私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

Add Women and Stir (2)

2012-06-27 10:00:38 | ã‚¤ãƒ³ãƒãƒ¼ãƒˆ
 前回の終りに掲げたワシントン・ポスト の妙な写真記事“The best and worst countries for women,”の写真の並びを再録します。:
(1)カナダ(2)ドイツ(3)英国(4)オーストラリア(5)フランス(6)アメリカ(7)日本(8)イタリー(9)アルゼンチン(10)韓国(11)ブラジル(12)トルコ(13)ロシア(14)中国(15)メキシコ(16)南アフリカ(17)インドネシア(18)サウジアラビア(19)インド。
各写真に付いている説明の中味を読むと、並びの順は国々の女性の地位の良い方から悪い方になっているようです。少し抜き書きしてみます。
(1)カナダ:中央政府が任命した判事の三分の一と大学卒の62%は女性である。(2)ドイツ:首相は女性だが会社重役の12.5%しか女性は占めていない。(5)フランス:16週間の有給(減額なし)出産育児休暇が与えられる。(6)アメリカ:大学修士号取得者の60%は女性。一方、2千3百万人の女性が医療保険を持っていない。(7)日本:女性の平均寿命は87歳だが、国会議員の11%を占めるだけ。(13)ロシア:DV(家庭内暴力)が凄まじく、年間14000人が死亡。(14)中国:男児優先のため、2008年には、百万人の女児が死亡ないし行方不明(missing)。(17)インドネシア:90%の女性が職場でセクハラに苦しむ。(18)サウジアラビア:2011年になって初めて女性の投票権が認められた。・・・・・
こんな調子です。ニューヨーク・タイムズとともにアメリカを代表する新聞であるワシントン・ポストがわざわざ用意したフォトエッセーとして、これは何を意味するのでしょうか?単に杜撰な記事ということではあるまいと考えると、私の脳裏に一つの新造語が浮かびました。マスコミによる大衆の“ソフト・マニピュレーション”、杜撰どころか、ここには実に見事な大衆世論の操作の意図が込められている、という見方です。あながち私の被害妄想ではないかも知れません。ロシアや中国に対するdenigrations もなかなかグラフィックでパンチが効いているではありませんか!
 私の言う、大衆の“ソフト・マニピュレーション”がどのようなものであり得るかの飛び切り上等の例として、前回取り上げたシカゴ市の教職員組合つぶしの動きに関連して俄に脚光を浴びている Change.org と名乗る組織(会社)を挙げたいと思います。この『チェンジ・ドット・オーグ』という“世界で急成長するソーシャル・アクション・署名プラットフォーム”は、5月30日現在、日本でも約15000人が既に登録しているとのことですし、積極的な支持者も多いことでしょう。Wikipedia にも“Change.org is a left wing organization that claims to allow anyone to address grievance by petition, but will not allow a Christian position on gay rights or even a non-union friendly petition.”と書いてあります。ご存じない方は、ネットで「change.org とは」で探してみて下さい。いい事ばかりが書いてあります。ですから、私が突然『チェンジ・ドット・オーグ』は大衆の“ソフト・マニピュレーション”の好例だと断定したことに腹を立てる人も多いかと思います。この判断は綿密冷静な探索の結果というよりも、アメリカというシステムの作動様式についての私の個人的な gut feeling に基づいていますし、もっとちゃんとした議論は又の機会に試みることにして、シカゴ市の教職員組合つぶしに話を戻しましょう。
 「問題提起と活動呼びかけ(petitions, 陳情請願)を専門」とする進歩的な「ピープルパワーサイト」として使用者数が1000万を突破したとされるChange.org が、Michelle Rheeという遣り手女性の率いる StudentsFirst と名乗るグループの反シカゴ市教職員組合的呼びかけの署名集めを一度は請負い、あとでChange.org サイトの支持者たちの抗議に直面して、StudentsFirst のペティションの掲載を取り消すという事態が発生しました。同じような事が、もう一つの反教職員組合グループStand for Children からの署名集めのペティションについても起りました。この二つの反組合反公立学校のグループ、『生徒たちを第一に』、『子供たちを守れ』、名前からして胡散臭いではありませんか。彼らの賛成署名集めの訴えは、「シカゴ市教職員組合がストライキすれば、一番ひどい目にあうのは40万人の生徒たちだ。彼らを人質にするな。」という調子の巧みな文言で、組合が悪いとも、私立学校のほうが子供のためになるとも、あらわには言っていません。しかしこの二つのグループがシカゴ市長エマニュエルとオバマ政府の教育相ダンカンが強引に推進する組合つぶしと私学振興の政策にぴったりと寄り添っていることは,少し調べてみれば明白になります。今度の『チェンジ・ドット・オーグ』騒ぎまで、私は Michelle Rhee (韓国系アメリカ人)という猛烈な才女を知りませんでしたが、アメリカというシステムの中で猛烈に生きて、アメリカン・ドリームをつかみ取る女性たちに共通する一種の危うさをこのセレブ教育家にも見てしまいます。彼女の現在の夫はかつてのプロ・バスケットボールの名手ケヴィン・ジョンソン(黒人)、彼は今カリフォルニア州の州都サクラメント市の市長です。短絡的に言えば、この才女の存在の故に、アメリカの女性教師たちの多数が職を失い、不当に長時間労働を強いられ、彼女らの人権が侵害される事態になるのではないかと、私は真剣に恐れます。シカゴの貧困地区(黒人地区)の子供たちは既にクラス当り50人の過密さに苦しんでいます。ちなみに、『チェンジ・ドット・オーグ』は、はっきりと“for profit”を標榜した組織です。シカゴ市教職員組合関係の記事は沢山ありますが、二つだけ挙げておきます。一つはハフィントンプレスのもの、もう一つはコモンドリームのものです。
http://www.huffingtonpost.com/2012/06/19/changeorg-michelle-rhee_n_1610760.html
http://www.commondreams.org/headline/2012/06/20-0

