが油田からの収入をアフリカ大陸内の事業に大々的に投資する意欲を示してきたという事実は、他の情報ともあわせて、確かなものと結論出来ます。
 ヤフー・ニュース/カナダに2011年6月11日の日付けで、『Gadhafi financial tentacles in Africa far reaching, little known』という長い記事が出ています。
著者は Michelle Faul (The Associated Press/ Canadian Press) です。反政府勢力、つまり米欧勢力の拠点都市であるベンガジからの発信で、明らかに反カダフィの立場から書かれています。
# BENGHAZI, Libya - Fancy hotels that dominate the skylines of several African capitals, farms, banks, gas stations, telephone companies and an international airline ? the financial tentacles of Moammar Gadhafi's regime are far-reaching and little known across the continent. They include the first pan-African communications satellite and the continent's only pan-African radio station.
(いくつかのアフリカの首都のスカイラインにそそり立つ高級ホテル、農場、銀行、ガソリン・ステーション、電話会社、国際航空会社?モアマール・カダフィ政権の金融財政的触手はアフリカ大陸全体に遠く広く及び、しかも殆ど知られていない。それには最初の汎アフリカ通信衛星と大陸唯一の汎アフリカ・ラジオ放送局が含まれる。)#
「リーダーズ英和辞典」には、tentacle は:《下等動物の》触手,《頭足類の》触腕;・・・、となっています。この長文の記事は、カダフィという巨大醜怪な怪物蛸の触腕がアフリカ大陸全体に伸びてそれを絡めとっているといったイメージを強調したいのでしょう。記述は詳細です。国連(アメリカとヨーロッパ)がカダフィ政権の資産凍結に踏み出すと、ルワンダ、ザンビア,ウガンダ(アフリカで最もアメリカ寄りの国々)はリビアからの投資で運営されていた国内最大のテレコム会社や製薬会社などを直ちに乗っ取りました。3千人の雇用されていた労働者は不安に包まれているようです。ガンビアではリビア系のホテルが乗っ取られ、数百人が解雇されました。
 これらは記述されていることの一部に過ぎませんが、見えてくる構図は鮮明です。まず、カダフィのリビアは石油からの収益を大々的にアフリカ大陸内に投資して来たという事実、それはリビア国内についても勿論あてはまります。国内のインフラ一般、そして教育や医療に対する自己投資もアフリカの他の国に較べてダントツに豊かであったことも、私に入手可能であった断片的資料の集積から判断するかぎり、間違いない所です。次に、グローバリゼーション、アフリカや中南米の諸国に対するIMFや世界銀行からの援助投資の条件として殆ど必ず持ち出されるインフラ関係事業の民営化、の観点から見ると、ネオコン的財政金融思考が牛耳る今のアメリカとヨーロッパの世界政策とカダフィ政権の取っている政策は全く正面衝突します。カダフィ政権は抹殺されなければならないのです。上に訳出した文章で、もう一つ、“農場”という言葉に注目しましょう。いま、「アフリカの農地投資ファンド」の形で集められた巨額な投資資金によってアフリカの土地の大規模つかみ取り(Land grab、横領,収奪)が進行中です。ヨーロッパ(アメリカを含む)による過去400年のアフリカ収奪の歴史を思うと、私の怒りは心頭に発します。これは文字の綾ではありません。インドも中国も韓国もやっている事だという人があります。きっと日本もやっていることでしょう。しかし、それはヨーロッパがこの400年間間断なくやってきたことを今になって後追いする猿真似です。罪の深さは比較になりません。このニュースはアミー・グッドマンのDEMOCRACY NOW (日本語版あり)で紹介されています。そのプログラムの見出しは注目に値します。:
#『Harvard, Vanderbilt, Spelman Exposed for Taking Part in “African Land Grab”』(ハーバード大学、バンデルビルト大学、スペルマン大学の“アフリカ土地収奪”への参加が暴露された)#
大学の運営費や年金が株式投資によって運営されていることは周知の事実ですが、投資先の選択はそれぞれに行なわれます。経済的弱者であるアフリカ諸国の弱みにつけこみ、農地を収奪し、農民を追い出し、その少数を大規模農業に低賃金で再雇用するというプログラムは世界的な食糧価格高騰の見通しから、高利率のリターンが見込まれます。欧米のヘッジファンドはそれを宣伝して投資資金を集め、運用しています。その高利率に目がくらんでハーバードやバンデルビルトなどの名門大学が盛んにこの種の投資ファンドを買い込んでいるということですが、スペルマン大学の場合は、それがアフリカ系黒人女性大学として古い歴史を誇る名門校なので、とりわけ問題なのです。
 欧米空軍によるリビア攻撃は3月20日に始まりましたが、そのすぐ後のブログ『リビアは全く別の問題である』(2011年3月30日)で、私は次のように書きました。:
■「いまのリビアの問題はアラブ世界の政治体制の民主化の問題ではありません。アフリカを自分たちの支配下に留めておきたいという欧米の強烈な意図の端的な表れです。アフリカ大陸は、自分とその一族の権力と富を維持増大させることだけしか考えていない腐敗し切った独裁的政治家が沢山います。その中でリビアのカダフィが飛び離れて惨たらしく残酷な独裁者だとは、私が調べる限り、どうしても思えません。我々はカダフィについてもリビアについても余りに無知に過ぎます。例えば、彼のGMR(Great Manmade River, リビア大人工河川)事業、ウィキペディアには、
#1953年、リビアにおける石油探査の際、内陸部のサハラ砂漠の地下深くに1万年以上前に蓄積された大量の地下水が眠っていることが発見された。1984年、その地下水を汲み上げ、海岸部のトリポリやベンガジといった大都市や、トリポニタニア、キレナイカの農耕地帯に供給する大灌漑計画が発表された。25年計画であり、2009年度中の完成を目指している。カダフィ大佐は、この計画について「世界の8番目の不思議だ」と述べた。#
と説明されている河川土木事業に、カダフィのリビアは巨大な国費をつぎ込んで来ました。この巨大事業の究極的な是非については色々議論があるようですが、この計画によって、リビアの砂漠が緑化され、国として食糧の安価な自給が可能になることについては多大の支持者が存在します。石油産出からの収入をこのような形で有効に使っている国家は珍しいと言わねばなりません。中近東やアフリカの石油産出国では多数の大金持ちが生まれるのが通例ですが、フォーブスの世界長者番付には一人のリビア人の名もないようです。寿命・教育・生活水準などに基づいて国ごとの発展の度合いを示すHDI(Human Development Index,人間開発指数)という指数がありますが、2011年度試算では、リビアはアフリカ大陸で第一位を占めています。また、幼児死亡率は最低、平均寿命は最高、食品の値段はおそらく最低です。若者たちの服装もよく、教育費や医療費はほぼキューバ並みの低さに保たれているようです。
 いわゆるグローバリゼーションを推し進めて利潤の最大化を目指す国際企業群の常套手段は、まず給水機構を私有化し、安価な食糧を運び込んでローカルな食糧生産を破壊し、土地を買収し、現地で奴隷的低賃金労働者を調達し、そこで輸出向きの食糧生産を始めることです。アフリカ大陸の随所に見られるトレンドです。ところが、リビアでは、石油で儲けた金を治水事業に注ぎ、砂漠を緑化し、自国内で安価な食糧を生産しつつあります。これは国際企業群のもくろみに真っ向から逆らう動きであり、放っておくわけには行かないのです。」■
2月にリビアの内戦が始まってから約4ヶ月、私も随分と資料を当りましたが、3月末に書いたことに大幅な変更は不要と思っています。カダフィという特異な人物のはっきりした像は私の心中になかなか結びませんが、アメリカにとってのカダフィ像については、ますますはっきり見当がついて来た感じです。それは、アメリカ大帝国の気に入らぬ事をあえて行なう人物として、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領のそれに酷似したイメージです。チャベスに対しては、今までのところ、クーデターも暗殺も失敗しましたが、今度のカダフィの場合には、クーデターはもう実質的に成功したようなもので、後はカダフィ個人の処分が残るだけでしょう。
 カダフィとカダフィのリビアは、その明瞭な実像を私が見据えることが出来る前に、the dustbin of history の中にその姿を消そうとしています。しかし、このリビアで、アメリカの臆面もない虚偽性が白日の下に晒されました。それを証する第一級の歴史的資料をお目にかけましょう。それは米国の対リビア、中東、北アフリカ政策を正当化することを目的とした国務長官ヒラリー・クリントンによる公式声明です。訳出は、稿を改めて次回に行ないます。

