私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ガーナのケンテ布をまとって跪く米国

2020-06-17 21:25:24 | æ—¥è¨˜ãƒ»ã‚¨ãƒƒã‚»ã‚¤ãƒ»ã‚³ãƒ©ãƒ 

NHKの国際ニュースで滑稽なシーンを見ました。米野党・民主党幹部のナンシー・ペロシ下院議長が、米国国会議事堂の入口のホールで、民主党の男女議員十数名を引き連れて、片膝立てて跪き、8分46秒間、その姿勢に止まって、白人暴力警官に殺された黒人男性ジョージ・フロイドを追悼する場面の映像でした。

 8分46秒というのは、黒人男性ジョージ・フロイドが警官の膝で首の根っこを地面に押さえつけられて、「息ができない」、「お母さん」、・・・などと声を発し、とうとう死んでしまうまでに経過した時間の長さです。民主党議員たちがスカーフ風に身に纏っている幾何学模様の織物はアフリカのガーナの伝統的な織物で、アフリカの文化伝統の象徴として、米国国内で黒人たちによって時折使用されるものだそうです。ナンシー・ペロシ下院議長がとった片膝立てた跪きのポーズは、有名なNFLプレーヤーのコリン・キャパニックが2016年夏の試合の国家斉唱で起立せず、米国での人種差別への抗議を表明した時の跪きの姿勢にも通じるものでした。

 8分46秒、ガーナのケンテ布、キャパニックの抗議姿勢の真似事、これらは全てこの秋の大統領選挙での民主党への票集めを狙ったお芝居です。NHKの国際ニュースでは、長い時間片膝をつくという姿勢をとったため、それが終わった時、80歳のナンシー・ペロシ下院議長が人の手を借りてやっと立ち上がる痛ましくもちょっぴりご愛嬌の様子も示されました。一瞬、同じ老残の身として、同情の気持ちも走りましたが、すぐに、「ああ、米国には、もう、望みがない」という暗澹たる気持ちに圧倒されてしまいました。米国のどうしようもない欺瞞性が露呈していたからです。

 寡聞にして、ガーナのケンテという織物を知りませんでした。しかし、私はガーナのクワメ・エンクルマ(ンクルマ)のことならよく知っています。民主党の黒人議員団はケンテのスカーフなどを持ち出す代わりに、アフリカ独立運動の父エンクルマの精神に立ち返って、それを胸に刻んで、米国の黒人たちの真の指導者の役割を担うべきなのです。以下に引く4つの記事の初めの二つは、黒人議員団を含む民主党幹部の今回の派手な集団行動を笑劇(ファルス)として揶揄批判する内容ですが、3番目の記事はこのショー全体を危険な欺瞞として批判し、警告を発する内容です。最後はポール・ストリートの筆になる2017年の記事ですが、今回の騒乱の歴史的背景を理解するために大変役に立つ内容です。このポール・ストリートという米国の論客から私はたくさんのことを学んできました。

https://www.bbc.com/news/world-africa-52978780

https://www.newyorker.com/culture/on-and-off-the-avenue/the-embarrassment-of-democrats-wearing-kente-cloth-stoles

https://www.blackagendareport.com/freedom-rider-rebellion-confusion-scoundrels-and-kente-cloth

https://www.blackagendareport.com/white-america-prefers-good-blacks-morgan-freeman-colin-kaepernick-and-trump

上掲のポール・ストリートの記事はコリン・キャパニックの反国旗ポーズ事件に触発されて書き下ろされたものと思われますが、米国での good blacks、bad blacks の区別を過去に遡って分かりやすく論じています。その中には

Clarence Thomas, Colin Powel, Eric Holder, and Barack Obama are shining male examples of Black political operatives who moved up by obediently serving white and imperial power.

「クラレンス・トーマス、コリン・パウエル、エリック・ホルダー、それにバラク・オバマは白人の帝国主義的権力に従順に奉仕することでのし上がった黒人男性政治策略家の光り輝くお手本だ」

といった切れ味の良い文章も見えます。シカゴの黒人を選挙地盤として米国国会上院議員の地位を得たバラク・オバマは、米国大統領の席に駆け登るために、私淑するかに見せかけていた“悪い黒人”牧師ジェレミア・ライトを無情に踏みにじってしまいます。バラク・オバマの非情で恐るべき欺瞞性を、彼が大統領に成り上がる以前の時点で、はっきりと私に見せてくれた出来事でした。ポール・ストリートもこう書いています:

「He callously threw his classically “bad Black” preacher -- the angry anti-racist and anti-imperialist pulpit master Rev, Jeremiah Wright -- under the bus on his path to power」

正直なところ、私には、いま世界中で起こっている人種差別反対の大衆運動が本当に良い新しい世界の始まりになるのかどうか、大きな不安があります。まもなくこの娑婆を去る私ですが、誰もがこの世の生を楽しめる本当に平和な「じゃなか娑婆」の到来をひたすら望むばかりです。

 

藤永茂(2020年6月17日)