 さてアフリカのごろつき失敗絶対独裁国家エリトリアでの女性の地位はどうでしょうか。エリトリアについての私の主な情報源は次のTesfaNews.net です。

TesfaNews.net is a blog dedicated to inform, entertain and inspire the Eritrean people inside and abroad by amplifying every positive news about Eritrea
Seattle, Washington ? http://www.tesfanews.net

これは明らかにエリトリア政府直属の情宣活動機関でしょう。それでも、利用の仕方に十分気をつければ、大変役に立ちます。まず提供されている記事を多数(出来れば数十)読んでみて、引いてあるオリジナル・ソースを出来るだけチェックしてみることです。記事全体の語り口をじっくりと読み取ることも大事です。いささか流行遅れの表現を使えば、空気を読む努力ということになりましょうか。上のサイトの自己紹介: “エリトリアについてのポジティブなあらゆるニュースを増幅する”にしても、この種のPRサイトにしては、なかなか正直だと私はむしろ好感をさえ持ちます。東京のエリトリア大使館のホームページについても同じ事が言えます。我が外務省の海外安全ホームページとあわせて、両方とも注意深くその空気を読んで下さい。必ずや得る所があります。
 TesfaNews.net の一記事によると、エリトリア政府は国家予算の45%を学校教育に投じています。これは他にもチェックする手段があって信頼できるデータです。一方、私が信頼する吉田健正著『戦争依存症国家アメリカと日本』(2010年)によれば、アメリカの軍事費は国家予算の20%超、全世界で使われている軍事費の実に43%を占めています。この暴力国家アメリカがUNを操って貿易制裁措置をとって虐めているエリトリアと、“Add Women and Stir”式の味付けの上手なアメリカのどちらが、本当に人間的立場から、学校教育や女性のことを大事にしているか、エリトリアの具体的データをもとにして、次回に論じます。

藤永 茂 (2012年6月27日)



Add Women and Stir (1)