# 『Sexual Violence in Libya, the Middle East and North Africa』

Press Statement
Hillary Rodham Clinton
Secretary of State
Washington, DC
June 16, 2011

The United States is deeply concerned by reports of wide-scale rape in Libya. Since Eman al Obeidi bravely burst into a hotel in Tripoli on March 26 to reveal that Qadhafi’s security forces raped her, other brave women have come forward to tell of the horrible brutality they have experienced. Recently, the International Criminal Court has taken note of the appalling evidence that rape in Libya is widespread and systematically employed. A thorough investigation of this matter is needed to bring perpetrators to justice.
We are also troubled by reports of sexual violence used by governments to intimidate and punish protestors seeking democratic reforms across the Middle East and North Africa. Rape, physical intimidation, sexual harassment, and even so-called “virginity tests” have taken place in countries throughout the region. These egregious acts are violations of basic human dignity and run contrary to the democratic aspirations so courageously expressed throughout the region.
Qadhafi’s security forces and other groups in the region are trying to divide the people by using violence against women and rape as tools of war, and the United States condemns this in the strongest possible terms. It is an affront to all people who are yearning to live in a society free from violence with respect for basic human rights. We urge all governments to conduct immediate, transparent investigations into these allegations, and to hold accountable those found responsible. #

藤永 茂 (2011年7月6日)



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藤永先生。 (陰影礼賛)
2011-07-10 06:57:13
藤永先生。
いつも興味深く先生のブログ、著書を拝見させて頂いております。
先生に一度直接お話を伺ってみたいと思っているのですが、ご連絡先を教えて頂けますと幸いです。
突然のメールで失礼致しました。

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