2012-06-20 11:25:02 | ã‚¤ãƒ³ãƒãƒ¼ãƒˆ
 オバマ大統領がまだ就任していなかった2008年12月17日付けのブログ『オバマは「教育」も変える気がない』で私は次のように書きました。:
■ 来年の1月20日に米国大統領に就任するバラク・オバマについて、私は初めからネガティブな意見を表明し、殆どの人々が称揚するこの人物を「大嘘つき」呼ばわりする失礼まで犯して来ましたが、これまでの新政府の主要人事を見ていると、私の恐れていたことが現実となる確率がますます大きくなっているように思われます。これではオバマが叫び続けた“Change we can believe in” は真っ赤な嘘で、もし彼が誠実正直な人であったならば、“Continuation we can believe in” とこそ人々に告げるべきであったのですが、そんなことを言ったら、確実にマケインに負けてしまったことでしょう。マケインが大統領になっていたにしても、何らかの形でフランクリン・ルーズベルトのニュー・ディール的な政策変換を強いられたでしょうから、この分はオバマが唱えた「チェンジ」とは受け取れません。だとすると、アメリカが否応無しに強いられる内外政策の路線変更を除いて、オバマ新大統領の下で、この閣僚の顔ぶれの下で、いったい何が「チェンジ」するのでしょうか?
 軍事政策、外交政策、金融経済政策、保健政策のどれをとっても、オバマ新大統領が選んだ顔ぶれでは、「変化」ではなく「継続」です。「続投」です。これらの重要政策の背後には、それぞれ、超強力なロビー的勢力があり、そのコントロールが切り崩される兆しはありません。それに重なるようにして、ブッシュの犯した戦術的な誤りを修正しさえすればアメリカの絶対的な覇権を奪還できるという浅薄な認識と希求が見え隠れしています。ただ、私としては、一つだけ微かな希望を持ちつづけていた政策分野がありました。それはオバマ新大統領の教育政策です。他の分野にくらべれば、この政策分野のロビー団体の勢力は弱く、したがって、バラク・オバマに改革の意志があるならば、「チェンジ」の希望の持てる人事が可能であると思われたからです。しかし、この微かな希望も、オバマのバスケットボール仲間アーン・ダンカンが教育大臣になるという昨日(12月16日)の人事発表で露と消えました。
 何故ダンカン氏ではアメリカの教育に「チェンジ」がもたらされないかを説明するためには、現在アメリカの初等中等教育を支配している『No Child Left Behind (NCLB) 』(一人も落ちこぼれを出さない)という大層ご立派な名前の法令のことから始めなければなりません。これは、ブッシュ大統領が就任式直後の2001年1月23日に米国国会に提案し、共和民主両党の賛成の下、2002年1月8日に大統領が署名してアメリカ合州国の法令となりました。ウィキペディアに示されている署名式の写真は、署名のペンを握るブッシュ大統領のそばに二人もの黒人の子供を立たせるという演出ぶりですが、ほぼ7年後の今、全米の貧民区の学校で「おちこぼれ」る生徒と教師が続出しているというのが偽らぬ実情です。新教育大臣アーン・ダンカンはシカゴでこのNCLB プログラムを熱心に推進している人物です。■
 標語はブッシュのNo Child Left Behind からオバマのThe Race to the Top に変わり、競争が強調されることになりました。ところがこの競争重視政策が困った内容のもので、一般的な学力テストは勿論ですが、これが教師の評価に結びつくだけでなく、私立教育施設を拡張し、私立学校の間での競争に重点をおいて、良い成績を上げた私立学校には政府から支持が与えられるというのです。簡単に言って、これは教育事業のプライバタイゼーションの強力な推進政策に他なりません。監獄経営の私企業化と同じ方向です。
 このオバマの教育政策を貧困層とくに非白人貧困層の青少年の教育環境の劣化と教職員組合の破壊をもたらすものとして私は問題視していたのでしたが、これには大きな考え落としがあることに気が付きました。
 この6月11日、組合員数約2万4千人のシカゴ市教職員組合長Karen Lewis (黒人女性)は90%の組合員が必要あればストライキを行なうことに賛成の票を投じたことを発表しました。驚くべき投票率であり、驚くべき賛成票率です。10人中9人ですから。オバマ政権の教育相アーン・ダンカンはもともとシカゴ市の教育委員会を牛耳っていた人物でシカゴの公立学校の教員1300人をクビにした経歴があります。その半分近くは黒人でした。オバマ大統領の主席補佐官として、オバマとともにシカゴからホワイトハウスに乗り込んだラーム・エマニュエルは、2011年5月、市長としてシカゴに戻り、瞬く間に千人の教員の首切りを実行しました。ここに注目すべき事実があります。シカゴに限らずアメリカ全体で、公立の学校教育関係の職は圧倒的に女性によって占められています。初等レベルでは9割が女性です。ダンカンやエマニュエルの教職員組合の切り崩しと首切りの直接の犠牲者は圧倒的に女性たちであり、とりわけ黒人女性たちであるのです。それはアメリカにおける女性の位置、女性の権利に関わる基本的問題であることを、私はシカゴの教職員組合員のストライキ賛成投票のニュースに接して、はっきりと悟ったのです。女性組合員の一人の言葉が報じられました。:
“We have been pushed, and pushed, and pushed ?? and finally we get a chance to push back.”

 いささか言葉を荒立てれば、オバマ大統領は反黒人、反女性の大統領であります。この認識は、彼の父が黒人であり、白人の母親によって育てられた事実に、また、彼の国務長官(ヒラリー・クリントン)、国連大使(スーザン・ライス)、最側近アドバイザーの一人が女性(サマンサ・パワー)であるという事実によって曇らされることがあってはなりません。幼稚園(kindergarten)から高校までの12年間のアメリカのいわゆるK-12 公立学校教育を天職として担っているのは圧倒的に女性たちです。ここに目を据えて初めてアメリカという国での女性の地位の本当の姿が見えて来ます。アメリカという政治と経済の権力システムの上層部に、日本の場合よりもより多く女性が混ざり込んでいるからとて、アメリカで女性が日本でよりも立派に扱われていることにはなりません。
 アメリカで女性問題が論じられる場合に使われる皮肉を込めた常套表現があります。“Add Women and Stir.”これは料理のレシピで「砂糖を少々加えてかき混ぜてください(Add some sugar and stir。)」というのと同じようにも聞こえます。“Add some black men and stir.”アメリカの権力構造の上層部に混ざり込む黒人の数が少々増えてもアメリカの黒人問題の深刻さは殆ど何も変わってはいないのです。アメリカという恐るべきシステムがバラク・オバマをホワイトハウスに据えたのも、“Add a black man and stir.”ということであったと、私はますます確信の度を深めつつあります。

 いまメキシコで開催中のG20 の会議を報じるワシントン・ポスト に妙な写真記事を見つけました。タイトルは“The best and worst countries for women,” とあり、参加19カ国の女性関係のフォトが次の順序で現われ、それぞれに説明がついています。
 http://www.washingtonpost.com/world/the-best-and-worst-countries-for-women/2012/06/14/gJQAeMl8bV_gallery.html#photo=1
(1)カナダ(2)ドイツ(3)英国(4)オーストラリア(5)フランス(6)アメリカ(7)日本(8)イタリー(9)アルゼンチン(10)韓国(11)ブラジル(12)トルコ(13)ロシア(14)中国(15)メキシコ(16)南アフリカ(17)インドネシア(18)サウジアラビア(19)インド。

 次回には各国の写真に添えてある説明と、アメリカとエリトリアでの女性の地位の比較を行ないます。エリトリアでは“Add Women and Stir.”というような侮辱的なレシピは使われていません。

藤永 茂 (2012年6月20日)



スパイク・リー、ボブ・ディラン、ジョン・バエーズ

2012-06-13 10:39:04 | æ—¥è¨˜ãƒ»ã‚¨ãƒƒã‚»ã‚¤ãƒ»ã‚³ãƒ©ãƒ 
 これから私が書くことは、いわゆるアメリカ通の方々には仔細を弁えない生半可なアメリカ通信のように見えることでしょうが、それは、主題が、とどのつまりは、アメリカに就いてではなく,私自身の愚かさに就いてであるからでしょう。
 今年の年初めの1月19日に、アメリカ映画界の鬼才スパイク・リーのニューヨークの自宅でオバマ大統領の選挙資金を集めるための豪華な晩餐会が開かれました。一人$38,500 、夫婦揃って出席すれば$77,000 、一席三百万円のディナーです。スパイク・リーはオバマ大統領の再選のために一夜のパーティで1億3千万円の選挙資金を集めました。このパーティは午後6時に始まりましたが、この直ぐ前に別のオバマ大統領のための選挙資金集めの催しがニューヨーク市のユダヤ人有力者たちの主催で行われ、そこでは、一人当たり$25,000 、つまり、2百万円払うと、大統領と握手し、一緒に写真が撮って貰えるという趣向でした。スパイク・リーの自宅での選挙資金集めパーティが3ヶ月後の今になって蒸し返されて、私のようなアメリカ・ウォッチの素人の目にも止まるようになった理由については、ここでは触れますまい。
 アメリカでは2月はアメリカ黒人歴史月間(Black History Month)ということになっていて、今年の2月9日にはホワイトハウスで黒人人権運動を振り返る催しがあり、ボブ・ディラン、ジョン・バエーズ、スモーキー・ロビンソン、などなどの豪華な顔ぶれが懐かしいプロテスト・ソングや黒人歌名曲を唱い上げました。その時の様子はホワイトハウスのHPその他にアップされています。この話題が再浮上したのは、オバマ大統領がボブ・ディランに「自由勲章(Presidential Medal of Freedom)」を与えるという発表が4月26日にあり、ウォール・ストリート・ジャーナルが「これでボブ・ディランがノーベル平和賞を受賞する確率が極めて高くなった」と報じたからです。
 スパイク・リーの映画としては、「Do the Right Things」と「Jungle Fever」を見た記憶があります。共に強い感銘を受けましたが、残ったのは、出口が見つからない何ともやりきれない気持に包まれながらも、スパイク・リーに対する深い信頼と期待でした。いっぽう、ボブ・ディランとジョン・バエーズに対する私の信頼は素朴なストレートなものでした。
 この文章を書きながらも、私の想いは、これらの、私の過去の一時期に確かに重要であった人々に対する幻滅にあるのではなく、むしろ苦い自嘲にあります。私には、実は、この世界の実相がほとんど何も見えてなかったのであり、その故に、この歳になって、このような驚きと狼狽を味わっているのでしょう。
 それにも関わらず、この三人の個人については、ある意味で、彼らの生き方を受容することが私には出来ます。(許容するという傲慢な言葉は使いません。)亀の甲より年の功という事でしょうか。
 しかし、断じて許すことが出来ないのはバラク・オバマという、自分の気に入らない人間を殺すことを何とも思わない稀代のコンマンです。伝えられるところでは、ホワイトハウスのパーティで、話が、アメリカの女の子供たちに大変人気のあるボーイ三人組のグループ Jonas Brothers に及んだ時、オバマ大統領は「もしも彼らが自分の可愛い娘たちに近寄ろうものならPredator Drones でばっさりとやってやる」と冗談を言ったとのこと、冗談にも、言ってよいことと悪いことがあります。この無法者の大統領を目の前にして、偉そうな学者面をしていた国際法の専門家たちは今どんな面をしているのか、Predator Dronesによる殺人が国際法的に追求さるべき戦争犯罪であり、それを公然と実行する国家元首は、直ちに戦犯として逮捕さるべきなのではありませんか。
 以上の文章を書いた後で、米国のセレブたちがオバマ大統領の要請に応じて選挙資金集めに貢献しているというワシントン・ポストの記事(6月5日)を読みました。ジョージ・クルーニーというハリウッドの映画俳優/監督/演出家のビバリー・ヒルズの自宅で行なわれた出席者150人のパーティでは一夜で12億円ほどの選挙資金が集められたという報告記事です。私はこの十数年アメリカ映画がすっかり嫌いになり遠ざかっているので、出席したセレブの中にはBarbra Streisand とJon Voigt の二人ぐらいしか思い出のある名前はありません。晩餐一人当たり4万ドル(約320万円)、スパイク・リーのパーティの場合とほぼ同額で、これが相場ということなのでしょう。そして、これがアメリカの誇る“民主主義”の一つの分かり易い指標ということなのでしょう。
 このワシントン・ポストの記事には何と1328のコメントが寄せられていて、私は、辛抱して随分の数を読んでみましたが、殆どすべてが愚劣の極みの内容で、すっかり憂鬱になりました。有名人の誰がオバマを、誰がロムニーを支持しているか、といった読者間のくだらないやり取りも少なくなく、アメリカの金権政治の本質に迫る批判的コメントは一つも見当たりません。


藤永 茂 (2012年6月13日)



エリトリアが滅ぼされないように(3)

2012-06-06 08:59:52 | æ—¥è¨˜ãƒ»ã‚¨ãƒƒã‚»ã‚¤ãƒ»ã‚³ãƒ©ãƒ 
 
『西欧スタイルの“デモクラシー”がアフリカを破壊している』
     トマス・マウンテン
    (http://www.intrepidreport.com/archives/5765)

の翻訳を続けます。今回で終りです。前回の最後の一行の繰り返しから始めます。

****************************

 このアフリカの真の成功物語であり、そして選挙というもののない唯一の国、それがエリトリアである。
 もしかしたら、あくまでもしかの話だが、西欧流“デモクラシー”を許さないことが、アフリカが成功するために必要な事なのかも知れない。
 エリトリアとエリトリア人はネオ植民地主義と西欧スタイル“デモクラシー”に何の関わり合いも持ちたくないのだ。いやもう結構、我々は我々自身の流儀のデモクラシー、ほんとのデモクラシーを持っていて、我が国民はその利益を経験している。
 じゃあパラダイスというわけ?そうではない、生活は殆ど皆の者にとってまだ苦しい、しかし、最貧困者たちのことが最優先され、彼らの生活は劇的に変わった。
 アフリカでは、大部分の人々は貧しく、もし貧しい者たちを最優先に扱わないのなら、それは民主的では断じてない。もし、選挙さえ実行されれば民主主義で、病弱で腹ぺこの子供たちが何百万いようとそのままに放置されるというのなら、そんな“デモクラシー”は要りませんのでどうぞご勝手に、とエリトリア人は言うだろう。これはアフリカの一つの“非民主主義的”国家の話であり、そこでは平穏が支配し、とりわけ最も貧困な人々にとって、生活は次第に改善しつつある。

 私の言っていることが気に食わないといって、私を責めないでくれ、私はただのニュース伝達者にすぎないのだから。もっとも、私は自分が伝えていることの真実性を本当に信じているが。私は2006年以来ここエリトリアに住んでいて、これまで私が見て来た事、そして確信するようになった事を、お伝えしているのである。
 西欧“デモクラシー”の罠に落ちてしまう代りに、ネオ植民地主義の犠牲になって出血を続けている他のアフリカの国とは違って、アフリカの一つの模範ともなれるエリトリアに偏見のない目を向けることを試みてほしい。

 この論考を終る前に、あのアメリカ民主主義の始祖トマス・ジェファソンが彼の奴隷のアフリカ人たちをどのように遇したかについての、多分ただ一つの信頼性できる実見録に話を移すことにしよう。

■ 夕食後、主人(ジェファソン)と私は奴隷たちが豆を畑に植え付けているのを見に行った。彼らの体は黒いというより汚い褐色で、汚れたぼろ着、哀れで醜悪な半裸の姿、やつれ果てた様子、何かを秘めた不安げな素振り、おずおずながらも憎悪にみちた眼差し、これらすべてが私を恐怖と悲しさの感情で先ず捉え、思わず私は顔を背けた。鍬で畑地を掘り返す彼らの懶惰さは極端だった。主人(ジェファソン)は奴隷たちを脅かすために鞭を手にしたが、そのあと滑稽な場面が続いたのだ。奴隷の集団の真ん中に突っ立って、体を回してぐるりぐるりと彼らに睨みを利かした。彼が顔を回すに連れて、黒人の一人一人が態度を変える、真っ直ぐ目を注がれた者は最もよく働き、彼の視線が半分はずれると怠け出し、彼から見られていなくなると、全く働かなくなってしまう。彼が進行方向を変えると、彼に見えるように鍬が上げられるが、彼の背後では鍬は寝てしまう。■

この実見報告は、最初のフランスの反奴隷制度団体であった“フランス黒人友好協会”の創始者の一人が報じたものである。彼の名はConstantine Volney 、アフリカに主眼を置いた歴史書の古典『廃墟;諸帝国の革命についての瞑想』を1791年に出版した人物だ。この本は主な神殿遺跡の破壊が始まる前のアフリカのナイル流域をヴォルネーが訪れた時の実に興味津々の記録である。
 誠実な反人種差別の歴史家だったから、ヴォルネーは、彼自身の目でエジプトの墓や神殿を見て、文明はアフリカのこのナイル河の岸辺で始まったことを確信したのであった。
 彼はこう書いている。:「今は忘れ去られた一つの民族が科学や芸術の要素を発見した。その頃は他の人間たちはまだ野蛮な状態にあった。そしてその人種は、髪の毛がもじゃもじゃしていて皮膚が黒いという理由で、今は社会の屑と看做されているが、かつては諸々の自然現象や、昔から人類の畏敬を集めたあのような社会的また宗教的システムを探索していたのである。」
この“廃墟”という本は18世紀の末から19世紀のはじめにかけ最も広く読まれた本の一つである。
 ヴォルネーは、結局の所、今の不良外人排除法の前身のような条令でUSA から追い出されてしまった。この条令は、奴隷保有者たちのつくる議会で成立したが、その議員たちは、彼らと同じような奴隷保有者たちがハイチの革命で元奴隷だったトゥサンとその仲間のアフリカ人たちに殺されたことが悪夢になって夜な夜なうなされ、安らかに眠れなくなっていた。
 真に偉大な歴史学者の一人だったヴォルネーとその著作が現今の殆どすべての研究者にとって一つのミステリーになったままであるのは、はなはだ残念な事実である。トマス・ジェファソンが、当時、何らかの意味で“進歩的”だと言うのは、ヴォルネーの信念に真っ向から逆らうことだった。このヴォルネーの実際経験の回想を使って、USA が高貴な人格の人々、あるいは、民主主義的原理によって基礎を置かれたというを概念を今こそキッパリと埋葬してしまおうではないか。USA は、その誕生の時に本質的な人種差別者であったし、今日でもそのままである。これは、黒人大統領が出現し、黒人の司法長官、最高裁判所判事、黒人の国連アメリカ大使、それから何人かの黒人の将軍が出現しても、それでUSA内の黒人大衆にとって何かがほんとうに変わったと思うのは一つの幻想に過ぎない
 しかも、彼らはこの奴隷保有者のデモクラシーをアフリカに輸出したいのだ。だが、少なくとも、ここエリトリアでは“我ら人民”は何を欲するかを知っている。もっとも助けを必要とする人々から始めて、我らすべての人民を大事にする、これが真の民主主義である。     (終り)

****************************

たとえ、この記事の著者トマス・マウンテンがエリトリア独裁政権の回し者であるにせよ、ここに述べられていることは誰しも一つの正論と認めざるを得ないのではありますまいか?
 トマス・ジェファソンが彼の黒人奴隷たちを鞭で脅す有様を伝えたVolneyという人物、これは是非調べてみて下さい。Constantin Volney で出て来ます。
 Constantin François de Chassebœuf, comte de Volney ( 1757 ? 1820)
拙著『アメリカン・ドリームという悪夢』でも強調しましたが、私たちはアメリカという国の成り立ちの事情に就いて余りにも無知なままです。これは反米的な一部の歴史家の歴史書き換えなどでは決してありません。文献史料も探せば幾らもあるのです。しかし、これまで取り上げた人の数が少なく、そうした学者、彼らの著作があまりにも甚だしく無視されて来ました。ヴォルネーという人を手がかりにして、アメリカ建国史の真相に迫るのはとても面白いプロジェクトだと私は思います。若いアメリカ史学者の食欲をそそるに十分の旨味があると太鼓判を押します。私自身のアメリカ史の勉強は全くの独学で、面白そうな本探しも全く手探りですが、ヴォルネーのことやハイチの独立のことが可成り出ている本の一冊に、
Larry E. Tise 著の『The AMERICAN COUNTER REVOLUTION: A Retreat from Liberty, 1783-1800 』(1998年)があります。反革命と銘打たれた時期が1783年から1800年になっているのが好奇心をそそるではありませんか!?これはジェファソンが政治的に最もアクティブであった期間と見事に重なります。
 日本人の米国史学者としては、山本幹雄氏や菊池謙一氏の著作から特に多くを学びました。


藤永 茂 (2012年6月6日)